第百五五話 会敵
一応最低限と言えるような情報こそ集めてはいても、それで相手を判断するには早計すぎると言えるような状況。当然そんな中では十分な戦いなど出来ない。
僕が知る限り、日本がアメリカという大国と戦った際、せっかくある目の前の情報すら軽視した事が敗因の一つだと思う。
前世でネットなどの資料を見た記憶だと、週間護衛空母や月刊正規空母などに対向出来なくなり、それが敗因の一つとも言われていた筈。あとは補給路が確保できなかったことかな?
個人的な考えだけど、それでも実は勝てる方法があったのでは無いかと思っている。
例えば当時は五月蠅いと評判の塊だったイ号潜水艦だけども、当時のアメリカ軍機の航続力ははっきり言って短い。まあ、日本の戦闘機が長すぎるという点もあるとは思うけど。でもそれは当時の軍部にもある程度は分かっていたんじゃないかな?
それに空母が航行出来るような海域というのは、実際の所限られている。何せ護衛空母といえど駆逐艦から比べれば十分な大型艦。それを守るような陣形で艦隊運用するとなれば、当然航行可能な水域は限られる。そこに潜水艦を集中配備させ、史実のような艦隊攻撃も行いながら、その間に魚雷をばらまく。撃ったら即逃走するくらいの感じでだけどね。当然空母が沈むかどうかは完全に運だけど、海上と航空攻撃を警戒しながら、潜水艦攻撃も警戒するのは極めて難しいはずだ。
少なくとも当時のアメリカの航空優位が確立出来なければ、結果として民間人までもが多数犠牲となる事は無かったのではないかと思うんだよね。
まあ、後出しだから言えるような事だし、歴史に『もしも』はダメだけど。それに、それだけで勝てるほど甘い国じゃ無いのがアメリカだと思う。当時の状況を歴史の資料で見た時に、日本は戦争以外の選択肢が無かったと僕は思ったんだけど、問題は着地点をきちんと決められなかった事なんだと思うんだ。
それで僕が何をしたいのかと言うと、敵の弱点となる場所をいち早く見定める事。日本とアメリカの戦争で、日本は色々と軽視したけど、その中の一つに敵の弱点をきちんと見極めなかった事だと思う。特に政治的な弱点を。
「政治的な弱点ですか……。しかし、現状は武力で叩くのが先決では無いでしょうか?」
「もちろん今すぐって事じゃ無いよ。ただ、ある程度軍事的な決着が付く頃には、政治的な事だって必要だと思うんだよね」
ペララさんが唸っているけど、これは大切な事だ。それに、エリーは多分この事に気が付いていないんだと思う。何より子供達を守るのに、考えが固まっている気がするから。まあ、それは今の状況だと仕方がないとは思うし、それを責めるべきじゃない。
「まあ、僕としては王国やバスクホルド伯爵家と連絡が定期的に取る事が出来るようになれば、政治的な事はある程度解決するとは思っているんだけどね。それでも、僕らは僕らとしてやる事をやらないといけないから」
「承知しました。どちらにしても、もう少し偵察の幅を広げるべきです。幸いこちらには魔動飛行船もあります。ある程度高空からなら、早々迎撃される恐れも無いでしょう。確かに空を飛べる者もいますが、長時間の飛行は流石に無理です。出来るだけ見張りを多く配置し、ある程度の確認が出来たら戻るように指示すれば、損害はまず起こらないと思われます」
「ペララさんは、先に仕掛けるのはどっちの部隊だと思う? 数の上では山岳部が多いけど、こちらに来るのは時間がかかるはず。川の方からの部隊は数に限りがある……と言っても、こちらの何倍もあるけどね。ただ、進軍はずっと早いと思うんだけど」
「そうですね……我々の方でまともに戦闘が出来る者は、精々二百といった所でしょう。この数では、普通にこちらの状況を把握しているのであれば、どちらが攻めてきても危機的状況になります。しかし、こちらに到着が容易なのは、川向こうにいた部隊で間違いは無いはずです。連携して攻略を行う手筈であれば別ですが、それぞれ指揮系統は別だと考えるのが普通です。何より双方の連絡手段があるとは思えません。それと魔法防壁を用いれば、少なくとも一方的な蹂躙になる事は避けられます」
