第四十話 恐怖の総和
2015/12/25 章及び、内容の一部修正を修正しました
小さな諍いでも、それが重なれば恨みとなる。恨みが重なれば、相手への不信へと繋がり、強いてはその者が所属する所にさえ影響する。
僕らが聞いた種族ごとに垣根がある理由はまさにそれだと思う。
きっかけが何だったのかは、誰も知らない。誰も知らないから追求も出来ないし、そもそも誰も追求しようとすら思っていないみたいだ。
「誰も知らないのよ。別に他の種族に恨みがある訳じゃないわ。でも習慣的にそうなってしまっているし、それが変だとは誰も思っていないもの。さすがにハンター業をしているような人たちは違ってくるけど、それ以外の人たちはほとんど交流がないわね」
アヌ・ルフタネンさんが教えてくれた。実際仲がよくない種族とはいっても、そもそもそういった種族とは、まず交流がないので問題にすらならないらしい。
ルフタネンさん一家が経営しているお店の場合は、そこそこ他の種族の人も来るので見かけるけど、普通は同じ集落の中で買い物も済ませるのが当然という認識。
ただ、集落というか種族というべきか、それとも民族というべきか、それぞれそこでしか手に入らないか、手に入れにくい品物もあるので、そういった物を買い求めに来る人がいるくらいらしい。
「でも、それって不便じゃないですか? 私達がいた時代でも種族を超えた婚姻となると、色々と問題視する人もいましたけど、だからといって断絶する程仲が悪いなんて事は無かったです。それにクラディは知っての通り、エルフとウルフの混血ですよ。私は彼の本当のご両親は知らないけど、クラディを引き取った人も混血だったっていっているし、私は何か原因があると思うんですけど」
義母がハーフエルフなので、確かに混血一家だと言えると思う。
「でも、本当に分からないのよ。原因は『光の十日間』にあるっていう学者もいるけど、真相は誰にも分からないわ。それに仮に『光の十日間』が原因だったとしても、今から千二百年程前の事件よ? 当然その頃の生き残りなんていないし、姿が違っていれば誰だって違うように見るのは当たり前じゃないかしら?」
エリーの質問に、エルさんは悩みながら答えている。
「エリー、アヌさんを責めても答えなんて出てこないよ。僕らが育った時代とは違うんだから。でも今の状況は良くないと思うけどね。婚姻は別だとしても、もっと交流は深めるべきだと思うよ。ただすぐには難しいだろうけど」
こういった事の解決には、とにかく時間がかかる。
前世でも白人による黒人差別は、僕がいた時代まで解決されなかった。まあ黒人奴隷という負の遺産もあるのだから、大航海時代から実質的に始まった黒人に対する奴隷差別が、簡単に解決する程簡単な事じゃない。
そもそも白人社会からしたら、有色人種というだけで差別が長年あったし、ヨーロッパでは僕が生きているときもその名残があったらしいし。
「エリー、僕の前世ではもっと酷かったよ。この世界でいう所のヒト族しかいなかったけど、それでも差別はあったし、それが原因で人が毎日のように暴行を受けたり、殺されていたりしたからね。本当なら、そういった人を護らなきゃいけない人たちも、同じように差別をしていた人もいたくらいだし」
「何よそれ? 意味分からないわ」
まあ当然だよね。僕だって、正直理解出来てなかったと思うし。
「そうだよね。僕にも分からなかった。でも、僕が前にいた世界ではそれが普通に行われていた所もあったんだ。それから比べれば、まだこの町はやり直しが出来ると思うよ? 最初からみんな仲良くなんて無理だろうし、出来る事から始めればいいと思う」
エリーは『そうなの。クラディが言うなら……』って、ちょっと寂しそうな顔をしていた。
「あなたも大変だったのね。私も初めてよ、転生者って人に会うのは。やっぱり前の世界と違って、やりにくいのかしら?」
「そんな事はないですよ? 前に僕がいた世界では、魔法なんてなかったですし、正直こっちの世界の方が面白いですから。もちろん今まで色々災難に遭いましたが、それとこれとは別に考えていますし」
嫌な事は忘れるに限る! そうでもしないと精神的におかしくなりそうだし……。
「ベルナル君は強いのね」
アヌさんは感心したように見ているけど、前にいた世界は魔法やはっきりとした種族の違いがある訳でもないのに、差別があったりして、この世界よりも酷いと思う。
元日本人的考えなのかもしれないけど、この世界みたいに容姿が根本的に違う様な事でもないのに差別をするなんて、器量が小さいとしか考えられない。まあ、この世界の住人になったからそう思うのかもしれないけどね。
それを考えれば、容姿が全く違うのに、前の世界ほどは差別が少ないと思える。
そもそも僕だってエルフとウルフの混血。前の世界で言えば、人間と狼の間で子供を作ったと同じような事だろう。もちろん前の世界では遺伝子レベルでそんな事は不可能なはずだけど、この世界では可能だったりする。さすがにこの世界でも、普通の動物とでは無理らしいけども。
それとファンタジーな世界だからか、人に寄生する動物や植物があるって聞いた。その寄生の仕方も様々みたいで、人と共生するような物もいれば、寄生した人を殺すタイプまで色々。女性を母体として繁殖するタイプはもちろん、男性を母体として繁殖するタイプまでいるらしいから、男女関係なくそういった寄生生物には注意が必要だ。でも、男性に寄生ってどうなの?
