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第二十四話 騎士団

2016/02/28 誤字修正を行いました

2016/01/30 一部内容を修正しました

2015/08/16 内容等修正

 奴隷商に買われて十日程が経過した。助け出してもらえたと思ったのに、これじゃあ寧ろ悪くなった気分。


 食べ物や飲み物は、明らかに質こそ悪いけど、一応それなりには出る。健康状態が悪いと高く買ってくれないとかで、飢えさせる訳にはいかないらしい。ただし、最初から病気を持っていたり、体が欠損しているような者は対象外だとか。


 奴隷制度は別にこの世界ではおかしな事じゃない。もちろん、僕らが買われるような立場だと話は違うけど。でも、制度としては理解しているつもりだ。


 本来奴隷は男女別々で、それぞれ大きな檻の中に入れられるらしいが、僕らは魔物ということで、同じ檻に二人で入っている。


 何より、エリーはエルフとはいえ、耳以外はほとんどヒト族と見た目は変わらない。僕だって同じような物だ。どう考えても魔物に見えるわけがないのに、何故僕らの事を『魔物』と呼ぶのか分からない。


 手枷足枷は、檻に入れられてから別の物になった。かなり重い金属が足枷の方に使われていて、しかも両足の足枷は鎖で繋がれている。そしてその鎖の中央が、檻の出入り口の反対側に繋がれている。檻の入り口には届かない鎖の長さだ。


 手枷は両手首を金属の枷で固定しているけど、足に付けられた枷よりは重くない。ただし両手首の枷は鎖で繋がれていて、肩幅より少し長い程度。


 そんな状態だけど、とりあえずは食べる事が出来る。奴隷になんか真っ平ごめんだけど、抜け出す方法を思いつかないのでどうしようもない。鍵もなければ、檻はかなり頑丈な金属で造られているみたいだ。そもそも檻に使われている柵は、指の太さの倍はある。


「エリーは大丈夫?」


 食事は出ているとは言え、実際残飯じゃないかと思えるような物。空腹感で飢える程じゃないけど、他にまともな食事があれば絶対に食べないだろう。


「私? 今の扱い以外は大丈夫よ。抜け出せれば何とか……」


 最近はこれが彼女の口癖。他には特に何も言わない。僕もそうだけど、だんだん考える事が辛くなっている。


「なんとか、この首輪さえ外す事が出来れば……」


 体力的な力では敵わなくても、魔法でなら何とかなると思う。だけどそれが使えない。


「クラディの考えている事は、私だって分かるわ。これさえ無ければ、こんな所すぐ抜け出せるのに……」


 エリーも首輪を触りながら呟く。久々に会話らしい会話をした気がする。


 ちなみに、僕らのいる隣には魔物が一頭いる。おとなしい魔物のようで、僕らに関心も無いみたいだ。羊のような姿をしているけど、前世で見た羊より背丈だけでも三倍は大きい。


 おとなしいから良いような物。もしこんなのが本気で暴れたら犠牲者が何人も出ると思う。


「おい、そこの二匹。出番だ。買って―…―にせい―・愛想を―…けよ」


 男が二人来て、僕らにそう声をかけてから手錠に金属製のチェーンを付けられて、檻の中の固定は外され、やっと檻から出された。何となくは伝わるけど、全部じゃない。たぶん愛想良くしておけとか言っているんだとは思う。ただ、正直そんな気分にはならない。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ただいま五十、銀貨五十が…―。他に―・―か?」


