第三話 常識が常識でない世界
2015/03/26 本文一部修正
2015/05/30 加筆、一部修正
どうも二歳になったみたいだ。
以前に比べ物もはっきり見えるし、音もはっきりと聞こえる。
味の感覚も大夫はっきりしてきたし、まだ人の手を借りないと駄目だけどもトイレにも行けるようになった。
トイレは見た目、水洗式。もちろん前世での水洗と同じかは不明。
ただ、目の前にして現実は残酷なのか、幸運なのか考えてしまう。
「もう二歳か。早いものだな」
自然に言葉は理解出来るようになった。多分これから使うであろう母国語だし、この言葉を覚えておけば問題ないはず。
前は日本語に置き換えようとして考えたんだけど、とっくの昔に諦めた。今後使えないもに執着してもね。
とにかく以前の常識は捨てないと……。
日本人だった頃とはまるで違う世界だ。そもそも、地球とも全く違うと言った方が早いと思う。何もかもが違う。前世での記憶など、あてにしない方がいいと思う。
目の前で話たのは父親だろう。
問題なのは容姿だ。いや、問題なのかな? こういう世界だと受け入れれば、問題にはならないのかも。前世の記憶があるのは、時として問題なんだなって実感。
テーブルの前にいるその姿は、以前の記憶にある『人間』とは違う。
一言で言ってしまえば、人間によく似た……いや、動物によく似たとも言うべき? どちらが正しいなんて事は、この際関係ないんだと思う。
頭に、まるで犬のような耳があった。前にも見たけど、尻尾もある。というか、顔が動物に近い。前世で言えば空想上の『人狼』や『ウェアウルフ』、もしくは『ウェアドック』といった感じ。
前世の世界では『架空』の存在なはずだけど、この世界は架空じゃない。
色は深い紺色だと思う。耳の内側は白だ。同様に尻尾もあって、上が紺色、下が白になっている。
ちなみに、体全体は分からない。生前の日本では、父親が子供を一緒にお風呂に入る事もあったけど、ここでは違うのかもしれない。少なくとも一緒にお風呂に入った事が無い。
そもそも、かなりのお金持ちみたいだし、そういった事はメイドさんの仕事みたいだ。
そして他にも、左側に二人の子供と、右側に二人の女性。
女性二人は、どちらかが母親である事は疑いようがない。そしてその女性も、地球では有り得ない姿だ。
その姿は――一方がウェアウルフ。もう一人がエルフ。神話やおとぎ話でしか見た事がない姿が目の前にいる。
本来はまだ断定するに早いと分かっているんだけど、エルフ以外の表現方法が分からない。
ウェアウルフの方は父親と同じような姿で、毛の色が薄い青色以外はほぼ外見的には同じ。違うのは、身長とかかな?
エルフの方は、普通の人間より若干細くて、上に尖った耳。サファイヤのように見える目。絹のように白くてなめらかな肌。光り輝くような金色の髪が腰辺りまで伸びている。
これだけだったら単に容姿の問題だと思うけどね。だけど、信じられない光景を見た後では、エルフと称する以外の言葉が見当たらなかった。
何も語らずに突然ランプに火を灯す。手をかざしただけだ。
疑うのが野暮だと思う。魔法だ。少なくともこの世界には魔法が確実に存在するのだろう。どの程度の人が使えるのかまでは分からないけど。
それだけじゃない。
ウェアウルフ族の身体能力が、常識を外れている。まあ、それは父親がそうなだけなら、まだ良かったのだけど、もう一人の母親? も、そうだから。
家族や使用人の前でしか見せないようなのだけど、普通に一階から二階に飛び降りたりジャンプしている。そんなに頻繁では無いけど、吹き抜けの階段を移動するときには時々使っている。
話からするに、急いでいるときにだけ、そんな事をしているみたい。
肉体的には、同じウェアウルフでも、父親の方が母親よりも運動能力は高いと思うけど、とにかく常識を捨てないとと思うしかない。
エルフの女性はそこまでじゃないけども、魔法はどうも得意な感じがする。テーブルにある燭台へ、一瞬で火を灯すなど造作のないようにしている。しかも周囲にいる給仕なのかメイドさんなのか、その人達が驚いている様子はまるで無い。つまり、魔法は珍しくないし、普通に使うのが常識なんだろう。
もちろん、普段は給仕の人たちが行っているみたいだけど、彼らが忙しいときには、躊躇無く使用しているみたいだ。
ついでに、二人の母親の向かいにいるのは、僕の兄弟のようだ。