この町に来てから何度か聞いたけど、ハンターなどをしている人が毎月一人か二人は犠牲になっているらしい。
ハンターは男性の方が多いらしく、八割が男性らしいんだけど、その男性も犠牲になっているというのだから、この辺の森にも多くいるんだと思う。
ただ、寄生生物の犠牲とは言っても、実際に亡くなる人は少ないらしい。大抵はその後に寄生した物を除去すれば、助かるかららしいから。
その中で亡くなる人が出る時は、大抵植物系の寄生生物だそうだ。前にも聞いたけど、植物系だとその場で動けなくなる事が大半で、普通はツタに絡め取られたりして動きを封じられるのだとか。
あとは枯れ葉などに擬装した花があるらしくって、踏むと花が一気に萎んで人を捕らえるのだとか。捕らえられた人は女性ならそのまま母体として、男性なら養分となる場合もあるそうだけど、体内に種子などを埋め込まれて、男性でも母体として扱われる事もあるのだとか。母体とされる場合はほぼ確実に生きたまま長時間新しい種などの繁殖用として扱われるらしく、さらに寄生植物から栄養が常時送られるので長い間生き続けるらしくて、数十年経っても生きたまま繁殖の道具になっている人もいるのだとか。正直ゾッとしない。
本来はそうなる前に助けるか、その人を殺した方が良いのだろうけど、そんな植物がある所には同じ寄生植物が沢山いる事が多いらしくて、下手に助ける事は出来ないばかりか、殺そうとして巻き込まれる事もあるので、事実上放置する以外にないのだそうだ。
前世で食虫植物を見た事はあるけど、流石に人を捕食したり苗床などにするというのは、やっぱり想像がつかない。
「クラディ、どうかしたの?」
「あ、ううん。何でもないよ?」
「そう? 何か考えていたみたいだけど」
「あ、前にいた世界とこの世界の植物の事をね。前の世界では人を食べたりする植物なんて聞いた事がなかったし、多分いないはずだから」
「そうなんだ。やっぱり怖い?」
「怖くないと言えば嘘になるかな? でもそんな所に近づかなきゃいいし、そこまで心配じゃないよ?」
「ふーん……」
やっぱり前世の記憶がある僕と、無いエリーでは色々と考え方が違っちゃうんだろう。
「そういえばアヌさん。僕が見た感じでは、この町にはヒト族は少ないですよね? 前に捕らえられていた町では、逆にヒト族以外は見なかったと思うんですけど、何か理由があったりするんですか?」
「うーん、それはねぇ……」
アヌさんは僕らの顔をじっくりと見ながら、何かを考えているようだ。何か言いたくない事でもあるのかな?
