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第二十一話 盗掘

2016/01/30 誤字等修正しました

2015/06/25 内容修正しました。

「なあ。こんな所に、本当にお宝なんてあるのかよ?」


 一緒に来た男が疲れた顔をして言う。まあ無理もない。密林の中をもう一週間以上歩いている。しかも、魔物や野生動物に警戒しながらなので、疲労は余計に増す。


「あと一時間もすれば休憩する。それに目的地は遠くないはずだ」


 男は不平を隠してもいないが、それは今に始まった事では無い。


「それ、さっきも聞きましたよ、ギムリットさん……」


「ほっとけ。それにこんな森の中で休憩なんかしたら魔物に襲われる」


 ペルグの声を無視しながら、地図を片手に先へと進む。他の五人は、黙って私の後ろについてきていた。今回の探索に雇った、冒険者一行だ。


 地図を見つけたのは、帝都フォルオの博物館。博物館と言っていても、実際物を持ち出すのは違法でも何でもない。返却さえすれば、ほとんどの物が持ち出し可能だ。それに、無くしたとしても数枚の銅貨を罰金として支払えば済む。


「一応、夜営出来そうな場所があれば、今日はそこで休む。地図では、遠くない筈なんだがな」


 地図には、過去に消滅したとされる都市の位置が、記載されているはずだ。その都市が滅びてから、少なくとも八百年程経過しているので、周囲は森に覆われているだろう。しかし、建物は石造りが多かったらしく、それなら森の中でも残っている可能性が高い。


 九百年程前に最盛期を迎えた都市だったらしく、その時の人口は二十万人を超えていたらしい。


 今では考えられない事だが、当時は人以外の種族がいて、さらに魔法といった物もあったのだとか。人以外の種族というのが、どういった物かは謎が多いが。


 我々は、魔法など使えない。太古の昔には、魔法が存在したとされているが、エルロア歴――通称『エル歴』は、今年で七三五年を数え、その歴史上魔法が存在が確認出来るのは、初期の五十年程だ。


 エルロア歴は、エルロア一世が即位したとされる年で、人魔大戦――人間と魔物が大規模な戦争を行い、人間側が勝利して数年後に定められたとされている。


 人魔大戦は謎も多く、一説には魔物との戦いではなく、魔法を使える者たちとの戦争とも言われているが、詳細は今尚分かっていない。


 そもそも、現在残っている歴史書で、今でも判読可能な物は六百年前の物。そこに過去の事が記載されていただけであり、細かい事は謎ばかりだ。


 今向かっている遺跡は、その戦争があった際に滅びたとされる場所であり、魔物の一大拠点であったとか、魔法を使える種族の拠点であったなど諸説ある。


 しかし、向かう都市の遺跡については、都市の名前すら忘却の彼方に埋もれ、一部ではお伽話とも言われているような所だ。


 そんな都市遺跡の地図を見つけたのは、全くの偶然。しかも詳細は残っておらず、名前も不明だ。分かっているのは、おおよその場所のみ。しかも遙か昔に滅びたせいか、密林に没しているという。


「しかし、あの地図は本物なのか?」


 同行している一人で、遺跡や遺物に多少は詳しいと聞いた、ガルネスが聞いてきた。


 確かに現状の物証は、地図だけが頼り。彼が不安に思うのも、当然だ。私だって、今でも半信半疑なのだから。


「見つけたら、約束通り金目の物は山分けだ。だから見つかる事を祈って欲しいな」


 これは、私自身にも言い聞かせている事でもある。理由は、その都市が人魔大戦の発端となったという説があるからだ。だからこそ何があるのか見つけたい。


 仲間のほとんどはトレジャーハンターであり、金目の物があればそれで満足するだろう。しかし私の一番の目的は違うのだ。


「隊長、左のあれ何でしょうか?」


 少し左にいた男が、何かを指さしていた。その指した先に目をやると、何かの建物が見える。


「よし、あれを目指そう。あの周囲が安全なら、今日の移動はそこまでだ」


 私がそう言うなり、全員がその建物の方に向かいだした。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 夕日が落ちる手前で、我々はその建物に到着した。


 多少急ぎはしたが、無理をしたほどではない。それに、無理をしすぎると命を落とす事になりかねない。なにせ、ここは数百年も森に埋もれた地。魔物の住処でもある。


 町の近くならまだしも、人が住まない、しかも町から離れた樹林の中では、どんな生物が生息しているかも分からない事が多い。


 実際、毎年ハンターや発掘の調査に行った者が、かなりの数行方不明になっている。それでもハンターが減らないのは、収穫できた獲物が高価で売れるためであり、発掘はそれよりもさらに名誉と金になるからだ。


 到着した建物は、どうやら神殿か何からしく、恐らく当時信仰されていたであろう石像が、いくつかある。しかし、風雨にさらされかなり痛んでしまっている。


 神殿遺跡内部にはいくつか部屋がすぐに見つかり、金属製の扉もあった。中から鍵――とはいっても閂でしかないが、外から襲われるのは防げるはずなので、今日はこの部屋で寝る事にする。


 閂程度ではあっても、やはり魔物にいきなり襲われるリスクは避けたい。強力な魔物であれば無力であろうが、早々強力な魔物もいるとは思えない。いれば、もっと早くに遭遇しているはずだからだ。


 中は、特段荒れ果てた様子はないが、恐らく遙か昔に使われていたであろう、ベッドなどの調度品の名残がある。


 どれも木製や布を使っていたようで、そのほとんどが原形をとどめていない。大きさなどから、ベッドや机などは一応判別できたが、細かい物は分からず仕舞いだ。まあ、風雨にさらされやすい入り口付近であれば、この程度は仕方がないだろう。奥には何かしらあるはずだし、それが新しい発見に繋がるはず。


 荒れ果てたそれらを部屋の隅にどかして、我々が寝る場所を確保する。七人が寝るだけなら十分な大きさがあるし、テントの中で使う寝袋も用意してある。ここなら安心して寝袋を使えそうだ。


