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第三十一話 新たな地

2016/02/01 誤字及び一部内容の修正を行いました。

2015/10/16


第三十話から第三十一話に移動。

内容の修正を行いました。


2015/11/17

内容を分割して、それぞれ31話と32話に変更しました

 途中に休憩を入れたりしながら、二日程僕らは飛び続けた。


 太陽の沈む方向とはまた違うし、正確にどのくらい飛んでいるのかは分からないけど。そもそも時計も速度計も無い。


 最初の二日間は、休憩は本当にそこそこ。少し食事をするのと、その他最低限の事をするだけ。その後は、すぐに高空へと飛び立つ。まるで何かから逃げているようにすら感じる。


 まあ、僕だって良い思い出があるわけじゃないし、あそこから離れるのに文句なんてない。


 エリーは最初こそ会話が出来たけど、二日目にはかなり消耗している。上空が寒いのはもちろんだけど、それよりも体力的に弱っているからだと思う。


 途中でエリーを僕の前に移して、エリーには防寒用の毛布を一枚追加した。頭から被る形になったけど、これで少しでも体力の消耗を防げれば良いと思う。


 時々声をかけたり、体を揺すったりもする。一応落ちないように鞍のベルトがあるけど、ちょっと目を離すとエリーは何だか落ちそうで怖い。それに、時々意識が無くなっているように思う。


 ある程度町から離れると、今度は比較的低い高度に落として、速度もそれなりだから、寒さも多少は気にならなくなる。


 でも、ちょっとした山よりは高い。それに速度もそれなりにあって、風よけもない。当然風も冷たくなるので、僕らは出来るだけ暖かくなるように努めるしかない。それに、エリーは相変わらず寒さに震えているみたいだし。


 時々山脈らしき物を通り過ぎる時に、高度を上げるけど、それ以外の森などを抜ける時は、地上からさほど離れない高さだ。超低空とはいわなくても、低空飛行であることには変わりないと思う。もしかしたら、僕らの事をそれなりに気遣ってくれているのかも。


 ただ、木々が下を通過する速度はかなりの早さ。速度は高空とさほど変わっていないと思う。


 周囲を警戒しての事なんだと思うんだけど、休憩は森の中に点在している小さな空き地。テントも持ってきていたようで、さらに僕らには食事もちゃんと提供してくれた。


 どうも休憩地点は決められているみたい。前にもたき火とかをしていたような跡があった。


 食事は質素な物が多かったけど、むしろ昔に食べた物の記憶が蘇る。個人的には今食べている物の方が好み。もうずっと前だし、そもそも前世の事だけど、病院食よりも美味しいと思っちゃう。


 騎士団に捕らえられていた時のような豪勢さは無いけど、僕らにはあんな豪勢な食事は合わないなって思う。


 流石に救出主体で持ってきたのは、保存食が大半みたい。乾燥させた肉や豆類が多かったけど、味はしっかりしているし、量もあるので満腹感がある。それにお湯で温めたり、スープにしたりするので、少なくとも体は温まる。


「本当に助けて頂いて、有り難うございます」


 エリーは疲れて動けないみたいなので、僕だけだけど挨拶をしておいた。これ以上悪い状況にならない事を祈るしかない。


 少なくとも、まだ変な事はされていないし、休憩中も丁寧に対応してくれている。まだどうなるか分からないけど、一応お礼くらいはしておかないと。


 ただ、エリーはまだ信用していないみたいだ。まあ、信用できると思った騎士団に裏切られた直後だし、他人を信用できなくて当然だとは思う。僕だって、どこまで信用して良いのか、まだ分からない。


 それを知ってか、僕らを助けてくれた人たちは、あまり干渉するような事はしてこない。最初の休憩で、僕らの体の傷を見たくらいだ。回復魔法で、最低限の治療をしてくれた。それ以上の治療は、今は無理とのこと。


 薬もあるそうだけど、今の段階では使えそうな物がないらしい。持っているのは軽症の薬ばかりだそうだ。それだと僕らには中途半端な効果になってしまい、後で体力を無駄に消耗してしまうそうだ。


 本当なら医者がいれば一番らしいけど、流石に医者は同行していないらしい。まあ仕方がないと思う。


 この人たちは魔法を使っていた。回復魔法でそんなに高度な魔法じゃないみたいだけど、傷がこれ以上悪化しない程度にはしてくれたようだ。本格的な治療は行った先で行わないと難しいらしい。