「どっちにしても、非戦闘員は早く避難させないと不味いからね。ただ、魔法防壁にも欠陥はある事は教えたよね? 向こうからの攻撃を防ぐ事は出来るけど、こっちの攻撃も一切出来ない。そうなると、戦闘は防壁の外で行わないといけない。人数的な差を考えれば、どう考えても勝てないよね」
「仰る通りです」
ペララさんは苦虫を噛みつぶしたような顔をしたけど、反論するつもりは無いみたいだ。
「魔動飛行船を偵察に使っているけど、最初の戦闘まではそんなに時間は残されていないと思う。なので住民と捕虜をとりあえず安全な所に移してから、戦闘の準備を急がないといけない。野戦陣地は僕の方で急ぎ用意するし、ペララさんの部下も借りたいんだけど、それ以上に今は民間人の避難をペララさんにお願いしても良いかな? 鉱山に捕らえられていた人達に、僕に良いイメージを持っていない人が少なからずいるから、今は僕が顔を出すと混乱する恐れがあると思うんだ。その間に僕が城壁を土魔法で何とかするから」
「分かりました。住民の避難はお任せ下さい。それと提案なのですが、捕虜を数人残すのはどうでしょうか? 特に例の二人を見える所に縛っておけば、侵攻軍に動揺を誘う事も多少は可能かと。盾に使えとは申しませんが、あの二人は侵攻軍にとってもある意味象徴的な存在のはずです。ある程度の効果は見込めるかと思われます」
ミッコネンとアルマルの事か。今もなかなか口を割らないし、これ以上尋問した所で効果は期待出来ないのも事実。
「分かった。その辺の準備も任せて良いかな? 僕は陣地構築の方に専念したいから。それと、戦闘以外で補給物資を運ぶのに手伝ってくれる人を募集してくれないかな。ただでさえ僕らの方は戦力が足りなすぎるから、食糧とかの補給は町の人の協力が絶対に必要になるから。もちろん多少危険が伴う事もちゃんと説明して。その上で手伝ってくれる人がいれば、その点だけでも多少は楽になるし」
「もちろんです。クラウディア様にはお手数をおかけしますが、細かな事は我々にお任せ下さい。必要な事があれば、部下にいつでも声をかけて下されば結構です」
さて、これから本格的な戦闘が始まる。エリーには戦うと言ったけど、覚悟がどこまで僕にあるのか。いざって時に尻込みはしたくない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「これで完成ではないのですか?」
城壁というか、防壁というか、魔法で構築中の壁を目にしながら、差し入れのお弁当を持ってきてくれた兵士が驚いている。
「相手の実力がどこまでか分からない事もあるけど、何より数が多いからね。出来るだけしっかりした陣地構築は必要だと思うんだけど」
その言葉に納得したのか、とにかく驚いているだけなのか、その兵士はただ周囲を見渡している。
最終防衛ラインは魔法防壁だとして、今は最初の防衛ラインとして今の陣地を構築している訳だけど、手前には十Mの堀が垂直に切り立っていて、その直後に十Mの壁を構築。壁の上は通路になっていて、凹凸状にしている。これで攻撃と防御をしながら遠距離攻撃がだいぶ楽になるはず。
ちなみに壁の基本的な厚さは三Mで、そこの手前二Mが通路だ。外側は土を固めただけでしかないけど、それだって高い魔力を利用して鋼鉄と同じ程度の硬さがある。ただし、それだと砲撃に弱い可能性もあるので、壁の内側に少しだけ砂の層を設けてショックを吸収出来るようにして、その直後にまた高強度の壁にしている。これで最初の壁が破られても、その振動はある程度砂に吸収されるはずだ。