 扉には閂をしたが、どうもこの扉の上下には、木が使われていたらしい。その木は朽ち果てて失われている。中とはいえ空気にさらされているので、朽ち果てるのも早かったのだろう。それに、この建物が使われなくなってから、かなりの年月が経過しているはずだ。


 失われて隙間になっているのは、上下共に一ミル程度。指が入るかはいらないか程度なので、虫以外は心配する必要は無いだろう。それに、その隙間には手持ちの布などを詰めた。下は念入りに、上は程々に。空気の心配はこれで大丈夫なはずだ。


 一応念のため、交代で見張りは行う。ランプ二つを点灯させ、一つはドアの側、もう一つは我々の側に置いた。


 白い石で出来た部屋なので、ランプの光が程よく反射してくれる。一応安全は確認したとはいえ、やはり多少の明かりがあった方が安心できる。


 部屋は入り口から少しばかり距離があるが、遠すぎるといった程でもない。ここへの道は直線で、途中に障害物はない。そして道は石畳。見てきた限り、ほぼ白い石材で建築されたようだ。


 仮に、音がしやすい靴や、体重のあるような猛獣なら、比較的簡単に足音で分かるだろう。爪があるような猛獣なら、間違いなく石で音がするはず。


 むしろこんな時は『足音がしない者』の方が危険だ。そんな猛獣も数多く存在するのだから。


 いくら扉に閂があるとはいえ、外で夜中から待ち伏せされたら、対応にも限界がある。扉を開ける前に、下に詰めた物をどかしてから確認する手筈だが、それで完璧とは言えないのも事実。


 何よりここは未開の地。大昔に人が住んでいようとも、今は誰もいないはずなのだ。いるとすれば、人に害する物だろう。


 まあ深く考えても仕方がない。ここは森の中でもないし、比較的安全なはずだ。そう考えて眠りにつく事にした。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 今の時間は午前三時。夜明けまでは五時間ある。


 最初に機械式の時計を発明した人物は、この世界の一日を三二時間と定めた。一時間は九十分である。


 まあ、前々から時間についての考察はあったらしく、一日を二十時間とする話や二十四時間、三十時間などといった説を唱える者もかなりいた。


 しかし、機械式の時計がその答えに終止符を打つ事になる。その人物が一日を三十二時間と決め、一時間を九十分とした。正午は十六時となり、基本的にはそこを境にして、午前と午後を決めている。午前中と午後で、それぞれ十六時間ある計算だ。


 ただし、正直時計は見づらい点もある。時間と分は別々の文字盤であり、それぞれ一回転で一日と、一回転で九十分とに分かれている。


 一部で、時間と分を一つの文字盤で表す事が出来たとの話も聞くが、実際に目にしたことはない。


 そもそも、時間と分の文字盤二つが一つの腕時計になった物でも高価だ。富裕層とまでは言わないが、庶民には手が出しにくい値段ではある。


 大抵はそれぞれ別々の時計を用意しており、一日に一度、町で鳴り響く正午――十六時に時間の狂いを調整する。そこそこ大きな街などでは、朝の八時と夕方八時――二十四時にも鐘が鳴る。正午を基準として、前半後半の八時間が朝と夜の基準だ。その間は一般的に人が活動する。


 しかし私が持っているのは時間誤差が低いタイプ。今回のメンバーでも私しか持っていない。


 ある程度金を持っている者であれば、時間表示だけの時計は持っている事がある。一時間単位ではあるが、それでも時間が分かるのは都合がいい。


 今は秋に近づいている時期。この頃は、午前八時が夜明けに近いが、夏には午前五時頃に夜が明ける。冬の場合は午前十時になることもある。季節変動はかなり大きい。


 ランタンの明かりで、再度時間を確かめた。時間は進んでいない。当たり前だ。ついさっき見たばかりなのだから。


 もう一人の見張りはあと六十分で交代になる。私は先ほど交代したばかり。見張りは全員が共同で行う。そこに立場や身分は関係ない。特にこういった遺跡の探索などでは。


 交代時間は、それぞれ一時間半と決めた。あまり一人に負担をかけても仕方がなく、かといって眠らない訳にはいかない。


 帝都などの一部では、本格的な発電が行われ、貴族の屋敷や一部の地域には、電灯が設置されるようになった。しかし、今でも明かりの大半は、油を使ったランタンが主流だ。残りは松明。


 電気は、まだまだ開発されたばかりで、帝都以外ではまだ使用されていない。それもあって、地方の貴族などは、今でもランタンを普通に使っている。その他の室内照明としては、蝋燭だろう。


 そもそも、私も電気についてはよく分からない。川に設置した水車を使っているらしいが、水量の上下で、発電も効率が悪いと聞いた。他の方法も研究中らしいが、今のところは成果が無いようだ。


 一般的には、午後十時には大抵の人間が眠りにつく。起床は一般的に六時頃。多少の誤差はあるが一般的には十四時間前後眠る計算になる。


 無論一部の酒場などは、深夜も営業しているし、深夜帯に営業してはならないといった法もない。時間はあくまで目安だ。


 ただ普通一日のうち九時間を下回る睡眠だと、その後の行動に支障が出やすいという結果がある。特に細かい仕事などには致命的らしい。


 かといって、我々のようなハンターや探検家などのような存在は、その様な贅沢は許されないことの方が多い。なので、眠れる時は日中でも寝る。


 幸い我々の体は、一日のうち九時間以上寝ることが出来れば、多少その時間に間隔があっても影響が少ない。そういった理由で、定刻の正規軍なども、昼寝が推奨されていると聞いた事がある。


 確かに、敵がいつ来るのかなど、事前に分かることの方が少ないだろう。ならば、寝ることが出来る時に寝ることの方が重要なのだ。


 ふとドアの方に目を向ける。何か物音がしたような気がするが、気のせいだろうか?


