第百四六話 陰謀の渦巻く中で
鎧に身を包んだ騎士が、馬を駆けて疾走する。
周囲には武器を点検する者や、あらかじめ伝えられた陣に移動する者など様々だが、あまりに早く移動するその男を見ると、全員が何事かといった表情だ。
そんな周囲の事などお構いなしに馬で駆けること十分。目的地に到着したのか、騎士は馬を止めて近くのテントへと急ぐ。テントに入る前に一度深呼吸をしてから、頭と顔を覆っていた兜を脱ぐ。金髪の髪がなびき、テントに足を踏み入れる。テントの上には十字と両側にまるでコウモリのような翼をイメージした印章が付けられていた。
「コスティ・サミ・アルマル、入ります」
彼が中に入ると、上座に一人のサキュリア族がいて、テーブルを向かい合う形に何人もの男がいる。そのほとんどが貴族であり、バスクホルド子爵家と敵対している者ばかりだ。
「アルマルか。何かあったのか?」
一番奥の上座に座るサキュリア族、カミッロ・スパーノ・マンチーニ男爵は、彼がここに来たことに少し驚いていた。なぜなら彼の指揮する部隊は、川岸に陣を張る突撃部隊の一つだからだ。当然相手側の様子もある程度見えるし、そもそも簡単に持ち場を離れて良い立場ではない。例え彼が同じ男爵であり、しかもエルフ族という立場であってもだ。
「緊急にご報告する事が出来ました。対岸に陣を張っている者たちですが、魔動飛行船三隻を用意しております。また、その指揮官の一人にヴェーラがおりました」
それまで特に気にしていなかった他の者たちも、一斉に彼の方へと向いた。
「指揮官は彼女なのか?」
近くにいる別の男爵が問いかけるのに、彼は首肯する。
「ほぼ間違いないかと。鳩便を使ってこちらに知らせてきております。向こうの作戦内容も掴んでおります」
「それは僥倖だな。子爵家の連中は気が付いているのか?」
「手紙では恐らく気が付いていないものと。まだ確定情報ではありませんが」
マンチーニは手を顎の下に置き、嫌らしくニンマリと微笑んだ。
「分かった。対処の方はこちらで追って連絡する。君は一旦戻ってくれ。まだこの件は内密にしろ」
「はっ。では、失礼します」
コスティ・サミ・アルマル男爵――ヴェーラ・アルマル騎士の父親であり、子爵家にスパイとして娘を潜り込ませる事が出来た彼は、敬礼してその場を去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
彼女には不満が鬱積していた。
その責任はそもそも彼女の祖父が起こしたちょっとしたミスでしかない。単に領地から送る税金の一部にミスがあっただけだ。
しかしバスクホルド伯爵家がそれを税金逃れだと指摘し、彼女の祖父が今の領地に事実上の左遷させられた事が、その家のその後を決定的なものとした。
与えられた領地は王都から近くはなく、定期的に王都から監視目的の使者が訪れる。その度に領内の事を事細かに調べられ、祖父はその後十五年で亡くなった。エルフとしては極めて短命の七十八歳である。
すぐに長男が後を継ぎ、さらにそこから二十年かけて領の独立性を何とか取り戻した。その為に失った金額はかなりの物であり、お金以外の物も多く失っている。一時は領地の存続さえ危ぶまれたほどだ。
それでも今に至るまで領内をなんとかやってきたのは、彼女の父親に寄る所が大きい。それを間近で見てきた長女である彼女は、いつしかバスクホルド伯爵家を目の敵にするようになる。全ては彼らが悪いのだと。
貴族という立場で、他に男子の兄弟がいれば、当然長女であったとしても家を継ぐ事は出来ない。それは彼女が長子で長女という立場であったとしてもだ。
三歳違いの弟は、実に良く出来た才能を持っていると思う。今さら弟の事を目の敵にするつもりはない。しかし彼女の復讐心は、それが故に増したのかもしれない。十歳にもなる頃には剣術などを習いだし、四十歳で王都の騎士団試験に合格。その実力で、独自に騎士爵を得、さらに上級二等騎士の立場も手に入れた。
しかし彼女がバスクホルド伯爵家への恨みを忘れた事など、たった一日として無い。口にも態度にも出さないように細心の注意を払いながら、いつしか訪れるかも知れない機会を窺っていた。
そんな時に聞いたバスクホルド子爵家の護衛と、その後はその家に仕えるという内容。彼女は心の中で歓喜したものだ。
もちろんそれを表情に出すような、バカな真似はしない。むしろ子爵家に従順を装い、そして父親である男爵に内部情報を密かに漏らす事も忘れない。
馬車の襲撃事件は、そんな彼女が間接的に関与した一件だ。無論彼女だけの力で無い事は、彼女自身十分に承知している。
目の前に展開しているカミッロ・スパーノ・マンチーニ男爵とヤンネ・ヴァロ・ミッコネン男爵合同部隊に、彼女の父親がいる事も既に知っている。
本来なら同僚のキルスティ・ミッコネン騎士とも共にしたかったが、残念ながらそれはかなわぬ夢に終わった。しかし川を挟んだこの戦いのための対策は、既に秘密裏に終えている。
ヴェーラ・アルマルは、後は時間が全て解決するであろうと思いながら、始まりの合図を待つ事にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「クラウディア様、一応報告があります」
同行しているペララさんが、同じ馬車の中で密かに話しかけてくる。
「何か問題でも?」
もし問題があるのであれば、出来るだけ早く対処しないと。既に作戦の第一段階は開始されている。今さら後戻りは出来ない。矢は放たれたのだから。
「まだ不確定な情報ですが、一部の味方兵士に怪しい動きがあるとの通報です。今のところこちらも様子を伺っておりますが、一応お耳に入れておいた方が良いかと」
「誰だか特定は出来ているんだよね?」
「はい。ですが、首謀者とは思えません。現在首謀者の手がかりになりそうな事を調査中です。ですので場合によっては作戦の変更も視野に入れて頂きたく」