まだどちらが上なのかは分からないけど、どちらもウエアウルフ族みたいで、男性の方が父親似。女性の方が母親似だと思う。根拠は毛並みの色だけど。
所々、両親の特徴を受け継いでいるみたいだけど、外見的にはほぼその表現で合っていると思う。
じゃあ自分は? と言うと、前に鏡を見たらエルフの母親似のようだ。少なくとも顔は父親似ではない。
耳は少し細くて上に尖っているけど、母親程は長くないのではないかと思う。髪の色は銀色に近い。そして、髪の長さは腰よりも長い。目の色は黄色なんだけど、かなり透き通った黄色。しかも黒目がない。耳に関しては、髪の長さやフードなどで多分ごまかせるとは思うレベル。手とかを見る限りでも、母親の特徴を受け継いでいる。
色々考えたけど、とりあえず男だと父親似、女だと母親似ということはないと思う。何せ前に気がついたけど、男である事は間違いない特徴的な物があったから。
「明日検査に行きますが、時間はありますか?」
急に、エルフの母親の方が話題を切り出した。多分この人が僕の母親出るのは間違いないと思う。
「ああ。予定は空けてある。君こそ大丈夫なのか? 四人目とはいえ、あと二ヶ月だったと思うが?」
母親はまた妊娠しているらしい。確かにおなかが大きくなっているのだけども、このペースが普通なのか気になる。
そもそも四人目と言うけど、他の兄姉の姿が無い。
上の兄姉とは多少年が離れているとしても、間違いなく十歳にはなっていないはず。ここにいる二人以外で兄姉がいるとすると、他の兄姉はまだ赤ん坊なのかもしれない。可能性としては双子といった可能性もある。四人目だというので、僕がエルフ系の長男だとして、下の二人は双子の可能性が高い気もする。もちろん根拠なんてない。
子供の生まれる間隔から、仮に十年で五人の計算だと、二年に一人の計算だ。ただし他にも兄姉がいる可能性もある。何せ今の話題だと、エルフの母親だけの話だろうから。
「大丈夫です。移動に馬車は手配済みですから。明日の朝、病院の馬車がこちらに来ます」
病院、馬車。少なくとも、それなりの医療はあるようだし、馬車があるということは長距離の移動もそれなりに出来る世界だと思う。
「家の馬車だと駄目なのか?」
どうもこの家には馬車があるみたいだ。まあ、不思議に思わない。どう考えても今までの経験上、この家はお金持ちだし、たぶん貴族だと思う。それも名ばかり貴族では無く、それなりの資産がある貴族。当然馬車の一つくらいあってもおかしくは無い。
ハイハイとか出来るようになって、多少はつかまり立ちも出来てきた。おかげで家の様子も分かってきた。
少なくともこの家は、相当な金持ちだ。実際、家がとんでもなく広い。石造りの家で、多分五階建てくらいはあるし、敷地もかなり広い。
それからメイドさんがかなりいる。少なくとも僕が見える範囲だけでも、二十人くらいはいると思う。それと、この家を守る兵士みたいな人もいる。
兵士がいるという事は、貴族の私兵かなと思う。たしか前世でのヨーロッパでは、昔そんな人がいたはず。ただ、この世界の貴族がどのような存在なのか分からない。
生前の世界では、名誉貴族みたいな扱いもあったと思う。日本じゃないけど。そもそも日本には名誉貴族はあったのかさすがに知らない。明治時代に『華族』って制度があったはずだけど、さすがに細かい事までは知らないし。
「ここの馬車は立派ですが、車輪があれでは、おなかの子に良くありませんわ。今回用意いただいたのは、車輪にゴムが付いています。乗り心地が大夫違うそうですよ?」
「そうか。ならその方がいいな」
タイヤの概念があるみたいだけど、その辺がよく分からない。
まあ、明日になれば分かる事だし。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
馬車の外観は質素だけども、乗り心地は最高。と言っても、前世ではそもそも、車のお世話になる機会が正直あまりなかった。一応運転免許も一時期持っていたけども、結局色々な理由で乗らない事が多くて、最終的には乗っていなかったし。
見ただけで、さすがに手で触る事は出来なかったけど、あれは間違いなくタイヤだ。馬車にタイヤというのはちょっと中世よりも上な文化レベルか技術レベルな気もするけど、まあ今後分かるだろうから今は気にしない。それに、どうもあまり一般的で無いのは以前の会話からでも分かるので、ゴムは貴重品なのかもしれない。