「おい、今何か音がしたか?」


 もう一人の見張りに尋ねる。彼はハンターとしても一流だが、同時に植物に詳しいらしい。今も、その植物に関する本を読んでいたようだ。


「いえ、気がつきませんでしたね。何かありましたか? 他の皆を起こしましょうか?」


 少し考える。もしかしたら、気のせいという可能性も捨てきれない。


「いや、まだいい。一応物音に気をつけていてくれ。私はドアの側で確認してみる」


 そう言って静かに立ち上がると、音を立てないように注意しながらドアの側に寄った。特に音は聞こえない。


 一応もう一人に対して首を横に振って、今のところ異常が無いことを伝えた。それを確認して、彼も周囲の音に警戒する。音は必ずしもドアからとは限らない。


 しばらく待っていたが、外からはこれといって音はしなかった。誰かがいるような気配も感じられない。


 もう一人の様子を見ると、何かに気がついたのか、床に耳を傾けている。そして私に手招きをした。すぐに私は静かに近くへ寄る。


「ごく微かですが、下から何か音がします。勘ですが、生き物ではないですね」


「なぜだ?」


「不規則な音ではなく、連続した低い音だと思います。誰かが下で動いているのなら、不規則な音になるはずです。それに距離もあるかもしれませんね。少なくとも真下ではないです。ごく僅かではありますが、床に微弱な振動があるようです。注意しても普通は見逃す程度の振動ですが」


 さすが長年ハンターをやってきただけの男だ。僅かなうちに状況を的確に判断している。


「多分これを使えば聞こえやすくなるかも」


 そう言って彼が取り出したのは、一本の短い金属の棒。ただし棒とは言ってもパイプのようだ。


 彼も同じ物をもう一本取りだし、床に静かに穴の片側を密着させた。


「耳を澄ませれば、何か分かるかも」


 私も同じようにパイプを置いて、反対側に耳を傾ける。すると低い音がはっきりと聞こえた。


「何かが動いている?」


「ええ、間違いなさそうですね。この音は機械音でしょうか? しかし、こんな古い遺跡に機械があるとは思えないのですが?」


 確かに彼の言うとおり、この遺跡は八百年程前に放棄された場所だ。その頃に機械があったという証拠は今のところ無く、ましてや八百年も前の機械が動いているとは思えない。


「しかし、良く気がつきましたね? 私は言われるまで気がつきませんでしたよ?」


「単に敏感になっていただけさ。それに君と違って、私はそれほど戦いは強くない。今でこそ拳銃が普通に出回ったが、拳銃は高価だ。剣の方が一般的に安いし弾の心配も無い。私が恐がりなんだよ」


「生き残る上では最良ですね。武器に過信せず、周囲の状況を的確に判断する。今回の仕事で初めてお会いしましたが、私はあなたのような人が信頼出来ます。無闇に敵に突っ込むこともないでしょうからね」


 そう言いながら、彼は微かに口元を緩めた。


「私も色々な者と組みましたが、状況判断がきちんと出来ないリーダーだと、パーティーが全滅しかねません。実際何度か死にかけましたから。臆病と慎重は意味が違いますよ」


「そうであって欲しいな……周囲には、単に臆病だと言われることが多くてね」


 まあ、臆病者の方が生き残れるとは、どこかで聞いた事があるが。


「理解した上での臆病は、臆病ではないでしょう。今回は私にも運が回ってきた気がしますよ。もしかしたら、大きな発見があるかもしれません。この音がどこからするのかは謎ですが、発見すれば歴史を塗り替える可能性もあるでしょうから」


 彼はハンターでもあり植物に詳しいが、同時に遺跡などについても多少知識がある。長年ハンターなどをやっていると、そういった事に遭遇することがあるのだそうだ。


「この音を放置しても、実害はないだろうか?」


「恐らくは。もし実害があるとすれば、我々がこの建物に入ってから何かするチャンスは、いくらでもあったはずです。もちろん注意はした方が良いでしょうが、必要以上に過敏になることはないかと。夜が明けたら、私もこの音の発生源を突き止めたくなりました。古い遺跡に謎の音。不謹慎ではありますが、正直心が躍っています」


 彼は本来学者肌なのかもしれない。まあ、だからといって、それで飯が食えるかどうかは別なのだが。


「君らしい答えだ。まあ、音は定期的に確認しよう。何か大きな事があれば、我々に対処出来るか不明だからな。最悪この場所から、大急ぎで逃げることしか出来ないが、今の時間では外に出るのは好ましくないだろう。注意して見守りつつ、何も起きない事を祈ろうか」


 それに納得したのか、彼も首を縦に振る。


 今は体を休める事が先決だ。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「では、君たち四人は外を頼む。我々三人は、この建物の中を捜索するので、外の事は気がつかないと思う。なので、可能な限り四人一緒に行動して欲しい」


 朝を迎え、食事中に今日の予定を話す。やはり、どこからか聞こえるあの音を調べたかった。


「見つけた物は回収して構わないが、無理はしないでくれ。それと、一応マッピングは頼む。まずは四人に、この建物の周囲を確認して欲しい」


「ペルグが四人を指揮してくれ。なんだかんだで、お前が一番手慣れだからな。戦闘は極力避けろ」


 彼は文句こそ多いが、やる事はしっかりやる。任せて問題ないだろう。それに、リーダーとしての資質も高いそうだ。


「必要の無い装備は、この部屋に置いておく。そうだな……午後六時にここへ集合としよう。何か質問は?」


 誰も答えない。まあ人選も、ほぼ最初から決まっていたようなものだった。


「さて、我々三人は食事も終わった所だし、先に行かせてもらう」


 我々三人は、ランプや必要となりそうな装備を一式担ぐと、ドアの外に出た。


「外側にも閂の跡があるから、君らが出た時に何かで固定してくれ。絶対とは言えないが、荷物の安全は高まるはずだ」


 知能を持った者なら意味はないかもしれないが、魔物程度の警戒であれば、この程度で十分である。荷物さえ無事なら、あとはどうとでもなるのだし。


 そう言い残して、二人と共に建物の内部に進む。


 朽ち果ててしまうような物は、ほとんど残骸しか残っていないが、造りのしっかりしている金属や石などは、しっかりと残っている。入り口からの風雨のためか、入り口近くの損傷は激しい。しかし内部はほとんどそのままで残っているようだ。無論、木製だったであろう扉などは、少量の残骸を残して消えているが。木片よりも、扉に使っていたのか、金属製の取っ手などが目立つ。しかし、それらも錆びて今にも崩れそうだ。


