第十九話 人工魔石と生体魔力
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2015/06/04 本文修正しました
気がつくと、ベッドのような物に寝かされていた。
ベッドは肩幅より少し広いくらいで、前世で言う所の担架に近い幅だと思う。少なくとも寝心地はよくない。担架のように人が前後で支えているのではなく、ストレッチャーのような物に乗せられているようだ。車輪の音も微かにする。
頭に首、両手足などを金属製の何かで固定されているようで、身動きが一切出来ない。更に口には何かを詰められているようで、その上から何かではき出せないように固定しているようだ。
視線を動かして周囲を見ようとしても、あまり状況は分からない。ただし閉じ込められていた部屋ではないと思う。移動しているのが分かるくらいで、何人周囲にいるのかも不明だ。
よく考えていると、服を着ていないことが分かった。ただ、胸元から足先までは布のような物で覆ってあるようだ。まるで何かの手術でもされる気分。
声を出そうにも出せる状況じゃないし、鼻でしか呼吸出来ない。魔法を発動しようとしても、魔法封じか何かがされているのか魔法が出せない。多分あの魔法を封じる道具はそのまま。
理由は分からないけど、なぜだか無性に空腹感が襲う。どれくらい気を失っていたかは分からないけれど、それにしても数日何も食べていないような気分だ。
少しして人影が見えた。足音も複数。相変わらず人数は分からない。
突然上から男がのぞき込んできた。動くことも声を出すことも出来ず、その男の目を見る。
その男は今まで会った男ではないけども、ここにいる他の人と同じであることはすぐに分かった。人族でなおかつ白衣のような物を着ている。眼光が鋭い。
「よし、このまま運べ」
男がそう言うと、急にベッドが動き出した。どうも移動式のようだ。下に車輪が付いているんだろう。足の方は見えないし、さっきの男の姿も見えないけど、少なくとも複数の人間がいるのは分かる。
この人達から逃げるために、体重移動をすればもしかしたらこのストレッチャーを倒せるかもしれないけど、全身あちこちを拘束されている以上逃げ場はない。それに複数の人間もいる状況では、たとえ縛られていなかったとしてもすぐに捕まると思う。
問題はどこにこれから連れて行かれるかだ。
気絶する前に『生体供給源』と言っていた気がする。
人工魔石のこともあるし、一番可能性があるのは人工魔石へ無理矢理魔力を供給するような事にされるのだろう。
だけども無理矢理人の中から魔力を取り出す方法が分からない。魔力は多少自然に体から漏れ出すけど、それはごく僅かだ。その程度では普通の家庭用魔力灯ですら点灯出来ない。
自然の空気中にも魔力が漂っているらしく、それは生物の発した魔力が元らしいけど、それだってごく僅かだって話だ。
そんな事を考えているうちもストレッチャーは先に進んでいく。
そこそこ進んだはずだけど、さっきからずっと通路を進んでいる。時々曲がることがあっても部屋に入る様子はない。しかも通路は白一色。どこを進んでいるのか当然分かるはずもない。
横目でチラチラ確認したけど、すでに二十以上の扉があった。数えるのはすでに諦めている。
ずっと同じ天井で数回曲がっただけでも方向感覚を失っている。この状態で最初の位置を覚えていられる程記憶力はない。
さらに今まで通過した扉はどれも同じ形。扉には何の数字や記号もないので、たとえ扉の数を覚えていたにしても迷ってしまうのは確実だろう。
それに曲がり角にはこれといった目印も見当たらない。床に書かれていたら分からないし、それを確認する手段も皆無だ。
こんな事を冷静に考えていることに嫌気がさす。
はっきりとはもう覚えていないけど、確かこの世界で生まれ変わる時に『前世よりはマシ』の様なことを言われた気がする。でも現実は残酷だ。
しばらくして小さな部屋の中に入ると、突然床が下に降りる感覚に囚われる。前世でのエレベーターのような感覚。それが少し続き、また真っ白な通路に出る。
扉を開ける音がしてから大きな部屋に出た。かなり大きな部屋だと思う。天井も廊下より遙かに高い。少なくとも人の背丈の十倍はあるはずだ。
ストレッチャーの上から観察すると、人の背丈よりも多きまま石が大量にある。どれも人工魔石のようだ。色は様々で赤や青、黄色などが目立つように感じるけど、緑や黒といった色もある。
