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第十八話 本当の理由

2016/01/30 一部内容を修正しました

 謂われのない逮捕で捕まり、僕は馬車に閉じ込められて移動している。窓もないのでどこに向かっているかは分からないし、少なくとも近くの衛兵詰め所じゃないはず。乗っている時間からしても、計算が合わないから。


 馬車に乗っている間に、両腕両足に魔力を発動させない銀色の金属製の輪が取り付けられた。輪には装飾類は一切無い。仕組みも分からないし、どうやっても魔力を放出出来ないので、実際抵抗しようとしても無意味。


 暖炉に使うような火起こし用の魔法だけでなく、あらゆる魔法が全く使えない。こんなアイテムは初めて見た。正直仕組みを知りたいところだけど、さすがに教えてはくれないだろう。


 魔力を封じて魔法を使えなくしたのは、魔力を使用して魔法などでの脱走を防ぐためだろう。それに手錠なので、当然普通に戦うなんて事も無理だ。前世で見た映画のように手錠を解除出来るような特技だってないし。


 試しに何度も大規模な魔法を発動しようとしたけれど、魔法が発動する様子は全くなかった。一応魔力は発現しているみたいだけど、そこから魔法にすることが出来ない。


 監視役の二人は、僕が魔法を使おうとしているのは分かっているみたいだけど、何も言ってこない。使えない事が分かっているみたいだ。


 何より僕を見張っている二人は剣を持っている。武器を一切持っていなく、しかも後ろ手で手錠をさせられているので、防御だって無理だと思う。それに手足の枷は、馬車のどこかに繋がっているみたいだ。動こうとしても動けないのがその証拠。


 馬車に乗っていた時間もよく分からないけど、街の中をかなり走ったのは分かる。何度も曲がったのは分かったんだけど、わざと遠回りしている感じがした。場所を知られたくないのかな?


 時々左右を見ても、馬車には窓すらないのでどこに向かっているのかは全く分からない。何せ日の光すら通していない。明かりの魔石がなければ暗闇なのだと思う。


 どっちにしても、街は広いから遠くに行かれたら場所なんて分からない。前世のように交通機関が発達していたような日本ならともかく、基本的に徒歩での移動。精々馬や馬車での移動程度。一日に行ける距離なんて制限される。自宅から仕事先に行って、さらに帰るとなると、一日の行動範囲なんて本当にちょっとだ。


 そもそも馬を個人で持っている人はかなりのお金持ち。バスのような共用馬車だって安くない。乗れる人はそこそこ裕福な人に限られてくる。個人で馬車を持っているとなると、それこそ貴族や大商人みたいな人に限られると思う。


 馬車がやっと止まった。


 時計は無いので、どのくらいの時間移動したのかも分からない。外の喧噪は一切聞こえない。最後の聞こえた音は、車輪の音は石畳を通過した音。ほとんどの通りは土を固めただけなので、石畳を通るときははっきりと違いが分かる。


 上から日光の光すら入ってきていないので、日の光で時間を予想する事すら無理だ。


 そんな事を考えていると、多分違う馬車が横を通って止まった。音は一応聞こえるし、馬は多分複数だと思う。さすがにそれ以上は分からないけど。


 外で何か音がしているけど、はっきりとは聞こえない。何人も人がいるみたいだけど、会話の内容までははっきりと分からなかった。車輪とかだとそれなりの音がするけど、人の声までは中まで響きにくい構造になっているみたいだ。


 そのまましばらく待っていると、馬車の扉を叩く音がする。外の鍵や閂が外されたようで、ドアが開いた。だけどその先にはもう一台の馬車が向かい合って止まっているみたい。


 馬車の扉で左右が見えなくなっていて、ここがどこだかは分からない。しかもご丁寧に向かいの馬車へ移動するための渡り板まで用意してある。


 向かいの馬車には兵士風の人が二人と、前世でいう所の白衣のような物を着た人が一人。どれも人族みたいだ。兵士は鎧で顔まで隠しているし、白衣を着ているのもマスクとかではっきりと顔までは分からない。その手には前世でいう所の黒いアタッシュケースのような物がある。


 時間的に夜とは思えないけど、周囲は暗い。もしかしたら建物の中なのかもしれない。


 今まで乗っていたのは二頭立ての馬車だった。今度の馬車は馬の数が見えない。でもそれなりに大きな建物だとは思う。何より、見えないけど人の気配が多い。馬の足音ほどではなくとも、人の足音くらいは分かる。


 この街で大きな建物というと、領主の館や街最大の教会などかなり限られるんだけど、馬車が走った距離からは場所を特定する事など出来なかった。まあ、そもそも街全体の地図すら僕は知らないのだけど。


 そもそも、街全体の地図を普通の人は購入出来ないらしい。多分侵略を防ぐためだとは思うけど、そもそもこの街どころかこの国が他の国と戦争をしたのは何百年も前だそうだ。本当にそこまで必要なのか分からない。


 手枷足枷はそのままだけど、馬車に繋がれていた部分は外された。まあ、だからといって抵抗出来る状況じゃないのは嫌でも分かる。それに下手な抵抗をして怪我なんかしたくないし、ましてや殺される可能性だってある。


 馬車を乗り移るよう催促され、ほとんど隙間なく向かい合わせになっているもう一方の馬車へ乗り移る。渡り板はかなり頑丈みたいで、乗っても軋み一つしない。


 今度のは今まで乗っていた馬車と違い、広さが半分程だ。そこへ先に乗っていた三人がいるので、正直かなり狭い。しかも中央に金属製の椅子がある。鉄かどうかは分からないけど、金属製なのは光沢で分かる。