 ランプで奥を照らすが、光量が足りないため遠くまでは見えない。所々に大きめのクリスタルのような物が光の反射で見えるが、手が届く位置ではないので、今はそのままだ。クリスタルは青い色をしているように思える。


 当時は、クリスタルのような宝石が、豊富に産出したのだろうか? 天井などにあるクリスタルの中には、人の背丈よりも大きい者すらある。一つでも回収できれば、それだけで一生困らない資産になるだろう。それ以外の物でも、形は全て正十二角形のようで、小さい物はこぶし大から、それ以外でも人の頭程ある物も大量にあるようだ。



 一緒に連れてきたメンバーは、男女一人ずつ。一人は昨日一緒に見張りをした男で、名前はフェルオ。もう一人はヤージュアというハンター。どちらもハンターとしては腕が良い。それに二人とも比較的物知りだ。人選に間違いはないと思う。


「夜に音を聞いたそうですね? どんな音だったんです?」


 ヤージュアが、ランプで周囲を確認しながら聞いてくる。通路はかなり広く、横に人が余裕で十人並べる筈だ。それ以上かもしれない。


「低い音で、本当に微かな音だった。まるで、機械が動いているような、繰り返し同じ音を出していたと思う。しかし、音があまりに小さかったので正体ばかりはな……」


 見落としている事がないか考えるが、今のところ無い。


「ええ、そうですね。私も隊長に指摘されるまで、気がつかなかったですから。隊長も偶然気がついた感じでしたし」


 実際偶然でしかない。静かな空間にいたから気がついたのだろう。歩いていれば、間違いなく気がつかない。


「何かがあるのは確かだと思う。それが地下水脈なのか、それとも本当に機械的な物なのか。そればかりは、発見するまで分からないな」


 ただ、定期的な音を発していたように思え、それ故、人工物だと半ば確信している。


「部屋は全て確認しますか? 効率を考えると、物の回収は後回しで、マッピングを優先すべきだと思いますが?」


 ヤージュアの判断は妥当だろう。マッピングをしておけば、後で回収は出来る。今は内部の探索を優先すべきだ。


「そうだな。特に気になる物でもない限り、マッピングを優先しよう。マッピングの際に、重要と思われる部屋には印を付けてくれ」


「了解です。それにしても、神殿だとは思いますが、古代文明はこれ程の技術が本当にあったのでしょうか? 私もいくつか古代文明の遺跡は見てきましたが、ここまでの物は初めてです」


 彼女の言う事も分かる。私も初めてだ。普通の住居跡や、砦や城の遺跡はいくつか見たが、ここよりも損傷が激しく、半分以上倒壊している物も数多かった。


「それは、これから分かると思いたいな。不思議な建造物である事は間違いない」


 我々は奥へと歩みを進めた。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 探索を始めて四日目。外組はいくつかの施設を発見し、財宝とは言えないが、それなりの金品の回収に成功している。


 我々三人は、マッピング優先のため、これといって金目の物は回収していない。戻る際に多少は回収しているが、疲労もあるので限度がある。


 とはいえ、すでに回収した金品だけでも、今回の探索費用にかかる費用は回収出来ているし、各々に対する利益も十分だ。


 しかしながら、まだ神殿の調査は終わっていない。用意してきた四輪の荷車には、まだ相当積めるし、食料もあと一週間は余裕がある。非常用の食事を含めれば、十日は確実に調査出来るだろう。まあ、非常食に手を付けるつもりは今のところ無いが。


 我々は、神殿の地下七階にまで達した。まさかこれ程深い構造とは考えていなかったし、神殿とは思えない風景が広がっている。


 外組は、あらかた外部の調査が終わり、今は神殿の上層部を探索させている。一階とその上の施設は、どうも宗教施設だったようだ。


 地下二階までは普通の神殿風であり、倉庫や寝室に使っていたであろう場所もあった。しかし三階から急に風景が変化する。


 今まで有った石畳の床は、一階を除けば色々な石が使われていたが、今通っている床は、真っ白な大理石を思わせる。しかも目立って汚れもなく、つい最近まで使っていたといわれても、何ら不思議はない。


 どこかに通気口があるのか、天井には編み目の金属格子が設置されており、微弱ではあるが風も流れている。温度も快適になっているくらいだ。


 普通なら地下にいるのだし、もっと環境は劣悪になっておかしくない。大抵は洞窟のように、湿気が多くなるのが常で、壁が苔などに覆われる事も多いのだが、この建物では見かけない。


 通路は今のところ、直線を組み合わせた物で、マッピングの結果は真四角を示している。部屋の数も多く、いくつかは開ける事が出来なかった。時間をかければ開くだろうが、今は最深部を目指すのが優先だ。