それ以外にも腰の高さ程の人工魔石があるように見える。一体何個あるか把握出来ない。十や二十といった数ではないし、一応何かの規則的に並べられているように見えるけども、色に関してはバラバラだ。
さらにしばらく行くと何かの機械のような物が乱立している。何をしているのかまでは分からないけど、沢山のチューブが見える。太さも様々で、チューブ自体の色もかなり多い。
てっきりこの文明は魔法が主体の文明だと思っていたので、乱立する機械を見るとどのような発展をしてきたのかが気になる。
明かりの点滅などもあることから、この機械はたぶんロストテクノロジーとは違う。明らかに人工的な点滅なので、誰かが管理しているんだろう。
だけども、一般の街中では機械と呼べるような物はなかったと思う。この技術は一般には出回っていないのだろう。しかしこれらを元にした技術が、街中にないのは異様にも感じる。
何でだろう? 前世の記憶がどんどん呼び出される。
別に封印したわけじゃないけど、この風景を見ていると前世をどんどん思い出す。当然嫌なことも……。
今度は視界の端に赤っぽい何かが見える。それ以外は白だ。
突然ストレッチャーが止まった。すると首に何かが当てられている。最初は一点だった物が次第に首全体になりカチリと音がした。
「薬品の投与を」
見えないけど、前にいるはずの男だ。声で分かる。
チクリと方に鋭い痛みが一瞬走る。注射をされたんだろう。
「これは、君の筋肉を一時的に動かせないようにする薬だよ。それほど長い効果はないし、それといって体に害が有るわけじゃないけどね。まあ、見て欲しい『物』があるんだ」
『物』を強調するように言われ、何事かと思う。
何度かカチャカチャと音がすると、数人の研究者に上半身を起こされていた。ただ体の力が入らなく身動きが取れない。
先ほど痛みを一瞬感じたのは、筋弛緩剤の注射なのかもしれない。少し眠気はあるけど、起きるのが辛いといった程ではない。量はごく僅かなのだろう。それなら薬の影響が切れるのも早いはず。なら逃げ出すチャンスもあると思う。
急に頭を捕まれ右側を向かされた。
目の前には、赤と言うよりピンク色をした液体の入った、大きな容器がある。よく見ると中に何かが入っているようだ……って人が入っている!
気泡のような物が時々容器の下から出ているので、容器の中は液体で満たされているはずだ。なのに空気を送り込んでいる様子はない。そしてその人が溺れて死んでいる様子でもない。肌の色からして、生きているように思える。
ピンク色の容器か液体かは分からないけど、その中にエルフ族の人が一人入っていた。胸の中央部辺りから細い管のような物が取り付けてある。他にも何か細い管が付けられているようだけど、いくつあるのかまでは確認出来ない。あと、金属の首輪がはめてある。それ以外は完全に全裸。アクセサリのような物すら一切付いていない。
その人は女性でエルフ族だから年齢はハッキリと分からないけど、何となく僕と近い年齢のような気がした。
彼女は、気を失っているのか眠っているのか微動だにせず、容器の中で真っ直ぐに立った状態で中にいる。ピンク色の中ではっきりとは分からなくても、何となく生気だけはある気がした。
ハッとして周囲を目線で追う。そこには同じ容器が沢山あり、まるでピンク色の壁のようにすら思える。そしてどの容器の中にも誰かが入っていた。
入っている人は様々で、目の前のエルフの人以外にも幼体のドラゴン族やサキュリア族、ハピキュリア族、ウルフ族など色々な人たちが男女問わずにいて、誰もが服を着ていない。そして胸に誰もが管のような物を一つだけ付けられており、同じように金属製の首輪が皆に付いている。ただし、人族だけがいないようだ。
何かを言おうとしたけど、薬の影響か言葉を出す事が出来ない。それとも、この状況が怖いのかもしれない。
「彼ら、彼女らは皆この街の協力者だ。その膨大な魔力を町の発展に協力してくれている。おかげで我々は、すばらしい技術を生み出す事が出来たし、街の発展にも寄与してくれている」
最初に僕をのぞき込んだ人が、僕を背に話出した。そういえば、僕を運んでいた人たちは、全員人族だ。
「こうやって魔力を我々に提供してくれる代わりに、我々は通常よりもはるかに長い寿命を彼らに与えている。一番奥にいるウルフ族の彼は、すでにここで三百年以上この街に寄与してくれている。どうだ、すばらしいとは思わないかね?」
