間話 六 それぞれの思惑
2015/06/04 内容修正しました。
「それで、結局誰かも分からないのですか?」
オラリス・ランダーソンは、近くの街の警備隊詰め所にいた。
目の前にいるのはこの詰め所の責任者で、ウォルトというウルフ族の男性だ。
三日前、クラディ――クラウデア・ベルナル君が警備隊に連行されてから、今に至るまで何の連絡もない。
仕事をしてもらっていた以上に、彼には色々と恩があると考えている。
最初は、単にエルフ族の血を引く男性として乳母――ナィニーの仕事をしてもらっていたが、いつしかお店にとってかけがえのない存在……それどころか、私達家族にとっても大切な存在になっていた。
もちろん彼は、あくまで雇った人間に過ぎないが、長く付き合えば情もわく。それに、彼の笑顔がお店はもとより、私達家族には必要不可欠な物になっていた。
もちろんここまでの事は、彼に話ていない。彼のご両親にこそ話はしてあるが、元々彼は養子だったらしく、私達家族にもなじめている事を喜んでいた。彼が望めば、後で雇ったエルフの女性と結婚して欲しいとすら思っている。あの二人は気が合うようだったし、まだ恋愛感情とまでは行かなくとも、あの二人なら上手く出来たと思う。
そんな彼の身元を請け負う者として、彼が連行された事に納得など出来ないし、三日も行方が分からないというのも、納得出来る物ではない。
「はぁ……アンダーソンさん。あなたの事情については分かりかねる事もありますが、先ほどからも言っているように、三日前に誰かが連行された事どころか、三日前から今日にかけて有罪の評決を受けた人などいないんですよ? それに連行する馬車は、我々の詰め所といった所にはありません。連行用の馬車は、街の中央にある警備中央指揮所と、貴族エリアにあるピリエスト中央警備隊にしかありませんし、どちらの馬車であっても、我々警備隊の紋章が馬車の両側と後ろに大きく記載されています。聞くお話ですと、その様な物はなかったとの事ですよね? さらに付け加えますが、全ての馬車に番号が併記されています。紋章も番号もない馬車で護送する事など、あり得ません」
先ほどからこの繰り返しだ。しかし、クラディ君を連行していった者達は、警備隊の格好をしていた。それは間違いない。
「私の方でも、警備中央指揮所とピリエスト中央警備隊に連絡を取りました。お見せする事は一般の方には出来ないので申し訳ありませんけどね、魔道通信電信機というのがあるんですよ。元々は、単純な信号を送るだけの装置だったらしいですが、今では直接離れた相手とも会話が出来るんです。その相手側からも、事実無根だと言われていますからね。そもそも三日前に、警備隊の馬車は一台も動いていないんですよ。それは、他の部署にも確認していますから間違いないですね」
「しかし……」
気持ちばかり焦るが、ここに答えはないのかもしれない。しかし、だとしたら、どこに答えがあるのだろうか?
「お気持ちはお察ししますが、我々ではお手上げです。それに最近では、一部で治安が悪化しているとの情報もありますから、警備兵になりすましてといった事も否定は出来ません。ただ、それは極めて重大な犯罪であり、見つかれば即死刑です。その様な危ない橋を渡る人間など、そうはいないと思いますが」
埒があかない。かといって、彼が嘘をついている様子もない。
「申し訳ございませんが、私も仕事がありますので、失礼しますよ。もちろん何か後で分かればお知らせしますが、あまり期待はしないで頂きたいですね」
その言葉を最後に、事実上詰め所から追い出された。
詰め所から店までは、歩いてすぐだ。店には皆が待っている。クラディ君の両親もだ。これから伝えなければならない事を話すとなると気が滅入る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クラディが捕まって一週間後、街の中でも特に目立つ建物の一つ――街の領主の館では一人の男が魔道通信電信機の前で誰かと話ている。
魔道通信電信機のある部屋は他の部屋と異なり、厳重な管理がされている。
通信機の呼び出しがあると、いくつかの部屋にそれを知らせる魔道具を配置している。
仮に館の主人が気がつかなくても、メイドの部屋にもその装置はあるので誰かが必ず気がつくという寸法だ。
ただし通信機を直接使える権限は、館の主とその妻に限られている。その妻も館の主の許可が必要だ。
「それは確かなのか?」
館の主人であるベッケアート家の主人が、通信機の前でメモを片手にしていた。
「分かった。他に知っている者は?」
通信機の向こうで話をしているのは、この当主しか分からない。
「分かった。くれぐれも、他の者に悟られるなよ? ああ、分かった。詳細は手紙で頼む。封は厳重にしてくれ。私宛でいい」
そう言い終わると、通信機のスイッチを切る。
「あの頃から覚悟はしていたが……妻に話すべきか? もう一六年も前になる事だ。兄姉には、彼は事故で死んだと言ってあるから、問題はないだろう。しかし実の母親に伝えない訳にはいかないか……。だが、何と伝えればいい? 大事な息子を二歳で手放したのだ。しかも初めての子を。その子が……いや、下手に考えるのは止めよう。彼女も分かっているはずだ。手放さなければならなかった理由を」
私は部屋を出ると、二人目の妻であるロンに対して、話す決心をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
壁一面に並ぶ容器を見る。ほとんどの容器には、この街のエネルギー源となる『被検体』が入っている。
単に魔力が高いという理由でここに収容された『被験者』たち。しかし、可哀想だとか残酷だとかは思わない。
