第十六話 人工魔石
2016/01/30 誤字等の修正を行いました
2015/05/09 内容等修正しました
「売り上げは順調なんだけど、奇妙よねー」
伝票を確認しながら、ユリアさんが首をかしげている。
確かにここの所入荷が多い人工魔石は、何だかおかしいと思えるところが多い気がする。入荷する量もそうだけど、それに伴う利益がとんでもない。
元々問屋からは『これで製造元の利益は出ているの?』ってユリアさんが言うくらいに、仕入れ値が低い。販売額が刻印銅貨五十枚と先方から指示されているので、その通りに売っているのだけど、入荷する際は一個銅貨五枚。実質的に刻印銅貨四十九枚と銅貨五枚が利益になる。
しかも店頭に並べても不良在庫となることすら無く、むしろ入荷待ちの札を掲げている事もあるくらいだ。
当然チェックは僕らがしているのだけども、一回の入庫数が一千個を超えたときはさすがに驚きを隠せなかった。
どうもユリアさんが言うには、チェックをしないで販売していいと問屋から言われているらしいのだけど、それはそれで無責任になるのでチェックは全部している。なので僕なんかチェックしながらナィニーの仕事をしていた事もあるくらい。そうでもしないと追いつかない。
最初の奥さんでもあるユリアさんが、この店の経理を今は一手に担っているので、ユリアさんの存在はこの店にとって必要不可欠。前は店主であり経営者でもあるユリアさんの夫、オラリスさんが全部やっていたんだけど、扱う品物や量が多くなってきたので、今では役割分担をしている。
一応チェウスさんとニーニャさんも会計の勉強を始めているけど、そもそもニーニャさんは元奴隷という事もあって文字の勉強からしなければならない。チェウスさんは文字は読めても計算が不得意。
そんな理由でチェウスさんとニーニャさんに僕が色々教えていたりもするんだけど、この街の会計には税金だけで何種類もある。
税金一つ一つは些細な数値でしかないのだけども、それが積み重なるとハッキリ言って奇怪な計算になってくるのが最悪だ。
一つだけ救いと言えば、毎月の売り上げに対して全体に税金がかかるので、一つの物単位で計算しなくても良い所かもしれない。それでも税金に種類があるので、根本的な解決じゃ無いけど。というか、多重課税が当たり前のようになっているのはどうかと思う。
「それにしても、今月も魔石関連が大量に売れているみたいですね」
会計を教える以上、実際の伝票を元に教える事が多くなる。本当なら立場的に僕が見るのは良くないのだけど、他に教材となるような物がない。本来なら教本が売っているのだけど、『実物があるのだからそっちで代用して』と言われたときには耳を疑った。なので自然と原本を参考にしながらって事になった。当然会計伝票を僕が目にするわけで、本来なら関わるはずのない事まで関わっている。もちろんお店の秘密になるような事は一切喋っていないし、そもそも話す気も無い。
「そうなのよ……日用品だけでも十分採算は出ているんだけど、ここ数ヶ月は魔石の売り上げが異常なの。まあ利益が増えるのはありがたいんだけどね」
利益が増えれば、僕らへの給金にも直結してくる。
この世界では『ボーナス』の概念は原則ないのだけども、あまりに大量に売れる魔石のおかげで『臨時給金』を僕らは受け取っているのだ。おかげでお金には不自由しなくて済むけど。
「そういえばクラディ君、お金をどうしているの? 手元にはあまり置いていないようだけど?」
確かにお金はあまり手元に置いていない。別に無くてもほとんど困らないってのもある。
前よりも胸が小さくなったので、下着を含め服も以前もっていた物を着る事が出来るし、ここしばらくは身長もあまり伸びていない。一応お店に出るときは前掛けとかをしているけど、それはお店から支給されている物だし、そもそも普段着は以前に購入して着れなくなった服をまた着る事が出来るので、そっちにもお金はほとんど使わない。
やっぱり胸のサイズが小さくなった事はかなり大きい。おかげで着る物もだいぶ余裕がある。前なら大きいサイズしか買えなかったし、そういった物はそれなりに値段も高いから。
「ほとんどは実家に預けていますね。あまり手元に置いていても不用心ですし、まさかお店の金庫というわけにもいきませんから。それに仕送りという面もあるので」