通路を少し上る事でこちらは弓や魔法などでの攻撃が簡単に出来るし、通路その物は壁に守られているので被害を抑えられるはず。とにかくこちらでは、一人の負傷でさえも命取りになりかねない。だから考えつく事は出来るだけやらないと。
壁の手前には上に登るための傾斜を付けた道や、階段をいくつも用意しているけど、こっちはあまり強度はない。非常時にはこれらを全て簡単に破壊するための魔方陣を設置している。魔方陣の作成は時間がないので他の人に頼んでいるけど、そもそもそう簡単には最初の壁を抜けられるとは思っていないしね。
同じ構造の壁を今のところドーナッツ状で五重にして、その中心がサヴェライネンの町となる。かなり大規模な工事だけど、基本的な最も外側の壁は大体作り終わった。後は五百Mおきに同じ物を内側に造っていくだけだ。当然内側には堀を渡るための橋があるけど、これは撤退が終わった後にすぐ崩せるよう、最低限の木製吊り橋でしかない。非常時は火魔法などで燃やすなりして崩すつもりだからね。
「所でミッコネンとアルマルはどうしている?」
「あの二人でしたら、今は鉄製の檻に入れています。本来は動物用なので、人が入るには狭いですが、ペララ隊長の指示ですので」
「それでいいよ。まあ、生かさず殺さずが方針だしね」
今さら残酷と思われようが構わない。何よりエリーの怒りは相当だし。
エリーは文字通りの盾として、今回捕虜にした人々を使うべきだとすら公言した。この世界では、その事はさほど問題にならないみたいなんだけど、流石に僕は不味いと思う。『肉の盾』って表現が文字通りの盾あるのも正直怖かったけど、そんな方法は後々に禍根を残すだけだ。一時は良かったとしても、遺族が反乱を起こす土壌になりかねない。
「そっちは任せるから、一応壁の確認をみんなに頼むね。次の壁を作らないといけないし」
今さらだけど、全長にすると二百Kもある壁を数時間で作れる僕の魔力も異常だよね。しかもまだまだ魔力は余力たっぷりだし。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それで完成したのがこれですか……」
二日が経過して五重の壁が完成した。少なくとも空から直接侵攻して来ない限り、直接町に来るのは不可能だと思う。地下道を作るにしたって、直線距離で一番外の壁から町までは五百Mあるので、例え魔法使いを総動員してもここを突破するのは容易じゃないし、もちろん所々に地下を監視するためのソナー魔法を応用したアクティブ形式の設置型監視魔方陣もある。少なくとも一番内側の壁よりさらに内側に来るのに、この設置型魔方陣から逃れるのは無理だ。
もちろん上空に向けても同じように設置型の魔方陣で常に観察している。どちらの魔方陣も、何かが通過する時には音が鳴るようになっているので、僕以外でもすぐに分かる。
「確かに防衛には必要ですが、ここまで作られるとは思ってもいませんでした」
何だかペララさんが呆れているような気がするんだけど、僕としてはこれでも満足していないんだよね。せめて壁の高さがあと三倍の三十Mは欲しい。そうすれば梯子で登る事はまず無理だし、ロープだってまずかける事は出来ないはずだから。さらに欲を言えば、堀の深さも二十Mあれば合計で高さが五十Mになる。可能な限り表面に凹凸を付けないようにして表面をツルツルにしているので、ロッククライミングみたいにして登る事も現実的じゃないけど、今の高さは堀を含めても二十M。簡単じゃないにしても、梯子を作れない高さじゃないはずだ。僕としては梯子を作る事すら考えたくない高さにしたいからね。
「クラウディア様の仰りたい事は理解出来ますが、これでも普通に攻め込むのは困難を極めます。王都にある城壁ですら堀はありません。高さも最大で十Mは無かったはずです。確かに空からの攻撃は防げませんが、空から攻撃出来る者は限られます。正直過剰な設備にも思えます」
うーん……普通ならそう思うのかな?
