第二十話 崩壊する世界
2016/01/30 内容の一部修正及び誤字の修正を行いました
2015/06/04 新規章追加
話数が重複しておりますが、一時的な物になります。
次話修正次第、順次話数の変更を行いますので、ご了承ください。
クラウデア・ベルナルが魔力炉に繋がれてから、約三百年ほどが経過し、そこから少し離れたある実験施設。
以前はピリエストの街の郊外だったそこは、一部整備された道がある以外は、森になっている。
ピリエストの街は二百年ほど前に首都方向へ移動し、今では『水のピリエスト』の二つ名がある。乾燥していた以前とは違い、今では豊富な水を利用した『水の都』と呼ぶに相応しい景観となっている。
街から離れたこの場所は、入り口が木々で偽装されており、特に目印といった物もない。正確にはあるが、それを見つける事は普通困難だ。
そんな森の中の一角で、ある実験が行われている最中……。
「駄目です、魔力炉への魔力の上昇が止まりません! 炉心限界まで、後二百!」
操作盤で慌ただしくしている作業員が、こちらを振り返らず、悲鳴を上げるように叫ぶ。
「全ての供給源を停止しろ! 無理矢理ケーブルを切断しても構わない!」
ペッコ・ヴァーラニエミは、大声で叫びながら周囲を見渡す。誰もが焦りの表情をしているのが、手に取るように分かる。
ここで暴走しては、とんでもない事が起こるはずだ。結果がどうなるか、私には想像も出来ないが、それでも悲惨なことになる事は間違いないだろう。
「しかし、それでは!」
別の操作盤を操作している者が、『それだけは、やってはならない』といった感じで叫ぶ。
「非常事態だ。今は暴走を止める事が最優先だ。被験体の事など、後でどうにでもなる!」
それは嘘だが、嘘であって欲しいという願いでもある。しかし、この場でそれを言う訳にはいかない。
「安全弁、一から九番閉鎖……安全弁の信号途絶! 状況不明!」
「チィッ」
思わず舌打ちをしてしまう。
遠隔操作なので、これでは現場に人を送らなければならない。しかし、危険な状態の中、人を送る事が出来るのか疑問でしかない。そもそも魔力を供給している施設とここでは、かなりの距離があるのだ。
「炉内の魔力が急上昇を始めました! 限界突破まで百二十五セル!」
「全回路の閉鎖を最優先、何としても暴走を止めるんだ!」
時間は残されていない。炉心が爆発した場合、どの様な影響が出るのかまだ分かっていない。それは暴走よりも悲惨な事となるだろう。少なくともここが跡形もなくなるのは必至だ。
「緊急回路、四十三番から百二十九番、四百六十八番から七百八十九番が応答無し! 炉心、止まりません!」
「くぅ……」
もはや、これまでか? 出来る事はないのか?
「生体コアからの魔力供給をなんとしても遮断しろ! 爆破ボルトを使って構わん!」
爆破ボルトを使えば、確かに全ての魔力供給を停止出来るはずだ。しかし、その後復旧出来るかどうかまでは誰にも分からない。
「し、しかし……」
「悩んでいる暇があったら、やれ!」
無理矢理二つ返事の返事をさせ、生体コアからの緊急遮断回路を行えば、当然生体コアの安全性はさらに低下する。しかし、非常事態で猶予は無い。
「爆破ボルト、起動信号出しました!」
別の作業員が叫ぶように報告するが、それよりも重要なのは炉心だ。
「炉心、今の状況は!」
「変化ありません。猶も魔力上昇中!」
先ほど躊躇した作業員は、気を取り直して報告してきた。一瞬だが、部屋全体を氷のような冷たい空気が覆った気がする。
「生体コア管理部から通信です。繋ぎます」
『こち……コア管……、魔道……管から異常な熱が……漏れ……緊急……爆発の可能……。伝導管……――』
「駄目です。通信が切れました。復旧急ぎます!」
「急いでくれ。嫌な予感がする」
伝導管と爆発の単語が出てきた。一体何が起きているのか?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「駄目です。通信が切れました」
他の部署からは『生体コア管理部』と呼ばれており、実際は『生体魔力コア抽出管理部』と名前の付いたそこでは、普段数人しかいない職員が慌ただしく動いていた。実際には、『保管室』とだけ名前が付いたプレートがあるが、その名でここを呼ぶ者はいない。そもそもここはそんなに多くの人間を必要としないように、長い年月をかけて改良されてきた。
「三十八番から異常な数値の魔力が流れています。三十七番も、三十八番までではありませんが、通常の百倍を記録しています」
「三十八番の値は!?」
ここの部長を務めているヨルゲン・アドルフソンは、急ぎ催促する。
「通常時の六百倍です。さらに数値は上昇中。現在九万を超えました。非常に危険です」
数値を読み上げながらも、その職員はその場を離れようとしない。彼は必死に数値を安定するための方法を試しているが、今のところ有効な対策は取れていない。
「大変です、爆破ボルトの作動した位置で、こちら側の魔力導管が融解を始めています!」
まさか、と思う。
『生体コア』と今では名付けられている、透明なシリンダーに入れられた者たちは、その魔力を人工的に取り出している。取り出した魔力は一旦人工魔石へと貯められ、そこからさらに供給先へと魔力が送られている。