実際に給金でもらっているお金は、三分の一を仕送りとして渡している。『もっと少なくっていいのよ?』ってお母さんからは言われているけど、今の給金は一ヶ月に銀貨一枚と刻印銅貨七十五枚。刻印銅貨は百枚で銀貨一枚となるので、個人の給金としては破格だ。何せ銀貨一枚あれば普通の家庭で二ヶ月分ほど暮らせるのだし。
だいたい働いているところの金庫にお金を保管してもらうのも変だと思う。他の働いている人たちの倍以上もらっているのが現状で、僕だけ贅沢をするのも何だか変だと思うし。なので手元には刻印銅貨五十枚から七十五枚程度しか置いていない。それでも多いくらいだ。
「クラディ君のご実家は確か魔法塾を経営していたわよね? 生活が厳しいとは思えないのだけど?」
魔法関連を教える所は少なくないけども、やっぱり実力者が経営している所が人気になる。そして母さんはかなりの実力者だと言っていい。魔法と魔術両方の上級を教えられる人は少ないからだ。召喚術も実質的には上級に近い実力がある。
「ええ。お金の面では苦労していないと思います。まあ、僕なりの親孝行ってやつです」
とはいえ、魔法関連の書物はそれなりに高額な物も多いらしい。なのでそっちを充実させてもらうためにも仕送りしている。
「いい息子さんを持ったものね。クラディ君がもっと魔力のコントロールさえ出来れば、冒険者としても一流として活躍出来そうだけど、やっぱり難しいの?」
「おかしな話ですが、初級魔法を扱う方が僕には難しいんです。もっとコントロールの勉強もしてみたいのですが、この街ではどうも限界らしくて……」
魔法や魔術の使い方で、効率よく中級や上級のコントロールを教えてくれる所はあっても、その逆は事実上この街にはない。王都に行けばあるかもしれないけれど、さすがにそこまでのお金はない。
「正直残念だと思うわ。もっと別の使い方があれば色々出来ると思うのに」
ユリアさんが羽根ペンを置いてから僕を見た。
「私は魔法に関しては素人同然だけど、クラディ君程の魔力があれば色々と私は出来ると思うわ。かといって私もそこまでの人脈はないし。でもいい人が見つかったら紹介してあげるから」
「有り難うございます。それより終わりましたか?」
「ええ。今終わった所。全くここの税金には文句言いたいわね。計算が面倒で仕方ないわ」
そんな事を言いながらユリアさんが苦笑した。
「ああ、それと今月も臨時給金が出るわよ。今月はとくに頑張ってくれたし、クラディ君には銀貨十枚ね。他の人には内緒よ?」
銀貨十枚と聞いて一瞬手元が止まり、ユリアさんを見る。その顔には『黙って受け取ってね』と書いてあるように見える。
「いつまで続くかは分からないけど、さすがに人件費として計上しないと税金が面倒なのよ。あと、来月にお店の一部を改装する予定。これは後でみんなに話すわ。それでやっと税金の額を目標額に抑えられるのよ」
ユリアさんは苦笑していて、思わず僕も苦笑してしまった。
原因は人工魔石なんだけど、この世界でも法人税にような物がある。違うのは赤字でも税金を取られる事。一番なのは従業員への給金などを決めた後に、残りの利益を三割程度にすることらしい。そうすると大体が一番税金が低くなる。二割を割っても四割を超えても税金が高くなるので、三割に出来るだけ近くすることが重要。
本当に税金ってどの世界でも面倒だと思う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数日後、またお店に大量の魔石が納品された。
一般的な使い捨ての魔石はもちろんだけど、最近は繰り返し使用出来る人工魔石の納品が増えている。
「また人工魔石ですか……正直個人的にはあまり触りたくないです」
以前魔力を吸われて気を失ってから、人工魔石についてはなんだか拒否反応のようなものが芽生えている。それに大量にあるとそれだけで嫌にもなる。
「仕方ないさ。これも商売だ。クラディ君はとりあえず普通の魔石を並べといてくれ。人工魔石は検査しないといけないからな」
お店の主人でもあるオラリスさんが、納品された箱を見ながら顰めっ面をしていた。
通常の魔石は、手に取った人がその容量や高価をすぐに判別出来るので検査の必要がない。その人にあった魔石が売れてゆく。
しかし人工魔石については一度検査をしないと動作不良がそこそこあるので、検査は必須だ。当然無駄な時間ばかりかかる。
「では先に魔石を並べておきますね。あと、午後から日用品の搬入もあると聞きましたが、時間は分かりますか?」
「いや、それがハッキリしないんだ。こっちとしては日用品がメインなんだから、そっちを先に納品して欲しいんだけどな」
