第六十七話 現実か、幻か
2016/02/06 誤字修正及び貨幣価値を変更しました
2016/02/04 誤字修正及び追記を行いました
2016/01/26 話数番号を変更しました
バーレ王国首都のボフスラフという町に入って、僕らはすぐに王城らしき物の側にある兵員宿舎に案内された。
兵員宿舎というから無骨な物だと思っていたんだけど、一応数部屋他の町から来た使者の警備を任された人が宿泊できるところがあるそうだ。僕らはそんな部屋の一室に案内される。
一応お客様扱いらしく、食事などは部屋に運ばれてきた。それと部屋の中にはお風呂も常設されている。二人部屋になっていて、トイレも完備だ。
さすがに二週間以上お風呂どころか体もまともに拭いていなかったので、僕らは順番にお風呂へ入る事にした。一時的な使者の警備担当が宿泊するためだけなので、風呂自体は一人用。それでもお風呂に石鹸などもきちんと用意されているのは嬉しい。
兵舎だけあってベッドは一般的な物のようだ。それでもちゃんとベッドで寝ることが出来るのがこれ程嬉しいとは久々に思った。
僕もエリーも疲れが溜まっていたんだと思う。ベッドに横になった途端、すぐに訪れた睡魔には勝てなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
久々にちゃんとしたベッドで寝ることが出来て、なんだか気分が爽快。二週間以上も野営していたし、多分それで余計に気持ちよかったんだろうと思う。実際エリーもまだ寝ているんだけど、顔がなんだか気持ちよさそうな笑顔。まあ寝顔をあまり見ていても失礼だと思っているし、とりあえず前日に用意してくれた服に着替えることにする。
ちなみに服なんだけど木綿製みたいだ。上下白の下着は多分綿じゃないかと思う。黒のズボンにグレーのシャツ。シャツは長袖。さらにベッドサイドには二着の上着が掛けてある。一つは紺色のブレザーのような物。もう一つは濃い赤のブレザー。多分赤色の方は女性用なのかな? サイズはどちらもさほど変わらないように思える。まあ僕らはほとんど身長も同じだし、どちらを着ても問題ないとは思うけど、男女別になっているならその辺は気をつけたい。
よく見ると素材こそ分からないけどそれなりに上質な生地に思える。ボタンは木製だけど、そのボタンにも細かい細工がしてあった。細工をしている意味はちょっと分からないけど。見た感じ葉っぱをイメージした模様かも。
ブレザーで悩んでいるとエリーが目を覚ましたみたいだ。ちょっと大きなあくびをしてから周囲を確認している。
「おはよう、エリー。調子はどう?」
「久々に気持ちよく寝られたわ。やっぱりベッドの上で寝られるって良いわね」
「うん、僕もそう思うよ。久々に疲れが取れた感じがするしね」
ここに来るまでの間、背嚢には特に寝袋なども無かったので、僕らは唯一あった獣毛の肌掛けのような物を羽織ったりして寝ていた。なので寝心地は良くなかった。
「これが服かしら? 肌着とズボンに上着……そこにあるのは上に羽織る物? コートのような物かしら? やっぱり赤い方を私が着るのよね」
「多分そうだと思うよ。説明書きも無いし。とりあえず先に着替えたら? 僕はその間に顔でも洗ってくるよ」
そう言い残して寝室を後にする。洗面所のような所が浴室に隣接されていて、そこにはドアがあるのでエリーの着替えを見ることも無い。まあ、そりゃ一応男だしエリーの着替えに興味が無いと言うと嘘になるけど、僕は分別くらい弁えているつもりだ。
洗面所に入るとすぐにドアを閉め、洗面台の前に鏡があることに気がついた。昨日は疲れていたので気がつかなかったみたい。
そういえば前の町には鏡はほとんど見なかった気がする。やっぱりこっちの町の方が発展しているのかな?
