第二百十三話 二種類の文明
「これが標高二千八百Mで採取したシリロン?」
規定の熟成期間が終わった、真っ白な皿の上に置かれた茶葉を見ながら、一度香りを嗅いでみる。すがすがしいのだけど、どこか甘みのある香りが仄かにある以外は、見た目一般的なシリロンの茶葉と変わりはない。むしろ色だけで判断するなら、ブラックダイヤシリロンが黒に近いのに対して、かなり茶色い。本当に同じ品種の茶葉か、言われなければ疑っていたはず。
「まあ、あくまでいくつか熟成期間を分けたサンプルの一つよ。当然一番熟成期間が短い物ね。それとこれが、熟成させずに乾燥させたシリロンの茶葉ね」
もう一つの皿には、まさしく日本茶といった感じの茶葉。香りはこちらの方が甘く感じるけども、それ以上に清々しい香りが立っている。
「今用意出来たのはこの二種類ね。熟成させているシリロンは、この他に五種類用意していると言う話よ。熟成期間が一番長い物は、一年くらい待って欲しいと言っていたわ。まあでも、とりあえず試飲しましょう」
ちなみにこの場にはエリーとベティもいるのだけど、お茶の知識はイロが一番詳しい。無論専門家には敵わないとも言っているけどね。
「ああ、それと魔法で早期熟成させたサンプルも用意してもらったわ。流石にこれだけの高地で採取した物だから、私も自然発酵が一番だとは思うのだけど、今回は試飲目的だし、率直に感想が欲しいそうね」
イロが色々と教えてくれている間に、それぞれの茶葉で紅茶や緑茶をメイドさん達が次々と用意していく。流石にこの手の作業は、メイドさん達の手際は感心する程に洗練されていると言って良い。
「まずは緑茶です。今回は熱めの物と少しばかり湯温を下げた物、そして人肌程度の物をそれぞれ用意させて頂きました」
僕らの前にはそれぞれ右側から温度が高い緑茶が並べられる。流石こういったお茶を毎日淹れるだけあり、事前にティーカップを温める事も抜かりが無い。
「ウーン……熱めのは風味が落ちている感じがするわ。人肌のも香りこそ立っているようだけど、正直香りだけと言った感じね。一番はこの少しばかり温度が高めの物かしら? 香りも味も、他のと比べると段違いね」
エリーの感想に、僕も同じく同意した。ベティもどうやら同じらしい。イロはそれぞれ少しだけ口に含んだ後、ティーカップに注がれた緑茶の香りを確かめている。
「香りに関しても、温度が高すぎても低すぎてもダメのようね。でも、この人肌より少し熱い物は、普通のシリロンとは違った飲みやすさもあるわね」
確か僕の知識だと、良い緑茶の茶葉は高温で淹れると風味が損なわれると聞いた気がする。温度が低すぎても、多分本来の風味などを引き出せないのかもしれない。
「まあ実売価格は別としても、僕は新しいお茶の飲み方としてはアリかな」
それについては他の三人も同様の意見みたいだ。後は一番最適な温度を研究する事になるかもしれない。
「それでは熟成期間を置いたシリロンをお入れします」
僕らの味見が終わったのを確認して、メイドさんが次のお茶を淹れてくれる。発酵時間が短いためか、普通の紅茶よりも少し色合いが薄い気がする。
「普通に美味しいですね」
最初に口にしたベティが、香りを確かめてから口に含んだ後、意外そうな顔をしている。
一概にそれが正しいとは言えないと思うけど、茶葉の種類によっては発酵させる期間が短すぎても味を損なうし、当然長すぎても味を損なう。発酵期間が短いと言われていた割には、僕も下手なシリロン茶より美味しく感じたし、香りも十分だ。
「高地だから同じ品種でも発酵期間が普通とは違うと考えるべきかしら?」
エリーも思っていたより美味しいと感じたらしい。
「まあでも、まだ発酵期間は試験中なのよね。安易に判断を急ぐ必要は無いと思うわ」