 体力回復の魔法はないらしいし、そもそも回復魔法については僕だって詳しくないから、この人達を責めるのも間違っていると思う。


 大体、僕らの怪我の状態がどの程度か、僕だって正直分からない。


 最初の休憩時に、応急処置で水での洗浄と消毒、いくつかの薬をくれた。薬は栄養剤みたいな物らしいけど、体力が消耗仕切っている僕らには、あまり効果を期待出来ないそうだ。もちろん根本的な治療には到底及ばないと言われた。


 この世界にもあるとは思うんだけど、体のあちこちに裂傷もある。当然そこから細菌が感染して、破傷風にだってなるかもしれない。


 消毒などをしてから包帯を巻いてくれたけど、体のあちこちにある傷は、それを付けられてから時間が経過している。表面の消毒だけでどうにかなるとは、正直あまり思っていない。


 それに食べ物はまだ最低限。あの騎士団に拷問を受けてから、あまりまともな食事をしていない。保存食だから仕方ないし、味としては好みだから問題ないんだけど。なので、ビタミン不足とかで壊血病とかも心配になる。


 もちろんこれは、前世の世界とある程度同じと仮定しての話だけど、その手の病気はどんな世界にもあるような気がする。


「さて、今日はここで寝る事にしましょう。大地と風の精霊よ、私に力を。シールドドーム」


 ハピキュリアの人が、食事を終えたあとに魔法を唱えた。そういえばこの人たちは、魔法を使う時に呪文を使っている。僕らはそんな事をしたことがないけど。


「それで申し訳ないのですが……」


 鳥人族の人が、急にエリーの前に片膝をついた。


「私達が、まだ信用されていない事は分かります。ですが、しっかりと睡眠を取って頂かないと、治る怪我も治りません。申し訳ありませんね。水の精霊よ力を与えたまえ。ハイスリープダウン」


 呪文を唱え終わった瞬間、エリーが崩れるように目を閉じていた。隣にいたので微かに寝息が聞こえる。


「本当はここまでしたくないんです。ですが、昨日もたいして寝ていない様子でしたし、限られた食事では、どうしても体力が消耗するばかりです。ベルナルさん、彼女の隣にいてあげて下さい。明日は日が昇るまでは絶対に目を覚ましませんが、あなたが隣にいた方が安心するでしょうから」


 一緒に飛んでいるだけに見えて、僕らの事をしっかり観察しているみたいだ。それに、それなりの気遣いも出来るみたい。


「いるだけで? 寝ているのに関係ないんじゃ……」


「睡眠魔法の研究で分かった事なんですよ。近くに信頼できる人がいれば、魔法がかかった状態で寝ていても、安定した眠りにつけるんです」


「そうですか……」


 一応魔法の研究はされているみたいだし、まあエリーの隣にいる事自体は別に苦にはならない。むしろ、現状では僕が信頼できる唯一の人。


「それと、今日はかなり強力な魔法で眠ってもらいましたので、うなされる事も無いはずです。あなたも寝ている最中に譫言のように色々言っていますが、あなたのためでもあるんですよ? あなたは彼女が受けた程の心の傷が表面に出てきていませんが、我々は、出来るだけあなた方の健康も配慮したいんです。ですが、今出来ることは限られています。ちょっと恥ずかしいかもしれませんが、二人で抱き合って寝て下さい。他人の体温を側で感じながら寝る事で、安定した眠りなどに効果があるそうですから。特に信頼出来る人と一緒なら、効果が高いと聞いています。すぐに私が魔法で意識を落としますから。大丈夫、彼女にかけた程強い魔法ではないので。水の精霊よ、彼に安らぎを与えたまえ。スリープレイ」


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「二人の状態は?」


 ドラゴン族であり、我々の副長を務めているケイル・ラクスホルズが二人の様子を見ていた。少し離れた所にいるのは、無用に怯えさせないためでもある。


 二人が深い眠りについてから、すぐに毛布などで十分に暖を取れるようにしている。それに結界の中は、寒さをある程度防げるようになっているし、風も通さないようにしたはずだ。


「大丈夫だな。しかし酷い事をする。あの焼き印の数は異常だ。あの連中は、自分たちが人間と言っているが、あの者たちこそ『怪物』といえる。今日は少し寒くなりそうだ。もう一枚布をかけてやれ」