「背中を向け」


 言われるがまま、乗り移った方の二人の兵士に背を向ける。すると手首を縛っていたロープが切られた。


「変な気を起こすなよ? 両手を挙げながらこっちを向いて両手を前に出せ」


 もう一人の兵士が言う。同時に何か金属音がした。


 そっと言われるがままにすると、一人はこの世界で初めて目にした物を持っている。


 色は銀色。タイプは回転式。装弾数は多分六発。拳銃だ。


 生前の世界で、本物の銃を見た事がある。その時は軍用突撃銃だったが、それでも向けられれば怖かった。あの時はテロで空港も非常時態勢だったとは思うけど、それでもやっぱり実物は怖い。


 あれは超大国で同時多発テロが起きた矢先に、その国へ行った時だ。その後も国際線で外国から帰国する時、何度か似たタイプの物を見た事もある。


 モデルガンでならば、今目の前にある同じようなタイプを前世で昔持っていた。もちろんモデルガンなので、早々殺傷能力が有るわけではないけども、今目の前にしている物がモデルガンとは思えない。


 おとなしくゆっくり両手を下げながら前に両腕を出す。


 もう一人の兵士がいつの間にか手錠を持っていた。これもこの世界では初めて見る。まあ手錠に関しては生前でもドラマやニュースの中でしかお目にかかった事はないけども。それに前世では、実際に手錠がかけられた犯人には、手錠にモザイクがかけられていたっけ……。


 手錠はよく知っている二つの円が鎖などで繋がっている物ではなかった。銀色ではあるけども、手を拘束する部分が片側に五個有るようだ。五個のリングが二本の棒で接続され、その接続された部分をまたもう一つのリングと繋がっている。その直径は親指よりも太い。


 前世のロボット風アニメで、主人公の少年が付けられた手錠と似ている。まあ、あれはロボットじゃなくて、人造人型巨大生体兵器と呼ぶのが正しいのだろうけど。


 カチャリと音がして両手首に手錠がはめられる。間が鎖ではないので、手を同じ高さにしなくてはならない。縄よりも痛くはないけども、この手錠を自分で外す事は無理だろう。


 それまで付けられていた手錠もあるので、手錠がさらに増えた形だ。


「今度はそこの椅子に座れ」


 最初に見た椅子に座るよう言われた。拳銃を持っている兵士はそのまま銃口を向け、手錠をかけた兵士がもう一つ手錠を持っている。いつ取り出したのだろう? タイプは両手首に付けた五重のリングではなく、二重になっている。全く用意ばかりは素早い。


 暴れても明らかに不利だし、おとなしく座ると、両足を椅子の脚に広げられ、椅子の脚と僕の足を一緒に手錠で拘束した。動かそうとしてみたけれど、椅子は床に固定されているようで動く事はない。しかも足首と椅子の座面近くにそれぞれ付けられて、さらにそれらが馬車の床と椅子の座面の裏に固定されたみたいだ。これで下半身はまともに動かせない。


 手錠をかけた兵士がその後ろにあった袋からまた手錠を出す。今度はよく知っているタイプだ。それが二つ。


 二つをそれぞれの両腕の手首に近いところに付けると、もう一方を椅子の肘掛けに付けられた。これで立つことは不可能だ。


 さらにご丁寧に鎖を取り出してくると、椅子の背もたれと僕を鎖で固定した。全くそこまでしなくても逃げられないだろうにと思う。


 それがやっと終わると、今度は白衣を着た人が近づいてきた。マスクで隠れているけど、多分男だろう。


 僕の左横に来ると、鞄を開けた。中には色分けされた小さな瓶と、この世界で初めて見る注射器が入っている。


 僕が咄嗟に何かを言おうとすると、どっちの兵士か分からないけど口元を布で覆った。そのままかなり太いロープのような物で猿ぐつわのようにされる。


 白衣の男は注射器を取り出してから、透明な瓶をまず手にとって注射器で中身を吸い出す。


 注射器はかなり大きくて、前世で見たことの十ミリリットルよりも遙かに大きく、見た目だけだと百ミリリットルくらいありそうな気もする。容量が書かれていないので、実際にどれくらい入るのかまでは分からない。前世でも医者が使ったのを診たことがないようなサイズ。しかも針も太い。


 三分の一ほど中身を吸い出してから、今度は赤色の瓶からまた何かを吸い出して、注射器の三分の二ほどになると緑の瓶から同じ事をした。


 ほぼ注射器が満タンになって、白衣の男は注射器を数回振る。その間に兵士の一人が僕の左腕を押さえつけると、白衣の男が何かの液体を腕にかけた。前世のアルコール消毒液じゃないけど、臭いからしてアルコール度数の強いお酒だと思う。


 普通ならこのあと清潔な布で拭けばいいものを、目の前の白衣の男はそのまま注射針を差し込む。しかも明らかに血管からは外れている。


 当然そんな状態で注射器の中身を出されれば、当然それは痛みとなって僕を襲う。


 前世では一日に十回以上注射針を交換しながら注射をされたこともある。それでもそれはかなり昔のことで、針をそのままにして注射器だけを交換するようになっていったのを知っている。


 まあ、それまでに前世では散々注射針にはお世話になったので、いつからか注射器の針で痛みを感じることはほとんど無くなったっけ。筋肉注射にしても、周囲から言われるほど痛いと思ったことはほとんど無かった。