 下層に行くには、今のところ階段を使っているが、どうも階段だけが通路ではないと勘が働くが、それを証明する物は無い。


「まさか、地下にこんな物があるなんてな」


 フェルオは周囲を注意深く観察しながら、何かが出てもすぐ対応出来るようにしている。


 ヤージュアも同じようにしているが、彼女は主にマッピングをしてもらっているため、武器は取り出していない。


 彼女の武器は長剣と短剣が一本ずつ。弓も持っていたが、ここでは役に立ちそうもなかったので、拠点としている部屋に弓は置いてきている。


「何かの音がはっきりしますね。定間隔の低い音なので、機械のように思いますが、正直不気味です」


 このフロアのマッピングが終わり、先に発見した階段に向かいながら彼女が言った。


「俺もそう思う。こんな古代の遺跡に、機械があるとは思えないんだが……」


 フェルオは、先ほどから警戒を全く解かない。まあ当然だろう。私もランプ片手に拳銃を持っている。安全装置は解除した状態だ。


「少なくとも上は別にして、地下三階以降は別の施設だ。私の想像でしかないが、神殿はカモフラージュではないかと思う。こんな大がかりな施設だとは思わなかった」


 二人も、同意するように頷いている。


「音が次第に大きくなっています。もしかしたら、次のフロアに何かがあるかもしれません」


 ヤージュアは、作成している地図を片手に、聞き耳を立てていた。階段は通路の先に見えている。


「まだ戻るまで六時間はある。無理をするつもりはないが、慎重に行こう」


 階段まで到達すると、はっきりと音が聞こえてくる。階段はさほど広くないので、反響で音が大きくなっているのかもしれない。


 我々は慎重に階段を降りてゆくと、その先に明かりが見えた。


「明るい? 何百年も前に滅びた遺跡で、光なんてあるのか?」


 フェルオは余計慎重になりながら、周囲を注意深く見ている。私も拳銃を前に向け、いつでも対応出来るようにする。


 どの階段も、今のところ直線だ。ただし地下三階以降は段数が多い。


 階段を降りると、かなり大きな部屋に出た。中にはいくつもの青いクリスタルのような物があり、それを仕組みは分からないが、何か白い明かりが照らしている。


 通路は一本道で、その左右に謎の機械群が設置されていた。何に使うのかは分からないが、かなり大規模な施設である証明だ。


 機械音の音源はすぐに分かり、部屋の中央付近に巨大なタンク状の物があった。いくつものパイプがそこに繋がっており、タンクの中から音がしている。もちろん用途は不明。


 そのまま慎重に足を進め、部屋の奥にあった階段に足を踏み入れる。階段はコの字に何度か曲がっており、この下には何か大きな物があるのかもしれない。


「白い明かりのようですが、若干赤い光も見えますね」


 ヤージュアは歩数をカウントしながらマッピングを進める。階段の終点付近から、また明かりが見える。今度は確かに、白い光の他に、何か赤い光のようなものも見える。


 階段を降りきると、両手一杯程度の部屋に出た。そこには恐らく明かりに使用しているクリスタルが白く光っており、さらに奥の部屋に繋がっているようだ。肝心の赤い明かりは、そこから来ている。


「ここまでは、階段に通じるドアが閉まっていたからか、動物などの動きは感じないな」


 フェルオは感覚を研ぎ澄ませながら、明かりのある側に寄った。私も反対側の壁に寄り、慎重に内部をのぞき込む。


「なあ、隊長。俺は夢でも見ているのか?」


 彼の言いたい事は分かる。しかしそれは事実では無い。


「私もそう思いたいが、現実だ」


「ちょ、ちょっと……何があるのよ?」


 ヤージュアが、後方で不安な声を漏らした。


「見たところ、襲われる危険は無いようだ。君も、ここから見てみたまえ」


 私が彼女を招くと、彼女は言葉を失った。


「夢だったら良かったんだが……」


 言葉を失う彼女に対して、それ以外に言葉が見つからない。


 目の前に広がる光景は、予想していた物とは全く違っていた。良い意味でも、悪い意味でも違う。何と表現して良いのかすら分からない。


 その先の空間に広がっているのは、いくつもの筒状の物体と、その中に収められた人のような物。どれも、ピンク色の液体で満たされた筒の中で、確かに人のような物が入っていた。ただ、よく見ると人とは違う感じがする。


 そして、それらの間にある、見た事もない機械。いや、機械かどうかすら分からない。それに、色々なパイプのようなものも見える。パイプの先には、巨大な宝石のような物もある。もちろんそれも大量にだ。今度は色が様々で、一体何なのか理解できない。


「生きているのか?」


 フェルオが、最大級の警戒をしながら、更に観察を続けている。


「あの中の物がよく分からないが、動いてはいないな。ここからだとはっきりとは分からないが、人の姿に似ている物が多い。それよりも、あの筒に繋がっているパイプや他の物は何だ? 俺たちが知っている機械とはまるで違う」


 フェルオでなくとも、私だってそう思う。


「私も初めて見るよ。古代文明はこんな技術があったなんて聞いた事がない。私も、これまでいくつか見てきたが、これに該当するような物は一つもなかったと思う。危険ではあるが、中に入ってみよう。ここでは、それ以上の事が分からない」


「ちょっと、大丈夫なの? あの筒から抜け出して襲ってくるかもしれないじゃない?」


 ヤージュアの意見も正しいと思うが、これだけの物なら、近くで見たいという好奇心の方が強い。


「襲ってくる素振りがあったら、躊躇わずに殺していい。だが、生きていたとしても、眠っているように思えるが。それに、もしこれが古代遺跡なら、八百年以上前からここにあるはずだ。水に浸かっているなら腐っていそうだが、そんな感じもない。あの液体に秘密があると思う。下手に刺激さえ与えなければ、大丈夫だと思いたいな」


「ちょっと軽率すぎないか?」


「フェルオ、君たちを雇ったのは、護衛も兼ねてだというのは分かっているはずだ。それに君なら三人が一緒に襲ってきても……」


「まあ、確かに不覚をとらなければな。しかし、ここでは何が起こるのか予想がつかない」


「私もそう思うわ。内部をもう少し調べたいのは私もだけど、ここは今持つ装備だけで対処出来るか分からないし……」


 二人は反対のようだ。まあ確かに、この光景では仕方がないだろう。


「では、いったん戻って、四人と合流してから、七人で調べるのは? それなら、私を含め三人程度で調べながら、四人で周囲を警戒出来る。幸い資金的な回収は十分だと思うし、出来れば一度くらいは調べてみたい」