「うん、分かったよ。でも、まさかね。まあ僕らを良く思わない貴族がいるのは知っているし、当然その息がかかった人がいてもおかしくは無いよね。今のところどんな対処法が考えられるのかな?」
「仮にですが内通者がいたとして、こちらの作戦は筒抜けである可能性があります。私としては、領内に敵を引き入れて、補給船を分断する事が確実性が高いとは思いますが、その場合は、現状ですとある程度の犠牲も覚悟せざるを得ません。すでに部隊をある程度展開してしまっておりますので」
「困ったね……こんな時に、王家や伯爵家との連絡も取れない状況だし」
「それについてですが、どうも妨害工作を行っているのではないかとの情報もあります。こちらもまだ未確認の事が多く、断定に至っておりません」
「やっぱり人手不足だよね……」
「はい、残念ながら」
そもそも今回の件だって、こっちの準備が整わない事を分かっていてだと思う。簡単に軍を編成出来るほど世の中甘くないし、本来は僕だって多少は軍事的な知識を学ぶ必要があったはず。だけど開発を優先していたから、そんな時間もなかった。
もちろんこんなのは言い訳にしかならないけど、何か対策はしなきゃならない。それなのに人手不足は解消しないし、ここのところ王国やバスクホルド伯爵家との連絡もちゃんと取れていない。手紙は出しているんだけど。
何か悪い予感がするけど、それが何なのか具体的に分からない。早く手を打たないといけないのに……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「子爵領からの手紙がここのところ少ないな……」
「はい。特に最近は減少傾向にあります。ただでさえ状況が良くない中、これは問題かと」
執務室にいる執事長のリクハルド・ヴァルポラが、手紙の束をそう言いながら持ってきた。
「キヴィマキ様。むしろ子爵家は元より、我々に対しての抵抗勢力からの手紙がこのところ増えています。内容的には意味が無い物が多いですが……」
執事長の方をあらためて向き、差し出された一つの封筒を手にした。
「最新の子爵家からの手紙ですが、封書の筆跡からするに、偽物である可能性があります」
「偽物だと?」
「先にこちらでお調べしましたが、明らかに子爵家の方々の筆跡とは異なっております。何かの妨害工作と考えるべきかと」
「特定は出来ているのか?」
「怪しい者なら一応は。ですが証拠不十分です。王家の方にも確認をするべきかと思われます」
バスクホルド子爵家に対して、反感を持つ貴族は少なくない。しかも子爵家の領に対して紛争を超えた戦争を仕掛けようとしている様子もある。子爵家から数隻の魔動飛行船は受領しているが、まだ訓練をしっかり行えていない。現状では偵察行動にもまだ支障がある。
とにかく内容が偽物だとしても、手紙の中身は確認しなくては。それ次第ではこちらももっと動かなくてはならない。
封を切って中を見るが、内容は開発状況についてしか書かれていない。鳩便を使ってはいるが、どこかで手紙をすり替えられた可能性が高くなった。
「陛下と至急面会したいが、時間はとれるか?」
「それが……」
執事長が言うには、どうやら王家の方にも妨害が入っているようだ。無意味な面会予約が殺到しているらしい。
「何としてでも面会をねじ込んでくれ。この状況は余りに不味い。我々の連絡が、子爵領に届いていない可能性もある」
その場合は最悪だ。こちらからの警告ですら届いていない可能性もある。まさか内部に敵対勢力が紛れ込んでいるとは。その可能性を考え、事前に何度も確認したはずだが、そこをどうやってすり抜けたのかが分からない。
「分かりました。陛下も気にかけておられるかと思われます。非常手段を用いても、面会の約束を取り付けます」
まさかこんな事になってしまうとは。バスクホルド伯爵家の当主としても、これでは彼らに顔向け出来ない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「工作は順調に進んだようだな」
思わず笑みがこぼれる。これで王家と伯爵家の手出しは出来なくなった。いくら子爵の位を得たとしても、周囲から孤立させれば問題など些細な事だ。
「アルマス様。わざわざこんな所にご足労頂かなくても良かったのですが……」
今回の作戦で山岳方面の総指揮を執るアルベール・テオフィル・デボルド男爵がそんな事を言うが、こんな面白い状況をこの目で見る事が何よりも面白いのだ。コイツはコボルト族の男爵だが、コマとしては使い勝手が良い。何より子爵領に領地が隣接している。
「相手の状況はどんな様子だ?」
「金属製の馬を使わない車のような物を用意しているようです。何らかの武器も付いているようですが、防御魔法などの準備は整っております」
「あまり魔法を過信するなよ? あの連中は、我々が知らない技術も持っている」
「それは心得ております。先陣を切る部隊には、重装甲の鎧も用意させました」
ここまでこの者たちにお膳立てをしたのだ。これで負けてもらっては困る。
「あのような者どもに、これ以上王家と接近をさせる訳にはまいりませんので。作戦はお任せ下さい」
「ああ、もちろんだ。その為に貴様らに虎の子の魔法部隊も預けたのだからな」
私が密かに結成させた魔法部隊を、今回は全力で投入する。いくら手段があったとしても、この魔法部隊だけで二千人いるのだ。手塩にかけて育てた部隊が、そう簡単に負けては困る。
「アルマス様、アルマス・ヴェイニ・ミスカ・テリラ男爵様はいらっしゃいますか!」
誰かが私を呼んでいるようだ。
「この場はお任せ下さい。暴れてさし上げますよ」
「ああ、頼んだぞ」
早く子爵共の首を取りたいものだ。
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