 僕らよりも先に、ヒト族が競りにかけられている。片腕を失った中年の男のようで、まさに奴隷の売り買いをしていた。


 人族の男に覇気は全くなく、まるで死んだような顔をしている。他にも奴隷が並んでいて、どれヒト人族ばかりだ。そしてそれを購入するのもまたヒト族。


 結局片腕の男性は銀貨五十枚で落札された。買ったのは中年の男性。買われた男性はそのまま奥の部屋に連れていかれる。銀貨五十枚がどの程度の価値かは分からない。


 他にも商品としての奴隷はいるけど、その人たちは今回落札されなかったらしい。理由は分からない。


「さて、今日の…―の――です。…・入荷した―…『魔物』です。…人と―・―いますが、…が我々とは……ので魔物として入荷しました。多少は我々の言葉も理解出来るようです。年齢は二匹とも不明。ただし、見た目のとおり若いと思われます。それぞれオス一匹とメス一匹になります。今回はこの二匹がセットになります。では最初は銀貨五十枚から!」


 ステージの前に立たされて紹介される。一応紹介だけども、完全に物扱いだと思う。少なくとも人としては扱っていない。隣でエリーが震えている。たぶん僕も震えているはず。一部分からない言葉はあったけど、魔物として売られているのは間違いない。


 ちなみに僕ら二人は裸だ。おそらく魔物に服は必要ないというような認識なんだと思う。当然恥ずかしいのだけど、僕とエリーの隣には屈強な男が何人かいるので、逃げる事は無理だ。


「銀七十!」


「金一!」


 次々と声が上がっていく。どうも銀貨百枚で金貨一枚らしい。ここでの銀貨や金貨の価値はまだ分からない。


「ただいま金貨三枚と銀貨三十枚です。他に…――・―…か?」


 どうやら僕らの価値は、それくらいになるらしい。それが高いのかどうかは分からない。


「金貨五枚!」


 奥の方から鋭い声がした。途端に会場全体がざわめく。どうやら一般的な価値よりも高額らしい。確かに金貨は高額の通貨のはず。


「き、金貨五枚出ました! 他に…――・―…か?」


 会場の司会者にも、焦りのような物が見える。


「…――・―…ようなので、金貨五枚で落札です!」


 僕ら二人は、金貨五枚で落札された。二人で金貨五枚というのは、一般的に高額なのかは不明。でも、周囲を見る限りはそれなりの価値がある金額みたいだ。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「おい、お前ら。金貨五枚で落札されたんだから、・――の言う事をきちんと聞けよ。本来魔物をき―・になんかしないんだからな! ちゃんという事を聞けば、番犬代わりには扱って――ろう」


 明らかに購入した人ではなく、僕らを飼育するという意味が聞き取れる。そもそも番犬って、僕らは犬じゃないのに。


 僕らをステージから連れてきたのは六人。言葉が悪いのは分かるんだけど、それの方が理解しやすいってのもなんだか変な感じがする。もしくは違う意味で聞こえているのかもしれないけど、言葉として通じているように思えるので違うと思う。


「じゃあ、ここのシャワーで綺麗にするぞ」


 僕らをオークション会場の裏に連れてきた男たちは、僕らが男女である事など関係ないようだ。無理矢理小さなレンガ造りの部屋に入れられ、裸にされた後、突然天井から水が降ってきた。


「きゃ!」


 あまりの冷たさにエリーが声を漏らす。だけども誰も気にしていない。それどころか、僕らを柄の付いたブラシで無理矢理こすり始める。当然あちこちが痛い。


「うぅ……」


「うるせぇ、黙ってろ」


 男たちは問答無用に僕らを押さえつけて、ブラシでこすった後に布で拭いてゆく。石けんはないみたいで、水をかけながら洗い流すつもりのようだ。


「冷たい!」


 僕らに付けられた手枷が天井に固定されているので、逃げる事など無理。


 エリーは頭と両腕を無理矢理押さえられながら、無理矢理大量の水を頭から被らされている。あれはもう嫌がらせだと思う。むしろ、拷問にすら思える。


「ほら、お前もだ!」


 そんな事を思っていると、僕も無理矢理引っ張られてエリーの隣に立たされた。当然手枷は天井に固定される。上から滝のように水が落ちてくる。


「よーし、止めろ!」


 その合図と共に、水が止まった。上で水を流す操作をしているんだと思う。というか、シャワーではないみたいだ。仕組みは分からないけど。


「よし、俺は服をとってくるから、こいつら磨いておけ。今さら傷物にするなよ? 後で俺が怒られるんだからな!」


 一人の男がそう言って、どこかに立ち去ってゆく。


 いつの間にか用意されたタオル……というか、どちらかというと布の端切れで全身を拭かれてゆく。最後に大きめのゴワゴワした布で全身を拭かれた。無理矢理感が強く、正直痛みの方が多い。