「そうね……それなら私は反対しないわ。相手の強さが分からないのは確かに不安だけど、四人が警戒していれば、同時に襲われない限り何とかなると思うし、最悪ここまで急いで戻って、一匹か二匹程度ずつ相手をすればこっちも有利になると思うわね」


 ヤージュアは賛成に回った。あとはフォルオだけだが……。


「まあ、その案なら、これといって反対する理由はないな。しかし、あんた以外に遺跡に詳しい者は、今回のメンバーにいないと思うが?」


「こんなのは、私だって初めて見る。遺跡に詳しいとかは、今回に限り関係が無いだろう。まず見つけるべきは、何か書き残されていないかだ。それを手に入れてから、ここで解読すれば良い。そもそも、八百年以上前の文字が読めるか分からないし、そういった物が残っているか怪しいが」


 いくら地下深くとはいえ、紙がそのまま残っている事はまず無いだろう。


「つまり、最初はあの生物たちには、とりあえず関与しないという事か?」


「当然だ。私だって馬鹿じゃない。もちろん安全が確認出来て、持ち帰る事の出来る状態であれば、一つか二つは持って帰りたいが、帰りの事を考えるとあまり気が乗らない。ならば、今はここがどういった場所なのかを突き止めて、後日本格的な調査隊を組んだ方が利口だと思う」


「分かった。あんたがそう言うなら、俺はそれに従う。どちらにしても、放置したままは気味が悪い。上の階段は確か扉を閉める事が出来たようだが?」


「ええ、閉まるわ。動く事は私が確認したし。閉めても、気休めにしかならないかもしれないけどね。何かこちら側から塞ぐ物があれば一番だけど、今の装備では無理だと思うわ。一度戻って、みんなと相談してみましょう」


 ヤージュアの意見で、私達は拠点としている部屋に戻る事にした。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「人のような物が入った筒、ですか……気になりますね」


「俺が見た感じだと、全部生きているような気がする。確証はないが。数は、ざっと見た所だけでも二十以上。透明な筒に入っていて、恐らく全員裸だ。少なくとも、武器となるような物を持っている様子はなかった」


 フェルオが、状況を皆に解説する。もちろん私も解説しているが、私だけでは客観性に劣る可能性がある。なので、この目で見た我々三人で説明を行う事になった。


「まあ、遺跡の探索とは正直異なるのは認める。しかし、あそこの情報を、それなりに手に入れる事が出来れば、それだけで我々に莫大な金額が転がり込む可能性もある。もちろん全く無価値になる可能性もあるが。だからこれは賭だ。しかし、四人は実物を目にもしていないし、一度確認してから決めるのもいいだろうとは思う」


 悪い方にばかり考えてはいけないし、良い方向ばかりとも限らない。出来れば、全員それなりに納得した形で調査に参加して欲しい。


 だからとはいえ、それをそのまま言う勇気も無い。今いるメンバーでは、突然のアクシデントがあった場合、一番最初に命を落とすのは私だろう。


 探索ばかりやってきたせいでもあるが、いざ戦いになれば、私の武器は事実上八発装填された拳銃のみ。予備の弾はあるが、それを入れる前に確実に動けなくされるだろう。恐らくは、死んでいると思う。


 安全のためには、ある程度の情報共有も必要だが、必要以上に情報を渡すのは間抜けのやる事だ。


「そうなると、隊長は当然として、俺も調査に加わった方が良さそうだ。あと一人欲しい所だが、隊長としては誰が適任だと?」


 ガルネスが、周囲の物を値踏みしている。


「問題が無ければ、フェルオに参加して欲しい。欲を言えば全員だが。遺跡発掘の経験は若干乏しいが、調査中に厄介ごとが起きても、彼なら信用出来る。それにフェルオなら、他の者よりも少しは詳しいようだ。悪いがヤージュアが見張りの指揮を執ってくれ。ペルグはそれで構わないな?」


「俺より、お嬢さんの方が適任でしょう。俺は現場を見ていないですからね」


 ペルグは嫌味を言った訳ではないのだろうが、ヤージュアは少し渋い顔をしている。


「見た事もない所で護衛しろって言われても、さすがにそれは無理ってやつですわ。それに姐さんなら、俺なんかよりよっぽど強いし、人を使うのも上手そうですしね」


「ベルグ、あまり調子に乗るな。そもそも私を気安く『姐さん』なんて呼ぶんじゃない。お前とは、さほど歳も離れていないんだ」


 この二人には、何か因縁でもあるのか?


「二人とも、その辺にしてくれ。残りの食料や時間を考えると、現場付近にとりあえず移動しようと思う。幸い今のところ、魔物などの気配もない。見張りは交代でするが、調査に関しては早めに済ませたいからな。一応武器類は、護衛担当は重装備がいいと思う。我々三人は最低限で、調査に必要となりそうな物を優先しよう。では行こうか」


「分かった。それなら全員で行こうじゃないか。私も気になるからな」


 ペルグの言葉で、私達は拠点を後にして目的地へと急いだ。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 目的地へは、一時間とかからずに到着する。もちろんマッピングのおかげであるし、ヤージュアのマッピングは精度が高いので助かる。