顔を洗った後に鏡に映る僕の顔を見ながら、ちょっと寝ぐせがついた髪を見る。洗面台には二つ櫛があったので、一つを手にして寝癖を直すことにした。
考えてみればもう半年くらいは髪を切っていない。色々忙しかったし、そこまで気にする時間も無かったんだけど、鏡に映る僕の髪は前に耳くらいまでに短くしたのに腰くらいまで伸びていた。工事をするのに邪魔だから切ったんだけど、何で気がつかなかったんだろう? そもそもお風呂で気がついても良さそうなのに……。
寝癖を直し終わってからハサミが無いか周囲を見る。洗面道具類はあるけど、さすがにここにはハサミは無かった。仕方ないかな。後で髪を切ろうと思うけど、この町での一般的なエルフの男性はどんな格好をしているのか分からないし、それを聞いてから切れば良いかな?
それにしても、半年でそんなに髪って伸びるのかな? 銀色と言うより白銀に近い髪の毛をちょっと弄る。別に髪自体が何かおかしいという事は無いみたい。
「クラディ、良いわよ」
エリーの声がドア越しに聞こえた。余計な考えを止めて、エリーの方へと向かう。ドアを開けるとエリーはまだ上着になるブレザー風の物を見ていた。
「それ、悩んでいたの?」
「ええ、色はともかく、生地が見たことが無くて。かなり上質な物だと思うし、触った感じ肌触りも良いのよね。高級品だと思うけど、本当にこんなの私達着て良いのかしら?」
確かに普通なら正直着るのを躊躇うような物だ。もっと質素な物でも僕らは十分だし。
そんな事を考えているとドアがノックされた。
「もう起きられましたか? 朝食の準備が済んでいるので、お部屋にお持ちしたのですが」
ドアの外から聞こえる声に聞き覚えは無いけど、多分ここにいる兵隊とかの一人だと思う。
「どうぞ。あ、今開けますね」
そういえば扉の鍵は閂のような簡素な物じゃ無く、きちんとした錠前だ。なんだかとても懐かしく感じる。ただ前世の物より少々大きいけど、こればかりは仕方がないかな?
鍵を開けると男性で兵士二人いる。一人はウルフ族で、もう一人はケットシー族かクーシー族のどちらか。多分普段着だと思うけど、その上に真っ白な割烹着みたいな物を着用していた。ウルフ族で無い人は手押しのワゴンを押していて、その上に料理が載せてあるようだ。
「しばらくまともな食事を摂っていないのでは無いかとのことで、比較的消化の良い物をお持ちしました。何か他に必要があればドア越しに声をかけて下さい。必ず一人は警備として待機していますので」
近くのテーブルに食事が並ばれてゆく。柔らかそうなパンがいくつかと、ちょっと具が多めのスープかシチューのような物。その他にもサラダや見た目で柔らかく煮込んだのがすぐ分かる肉類もある。それとフルーツもいくつか。
「わざわざ有り難うございます。一つ聞きたいのですが、そこの服はどちらが男性用とか女性用とか決まっているんですか?」
こういう事は早めに聞いた方が楽だし、知らないのなら聞けば良い。
「赤が一応女性用ですね。サイズは見た目で判断させて頂きましたが、大きめの物を用意したので大丈夫かと」
「そうですか。有り難うございます」
「では、食事が終わった頃にまたお伺いしますね。時間はゆっくりと見ていますので、慌てずにどうぞ。それでは」
ウルフ族の人がそう言い残して部屋を去っていった。なんだかとても礼儀正しくて好感が持てる。
「せっかく持ってきてもらったんだから、冷めないうちに食べましょう。昨日は正直疲れていてあまり食べた物の味を感じなかったのよね」
「そういえばそうだったね。やっぱり焼いただけの肉なんかよりも、こういった料理の方が一番だね」
一応昨日もそれなりの料理が出たんだけど、疲れていたせいかあまり味を感じることが出来なかった。もちろんそれなりに美味しいとは思ったんだけど、何がどう美味しいとか覚えていない。
そして朝食に出された料理は、なんだかとても美味しかった。やっぱり疲れていると味覚もおかしくなっちゃうのかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
食事とか一通り終わって、会議室のような所に案内された。
壁は石を積み上げただけみたいだし、テーブルも木製で結構使い込まれている。そこそこ長さのある長方形のテーブルで、まさに会議室用って感じ。椅子も普通の木の椅子。背もたれは付いているけど、それも最低限。なんだか背中を押しつけたら折れそうな気がする。
僕ら以外に会議室にいるのはウルフ族の人が三人。一人は多分偉い人だと思う。略装だとは思うけどそれなりに立派な服だから。他の二人もそこそこに上質な物を着ているけどね。
昨日馬車で移動した時は、正直町の様子を見る気力が無かった。なので町の人がどんな人たちなのかまで覚えていない。ただ昨日と今日で会った人はウルフ族と人族だけなので、他の種族がいるのかが気になる。