 でも今回は事情がかなり違う。前世の体でもないし、この世界で十八年以上生きている。その間に注射器があることは知らなかったので、当然今回が初めてだ。


 しかも針は血管から明らかにズレているはずなのに、白衣の男は気にもせずに中身を僕の中に入れてくる。当然痛みは激しく、もし猿ぐつわをされていなければ叫んでいたのは間違いない。それに涙も出ているみたいで、目の前が霞んで見える。


 激痛に耐えようとするけど、注射の量が多いので我慢もかなり限界。思わず唸るけど、腕を抑えられているし、多分もう一人の兵士が僕の体を椅子の背もたれに無理矢理押しつけている。


 そもそも手錠で拘束されているけど、痛みから逃げることこうも出来ないと目の前が真っ暗になる気がする。


 やっと注射が終わったのか、針が腕から抜ける感じがした。だけど痛みはまだ残ったままだ。


 声と物音がするけど、何を言っているのか、何をしているのかまでは痛みで分からない。


「すぐに薬が効き始める。もう馬車は出して大丈夫だ」


 誰かが何か言っているけど、何を言っているのかサッパリ理解出来ない。


 誰かが降りたのか、馬車が少し揺れた。涙でかすむ目に白い服が見えたので、たぶんあの白衣の男だと思う。


 ガタンと音がすると、今まで乗っていた馬車が少し動いたようだ。それでも外の様子は分からない。馬車の間に一人の兵士が入ってきて、手錠をかけた兵士が鍵を渡すのが見えた。鍵の数はほとんど見えない。


「確かに預かった。護送ご苦労。ここからは私が変わる」


 どうも背の高さからして僕が最初に見た五人とは違う。明らかに背が高い。


 何が起きているのか分からずに見ていると、先ほどの二人の兵士が僕から少し離れて馬車の壁から何かを外した。


 よく見ると金属製の格子だ。壁の両側から格子が出てきて、僕のすぐ前でその格子が止まる。


 どうにか止めさせようと思うけど、薬のせいか呂律どころか頭がボーッとしてくる。


 咄嗟に叫んだけども、手錠の鍵を預かっている兵士の口が笑っているように思えた。それに、僕自身何を叫んだのかも分からない。


 格子は上と下側でそれぞれ南京錠の大きくなったような物で固定される。最後に真ん中部分が固定された。


「板の間には鉄の板が張ってある。その手錠を外せるとは思えないが、妙な事はするなよ?」


 鍵を持っている兵士が見下げたように言ってきた。多分『おとなしくしていろ』とか、そういったことを言っていると思うんだけど、どんどん頭がボーッとして意識を保つのがやっと。


 それでもこんな事は間違っているはず。


 まだこの世界には十分な裁判制度はない。法律もちょっと曖昧。


 それでも領主から代理に指定された代官が事件などの確認をして、本当に有罪なのかどうかを判断する。一審制でしかなく問題も多いとは知っていても、その唯一の裁判すらなくこのような扱いを受ける事は許されないはずだ。


 通常は逮捕などされてから、すぐさま代官が評決を行うのが決まりで、それまでは間違っても金属製の手錠をかけられる事は無いと聞いた。


 そもそも金属製の手錠がかけられるのは重犯罪者のみ。それ以外は縄で縛るのが一般的。それに評決が出るまでは重犯罪者とはいえ縄縛りのままの筈。もちろん犯罪の種類に関係なく拘束中は近くに兵士などが複数いると聞いているけど、今の状況はどれも当てはまらない。


「精々わめいていろ。お前は代官に会う価値すらない。証拠は全てある。死刑か奴隷かは最後の尋問次第だ。まあ俺は死刑だと思うがな」


 そう言って鍵を持った兵士は馬車の扉を閉めた。明かりの全くない馬車の中は闇に染まる。


「一体何が……魔法だって使えないし、この手錠とかを外せるとも思えない。一体何がどうなって……」


 呂律が回らなく、ボーッとした状態だけど、それでも何とか言葉を繋ぐ。


 馬車の後ろにある扉が閉まって、再び中は魔石の明かりだけになった。


 馬車が走り出す。景色は当然見えないし、明かりの魔石があるとはいえ、馬車の中は暗いので不安は増す。闇は恐怖心を与える最高のスパイスだ。まあここは暗闇よりも深い深淵の闇の中。


 馬車は目的地へ真っ直ぐ向かっているようだ。途中で方向を変える事があっても、今のところ同じ所をまわっている気配だけはない。


 どちらにしろ逃げる手段がないので、これから何が起こるのか考えようとしたけど、薬のせいか眠気が襲ってくる。


 だんだんと瞼が重くなってきて……。




 どのくらい時間が経ったのだろう? 馬車はまだ走っている。


 眠る前までの話だと、すでに僕は凶悪な犯罪者であり罪状も決まっているのだろう。もちろん心当たりなんてない。


 問題は行き先がどこかだ。


 重犯罪者の行く所は二カ所しかないと聞いたことがある。街の中央にある死刑場か、犯罪奴隷の紋を刻むための施設。


 この街での死刑は何種類かある。


 罪によってその形が違っていて、一番重い罪だと手足と首にそれぞれ鉄の輪を付けられ、そこから鎖が伸びて、その先に馬などがいる。そして執行の合図と共に五方向から同時に引っ張られて体を引き裂かれる。似たような方法が、前世での古代中国にあった話を聞いたことがある。


 最も多い処刑の方法は、左右から多数の槍で串刺しにされる事。相手が出来るだけ苦しむように槍はゆっくりとしか刺さらない。串刺し刑の一種らしいけど、出血多量で死ぬか、痛みで死ぬか、内臓をグチャグチャにされて死ぬか、生きている間は槍を止めることなく続くそうだ。


