第百六九話 資源がいっぱい? 邪魔な物がいっぱい?
壁の解体作業を始めて三日目。今のところ、一番外側の壁しか変化はしていない。
それでも事前に作った道を広げる作業は必要だし、しかも鋼鉄なのでいくら魔法で切断出来ると言っても、一度に出来る範囲は限られる。
「クラウディア様、あと一M広げれば、ここは大丈夫です。何とか今日中に作業を終わらせましょう」
「一Mねぇ……」
切り出した鉄板の移動を担当している作業員の人にそう言われるけど、長さ二十M、幅十C、厚さ三Mで切り出した後に、それを長さ二M、幅一Mに再度切断しないといけない。つまり一度切り出した鉄板を、さらに三十個に切り分ける訳で、それをあと一Mの幅分切り出すとなると、総数で三百枚の鉄板を作る計算になる。しかも最初に切り出した長さ二十Mの鉄板を細かく切り出す場所に移動しないといけないので、それだって時間がかかる。一枚の大きな鉄板を三十枚に切り分けるのだって、当然時間がかかる訳だし、正直今日一日で終わるのか疑問。
「まあ、やるだけはやるけどね……」
愚痴を言っていても何も始まらない訳で、さっさと作業をするに限るんだけど、せめて細かく切断するのくらいは他の人が出来ないのか疑問。
正確には、出来なくはない。ただ、僕が十枚小さく切り分けている間に、ここの人達が出来るのは一枚の一辺、それも一M程を切断するのがやっと。ここまでくると、もう効率とかそれ以前の問題だと思う。
まあ、適正とか色々あるとは思うんだけど、いくら何でもこれは酷いと思うんだ。もっと早く出来ないのか、どうしても疑問が残る。
魔道具を作って、それで切断することも一応考えたんだけど、壁がどこまで鋼鉄化するのか分からないし、そもそも強度が今後上がる可能性もあるとの話で、魔道具を作る時間が勿体ないと言われた。まあ、僕も楽がしたかったのは事実だけど、確かに今後どうなるかは分からないんだよね。
それにしても、原因はともかくこれだけの鉄板を切り出したり移動するのに、魔法があるとないではもの凄い違いがあると思う。魔法がなければ、間違いなく大型重機でもこんな簡単に出来る訳がないからね。完全に一体化した鉄板を切り出すだなんて、それこそ前世ではどうやったら出来るんだろう? 普通に鉄板を切るのは出来たとしても、こんな壁になった鉄板を切る方法が僕には思いつかない。
一応切り出しながら鉄分の検査も行っているけど、鋼鉄というか、炭素鋼という認識で間違いないと思う。まあ、陽子や電子が一部魔力子などに置き換わってはいるけど。鉄に対しての炭素の割合が、何回テストを行っても一.二五パーセントで、確か僕の前世の記憶では、炭素鋼の炭素割合は多くて二パーセントをちょっと超える程度だったはず。流石に金属の専門家じゃないし、二パーセントを超えた時の細かい数値までは覚えていない。他にも微量の元素が混ざっているけど、どれも一パーセントに届くような値ですらない。
「土って岩が風化して最終的に細かくなった砂が、さらに細かくなった物だったと思うんだけど、その場合って珪素とかが多くなる気がするんだけど違うのかな? どちらにしても鋼鉄になるのはあり得ないはずなんだけど……」
ハッキリ言って愚痴でしかないのは自分で分かっていても、こんな事を呟かないと永遠と続くような作業をやっていられない。
それと気がかりなのは、やっぱり血中の赤血球が増えていそうな現象。僕もそうだけど、この世界での赤血球の役割が、前世と同じとするのは早計だと思う。かといって無視できるわけでもない。どちらにしても情報不足で、僕にはこればかりは手が出せない。血中の赤血球だけを減らす魔法なんてないだろうし、一応医者が対応するって言っているのだから、似たような病気はあるんだとは思う。その病気がどんな物なのか、今さらながら聞いておけば良かったかな?