 すぐに布が用意され、抱き合いながら寝ている二人に布がかけられる。布といっても、もちろん毛布だ。


 二人ともすぐに魔法で寝させたので、当然我々が二人を抱き合わせた。二人とも下着などを除いて服を脱がせて、まるで恋人のように抱き合わせている。こうするのが一番効果が高いといわれているからだ。


 本当なら、二人とも同意の上でそうして欲しいが、今は彼らの体力と精神力を回復させる事が重要だ。多少の強硬手段はやむを得ない。


「それでランバート隊長、このまま予定通りに町へ向かうかと思いますが、この先にかなりの高さの山脈があります。我々は魔法で耐寒防御が出来ますが、彼らまでは無理です。それに、手持ちの服装であの山を越えると、かなりの確実で命を落とす恐れが……」


 第二飛行隊長のハリスが、この先にある山脈の方を見ながら意見してくる。普通に山脈を越えれば、確かに二人とも命の危険がある。


「いや、今回は多少迂回しよう。救える命なのに、ここで失うのは本末転倒だ。二日程日程に支障が出るが……そうだな、ピアス。君が先に町に行ってくれ。二人の搬入準備も用意しておくように。二日遅れくらいであれば、何とか二人とも大丈夫だろう。それ以上は彼らの体力の限界の筈だ。ピアスには申し訳ないが、先に先行してくれるか? 我々も出来るだけ急ぐようにする」


「了解です、隊長。ならば町の方で準備が必要ですし、あと三時間くらいなら飛行可能ですから、先に行かせて頂きます。それと、速度を上げるので、装備を最低限にしたいのですが」


「任せろ。私が持っていこう」


 ケイルがそう言うと、ピアスが道具の大半を地面に置き始める。余程の事がない限り、軽装の飛行中のハピキュリア族を追うのは無理だ。高速で移動する事は、それ自体が武器となり防御ともなる。


 そもそも彼は、高速飛行に定評がある。当然攻撃も不可能に近い。彼女ならトップスピードで一日でも町に行けるだろう。


「申し訳ありません。では先行いたします」


 そう言い残して、魔法で手を再現していたピアスは、一気に上空へ向かって、一瞬のうちに消えた。


 我々に出来る事は、とにかく二人を無事に送り届ける事だけだ。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌朝、まだちょっと眠気がありながらも目が覚める。エリーはまだ寝ていた。他の人たちは、朝食の準備を始めているみたいだ。


「起きたか。彼女の側にいてやりなさい。今日は少し速度を出すので、体力を出来るだけ付けてもらいたい。少し食事を多く摂ってもらう事になる。彼女ももうすぐ起きるはずだ」


 それからしばらく、エリーの横にいながら周囲を見渡す。エリーがいつ起きても大丈夫なように、左手でエリーの手をそっと握っている。実際は、僕の不安も和らげるためだけど。


 さっきの感じだと、向かう先はまだまだ遠いんだと思う。その先に何が待っているのか、正直まだ分からないし、それが不安でもあるけど、前の町とは違うと信じたい。


 周りの人たちは、朝食の準備と出発の準備を同時に進めていた。結構手慣れているし、旅慣れているんだと思う。さすがに今回の事みたいな事に慣れているとは思いたくないけど。


「おはよう、クラディ……」


 エリーが目をこすりながら起きた。すぐにエリーは周囲を見る。


「これから朝食だって。そしたらすぐに出発するみたいだ。今日は急ぐらしいから、ちゃんと食べてって言ってたよ? あと、エリーが怖がっているのは、みんな分かっているみたい。僕だってまだ信じられない所があるけど、一応治療だってしてくれたんだし、そんなに警戒しなくても良いんじゃないかな? どっちにしたって、僕らは彼らについて行くしかないんだから」


 事実、ここで放り出されたら僕らは生きていけない。


「そうね……クラディの言うとおりだわ。今さらよね……」


 そう言いつつも、やっぱりエリーは暗い顔をしている。仕方がないと思うし、何か元気づけられればと思うけど、僕も流石にそこまで出来る状態じゃない。僕だって元気づけられたいくらいだし。


「食事が出来たぞ。今日は少し遠くまで行くから、しっかり食べてくれ。必要なら、遠慮せずにお代わりをして欲しい」


 そう言いながら持ってきたのは、干し肉と温かい豆の入ったスープ。そして保存性が良いらしい、堅めのパンだ。スープはかなり具だくさんになっている。パンはスープに浸けながら食べるといいと言われた。量はいつもの倍とまではいかなくても、それなりの量がある。


