第六十三話 初仕事は色々ある!
2016/02/04 誤字等の修正を行いました
2016/01/26 話数番号を変更しました
新居に住まいを移してから二日目の朝。僕らはメイドさんの一人に起こされる事となった。
『仕事ですから』と言われると正直何も言えなくなる。エリーも慣れない様子だけど、それでも仕方ないと思っているみたいだ。
「お着替えはあちらに用意しておきました。ご朝食は一時間後になります」
壁に備え付けられた時計は午前九時。まあ早くもないし遅くもない。
「あと、何かご用があればそちらの呼び鈴をお使い下さい。常に一人は部屋の外に待機しておりますので」
なんだか日常生活に僕らがすることがなくなっている気がする。こんな生活をしていたら、色々と鈍ってしまいそうで怖い。
「なんだか自宅って感じがしないわ。クラディはどう?」
「僕も。慣れるしかないんだろうけどね」
そんな話をしながら着替える。服もきちんと畳んだ物がベッドサイドに置かれていた。寝ている間に置いたのだろう。寝る前にはなかったから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「で、実際僕らは何をすれば?」
三階にある僕らの部屋に隣接した部屋の一部は執務室として使うことになった。そこでも良かったんだけど、今はエリーの知識も欲しい所なので二階に設けた二つある応接間の一つにいる。
プープケさんが書類の山を抱えてやってくると、その中から一枚の紙を取り出す。それを僕とエリーの前に置いた。
「最初に解決して欲しい項目はこの件だそうです」
そこには町の人口傾向が記載されている。図もあり緩やかだけど下降線を描いていた。
「ここ十年以上、この町では人口が減少しています。その解決策を何よりも優先して欲しいとのことです」
プープケさんは僕らが内容を確認している間に簡単な説明をしてくれた。
彼によると二百年程前までは人口が三万人程いたらしい。ただ魔の森で被害者が多く出たのと、それ以後に子供が減少傾向にあるとの説明だ。
「変なことを聞くけど、僕らが見た秋津集落では子供もそれなりにいたはず。他の集落だけが減っているのかな?」
「それは……」
プープケさんによると、エルフ族は寿命が長いため子供の数を増やすことが比較的容易との話だ。どうも妊娠可能な時期が長いらしい。しかし他の大半の種族は普通の寿命のためそれほど長い訳でもなく、当然妊娠可能な時期が短いらしい。
「それとこれはエルフ族他一部の種族を除いての話なのですが」
なんだか深刻そうな言い方を始めたので、僕らは書類から目を離してプープケさんの話に集中する。
「実はこの町の大半では長子優遇が行われているのです」
「長子優遇? どういう事なの?」
エリーが困惑するように聞く。
「簡単に言えば、最初に生まれた子は大切にされますが、それ以降の子供は必要としないと考えている人が多いのです。私の場合は次男ですが、兄が一時重い病にかかっていたらしく、保険のために用意されたのが私でした。ですがその後長男の健康が回復すると、私のような者は不要な子供として扱われることが多いのです」
「え、だって最初に生まれた子が優秀とも限らないし、そもそも家庭に一人しか子供がいなければ人口が減るのは当たり前じゃないですか」
まさかの話に驚きを隠せない。
「私もそう思います。実際私は魔法を多少なりとも使えますが、長男は魔法を使えませんし」
プープケさんの回答に僕らは二人して見つめ合ってしまった。
「その制度を無くすだけで問題が解決すると思うけど、それじゃ駄目なの?」
エリーが当然と言える疑問を口にする。
「いつから始まったのか分かりませんが、それがこの町では常識なんです。こう言っては何ですが、この屋敷にいる者たちのほとんどが二番目以降に生まれた者たちです。唯一違うのは料理長ですが、彼の場合は弟の方が才能があるらしく、彼の実家としては不要処分といった意味合いが強いかと」
「誰もその事に疑問を持っていないんですか? 僕らからすれば信じられないし、誰かが気がつくと思うんですけど」
「この事は町で話すことすら禁忌とされています。本当におかしな話だと私も思いますが」