切断していた大きな鉄板が、確実に切断されたのを確認? 終わって、それを風魔法で持ち上げる。それをゆっくりと作業用のスペースに移動するけど、周囲の安全を見ながらだから結構神経を使う作業だ。何せ、切り出した後の鉄板を運ぶ人だっているし、切り出した鉄板を一応確認する人もいる。それ以外にも鉄板そのものを調査している人がいるしで、作業用のスペースとはいえ結構混み合っている。もっと別の所で調べ事はして欲しいのだけど、切り出した直後も検査したいらしいので、流石にそうなると文句も言えない。
切り出した鉄板を、角材が何本も並べられた所に置くと、早速僕から一番離れた所で鉄板の検査をしている人がいる。僕はそれを無視して、今度は細かく切り分ける作業だ。すぐに僕が切りやすいようにと、鉄板にチョークのような物で線を引く人がいる。最初は僕が測っていたけど、流石に僕一人だと色々大変だと言うことが分かってくれたみたい。
ただ、正直残念なのは、みんなが忙しいというのは分かるとしても、誰も特に話しもせずに淡々と作業をしていること。もう少し会話という潤いが欲しいと思う。確かに、無駄話してるほど暇じゃないのは確かなんだと思うけど……。それでも、誰も喋らずに作業をする風景を見ると、まるでロボットが作業しているようにすら思える。
「今のところ変化は無いようですね」
そんな事を考えながら切断していると、いつの間にか鉄板の調査をしている人が側にいた。結構気が緩んでいるのかもしれないと思うと、ちょっと不味いかなと思う。
「そんなに変化があったら困るよ。切り出しにだってこれだけ時間がかかっているのに、仮にこれ以上硬化するような事があったら、それこそ手を付けられなくなるかも……」
「それが起るかどうかは分かりませんが、その為に我々が検査をしていますから」
コボルト族のこの人は、確か金属関連に詳しいって聞いた。種族的な問題なのかな? 前世の知識だと、鉱山とか金属に関しては、ドワーフってイメージもあるけど、コボルトってのは由来がコバルトだったはず。その意味では似たような物なのかも。
「所で、どう考えてもこのペースだと今日中にここを終わらせるのは無理だよね?」
再度切り出した跡を見たけど、予定よりも実際遅れている。そもそも僕しか切り出しが出来ないのだから、ちょっとのことですぐに遅れるのは当然。
「仕方がないかと。それに、全く通れない訳でもありませんし。これが全く通行出来ないとなれば、また話は違ってきますが……」
「一応、東西南北それぞれに道は作ってあるからね……」
そう言ってから、通路となっている場所をよく眺める。既に人通りは出来ていて、そこから畑やその他、町の外にあった施設などの状況を確認しに人が出入りしている。
一応上空から一通りは確認して、実質畑は再度作り直しだ。ただ、どの程度やり直さないといけないのか、その辺を確認する必要がある。流石に上空からだと細かい所まで確認するのは難しい。
「焦っても仕方がありませんから」
そう言って彼は作業に戻る。僕も頑張らないとな……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「クラディ、あの壁の事なんだけど」
夕食に屋敷へ戻って、食事が終わったらエリーに私室へ呼ばれた。子供達もいなく、完全に二人だけの状況だ。
「比較的小さく切っているわよね。あの後再利用はするんでしょ? でも、何に使うつもり? あのままだと、魔動鉄道のレールには使えないでしょ。それにかなりの重さって聞いているわ。確かに量はあるけど、使い道が限られるんじゃないの?」
「再加工して、レールなり他のに使うつもりだけど」
いくら何でも、それくらいはある程度ここの人達だって僕の助け無しにもちょっとは加工出来ると思う。
「何を言っているの? 小さくした物でも、加工が難しいって聞いているわ。聞いていないの?」
「えっ?」
エリーが深々と溜息をつく。
「何人か金属加工が得意な人にやってもらったわ。切断は一応何とか出来るみたいだけど、それだってかなりの時間がかかるみたいよ? 普通の人なら一日かかっても、まともに切断も出来ないって。それで加工? 無理に決まっているわ」
「そんなバカな……」
「明日にでも聞いてみなさい。このままだと、大量にあるはずの鉄も、ただのゴミでしかないわ。全部クラディが加工までしてくれるなら別よ。それに、あのままだと大きすぎて魔動溶鉱炉ににも入らないそうよ? さらに四分の一に切断する必要があるらしいわ。それで溶けるかどうかは別ね」
この世界では、石炭などを使った溶鉱炉よりも、魔法を駆使した溶鉱炉が一般的だ。そもそも金属を溶かすのに、薪を使う場合がほとんど。石炭も一応使っているみたいだけど、コークスとして使っているのはこの領地だけ。しかも生産量が間に合わないので、どちらにしても魔動溶鉱炉を優先して使わないと、鉱石の製錬などは間に合わない。何より精錬のレベルが低くて、製錬というべきレベルだ。魔動溶鉱炉で作った金属は、僕が調べた限り不純物が案外多い。
その為にコークス式の溶鉱炉も導入してみたけど、燃料が足りないので十分じゃない。どうやら魔動溶鉱炉には、温度を上げるための魔方陣か、それ以前に魔力が十分に供給出来ていない可能性がある。そういった理由もあって、鉱石からの製錬ならまだしも、一度製作した金属を再利用する事があまり今まで行われていなかったらしい。
そもそも僕が新型の溶鉱炉を作っても、元となる鉱石があまりに多くて、それこそ製錬待ちらしいのだから、今回の戦いでいくつかの溶鉱炉も稼働出来ない状態らしいので、新しい物を作る必要があると思う。
「何を考えているか分からないけど、どちらにしてもあのままでは使い物にならないわ。少なくとも、もっと薄くしないと役に立たないわよ? どうするつもり?」
「どうするって言われても……さっきも言った通り、元は魔動鉄道のレールとして再利用しようと思っていたんだけど、ダメなの?」
「クラディが全部加工するのであれば、私は文句を言うつもりはないけど、そんな時間はないわよ。やらなければならない仕事は山積みなの。まあ、それよりも道を広げることが優先なのだけど。とにかく道が広がっても、別の仕事が待っていることは忘れないでね」
エリーの言葉に愕然とする以外に無かった。
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