それから、衝撃を吸収する為のコイル状スプリングがあった。板バネでない事を考えると、それなりに技術はあると思う。普通に車軸やコイルが見えているところあたりが、技術レベルが十分でないような気もするけど、まあそれも今後分かる事だろうし。
他にも何かあると思うのだけど、見えた範囲ではそれだけだ。それに普通の馬車にしても、それなりの値段がするのだろう。親が貴族であれば馬車の保有は分かるけども、それにしたってゴム製のタイヤが無いのは分かったし、この馬車は、きっと病院用の特殊な馬車なのだろうから、一部の金持ち用に用意された特注車と考えるべき。
引っ張るのは、普通の馬みたいに見えるけど、生前の馬とこちらの馬が同じなのかはまだ分からない。似ているだけの、全く違う生物かもしれない。
内装は、実用性第一といった感じ。
椅子は青い布が張られていて、その下は多分クッションみたいな物があると思う。直接板に布を張っていないのは間違いないと思う。その辺はやっぱり、この馬車が普通と違うところなのだろうけど。
それ以外は、基本板張り。ただ、板そのものは綺麗に磨かれているみたいだ。ちょっと触ったけど、とてもなめらか。もしかしたら防腐用の塗料が塗られているのかも。
椅子は、前後に二人がけが一つずつあって、真ん中に小さなテーブルがある。テーブルの下は二つの段があって、そこに荷物を置けるみたいだ。
足下には、左右二本の支柱で支えてあるだけで、特にこれと言って敷居はないみたい。なので、大人でも窮屈に感じる事は無いと思う。
窓はあるけどガラスはなくて、下に収納する形の木の板がある。ガラスは一般的じゃないのか、高価なのかもしれない。まあ輸送が目的だし、乗り心地を最優先に考えて、予算が足りなかったとか、そういった事なのかもしれないけど、少なくともガラスが一般的で無いのは、ほぼ間違いないと思う。
馬車は走り出しているけど、とても乗り心地がいい。多分バネや椅子の中のクッションが良い物なのかも。特にクッションで車の乗り心地は大夫違うと、前世で聞いた事があった気がする。本当かどうかは知らないけどね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
感覚的に三十分くらいだと思うけど、病院に着いたみたい。
とは言っても、生前に見た病院とは全く違う。異世界だからだと思うけど、これも慣れるしかないのかな?
建物は石造りで、二階建て。窓のような物はあるけど、どうも鎧戸だと思う。少なくともガラスは無い。建物その物も、結構大きさがあるように思う。
今日は母親と父親、僕と、いつもお世話をしてくれるメイドさんの一人が一緒だ。
ちなみに今はメイドさんに抱きかかえられている。まあ、母親が妊娠しているなら、仕方がないと思うので、ここは素直にしておくべき。
周囲には色々な人がいる。
もちろん人とは言っても、地球で言う所の『人』じゃない。
熊みたいな人もいれば、狐みたいな人もいる。普通の人間みたいな人もいるけど、そんなに多くはない。ファンタジーで言う所のいわゆる『獣人』が大半だ。他にも『デミヒューマン』とか、色々な言い方はあるとは思うけど。
びっくりしたのは、よくあるファンタジー系ゲームの敵役で出てくるような種族が、普通に『人』としている事だと思う。
二つ隣の席にいるのはオークみたいな人。その隣にはサキュバスみたいな人もいる。まあ見た目がそれっぽいだけで、単なる露出狂&背中にコウモリみたいな翼がある種族だけなのかもしれないけど。ただ判断材料が無いので、見た目から推測するしか方法が無い。
そんな事を考えながら周囲を見渡していると、どうやら診察室に呼ばれたみたいだ。メイドさんが僕を抱えたまま、多分診察室と書かれたプレートの部屋に入った。
最近になって、少し言葉を覚え始めたけども、さすがに読む事までは無理。一つ一つの文字はいくつか覚えたけど、単語となるとさすがに読めない。
中にいたのは三人。一人は椅子に座っているから、きっと医者だと思う。他の二人は立っていたけど、三人とも多分女性のようだ。理由は分からないけど、何となくそう思う。
医者は真っ白な服を着ているけど、前世の日本で見るような、医者が着ている白衣とは違う。ごく一般的な真っ白な服としか思えない。
他の二人も真っ白な服で、こっちは前でボタンを留めるだけの服みたいだ。所謂ナース服といった類いの物ではない。まあ、僕にとってはナース服で興奮するといった事はないんだけどね。前世で病院生活が長かったからかな?