そう言って振り返った男の顔に恐怖した。人なのに人の顔じゃないと思う。まるで化け物だ。もしくはマッドサイエンティストと言った方が良いのかも。
「君の目の前にいる彼女は優秀だよ。彼女一人でこの街のエネルギーの三分の一を、無償で提供してくれている。十五歳からこの中に入ってもらっているが、全く歳もとっていないし、魔力の衰えもまるでない。もうここに来て三十年経過するのに本当に優秀な子だ」
ゾッとする。完全に人を人と見ていない。物としか考えていない。否、物としても見ていないのかもしれない。
「ただね、これも万能ではない。魔力を失いかけているウルフ族は、そろそろ廃棄しなければ。もうほとんど魔力を出していないからね。古い物はさっさと取り替えるべきだと思わないか?」
男がニヤリとして薄ら笑いを浮かべている。そして僕の顔を動かして、ある一点を見せるようにした。その先には白っぽくなっているウルフ族の人がいる。見た感じ生気が感じられない。
「君もエルフの眷属なら分かると思うが、エルフは実に頼りになるよ。あんな狼のなり損ないよりも、魔力ははるかに高く寿命も長い。ここにいる彼女は、ここに来てからむしろ魔力が上がってくれた。おかげで、狼のなり損ないなどに頼らずに済む。そこに君が加わるわけだ。彼女の隣にしてあげるから、是非我々に協力して欲しい」
これはお願いしているんじゃない。命令でもない。単にこれから行う事を説明しているだけだ。もうこの男は僕を人としてみていない。完全に物扱いだ。
「幼体のドラゴンも極めて優秀だが、ドラゴンは縄張り意識が高くてね。おかげでここに招待出来たのは、あの個体だけなんだ。でもエルフならいくらでもいる。君のような眷属もだ。これから頼りにしているよ?」
男が言い終わると、僕は再びベッドに寝かされる。
「これから君もここに入ってもらって、何百年と魔力エネルギーを提供してくれる事を期待しているよ? 大丈夫、その間君が起きる事はないはずだから。死ぬまで街に貢献出来るんだ、感謝して欲しいね」
何というか、マッドサイエンティストが本当にいるのなら、こんな感じなんだろう。前世の小説とかで読むのと、実際に体験するのではまるで違う。
「隣の彼女のおかげで、人工魔石の研究も飛躍的に進んだし、君はもっと役に立つと思う。彼女よりもはるかに魔力が高いようだからね。彼女の力じゃ、あの人工魔石を生み出す事が精一杯だった。岩をも溶かす君の力なら、もっと多くの事が出来ると思うよ」
もしかして最初に取り調べを受けた時のはその確認だったのではと思う。そして何の謂われもない逮捕。
情けないと思う。こんな奸計に簡単に嵌まってしまうなんて。だからといって、多分逃げ道なんかなかったと思う。それだけに悔しい。
「彼女は、家を数軒吹き飛ばしただけだったけど、君の実力なら街ごと破壊出来るんじゃないかな? そんな君の力が、どうしても欲しかったんだ。ちょっと見つけるのに苦労はしたけど、その甲斐はあったと思うよ」
男がそんな事を言っている間に、何かの機械音がする。最後に何かが開いた音がした。
「よし、彼を中へ。慎重に頼むよ? 傷つけたら懲罰物だからね?」
男がそう言うと、僕はまだ動かす事が出来ない体を持ち上げられ、急に立たされた。とは言っても力が入らないので両脇を抱えられている。
僕を抱えている二人は僕と反対を向いていて、僕がどこに運ばれるのかは分からない。目の前には三人の男と二人の女がいて、全員人族。格好は皆研究者のようだ。
「君、彼にチューブを取り付けてくれ」
男の命令に女の一人が近寄ってきた。それと同時に僕の背中が金属のような物に触れる。
「場所は固定した。いつでも良いぞ」
僕を抱えている一人がそう言うと、女は上の方からチューブを引っ張ってきた。先は針が付いている。
「まあ痛くないと思うけどさ、我慢しな。動物に麻酔をかけただけでも、無駄な出費なのにね」
女だけども女と思えないような言い方。しかも見下した言い方が気にくわないけど、顔の筋肉すら動かせない今何も出来ない。何より人を人と見ていない。
女は針の部分を右手で注意深く持つと、左手で僕の胸と腹の真ん中辺りを触ってくる。
「たくよぉ、これで男だっていうんだからムカつくよ」
女の目には若干憎悪が宿っている。
左手の指先で僕を触り続け、何かを見つけたのかそれが止まる。そして針を注意深く僕に近づけてくる。