 最も軽いとされるのが断頭台。本当は首が切れても少しの間だけ生きているのを知っているけど、他のから比べればまだ早く死ぬ事が出来るだろう。


 犯罪奴隷だとしても、未来はハッキリ言って暗い。


 多いのは鉱山で死ぬまで働かせる事だけど、大抵の死亡原因は落盤だと聞いた事がある。それに落盤で一瞬で死ぬ事は少ないらしい。


 掘っている所周辺は崩れなく、それまでの通路が崩れる事が多いそうだ。当然暗闇の中だし、下手に明かりを点ければ酸素がなくなる。ほとんどが窒息死だというのがその証明だ。


 この世界には酸素の概念はまだ無いみたいだけど、窒息することはかなり前からちゃんと知られている。なので窒息死の概念もちゃんとある。


 それに、犯罪奴隷のために救助する事はないらしい。他の坑道を掘り進んで、偶然遺体が見つかる事が大半だとか。なのでほとんどの場合は行方不明扱いだ。


 他にも犯罪奴隷は奴隷紋の効果が極めて高いらしく、それを利用して生きた実験台にしているという噂もある。もちろんこの場合の真相は分からない。


 どちらにしても人として扱われることなどない。特に大人の男性となれば尚更だ。


 女性の場合は少し違いがあるらしく、死刑相当の刑でも生きながらえることがあるそうだ。


 この場合は手足を全部切断され、あらかじめ捕獲された魔物と性交渉をさせるらしい。実際にそれで生まれる場合があるらしいのだけど、どこまで本当のことかはさすがに知らない。


 それに普通の人が重大犯罪を犯した犯罪奴隷となった人をその後見る事など希であり、気にも留めない。


 いつの間にか馬車は石畳の上を走っているようだ。それくらいは音で分かる。石畳が続く道は少ない。しかもかなり長い時間だと思う。車輪の音からスピードが極端に落ちているとは思えないし、揺れも多いので場所のヒントになるかもしれない。


 とはいっても、この街の事を全て知っているわけじゃない。


 そもそもこの街は人口が十万人くらいいると聞いた事がある。この社会ではかなりの大都市らしい。一般的な町は、人口が千人以下。村だと数百人が精々。場所によっては十数人という所もあるそうだ。前世なら『限界集落』なんて言われるような規模だと思うけど、この世界では珍しくないらしい。


 この街の貴族や教会の本部、街の警備隊の本部などがある所は、普通の人は近づく事が出来ない。石造りの壁で覆われていて、所々にある門には衛兵が立っている。一度だけ見たことがあるけど、少なくとも四人の兵士が門にいるし、たぶん側に詰め所だってあるはず。


 走っている場所を考えると、そういった場所に向かっているのではないかと思う。今走っているのは石畳だし、そういった所は普通の所には無いから。街全体を知らなくても、この街でそういった場所が集中していそうな場所はそこくらいだろう。


 どこに連れて行かれるのか考えていると、馬の蹄や車輪の音が周囲に木霊しだした。地下? 遠くで何かが閉まった音が聞こえたけれど、当然それが何かは知りようがない。窓が一つもない馬車で確認なんか出来るはずもない。


 馬車の速度が遅くなりだし、ついには止まった。恐らく目的地だ。問題は、ここがどこかということ。


 処刑場、焼き印の場所にしても、それらは一部にしか公開されていない。処刑に関しては、貴族や大金持ちの『娯楽』として楽しまれていると聞いたことがあるからだ。


 周囲の音に耳を澄ませても、特に何か聞こえるわけじゃない。人の声らしきものが少し聞こえるけど、あまりに微かなので内容など知りようがない。


 少しするとまた馬車が動き出す。今度はかなりゆっくりだ。もしかしたら徒歩とそれほど変わらないかもしれない。そして馬車は再度止まる。


 馬車の扉から音が聞こえてきて、少し待っていると扉が開いた。兵士が二人と白衣のような物とマスクをした者が五人くらいいる。全て人族のようだ。馬車の影に隠れているかもしれないので、全部の人数は分からない。


「こんな事許されないぞ!」


 一応言ってはみたけど、完全に拘束されたこの状況では単なる脅しにすらならない。むしろ相手を喜ばせただけみたいだ。何人かの目が笑っている。


「彼がそうかね?」


 白衣を着た一人の男性が言うと、兵士の一人が頷いている。


「とりあえず例の部屋へ。腕の手錠以外はとりあえず外し、足には重し付きのを付けておいてくれ。そうだな……重しは片足に二十フェンリだ」


 二十フェンリ……多分二十キロくらいの重さをそれぞれの足に。そんな重しを付けられては、当然歩く事は困難だ。


「足の枷は両側を鎖で結ぶように。少し太めの鎖で」


 白衣を着た男がそう言うと、男はそのままどこかへ消えてゆく。


 抵抗しようと思っても現状抵抗出来る手段が皆無だ。


 格子が開けられると先に僕の足へ足枷がはめられた。すぐに椅子からの固定が外されたけど、そのままその位置に新たな拘束具が移動して固定される。まだ重しは付いていない。


 椅子に固定されている手錠が全て外され、そのまま馬車から降ろされる。そしてすぐに重しが取り付けられた。


 結局流されるまま両サイドが兵士、前に研究者風の男が一人という形で連行? されてゆく。まるで死刑囚になったかの気分。


 場所はどこだか分からないけども、殺風景な通路で、良く磨かれた真っ白な大理石風の通路を進んでいた。床どころか天井や壁も真っ白だ。


 そもそも、この街で前世のような大理石は見たことがない。これが大理石かどうかは別としても、それだけで異様に感じる。


 たまに僕のような重しを付けた人が通った跡なのか、微かに何かを引きずった跡も見える。床が真っ白なだけにそれは余計に目立つ。


 所々に設置されている魔力灯で通路は必要以上に明るい。まるで昼間のようだ。無駄に照明が設置されているとすら思える。


 連れられている途中、誰もが声を発しない。本当なら暴れてでもここから抜け出したいけども、魔力封じされているので魔法は使えないし、手錠に足枷では相手が油断していたとしても勝機はないだろう。