「我々は魔法で防寒対策が出来るが、君らはどうやら出来ないのだろう? 少しでも体を温めておいて欲しい。スープはかなり量があるので、お代わりは遠慮しなくて良いからな」


 そう言って食事を持ってきた人は戻っていく。あまり干渉はしないように心がけているのかも。


 温かいスープはとてもありがたかったし、エリーも心なしか少し元気が出たように見える。


 食事も終わって残りを片付けると、僕らはすぐに旅立った。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 今日で移動を始めてから四日目。途中で高い山々の所を通り過ぎて、そこからは比較的低空飛行だ。


 最初の頃よりも、速度は幾分ゆっくりとなった。たぶん安全な地域に到達したんだと思う。


 流石にエリーも、前程は怖がらなくなっているけど、それでも不安なのははっきりと分かる。もちろんそれは僕にも当てはまる。


 数日で安心できるほど、僕らが体験した事は生やさしい物じゃない。これが前世なら、PTSDとか診断されたのかな?


 高い山だった所は除いて、ほとんどは森に覆われていた。正直人の気配がないと思う。本当に人なんて他にいるのだろうかと疑いたくなる。


 それに、昨日からエリーの様子がどうもおかしい。体力を消耗しているだけとは思えない。


 今日にも町に着くと言っていたけど、その町はまだ見えない。何より町にどれくらい人がいるのかも分からないし、どういう人たちなのか分からないので、余計に不安になる。


 そして致命的なのが体力だ。


 いくら防寒着を着ているからといって、かなりの速度で飛んでいる。なのでどうしても風で体温が奪われてしまい、体力の消耗がそろそろ限界だ。


 食事もそれなりに摂っているとはいえ、所詮は携帯食料の域を出ていない。栄養価はあるかもしれないけど、偏った栄養になっている気もする。


 そういえば、前世ではまだPTSDについては、戦争や大規模災害などが主因と日本では言われていたっけ。一部海外では、性虐待を含む虐待やいじめ、パワハラなどもPTSDになり得るってネットで知ったけど。


 たぶん僕とエリーは、あの地下の牢獄で起きた事に対して、一種のPTSDになっているんだと思う。問題は、この世界にはそれを治療出来るような人がいそうにない事。


 エリーもそれは同じみたいで、昨日から僕が腰に手を回して支えているけど、エリーの反応は鈍くなってきている。ただ、僕のその力も次第に弱くなっている気がするけど。


 女性を後ろから抱く事が出来るのは、本来は嬉しい事なんだと思うけど、今の僕にはそれを嬉しいと思える感情が出てこない。とても寂しいんだけど、これもPTSDの影響?


「見えたぞ!」


 先頭を飛んでいた人が叫んだ。だけど僕は見えない。多分正面にあるはずだけど、どこまでも森が続いている気がする。それに、前にも人がいるから余計に分かり難いのかも。


「着陸する。皆、速度を落とすぞ」


 ドラゴンがそう言うと、明らかに速度が落ちていくのが分かった。今までの寒さが嘘のように、緩やかになる。


「二人とも大丈夫か? 遠かったので少し無理をさせてしまったが、食料にも限界があるからな」


 ドラゴンは僕らの事を、一応気にかけていたみたいだ。急いでいるとはいっても、それなりに気を使ってくれていたのかも。


 そういえば今日昼頃に飛び立つ前、食料が無くなったと言っていた気がする。それとも、残り少なくなっただったっけ?


 再度前をよく見ると、遠くに森では無い何かが薄らと見える。だんだんそれが近くなってきて、明らかに町だと分かった。


「やっと着いたな。受け入れ体制が問題なければ良いが」


 一緒に飛んでいる一人が、どこか不安げに呟いているのが聞こえた。多分先に連絡をしているんだと思う。方法は分からないけど。誰かが先に行ったのかも。


「着陸する。しっかり掴まってくれ」


 いつものように、着陸する際に声をかけられる。それほど危ないと思った事はないけど、それでも注意はした方が良いはず。


 問題は、エリーの意識が先ほどからないみたい。一応出来るだけエリーを支えようとする。後ろからしっかりと抱えるけど、その僕の腕だって、あまり力が入らない。


 着陸すると思われる場所は広場になっていて、その周囲には人が集まっている。色々な種族がいるのはすぐに分かった。ただヒト族の姿は少ないように思う。


 ゆっくりと着陸すると、僕らの側に担架が運ばれてきた。着陸はかなり気を使ってくれたみたい。


「輸送ご苦労様です、ラクスホルズ様」


「そんな事はいい。早く二人を降ろして、治療を始めてくれ」


 最初にドラゴンの名前を聞いたと思っていたけど、すっかり忘れていた。それに、あの時はあまり集中できる状況じゃ無かったし。まあ、今もあまり考えがまとまる状況じゃないけど。エリーはやっぱり意識を失っているみたいだし、僕もちょっと気を抜くと気を失いそう。