「ちょっと待って……それだと家を継げなくなる所が増えるよね? その場合はどうするの?」
「原則的には大抵の種族が男性優位です。なので跡継ぎななくなった家は私達のような者を養子として迎えることになります。しかしその場合は家として格下に見られることが大半です。それを嫌う各種族の有力者だけが男子を必ず産めるように画策します。多くは複数の妻を持ったりすることですね。家が断絶するような所が唯一救われる場合でもあります。最初に男子を産んだ女性が正妻となりますから。例え次に男子を産んでも、彼女らは格下の扱いを受ける訳です。もちろん長男が何らかの事情で家を継げなくなる場合は関係が変わりますが、まあそういう事です」
なんだかとても深刻な事態になっている。
だけどもそれで各種族の有力者に家系が長かったりする人が多い理由が分かった。
「そんな制度は今すぐ廃止しないと。そんな事をしているから人口が減るんだよ」
「ええ、その通りかと。ですが先ほど申し上げたとおり、この事は町にとって今まで禁忌なのです。お二人の口添えがあったにしても、それが解消されるかどうか……」
どうもかなり根深い問題を孕んでいるようだ。でもそうなると……。
「ちょっと聞きたいんだけど、この町に奇形の子供とかはいるのかな? 例えば指が本来の数より多いとか」
急にプープケさんが下を向いた。明らかに何かがある。
「実はそのような子は生まれてすぐに処分されます」
かなり致命的な状態になっている。しかもその原因を多分知らない。
「他にも生まれながらにして病弱な人とかもいるはずだよね? そういった子達も同じ扱いに?」
「はい……」
プープケさんの言葉はなんだかとても重苦しい感じがした。
「ねえ、クラディ。それってどういう事なの? ちょっと私には分からないんだけど」
多分この世界では遺伝病とかの知識はないと思う。ちょっと説明が面倒になりそう。
「僕の前世ではある種の遺伝病なんだけど、そう言っても分からないよね?」
二人が頷く。
「血縁の近い人たちが結婚を繰り返すと起こりやすい病気のような物なんだ。多分だけどこの町の人って各種族の人たちは親戚ばかりなんじゃないかな? そうなると血縁が濃くなるんだけど」
「ええ、そうですね。確かに親戚となるとかなり多くなります。きちんとした血縁を調べるのはちょっと難しいですが、聞き取りさえ行えば誰と誰が親戚かは簡単に分かります」
「なるほどね。それで比較的近い親戚が結婚して子供を産むよね? それが何世代か続くと血縁がとても濃くなることがあるんだ。そんな場合にさっき聞いた身体の異常とか病気になりやすい症状がでてきちゃう。一番有効な解決策は、今まで血縁がなかった人を迎えることなんだけど、多分今聞いた限りだと同じ種族同士ではすでに手遅れな気がするんだ。他の町から人を呼ぶ方法が一番良いとは思うけど、確か一番近い町でもかなり離れているって話だったよね? 当然その町の人たちを急に連れてくるなんて出来ないと思うから、他の種族と結婚してもらうしかない。前に聞いたけど混血の人は嫌われているんだっけ? まずはその考えを捨てて、全く違う種族とはいわないけど、似た種族の人との婚姻をするようにしないと」
「近い親戚同士での結婚が駄目なの。私は知らなかったわ。でも知っている人がいるとも確かに思えないわね」
「しかも最初の子ばかりを優先しているから、もし一人しか子供がいないと次々に人が減っていくことになる。二人が結婚して一人しか子がいない。さらにその子が成人しても同じように一人しか子供がいなければ、当然人は減っていく。血縁の近い人の結婚はかなり問題だけど、同時に一人しか子供がいらないというような風潮も止めさせないと」
「では、それを提案すれば良いのですね?」
「そうだけど、簡単にいくかな? 今までその問題に気がつかなかったくらいだし、何より他の種族との婚姻も積極的とは思えないし、多分すぐに納得する人は少ないと思うよ。ただ奇形の子や病気のことをきちんと説明すれば……それで納得してくれれば一番だけど、簡単じゃなさそうだね」
なんだか最初から大問題にぶち当たった気がする。最初からこれだと、他の問題もかなり大変そうだ。