魔力を送るのには『魔力伝導管』と呼ばれる、表面は鉄、中は銅とミスリル、オリハルコンの特殊な合金で出来ているが、魔力その物は不活性である事が分かっている。不活性なので、伝導管を伝っているときには何ら影響がない。
今回のように、強制的に爆発などによって魔力を伝える事が出来なくなっても、そこから漏れる魔力はすぐに空気へ溶け込んでしまう事も分かっている。空気に溶け込んだ魔力は回収出来ないが、それ以前に、周囲の物と反応しない事も分かっている。
つまり、今回はそれらの原則を全て無視して、貯蔵されている魔力が何かと反応している事を示している。
「爆破ボルトに一番近い伝導管を閉めろ!」
アドルフソンはすぐに命令を飛ばした。二人が伝導管へと走って行く。一人が一番近い操作盤で、伝導管を封鎖させる動作を行い始める。
「リモートでの作業が出来ません!」
爆発した際に予想はしていたが、やはり一部の機器に影響が出ていたようだ。後は手動で閉めるしかない。
「順次、爆発付近から近い順に閉めろ。どこかで閉まるはずだ!」
全てが壊れるなど、起こりうるはずがない。必ずどこかで止まるはずだ。
「魔力は、依然止まりません。漏出量も増えています!」
増える? そんなバカな。一つの魔力伝導管で移動出来る量は決まっている。いくらその先が破壊されたとはいえ、それまでの伝導管が無事なのだし、増える事はあり得ない。
「計器を良く見直せ。それから、三十八番はどうなっている! 制御信号を送って、一度活動を抑えろ!」
シリンダーの中に繋がっている者たちには、制御用の信号装置から信号を送る事で、放出させる魔力量を制御出来る。二百年ほど前に可能となった技術で、完全に停止は出来なくても、ほぼ魔力を放出させない状態にまで抑える事も可能なはずだ。
「信号は先ほどから何度も発信しています。しかし、どの検体も信号を受け付けません。爆発の前からです。原因は調査中。最悪を考慮し、現在非常弁の閉鎖を行うところです」
一番近くにいた作業員が、操作盤を操作しながら振り返らずに答える。
そんなバカな……。全ての制御が出来なくなっている?
「大変です! 爆破された伝導管が溶解しました! 溶解した伝導管から漏れた魔力が、その先の伝導管へと、まるで光を放つように真っ直ぐ延びています! 先の伝導管も熔解を始めて……熔解しました! 伝導管無しで魔力が再び送られているようです!」
魔道無線で、爆発した伝導管付近にいた者から通信がある。ノイズが多少混じっているが、聞き取れないほどではない。
「全ての伝導管を何としても閉鎖しろ! 停止信号が動作しない原因を調べつつ、全ての非常扉を閉鎖!」
近くの作業員が、赤いボタンの上にあるガラス製の蓋を開け、中にある四つのボタン全てを押した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「無線、回復しません!」
「魔力供給が再び急上昇! 伝導管の最大値を超える量が流れています!」
「炉心が急激に輝き出しました! 現在、炉心の全てを把握出来ない状態です。魔力が炉心へ吸い出されています。計測値の予想では、既に限界量の三倍を突破しています」
爆発!?
頭によぎった最初の単語は、それだけだった。
「全員、この場から待避! 全ての隔壁を閉鎖しろ」
「て、手遅れです、ヴァーラニエミ博士……」
作業員の言葉に、ガラス越しに見える炉心を見た。
炉心は青く光りながら、次第に大きさが小さくなっているのが分かる。周囲には七色に光る何かが漂っていて、それが余計に不気味にさせる。
彼の意識は、その瞬間に消えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
爆発は一瞬。しかし、それはまず爆縮から始まった。
人が到底認識できることの出来ない時間で、大きさが人の背丈の十倍以上ある炉心は、瞬時にこぶし大ほどになる。さらに緩慢な動き――とはいえ、それも一瞬ではあるが、人が認識出来る大きさよりも小さくなった。
さらにほんの一瞬だけその状態を保った後、炉心だった物は急激に爆発を伴いながらふくれあがる。周囲を巻き込みながら、その場にある物を全て消失させてゆく。後に、この時の光を遠くで見た者は『神の雷』と表現している。
光球となったそれは、空高く光を伸ばした後に、突然全方向へと光を分散させた。
爆心地になった炉心のある研究所は、文字通り蒸発。それどころか、周囲を巻き込みクレーターのような物が出来上がる。
全世界を光が一日かけて十七周しながら、燃えた木々が延焼し、十日で空の明かりは遮られた。空は十三年もの間暗闇に包まれたとされている。
その間に失った人口は、把握出来ているだけでも全世界の八割。かろうじて生き延びたいくつかの植物と、動物や魔物が、それまでの『人』と変わって世界を支配するきっかけとなった。
人々はこの光から始まった事件を、『暗黒の十日間』と呼ぶようになる。
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