「前に言った『光の十日間』の事は、一応覚えているわよね? 十日間で色々な事があったという伝承は残っているの。もちろん全部が真実とは限らないわ。何せ昔の事だし、記録もかなり曖昧な事が多いから。残っていても劣化して、読み取れない所も多いのよ」
まあ本当に千四百年も前の事なら、そうなって当然だと思う。直接石に刻まない限り大抵は劣化するし、石に刻んだとしても風化は避けられない。風化しないような所にあれば別だろうけど。
「そうね……そろそろ話てもいいかしらね。『光の十日間』とは呼ばれているけど、気がついていると思うように、実際は光などではないわ。色々とその間に種族は滅んだし、新しい価値観も生まれた。一番は種族の差ね。特に顕著だったのがヒト族だったみたいよ」
何となく想像は出来ていた。前の町を見ればイヤでも分かる。
「元々私達が『信仰』していたのは『神』と呼ばれる存在。名前は明らかになっていないけど、その補佐役として天使と呼ばれる存在もあるし、流石にその天使には名前が付けられているわ。この町もそうだけど、ヒト族以外はほぼ皆が信仰しているし『天使降臨』の話も伝えられているの。そう、ヒト族以外にはね」
何かヒト族だけが違うという雰囲気だけど、どうも嫌な予感しかしない。
「原因は結局分からなかったけど、私達が信じている『神様』はヒト族に受け入れられなかった。というか、捨てたと言うべきね。まあ、私達と一緒に暮らしているような場合はまた違うのだけど、それは例外中の例外。結局その人たちは、自分たちで神様を造ったみたい。それが問題なのよね……」
「何が問題なんですか? 私達の考えている神様と、今の人たちが考えている神様だって違うかもしれないし、勝手に人族が考えたって、別にいいじゃないですか」
エリーはそう言うけど、僕としてはどうしても前世の記憶が蘇る。
前世の世界――地球では大きな宗教だけで三つあった。それ以外も含めれば、無限とは言わなくてもかなりの数があったはずだ。そして同じ宗教の中でも、宗派が分かれて争っている場合も多い。同じ神を信仰していてもだ。
結果として宗教対立は多くの争いを生み、最終的には戦争まで引き起こした。歴史的には相手を蹂躙し殺しあう。宗教によっては同じ宗教でなければ、同じ人とは見なさないと解釈すらされた。なので他宗教の人間を殺すのは、善だとさえ思われる事すらある。
そしてここで同じ事が起きない保証はない。いやむしろ起きているのかもしれない。僕には宗教論は難しいけど、それでも宗教対立が難しい事くらいは一応分かっているつもりだ。
「神様の違いによる対立ですね。ヒト族は僕ら……いえ、違いますね。人族以外の全ての種族を『人』として見ていないとか」
「流石はベルナル君ね。前世でもそんな事があったのかしら? なら、何が起きているかも想像つくんじゃなくて?」
「はい。恐らくですが、ヒト族は僕ら他の種族を魔物扱いしている。もしくは動物以下の存在や、動物と同じだと思っている。なので殺す事も厭わないし、場合によっては名誉にすらしているんじゃないですか?」
アヌさんはしばらく僕を見つめてから、大きく溜息をついた。エリーは驚いた顔をしている。ついこの前、そんな状態で色々とされた事を忘れたのかな? それとも、僕が言っている事が信じられない? まあ、信じたくないという気持ちなら分かる気はするけど。
「前の世界でも、同じような事があったのかしらね。まさにその通りよ。彼らは私達他の種族を見ると、あからさまに敵対するわ。武器の有無など関係なく殺す事を厭わない。悲しい事よね……」
エリーはそれを聞いて、ショックを受けているようだ。顔面蒼白と言った方が良いのかも。怖いのか、僕の裾をテーブルの下で小さく握っている。
「エリー、大丈夫だよ。この町にいれば大丈夫だから」
前に僕らが作った壁もあるし、ちゃんと見張りの人だっているはずだ。エリーに余計な心配をかけたくないし。今は安心させてあげないと。
「そうも言えないのよね……」
アヌさんはそう言いながら、ほとんど空になった湯飲みにお茶をついでくれる。日本茶に色は似ているけど、味は紅茶に近い。最初はちょっと驚いたけど、慣れれば別にどうという事も無い。
「気がついているかしら? この町って種族別にバラバラでしょ。その上まとめ役になる人がいないのよ」
「え、それって……」
「簡単に言うと、町長とかがいないの。貴族がいる訳でもないし、王様もいない。みんなをまとめられる人がいないのよ。それぞれ種族ごとで壁を守っているけど、それだってきちんと決まっている訳じゃないわ。まともに警備をしていない所もあるもの。だからそれを知って攻められたら守れないわね……」
「それって大問題じゃないですか!」
思わず声を上げちゃったけど、何でそうなっているのかと思ってしまう。