「私はノルベルト・バジーリウス・アントン・アイベンシュッツ。この国で近衛騎士団の団長をしている。名前が長いから普段はアイッシュと呼ばれることが多い。君らもそれで構わない。残りの二人は第一騎士団と第二騎士団の団長だ。一応昨日報告は受けている。が、正直信じられないので、二度手間で本当に申し訳ないが、再度聞きたいのだが、構わないかな? 長くなりそうだし、後でちょっとした菓子類なども持ってこさせよう。別に君らを詰問しようという訳じゃない。君らが今まで体験したことを素直に話してくれれば良い。もちろん出来れば嘘は遠慮して欲しいが」
それからすぐに僕らが預けていた身分証がテーブルに置かれた。
「これは返却しておくよ。一応君らの裏付けには有効だった。ただ、これだけだと分からないことも多くてね」
素直に身分証を受け取り、昨日門に到着するまでのことを出来るだけ覚えている範囲で話す。さすがに内容がそれなりに多くなって、途中でお昼の休憩もあった。さらにそれから夕方になるまで話をして、結局それだけでほとんど一日を使い切ってしまった感じだ。
「長い時間済まなかったね。二人とも記録は大丈夫か?」
そういえば二人の名前を聞いていない。まあ別に知らなくても良いとは思うけど。
二人は首を縦に振ると分厚くなった紙の束を整理しだす。前世で言えばコピー用紙二千五百枚くらいの厚さだ。もちろん色々書いて紙がしなっていたりするので実際にはもっと少ないはずだけど、それでもかなり多い。そもそも紙も前世のように製紙された物ではないみたいで、厚みにもばらつきが明らかにあるし、紙があるだけでもマシだと思うべきなのかな? それにしても、一体何枚あるんだろう? それをほぼ二人だけで書いていたんだから、それに伴う疲労は相当なはず。
「録画の水晶を持って来るべきでしたね」
一人がそう言うともう一人が頷いている。
「ここまで詳細に話してくれるとは思っていなかったからな。今まで何人か立ち会ってきたが、せいぜい二時間も聞けば長い方だ。私のミスだな」
アイッシュさんは多分かなり偉いのだと思うけど、反省する点は反省して部下にも謝っている。これが出来る人って案外少ないんだよね。
「では、こちらから細かいことをいくつか聞きたいのだが、それはまた明日にしよう。今日は二人とも有り難う。しばらく聴取が続くことになると思うが、出来るだけ君らにも配慮はするつもりだ。何かあったらすぐに言って欲しい」
するとすぐに僕らの話を書いていた一人が近くのドアを開けた。そのすぐ側には人影がある。誰かが見張っているのか待っていたのかも。もちろん両方の場合もあるけど。
結局色々なことを聞かれて、終わったのは四日後だった。
ただ僕らも色々と収穫がある。まあ一部収穫というか、信じられないことがあったけど。
まず信じられないことは、僕らが前にいたエルミティアの町は、約百年程前に滅びた町らしい。原因は種族同士の対立のためで、城壁などが遺跡として残っているのだとか。
それと、その前にいた人族だけの町も同じように滅んでいるそうだ。こちらは魔の森に飲まれたということで、原因もまだ分かっていない所があると言っていた。それで近くの町を拠点にして、調査隊がたまに行くそうだ。
そもそもその魔の森というのも現在は存在していなくって、その痕跡も無いらしい。ただ百年程前に大規模な火山噴火が立て続けにあったらしく、それが原因で滅んだとも言われているのだとか。
それと当然僕らは百年前の遺跡にいた事になるので、僕らは推定百歳の年月を経過しているはずなんだけど、見た感じではそう見えないとのこと。
この町はウルフ族の人が国王で、当然ウルフ族に貴族とかそういう人が多いらしいのだけど、他の種族もいるし混血の人もいるそうだ。当然ウルフ族以外の貴族もいると言っていた。
後日身体検査などを含めて、エルフ族の医者やそれ以外の人も紹介してくれるのだとか。
当然百年も時間が経過しているので、僕らが持っているお金はほとんど価値が無いどころか、普通では使えないと言われた。まあ、持っていたのはさほどの量は無いのだけど。
それでも僕らが持っているお金は歴史的な価値があるとか言う人が買い取ってくれるらしく、何と全部で銀貨一枚になった。贅沢な暮らしをしなければ、これで一人だと半年は暮らせるらしい。僕らは二人なので三ヶ月だけど。一週間が七日であることは同じだし、それが五週で一ヶ月なのも同じ。週にして約十七週間はたぶん暮らせる計算だ。
お金は種類がいくつもあるらしいけど、見せてもらったのは青銅製と金銅って言っていた銅の合金らしき物。それから銅貨や銀貨など。金銅って、前世の五円玉に色が似ている気がするんだけど、あれって素材は何だっけ?
