第百五一話 信じられない光景と、反撃の準備
2016/06/25 以下、語尾、誤字修正しました。
今後僕らのために→今後私達のために
上司監視→常時監視
見慣れない二人の子供に戸惑っていると、エリーがこちらを振り向いて気が付いたみたいだ。笑顔のエリーは美しいというか、可愛いと思う。年齢的に『可愛い』はおかしいと思うんだけど、こればかりは譲れない。
それと今さら気が付いたんだけど、侍女長のアウニ・リハヴァイネンさんとヒッレ・ハーパサロさんの二人がエリーの側に控えているし、見た事のない二人の子供の側にもレーア・ヴァルヨネンさんと、その他に三人のメイドさんが控えている。
「え、えーと……」
「お父様、初めまして」
エリーに事情を聞こうとしたら、二人が同時に挨拶をしてきた。って、え? お父様? もしかして、この二人って……。
「二人とも、驚いているから少し事情を説明しないといけないわ。それまで待てるわね?」
エリーがそう言うと、二人とも返事をしてエリーのすぐ後ろに下がる。うーん、一体どうなっているの?
「とりあえず、無事に戻ってきて嬉しいわ。屋敷の中にも数人いたけど、クラディの所にも裏切り者がいたんじゃない? それから川沿いに配置したヴェーラ・アルマルは裏切り者よ。多分もう知っているとは思うけど」
エリーはそう言うとペララさんの方を少しだけ見る。ペララさんはそれに同意するかのように、そのまま首を縦に振った。
「それについては誠に申し訳ございません。私の監督不足もあります。他にミッコネンを捕らえておりますが、今のところ大した情報は得られておりません。この責は全て私にあります」
「罰するつもりはないわ。ペララさんも知らなかったのよね? それに、こんな事で貴重な人材を失う訳にはいかないの。だから、今後の行動で示してくれれば私は構わないわ」
「誠に恐れ入ります。ご期待に添えるよう、最大限努力いたします」
「それよりも、二人を紹介しないといけないのだけど……まだ名前が決まっていないの。クラディ、子供達の名前の候補は一応決めていたわよね? 私はまだ聞いていないのだけど。直前まで秘密って事で、思わぬ事になってしまったわ」
エリーが苦笑しながら言うけど、確かにそれは僕が言った事だし、もちろん候補は決めている。ただ、突然五歳前後に見える二人をエリーが産んだと言われても、実感どころか正直信じられない。
「二人の事情はすぐ説明するから、まずは名前をちゃんと決めてあげて?」
エリーが微笑みながらそう言うので、エリーが出産した際にその子供につける名前を思い出す。一応メモはしていたけど、流石に手元には持っていないしね。
「双子なんだよね? まあ一応は男の子と女の子の名前は考えていたんだけど、まさか双子で生まれるとは思っていなかったし。でも男女別々に考えていて良かった。えーと、男の子の場合はタルヤ、女の子の場合はエミリアって考えていたんだけど……」
僕としては、やっぱり二人とも普通の五歳児程度にしか見えない点だ。当然そうなれば、この会話も二人はちゃんと理解している可能性がある訳で。そもそも前世でよく語られていた『エルフは寿命が長い代わりに成長が遅い』とか、そういった事はこの世界では通用しない。むしろエルフは最初の成長が早い部類だ。なので見た目五歳でも、精神年齢的には大人の可能性だってある。
「良い名前じゃない。二人とも、構わないわね? それと、名前の由来は後で教えてね」
「はい、お母様。お父様、有り難うございます」
女の子――エミリアの方が先に返事をして、それに追従するようにタルヤも返事をする。そもそもなんでこんな事に? 色々と聞きたいけど、どう聞けば良いのかすら分からない。由来は……まあ後でちゃんと伝えないとね。
「タルヤ、エミリア。二人とも座って良いわよ。それと、お茶を用意してくれる? まだ時間は大丈夫なのよね?」
「はい、エリーナ様。防壁が破られる心配は今のところ皆無です。すぐにお茶を用意させます」
リハヴァイネンさんがそう返事をすると、すぐにメイドさんの一人が中庭を後にする。それにしても、エリーは何だか出産してから何かが変わった? ちょっと前よりもしっかりした印象を受ける。
「じゃあ説明をするわね。ペララさんも一緒に良いわよ。どうせイロの出産も近いし、この家では男性が少ないから。クラディの相談相手になってくれると助かるわ」
確かにメイドさんは女性が多いので、どうしても男性の率が低い。エリーなりの気づかいかな?
