第百五六話 僕なりの方法
「これはどういう事だ!」
偵察行動とはいえ、先陣を切りサヴェライネンを目指していたスレヴィ・ヤーッコ・ホッカネンは激怒していた。
騎士として長年貴族に仕えてきて、当然小さな紛争程度などは経験した事がある。なので彼は実戦も経験しているし、今まで人を殺した事も当然ある。
無論指揮官が直接相手にする事はまず無く、最後に彼が敵を直接その手にかけたのは、まだ彼が従士の立場であった頃だ。しかしその頃の経験を忘れたわけでも無いし、まして戦術、戦略については当時よりも知識は豊富になった。
しかし彼の目の前に広がる光景はどうであろうか?
それぞれ騎乗した軍馬は、その仕事をしっかりとするはずであった。しかし最初に二人と二頭の軍馬が火の海の呑まれ、絶命の直前まで周囲に轟いた声は恐怖するに十分な物だ。
その火の海はまだ治まる事を知らず、目の前で彼らの進攻を妨げている。火に焼けた嫌な臭いも周囲に漂いだし、それが二人の兵士と二頭の軍馬が未だ焼かれている事を意味している。
その炎の先に見えるのは、事前の偵察では知らされていなかった壁だ。しかも見る限り壁はサヴェライネンの町を覆っていると思われる。切り立った断崖のような壁が遠くに見える。離れているので高さは分からないが、それでも軍馬で簡単に超えられる物ではない事くらいはすぐに分かった。遠くからでも見える壁が、簡単に軍馬で越えられる高さであるはずがない。
何より困惑するのは、ほんの一週間ほど前までは知らされていないその壁の存在だ。
一体どの様にすれば短期間で壁を構築出来るのか?
事前にこれから戦う貴族のうち二名は、かなりの魔力と攻撃力を持っているとは聞いていた。だからといってそれが短期間で町の周囲を覆うようなものを作り出せるとは思えないし、常識的に考えて不可能だ。
「ホッカネン様、如何いたしますか?」
副官が慌てた顔で聞いてくるが、そもそも想定していない事だ。味方の本隊はまだ後方半日ほどの所を移動している。
「後方に通達。サヴェライネンの周囲に陣地が構築されている模様。なお、その前には罠が仕掛けられている可能性あり、だ。連絡兵を四名、大至急向かわせろ」
流石にこれは罠だとは思う。しかし、その方法が皆目見当が付かない。見た限り百M位の幅が火の海と化しているが、それ以外の場所に罠が仕掛けられていない保証もない。
「了解しました。直ちに」
問題は、この先をどう進むかだ。火が治まれば流石に燃えている場所は罠が無いと思うが、それ以外の場所に罠が無い保証はない。
「誰か、罠を感知出来た物はいるか!?」
誰からも返事は無かった。これが魔法的な罠であれば、当然感知出来ておかしくないはずだ。では、魔法ではないのか? しかし、何も燃える物がない所でのこの燃え方は、魔法以外には考えられない。
「ホッカネン様!」
その時誰かが声を荒げるのを聞いたが、彼はそれが誰が発したのか知る事はなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エリー……」
僕のすぐ横でエリーが魔法を放つと、罠の手前で混乱していた敵兵が火の海に包まれた。それもただの炎では無い。まさに火災旋風と言えるような、炎の竜巻がいくつも現れ敵を一瞬で蹂躙する。きっと誰も生き残っていないと思う。
「クラディ。もう一度ちゃんと言うわね。私達には後が無いの。倒せる敵は確実に全て排除するしかないのよ。最低でも、相手が明らかな降伏の意思を示さない限りは」
エリーは僕に向き直ると、真剣な眼差しでそう呟く。それはまるで自分自身に言い聞かせているようにすら思える。
「分かったよ。何も言わない。出来れば、これからはエリーが指示して。正直僕には決断出来ないかもしれないから」
甘いと言われても構わないし、別にそれが悪いとは思わない。少なくとも僕には、人を殺すという事に対する認識が甘すぎたのかもしれない。
「そうね。クラディは私の指示に従って行動して。でも、私が言った事は必ずやって。これは戦争なの。負けは許されないのよ」
エリーが僕を見る目は厳しいけど、仕方がないと思う。
「エリーナ様、よろしいのですか?」
「よろしいも何も、ここでは私が最高責任者なのよ。それに私達が逃げられない事は分かっているわよね、ペララ?」
「当然です」
「クラディほどでは無いにしても、私だって魔法にはそれなりに自信があるわ。それにクラディが戦いやすい環境は作ってくれたのも事実よ。別に私はクラディを非難しているわけでは無いの。でも、クラディはこういった事に向かないのよ。経験を積めば別かもしれないけど、今は無理だわ。クラディもそれは分かっているわよね」
悔しいけど、黙って頷くしか無い。少なくともエリーに反論出来るほど、今の僕は自分の意思で人を殺せるとは思えないし。
