第二百十話 議会発足
「あー、もう! サインするだけでも書類が山積みだよ」
僕がそんな事を言うと、新たな書類を持ってきた人が一瞬だけ立ち止まった。それでも流石にそのままという訳にはいかないので、机の空きスペースに書類を置いて深々と頭を下げると、逃げるように部屋――僕の執務室となった場所から逃げるように出ていく。
まあ、気持ちは分かるんだけどね。ここ一週間程僕の執務室はこんな感じだし。
そもそもの原因は、新しく発足する予定の議会がまるで進展していない事。議員の定数をとりあえず二十人と決めたのは問題なかったし、冷凍睡眠から目覚めさせた人達を除いた人口で、比率に合わせて議席を割り振った。当然エルフが最大勢力だけども、エルフだけの意見が通りにくいように、最初の五年間は鉱山なら鉱山の、森林伐採なら森林伐採の専門家――コボルト族やクラニス族から出すように命じている。
前世の物語とかだとエルフは森や植物に強いというイメージがあるけど、この世界では当てはまらない。特にニクラス族は僕がこの世界で生まれた頃だと犬族という名称だったけど、特にこの世界では森林に詳しい特性があったりする。もちろん全員じゃないけどね。
他にも森に詳しい種族として、今ではその数を減らしてしまったのだけど、サキュリア族――前世で言えばサキュバスに相当するのかな。彼ら、彼女らも詳しい部類。
じゃあエルフは実際どうかというと、はっきり言って植物などについては普通の素人と変わりがない。もちろん専門に勉強した人だと違うけども、種族的に木々や森、それこそ植物の加護があるかと言われたら、はっきり言ってないと言える。
じゃあ、何で議員が決まらないかというと、そもそも議会システムを理解出来ないというのが大きい。僕もしたけど、説明会を何度も開いた。それでも理解してくれた人はどうやらいない感じで、正直先が思いやられる。
こっちから議員を指名する事も考えてはいるんだけど、問題はその事で選ばれた人が『特権階級』と勘違いしてしまわないかが心配だ。何せ議員の報酬は普通の仕事よりも良いし、優先的に宿舎が与えられる。宿舎には家族も住む事が出来るし、設備は一級品。勘違いされても仕方がない要素が揃っている。
ただ、前世における日本の国会程は甘くない。何せ年間の三分の二は議会への出席義務がある。もちろん事前に許可を取ればその限りではないけども、最初から何事も上手くいくはずがない。だからこそできるだけ議論を重ねるために、長時間の議論をしてもらうつもりだ。それなりに議論の進展が効率よくなれば、もちろん議会の会期は短縮する予定だけど、それまではかなりの時間がかかると思う。こればかりは仕方がない。
そもそもここではまともな政治すら長い間行われていなかったし、元からいる人の大半は奴隷扱いだった。僕らが来ても、しばらくは自らの意思すらまともに表現できないほど、心が壊れかけていた人もいたくらいだ。
そんな事を考えながら書類に次々とサインをしていると、ドアがノックされる。とは言え、ドアその物は開いているし、単に来た事を知らせるノック。顔を上げずに入室を許可すると、何かを押している音がしたので頭を上げた。エリーと一緒に、一人のメイドさんがワゴンを押している。上にはどうやらお茶と茶菓子があるみたいだ。もう一人他にもメイドさんが付き添っている。
「クラディ、酷い顔をしているわよ? まあ、こうなる事は事前に言ったはずだけど」
確かにエリー達には、今まで僕以外していた事を僕が一人でやる事になるので、別の方法も提案されてはいた。でも、それを否定したのは僕だ。最終決定権が曖昧になると、どうしても『言った、言わない』といったトラブルになりかねない。
「分かってはいるはずなんだけどね。まあ、仕方がないかな。今までエリー達に負担をかけすぎた結果が、多分今だと思う」
僕とエリーが話している間に、近くのテーブルへお茶と茶菓子が用意されてゆく。流石はメイドさん。手慣れているって感じだ。ほんの数分でティーカップが並べられ、そこへ琥珀色の紅茶が静かに注がれる。香りからしても、かなりの高級品だとすぐに分かった。
「クラウディア様、エリーナ様。お茶の準備が整いました」
そう言ってワゴンを押していなかった方のメイドさんが教えてくれる。近くのテーブルに置かれたそのお茶からは、芳醇な香りが漂っていた。
「冷めないうちにどうぞ。リラックス効果もあるお茶でございます」
多分だけど、エリーが気を利かせてくれたんだと思う。僕はエリーに手を取られて、大人しくテーブルの所にある椅子に座った。
「私達だって何も考えていない訳ではないのよ? このお茶はここで収穫された物だけど、いくつかのブレンドで気持ちを安らげる配合を見つけたの。クラディは少しミルクを入れるとさらに良いわ。リラックス効果が高まるから」