「ところで、あの二人の準備は出来てるの?」
「ええ。既に手足は縛っていますので、後は必要な時に柱へ付けて立てるだけですね。城壁の上に縛られた二人が遠くからもよく見えるでしょう」
この国の文化に十字架の貼り付けはないみたいだけど、一本柱に縛り付けるのは普通にある。今回はその柱を用意しているので、時間が来たら二人を外からよく見えるように縛り付ける事になった。縛っているのは太い針金なので、ナイフで切るといった事も不可能だ。エリーから言わせると、手足くらい切り落とした方が良いみたいな事を平然と言っていたけど、流石にそれは止めさせた。まあ、どうしても必要ならそうするしかないけど。それにしてもエリーって最近怖い事を平気で言うな。
「それで、偵察からの情報は何かある?」
「はい。山岳の方はかなり手間取っているようで、人手を使って無理矢理道を作っているようなのですが、最新の情報ではまだ五日の猶予はあるとの事です。ですが川から来ている敵は、一両日中には会敵すると思われます。すでに先遣部隊が沼地を越えたとの情報です」
「思ったよりも早かったな。もっと時間がかかると思っていたんだけど……」
「沼地を川で使った船で渡っているそうです。一度に運べる数はさほどでも無いようなのですが、頻繁に往復しているとの事でした」
「そういう事か……ちょっと水気が多かったのかな。まあ、多少でも遅らせる事は出来たのだし、陣地構築も出来たのだから良しとしないとね」
ちなみに偵察で魔動飛行船を使っているけど、地上とのやり取りは手旗信号で行っている。この世界にも手旗信号の概念があって本当に良かった。後は緊急時に備えて信号弾なんかも用意している。いくつかの色分けをすることで、緊急の簡単な連絡を送れるようにだけどね。
魔動飛行船はこちらのある種切り札でもあるから、常に安全高度を守る事と、緊急時には戦闘など一切行わずに逃げるように伝えている。何が役に立つか分からない状況だから、たった一隻の魔動飛行船であっても失うリスクは避けたい。今のところは何に使えるか正直分からないのだけど。
「ですが、やはりこちらの兵力不足はどうにもなりませんね。エリーナ様が仰っていたように、民兵を導入されないのですか?」
「それはしないよ。補給を手伝ってもらうだけで十分だって。大体民兵って簡単に言うけど、誰もまともな軍事訓練なんかしていないんでしょ? していたとしても、だいぶ前だったりとかじゃないのかな? そりゃ僕としても使える人材であれば使うべきだとは思うけど、この状況で訓練をしていない人を集めても、損害を増やすだけだよ。そんな無意味な事をしても状況は改善しないって。それより魔動飛行船でいざという時は民間人だけでも脱出出来るようにした方が良いと思うね」
「クラウディア様がそう仰られるのであれば……」
ペララさんはどこか納得していない感じだけど、この方針は変えるつもりなんて全く無い。余計な犠牲者なんて出して、それで恨まれでもしたら、もっと問題だ。
「もちろん直接じゃなくて、何か他の事で手伝うというなら歓迎するけど、それだって危険がある事をちゃんと納得して貰わない限り許可出来ないから。そもそもこんな戦争を仕掛けてきた相手には容赦するつもりは無いにしても、ここに住んでいる住民には何の罪も本来は無いのだし、当然僕らが守らなきゃいけない。それなのに僕らはもう協力をしてもらっているんだから、これ以上の事はお願いしたくないんだ」
この世界での常識はもちろん違う。農民だろうが何だろうが、戦争になったら戦うのが義務だ。まあ一応は成人した男限定の話なんだけどね。それと力や魔法に自信がある女性もここに含まれるけど、原則としてはそんな感じ。たぶん前世のヨーロッパ中世とかと似たような感覚なんだと思う。
これを僕が良しとしないのは、単に前世の記憶を引きずっているからだとは思うんだけど、それにしたってまともな訓練もしていない人が訓練された人に敵うとは思えない。そして今相手にするのは訓練された集団だ。結果は一方的な蹂躙しか想像出来ない。