「彼女の方を先に頼む。彼よりも衰弱が激しいようだ。あと二人とも暖かくなるようにしてくれ」


 ラクスホルズさんがそう言うと、担架を持った人たちの先頭にいたさっきの人が僕らを降ろして担架に乗せ始めた。


「エリーを、エリーをお願いします!」


 僕に出来る事は、今はそれくらいなのが悔しい。そして僕も意識を手放した。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「彼女に栄養剤の点滴を。それから薬を出来るだけ持ってきてくれ。とにかく急いで頼む!」


 意識が戻ると、僕の隣にあるベッドに寝かされたエリーは、すぐに治療が開始されていた。エリーは気を失っていたみたいだし、その上かなり顔色が悪い。予想していたとはいえ、正直ショックだ。


 僕はあくまで後ろから支えていただけだったし、飛行中はエリーの顔なんか見る事が出来なかったから……。


 少しでも早く回復させるためか、色々な薬や点滴が運ばれてくる。点滴があるのを初めて見て、ここの町の方がよっぽど発展しているんじゃないかと思う。少なくとも、医療に関しては。前世の医療と比べると、その質がどうなのかは分からないけど。


 ただ、魔法を使わないのもちょっと妙に思う。回復魔法だって色々あるはずなのに。


「とりあえず、君の名前を聞いて良いかな? あと種族も教えて欲しい。彼女程の衰弱はないようだから、とりあえず君には注射だけで済ませよう。栄養剤の他に、病気の予防薬だ」


 白衣を着た、下半身が蜘蛛で上半身が人間の人が尋ねてくる。いわゆるアラクネと呼ばれるような人だ。


「おっと、名乗り遅れてしまった。アラクネ族で、医者のイヌエルだ。魔法での治療も出来るが、君らの場合はまず体力の回復が優先だ。体力が無いのに魔法で治療しても、効果はほとんど無いからな」


 あれ? 魔法で体力を回復出来るのもあったと思ったけど……。


「え、えっと、僕はクラウデア・ベルナルでハーフエルフです。母親がエルフで、父親が狼族でした」


 僕が答えると、イヌエルさんは困った顔をしていた。


「ハーフエルフか……困ったな。とりあえず栄養剤だけは注射させてもらうよ。少し痛いが我慢して欲しい」


 そう言うと僕の右腕を取り、冷たい綿で先に拭く。消毒液が染みた綿なのかな?


 それにしても、ハーフエルフであることは何か問題になるのかが分からない? 確かに純血のエルフとは、色々と違うとは思うけど。


「大丈夫、これは他の病気が感染しないように消毒しただけだ。では注射するよ。手をしっかり握って」


 言われるがまま手を握る。針が刺さり痛みが走ったけど、なんとか我慢した。注射器の中身が血管を通して僕の中に入っていくのが分かる。手慣れた手つきで、思わず安心してしまう。


 そういえば前世では注射慣れしていたっけ。


 小さい頃にはその度に針を抜くから、一度の注射だけで数カ所も針で刺された事があるし、点滴なんかもその度に針を外しては、新しい物と交換していた。おかげで何時からか、注射や点滴が怖いなんて思った事はなかったけど。


 でも、今回はこの世界で初めての注射。当然体が違うんだし、それで痛みを強く感じたのかもしれない。


 注射の中身が全て僕の血管に入れられると、さっきとは別の綿のような物を針の上に置いて、注射器を僕の腕から抜きながら、別の手で綿のような物を押さえている。注射器が完全に僕から抜かれると、針が刺さった上から、少し太めで平たい紐で綿のような物が取れないように、僕の腕に結んだ。


「多少だが、どの種族にでも効く薬も入っているから、傷が悪化する事はこれで無いだろう。体中の傷は、体力がある程度回復してから治させてもらう。今は体力の回復を先に考えて欲しい」


