第二話 とにかく状況確認!
2015/03/23 一部修正
2015/03/30 一部修正
2015/05/30 表現方法等、一部修正
2015/08/16 タイトルミス修正
何日経ったかは分からない。昼夜は分かるけど、それを数えられる程頭が働かない。たぶん赤ん坊だからだと思う。ただ、半年くらいは経過したと思う。
理由は、ある程度目が見えるようになったから。とはいえ見えるのは霞んだ状態。光の強弱は最初からある程度分かっていたけど、赤ん坊のためか眠気も多いので中夜の区別が付くのに時間がかかった。
記憶があやふやだけど、確か半年くらいで赤ん坊は目がそれなりに見え始めると聞いた事がある。
ベビーベッド? の様な物に寝かされているけど、少なくとも見える範囲に電気のような物はない。
ベビーベッドの柵は木製。取っ手が左右に固定されて、前後に倒れるように二つついている。
柵の方は高さがそれなりにあって、多分三歳児が立っても落ちないのではないかと思う。それに金属ではないけど頑丈そうだ。
仮に立てるようになっても、もし今が生後半年ならあと半年くらいは立てないはず。前世で親戚に赤ん坊が生まれた時に、そんな話を聞いた覚えがある。だけども正直あまり覚えていないので自信は無い。
ベビーベッドに敷かれた寝床は、サラサラしている。前世ではほとんどお世話になった事がないが、まるで絹のような肌触り。もちろんこれが絹かどうかなど分からない。
体に掛けられているのは、適度の柔らかさを持った薄い生地。タオルとは違うようだ。こっちは材質が分からない。まあ、肌触りは悪くないし、それなら別にいいやと思う。
少なくとも、ベビーベッドを考えれば、この家庭はお金がありそうなのだ。
木製なんだけど、所々に飾り付けがされているし、はっきりとは分からないけど、宝石のような物まである気がする。ベビーベッドに宝石なんて何故? って思うけど、こればかりは分からない。
何より、どうもお手伝いさんというか、メイドさんというか、そんな人が何人もいる気がする。
まだ目がはっきり見えないので、相手の表情までは確認出来ないけど、耳から入る声を聞く限り、両親の他に少なくとも六人くらいはいるようだ。多少の声の違いは何とか分かる。
六人のうち、二人は男性のようで、残りが多分女性。六人とも上半身は紺色の服を着ているように見えるのけど、白い色も若干見える。俗に言うメイド服の類いなのかな? そうなると、男性は執事みたいな人?
メイドさんがいるくらいだから、お金持ちなのだろうと思っているのだけど、いくつか奇妙な事がある。
まず電気がない気がする。
部屋の明かりは、多分ランプ。抱かれながら移動する時に気がついたのだけど、壁に直接付けられた、ランプのような物がいくつもある。
前世で、非常用にと石油ランプを購入していた。
非常時に使用した事はないけど、台座に灯油などを入れて、厚い芯となる布に火を点ける。サイズにもよるけど、それなりに明るさはあったし、自然の明かりって安心出来る。ただ、非常時が無かったけど。
だけど、ここで見るランプは何かが違う。
埋め込み式なので、どこに油を入れるのかはまだよく分からないし、何よりまだよく見えない。
それよりも問題なのは、ランプにどうやって火を灯すのか。
何度かランプに火を点けるのを見たけど、マッチやライターの類いを利用したように見えない。
前世のように、電池や太陽光発電で電気を発生させて点灯するのであれば別だけど、近くでランプを見た時には、火が点いていた。つまり、何らかの方法で火を点けているはず。その為には、火を点ける道具が必要なはずなんだけど……。ところが、その点け方が全く分からない。
前に、メイドさんの一人がランプを点けた時は、ランプに向かって手をかざしていただけ。ほんの数秒後に、ランプが点いた。仕組みが全く分からないし、生前の記憶だと、火の調整に芯の上げ下げを行っていたはず。だけど、そんな様子は今のところ見た事がない。
そもそも火を点けるには、芯に直接火を当てる必要があるはずなのに、メイドさんはそんな事をしていなかった。つまり普通のランプでは無い事が分かる。
そもそも石油系のランプであれば、一部壁に埋め込まれたランプは明らかにおかしいと思うんだけど。熱でランプも当然だけども、壁も損傷してしまうんじゃないかな? それが石であっても、熱という力の前には案外弱い。
それから奇妙なのは、掃除全般。
床には、全面に赤を基調とした絨毯が敷かれているみたい。ただ、それを掃除している姿を見た事がない。なのに、いつも絨毯は新品そのもの。一体何時掃除をしているのか謎ばかり。
まだ目がよく見えないので断言出来ないけど、日の光による日焼けすらこの絨毯はしていないように見える。そんな事ってあるのかな?