「とにかく、今の話をまとめてくれるかな? 話し合いで僕が必要なら直接話すから。あと、出来ればここ十年くらいで生まれたの人の数と、生まれてもすぐ亡くなった子供やこの十年くらいに亡くなった子供、今の各集落の人口だけでも調べられないかな? 出来れば何家族か適当に選んだ所で良いから、その人達の血縁とかも。そういった物も必要になるかもしれないから」
なんだか最初から頭が痛く感じるのは気のせい?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あとはこれですね」
すでに問題となる案件は十個を超えている。比較的答えが簡単な物もあるけど、大半は頭を悩ませる物ばかり。
「何々、移民受け入れ?」
一体どこから移民などという言葉が出てきたのかと思う。
「規模はとても小さい物ばかりですが、いくつか近隣に集落があるのです。今までの町では受け入れ困難な状況でしたが、町の規模拡大と再開発で土地が余っていますから。それに魔の森の脅威が減ったとはいえ、魔物がいなくなった訳ではありません。ですからこの町に移住したいという連絡がしばらく前にあったそうです」
「ちなみにどのくらいの人数?」
「村とも言えないような集落で、数は十五程。人数としては三百人から四百人ですね。それに彼らは元々……」
「元々?」
「実は昔のこの町の住民らしいのです。ですが色々な理由で町を追われた人たちだそうでして」
「それってもしかして跡継ぎになれなかったとか、混血の人たち?」
「はい、その通りです。町を追われてからだいぶ時間も経過している所もあり、混血もかなり進んでいる所もあるとか。なので以前の町であれば間違いなく迫害の対象です」
「バカじゃないの? 私にはそこまでしていた理由が分からないわ。スラムもそうだったけど、変な考えに拘って町の発展を阻害しているわ」
エリーの言うとおりで、どう考えても町の制度がおかしいとしか言えない。
「こう言っては何ですが、集落ごとに決まりが違っていて、統一した町の決まりがないのです」
今度は法律論……いくら何でも専門外。だけども現状のままが良いとも言えない。
「集落ごとの決まり事については、正直ある程度仕方がない面もあるとは思うけど、それはあくまでその人たちでないと駄目なことを限定でやらないと。ちゃんと町全体の決まり事を作らないと駄目ですよ」
僕が捕らえられる前はちゃんと法律があった。長い年月で法律の概念まで失ってしまったのだろうか?
「一応聞いたことがあると思いますけど、冒険者ギルドを整備したじゃないですか。あの時にもちゃんとした決まりが出来ていなかったので、それを出来るだけ不公平がないように決めたんですよ。実際それ以前はかなり適当だったみたいですし、一部の人に都合が良いやり方もしていたようですから。小さな集落の人を町に迎え入れることは賛成です。でも同時に町の決まり事……法律を決めないと駄目です」
「法律ですか?」
どうもプープケさんは法律という言葉を知らないみたいだ。彼が特別教育を受けていないということはあり得ない。前に町の工事で一緒に作業をした事もあるし、その時にはちゃんと計算とかも出来ていた。
根本的にこの町には色々な概念が失われているんだと思う。そうでなければこんな状況にはなっていないはず。
「法律という町の決まり事を作ることも進言して下さい。その際、どの種族や混血の人であっても差別がないように徹底することも大事です。僕はちゃんとこの町を発展させたいと思っています。なので法律作りには協力します。その上で、各種族でどうしても決めなくてはいけないことも決めれば良いと思います。ただしその決まり事は町の法律を元にした物です。町の法律を破るような種族の決まり事を作っては駄目です」
前世でもそんなに法律の事なんて考えていなかったけど、それでも法律がきちんとないと争いごとになった時に困る。ちゃんと僕も考えないといけないな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一通り今日やるべき事が終わり、夕食後のお風呂の時間。