そこへメイドさんが静かにミルクを注ぎ、軽く攪拌した。紅茶との相性が良いのか、先ほどよりも良い香りになる。
一口含むと、口の中に紅茶独特の味わいが広がり、さらにそれをミルクが引き立てているのはすぐに分かった。口当たりも良く、確かにこれならリラックス効果もあるように思える。
「少しは顔色も良くなったわね。でも、無理をしすぎてはダメよ? 領主になったからといえ、その領主が倒れたら意味がないでしょ。それと、これがクラディの言っていた区画ごとの臨時責任者。二年の交代制で構わないのよね?」
エリーが僕に数枚の資料を手渡してきた。
街は碁盤の目状に区画整理されており、通りの一つ一つに名前が付けられている。ちなみに原則として南北に延びる道に関しては植物に関する名前で、東西の道は水に関する名前。ただし一部の道――主要道路に関しては僕らの名前や元々ある土地の名前などが付けられているし、今後もその予定。それと主要道路には完成順から番号も振られている。
ちなみに最初の領都に使った名前は、事実上の領都放棄となったので、名前を再利用する事となった。
最も主要で、領主の館に直通している南北の道路は、”サヴェラ国道”と名付けており、一号線でもある。そこと直角に交わっている二号線の道路は”バスクホルド国道”となっており、途中で分岐こそするけども、サヴェラ立憲王国から他のエストニアムア王国領地へ通じる道。当然途中に検問などもあり、少なくとも身分証なしで通行は許可されていない。身分証もサヴェラ立憲王国の所属である事が基本条件。現在この地で保護しているエストニアムア王国関係者も、今いる首都アマデウスの保護地域――事実上の軟禁地域から出る事は許していない。
「議員の選出が難航しているのよね? この際だから、人数を絞るしか無いと思うわ。必ずしも良い方法とは言えないけど、今のままではクラディの負担が大きいもの。大臣と副大臣、補佐を決めて、議員に関してはこちらで予め指名している九人から始めましょう」
それは僕も考えていた事だけど、本当にそれをして良いのかずっと迷っていた。
「どちらにしても五年間は私達の意見が最優先されるのだし、議員の数は今後増やすのでしょう? なら、出来る事から始めるのが得策よ」
「大丈夫かな? あまり事を急ぎすぎている気もするんだけど……」
僕がの見終わったティーカップに、メイドさんが再びお茶を注ぐ。注がれたお茶から、再び芳醇な香りが漂ってきた。
「どんなに慌てても、今はどうしようも無いわ。そもそも住民の混乱が続いているのは明らかなのだし。救いなのは、今のところ私達に対して憎悪を向けている人はいなさそうという事ね。食糧がしっかりと確保されているし、物価も安定しているのが良い方向に進んでいるのよ。でも、そこから先に進める程簡単じゃないのよ。それにクラディが言った『立憲君主制』が十分に理解されていないという事もあるのよ」
確かに今までは王国とその関係者がほぼ全てを管理していた。少なくとも一般の住民が口出せる範囲など、ほぼ皆無と言える。当然一般の人々が混乱するのは当然とも言える。
「先行して選抜した人達で、とにかく議会を開きましょう。その上で、各区画から選んだ人達に状況を説明してもらいましょう。ある程度時間をかける事も必要よ」
確かに急ぎすぎたかも。
「私達の方でその辺は何とかするわ。クラディには……そっちの仕事があるものね」
エリーが机に積み重なった書類を一度見てから、軽くため息を吐く。近くにいなければ到底分からない程の微かなため息。
エリーは残りのお茶を飲むと、メイドさん達を引き連れて部屋を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最低限の大臣職などは、既に決定しているけども、それでも必要な全ての大臣などが決定した訳じゃない。それでもいい加減決める事は決めないと。
既に決まった大臣などを執務室に呼び、翌日に最初の議会を開く事を決定する。議員の人数はまだ九人だけども、恐らくはその九人が今後しばらくは議会の決定権を握る事になると思う。こればかりは仕方がない。
そして、一日が過ぎ初の議会開催となった。
今回は各大臣などの紹介や議員の紹介、それまでの経歴を皆に教えるに留まる。人数こそ少ないけども、自らが得意とする分野などを伝えるだけで、ほぼ一日が経過。最初出しこれで仕方がないかな? 今後はこの国のあり方はもちろん、街に関する事を色々決める事に忙しくなりそうだ。
まだこれから色々とあるはずだけど、今は議会を開く事が出来た事を第一歩と考えないとね。
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