 用意された服は、飾り気のない下着と貫頭衣。色はどちらも茶色っぽい白。それが汚れなのか、元の色かは分からない。下着はパンツのみで、エリーもそれは同じだ。その上に直接貫頭衣を着せられる。着心地は良くないけど、それほど悪い訳じゃない。服としては最低限以下かもしれないけど、裸よりはマシだとは思いたい。


「よし、連れていけ」


 こうして僕らは、何も分からないまま奴隷として売られた。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「うむ、確かにあの二人だな。ではこれが引き替え証だ」


 紙二枚が奴隷商に渡される。すでにお金は払ってあるのかもしれない。紙が金貨とは思えないし。


 僕らを購入した男は、長身だけど顔はよく分からない。深くフードを被っていて、その他にコートも羽織っている。長剣も帯刀しているけど、他の誰も何も言っていない所から、帯刀は別におかしくないんだとは思う。それとも、それが問題ない身分なのかもしれない。


「はい、確かに。一応こちらで最低限の服は用意しましたが、別に何か用意しますか? 他にご要望があればご用意いたしますが。もちろん有料です」


「いや、このままでいい。外に馬車を待たせてあるので、そこに乗せて欲しい」


 何となく身なりは良さそうなので、単純な金持ちや貴族とはちょっと違う気がした。もちろん根拠なんてのはないけど。ただ、普通の人とはやっぱり思えない。


 まあ貴族に雇われた人なら分からないし、今の段階で何かを判断するのは無理だ。


 エリーは何度か男を見ていたけど、どこか諦め顔。まあ、僕だって同じかも。まさか奴隷になるなんて思ってもいなかったし。


「分かりました。手錠の類はどうなされますか? 鍵はこちらに用意しておりますが」


 奴隷商が鍵束を男に差し出した。両手と両足に枷が付いているので、その鍵だと思う。


「いや、必要はもう無いはずだ。面倒だし外してやってくれ。馬車に乗せれば早々は逃げられないだろうし、仲間もいるからな」


 どちらにしても逃げられそうもない。エリーも沈んだ顔をしている。仲間が何人いるのか分からないけど、衰弱気味の僕らで太刀打ちできるとも思えないし。


「馬車は裏に止めた。私は先に行っているので、連れてきて欲しい。他に馬車は無かったようなので、すぐに分かるだろう」


 そう言い残して、僕らを購入した人は去って行く。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 今まで付けられていた手錠やその他が外されたけど、周囲に奴隷商の仲間がいるので逃げる事は無理そうだ。そのままどこかへ連れていかれると、目の前に馬車が現れた。そこには先ほどの人もいる。


 馬車には窓とかもあるけど、特に外見の飾り付けは無い。馬車は二頭立てで、馬の種類までは分からなかった。そのまま馬車の後ろに連れられる。


 馬車の後ろは特に扉がある訳じゃなくて、上に幌こそあるけど所詮布。ナイフか何かで切り裂ければ簡単に破れそうだ。もちろんナイフなんて持っていないので、今の僕らには到底無理だけど。


 馬車の中は両側に長い箱が置かれていて、上に座れるようになっている。すでに二人の男が座っているけど、無言。身なりは悪くなさそうだ。顔も隠していなく、一応短剣を二人とも持っているくらい。側には長剣も用意されている。


「ではここに乗せてくれ。二人とも、この二人から目を離さないように。御者に伝えたら私もこっちに来る」


 僕らを買った男がそう言うと、奴隷商の仲間に中に乗るよう催促される。抵抗出来る状態でもないので、おとなしく従うしかない。エリーもそれは分かっているみたいだけど、薄らと涙を浮かべているのが見えた。確かに僕だって泣きたい気分だ。