「まずこの子達の事だけど、出産したのはほんの五日前。出産してから分かったのだけど、ハイエルフは大体このくらいの大きさで生まれてくるらしいわ。つまりイロが出産する時も、同じようになる可能性が高いわね。それと、二人とも一年ほど前には私達の会話を普通に聞いていたらしいわ」
「え!?」
「私も驚いたのだけど、二人ともそう言うし、確かに二人が生まれる前に話していた事を知っているの。だから間違いないと思うわ。ハイエルフについての資料は、あのミランダから得た物ね。でも、実際にはあまり分かっていない事も多いから、今後の事は正直分からないわ」
「二人とも、僕らの会話を聞いていたの?」
「はい、父上。僕とエミリアは確実にその記憶があります。多分ですが、イロお母様のお腹にいる兄弟も同じだと思います」
「あ、う、うん。凄いね。ところで言葉はいつ覚えたのかな?」
いくら何でも、生まれてすぐに会話が出来るのはどうかと思う。
「主にお母様方の会話で学びました。もちろん父上の会話も聞いておりました。ですが会話だけですので、まだ文字は書けませんが」
「い、いや、十分だと思うよ?」
これで文字まで書けたら色々とおかしい事になる。その意味ではちょっと安心? 正直、安心する点が違うとは思っているけど……。
「どうやらハイエルフは、二年から三年お腹の中で成長して、出産時には会話程度は普通に出来るみたいなの。それから簡易でしか調べていないけど、魔力はとんでもない値になりそうよ。私やクラディなんか比較にならないくらいに。さらに付け加えると、生まれた時には多少魔法は使えるみたい。その魔法も、普通よりずっと強力。今は文字を覚えてもらっている所だけど、それも吸収が早いわね。一ヶ月もすれば、簡単な手紙くらいは書けると思うわ」
えぇー! いくら何でもそれは……。
「信じられないって顔をしているけど、二人とも既に簡単な単語なら書けるわ」
二人を見ると黙って頷いている。エリーが言っている事だし、多分本当の事なんだろうとは思うけど、いくら何でも普通じゃない。
「まあ、出産は大変だったわ。何となく分かってもらえるとは思うけど。それと、二人の誕生日は十月十三日よ」
「そりゃ……」
「でも、二人が予定日より少し早く生まれてくれたおかげで、ここの魔法防壁が間に合ったのも事実よ。そうでなかったら、今頃大変な事になっていたと思うわ」
「確かにそうだね。それにしても、やっぱり信じられないよ……」
今日は十月十八日の午後。既に五日も経過している。正直立ち会えなかったのは残念。あれ? という事は……。
それと、そもそも見た目が五歳児程度でいきなり産まれてくるというのを信じろというのに無理がある。
確か前世の何かで、人間は本来妊娠期間が短すぎるというような事を見聞きした気がするけど、その場合で二年程度って事だったと思う。当然一歳か二歳程度の大きさで生まれてくる事になるんだとは思うけど、言葉をいきなり話せるとは思えない。
「じゃあ、イロは今頃大変な事になっているんじゃ?」
「動けない以外は問題ないわ。大変なのは出産の時だけだから。それに、イロももしかしたら双子かもしれないわ。名前の事もあるし、もう一度考えた方が良いわよ?」
もしかしたら、それこそ三つ子って事もあるのかな? そうなると男女それぞれ三人分の名前を考えておいた方が良いかも。一応考えていても、急にそんな事を言われても……。
「それにしても、僕も父親か。あんまり実感が湧かないんだけど」
二人を見ると、どうしてもそう思う。だっていきなり見た目が五歳くらいに見えるんだから。
「あの、お父様?」
「ん、何かな?」
エミリアが声をかけてきたけど、正直『お父様』なんて呼ばれると、どうも調子が狂いそうだ。
「お父様はご自身の事を『僕』と言われていますが、私達も生まれた事ですし、そろそろお辞めになった方が……」
うっ……。まさかこんな事を指摘されるなんて。しかも指摘してきたのは生後五日の子供。父親の威厳って何なんだろう……。
「父上、僕もそう思います。父上は威厳などは求めておられないようですが、周囲の方が気にすると思います」
さらにタルヤにも追い打ちをかけられる。そりゃ確かに実年齢的にもおかしいのかもしれないけど、今さらなんだよね……。
「ど、努力するよ。それよりも、二人の方が僕……私より大人みたいなしゃべり方をするね?」
とりあえず一人称を『私』ってしてみたけど、どうも変だ。ただ二人の言う事も分からなくは無いし、別の言葉を見つけた方が良いかな? でも『俺』って言い方は柄じゃないんだよね。案外難しい問題かもしれない。
「はい、父上。お母様のお腹の中にいる時から、皆様の会話は聞いていましたので」
タルヤの言葉に思わず唸りそうになる。
確かに今の身分は貴族だし、そろそろ『僕』は卒業しないといけないのかもしれない。何だか子供が出来て、色々と変えなきゃいけない事がいきなり増えた気がする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まだ解除出来ないのか!」