 ここは無駄に暴れるよりも、とにかく状況判断をすることが何より先決だ。暴れたところで何の意味がないのが分かっているなら、今は体力温存が優先。


 通路は若干下り坂で、足に付けられた重しは幸い球状じゃない。おかげで重しが勝手に下がることこそないけども、重しは四角い箱状。おかげで歩くだけでも体力をどんどん消耗する。


 いくら体力温存とはいえ、さすがにこれは辛い物がある。いや、むしろこんな状況じゃ体力温存は無理だとすら思う。


 しばらくして部屋と思われるドアがいくつもある場所に着いた。どれも多分鉄のような金属の扉で、外側から二本の閂がある。内側から開けるのは到底無理だろう。閂以外にも鍵穴さえあった。あまりの徹底ぶりに嫌な感じしかしない。そして、こういった予感は大抵当たる。


 研究者風の男がドアの取っ手近くに何かの魔石を置くと、兵士の一人が閂を全て外した。横にスライドさせるタイプで、中からドアを叩いたところで閂が外れることはなさそうだ


 窓のない部屋で壁は全て石造り。金属の扉が一つだけあり、鍵は外側にしかない事はすぐに分かった。あの魔石は多分魔道具を用いた鍵で、さらに閂が二つある扉。当然中から開ける事は不可能だ。さらに普通の鍵まであるので、徹底ぶりが呆れる。


 中には一応魔道具の照明が一つだけあり、夕方程度の明るさはある。壁が外に面していないのか、中は特に寒くは無い。むしろ無機質な部屋の内装が精神的な寒さを覚える気がする。


 部屋の中にあるのは木製の重厚な二脚の椅子と、これまた重厚な木のテーブルが一つ。ベッドやトイレはないみたいだ。


 テーブルには陶器製の水差しとコップが一つずつあり、喉の渇きだけは潤せそうだ。当然、それを飲むことが出来る状態ならという注意書きが付くんだけど。


 椅子には当然のように固定具がある。見慣れたといったら正直僕自身の頭を疑ってしまうけど、両足用の固定具がそれぞれ椅子の前側に片側二個。肘掛けにも片側に二組同じように設置されている。


 背もたれもあるけど、その背もたれにはシートベルトのような革製に思えるベルトが五つある。二本は背もたれの両端から、また二本は椅子の座面前の両側から、そして最後に短めの物が座面の最前面中央にある。どれも先端に金属のバックルのような物があり、前世のシートベルトを彷彿とさせる。ちょっと形は違うけど、四点式シートベルトに似ている。そのシートベルトの部品なのか、テーブルには手のひらよりも大きそうな円上の厚みがある金属製の物が置いてある。


 そんな事を観察しながら前に押し出され、無理矢理椅子に座らせられた。すぐに両足が固定される。鍵は普通の鍵ではなく、魔石を用いているみたいだ。なので鍵穴が全くない。


 さらに先ほどのシートベルトで体を固定される。やはり四点式シートベルトに似ていて、座面前方中央からの物は、正面から体を固定させた。テーブルにあった緑色の宝石が付いたような銀色の円盤に、それぞれが固定される。仕組みは分からないけど、五本全てが装着されると同時に体が背もたれへ張り付くように固定された。


 それにしても、案内するのは全て人族のみのようだ。単に街の警備隊であれば他の種族もいるはずなので、この施設が異様に思える。


 研究者風の男は部屋の外で待っていて、中に入るつもりはないらしい。兵士二人が体を固定したのを確認して、一人が部屋から出て行く。同時に僕に付けられた猿ぐつわが外された。


「余計な考えはするな。どのみち逃げられないことくらい分かるだろう? とりあえず水を飲みたまえ」


 男が水差しからコップへ水を注ぐ。手はまだ固定されていないので、それだけが安心材料とも言えるけど、それだっていつまで続くか分からない。


 コップは二つあり、もう一つにも同じように注がれた。その一つは、男の手前に置かれる。


 おとなしくコップを受け取ってから、少し臭いをかぐ。見た目は透明で無臭。水だと思いたい。少しだけ口に含み、特に異常もなさそうなのでもう少しだけ飲む。


「単なる水だ。まあ、そうなるのも分かるが。さてと。色々言いたそうだが、一応聞いてやる。まあ、答えは決まっているんだが」


 そう言って男も水を飲んだ。少なくとも僕に体調の変化は出ていないし、相手も飲んだので水で間違いないともう。自ら毒を飲む人は流石にいないはず。


 相手の言葉にいらだちを覚えるけど、とりあえず『情報は力』だってどこかで聞いた。そして今の僕には情報が全くないと思う。


「普通は逮捕された場合、近くの詰め所で事情を聞かれると思いますが、ここは違いますよね? それに、どう考えても尋問をする様子もありません。そもそも僕が犯したという罪が分かりません。明らかに違法逮捕だと思います。それから、一番肝心なのは、ここはどこですか?」