イロの言葉に僕らは同意した。そもそも三千Mクラスの高地でシリロンを確保出来たのは、今までもほとんど例が無いらしい。あったとしても動物などが餌にしてしまい、十分な量を確保出来ない場合がほとんどらしいんだけど、なぜか今回自生していた地域にはそういった動物などを確認出来なかったとも言う。これはこれで幸運と考えるべきか、正直判断に迷う。
「ところでクラディ。国境沿いの防衛についてはだいぶ進んでいるそうじゃない」
流石エリー。細かい事まで直接は何も話していなかったけど、ちゃんと僕がしている事はある程度把握しているみたいだ。
「出来たての国だからね。他からしたら、格好の獲物と考えられてもおかしくないし。十分とは言えないけど、ある程度の威嚇が出来るだけでもね」
エリーとイロとで、軟禁状態のエストニアムア王国関係者は監視を行ってもらっている。もちろん二人が直接監視している訳じゃないけど。
「そんな事よりも、あの空飛ぶ金属は何なの? 私も見たけど、とんでもない大型のモノまであるじゃない。地下から発掘した物とは全く違うし、何に使うの?」
試作した戦闘機の一つは、既に郊外で飛行試験を終えている。実は爆撃機もテスト済みだけど、流石に大きさとか色々あってあまり人に見られたくもないので、密かに夜運搬して試験を行った。当然飛行などに問題は出ていない。
「小さいのは戦闘機と言って、あの大きな飛行機というか、爆撃機と言うんだけど、それを護衛するための物だよ。まあ物凄い高空を飛ぶから、魔法などで攻撃される恐れはまず無いはずだけどね。流石に実際の試験は出来ないけど、仮に僕の想定通りならエストニアムア王国の首都を三機くらいの爆撃機で更地に出来るかな?」
「それって、クラディ知っている前世の記憶から作ったのかしら?」
やっぱりだけど、イロも気になっている。ベティはエストニアムア王国の首都を更地に出来ると聞いて、紅茶を飲む手が止まっている。
「僕が前世でいた世界は、科学という物が発達した世界だったんだ。でもこの世界はどちらかと言えば魔法文明だよね? 十分な魔法使いを兵士として雇えるならまだしも、現実はそんなに簡単じゃない。だったら僕の知っている知識を元にして、比較的少ない人数でも侵略からここを守るために、言ってみれば科学と魔法の文明を融合させたって感じかな? まあ、それは正直言い過ぎな気もするけど、科学は科学で使い方次第によっては便利にもなる。今はここを守るために集中しているけど、それが一段落したら住民の暮らしに役立つような物も、どんどん作りたいとは思っている」
「その為に、えーと科学? と魔法を組み合わせたの?」
「そうだね、エリー。でも勘違いして欲しくないのは、僕はこの世界で生まれたこの世界の住人だ。前世の記憶があるとは言っても、それを全て科学で置き換えるなんて考えていないよ。効率よく出来る所は魔法と科学を組み合わせたいってだけ。言うなれば『魔法科学文明』って事かな? 基本は魔法を元にしているしね。それにそれを無理に変えるつもりもないから」
僕がそう言うと、三人はなんだか安心したように息を吐く。何で?
「少し前からちょっと疑っていたの。もしかしてクラディは魔法が嫌いなんじゃないかって。だから私達が知らない物を、どんどん作っているんじゃないかってね」
エリーの言葉に、何と反応して良いか分からない。
「まあでも、この世界が嫌いではないんでしょ?」
エリーの問いに、僕ははっきりと頷いた。
「なら、あまり無理だけはしないでね。正直最近、普段から疲れているようにも見えるわ」
自覚は無いけど、第三者から見るとそうなのかな?
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1M≒1メートル
※「≒」は近似値の事です