「クラディ、またそんな事を言っているの?」
いつの間にかすぐ側にエリーが来ていた。その他に屋敷のメイドさん一人が同行している。彼女達の場合はこの世界の事しか知らない訳だから、僕の言っている事がおかしいという事になるんだろう。
「確かに訓練をしていない人達では限界があるわ。でも、そんな事を言っていられる状況じゃ無いと思うのだけど?」
彼我兵力差は、事前の偵察で分かっている範囲で千六百対一万五千。ほぼ一対十だ。ちなみに元々の人口だと千八百人近くいる計算になるはずだけど、僕らを裏切った人達二百を除外している。
「分かっているつもりなんだけどね。それでも僕は賛成出来ない。その為にこんな陣地を構築したんだし。ところでイロやベティは大丈夫なの?」
「それを伝えに来たんだけど、イロがやっと出産したわ。男の子一人に女の子二人よ。私と同じように、三人ともある程度成長した状態で生まれてきているわ。魔法で回復させながら出産したんだけど、それが無かったらイロは危なかったかも知れないわね。それで、名前は考えてあるの?」
「男の子一人と女の子二人……いきなり僕らは大家族だね。イロは大丈夫なの?」
「ええ、それは保証するわ。今はタルヤとエミリアに付いてもらっているし。あの子達も凄いわね。私がつい先日出産したばかりなのに、もう回復魔法も使えるわ」
「は?」
思わずビックリした僕は悪くないと思う。
「本当の事よ。それで、名前はどうなの?」
「あ、ああ。ごめん。えーと、男の子はミエスで、女の子はブリアとドロテーアにしようと思うんだけど、男の子はまだいいとして、女の子二人の特徴は?」
「一人は金髪で目の色はあなたと同じ黄色。もう一人は髪の色は若干青みのある銀髪で、目は碧眼ね。それぞれ二人の特徴を受け継いでいるわ。男の子は綺麗な銀髪で、目は碧眼だったわ」
うーん、この世界の遺伝要素がよく分からない。劣性遺伝子とかあると思うんだけど、それぞれ特徴が出ている気がする。
「それじゃあ、金髪の子がドロテーアで、銀髪の子がブリアにしよう。理由は後で教えるから、それよりも目の前の問題を片付けないと。ただ、また立ち会えなかったのが残念だな……」
「仕方がないわよ。状況が状況だしね。じゃあ今の事を伝えてきて」
そう言われてメイドさんが一度お辞儀をして、走って戻っていく。なるほど、この為に連れてきていたのか。まあ当然と言えば当然だよね。
「それで、少ない人数でどうやって戦うの? クラディは色々言っていたけど、私も戦うわ。私にだって守らなきゃならないものがあるんだから。クラディと同じよね?」
優しげに言いつつ、実際の表情は有無を言わせない感じ。最初から僕が負けているけど、これはもう、どうしようも無いかな。
「多分だけど、あと半日もせずに魔動飛行船は戻って来ると思う。その後は原則目での監視になるけど、それだと限界があるし、夜は視界が極端に落ちるから、事前に等間隔で接近を知らせる魔法を仕込んでおいたよ。ただ時間が無かったから、それが分かるのは僕だけなんだけどね」
「距離と仕組みは?」
「一Kの等間隔で、四角いエリアを一番外側の壁から十Kまで並べてある。そこに一度でも人と同程度かそれ以上の大きさを感知する風魔法を張ってあって、当然相手からは見る事も感じる事も出来ない。それぞれ東西南北で接近を感じたら、すぐに僕が指定した信号弾を打ち上げるようにペララさん達に言ってあるから、例え夜でもおおよその距離と方向は分かるはず。それぞれのエリアの端では探知が分かるとそのエリア全体が火魔法で火の海になる。これで接近する度に相手は火の海に呑まれるから、それなりには数を減らす事も出来るはずだし、それを避けようとしても周囲全体に同じ罠があるから逃げられない。だから時間稼ぎも出来るはず。その間に僕が広範囲魔法を放つ予定なんだけどね。引っかかった場所が火の海になるから、僕が寝ていて上手くペララさんに伝える事が出来なかったとしても、どこかで火の海になっている場所が見えるはずだから、接近自体は分かるはずなんだ」