窓からは、日の光が差しているのだから、多少なりとも劣化はするはず。だけど、色の変化している絨毯を見た覚えがない。普通なら日の光が当たりやすい場所は、見た目にも色が褪せているはず。定期的に交換している様子も見当たらない。だから、余計におかしく思う。
疑問はまだまだ。
当然、生後数ヶ月なのだから、お漏らしはしてしまう。生理現象だし、正直こればかりはどうしようもないのだけど、穿いている物を取り替えた後は、いつも新品のような布を付けてくれている感じ。
恐らく布を使っているのは、前世の日本のような紙製などのおしめがないからだと思う。電気が来ていないとすると、それはそれで納得も出来る。だけど、毎回まるでアイロンでもかけたような、新品に思える布。一体どこから手に入れているのだろう? シワの一つさえ無いように思える。
電気が十分に無い時代などに、中に石炭などを入れて、その熱でアイロンとして使った方法があると聞いた事があるけど、ランプの件があるので分からない。
仮に、毎回新品を用意しているとなると、この世界もしくはこの人達の生活水準が極めて高い事になると思うんだけど……。前世の日本では、紙おむつこそ出来たはずだけど、布で使い捨てのおむつは聞いた事が無い気がする。まあ、本当のお金持ちとかだと、正直分からないけど。
時計に関しても不思議。
デジタルは期待していなくても、アナログ時計ならあるだろうと思ったのに、前世でも使用していた『円の中に短針と長針が付いている時計』が見当たらない。
まだはっきりと言葉は分からないので、さすがに断定は出来ないのだけど、時計自体はどうもあるみたいだ。ただ、肝心の時計が見当たらない。どうやって時間を確認しているのだろう? そもそも、普通は時計なんか必要がない生活?
それから、方角は分からないのだけど、窓からの風景はいくつか種類がある。そして、それは前世のような世界とはちょっと違うみたい。
一つは、立派な町並みを見下ろせる場所。町はそれなりに広いみたい。不思議なのは、ここが何かの塔なのか、町並みが下に見える事。窓から見た感じ、普通の家と思える屋根よりも数十メートルは高いはず。この家は丘に建っている?
それに、見える家は前世でいう所の『ヨーロッパ』みたいな感じ。はっきりとはまだ見えないから断言は出来ないけどね。
他に、のどかな畑だと思う場所が見える場所。その先にある濃い緑は恐らく林か森だと思う。かなり遠くまで緑が続いているので、ほぼ間違いなく森のはず。もしかしたら、前世の富士山麓の森よりも広大な感じすらする。
それから、一つだけ見せてくれない窓がある。外は見せてもらった事がないけど、それでも下の方から、なんだか騒がしい声がする窓があった。しかも人数はかなりいる感じがする。十人や二十人などといった声ではない様子。しかも、何か金属のような物がぶつかる音もしたりする。何をしているのかは分からないけど。
一体この家は何なのかと考えてしまうけど、そんな事を考えようとするとまだ幼児だからだと思う。すぐに眠くなってしまう。ただ、見た光景の記憶が残っているのは救いなのかな?