「何、痛いのは最初だけだ。すぐに終わる」
女はそう言うと、左手が当たっていた部分に針を真っ直ぐと突き刺した。見る事は出来ないけれど、かなり深くまで刺さっていると思う。
痛みが確かに走ったけど、それはすぐに治まった。薬の影響かもしれない。
「彼女は奴隷上がりでね。ちょっと口は悪いが悪い子じゃないんだ。ちょっと作戦をミスしたからって、犯罪奴隷にする事もないのにね。死刑になりそうな所を、私が拾ったのさ」
男の口から、彼女の経歴が伝えられた。
「扉を閉める。いつでも注水出来るように」
左側で僕を抱えていた男が、僕の背中を押しつけながら言うと、また機械音が低く唸りだした。
目の前にガラスのような物が次第に下がってくる。透明で向こう側からも見えるのだろう。
男の手が退くと、ガラスのような物がどんどん降りてきて完全に閉まった。
「注水します。魔力計異常なし」
支えられる物がなく床に項垂れていると、下からピンク色の水が出てくる。同時に頭や肩にも冷たい物が当たり、上下からピンク色の液体が出てきている事が分かった。
水はどんどん水かさを増し、何かを考える間もなく僕は水中でガラスの向こう側を見る。息が苦しくなり、目眩が襲う。
『その水は、君が呼吸出来るようになっている。溺れても、死ぬ事はないよ』
他人事のように男が言った。どこかに、マイクとスピーカーのような物があるのか、水の中なのに声は良く聞こえる。
『初期動作は完璧です。異常はありません。これより魔力ポンプを作動させます』
液体から肺で直接呼吸をする。前世のSF映画――海底を舞台にした異星人との接触を題材にした映画で見た事があるけど、この世界にまさかそれがあるなんて……。
『彼は魔力が高いからね。最初は、五十からいってみようか』
また何かの機械音がして、僕に刺されている針と、チューブに違和感が襲う。そして体内の魔力が吸われていく感じがした。
『計測値の方は?』
『順調です。百までは問題なくいけますね。上げますか?』
『じゃあ、ちょっと無理を承知で百三十まで上げてみようか。彼も息苦しそうだし、早く慣れて欲しいからね』
『分かりました。百三十いきます』
その声がした途端、体内から急激に魔力が流れ出した。心臓の鼓動が早くなり、思わず残っていた空気を全てはき出してしまう。
溺れるようにピンク色の水を飲み込むと、急に楽になった。やっぱり、あの映画と同じだ。
『空気呼吸から、水呼吸に変わったようです。魔力数値も安定。凄いですね、まだ上げられそうですよ。呼吸が変わってから、魔力の吸い出しが安定して上がっています』
『数値は上げられそうかね?』
『大丈夫ですね。まだしっかりと目も開いていますし、もっと上げても良いかと』
『じゃあ、無理がない範囲で上げ続けてくれ』
科学とは無縁とは言わなくても、あまり縁がないような世界だと思っていたのに、何だかもの凄く科学的に感じる。魔法と科学が同時に発展すると、こうなるのかな?
『凄いです。新記録ですね。四百を超えてもまだ目が開いていますよ。このまま作業を続けます』
『まさかここまでとはね。彼は我々に、革命をもたらしてくれそうだ』
胸の辺りから何かが流れ出すのは、ハッキリと分かる。多分魔力が強制的に吸い出されているんだろう。仕組みは分からないけど、言葉からそれだけは分かる。
次第に瞼が重くなってきて、ついに瞼を閉じてしまう。ただ眠気は来ない。
『すでに八百ですが、まだいけそうですね。やっと目は閉じましたが、まだ寝ていないようです』
寝てはいないけど、正直起きているのもやっとといった感じ。
『これは本当に当たりだ。今度君らには、報酬を弾まないといけないな』
そんな声もだんだん小さくなり、眠気が襲ってくる。
『間もなく九百五十です。そろそろ限界みた――』
『――…』
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なんだか浮揚感がしてゆっくり瞼を開けた。
目の前には白衣を来た人が歩いている。こっちは見ていない。
原因は分からないけど、体に力が入らない。
左を見ると、前に見たエルフの女性がいた。
『あら、目を覚ましちゃったの? いけないわねぇ』
女の声がする。正面を向くと、白衣を着た女がいた。表情ははっきりと見えない。
『起きてもらっちゃ困るから、もう少し上げるわね』
女はそう言うと、僕の意識はだんだん――……。