 馬車の中に入ると、先にいた二人が僕らを一番奥に座らせる。僕が一番奥で、エリーがその隣。目の前とエリーの隣に男が一人ずつ。


 二人とも黙ったままなので、何を考えているのかサッパリ分からない。それだけに余計に怖さが増す。


 エリーを片手で抱きしめるように、僕の方へ寄らせる。恋愛感情は正直まだ無いけど、今信用出来るのはエリーだけ。エリーにとっても信頼出来るのは僕だけだと思う。エリーはそのままおとなしく僕の肩にもたれかかった。


「怖いわ……」


 エリーが静かに呟く。


「僕も怖いよ。でも逃げ出せる状況じゃないし……」


 エリーは静かに頷いた。


 馬車の前の方で何か声がした後、僕らを買った男が馬車に乗り込んでくる。何も言わずに僕らの前にいた男が移動し、そこに僕らを買った男が座る。さっきまで僕らの前にいた男は、馬車の一番後ろに陣取る。これで逃げるのは無理だ。人数は三人だけど、誰もが武装している。これで逃げられる力があるなら、そもそもこんな事にはなっていないはず。


 馬車がゆっくりと進み出す。後ろの幌は開いたままで、僕らが逃げ出せるとは思っていないみたい。まあ確かに逃げ出せる状態ではないけど。


 しばらく馬車が進んだ後、正面に座っている男がフードを取った。青い目で、黒い髪などは綺麗に整えられている。顔立ちも男性にしては綺麗だと思う。


「さて、そろそろ聞きたいのだが、言葉は分かるか?」


 急に話かけてきたので驚いてしまった。


「驚いているようだな。少なくとも言葉の――は大丈夫だろう」


「え、えーと……難しい言葉でなければ、一応」


 エリーはまだ震えていたし、僕が返事をする。


「君らを買ったが、暴行……痛い思いをさせるつもりは無い」


「暴行という単語は分かります。何が分からない言葉なのかは、僕もはっきりと分かりません。でも、話の流れから予想は出来ます」


 その男以外の二人の男は驚いていた。


「確かに言葉は分かるのか。では名前を教えて欲しい」


「僕はクラウデア・ベルナル。彼女はエリーナ・バスクホルドといいます。僕らはこのあと、僕らはどうなるのですか?」


 まずはこの後どうされるのか知りたい。それ次第で僕らの運命が変わる。


「奴隷として買ったと思っていると思うが、奴隷として―…使うつもりは無い」


 ちょっと分からない言葉があったけど、多分途中で言い方を変えてくれたのだろう。でも、奴隷として使うつもりがないという意味が分からない。


「…―…のつもりで迎えるつもりだ」


「すみません、最初の言葉が分からないのですが」


「うむ……まずは話を聞きたいだけだ。我々の側にいる限り、安心して暮らせるようにしよう」


 危害は加えないと思っていいのか、判断に悩む。


「あ、あの、あなたたちは……」


 エリーはやっと落ち着いたのか、この人たちの事を自分で聞いた。


「私達はこの街の―…兵だ。警備隊と言えば通じるか?」


「警備隊……僕らをそこに連れていくんですね?」


「ああ。そこで服もきちんとした物に着替えてもらう。私達は話がしたいだけだ」


 色々と判断に悩む。エリーを見ると、彼女も同じみたいだ。


「馬車が到着するまで、もう少し待って欲しい。話はそれからにしよう」


 彼はそう言うと、前の御者に何かを伝えた。同時に一緒に乗っていた二人のうち一人が、毛布のような物を椅子の下から取り出して、僕らに一枚ずつ渡す。


「その姿では少し寒いと思う。それを体に」


 出来るだけ簡単な単語を選んでいるんだと思うけど、僕らにそう言って渡した。


「あ、有り難うございます」


「ありがとう……」


 僕らはそう言うと、それぞれ毛布を纏う。少し寒かったのが、これで楽になった。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 馬車はしばらく走り続けると、何かの建物に入った。前は見えないけど、後ろから見る分には石造りの建物。それも結構立派な感じがする。