言いながら自分でもゾッとする。まあ、相手が見えないから出来る戦い方だ。相手の顔が見える距離で同じ事をしろと言われたら、たぶん僕には出来ないと思う。
「時間が無かったという事で誰にでも察知出来るような仕組みは断念せざるを得ませんでしたが、踏み込んだエリアが火の海になれば確実に見えるはずです。最初はクラウディア様も渋っておられたのですが、そこは私が説得しました」
「よくやったわ。それとクラディ、相変わらず甘いわ。相手に地獄を見せるくらいは普通にすべきよ」
「それが最初から出来ていれば、僕は苦労しないよ……」
前回の山岳にあった道を崩壊させたのは、ある意味切羽詰まった状態もあったからだ。そうでなかったら別の方法を使っていたと思う。
それにしてもペララさんの方を向いて感謝を言いながら、僕の方には見向きもせずにダメだしなんて、正直酷いと思うんだ。
「まあいいわ。それにこれだけの壁と堀を作った事は驚いているし、評価はしているのよ? 少なくともこれで私達が一方的に負ける事は無くなるはずだから。でも、相手が多いのはどうしようもない事ね。ペララから聞いたんだけど、こういった攻城戦というの? その場合でも相手に出来るのは最大でも三倍って聞いたわ。住民全員を参加させたとしても、私達は十分の一程度しかない戦力でしかない事を考えると、ある程度は住民に協力して貰わなくてはならないのよ」
いつからエリーはペララさんを呼び捨てにするようになったんだろう? 僕は初めて聞いた気がする。
「今からさらに改良は出来るのかしら?」
「無理だよ。範囲が広すぎるし、そもそも何をやらせる気?」
「確か前にクラディが教えてくれた『火災旋風』に魔法を変えてほしいのよ」
「言いたい事は分かったけど、それこそ無理だ。既に罠は発動しているから、今から変更しようとすると、一度全部の罠を止めなきゃいけない。流石にそんな時間はないよ」
広大な範囲に罠を仕掛けているし、相手はそろそろ現れてもおかしくない。今罠を解除したら、それこそこの罠の意味が無くなる。
「仕方ないわね。でも、今から私もここで待機するわ。それとペララはあの二人の準備をよろしく。この紙の通りに準備させておいて」
「はっ、了解しました」
ペララさんはすぐに手紙を受け取ると、さっと内容を確認して僕らの所から走り去る。あの手紙には何が書いてあったのだろう?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「来たわね」
夜が明ける少し前、川の方角に設置している罠の一つが火に包まれた。次第に明るくなってきた所で、望遠鏡で炎が上がった地域を見る。そこには罠を警戒しながら集まっている敵軍の一団が見える。
「先に進まないね。流石に罠には気が付くよね」
「当たり前よ。相手もそこまでバカではないはずよ。ペララ、例の二人をよろしく」
エリーが命じると、ペララさんがさらに命じてミッコネンとアルマルを縛り付けた材木が起こされる。二人は当然のように両手足をしっかりと縛られているし、口には猿ぐつわが嵌められているので声は出せない。二人は五M程離れて、壁の一番上に固定される。縛り付けた木材の高さはおおよそ十Mくらいだ。相手にも望遠鏡のようなものがあれば、当然見えるだろう。
「向こうが魔法で狙撃しようとしても無意味よ。その手前に強固な魔法障壁を張ってあるわ。それこそ魔法が当たれば障壁が肉眼で見えるくらいにね。向こうはそう簡単に殺す事は出来ないし、あの二人は恐怖のどん底に陥るでしょうね」
「エリー……君って……」
「最初の罰よ。精々自分たちが犯した事を後悔すると良いわ」
僕には何も言う事が出来なかった。
毎回ご覧頂き有り難うございます。
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