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第二十八話 薬

2016/01/31 誤字等を修正しました

2015/10/08


『第二十八話 薬(前二十七話)』を加筆修正しました。


よろしくお願いします。

 エリーと種族の事や、今後の事をいつの模様に話したあと、僕らはいつもの通り食堂に呼ばれた。


 基本的に僕らは食堂で二食食べ、たまに昼一食がもらえる。どうもこの地域では一日二食が基本的みたいだ。


 僕らは単に部屋にいるだけだし、食事が一日二回でも特に問題はない。それに、多少はこの施設の中も見る事が出来る。とはいえ、用があるのはほとんどトイレだけど。


 料理その物は、僕らが知っている物とあまり変わらない。


 近くに魚をそれなりに確保できる川がないためか、魚類はほとんど出ないけど、その分肉料理が多い。特に好まれているのが羊に似た動物の肉料理だ。名前はハンファと言うらしく、毛は普通に織物などの材料に使われているらしい。直接見た事は無いけど、説明を受けた感じでは、羊と似たような動物だと思う。


 それから必ず毎回の料理にスープがつく。いくつか種類はあるけど、どうもトマトに似た野菜のスープが多い。他にも豆を使ったスープもあり、こちらは緑や茶色などいくつか色がある。


 スープに具材が入っている事は少なく、ごく希に少量の野菜が入っているくらい。ここではスープにパンを浸して食べる習慣もなく、スプーンで飲むだけだ。それと音を立ててスープを飲む人の方が多い。個人差があるので、その辺の礼儀作法とかはさほど重要じゃないのかも。


 僕らはいつもの通り、副団長であるローランドさんの隣に座る。僕がローランドさんの隣で、その僕の横にエリーが座る形だ。


 今日は僕らの他の騎士は、全部で六人。この部屋に出入り出来る騎士は、各部隊の部隊長などの上級職のみのようで、全部で八人しかいないみたいだ。


 今日の夕食に出されたのは、パンが三つとグリーンスープ。それとハンファの肉を使った野菜炒めのような物。量としてはそこそこ多い。


 この国の宗教らしい、『スエール教』のお祈りを食事の前にする。


 お祈りの形式的には、前世のキリスト教に似ているけど、お祈りの言葉が多い気がする。


「今日も我々騎士団に平和と食事をお与え下さり、スエール様に感謝いたします。我々はスエール様の民であり、スエール様の僕である事を誇りにし、スエール様と共にある事を、この上のない喜びとし、明日も平穏な日常を送る事が出来るよう、ここに願うものです。ヘル・エルム・アーグ」


 騎士団長が口上の述べ、僕らもヘル・エルム・アーグと言う。


 ヘル・エルム・アーグとは、古い言葉で『神と共に栄えよ』という意味らしいけど、僕らの時代にそんな言葉はなかったし、そもそもスエール教という宗教はなかった。


 スエール教は一神教で、名前の通り『スエール』という神様の名称。男性神で、この建物の中にも壁画があったけど、黒と白の二色でしか描かれていない青年のような姿。翼とかもないみたいだ。それと、それを取り囲むような天使的な存在もなかった。