理由は分からないが、川向こうの援軍はまだ来ない。いくら何でも遅い。それに山岳地帯の援軍も遅い。そろそろ最初の部隊が来ておかしくないはずだ。いくらクラウディアの魔法が凄いとはいえ、万を超える軍を壊滅出来るとは思えない。何より軍の知識もないのに、まともな指揮が出来るはずもない。
「申し訳ございません、アルマル様。それと第二軍ですが、連絡が付かなくなっております」
第二軍とは川向こうの部隊の事だ。当然第一軍は山岳からの部隊となる。
しかし連絡が取れない? こちらから連絡員も出しているのだ。敵の数は少ないのだし、奴らに妨害出来るとは思えない。
「消えた武装魔動飛行船は見つかったのか?」
「いえ。それも以前行方不明です。空にも今のところ見当たりません。常時監視はしているのですが……」
「夜に町へと入ったのか? しかし、この結界が解除されたようには思えないが……」
流石に夜となると監視は難しい。音はするはずだが、それだって聞き逃す可能性は常にある。
「警戒は常にしておりますが、今のところ手がかりすら見つからない状況です」
「そうか……分かった。何かあればすぐに報告を」
私は焦っているのだろうか? 確かに焦る理由はいくらでもある。何より援軍の到着が遅い。そしてこの謎の結界。さらに消えた武装魔動飛行船。
「指揮所に戻るわ。何かあればすぐに連絡を」
今の私が焦った所で、解決などしない。分かっているがもどかしい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「現在、高度三千M。相手が気づいた様子はありません」
副長のオリヴィエ・ベルジェが現在の状況を伝えてくるが、実際問題になる状況は発生していない。そもそも三千Mの高度に攻撃出来る手段など、かなりの魔法使いでも無理だと言って良い。それにこの高度を目視するのは至難の業だろう。
「現在の速力は、時速四Mとなります。子爵家の屋敷に到着するまでは、まだ二日はかかるかと。本来なら主機関を使えれば良かったのですが……」
「それだと下の相手にこちらの動きを悟られる。時間がかかっても、今は敵に察知される訳にはいかない。このままの速度を保ち、航行灯は点けるな。各部点検は常に怠らないように」
船長というか、艦長を命じられた以上、クラウディア様にこの恩を返さないとならない。
「アルマハーノ艦長。少し心配しすぎでは?」
「無理を言ってくれるな。こんな状況で緊張しないのがおかしい」
「まあ、確かにそうですが……」
「今は子爵家の方々と合流する事を最優先に考えたまえ。私もまだ死にたくないしな」
このまま何とか到着出来れば一番なのだが……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それでクラディ。今後はどうするの?」
流石にエリーも外の様子が気になっているみたい。まあ、気にしないというのが無理だとは思うけど。
「とりあえずは障壁の周囲にいる敵を排除するかな。その仕掛けも出来ているけどね。ただ、正直広範囲になるから魔力が心配かな?」
魔方陣の発動くらいではそれほど魔力を使わないけど、ここに来る時に使った転移系の魔方陣は別。あれは案外魔力を使うのが欠点なんだよね。今も回復は徐々にしているけど、それでも多分足りない。
「それでは父上、僕とエミリアの魔力をお使い下さい」
「え?」
一体何を言っているんだろう? 直接人から人に魔力を譲渡するなんて、聞いた事がない。ミランダにさえ、そんな話は聞いた事がないくらいだ。
「僕らは魔力の譲渡が出来るようです。僕らも初めてなので、どこまで回復可能か分かりませんが。父上、僕らの手を握って下さい」
言われるがままに二人の手を握る。すると二人から魔力が体内に流れ込んできた。
「まだ慣れていないので。ですがお父様に譲渡出来る魔力の量には問題がないはずです」
エミリアが言う通り、僕に魔力がどんどん供給されていく。正直こんな方法は初めてだし、まだ違和感があるけど、二人が協力してくれる事に今回は感謝だ。
「もう良いよ。とりあえずは十分だし、どうせ大量殺人をするつもりもない。二人は見た目こそ五歳くらいだろうけど、まだ人を傷つけるような事はして欲しくないからね」
それでも、二人には今後起こる事を見せなくてはならないだろう。正直心苦しいけど、僕らが置かれた状況をちゃんと理解してもらわないといけない。
「エリーは動けるかな? それと、二人とも今後起きる事に覚悟はある?」
「私は大丈夫よ。流石に激しい動きは遠慮させてもらうけど」
「お父様に従います。お父様のする事は、今後私達のためになる事でしょうから」
エミリアの言葉に、タルヤも無言で頷いている。正直まだ生後一週間すら経っていないなんて信じる方が無理だ。
「それじゃあ、地下の魔法防壁発生装置の所に行こう」
毎回ご覧頂き有り難うございます。
ブックマーク等感謝です!
今回の話には似た表現が何度も出ていますが、これは意図しての事です。
主に主人公の心の動揺を描いたつもりですが、難しいですね、この表現方法は……。
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