 階段へと通じる扉は閉まったままで、特に変わった様子もない。我々はそれぞれ武器を手にし、扉を開ける。


 扉の向こうにも誰もいなかったが、この先にある物を考えると、正直怖い物がある。


「とりあえず、一番下の階段の終わりにある、踊り場に行く。そこから目的の部屋が大体見渡せる。どうするかは、それを確認してからにしよう」


 私の言葉に全員が頷いた。


「しかし、これは本当に過去の遺物なのか?」


 遺跡や遺物にも詳しいガルネスが、これまでの通路を振り返ってから言った。確かに遺跡や遺物と言うには、語弊がありすぎる。


「その辺の調査はまた後で行おう。私が気にしている物を見れば、君も驚くはずだ」


 いや、確実に驚く。そもそもあんな物は、帝都でも見た事が無いのはもちろん、何のためにあるのかさえ不明だ。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ここから先が目的地だ。一応扉で塞いでおいたし、開いた様子もないようだから、大丈夫だとは思う。それでも注意はして欲しい」


 目的地に着くまでに、今まで見てきた事を一通り説明する。通路の変化には、初めての四人は驚きを隠せなかったようだ。実際私も、最初はかなり驚いたが。


「しかし、途中で魔物のたぐいには出会いませんでしたね。このような所なら、それなりにいると思ったのですが」


 初めてここに来た一人が言う。確かにそれは、私も不思議だ。


「一応、我々が来るまでは、扉も閉まっていたりしたから、進入出来なかったのかもしれない。しかし、魔物がどこから来るのかは分かっていない事が多いので、確証がないが」


 魔物は色々な種類がいる。最も弱い魔物だと、蟻系の魔物がいるが、蟻は大抵集団行動をしているので、単体ならともかく、実は結構難易度が高い。単独行動が多い魔物だと狙いやすいのは、コボルトなどがいる。戦闘力は高くないし、警戒心も低い。その上ちょっとしたダメージで簡単に死ぬ。なので、初心者にはおあつらえの魔物だ。


「可能性ですが、その『ヒト』が入ったような物は、魔物の製造器なんて事は無いですよね? 確かに、あの時は魔物はいませんでしたが、あそこで魔物を製造して、他の出口から送り出しているとか……」


 ヤージュアの指摘も、間違いとは言い切れない。


「可能性はあるが、魔物の種類を考えると、私は違うような気もする。私も魔物に詳しい訳ではないが、大型種はいなかったと思うし、蟻などの昆虫系は、近くでは見かけなかった。もちろんいないという保証はないが」


 ざっと遠目で確認した限りでは、全て『ヒト型』であったような気がする。


「確かにそうだな。俺が見た時も、昆虫系はいなかったと思う。もっとも、調べた所で分からない事の方が多い気もするが」


 フェルオの言うとおり、あの機械やヒトに似た生物が、何のためにいるのか分からないので、今の段階では何も答えなど出せない。


「準備が整っているなら、先へ進もう。いいか?」


 私が見渡すと、皆が頷く。


 今回は通路をひたすら目的地に向かうだけなので、時間にして一時間少しで到着するはずだ。


 私以外の六人は、三人が扉の正面、残り三人が扉から影になる所に陣取る。私が扉を開けて、何かが襲ってきた場合は、これで対処出来るはずだ。それぞれが武器を構える。


「開けるぞ」


 私は、そっと扉の取っ手を掴み、手前に引いた。ドアがゆっくりと開いてゆく。三分の一程開いた所で、見張りが様子を見た。


「何かいそうか?」


「大丈夫だ。そのまま開けてくれ」


 ゆっくりと扉をさらに開けた。今回は問題なかったようだ。


「大丈夫なようだ。このまま進むぞ」


 フェルオが言うと、そのまま一列になって前に進む。どのみち階段はそれほど広くないので、一人か二人が先頭に立つ以外に方法は無い。


 流石に一度通った道なのですぐさま目的の場所に着く。小部屋に着くと壁の両側に分かれて様子を窺った。やはり一時間少しだ。


「変化はないようだ」


 ざっと見た所、何かが変わった様子はない。


「ああ、その通りだな。しかし、何度見ても気味が悪い」


「私もよ。一体、何をしているのかってのもそうだけど、古代文明って、こんな事が本当に出来たの? 一応専門家として何か言ってよ?」


 ヤージュアに言われても、言葉に詰まる。それは遺跡の専門家でもあるガルネスもそうらしい。


「長い事調査をやってきたが、こんなのは初めて見た」


「それは、ガルネスに限った事ではないと私は思う。多分この光景を目にしたのは、私達が初めてだろう」


 興味深げに、ガルネスは内部を窺っているが、中には入ろうとしていない。


「ここで観察しても、多分答えは出ない。ここに来たのは、この先へ行くかどうかだ。実際に目にしてみて、どう思う?」


 皆、やはり悩んでいる。私だって一人では正直怖いが、出来ればもっと近くで観察したい。


「ここまで来たんだからな。俺は先に行ってみようと思う。それに、襲うつもりならとっくの昔に襲われているはずだ。ここから見えるという事は、あっちからも見えていて不思議はない。なのに襲ってこないのは、動けないんじゃないか?」


「それはあり得るけども、もっと近くに寄ってから、襲うつもりかもしれない。もしくは、向こう側に入った事をどうにかして分かったら、襲うというのも考えられる」


 可能性などいくらでもある。命を大切にするなら、多少臆病でも構わない。


「これを作った人たちが、一体何を考えているか分からない以上、あまりここで議論をしても、私は仕方ないと思うわ。私も中に入って見てみたいし」


 それぞれが意見を言うが、入ってみたいというのは誰もが思っているようだ。ただ、危険がどれほどあるかが分からないのがネックになっている。危険は犯したくないが、もしかすれば大金を得られるチャンスだ。


「一人ずつ入るのは正直感心出来ないな。いくら狭い入り口とはいえ、三人くらいなら同時に入れるはずだ。ゆっくりと三人で入っていき、扇状に護りを固めるのはどうだろうか?」