 お祈りが終わって食事を始める。食事の順番も特に決まりはなく、騎士団だからといって、何か特別な決まりがある訳ではないようだ。


 長いテーブルの所々に水差しが置いてあり、さらにワインのようなお酒も置いてある。


 僕らがお酒を飲むのも許されているし、少し前まではコップ一、二杯飲んでいた。味はワインとほぼ同じだと思うし、アルコールの度数も似たような物だと思う。


 ただ最近は、お酒を口にするのは、僕もエリーも極力避けている。


 全く信頼できないわけじゃないけど、やっぱり注意はした方がいいと二人で話合った結果だ。酔った状態で襲われたくはないし。


 僕はとりあえずパンを少し食べたあと、スープを口にする。いつもよりスープが甘い気がする。だけど誰も何も言っていないし、今日はこんな味付けなんだろう。


「今日のスープは、ちょっと甘めの味付けですね」


 何気なく言ってみる。他の人たちは、特に気にしていないようだ。


「そうね……いつもより、ちょっと甘みを感じるわ」


 横でエリーも同じ感想を言った。それでも周囲の反応はない。


「疲れているんじゃないか? ここに来てそろそろ一ヶ月だ。疲れもするだろう。少し酒でも入れたらどうだ?」


 ローランドさんがそう言いながら、近くにあった小さい瓶を差し出してくる。


「弱めの酒だよ。ここのところ遠慮していたようだし、少量なら大丈夫だろう」


 瓶の大きさからすると、入っている量は瓶の中身全てを注いでも、コップ一杯にもみたないと思う。エリーを見ると軽く頷いてコップを僕の方に移動した。


「じゃあ、少しだけ……」


「少しと言っても、二人分だと本当に少ないんだけどな」


 ローランドさんが、ちょっと苦笑しながら僕らのコップに注いだ。


 お酒の色は乳白色で、特にお酒の臭いはない。前世でいう所の甘酒に近いのかも。


「この辺ではあまり収穫されないが、米を使った酒だ。高級な物なら無色透明で、アルコールもかなり強くなるが、これは最もアルコールの低い酒だな。価格も安いので、庶民が良く口にする」


 この世界で初めて、米の話題に触れた気がする。


「『米濁り甘酒』と言って、まあ滅多な事で酔う事がないな。大抵は食前酒として飲まれている」


 渡されたコップを見る。ちょっとどろっとした感じで、特に臭いも感じない。甘酒などとは、ちょっと違うのかも。


 一口だけ口に含むと、濁りが多いはずなのに、頭がスッキリした気がする。確かに疲れていたのかな?


 こっちの世界に来てから、一度も米の飲んでいないけど、確かにお米の香りがほのかにする感じがした。もちろんこっちの世界の味付けになれてしまっているので、本当にお米かは分からないけど。


 ちょっと果物の香りもある。香り付けに何か入れているのかも。おかげで飲みやすいし美味しい。


「エリー、これ美味しいよ。ちょっとフルーティーな感じがして、お酒の感じも弱いし」


 僕がそう言うと、エリーは安心したように口を付けた。やっぱり警戒はしている。


「あ、本当ね。アルコールも弱いみたいだし、飲みやすいわ」


「たまに疲れた時に飲むといい。最近疲れているように感じたから、近くの市場で買わせてきたんだ」


「わざわざ済みません。でもこれ、本当に美味しいですね。こんなお酒があるなんて、初めて知りました。米ってどんな物なんですか? 僕は初めて耳にするので」


 この世界で耳にしていないのは、実際本当の事だ。それにこっちの米が同じとは限らないし。


「そうだな……確か六ヶ月くらいで収穫出来る、麦に似た植物だな。ただ麦とは違って、粉状にすることはあまり無いらしい。この辺では、米を食べる習慣はないからな。食べる風習がある所は限られている。私も米を食べた事は無いな」


 僕の想像する米に似ているかも。収穫期間もそんなに変わらないみたいだし、こっちの世界にも米はあるのかもしれない。


 ただパン食になれちゃったから、今さら米といわれても、味をどう感じるかは微妙だけど。


 それに日本で生産された米は、何千年もかけて品種改良をされてきた結果の米だ。他の国で生産された物と違って、品質も味も良い。


 こっちの世界でそこまでの事がされているか分からないし、あまり期待しない方が良いと思う。そもそも前世日本の米に対する扱いは、ある意味異常な物とも思えるけど、主食なのだから気合いが入るんだとは思う。