元々首都で騎士をしていた私は、密命を帯びて、ある任務に従事していた。そして失敗した。
その後の私の扱いは、酷い物だった。
騎士の称号を剥奪され、作戦の失敗から、上官にあらゆる暴行を受けた。その時の焼き印も体に残っている。
暴行の後は、騎士団付きの娼婦として扱われた。あの間の事は、ほとんど覚えていない。ただひたすら男たちの慰み者として扱われた。満足に寝る事すら許されなかった。
散々犯され続けた私は、その後奴隷商に売られた。罪名などでっち上げの、初めから決まった刑だった。
散々騎士団で犯され続けた私は、娼館に安値で売られる事になった。後で知ったが、私の値段は銅貨五枚だったらしい。
そんな時に、今の研究施設兼魔力抽出施設の所長に買われた。ちなみにこの施設には特定の名称はないらしい。まあ関係ないが。
私はここの管理を任された代わりに、外に出る事は恐らく一生出来ない。しかし望めば大半の物は手に入るし、娼婦として慰み者にされるよりははるかに良い。娼婦などしていたら数年で命を落とすのが関の山だ。
しかしこの施設は不思議だ。ここを管理しているのは人族のみ。他の種族は一切いない。
この前新しく入った『被験者』はエルフの眷属らしい。名前など知らない。ここでは名前など必要は無い。全ての『被験者』は番号で呼ばれる。新しい『被験者』は三十八番だ。
個人的に、エルフやエルフの眷属には虫酸が走る。
私の知っているエルフは、どれも生意気だった。少々他の種族よりも魔法が使えたり、容姿から男に取り入られる事が多かった。
騎士団の中だけでしかエルフは知らないが、私の最初の上官がエルフだった。
人を小馬鹿にした態度は当然。本来専門の使用人がやる事までやらされた。あれ以来、エルフなど見るだけで嫌悪感しか沸かない。
今回入った三十八番には『ざまあみろ』と思う。エルフなど、この程度の扱いをしておけば良いのだ。奴らに、まともなは生きる権利など与えない方がいい。
ここの所長はエルフはおろか、人族以外に嫌悪が走るという。
確かに、我々人は他の種族に劣る事が多い。しかも連中は、それを馬鹿にする。あんな連中など、滅びれば良い。
そんな連中がこの壁一面にある容器に入っている。ざまあみろだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あなた……あの子の行方は掴めたの?」
クラディが行方不明になってからもう五年。私自身が産んだ子じゃないけど、それでもあの子の事は実の子と同じように大切だ。
「すまない、ブーリン。私の知る限りの手段を使ったが、いまだ何のヒントすら掴めていない」
「そう……ありがとう、カルロ」
五年前に、あの子が行方不明になったと聞いて、私はしばらく床に伏した。あまりにショックが大きかった。
一年してあの子を雇っていた商店から、見舞金が届けられた。一年は無条件で帰りを待ってくれた。あそこでも、あの子は愛されていたらしい。
商店主は見舞金を渡す際、私達に土下座していた。私には彼を責める事など出来なかった。むしろ、一年も待ってくれたのだ。そして見舞金まで。
普通なら一週間程度で見切りを付けられる。見舞金など出る事は有り得ない。それが、一年も待ってくれ、見舞金まで用意してくれた。彼の責任ではない。むしろ、それまで探すのを手伝ってくれていた彼や、その家族には今も感謝している。
「クラディは、きっとどこかで生きてるわ。あの子が死ぬなんて思えないもの」
夫の前で、私はそうとしか言えなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三十八番が入ったおかげで、街の設備は一層充実した。
それまで、一日一往復しか出来なかった首都を結ぶ魔道機関車を、一日三往復に増やす事が出来るようになった。
それどころか、有り余る魔力は色々な開発を可能にした。
手元にある資料では、新しい魔力溶鉱炉が完成したらしい。これからは、金属ももっと効率的に生産出来るだろう。
三十八番の捕獲から十年。あの後、五つの検体が追加されたが、三十八番程の魔力はない。
資料を片手に、今後の設備改修案を考える。
三十八番もそうだが、三十七番も魔力が極めて高い。もっと効率よく魔力を抽出するべきだろう。その為には、新しい設備が必要だ。
風の噂で、三十八番の両親が必死に探していると聞いた。しかしここにたどり着ける事は不可能だ。
この施設の上には、この街の教会を取り仕切る大神殿がある。地下に、こんな施設があるとは思わないだろう。
それに、ここに入るには複数の検問を通らなければならない。
最初の入り口は、貴族の区画として整備されている検問だ。この時点で一般の人間は入れない。さらに、街の支配者層しか入れない検問など複数ある。
一般の貴族はここの事など当然知らないし、貴族以外の普通の者には知る術が全くない。
千年以上前からあるこの施設は、膨大な資料の山がある。どれも希少かつ重要な物だ。
そこに追記するように、私も新しい事を付け足していっている。三十七番と三十八番については、特に細かく記載している。あの二つは今後の研究にも絶大な影響をもたらすはずだ。
三十七番と二十八番の間に、三十年近い空白の時間が出来たが、それを取り戻してもあまるほどの成果だ。
次の千年後、どのような発展をしているのかは分からないが、この研究とエネルギーが役に立っているだろう。
それを見る事は出来ないにしても、その先端を切り開いた者として名を残せれば、それだけでも意味があるだろう。
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