医者は、狐みたいな顔。残りは看護師だと思うけど、一人は人間で、もう一人は多分エルフだと思う。断言出来ないけど。
診察室は結構大きくて、日本で言う所の八畳くらいあるんじゃないかと思う。左の壁真ん中辺りに木の机があり、どうやらそれが医者の机なんじゃないかな?
部屋の中央には、少し小さめの台がある。黒光りしていて、とても冷たそう。色からして石で出来ている感じがする。
言葉はよく分からないけど、医者が何か言った後僕はさっきの黒い台に寝かされた。思ったよりも冷たいのでブルッと震える。
母親が頭をなでて何か言っている。多分安心させる為の言葉だと思う。
言葉としての単語なら少しは理解出来るようになってきたけど、全体的にはまだまだ。
時折「大丈夫だからね」と言っているのだけは分かる。
さっきの看護師が台の近くに来て、二人で水晶のようなものを台の周囲に置いていく。真四角の水晶みたいで、厚みはほとんど無い。高さは多分一センチもないと思う。大きさは目測で一辺が多分三センチか四センチくらい。
「――…―が終わりました、先生」
「はい、有り難う。セシルは足下の方をお願いね」
セシルと言われた人は、多分エルフの人。もう一人は僕の真横にいて、反対側に医者がいる。
「ではお母さん、これから始めますね。―・――を始めるので、三歩程下がって下さい」
そう言われて母親が台から離れた。
「ぼく、これが分かるかな?」
医者が持っていたのは、親指程の水晶みたいなもの。
「これを、両手に持っていてね」
片手ずつ手に持たされると、その水晶を包み込むように、手を握らせた。そのあとゴムバンドみたいなもので、手が開かないようにされる。正直怖い。
多分魔法関連の何かをされると思うんだけど、前世では魔法なんて当然無かった訳で、これから何が起きるか分からないのは、やっぱり怖くなるみたいだ。
「では魔力の――……ます。前にも見た事があると思うので、お母さんは大丈夫だと思いますが、ちょっと――ので目を・―してください」
全体的に、何かを言っているのは分かるんだけど、肝心な所が理解出来ないし、そもそも魔力?
「では、始めますね」
医者が何か呟いた後、僕の周囲が輝きだした。
「セシル。少し・――・みたいだから――して欲しい。多分五番と九番、十五番だから――…して」
慌てている様子はないし、何かを調整すればいいのだと思うけど、やっぱりまだ言葉が分からない。そして、周囲が光っていて眩しい。
「先生、これで大丈夫ですか?」
たぶん、セシルさんが何かをしたんだと思う。しばらくすると、周囲の輝きが増した。ちょっと目を開けるのが辛い。いくら何でも、光が強すぎるんじゃ?
すると、もう一人の看護師が、僕の両目の上に手を置いた。
「ありがとう、ルシーダ君。でも無理はしないでね」
目隠しをされているような状態なので、何が起きているのか分からない。まあそれでも耳は聞こえるし、元々光であまり周囲は分からなくなっていたけど。
そんな状態が続いて、医者や看護師の人が色々何かやっている。検査だとは思うけど、案外長いなって思う。前世で回数を数える事すら忘れたほどやった事があるCTやMRIのように長い。違うのは特に音が無い事だけど。
しばらくすると、急に体全身が熱くなってきた。
「ルシーダ君、クールストーンをすぐに!」
医者がどこか慌てている気がする。これってやっぱり何か問題があったときだよね? どちらにしても、こういった時は下手に動かない方が一番良いはず。
少しして、体の熱さが急に消えた。でも光はそのままだ。
「セシル君。もう少し魔力を…―・して」
「はい、先生」
「ルシーダ君はそのままで、何かおかしなところがあったら、すぐに教えて」
何が何だか分からないけど、ちょっと危ない事になっている? いや、ちょっとじゃないかも……。
そんな事を考えて、再び強い光が周囲を覆った。瞬間、暗闇の中に吸い……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『おい、大丈夫か?』
どこかで声がする。
こんな状況、前にもあった気がする。
『うーん、聞こえている筈なんだけどなぁ』
ふと目を覚ます。
周囲は光が満ちあふれるような場所で真っ白。
『気がついたね。前にも一応会っているんだけど、一応この世界の神様の一人』
は? 神様? って、死んだの?