「ん、米に興味があるのか?」


 ローランドさんが不思議な顔をして聞いてきた。


「いえ。米が原料というお酒は初めてだったんで、どんな物なのかちょっと知りたくて。それに、米というのも初めて聞いた気がするので」


「まあ、収穫している地域はかなり限られているからな。君らが知らなくても、おかしくはないだろう」


 少なくとも疑われてはいないみたい。そのままもう一口お酒を含む。ちょっとだけ、懐かしいと思った。


 いくら前世で病院にもの凄く縁があるとはいえ、アルコールを一滴も口にしていないわけじゃない。他の人に比べれば、明らかに少ないはずだけど。


 そのまま食事は続き、大体半分くらい食べた所で眠気が来た。アルコールと疲れが原因なのか、それは分からない。そのままナイフとフォークを皿に置く。


「ん、どうかしたか?」


 ローランドさんが声をかけてきた。眠気を払おうとしたけど、そんな気分になれない。


「疲れているなら、部屋に戻るか?」


「いえ、ちょっと眠気が……」


「クラディ、大丈夫?」


 エリーが心配そうに、僕の顔をのぞき込んでくる。


「うん、大丈夫。ちょっと疲れているのかも」


「そう……」


 そういうエリーの声も、ちょっと明るさが足りない気がする。


「ん、バスクホルド君も疲れているのかな? まあ慣れない環境だ。部屋に戻るか?」


「大丈夫です。ちょっとこのまま休めば、大丈夫だと思います」


 エリーもかなり眠いみたいだ。


「おい、二人になにか掛物を。部屋に戻るのは無理かもしれん。少しここで休ませてやろう」


 ローランドさんの声して、誰かが部屋を出る音がする。相当疲れているのか、だんだん意識がはっきりしなくなる。


「無理は良くないぞ。とはいっても仕方がないか。しばらくここで休むといい」


 そんな声が聞こえて、僕は意識を手放した。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 背中が冷たい。ただ、金属の冷たさじゃない。


 ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い場所みたいだ。意識がもうろうとしていて、はっきりとしない。


「おい、目覚めたみたいだぞ」


 誰かの声がする。確認しようと頭を動かそうとしたけど、なぜか動かない。慌てて手足を動かそうとしたけど、びくともしなかった。


「動こうとしても無駄だよ? 手足はしっかり縛っているし、頭も抑えているからね」


 女性の声だ。目線でどこにいるか確認したけど、見える範囲にはいない。ただ、声の方向から左側だと思う。あの女騎士かもしれない。声が似ている気がする。


「もう一人も、もうすぐ目覚めるだろう。それまでゆっくりしておきな」


 手を動かそうとしても、全く微動だにしない。金属の感じじゃないから、革のベルトで固定されているのかも。


 今の状態を考えていると、実は大の字に近い形――両腕をそれぞれ真横から九十度くらい上げた状態で、足も同じような状態で固定されている。


 そして体が冷えると思っていたら、なにも着ていないみたいだ。恥ずかしいけど手足が固定されているし、どうしようもない。


 周囲を確認したくても、頭が固定されているので分からない。目の動きで確認できる事なんてしれている。


 さっきの話からすると、エリーが近くにいると思うんだけど、周囲に人の気配をいくつも感じるので、エリーがどこにいるか分からない。


 エリーも、僕と同じ格好をされているのだろうか?


 この世界に人権という概念はなさそうだし、そもそも考えてみれば、僕らは奴隷として売られた。


 奴隷であれば物扱いだろうし、この世界の奴隷の基準が分からない。特に僕らがいた時代と異なるはずだから、今の奴隷がどのような扱いなのか、想像する事すら無理だ。


 前世の記憶では、奴隷は物扱いであっても、病気などの治療は一応行われていたと聞いた事がある。だけど、この世界でそれが通用するかは別だ。


 何より僕が今置かれている状況が、色々と否定をする。


 今の格好は、多分これから拷問をするためなのだろう。裸で縛り付けられているのが、その証拠に思える。考えたくはないけど……。


 何が目的で拷問するかは分からないけど、僕らは知っている事は一通り話したはずだ。これ以上何か話せと言われても無理がある。


 かといって、前世の事を話す事は出来ない。出来ないけれど、拷問が酷くなれば話てしまうと思う。信じるかどうかは分からないけど、彼らが必要な限り聞き出そうとするだろう。