「原因はいくつかあるわ。いくら神様が同じとはいえ、考え方が同じではないもの。大きな対立こそ無いけど、考え方の違いからちょっとしたトラブルにはなるわ。こればかりはどうしようもないのよ。前に勝手に貴族や王様を名乗った人もいたらしいけど、どうなったかは、今の現状を見れば分かるわよね?」
頷いて失敗した事を悟る。何か後ろ盾になるような物がないのに、そんな事をしても誰だってついていかない。そもそも宣言したら王族になる事が出来るかといわれたら、そんなのは無理だと思う。
「確かに壁はあるし、この町の事はヒト族は知らないわ。でもいつまでも隠せるかは分からない。武器は一応あっても、ハンター業として使うのがやっと。他人を殺す事なんて普通の人は慣れていないわ。私だって多分出来ないもの。昔は軍隊があったらしいけど、今はどうやって軍隊を作れば良いのかも分かっていないわ。でもヒト族はそれを持っているみたい。私達も何とかしないとって思っていいるんだけど、現実は甘くないのよね。戦うためだけの人を食べさせる程、食料もあまっている訳じゃないし」
軍隊って、確か平時は負債しか産まないってどこかで聞いた事がある。まあ、それは物の見方だとは思うけどね。
「そうだったんですか。確かにそれだと、今は大丈夫かもしれませんが、将来は分からないですね……」
「ねえ、クラディ。クラディの知識で何とかならないの?」
エリーはすがるように僕を見ていた。前の記憶が蘇ったのかも。今にも泣きそうだ。仕方がないよね。
「そうしたいけど、今回ばかりはね。町の人たちがお互いに信用していないと、守れる物だって守れない。これだけの町を守ろうとすると、みんなが協力しなきゃいけない。協力するには誰かがリーダーにならないといけないんだけど、それが出来ていないんだ」
「え、だって種族ごとにリーダーはいるんでしょ? ここだって確かフェーストレームさんが集落の代表なのよね?」
「うん、そうだよ。だけどそれだけじゃ駄目なんだ。多少の違いはあると言っても、みんな得意な事と不得意な事があるから、それをまとめる人がいないといけない。それは種族の垣根を越えないといけないんだけど、今それが出来る人がいないみたいなんだ」
それを聞いてエリーが意外だといった顔をしている。
「僕らを助けてくれた人は、後で知ったけどハンターをやっている人たち。そういった人なら種族の事なんて言っていられなくなるはずだから協力するけど、あの時は確か十人ほど。ちょっとした事ならその人数でも大丈夫だけど、外敵から効果的に守るにはそれじゃ駄目。しっかりと統率する人がいて、それぞれの役割をちゃんと分かって、それでいて訓練を定期的にしなきゃならない。しかも相手はモンスター――魔物じゃない。人なんだ。魔物は普通死ぬまで襲ってきたりするけど、人はそうじゃない。それに魔物は計画的に襲ってくる事は少ないって聞いた事があるけど、人は訓練すれば計画的に、それでいて弱点になる所を攻めてくる。当然それに対して防御するには、こっちもきちんと訓練がいるんだ。でもさっき言ったとおり、種族ごとはまとまっていても、町全体がまとまっていないから、襲われたら対応出来ないかもしれない」
「それじゃあ、攻められたら……終わりって事なの?」
僕はエリーを思わず抱きしめた。彼女が今にも泣き崩れそうだったから。
「すぐにはそんな事はないよ。この町の位置はヒト族に知られていないらしいし、すぐには無理でも、みんなで協力する方法を考えればいい。もちろんそれには僕だけじゃ駄目だ。出来ればそれぞれの集落の代表者に話をしたいし、戦う事についてはハンターの人たちの経験もある。そういった人たちの助言は大切だから、今はみんなで協力出来るような状態を作ればいいんだ」
「簡単じゃないわよ? 私達も過去に同じような事をしたわ。でも駄目だったの」
アヌさんは、悲しげな顔をしながら言う。
「そういった経験も無駄じゃないはずです。今はみんな疑心暗鬼で、いわばそれぞれの種族という形が、恐怖に支配されている状態だと思います。きっかけさえ掴めれば、後は僕が何も言わなくても皆がきっといい方法を考えてくれるはずです。僕だって軍隊に詳しい訳じゃないですから。だから、まずはこの集落の人たちと話をして、過去にどういった方法があるのかを確かめた方がいいと思います。その為にもアヌさん、協力してくれますよね?」
「ふふ、クラディ君には敵わないわね。私も出来るだけ協力するわ」
「お願いします、アヌさん。今のままでは将来も安全とはいえないですから。みんなが疑心暗鬼で恐怖に支配されても、諍いが起きるだけですからね」
僕の話を聞きながら、エリーはすがるように僕を見ていた。
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