実は食事中にも色々と分かったことがあって、秋津集落とその他一部以外はお風呂の習慣どころか体を綺麗にする概念も希薄なのが分かった。
さすがに料理長をしてくれているカプスチンさんは衛生面のことを分かっていたけど、その彼だって三日か四日に一度体を水拭きするくらいの習慣がなかったそうだ。料理する際に手などをきちんと洗うことはしていても、体だってきちんと清潔にした方が良い。
しかもそれで知ったのだけど、僕らには一度に五人くらい入ることの出来る浴槽が用意されているのに、この屋敷で働く人たちは魔石を用いて温水を出すことが出来るシャワーしかなかったのが分かった。
種族によっては体毛の関係であまりお風呂に向かない人もいるんだけど、それが関係ない人までお風呂に入らないのはどうかと思う。それで急遽一階の空き部屋になっている所を改装して、お風呂を追加で作ってもらうことにした。最大で一度に十人同時に入る事が出来る大きさを予定しているし、シャワー室はそのまま残すから設備的にはこれで何とかなると思う。何より魔石と魔法でお湯を作ることは簡単なので、可能な限りいつも清潔にしてもらうように伝えた。
そもそも元あったシャワー室も魔石は常設していなかったらしいので、温水で体を洗ってもらうことも必須に。
そんな一騒動があって、やっとお風呂の時間。今日もエリーと一緒だ。
いくら昨日一緒に入ったとはいえ、前世から元々あまり女性に免疫と呼べる物が無い僕にとっては正直恥ずかしさの方が大きい。
「ねえ、クラディ。そんなに一緒に入るのが嫌?」
「え、えっと……そうじゃなくて、恥ずかしいって言うか、何て言うか……」
だんだん言葉が小さくなることになんだか悲しくなる。普通ならもっと喜んでも良いはずなのに。やっぱりなんだかんだで僕は小心者なのかなと思っちゃう。
「女性にリードされるのが苦手なんてね。クラディも可愛い所あるじゃない。お昼はあんなに怒鳴っていたのが嘘みたいよ」
思わず鼻まで湯船に沈めた。鼻から少しずつ気泡が出る。
「ふふ、可愛いんだから。歳だってそんなに変わらないのにね。そんな可愛い所が好きになっちゃったんだけどね。この調子だと結婚式なんてしたらどうなるのかしら?」
エリーは意地悪く目を細めながら微笑んでいる。それはそれで可愛いと思うんだけどね。
「ふぅ……エリーには敵わないな。こんな時くらい気を抜いたっていいじゃないか。あんなわけ分からない物ばかり見ていると、もう全部忘れたくなるよ」
湯船から顔を出して溜息をつく。
確かに僕らが眠っている間に長い年月が経過したのかもしれないけど、いくら何でも文明レベルが下がりすぎだと思う。
「また考えているんでしょ。止めなさいよ。どうせ今考えたって何も解決なんかしないわ。それにあの人たち、本当に町のこと考えているのか疑問なのよね」
「それは僕も。全部他人任せって感じがする。自分たちで解決しようとしていないよね。アレじゃあ僕らがいくら言っても無意味な気もする」
何でも問題を僕らに解決させようとしている気がするけど、気のせいじゃないよね?
「やめましょ。考えるだけ無駄よ。さあ、今日はちゃんと洗わせてもらうからね? 昨日は髪を洗った途端に意識失っちゃうんだもの」
そう言うとエリーは僕の体に抱きついてくる。そして一度僕の頭に手を置くと、右手で髪をクシャクシャにした。
「さ、おとなしく洗われなさい!」
この屋敷で二人きりになってから、エリーは二人きりになると凄く積極的。今まで色々と我慢していた反動なのかも。
「分かったよ。でも髪と背中だけだからね?」
エリーはちょっと不敵に微笑む。なんだか怖い。エリーってこんな性格だったかな?
各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。
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更新速度からおわかり頂けるとは思いますが、本小説では事前の下書き等は最小限ですので、更新速度については温かい目で見て頂ければ幸いです。
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