・青銅板
・青銅貨
・金銅板
・金銅貨
・銅板
・銅貨
・銀板
・銀貨
・金板
・金貨
・白金貨
と種類があるそうだ。もちろん全部金属製。
青銅板と金銅板、銅板の大きさは同じで、青銅貨と金銅貨、銅貨のサイズも同じ。板状の方は大きさが前世の百円ライターくらいで、硬貨になっている方は大きさが小判くらい? 厚さは薄いCDとかのケースと同じくらいだと思う。
銀板、金板が前世のキャッシュカードくらいの大きさになり、厚みは薄いCDとかのケースと同じくらい? 銀貨、金貨は厚みは銀板とかと同じだけど、大きさは前世でちょっとだけ見た事がある小さなCDのサイズくらいだと思う。
お金は国によって形や額面の呼び方が違ったりするらしいけど、この国での通貨単位はユラらしい。一ユラが前世でいう所の十円相当だと思う。十ユラでパンが一個。それぞれのお金が十個集まると、その上の単位になる貨幣に交換してくれると言われた。交換所があるらしく、交換するのは無料らしい。
ただ、銀貨がそこそこあるくらいで、一般的には銅貨が最も使われる中では大きな貨幣になるみたい。
それと一ユラや十ユラ程度の物を購入するときに、一万ユラの銅板などで支払おうとすると、受け取り拒否だとか。一般に流通している大半の通貨は青銅製か、金銅って言われている種類の貨幣。一万ユラの銅板でも、あまり流通していないらしい。
僕らがこの町に着く直前に戦った魔物は、標準的な強さだそうだ。特に強い訳でも無いらしいけど、かといって一人ではちょっと難儀な魔物らしい。僕らはそれを一人でも倒せてたから、その意味では下手な兵隊よりも強い可能性があるって言われた。喜んで良いのかどうか分からない、微妙な所だと思う。
今いる町は南端に近いらしくて、北には他にも町があるのだとか。お金は国ごとに違うので換金しなくちゃならないらしいけど、その際に手数料を取られる事は無いらしい。
ただ近隣の国とは事実上敵対関係にあるらしく、換金も含めて実際の所は兵士でも分からないとか。騎士団とかでも分からないって大丈夫なの?
仕事の方は色々とこちらの事情を踏まえてから紹介できるところがないか探してくれるらしく、その間にこの町というか、この国の身分証を発行することになった。
まあ色々と忙しい一週間だったし、なんだか僕らが知らない所でどんどん時間が経過している気がするのも、多分偶然じゃないんだろうと思う。けど時間は巻き戻せないから今をどうにかするのが一番の優先。
エリーの方はあれからまた百年経っていると言われてから、半分放心状態の日がしばらく続いていた。まあ仕方ないとは思う。実際僕なんか考えるのを諦めたくらいだし。
それにしても、僕らって一体何なんだろう? 何が現実で、何が夢なのか分からなくなってくる。
毎回ご覧頂き有り難うございます。
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