『いや、死んでないよ。ちょっとだけ刺激が強すぎて、気絶したんだ。大丈夫、すぐに目が覚めるから』
はぁーと思いつつ、声のする方向を向いた。誰もいない。
『悪いね。姿を見せるのは駄目なんだ。とりあえずあまり時間がないから、君が元々いた世界から引き継いだ事教えるね』
うん、間違いない。日本語だ。生まれ変わった場所なら、こんなに言葉を理解出来ないし。
『今回は特別サービスだから。それに多分死ぬまで君と会う事はないと思うし』
つまり、ここは生きている人が入れない世界――死後の世界?
『ちょっと違うけど、まあそれに近いかな。話を進めるね。君たちの世界の神様から聞いたけど、生前の記憶を残したまま別の世界で生まれ変わりたいという事で、私がこっちの世界に連れてきた』
そういえば、そんな事があったなと思う。もの凄く昔のように思うけど。
『君は、この世界を異世界と思っているみたいだけど、ちょっと違う』
え、違うの? だって見た感じ魔法とか変な種族とか……。
『君が住んでいた星よりも、ずっと離れた所にある別の星だよ。宇宙としては繋がっている。まあ、君がいた世界がこの星を発見出来るとは思えないけど』
昔、学生の時にちょっと習ったし、ネットでも多少は知識をプラスした。たしか当時の人間の技術では、恒星を見つける事は出来ても惑星となるとかなり近い所限定だったはず。写真で確実に見つけられるような技術は無かった。重力の影響とかで見つけたとか、そういった話は聞いた事がある気がするけど。
『うんうん、いいねぇ。全部じゃないけど、ちゃんと知識は残っているみたいだ。ただ、その知識はこの世界ではあまり通用しないけどね』
え?
『そりゃそうだよ。科学で発達した文明と、魔法を元にして若干科学も発達した世界では、状況が違うのは分かるよね?』
た、確かに。
そもそも、前世の地球では、ファンタジーに魔法はあっても、魔法そのものはなかった。あったとしても、きっと普通の人は知らない。
『この世界は魔法もあるし、言葉を話すのも人だけじゃない。色々な種族がいて、それぞれ交流している世界だ』
まあ、病院での風景を思い出すと、納得するしかない。あの時間違いなく死んだはずだから。
『種族の呼び名は、君が元いた世界と似ているけど、全く同じじゃない。その辺は成長しながら覚えて欲しい。それと、この世界の住人はみんな魔法が使える。もちろん、その技術に差はあるけどね』
みんな魔法が使えるのか。じゃあ、異世界で急に勇者とかにはならないわけだ。
『まあその辺は、学校とかもあるからそこで勉強するように。でも私が少しサービスしているから、普通の人よりは能力的に有利。ただし過信は禁物。魔法にしても何にしても、全部自分で覚えるように』
うぅ、ちょっと期待したのが馬鹿だった。
『いやいや、当たり前だから。とりあえず君の常識は全部捨てた方がいいよ。もちろん通用する事もあるけど、他の人には理解できないこともあるしね。君が息してた頃の科学は、少なくとも通用しない。この世界は広いから、勉強はたくさん出来ると思う』
広い?
『ああ。君がいた星の二十倍程大きい。陸地に限れば、五十倍程かな。文明はそれなりに進歩しているけど、未開の地も多いから』
なんだか嫌な予感……。
『もちろん君が言う所の、モンスターもいるから。人を襲う化け物ね』
そのまんまだ……。
『詳しい事は、これから生活しながら覚えて欲しい。それに、前世の記憶も多少は役に立つし。聞いた所によると君は生物や化学、物理がそれなりに出来るみたいだから、その知識を元に学者になってもいいし、定番だけど冒険者だって大丈夫』
は、はぁ……。
『体はエルフに近いから、若いままで何百年も生きられるし、筋肉は狼族だから普通の人よりも強い。知識もあるし、大抵の事は可能だね』
いやいや、そんな事言われても……。
『ただ、前世の不幸な過去は、若干引き継いでしまうんだ。とはいえ、前世程じゃないはず。それがこれから始まるから、後は頑張ってね。じゃ、新しい世界を楽しんで!』
神様がこんな調子でよいのか? と若干思いながら、急に意識を失った。