第百九三話 再びアマデウスへ
2017/09/12 誤字の修正を行いました
2016/12/18 23:42
冒頭のサスペンション関連に、追記を行いました。
「これ、凄いわ……」
ベティ達と一緒に、僕らは一路アマデウスに向かう。
一応ベティや同乗している人達には、今回加えたサスペンションモドキ? の説明はした。実際にタイヤを使った反動吸収を目の前で見てもらったりして、技術者の人はかなり驚いていたしね。
それで開発意欲が湧いたのか、すぐに今回の改良を元にした本格的なサスペンションを研究するらしい。
子供達は僕が作ったベッドの上で、スヤスヤと眠りについている。車体に取り付けたバネなどの効果もあるけど、ベッド自体の効果でさらに振動が少ない。
僕とベティは、もう一つ用意したエアクッションと鳥の羽を使った椅子に腰掛けている。鳥の羽の下にエアクッションがあるので、適度な柔らかさがありながら、振動も最小限だ。
ロカーニャと呼ばれる鳥の羽を使ったんだけど、一応魔物に分類されている。ただ、草食なので比較的安全に狩りやすく、数もそこそこにいるので、ちょっと高級品ではあるんだけど、貴族やそれなりの商人などはベッドのマットレス素材として使用しているらしい。一部には剥製として飾っている人もいるのだとか。
ロカーニャの羽は外側が茶色いらしく、内側は白いそうだ。そして内側の羽が特に柔らかく、二種類の羽を積層構造にするとクッション性が高まると聞いて作った。
ロカーニャは食用としても流通していて、こちらは羽よりは若干価格が安く、少し高価な鶏肉として市場に出回っている。主に購買層は貴族や成功した商人が多いらしいけど、少し無理をすれば一般の人達も買えるそうだ。
僕らが座っているのは魔道トラック運転席のすぐ後方。時間がなかったので運転席にはすぐ行けないけど、窓を取り付けたので指示などは出来る。そんな僕らがいる後方には、荷台の両横に対面する形で座席を設けている。
そちらの椅子にはハタオオバムという鳥の羽を詰めた物が使用されていて、この鳥は黄色い羽が多いらしいけど、他の色もあるらしい。ハタオオバムは魔物ではなく、比較的広範囲に生息していて、特に肉の方はそれなりの価格で取引されているらしい。羽は若干高級らしいけど、それでも何とか庶民でも買える値段なのだそうだ。なので庶民の高級ベッドの素材として売れるらしい。もちろんクッションのように使うことも多いと聞いた。
トラックの後部両側だけだと中心部分のスペースが無駄になるので、木箱が置かれている。中にはアマデウスで使用する予定の工具などが入っていたり、その他いくつかの食糧も入っている。食糧は現地で一応は調達できると聞いているけど、それでも穀物類は現地調達はまだ無理なはず。なので今回は小麦などを挽いた物を主に入れた。
その木箱の上にハタオオバムの羽で作った厚手の敷物が置かれ、そのままそこに座っている人もいるけど、流石にそっちは備え付けの椅子より座り心地は悪そうだ。それでも普通の魔道トラックから考えれば、快適と言えるらしいけどね。
「流石にこれはそんなに量産できないけど、僕としては病人を運ぶ時に使えるかなと思っているんだ。振動が激しい乗り物に、病人を乗せるのはちょっとね」
「そうね。確かにクラディの言う通りね」
そう言ってから、ベティは僕の肩に頭を預ける。ベティの髪の香りがして、ちょっと役得? 最初はかなり不安に思っていたみたいだけど、今ではそんな様子も無い。
ちなみに他の人たちが乗っている場所とは、一応カーテンで仕切られているので、直接は見えない。別に変なことをするつもりもないし、いざという時はすぐに対処できるようにカーテンとした。
もちろん後部の座席にはベティお付きのメイドさん数人と、騎士が乗っている。他は男性作業員がほとんどだけど、流石に彼女らに手を出すような無粋な事はしないみたいだ。そもそも一緒に乗っているのは作業員とか、そういう人達で、力ではとても敵わないみたいだけど。
「エリーとイロは大丈夫かな? エリーの所には子供達がいるけど、イロの所は誰もいないし……」
天井を見ながら、二人のことが急に気になった。特にイロはここしばらく一人だ。
「クラディのバカ。今だけでも、私だけを見て……」
ベティが顔を上げて僕を見る。その顔は悲しそうで、同時に頭の耳が両方とも下がっている。こんなベティを見たのは初めてかも。
「ご、ごめん。でも、あの二人だ――」
僕が言い終わる前に、ベティが自らの唇で僕の口を塞いだ。思わず驚いて、どうしたら良いのか分からない。
少ししてから、やっとベティが唇を離してくれる。
「今、今だけは私の事だけ考えて。お願い」
ベティの目には、涙が溢れんばかりに溜まっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アマデウスに到着する少し前に、やっとベティが落ち着きを取り戻す。子供達は起きているけど、今のところ問題は無い。
作業員の人達から降りて、最後は僕らが降りる。ちなみに元々魔動トラックの高さがあるため、臨時に乗降用の階段を一緒に持ってきていた。ベティ達がいなければ梯子でも構わないかもしれないけど、流石に今回はそうも言っていられない。
ベティ達よりも僕が先に降りて、周囲の様子を伺う。前に作った? 石切場は、遠くにだけどまだかなり残っている。そもそも作業員の数すら足りないんだと思う。
新しい屋敷の建設予定地を見ると、どうやらイロらしき人影が見えた。どうやら天幕らしきものの中にいるみたいだけど、四隅に柱を立てているだけなので、こちらからは普通に見える。何人かの人と一緒にいるみたいで、当然護衛の騎士らしき人影もある。
「ベティ、大丈夫?」