 拷問も肉体的だけとは限らない。何かの薬を使ってくる可能性もある。彼らがそういった物を持っていない保証はない。僕らに隠しているだけで、初歩的な注射器などもある可能性だってある。


 薬物を使われた上に、暴力による拷問を受けたら、僕はもちろん、エリーだって耐えられないだろう。そもそもそんな事をされて耐えられる人って、一体どの程度いるんだろうか? それこそ前世における軍隊などで、特殊な訓練を受けた人くらいかな? そんな訓練があるのかは疑問だけど。


 そもそも人権以前に、奴隷に対しては、生存権がどの程度あるのかすら怪しい。奴隷商に僕らが売られた時、僕らは魔物扱いだった。魔物なら殺しても、問題ないって言われそうだ。


「もう一人の女が気になるか?」


 突然上から顔をのぞき込まれた。名前は覚えていないけど、騎士団の一人だ。というより、頭がはっきりしないので名前もろくに思い出せない。


「お前たちは、頭を向かい合わせにしている。目線で追えないようにな。お前と同じく固定され、全裸にしてある。そろそろ気がつくと思うが、せいぜいこれから楽しめよ」


 男の顔には、何だか嫌らしい雰囲気を感じた。


「楽しむ?」


「お前たちが、本当の事を言っているのか確かめるんだよ。その為に色々用意した。正直に話せば、痛みは少なくて済むかもな? まあ保証はしないが」


 そう言い残して、男が視界から消えた。


 少なくとも、すぐに殺すような事はないのだろう。でも拷問される事ははっきりした。それも、かなり痛みを伴う拷問だと容易に想像がつく。


 エリーは、今どうなっているんだろう? 頭で向かい合わせだと、気がついたとしても声でしか分からない。エリーもきっと同じような事を言われるはずだし、今の状態が分かって悲鳴を上げるかも。まあ僕だって、よく悲鳴を上げなかったと思う。


 ガラガラと、何か台車を押すような音がした。しばらくして、僕の横で止まる。目で確認しようとしたけど、男が二人見えただけで台車は見えない。


「確認して下さい。もう一セットもすぐに来ます」


 別の男の声だ。台車には、何が載せられているのだろう?


「ああ、大丈夫のようだ。それと、そろそろ火鉢も頼む」


「分かりました。用意はしてありますので、すぐにお持ちします」


 台車を押していた人は分からなかったけど、火鉢を頼んだのは、さっき顔をのぞき込んだ男。


 火鉢は何に使うのだろう? 裸でも、ここはそれほど寒くはない。背中は木の板だし、服を着ていないから、少しひんやりとした空気は感じるけど、寒いという程じゃない。


「それと、例の焼き印も指示通りの分持ってきてくれ」


 焼き印と聞いて血の気が引いた。多分焼き印だ。いつ使うのか分からないけど、この人たちは、僕らに焼き印を使うつもりだ。まるで、僕らが家畜と同じようにしか扱っていないのかもと思うと、背筋が凍り付く感じがする。