 後ろから外を確認していると、馬車が止まった。


「ここだ。降りてくれ」


 僕らはおとなしく馬車を降りる。地面は石畳で、周りにはいくつか石造りの建物がある。それに何かの旗がいくつもあった。貴族とかの家かも。


「ここが我々の住んでいる所だ」


 僕らの後ろに、色々と聞いてきた男が立っていた。馬車の前の方には、訓練場みたいな物がある。そこで沢山の人が剣などの練習をしている。貴族の屋敷ではなく、兵隊の駐屯地みたいな所かも。


「こっちだ」


 後ろから前に移動する際に、彼は羽織っていた物を脱いだ。鎧を着ていて、いくつか刺繍のような物もある。それと、何かの動物をあしらったようなマークもあった。


 彼が先頭に立ち、僕らはそれに付いていく事にした。後ろにはさっきの二人もいるけど、いつの間にか上に来ていた物を脱いだのだろう。金属の鎧を纏っている。板金製のプレートメイルだと思う。


 僕らが歩いていると、時々兵士を見かけたけど特にジロジロ見られる事はなかった。ちょっと驚いたような顔をした人もいたけど、話かけられる事はない。


 ただし、先頭に立った人に、ここの挨拶なんだと思うけど、止まって持って不動の形で両脇に退いている。たぶん僕らを連れている人は偉い人なんだとは思う。それに、間違いなくここにいる人たちは兵隊のはず。みんなほとんど鎧を着ているし。


 しばらくすると、木製のドアの前に着いた。ドアが開かれると、それなりに立派な調度品や椅子、ソファーが置いてある。


「こっちに座ってくれ」


 言われたのは大きなソファーの方。二人で何事かと見つめ合ったけど、そのまま腰掛ける事にした。ソファーは紺色で堅すぎず柔らかすぎずで、装飾も程々。実用性を重視した物に感じる。