 そう言ってイヌエルさんは、近くのテーブルから紙が乗っている板を引き寄せた。


 確かに体力が低下している状態では、治療の内容によっては効果が発揮出来ないんだと思う。この辺は前世と同じなのかも。


「無理をさせて申し訳ないが、彼女の名前や種族、その他君が知っている事で、治療に必要な事があれば何でも教えて欲しい」


 一通りエリーの名前と、エルフである事、前の町でされた事を話す。それ以前の事を話そうとしたら、それはまだ後でで良いらしい。


 僕から種族名を聞いたらすぐ、エリーに何か注射されていた。多分エルフ用の薬なんだろう。エリーはまだ目を覚ます様子がない。それに何だか苦しそうな顔にすら思える。


 僕はその間色々聞かれながら、パンとスープ、ミルクを用意してくれて、それを食べながら答えた。少しでも食事をして、体力を回復しなきゃいけないらしい。確かに血もだいぶ失っているかもしれないし、食事は大切だと思う。


「バスクホルド君には、エルフ族専門の医者を至急連れてきてくれ。あと、チューブで喉から流動食を与えるように」


 イヌエルさんが次々と指示を飛ばす。それを受けて、次々と色々な人が物を持ってきたりしている。エリーの側は色々な人と道具でいっぱいになっている。


 勘だけど、多分イヌエルさんが僕ら二人を治療する責任者なんだと思う。


「とりあえず彼女は大丈夫だ。もう少し遅かったら、致命的になっていたが、今なら大丈夫」


 イヌエルさんの言葉を聞いて、思わず安堵の息が漏れる。


「君はまだ大丈夫かな? 疲れたなら、眠って構わないが」


「いえ、大丈夫です。食事も摂れましたし、気分も大分良くなりました」


 エリーはもう大丈夫と聞いたのが、やっぱり何よりも大きい。知り合って間もないけど、それでもエリーには死んで欲しくない。エリーが死ぬと、僕はひとりぼっちになってしまう気がする。


「なら、前の町それ以前の事をそろそろ聞こうか。もちろん、疲れたらすぐに言って欲しい。無理だけは絶対にしないように」


 エリーが大丈夫となれば、僕は平気だと思う。なので盗賊団? に捕まった話や、前の街の話などを出来るだけ話す。もちろん魔法や首輪の事も含めて。イヌエルさんは、それを全て紙に書いているみたいで、すでに何枚もの紙が僕の側にある。


 てっきり紙は貴重品だと思っていたのだけど、ここではそれほど貴重では無いのかも。今まで見た事がない、少し茶味がかった紙だけど、何の躊躇もなく使っているみたいだ。少なくとも羊皮紙じゃない。


 それからペンは万年筆のような物を使っている。この世界で初めて見た。万年筆と同じ構造かは分からないけれど。


「なるほど、魔法を封じる首輪か。ちょっと失礼するよ」


 そう言うと、イヌエルさんは僕の首にある首輪を触る。僕が顎を上げたり下げたりしながら、イヌエルさんは熱心にその首輪を調べている。正直ちょっと苦しい。


「やはり古代文明の負の遺産だな。しかし、これなら外せると思う。詳しい人を呼んでおくので安心して欲しい」


 やっと首輪が外せると思うと心が躍る。これがあるために、どれだけ大変だったかと思うと、思わず涙が出た。


「気持ちは分かる。大丈夫、君らに危害を加えるつもりは無いよ。ただ君は……」


 イヌエルさんは、ちょっと複雑な顔をする。なぜか聞いてみると、僕がハーフエルフである事が原因らしい。


 この時代には、別の種族で婚姻する事はほとんど無いらしく、当然子供も同じ種族になる。ハーフの人も少なからずいるけど、どうしても数の問題から、他の種族よりも下に見られる傾向があるらしい。


「もちろん君に罪がある訳ではないし、何より私達からすれば遙か昔の出来事だ。君は容姿がエルフに近いので、エルフ族の人に対応を聞いておくよ。一応ウルフ族にも聞いてみるが、外見からして少し無理があると思う」


 今の時代では、狼族の呼称は存在しないらしい。ウェアウルフという呼称もないそうだ。単純にウルフ族と呼ぶらしい。


 大体覚えている範囲で話が終わり、僕はそのままエリーの隣にある真っ白なベッドで寝る事になった。

各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。


また感想などもお待ちしております!

ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


更新速度からおわかり頂けるとは思いますが、本小説では事前の下書き等は最小限ですので、更新速度については温かい目で見て頂ければ幸いです。


今後ともよろしくお願いします。

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