「二セット持ってきますか?」


「いや、一セットで良い。どうせこの二人だけだしな。適当なやつを二つ程、火鉢に入れて持ってきてくれ。すぐに使いたいからな」


 初めから使うつもりだ……。逃げたくても、逃げる事なんて出来ない。悪寒が走るけど、何も出来ない事に苛立つ。


「ん、焼き印の心配か? 安心しろ。すぐに使ってやるからな」


 さっき顔をのぞき込んだ男が、再度僕の顔をのぞき込んで言った。その顔はとても厭らしい顔をしていた。


「う、うーん……」


「お、相方がお目覚めみたいだな?」


「エリー!」


 思わず叫んだけど、すぐに返事はない。


「う、う……クラディ? どこ?」


「エリー、大丈夫?」


「え、えっ? 裸? ど、どうなってるの? クラディ、どこ?」


「相棒は、すぐ近くにいるぞ。見る事は出来ないがな」


 多分エリーの近くに誰かいるんだろう。他の男の声が聞こえる。


「ちょっと、何で裸なの! それに何で縛っているのよ! すぐに放してよ!」


 エリーはかなり暴れているのか、縛っている物がミシミシと音を立てている。


「諦めるんだな。それに、これから質問する事に答えてもらう。お前たちが今まで話した事が本当か、信用が出来ないからな」


 この声はローランドさんだ。でも姿が見えない。


「やはり、お前たちは信用できないからな。魔法など、空想の産物を並べたところで、信用されると思ったのか? 正直に答えれば、さほど痛い思いはしないと思うぞ? あとはお前たち次第だ」


 ローランドさんの声は、鉄のように冷たく聞こえる。


「信用できないって何よ! 私達はちゃんと話したわ!」


「さあな。俺たちには関係のない事だ。それに、お前たちは元々奴隷。今までの待遇に感謝して欲しいものだ。奴隷など、残飯でも食べていれば良いのだからな。いや、それも贅沢すぎるな」


 結局この一ヶ月は、僕らを懐柔させるための手段だったのだろう。彼らからすれば、最初から奴隷でしかなく、必要な物――情報さえ聞き出せれば、それでお仕舞い。


「おい、あれを持って来い」


 ローランドさんが言うと、少し離れた所でカチャカチャと何か金属がぶつかる音がした。


「さてと……最初はどちらが良い? 奴隷商に無理を通していたからな。ちゃんと奴隷の証を付けなければ」


 そう言いながら僕の目の前に、真っ赤になった焼き印が現れると、すぐさま視界から消える。途端に背中から厭な汗が出る。


 焼き印は赤くどころか、白っぽくすら思える程熱を持っていた。なので、どんな形かすら分からない。


「い、いや! やめて!」


 エリーが、必死になって抵抗している声がする。


「こっちは良い声で『鳴きそう』だ。やっぱり男の方からするか。しかし、奴隷商は魔物だと言っていたな」


 そう言いながら、再度僕の目の前に焼き印が現れた。印の所はもちろんだけど、焼き印になっている全体がシロっぽくなっている。かなりの高温である事などすぐに分かった。こんなのを押されたら、気絶するかもしれない……。いや、気絶で済んだらまだマシかも。