オラリスさんは少しばかり苦笑していた。
「人工魔石は俺の方で運んでおくから、魔石の方は頼む」
そう言ってオラリスさんが人工魔石の入った木箱を二つ程両手で抱えると、お店の中に消えてゆく。
「さてと……仕事、仕事」
魔石の入った木箱を開封しながら、それぞれの属性にあった棚やケースに入れてゆく。慣れた作業だけど、量が多いので時間がかかりそうだ。
結局魔石を補充するだけで夕方近くになった。入荷した木箱は魔石だけで二十箱。大きさが揃えられずに木箱に入っているため、それを大きさ別に仕分けするだけでも大変だ。
別に大きさが魔力保有量と関係している訳じゃないけど、小さい物ばかり好む人とか、大きな物を好む人がいたりする。なのでだいたいでも大きさを分けておくだけで、普通に置くよりも売り上げが跳ね上がる。ちなみに小さい物は冒険者に人気らしい。人工魔石よりも魔力を補給するのが楽だと聞いた。
そして結局、日用品の搬入は来なかった。夕方になってこなかったら、まず今日はもう来ないと思う。前世の日本と比べるのが間違っているのかもしれないけど、時間通りに物が配達されることの方が少ない。
日用品自体はまだそれなりに在庫があるけど、決して安心していい量じゃない。数日は問題ないとしても日用品はお店の主力商品。まあ最近は魔石の方が売り上げが多いのだけど、魔石に頼った商売をするつもりはないらしい。
「ニーニャさん、お店番頼みますね。子供達と人工魔石の方を見てきます」
現状乳離れした子供達は、今は大きな手間はかからない。でもそれが僕のメインの仕事ではあるし、そういった契約がある以上放置する訳にはいかない。ナィニーの仕事には子守も含まれるのが大抵だから。
僕がお店に出ている時は、原則ニーニャさんが子供達の面倒を見ているけど、最近はお店が忙しくて両立が大変だ。
もうすぐ新しい子供達が生まれるけど、それまでは今の子供達の面倒も見なければならない。仕事は増えるばかり。その分給金は少し増えたけどね。
その上人工魔石の点検もあるので、このところ夜まで仕事が伸びている。その分お給料も上乗せしてくれるから文句も無いし、子供達が邪魔にならない程度に話しかけてきたりもして、それはそれで楽しみだったりする。
「分かったわ。ご苦労様。後は任せて」
ニーニャさんの笑顔にちょっと癒やされながら、住居の方へ急ぐ。子供達ももちろん心配だけど、人工魔石の方も心配だ。このところ心配の種が増えて正直困惑しているのが実情。
「みんな調子はどうかな?」
子供部屋を見渡すと、それぞれ読書や玩具で遊んでいた。この状況だと安心出来る。
「あ、クラディさん。お店のお手伝い終わりましたか?」
一番の年長者であるオルビット君が気がついたようだ。手に持っていた本を畳むと、周囲の他の子を気にしていた。
「うん、お店の方はね。みんなは大丈夫?」
「はい。僕たちは大丈夫ですよ。何かあったら呼ぶので、他のお仕事を優先して下さい。大丈夫だと思いますけどね」
さすがはオルビット君。最年長だけあって他の子供達の面倒も問題ないようだ。
「うん、分かった。でも何かあったらすぐに伝えてね? 遠慮なんてする事ないからね? じゃあ僕は人工魔石の検査を手伝っているから、何かあったらよろしく」
そう言って子供部屋を後にする。オルビット君はすでに他の子達を任せるのに十分だ。もちろん不安はあるけど、早々間違いが起るとも思えないし。子供が子供の面倒を見るのも、ある程度の年齢に達したらごく当然。
「はい、分かりました。そういえば今度、簡単な魔法とかで良いので教えて下さい」
「うん、いいよ。使えると便利だからね。でも無理だけは駄目だからね?」
「もちろんです。お仕事頑張って下さい」
オルビット君は魔力も普通より高いみたいだ。きちんと教えればそれなりの魔法や魔術くらいは扱えると思う。
「じゃあ後で。時々様子を見に来るから」
そう言って僕は部屋を出る。ちなみにさっきの部屋は娯楽室。早い話が子供達の部屋だ。
お店の売り上げが良くなって、更に都合良く隣の家が空き屋になった。そこを買い取り店舗と住宅部分を増築。特に店舗部分は以前の二倍以上広くなった。
さらに住宅部分も広くなり、部屋が五つ増えた。一つはおおよそ二十畳くらいある。他三つ部屋も八畳くらいの広さだ。その部屋の一つを娯楽室として使っている。将来は子供部屋に変わるのだろう。
向かった部屋は増築で作られた人工魔石の検査室。おおよそ四畳くらいの広さ。それでも入荷する人工魔石で手狭く感じることもある。みんなまさかこんなになるなんて思っていなかったみたいで、僕も含めて驚きを隠せない。