 兵士は質問を予期していたのだろう。何の慌てることもなく、僕の前にいくつかの人工魔石を出した。どれも虹色に輝いている。


「これは君も知っているね?」


 人工魔石と答えると、目の前の兵士は頷く。


「君はこの人工魔石を動作不良にした。これは大切な国家資産であり、当然それを傷つける行為は刑罰の対象となる。そしてこのような状態にしたのだから、『特一級重犯罪者』容疑者となる訳だ。人を殺したという訳ではないので、さすがに殺人罪は問えないが、国家資産を傷つけた行為を見逃すことなど出来ない」


 兵士は一呼吸置いて、さらに続けた。


「当然『特一級銃犯罪』容疑者であるが、実はこの人工魔石には、魔力を与えた者の判別が可能になっている。調べた結果が君だ。証拠は揃っているので、君は容疑者ではなく傷つけた張本人。事前に周囲から調査も行っているので、言い逃れは出来ない」


「え、でもそれって、検査をしたらそうなっただけで壊した? 場合の罰則など聞いたことがありません。そんな法律はないはずです」


 中堅規模の商人の家でお世話になっているのもあり、多少は法律にも詳しくなった。その中で今回のようなことに該当する犯罪はないはず。


 そもそもこの人工魔石は最初からおかしな点があったとすら思う。


「それは君が知らないだけで、正式に法で決まっている。当然どの様な言い逃れをしようと、事実は事実。なので君には刑罰を与える必要がある訳だ」


 色々と作為的な物を感じるけど、それを十分に否定する材料がない。しかも、この世界にはまだまともな裁判は期待出来ない。刑を言い渡すのは普通の兵士でもよいし、執行するのだってそうだ。


「まあしかし、刑は『特一級重犯罪者』であるので、この場合は死刑は該当しない。その代わりに強制労働の罰が与えられる」


 当然『聞いてない!』と言ったけど、あからさまに無視された。顔色一つ変えずに。


「君はここの施設で強制労働の罪を受けてもらう訳だが、それまでには少しばかり用意に時間がかかる。なので君はこの部屋でおとなしくしていれば問題ない。どのみち君を拘束しているそれらは、到底外せるような物ではないし、君には魔力封じの対策も取られている」


 まあ分かっているけど、元々刑も決まっているし、逃げることも出来ないのだろう。いくら僕でもそれくらいは分かる。問題は『強制労働』の内容だけど。


「もうしばらくすれば迎えの者が来る。それまでここで大人しくしていたまえ。大人しくさえしていれば、ここで危害を加えるつもりはない」


「なら、こんな拘束は外してもらいたいですけど」


 兵士は無言で首を横に振った。


「それが無理な注文だということは分かっていると思うが? さて、状況の説明はとりあえず終わりだ。迎えが来るまで精々英気を養っておけ。それと、君はすでに書類状では死刑扱いだ。その意味は分かっていると思いたいが、まあ、この施設の中にいる限り、外部との連絡は一切取れない。以上だ」


 そう言い残すと、兵士は急ぎ扉の方へ向かった。非情にも扉が閉まり、外から鍵や閂の音がする。


 考えても今のところ何も出来ない。思わずテーブルに突っ伏すと、これからどうなるのか不安でたまらなくなった。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「新しい被験体ですか。搬入は何時になります?」


 神殿とおぼしき最下層にある多くの『人』が円筒形の水槽のような物で捕らえられている所に、彼女の上官が報告に来ていた。


「遅くとも三時間後だな。準備の方は?」


 男にはまるで感情と言えるような物は出ていない。それは受け答えする彼女もだ。


「準備だけでしたら一時間ほどで。そもそも、常に二つは常に準備可能にしております」


 男は少し微笑んでから、壁際に並ぶいくつもの円柱状の水槽を見上げた。


「さっそく準備を頼む。搬入はこちらで行うので、君に最終調整をお願いしたい」


「了解しました。ところで、初期の素材がそろそろ限界かと。既に回収率が一割を切っています。一部石化もしていますので、そろそろ処分を検討された方が良いかと」


 男は少し遠くにある円柱を見る、ここからははっきりと見えないが、彼女が嘘を言っていない事は元々信用している。


「では、廃棄処分の準備も頼む。人手がいるなら使って構わない」


 彼女は頷くと、それを確認して男はその場を後にした。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 再度部屋を観察する。殺風景な部屋なので、噂に聞いた奴隷紋を施す施設とは思えない。もちろん処刑場であるはずがない。


 足が中途半端に浮いている。なので足の重りをどうしても感じてしまうし、重りその物の重量は感じなくても、拘束している足枷の重量は感じてしまう。少し足が浮いているだけでも、正直足にかかる負担はかなり辛い。


 重い金属の足枷に耐えながら、何とかコップに水を注ぐ。見た目はただの水にしか見えない。毒が入っている可能性がゼロと確認したいけど、移動が長かったので喉が異常に渇く。何より先ほどまで手枷があったので、そのせいで手が若干震える。