「魔物の場合は、焼き印を押す位置に指定がないからな。これが人だと、肩って相場が決まっているんだが、お前たちには関係ないな。ついでに家畜だと、尻と決まっているが」


 どこまでも冷たいローランドさんの声が、部屋に木霊する。


「や、やめて!」


 思わず叫ぼうとしたけど、さほど声が出ていない。声が震えていて、声になっていない。


「エルフだかなんだか知らんが、私はその二人の胸が気に入りません、副長」


 女の騎士が言ってきた。どこにいるかは分からない。


「嫉妬か?」


「まあ……そうですね。ですので、私にやらせて頂けませんか?」


「ふん、良いだろう。お前も好きだな」


「魔物に温情を与えるつもりなど、最初から持ち合わせておりませんよ」


 そう言い終わって、女の騎士が僕の顔をのぞき込む。女の顔はどこか笑っていた……。


「さあ、いい声で鳴きな!」


 瞬間、胸に痛みが走る。声にならない悲鳴を上げる。それは何分も、何時間も続いたかのように思える。


「ほんの一瞬じゃない。なに大声出しているの?」


 女の騎士は笑いながら、僕の顔を再びのぞき込んだ。


「クラディ!」


 エリーの声がするけど、それに答えられる状況じゃない。まるで全身に釘でも刺されたような痛みが襲っている。


「他人の事を心配している余裕があるのか? すぐにお前の番だ」


 女の声は、どこまでも冷たい。


 その直後、エリーの悲鳴が聞こえた。


「あらあら、可愛い声出しちゃって」


 女がそう言いながら笑っている。そして、別の男が僕の顔をのぞき込む。初めて見る顔なので、騎士ではないのかも。


「ちゃんと、焼き印が剥がれないようにしないとな」


 男はそう言うと、先ほど焼き印を押された場所に何か置いた。焼き印のためか、感覚を感じられない。神経が死んでいるのかも……。


「よし、薬を打て」


 ローランドさんがそう言うと、僕の右手が誰かに押さえられる。そして先ほどの男が、僕に注射器を見せた。太い針で、筒もかなり大きい。


「モンスター用に使う、特大の針だ。動くと血が噴き出すぞ?」


 またもやローランドさんの声。


「や、やめて!」


 エリーも、同じ物を見せられているんだろう。悲鳴が聞こえる。


「何をするんだ!」


 声を張り上げたつもりでも、先ほどの痛みでまだ声はしっかり出ない。


「ある植物から抽出した物さ。これを打つと、体に力が入らなくなる。そして痛みを感じやすくなる」


 筋弛緩剤の一種だろうけど、他にも何か入っていそうだ。それこそ、麻薬に近いかも。


「や、やめろ!」


「そう言われると、余計にやりたくなるのが人間なんだよ」


 視界から注射器が消えてすぐに、左手に強烈な痛みが襲う。そして、腕の中に液体が流し込まれる感覚がする。


「さて、次にそれを打とう」


 別の兵士が、僕に瓶を見せる。そんなに大きい瓶じゃないけど、中には黄色い液体が入っている。


「これを打つと頭が朦朧としてくる。隠し事をしていると、それを喋りやすくなる効果もある。お前たちにはピッタリだろう?」


 兵士が、瓶に注射器を挿すと、注射器のシリンダーに液体を入れた。瓶に残った液体は半分もない。


「普通はこんな量は打たないんだがな。お前たちなら大丈夫だろう? なにせ魔物なんだからな」


 ローランドさんは、笑いながら言っていた。その間に再度腕に強烈な痛みが走り、注射器の中身が体の中に入るのが分かる。


「薬が効くのにしばらく時間がかかるからな。その間に奴隷の焼き印をもう一つ付けておくか」


 薬はすでに効き始めていた。かなり大量に打ったからだろう。ローランドさんの声とは何となく分かるけど、視界がぼやける。


「やっ……や……め――」


 それ以上は言葉が続かなかった。左肩に強烈な痛みが走る。またしても、声にならない悲鳴を上げる。直後にエリーの声がした気がしたけど、それが言葉なのか、悲鳴なのかすら分からない。


「言い声で鳴きますね、隊長」


 朦朧としながらも、女の騎士が言うのが分かる。多分近くに騎士団長もいるんだろう。つまりこれは、騎士団総意の行動だ。


 縛られているし魔法も使えない。しかも騎士団に所属している人間が、全部ここにいるか分からないけども、少なくとも三人か四人は確実にいるし、兵士も四人は確実にいるだろう。そんな中でたとえ縛られていなくても、逃げ出すチャンスは皆無だ。しかも、薬で朦朧としている。


 頭が朦朧とするのが、どんどん酷くなってくる。しかも視界もかなりぼやけ、人の顔を判別するのも無理になってくる。


 恐らく使われたのは、麻薬などの一種だと思うんだけど、この世界の麻薬がどのような効果があるか分からないし、そもそも投与された量が普通ではないのは、流石に僕でも簡単に推測できる。


 そんな事を考えるのにも、正直かなり時間がかかってきた。まともに考える事が難しい。


 目の前に影が出来、強い光が眼光を照らす。


「薬の効き目は?」


 瞼を触られている気がするけど、それ以上はよく分からない。


「もう大丈夫なようです。すぐに始めますか?」


「ああ。しかしその前に、例の注射だ」


 声は聞こえるんだけど、言っている内容が理解できない。それに、誰の言葉かも、次第に分からなくなっている。


「よし、注射しろ」


 左腕に強烈な痛みが走り、声を上げようとする。でも、まともに悲鳴すら上げられない。そして痛みが全身を駆け巡る。暴れようとしたけど、体は動かなかった。指先一つ動かせない感じだ。