「まあ、それでもクラディには感謝ね。少なくとも一方的に攻め入れられる事は無い事がこれで証明されたのだから。まだ戻っていない魔動飛行船はあるかしら?」
「いえ、ありません。全て町の広場に着陸させました。エリーナ様、今後の方針をお願いします」
「そうね……」
エリーが次々と色々決めていく。僕にはそれを見ている事しか出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
次の日、壊滅というか消滅した部隊がいた所に、大規模な軍が展開していた。数はざっと見た所三千から五千の間だと思う。望遠鏡で確認しているけど、騎兵と歩兵の割合が一対三くらい。もちろん見える範囲で全員なのかは分からない。
さすがにこれだけの数の敵兵を一度に遠距離から葬るのは、エリーでさえも躊躇するみたいだ。いくら望遠鏡でそれなりに遠くまで見えるとはいえ、それなりの場所に集まっていても、密集している訳じゃ無い。当然ここから遠距離での魔法攻撃では、例え魔法による攻撃でも限界がある事くらいエリーだって分かっている。
それでも昨日はエリーに色々言われた事もあるし、僕なりの対応策を用意している。そりゃエリーと同じく遠距離では魔法による攻撃が十分に発揮出来ない可能性があったとしても、他のやり方で混乱に陥れる事は可能なはず。
「エリー。これから僕なりの方法で敵軍を攻撃させてもらうよ。少なくとも相手を混乱させる事は十分に出来るはず。一応エリーに使用許可を取りたいんだけど、良いかな?」
既に僕らの軍の命令系統は、エリーがトップという事で確定済みだ。それに対して僕は全く不安が無いというと嘘になるけど、少なくとも僕よりはずっとよい結果を生むと思っている。
確かに前世の知識があるかもしれないけど、それはこの世界での知識とイコールにならないし、そもそも前世ではテレビなどで戦争の中継を見た事があっても、実際の戦場なんか大抵の日本人が知るはずもない。さらに言えば中世ヨーロッパなどで起きた戦争は学校の授業で習った事があったかもしれないけど、それは完全に歴史の中の一ページでしかなく、未経験の素人といった方が正確だと思う。さらにそこへ魔法など加われば、完全に未知の領域だ。
前世で異世界に行って活躍するような物語を映画やアニメ、本などで多少は見た事があったけど、今になって考えるとよく順応出来たと思う。まあ、必ずしも主人公は日本人とは限らなかったけどね。
「構わないけど、何をするの?」
「方法は後でちゃんと教える。エリーほど僕には覚悟がないけど、それでもエリーにばかりやらせるのも、僕としては不甲斐ないからね。それに、前に作った武器のテストもしてみたいんだ。あれだけの数がいれば、直撃すればかなりの事になるはず。僕としてはそれで諦めてほしいんだけどね。甘いと言われるかもしれないけどさ」
しばらくエリーが黙って僕の顔を見ると、一度溜息をついてから『好きにしていいわ』と言ってくれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一応魔動飛行船のエンジンを作成した後に閃いて、さらに魔動装甲車のエンジンを作った後に具体的な案が出来たので試作してみたのだけど、本当に使う事になるとは思ってもいなかった。
作ったからには使うためにあるのだから、僕のやっている事は間違っていない……言い訳だね。これはエンジンみたいにみんなが得をするような代物じゃ無いから。
試作遠距離砲撃型空圧出力式火炎爆縮砲二型……魔動飛行船で用いた空気圧縮と噴射、魔動装甲車のエンジンで作ったシリンダーエンジンの爆発からヒントを得て、ひょんな事で思い出した爆縮レンズ……長崎で使われた原子爆弾の構造を参考にした大砲と砲弾のセットだ。
一型はあまりに大きくなり過ぎて、通常弾……単なる鉄製の弾を撃ち出したんだけど、どうやっても最低飛距離が五十K以下にならなかった。その代わりに砲弾に細工をすると、最長飛距離は少なくとも五百Kになる事は確認している。海の向こうに着弾したようなので、実際の飛距離は分からない。
二型は一型よりもコンパクトで、現地組み立て式ではあるけど移動可能。射程距離も五Kから二十Kと、この世界では十分に遠距離砲撃が出来る。
大砲の砲身は直径七十Cで、内径が五十五C。ライフリング加工も成功していて、砲身を取り替える事で滑腔砲にも変更でき、その場合は翼の付いた専用砲弾……確か前世の自衛隊でも使われていた、徹甲弾の一種にもあったはずだし、当時はそれが主力になっていたと思うけど、それにも対応できる。
空圧式と付いているのは、前世では薬莢や専用の火薬を弾頭の手前に置くのに対して、この弾頭を発射する時には火薬類は使用しないから。強力な空気圧で前に押し出す。