 案内してきた三人のうち、前にいた男は僕らの前にある一人がけのソファー、もう一人は部屋から出て、あと一人はドアの側に立っている。


「着替えは後で持ってくる。名前はベルナルとバスクホルドだったな」


「僕はクラウデアでいいです」


 少なくともすぐに危害を与えるつもりはないみたいだし、とりあえず姓より名で呼んでもらうように伝えた。


「私もエリーナでいいです」


 エリーも僕と同じように、名前で呼んでもらうように言った。


「分かった。私の名前はペッグ・ローランド。まあ、名前は後ででもいい。奴隷商は君らを魔物と言っていたが、この感じだと違うようだ。君らはどこから?」


「えーと……」


 エリーは言葉に詰まっている。それに、分からない言葉もあるのかも。


「エリー、僕が話すよ。足りない所は補足して。あの、ローランドさん。ここはどこですか?」


「ここは私達が暮らしている兵舎だ。意味は分かるかな?」


「はい」


「私はこの町の騎士をしている。騎士は分かるか?」


「はい。僕が間違っていなければ、普通の兵士よりも偉い人という事でしょうか?」


「ああ、そうだ。私はここで二番目に偉い」


 つまりこの町の騎士で二番目に偉いという事だ。副団長とかそういう立場なのかも。


「奴隷商の事は信用していないので、君らの口から知りたい。君たちはどこから来た?」


 何と言えばいいのかちょっと迷う。そもそも僕らの街はまだあるのかすら分からない。


「僕らがいたのはイルシェス王国のピリエストという二番目に大きな街です」


「聞いた事がないな……この近くではなさそうだ。フォルドは聞いた事があるか?」


「いえ、ありません」


 扉の所にいる人はフォルドという名前らしい。


「ここはワグアール王国のリンダバの町という。王国では東側で最も遠い町だ。聞いた事は?」


「無いです」


 エリーも首を振っている。


「君らはまだ…―が、年齢を聞いても?」


「僕は多分十八歳です」


「私は二十一歳だと思います」


「思います? ・―…じゃないのか?」


「すみません、何を言っているのか……」


「ああ、悪い。君らは自分の年齢が分からない?」


「僕らは……本当に今その年齢か分からないんです」


「どういう事だ?」


 僕らは出来るだけ分かりやすく、僕らが最初に捕まった時のことやその後のことを話た。話終わった頃には、まだ日が高かったはずなのにもう夜になっていた。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 先に僕らは寝泊まりする部屋に案内された後、用意された服を渡された。服は豪華とは言えないけどそれなりに立派な物みたいで、肌触りもとてもいい。


 エリーにはちゃんとブラジャーも用意されたけど、流石に男の僕には用意されなかった。それに最初に捕まった時に比べ、胸が若干小さくなった気がする。それでも女性と間違えられても仕方がないサイズは十分にあるけど。


 着替えが終わった後、僕らは食堂に案内された。


 どうも食堂は、ある程度身分が高い人専用みたいで、外で訓練していた人たちよりもずっと少ない。


 人数は八人で一人は女性。髪の色は様々だったけど、誰もが人族だと思う。


 食堂には大きなテーブルが一つだけで、そこに椅子が両側に置いてある。人の数よりも椅子は多い。それにテーブルには白いテーブルクロスや蝋燭があり、天井には蝋燭のシャンデリアもある。でも、兵隊のいるところにシャンデリアって、似合わないような……。


 壁にはランプがいくつもあって、流石に昼間のようにとはいかなくても、夕方くらいには十分明るい。部屋の隅々に明かりがあるので、特に影となる所はなかった。


 部屋には僕らの他にメイドさん風の人が二人いて、どうも給仕をしているんだと思う。しきりに食器を並べたり、料理の準備をしていた。


「では…―に紹介する。男性の方がクラウデア・ベルナル君で、女性がエリーナ・バスクホルド君だ。大体の言葉は分かる様だが、全部ではない。この二人が昨日の夜私が受けた…タクでここに呼ぶように言われた者だと思う」


 昨日の夜に何かを言われたのか、それで僕らをここに連れてくることになったのは分かった。


 席を立っていた僕らはそれぞれ名前をいってお辞儀をする。先にフォルドさんから言われた挨拶の仕方だ。


 個人的には普通にお辞儀だと思うのだけど、エリーには馴染みがないみたい。それに僕は昔お店で働いていたので、お辞儀自体には抵抗がない。でもエリーにはあまりそういった機会はなかったのかも。


「二人とも席に座っていいぞ。話を続ける」


 僕らは言われて椅子に座る。椅子にはクッションもあって、座り心地はいい。


 フォルドさんが僕らのことを一通り説明している間、僕は他の人の様子を窺う。


 夕食の時だからかもしれないけど、みな鎧などは着ていない。剣も無かった。ちょっと豪華に見える服は着ているけど、それは立場的な物かもしれない。


 一応僕らは注目されているけど、かといって奇異の目では見られている訳ではなさそう。せいぜい少し珍しいって所だ。


 ただ僕らがエルフやエルフの混血という話が出た後、全員から注目された。


 先に聞いた話だと、この国……というか、この世界ではエルフは伝説上の存在らしい。古い話に出てくることがたまにある程度で、実際にいるとは証明されていないみたいだ。


 そもそも僕らがいた街のことを話すと、フォルドさんはかなり驚いていた。人の姿に近い『魔物』が一緒に生活していたというのが信じられないのだとか。


 確かにこれまで人族以外は見ていないし、奴隷の中にも人族以外はいなかったと思う。


 それと魔法の存在も驚いていた。


 ここの人たちは魔法が使えないばかりか、魔法はそもそも伝承や物語の中だけの存在であり、実在するとは思っていなかったらしい。


 ただし僕ら二人は魔法を封じられているので、それを実演は出来ない。その事もちゃんと話してある。


 僕らの紹介が終わったのか、フォルドさんの話が終わったみたいだ。誰もが僕らを見ているけど、単に注目されるのは仕方がないとは思う。


「あまり変な目で見ないように。二人とも・―がまだ分かっていないようだ。我々もこの二人の事はよく分からない。もし知っている内容があれば教えて欲しい。必要があれば直接話てもらって…―い」