 コップに水を注ぎ終わり、再度少しだけ口に含んだ。少なくともあからさまな毒は入っていないようだ。少量なら分からないけども。


 部屋の中に人がいないので、状況を知る術が限られる。しかも金属製のドアは窓になるような物が一切ない。


 中で何をしても分からないかもしれないけど、椅子に固定されているし、ちょっと動いたくらいじゃビクともしないのは確認済み。


「それにしても、この世界で初めて見るな……まるで実験室みたい」


 ボソッと呟いた。前世で見た映画やドラマで目にするような無菌室やクリーンルームを思わせる。まあ、壁が白いだけなんだけどね。


 これで魔力灯ではなく、蛍光灯などであれば間違いなく勘違いしたかも。この世界では科学技術はさほど発展していないみたいだし、まあ無理かなとは思う。


「多分だけど、この施設はかなりお金がかかっている。でもそんなお金をどっから調達したんだろう? 街中では大理石のような物は見た事があるけど、染みすらない真っ白な大理石状の物なんて見た事がないし……これって人工大理石?」


 そもそも見た感じが大理石に似ているだけで、実際は大理石とは違うかも。天然の大理石で全て真っ白なんて早々あるとは思えないし、板状に切り出したにしても無理があると思う。サイズが小さなタイル程度ならいざ知らず、一枚の大きさは一辺が五十ジュルくらいの正方形。もちろん魔法で加工した可能性はあるかな?


 人工的に作った石状の物と考えるのが自然かも。だけどそんな技術がこの世界にあるとはちょっと考えにくいし……。僕も色々と以前に試したけど、真っ白な石はさすがに作れなかった。


 そもそもここに来る途中に見た拳銃もそうだ。僕がこれまで見た限り、マスケット系統の銃すら見た事がなかった。そもそも火薬はどうしているんだろう? 原始的な火薬だと、確か硝石に硫黄と炭だったと思うけど、拳銃に使うとなるともう一ランク上のはず。硝石を砕いた物では限界があったはずなので、硝酸化合物――硝酸ナトリウムか硝酸カリウムを使ったみたいな事を前世で読んだ気がする。あれ、でも拳銃だと褐色火薬かな? いや、無煙火薬だったような……。専門家じゃないし、さすがに製法までは無理。


 魔法を除く武器としては剣や槍、斧、弓などだ。形や大きさの差はあっても、火薬などを用いた飛翔武器は目にした事がない。当然大砲も含まれる。


 もしマスケット系統の銃であれば弾は先込式になると思うし、当然薬莢などが開発されるのは後になる。


 でも、あの拳銃はマスケット銃とは明らかに違っていた。確証は無いけど、薬莢と弾が一体化したタイプだと思う。そもそもリボルバー式で先込式は有り得ないだろう。なら薬莢式がすでに開発されていることになる。もちろん火薬式とは限らないけどね。


「あ、でもちょっと不味かったかな? 僕が拳銃を知っているように思われたかも。何気なく反応しちゃったけど、この世界では拳銃があるのを初めて見たし、もしそれが拳銃と知らなければ恐怖心は出ないはずだし」


 それにしても何かを考えていないと発狂しそうになる。


 何もない空間にただ一人。会話じゃなくて完全に一人言。外に出る方法は無く、外に接することも出来ない。後どれくらいの時間堪えられるんだろう? こういった場合は『閉鎖空間』とでも呼べばいいのかな? 一定時間閉鎖された環境で一人となった場合に、心身的に異常を及ぼすなんて事を前世で聞いた事もある気がする。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「気になったのだが、今度の実験体はこれを知っている感じがしたが?」


 護送を担当した一人で、その責任者であるモイーズ・クレペルは、机の上に拳銃を置いてから言った。


「それはあり得ないかと。これの存在を知っているのは、ここの施設関係者だけです。そもそも実験体というか、被験体は死ぬまでここから出る事も出来ません。我々の誰かが話さない限り無理かと。何より、話だけでは恐らく信じられないでしょうし。実物を見るのと、話だけでは違うので」


 護送の時に一緒にいた白衣の男、ルジェク・コチュヴァラは拳銃を見ながら否定する。


「まあ、確かにそうだな。では、何故だろうか?」


「恐らくですが、何らかの武器とはすぐに理解出来たのでしょう。それで恐怖を感じたとか」


 クレペルはそう言われて、勘が鋭いやつだったのだろうかと思う。


「しかし、これは本当に便利だな」


 今までいくつかの試作を経て、一ジュル拳銃が開発された。正式名称は『一ジュル五〇式回転自動魔銃』となっていて、六発の金属弾を火と風の魔石を組み合わせた人工魔石で発射する。


 魔石はそれぞれのシリンダーに内蔵され、最低でも百回の使用は可能。金属弾は発射した後に入れる必要があるが、矢よりも殺傷力が高い。矢は最大でも二百ケイスほどの射程しかないが、この拳銃なら弾の材質を変える事で、最大九ケイリ――九百ケイス先まで飛ぶ。


 弾丸に使われる金属は銅や鉄、青銅など様々な物を使え、使用する魔石はそのままで構わない。鉄の弾なら飛距離は四ケイリ程度だが、一発で人を貫通出来る。銅を使うと九ケイリまで延び、九ケイリ先では貫通は難しいが、大怪我は避けられない。何より銅を使うと、弾が柔らかいためか傷口が広がる特性が確認されている。


 どの弾を使うにしても、大型の魔物でない限りは一発で倒す事も可能だ。まだ量産は出来ていないが、それも時間の問題だろう。


「今、開発局で新型を試作しているそうですよ。今度は筒が長いのだとか。弾の飛距離が伸びるそうです」


「ほう、それは楽しみだ。しかし、あまり大きすぎると持ち運びに問題があるな」


 コチュヴァラの新しい情報に、内心楽しみにしながらも、今の銃が気に入っているので、大きくなる事は気がかりになる。


「ところで、あの実験体の輸送はもう問題ないな?」


「ええ、後はこちらで処理しますので。一人兵士をお借りしますが、拘束してありますので十分です」


「分かった。何か必要なら連絡してくれ」


「ないとは思いますけどね」


 二人はそう言うとお茶を口にした。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 どのくらい時間が経過したのかも分からず、すでに頭が発狂しそうだ。そもそも時間が全く分からないのが追い打ちをかける。