 フェルオが提案した。こんな時に戦い慣れている人間の言う事は、何かと違うし参考にもしやすい。


「なら、その方法にしようじゃないか。フェルオは先頭に立つのか?」


「ああ、最初からそのつもりだ。言い出したのは俺だしな。あとベルグも来てくれないか? お前はなんだかんだ言っても観察力はいい。あとは……」


「私が行くわ」


 声を上げたのはヤージュアだった。


「いいのか?」


「当然よ。それにこのメンバーでは私と隊長、あなた以外は中の様子を窺うのは初めてよ。なら私も行った方がいいと思うの」


 なるほど。経験者のカンなのかもしれないな。それに私は戦闘向きでない事は確かだ。適任の一人ではあるだろう。


「じゃあ、俺たちが最初に入るから、隊長以外の三人が続いてくれ。隊長は最後でいい。取り仕切る者が犠牲になっては元も子もない」


 私も含め全員が頷くと、それぞれが入りやすい場所に移動する。


「行くぞ」


 フェルオが声をかけると、最初の三人が一気に突入する。真ん中にいたフェルオが左手を肘から上だけ上げて、次の三人も来るように合図した。今のところ異常は無いようだ。


 六人全員が入ったのを確認してから、再度フェルオを見る。また左手を上げたので、すぐに私も中に入った。


「凄いな、ここは……」


 どこからともなく声が漏れる。他のメンバーも、同じような事を呟いている。


「とりあえず動きはなさそうだな。周囲を警戒しながら、前に進もう。一度突き当たりまで行ってから、問題がなさそうなら調査をした方がいいと思う」


 ガルネスの意見に誰も反対しない。今は安全が最優先だ。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 結局反対側まで行ったがそこは行き止まりだった。


 途中でミイラ化した遺体が一つあったが、確認は後回しにしている。少し見ただけだが、外傷はなさそうだった。


 白衣を着ていたようで、服こそかなりボロボロになってはいるが、特段何か争ったような形跡もない。


 他にも遺体が何体か見つかったが、そのどれもがミイラ化していて、いくつかは慌てていた様子もある。一体ここで何があったのだろうか?


 筒状の透明なタンクは全部で三十五あり、そのうち生物が入っているのは二十七。生きているかどうかまではまだ分からないが、少なくとも人間ではないのが二十五。二つは人間に似ているが、少し特徴が異なる。


 その他にどれもが首に銀色の首輪をしているようだ。容器が透明なのか、それともピンク色なのかは分からないが、恐らく鉄や銀のような物だと思う。


 タンクに入れられている物は全部裸で、胸と思われる部分にチューブが刺さっている。それらは天井の方に向かってから、壁に半分埋め込まれたタンクのような物に繋がっていた。こちらは中が見えない。少し濁っているのか、よく見るとチューブが複数あるようだ。


 二体の人間に近い物は、一つが女のようで、もう一つが男のようだ。ただしどちらも耳が人間より細長い。体つきはさほど良いとは思えなく、少し痩せた感じではある。


 女の方は金髪。目は閉じているので、生きているかはまだ分からない。耳が長くて細い以外は、ほぼ人間と同じ。伝説で語られる『エルフ』のような耳だ。


 呼び方は『エルフ』以外にも、『半妖人ハーフマナナーム』や『精霊人』などいくつかある。ただ、一般的には『エルフ』と呼ばれる事が多く、『人から血を吸って生きる』とか、『人の生気を吸い取る』などの伝説も一部では根強く、実際にどんな生物なのか分かっていない。ただ、『魔法』を扱えたという伝説は残っている。それがどういった物かは分からないが。


 男の方は少し異なり、髪は銀色だと思う。その他に胸毛が濃い。胸毛は髪と違い青のようだ。逆三角形で胸に少しだが毛が生えている。


 それよりも気になるのが、男にしては胸がかなり大きい。もう一人の女と、ほぼ同じ大きさだろう。しかし男の特徴が下半身にしっかりあるので、男だとは思う。裸だから分かった事ではあるが。


 ミイラ化した遺体は、やはり外傷は特にない。二つ程焼き印のような物が残っているが、これは生前に付けられた物のようだ。肌が収縮してしまっていて、焼き印の文様は判別不可能になっている。


 机に伏せた状態でミイラ化していて、すぐ側に何枚もの書き残しがあった。インク壺と思われる物もある。


 性別は恐らく女だろう。髪の毛が長い。書き残しは羊皮紙だと思うが、劣化しており判読は時間がかかりそうだ。


 羊皮紙については、慎重に一枚ずつガラス板に移した後、その上から再度ガラス板で挟んだ。これで読む事も出来るし、劣化も多少は防げるだろう。インクは消えかかっている物もある。こればかりは仕方がないか。


 羊皮紙の数は結局十二枚。ガラス板が足りなかったので、二枚を背合わせで挟む事にした。これで、羊皮紙二枚を三枚のガラス板で保存出来るだろう。持ち帰る事の出来る資料は、可能な限り持ち帰りたい。


 他にも我々が知らない材質の紙があるが、持ち帰ることを考えると今は無理だろう。保存方法が分からないからだ。


 羊皮紙の解読は後回しにして、特に人に近い二体が入った二つの筒を見る。本当に伝説の『エルフ』かはまだ分からないが、それもいずれ分かるだろう。


 皆それが気になっているようだが、同時に他の物も気になってもいる。特に一つはドラゴンの幼体が入っているようで、生きているかは不明だ。


 ただ、全ての容器の下に、正体不明の機械らしき物がある。いくつもの明かりが灯っており、色も色々。それと、何を示すのか定期的に横線が時々上下に振動する不思議な物がある。生きているという証拠だろうか?


 我々は、ヒト風の二体を何とか取り出す事を優先として、これからどうするかを決める事にした。

各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。


また感想などもお待ちしております!

ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


今後ともよろしくお願いします。


新章にようやく突入です!


まあ、実際今までが一つの序章みたいな物で……(オィ)


以前に一度世界観の資料を出しましたが、ここからはまた若干異なります。


これ以降の世界観の説明もそのうちに出せれば……


ブックマークをしている方、投稿後にお読み頂いている方には感謝です!


この場を借りて御礼申し上げますm(_ _)m

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