以前まではお店の片隅で検査していたけれど、この前の教訓から検査は別部屋が用意される事になった。さすがにお客さんの前で気絶とかしたら問題になるし。
検査室にはすでにパセットさんがいる。左手側には未検査の人工魔石が山積み。右手には検査の終わった人工魔石が、大きさ毎に並べられている。彼女の正面には何個か弾かれている人工魔石があった。多分異常がある物だろう。
「調子はどうですか、パセットさん?」
「あ、クラディ君。お疲れ~。お店の方終わったの?」
「ええ。品出しだけですけどね。魔石ばかり多くて困っちゃいますよ。なのに注文していた日用品が届かなくって。まだ在庫はあるので大丈夫みたいですけど、オラリスさんも苦笑していましたよ」
「そりゃそうよね。このお店は基本日用品を売っているお店みたいだし、魔道具もそれなりにあるけど高級な物じゃないわ」
「分かるんですか?」
「多少はね。一応外で発掘調査とかしてたから、魔道具のお世話になる事は多かったわ。調べるのに魔法を使う方法もあるんだけど、魔力の問題とか効率を考えると魔道具の方が楽なの」
確かになんでも手作業だと時間もかかりそうだし、かといって魔道具はそれなりに値段もする。要所要所で使うんだろう。
「なるほど……魔法や魔術が使えればそれでいいって訳じゃないんですね」
「もちろん魔法や魔術も使うわよ? 魔道具では調査できないところもあったりするから。でも使える所は使う。臨機応変にって所ね」
パセットさんはニッコリと笑ってから作業を再開する。
「魔法や魔術の訓練は良くしましたが、魔道具に関しては今ひとつなんですよね。あ、もちろんこのお店にある物は分かりますよ? でも冒険者とかハンターが使う魔道具とかになると、やっぱり別なんでしょうね」
「確かにそうね。大きな魔道コンロなんて持ち歩けないし。出来るだけ軽く、かつ効率よくが求められるわ。それに、あなたの場合は純粋に魔法や魔術を学んだ方が良いかもしれないわね。それだけの魔力があるなら、下手に魔道具を使うと壊しちゃうから」
「はは……やっぱりそうですか」
ちょっぴりショックだけど、それは分かっていること。
「貶しているとかそういう事じゃないのよ? 実際私個人としては羨ましいもの。まだまだ大人になって間がないし、コントロールさえ出来るようになれば使い道は無限よ?」
コントロールか……それが出来ないから困っているんだけどね。
「そう言ってもらえると助かります。ところでそのどけてある人工魔石は不良品ですか?」
大きさは色々あるけど、十数個程箱にも入れられずに人工魔石が放置してある。最近はサイズがいくつか増えてきた。
「ええ。テストするだけなら少し魔力を供給すれば分かるんだけど、そこにあるのは反応がなかったり吸う力が変に強いものばかり。向こうで出荷する前にテストして欲しいわね」
「僕が試しても?」
「構わないわ。普通の人でちゃんと使えなかったら、売り物にならないし。返品する時に何が問題なのか分かれば、それを付け加えて送り返せるもの」
実際そうやって送り返しているけど、それで送り先の態度は変わっていないみたい。今でも人はこの中に数個は確実に混じっている現状が何より物語っている。
少し大きめの魔石を一つだけ取り、そこに少しずつ魔力を流した。
「反応がありませんね。せめてこれくらいはきちんと調べて欲しいですよ」
「こっちも試してみて。これはかなり強引に魔力を吸う感じだったから。でも気をつけてね?」
渡された魔石は親指程の長さ。人工魔石としては標準サイズだ。
「どれどれ……って、これ不味いですよ。一瞬魔力を通しただけで、ゴッソリ魔力を吸われた感じです」
魔力を吸った人工魔石は、淡い水色をしていた。途中で魔力の供給を止めたので良かったけど、止めなかったら前みたいに失神していたかも。最近になって人工魔石へ魔力を補充する方法を試してみて、おかげで止め方も分かった。
「やっぱり……。でも大丈夫? 魔力を使いすぎると疲れちゃうでしょ?」
「いえ、大丈夫です。魔力の量としてはまだまだ余っていますから」
「良かった。じゃあ、他の欠陥品も調べてもらえるかしら? 無理はしないでね」
僕ら二人はそうやって人工魔石の検査を続ける事になった。
それにしても、ちゃんと検査した物を納品して欲しいと思う。まあ、これって僕が前世で日本人だったからかもしれないけどね。