 体は固定されているし、周囲は扉以外全て真っ白。誰もいないしだれも来ない。声を出しても誰も答えない。


 当然そんな環境にいれば人は自我を保てなくなってくるので、まあ、そういう事。閉鎖された空間が狭ければ、当然それは圧迫感も強くなる。広さにして精々前世でいう所の四畳程度しかない場所で、窓もないのだから余計にそう思ってしまう。


 さらに明かりも最低限で、ほぼ無音の空間。前世でこんな場所に人を閉じ込めた場合のテストをした事があるとかないとか、どこかで聞いた事もあるような。


 何も出来なく椅子に座ったままドアを見つめていると、急にドアが開いた。


 入ってきたのは兵士一人と白衣のような物を着た研究者風の人間が五人。


 兵士は黙って僕の横に立つ。腰に剣があるけど、同時に拳銃のような物が反対の腰に付いているのも見えた。


 研究者風人間は全員男。見下げた目で僕を見ている。


「ここから……出せ」


 気が狂いそうで、それ以上何も言えない。そんなに時間は経っていないはずなのに、まるで一週間くらい拘束された気分。


「残念ながらそれは無理だね。所でこれを君は見たことがあるはずだけど、記憶にないかな?」


 白衣の男がポケットから取り出したのは、最近お店へ頻繁に入荷する人工魔石だった。大きさはこぶし大程の大きな物。


「人工魔石……」


「ああ、その通り。一般には自分の魔力をここに保存して、何かの際にここから取り出し使用するとされている」


 されている? なんだか言い方がおかしい。


「しかし、この人工魔石はもう一つ役割があるんだ。分かるかな?」


 この人は一体何を……。


「販売店にもそうだが、購入者の魔力測定をこれは兼ねている。もちろん専用の道具が必要だが。さて質問だ。なんのために魔力を測定していると思うかな?」


 魔力測定? そんなのは普通に専門の病院で検査を受ければ良い。言っている意味が不明だ。


「これはね、特に膨大な魔力を持つ者を特定するために作っているんだ。ほとんどは小さな魔力しか吸わないように出来ているが、ワザと膨大な魔力を吸う物を混ぜている。そしてそれはどこで売られたか、どこにあるのかすら分かるように細工されている。当然使用した者が誰かも特定出来る」


「なんでそんな事を……」


「魔力が高い者を見つけやすくするためだよ。本来これらを販売する時は販売前にテストをしないよう伝えてある。ところが君のいた店では守られていなかったようだけどね。しかしそのおかげで君を見つけることが簡単にできた」


 仕組まれていた? でも何のために?


「この街では色々な所に魔力を用いた物が使用されているのは知っているだろう? 身近な物だと魔力灯だ。夜になると自動的に点灯しているように見えるが、実際は外の様子を見ながら担当者一人がスイッチ一つを押だけで全てが点灯する。自動化したいのだけども、中々それが難しくってね」


「なぜそんな話を僕に?」


 人が増えてきて、やっと圧迫感から多少解放された。それでも何故か言葉を出すのが辛い。


「君は、魔力灯に使われている魔力は、どこから供給されていると思う?」


 え?


「魔力灯に……魔石が内蔵……されている……のでは?」


 そう考えるのが自然だ。実際魔力灯の魔石を交換している光景を目にした事がある。


「それは正解のようで、正解ではないね。確かに以前は魔力灯に天然の魔石を使用していた。しかし、今はほとんどが人工魔石だ。この街の七割は、すでに人工魔石を使った魔力灯に切り替えられている。君も知っているように、人工魔石はあらかじめ魔力を供給しておく必要がある。さて、その魔力はどこから供給していると思う?」


 さっきから質問ばかりだし、そもそもそんな事を教わりに来たんじゃない。それに僕は訳も分からずに連行されたんだ!


「魔力灯は、魔力が高い者から供給されている。地下に専用の魔力ケーブルを使用してね。それだけじゃない。魔力機関車など色々な所に魔力を供給している者がいる」


 魔力機関車の仕組みは知らないけれど、少なくともちょっとやそっとの魔力で動くとは思えない。


 それに、モノってどういう事だろう? 専用の機械みたいなモノ? 人工魔石から人工魔石へ魔力を移動するなんて、聞いた事もないけど。


「まあ、魔力機関車の中には、大容量高出力の人工魔石を搭載しているんだけどね。でもその人工魔石には、膨大な魔力を供給しなければならない。魔力が高いとされているドラゴンが、何頭も必要な程にね」


 そんな魔力をどうやって……。魔物としてのドラゴンを倒した所で数は知れている。街の外に住むドラゴンの魔石を使用したとしても、年間に死ぬドラゴンなんてほんの僅かだ。彼らは寿命が長いしそもそもそう簡単に死ぬ種族じゃない。


「君をここに連れてきた理由を教えてあげよう。君はこれから人工魔石に魔力を供給する生体供給源となってもらうためだよ」


 そう言われた瞬間、後ろから首筋に何かが当てられ、電撃のような物が走り……。

2015/05/26 内容修正しました。


距離単位目安

ジューク→1ミリ

ジュル→1センチ

ケイス→1メートル

ケイリ→100メートル

ガント→1キロ

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