「これで、かなりの痛みを受けても、気を失う事はなくなったな」


「まあ、大型魔獣にも使う物ですからね。ではそろそろ始めましょう」


 目の前にまた影が映る。人だと思うんだけど、輪郭すらまともに分からない。当然男なのか女なのかも分からない。


「お前の名前は?」


「クラウデア・ベルナル……まえ……」


 続きを言おうとした瞬間、激しい痛みが全身を走った。でも痛みはすぐに引く。


 自分の声なのに、なんだかぼやけて聞こえる。それに声もゆっくりとしか出ない。


「余計な事はいい。質問にだけ答えろ」


 すぐ近くにいるはずなのに、エリーの声が遠くで聞こえる気がする。何を言っているのかも分からない。


「正直に答えていれば、痛みは少ないだろうさ。あとはお前の心がけだな」


 そんな事を言われ、恐怖しながらも質問に答えていった。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 今僕らが監禁されている場所には、一応時計がある。ただ時間しか分からないので、分の単位は分からない。


 それでもあれから二日経過している事だけは、なんとなく知っている。


 薬漬けにされ、今でも意識が朦朧としているし、結局焼き印は五カ所押された。


 手足は縛られたままで、起き上がる事も出来ず、しかもトイレすらこの場でする始末。その度に氷のような冷水を全身にかけられる。


 恥ずかしい所を見られたあと、さらに下半身全体に水がかけられる。それが何度か続いたあと、今度は上半身も含めて水をかけられる。


 最初の氷水で感覚はほとんど麻痺しているし、水がかけ終わる頃には意識が飛びそうになる。


 でも、その度に何か強烈な痛みが襲うので、意識が飛ぶ事は許されない。


 その間も尋問は続くし、相手の求めている答えでないと、何かで刺されたり殴打される。もちろん体のあちこちに傷があるはずだけど、それを確認する事は出来ない。


 その上、この二日間寝る事すら許されていない。そのためか、頭が朦朧とするのを超えて、今何が起きているのかすら、分からなくなる事もある。


 エリーがどうなっているのかは、分からない。時々うめき声が聞こえるくらいで、たぶん僕と同じ状況だとは分かるけど、僕には何も分からない。


 心配なのは彼女が何回焼き印を押されたかだ。男と違ってやっぱり女性に焼き印を押すのは許せない。でも、僕にはそれを止める術がない……。


 そんな事を考えながら、今も尋問は続いている。実際何を話ているのか分からなくなっている。ほとんど条件反射で答えているだけで、あとは時々来る強烈な痛みで、眠る事が出来ないだけだ。


 だけどその質問や痛みも、次第に減っている。


 相変わらず薬漬けなのは同じなんだけど、それでも痛みや質問が減るくらいは分かる。


 しばらく痛みや質問もなくなり、人の気配も少なくなっているのが分かった。とはいえ僕らの状況は変わっていないけど。


「結局、たいして聞き出せなかったな。お前らはお払い箱だ。明日迎えが来るから、それで新しい主人に精々可愛がられるのだな」


 どうやら解放されるらしい。同時に今まで付けられていた拘束具が外された。


 僕はどうも何かの台車に乗せられて、どこかに運ばれている。まだ視界ははっきりしないし、何より暗い通路だ。


 金属の扉が開く音がすると、僕はそのまま文字通り放り込まれた。全身に痛みが走り呻くけど、誰もそれを気にしている様子はない。


 しばらくして、ドサッっと大きな音がする。まだ良く見えない目で確認すると、どうやら人のようだ。


「明日まで、お前たちはここにいろ」


 その声を最後に金属の扉が閉まる音がすると、僕は意識を手放した。

各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。


また感想などもお待ちしております!

ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


更新速度からおわかり頂けるとは思いますが、本小説では事前の下書き等は最小限ですので、更新速度については温かい目で見て頂ければ幸いです。


今後ともよろしくお願いします。

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