ベティの方を振り返ると、ちょうどトラックから降りたところ。三男のヘンリッキを腕に抱えている。他の二人――四男のヨエルと四女のタイナはそれぞれ別々のメイドさんが抱えていた。
魔道トラック改造バスを見せた時、最初はベティが三人とも抱えると言っていたんだけど、実際に階段を見せると大人しく一人だけにしてくれたのは、正直ホッとした程だ。いくら階段を付けたとはいえ、赤ちゃんを抱えて簡単に登れるような程緩い勾配ではない。一人くらいならまだしも、二人ともなればまず難しいと思う。
そういえば今回改造した魔道トラックは幌を張っただけで、前世で言えば戦争映画にでも出てきそうな兵員輸送用のトラックにそっくりだ。流石にこれは色々と無理があると、今さらながらに思う。
「ここがアマデウス……」
ヘンリッキを抱えながら、ベティが周囲を見渡している。まだ何も無いと言っても過言じゃない場所だけど、いずれはここで生活することになる。
「思ったよりも広いわ」
「そうだね。一応町の規模としては、サヴェライネンの二倍くらい広い敷地を確保しているらしいよ」
ただ、今のままだとまともに建物が建つのが何時になるんだろう……。
「あそこにイロがいるみたいだから、行こうか」
ベティがヘンリッキを左手でしっかり抱いてのを確認してから、僕は右手を取った。
この世界では常識だけど、赤ちゃんどころか前世でいう所の五歳児くらいまでの大きさなら、片手で抱えているのは珍しくない。むしろ両手で抱えてさらに背中に一人背負い、三人もの赤ちゃんと一緒にいる人もいるくらいだ。そうしながらほとんど手先だけで買い物をする人がいるのだから、こっちの世界でそれが当たり前と気が付くまでちょっと時間がかかったくらいだ。
そんな事を少し思い出しながら、イロのいる所へと向かう。イロには行く事を伝えているはずだけど、こちらに気が付いている様子は無い。それよりも何か図面のような物をみながら、周囲の人達と考え込んでいるようにすら思える。
ベティを見ると、何だか不安そう。少なくともトラックとかそれなりの音がするのに、気が付かなかったとは思えないし、ベティの不安も分かる気がする。
確かに重機と呼べる物が無い世界だけど、それでも魔法でかなりの部分を補っている。なのに前回訪れてからさほど進捗がない気がする。何かあったのかな?
少し不安になりながらもイロ達のいる天幕に入ることにした。
天幕に入るとすぐにイロの所へ案内され、イロとベティが久しぶりの再会を喜んでいる。何はともあれ、ベティを連れてきたのは良かったかも。
「どうかしたの? 前に来た時と、さほど変わっていないみたいなんだけど?」
「そうね。説明しないといけないわ。ベティ、少しごめんなさい。夜になったら、みんなで食事にしましょう。ライポルト、お願いできるかしら?」
天幕の中にいた数少ないクラニス族の従騎士に、イロが声をかけた。従騎士の場合は正式な装備を一通り渡しているので、見た目で分かる。まだ比較的若い男性だ。見た目だとポメラニアンみたいなフサフサの白い毛で、正直可愛いとすら思える。本人に言ったら怒られそうだけど……。
ベティと子供達、メイドさんなどが天幕を後にした後、イロは深刻な顔をして僕を見た。一体何があったんだろう?
「足りないと言えば、はっきり言って全て足りないわ。何よりも建築関係が壊滅的。元々ここにいた人達は他の領から追い出された人達でしょ。一応前に建築やその他の仕事をしていた人達もいるのだけど、最低でも三年、長いと十年以上そういった仕事をしていないの。本人達も言っていたけど、簡単な作業ならまだしも、本格的な作業となると無理らしいわ」
「そこまで酷いの?」
「単に木材や石を積み上げたり、ちょっと加工するなら出来るわ。でも、そこからきちんとした家を作るとなると別らしいのよ。それに木材もだけど、石材を加工できる人も不足しているわね。正直お手上げよ。今のままだと、せいぜい小屋を作るのが精一杯。石材で家を作るなんて、そもそも不可能と言って良いわ」
まさかそんな事になっていたなんて……。
「それに、もう一つ問題が出てきたの。まだ確認が取れていないから調査中なんだけど、どうやら魔物が増えているらしいわ。原因は不明よ」
「魔物が?」
「可能性として考えられるのは……」
一緒に天幕にいた女性近衛従騎士でエルフのヘルッタ・コスティアイネンさんが言い辛そうにしている。前の遺跡探索の時に一緒に来た人だし、信頼できる人だけど、何かあったのかな?
「あくまで個人的な意見としてお聞き下さい。遺跡で溜まっていた魔力を放出することになりましたが、もしかしたらそれが原因かもしれません。今までこのような事がなかったことを考えれば、他に説明がつかないのです」
言われてみれば、確かにその可能性はある。
「木々の伐採や、奥地の石材を確認するのに護衛は付けておりますが、魔物が増えればそれだけ危険が増えます。当然安定した資材の確保も難しくなることが予想されます」
ここに来て、まさかそんな事になるとは思わなかった。影響があったとしても、もっと長い時間をかけてだと思っていたし。
「それからね、もう一つ悪い知らせがあるの」
イロはそう言ってから大きく溜息をついた。
「ここから少し離れた所……と言っても、徒歩で行ける距離なんだけど、地下に何かがある可能性があるのよ」
「地下に?」
「ええ。偶然地下をあなたから教えてもらった魔法で調べていた人が報告してくれたんだけど、何か巨大な物が埋まっている可能性があるわ。金属だとは思うのだけど、それ以外は分からないそうよ」
まさか、そんな爆弾発言まで飛び出すとは、正直驚きを隠せずにいた。
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