そもそも、この家はかなり広いはずだ。
何度も抱かれて通っているけど、パッと見た感じでは、廊下だけでも二十メートルくらいはあると思う。まあ、幼児から見た感覚だし、実際には大夫違うとは思うのだけどね。幅も人の肩幅から推測するに、三メートルは優にあるはず。
それに、メイドさん含め、六人の他にも人がかなりいるようだ。
直接話かけられた事は一度もないけど、服の色や輪郭でメイドさん以外がいる事くらいは分かる。ただ、同じ色の服を着ているから、同一人物かはさすがに分からない。そして服の色も複数あるみたいだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あれから、また月日が経過した。
大夫目も見えてきたし、ハイハイは出来るようになった。音もしっかりと聞こえる。
一つ確実なのは、ここが日本とは全く違うという事。まあ、そんな気はしていたけどね。
まず、言語が日本語ではない。そういえば以前に日本ではないとか誰かが言っていたような気もするんだけど、思い出せない。今さらだけど。
ただ、やっぱり異なる言語でも、その中にいれば多少は分かってくるって本当だよね。今のところ、数字の発音や挨拶の一部が理解出来るようになってきた。それを日本語にしようとすると、どうも発音が難しそうだ。発音がそもそも違うんだと思う。
生前にアメリカに行った事があったけど、少なくとも英語ではないのは確実。ではヨーロッパかと言われると、自信が無い……というか、そもそも分からないけど。
何度も窓から外を見ていると、どうも風景はヨーロッパを思わせるのだけど、ヨーロッパだって電気くらいは、少なくとも都市であればどこにでもあるはず。
だけど、夜になると電灯の明かりと思えるものは見えない。電気がないのかな? それなりに大きな町だと思うんだけど。
真っ暗ではないので、何らかの明かりが点いていると思うけど、外灯はガス灯? それとも大きなランプ? どっちにしても、電気の明かりには思えないんだよね。
確か日本でも、明治時代にガス灯が存在した。ならばガスを通す配管があるのかもしれないけど、気になる事がある。明かりが一度に全て点灯するのだ。
前世で習った歴史では、日本の明治時代に、ガス灯に人が一つずつ点灯している姿のある写真か絵があった。つまり見えているのはガス灯ではないはず。だから余計に奇妙に見える。自動点灯装置があるのであれば、むしろ電気になっているはず。
まさか、抱きかかえているメイドさんは、僕がそんな事を考えているなんて思っていないよね。そもそも、この体は赤ん坊だし。
赤ちゃんの目がはっきり見えるようになるのって、どれくらいだっけ?
さすがに細かい事までは知らない。それに、何か忘れている気がする。目に映っているメイドさんは確かにメイドさんだし、服装もそんな感じだ。ただ、どこかに違和感がある。
その違和感って何? って聞かれても、正直まだ分からないけどね。
数日前から離乳食が始まっていた。
離乳食を食べさせるのは、母親の役目だと思っていたけど、この家ではそうでもないらしい。
もちろん、母親らしい人が食べさせてくれる事もあるのだけど、普段はメイドさんが僕のお世話をしている。
少なくとも、ここはかなりの金持ちなはず。どんな立場なのかまではまだ全然分からないけど、お散歩と称されてかなり長い距離を移動する。しかも、家の中だけでもかなりの距離。
何度か外にも連れて行ってもらったけど、まだ目が慣れていないのかはっきりと確認できることはほとんど無いかな?
先日連れられた所は、緑の多い所。多分公園だと思うけど、不思議だったのは他に人が見当たらなかった事。
多分鳥だと思うけど、そういった類いの音は少し聞こえるけど、僕を連れ出したメイドさん以外の声はしなかった。
公園なら人がいてもおかしくないはず……なのに、誰もいなかったと思う。何故かは分からないけど、ちゃんと見える訳じゃないし、仕方ないよね?
そんな事を思いながら、口元にスプーンで掬われた食べ物を口にする。
今食べているのが、離乳食なんだろうとは分かっていても、こんなに味気ない物なのだろうかと考えちゃう。
――まあ、少なくとも外見は赤ん坊だし……。
一通り食事を終えると眠くなる。赤ん坊だし仕方がないなと思い、目を閉じた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ねえ、クロード様って本当に生まれたばかりなのかしら?」
狐耳のメイドが、お茶を飲みながら呟いた。
「やっぱりあなたもそう思う?」
返事をしたのは、普通の人間の女性だ。彼女も服装からメイドらしい。二人とも濃紺のメイド服を着ている。
「外に興味があるのは悪い事じゃないと思うけど、時々何を考えているのか分からないのよね。この前だって、ランプをじっと見つめていたりとか、なんだか理解している感じがするのよ」
「私もそう思うわ。窓の外を見せたときも、普通の子の反応とは違う気がする」
人間の女性のメイドは、それを肯定するかのように、他にも特徴を挙げていく。
「まあ、さほど手がかからないところは、正直ありがたいけどね。夜泣きとかもほとんど無いでしょ?」
「そうね。おかげでこんなに楽だなんて思わなかったわ」
こんな調子で、今日もメイド達の休憩時間が過ぎていく。