「副長、よろしいですか?」


 一人しか居ない女性が質問してきた。


「何だ?」


「そのベルナル君でしたか? 男性という話ですが、胸の大きさが男性には思えないのですが……」


 やっぱりそこかとは思う。


「彼の話が本当なら、男性の筈だ。一応後で身体検査はするつもりだ。私も分からない事が多いのでな。できればその時に君も手伝って欲しい。彼女もいるのでな」


 ベルナルさんはそう言いながらエリーの方を見ていた。


「分かりました」


「他には?」


「二人は我々に危害を加えるつもりはないと言うが、その根拠は?」


 質問してきたのは多分ここで一番偉い人。その人だけ左胸に金色の鷲をあしらったかのような物を付けている。階級章とはちょっと違うみたいだけど、ベルナルさんが騎士だといっていたし、彼は副長みたいなので、この人が騎士団の団長なんだろう。


「魔法があるとは言っていますが実際に使えないようですし、剣術などの―・―の…があるとは思えません。人を過去に殺した事があるような目もしていないですし、後は私のカンです。もちろんそれなりに見張りはしますが、我々の・―…はもう見ていますので、早々・―…――しないと思います。また彼らには今のところ仲間がいる気配もないですし、例の南部と…―があるとは場所的にも…――・かと。仮にあったとしても、連絡は取れないと思いますが?」


「分かった。そこまで言うのであれば、君に一任しよう。他の者たちもいいな? とりあえずは食事だ。何かあれば、食事の後にしよう」


 若干意味が分からない所はあるし、警戒はされているんだと思う。それでもすぐに危害を加えられる事はなさそう。


 ふとエリーを見ると、両手を股の上に置いて少し震えている。


「エリー、大丈夫。僕もいるし。僕らは一人じゃないんだから」


 他に何か良い事が言えれば一番だけど、今はそれ以上に言葉が出なかった。


 食事が終わって若干質問はあったけど、この日は特に問題も無く、久々のまともなベッドで眠る事が出来た。


 ただエリーは怖かったんだと思う。僕より年上でも、やっぱり女性だからか、僕と一緒に寝た。


 エリーは眠る直前まで僕の手を握りながらちょっと震えていたのがなんだか悲しい。


 僕に出来る事があればと、今日何度目かと思う台詞を思い浮かべながら眠りについた。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「聞きたいのだが、なぜあの二人を買った? 奴隷だったのだろう? 正直私としてはペッグらしくないと思うが?」


 隊長が私と二人きりになっての最初の言葉だ。


「正直まだ信じられませんが、神託を受けたのです」


「神託か。まあ今のところは君に任せるが、今後はどうするつもりだ? いつまでもあのままにするつもりはないのだろう?」


「正直私も神託のことは疑っています。しかし、あの二人は何か知っている様子。何をするにしても、それが終わってからで良いのでは?」


「そうか。まあ、君に一任させるとは言ったんだ。責任はちゃんと取ってほしいものだな」


「それは勿論。まあ、洗いざらい吐かせたら、部下に任せようかとは思っていますよ。あれが本当に神託なのか、甚だ疑問ですしね」


 そう言ってペッグは顔をニンマリとさせた。


「君の自由にしたまえ。どうせあの二人に抵抗など出来ないだろうからな」


「ええ。また神託なる物があれば別ですが、彼女も色々と考えているようですしね」


 それを聞いて隊長の顔がニンマリと変化する。まあ、俺だってあの二人をそのまま信用などするつもりはない。

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