これを採用する前に、偶然水銀が手に入って一気圧を測る事ができた。片方を塞いだガラス管を水銀の槽に立てて、水銀が上がった位置だ。完全に正確では無いかもしれないけど、一応今はそれを指標としていて、水銀の高さはその時八十C。それを一気圧としている。地球とちょっと違うと思ったし、気圧の正確な単位も忘れたので、気圧についてはもっと研究しようと考えていたんだけど、それをする前に今の戦争になった。
その一気圧を魔法で計測してから、大砲で使う時の圧力を純度を固定させた風属性の魔石で噴射。この時に使う魔石の数で圧力を調整する。砲弾と魔石は砲尾から挿入でき、弾頭と装薬代わりの風魔法を封印した魔石の筒をレールに乗せてセットする事で、連射性能もある程度は確保した。最大値の百気圧で一分に一発、最低値の二十気圧で二十秒に一発理論的には発射可能。
火炎爆縮は弾頭に使っている弾の種類を指していて、着弾後に弾頭内部の魔石が強力な火魔法を内部に向けて放ち、砲弾のコアに相当する部分にある火属性の魔石を圧縮爆発させる。ウランやプルトニウムを用いていないので核爆発にはならないけど、それでも重さ一リアモの魔石を内蔵した砲弾で、半径五百Mを火炎地獄とさせる事が可能。弾頭を強化すれば、もっと広範囲の威力になるけど、それは作っていない。
砲弾の数は全部で百。その他に通常の鉄で作った弾頭が五十あり、さらに弾頭内部に風魔法の魔石を使った散弾もある。これは時限信管にもなっていて、〇秒から五秒まで秒単位での設定も可能。それが三十。
「そういえば熱心に作っていたわね。効果は確かなの?」
エリーが全長十五Mある砲身を見ながら聞いてきた。
「単なる鉄の塊で作った弾なら確実に。これから使う弾は、発射して実験した事は無いよ。あまりに危なすぎて、作ったのは良いけど倉庫に保管していたんだ」
「やっぱり、直接相手を見て魔法を放つのが怖いのね」
エリーの言葉に手が止まる。それが事実なので、反論も出来ない。でも、これだって効果は魔法と同じような物だし、むしろ使う弾によってはもっと悲惨かもしれない。
「悪かったわ。クラディなりの方法だものね。でも、早く直接人に魔法を放てるようになってもらわないと困るわ」
それも反論できないので、僕は設置を急ぐ事にする。どちらにしても、相手はいつまでも罠の向こうでは待ってくれないはずだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「パルヴィア上級準一等騎士、敵陣に巨大な何かが見えますが……」
我々の方に向けて、あの連中が何かをしようとしているが、何をしているのか俺には分からない。
「一応警戒するように伝えておけ。あと、マンチーニ男爵にもお伝えしろ」
「はっ、全軍警戒態勢! 男爵にお伝えしろ!」
嫌な予感がするが、何をするのかが分からない。何か長い筒のようにも見えるが、あそこから何かを出すのだろうか?
「魔法兵は結界魔法を準備。いつでも結界を張れるようにしておけ」
どの様な武器であろうと、結界魔法をそう簡単に越える事など出来ないだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それじゃあ、これが僕なりの戦い方だ。みんな、耳を塞いで!」
一応消音装置も付けたけど、正直ほとんど効果はない。砲口近くにいると、押し出した空気圧の圧力で確実に人が死ぬだろう。
みんなが耳を塞いだ事を確認してから、僕は一人専用の耳を保護するヘッドセット一体型保護装置を付けて、発射ボタンを押した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「敵より閃光!」
見張りがそう言い放った瞬間、待機していた魔法兵が結界魔法を展開した。次の瞬間、何かが衝突した音がしたのと同時に、ガラスが割れるような音がして轟音が辺りに響き……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「クラウディア様、凄いですね……」
ペララさんが砲撃の結果を見て、唖然としながらも感想を言う。
目の前に展開していた部隊の三分の一が炎に一瞬で呑まれた。その他に爆風で文字通り空に飛ばされる黒点がいくつも見える。多分人が吹き飛ばされたんだと思う。流石に望遠鏡で見る事はしなかったけど、エリーはその様子を望遠鏡で見ていた。
「凄いじゃない……ざっと見た所、敵の半分が壊滅的な損害を受けた感じね」
僕はそれ以上その光景を目にしたくなく、視線をエリーに向ける。エリーはどこか笑っていた。
これは仕方がない事……僕はそう自分自身に言い聞かせるので精一杯だ。
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