閑話 十八 飛行船にて
いつの間にか飛行船『サヴェラ号』の船長となったが、最初に思っていた不安は既に無い。
「アルマハーノ船長、今のところ不具合はありません。全て順調です。乗り込んでいる技術者も暇そうにしていますね」
報告をしてきたのはオリヴィエ・ベルジェ。コボルト族の男性で、この船の副長を命じられている。彼も元は船乗りで、その道十五年のベテランだ。
「まあ、不具合が無いのは良い事だと思うが? それにあのクラウディア様が全面的に設計したのだ。むしろ私としては不具合が出た方が驚きだよ」
『それはそうなのですが……』と彼は言っているが、やはりどこか疑問に思う事もあるのだろう。
そもそも誰も設計した事すらない飛行船で、しかも処女航海。普通なら不具合の一つや二つは出て当たり前だ。なのに不具合らしき不具合がまるで無い。
「そもそもだ。本来の性能の十パーセントしか使わない魔動エンジンに、普通に考えれば一つしか使わない浮遊用の魔石を気嚢分搭載し、船の針路はこの羅針盤という物で簡単に分かる。その上飛行する場所を設定すれば、その後は自動で飛行までする。気嚢だって全部で百個を超え、全体の七割が破れない限り飛行可能。細かな動きをするための小型魔動エンジンを大量に積んでいて、本来なら百人乗っても全く問題が無い設計なのに、制限は二十人まで。むしろこっちの方が私はおかしいと思うが?」
「船長が言われる事も尤もなのですが、それを実現出来てしまうというのも、私としては何だか納得が……」
「だから言っただろう? この船の設計がクラウディア様なのだ。あの方が作る物は我々の考えを根本から変えてしまう。私も含めて慣れるしかないだろうな。それで、他に何か連絡事項は?」
「順調すぎてありません。高度、速度共に全て完璧と言って差し障りないです。ここまで自動的に飛行するのであれば、我々が乗っている意味があるのか疑問すらあります」
「一応、非常時には我々が操船するからな。あの方の考える非常時がなんなのかは分からないが、必要なんだろう」
そうは言いながらも、正直本当に我々が必要なのかは疑問だ。
実際、一度航路を設定してしまえば、離陸から着陸まで全て最後まで人の操作する事はない。我々がやっているのは計器を見て報告書に記載するだけだ。これが後で改良する時の役に立つと仰っていたが、このままで十分なのではないだろうか。
地上の撮影も順調らしく、既に半分の行程が終わっている。
今回は処女航海という事もあり、飛行時間は三時間だけではあるが、クラウディア様の話が本当ならば、事実上燃料の補給など何もなく、無人で地図の作成すら行えるらしい。流石に新型の記録板を搭載するのに制限はあるが、それを考えなかったとしても十分に完成した飛行船だと思う。
「クラウディア様は、一体ここまでの物で何をされるつもりなのでしょうか? 十分このまま兵器としても活用出来る気がするのですが……」
副長の彼は、若い時に少しの間警備隊に所属していたそうだ。そのせいもあるのか、この飛行船『サヴェラ号』が兵器としても活躍できることを見抜いている。まあ、それなりの知識があれば誰でも分かる事なのではあるが。
「私の知る限りでは、この飛行船を兵器として使うつもりは今のところ無いそうだ。使うのは人と荷物を運ぶ事だけに限定されたいらしい」
「確かに戦争の道具として使うよりは、ずっと良い事なのでしょうね」
ベルジェはどこか納得していない所はあるようだが、それでも今の使用方法については文句もないらしい。私だって戦争で使うよりも、こういった物が平和的に有効活用された方が気分が良いのは確かだ。
「それよりも君は、早くこの船の事を覚える事が重要だと思うが? 私も全てを把握している訳ではないが、この船の副長に選ばれているのだ。二隻目が完成したら、君が船長の最有力候補だと思うが?」
「言われてみれば確かに……」
既に二隻目どころか、今の段階で七隻が同時進行で建造中だ。王国が欲しがっているとの話らしいが、無理も無い事だとは思う。この存在だけでも、王国の未来が変わるだろう。どう変わるのかは、私にはさっぱり分からないが。
「とにかくだ。各部異常が無いかだけはしっかりと確認を怠らないようにしてくれ。何かあれば警告が表示されるそうだし、最悪の場合は自動で不時着する。無論そんな事になっては欲しくないが、クラウディア様のお顔に泥を塗るような事だけはしたくないからな」
「了解です」
これからは海や川だけでなく、空ですら人が行動する場所になるのかもしれない。もしかすると、私は歴史の転換点に立っているのかもしれないな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「バーリマン機関長、どうかなさいました?」
私と同じくこの『サヴェラ号』へ配属されたクリメント・サドムスキー機関士が話しかけてきた。とはいえ、機関部に配属されたのは私と彼だけなのだが。なので私が機関長というのも、正直名ばかりに思う。
「大した事ではないわ。ただ、あの魔動エンジンというのは、本当に凄いと思っていただけよ」
私はエルフであるが、別にエルフだから機関長になった訳ではない。当然女性だからというのもお門違いだ。単に建造時から機関関連の手伝いをしていただけであり、正直今でもあの魔動エンジンの仕組みは理解出来ていないと思う。本来私がそんな状況ではダメなのだろうが、かと言え他に適任者がいなかったのも事実。そこに種族や男女などといった要素など皆無。全てクラウディア様の命に従っていただけなのだから。
「あなたはあの魔動エンジンの事について理解出来た?」
魔動エンジンその物は船外に取り付けられているが、その状態を監視する事は船内で可能だ。だが実物をこう間近で見ると、監視している表示が正しいのか分からなくなる。
「私も魔道具についてはそれなりに自信がありましたが、あの魔動エンジンを見ると、正直今まで学習してきた事が何だったのかと疑問に思います」
「それで、本音は? 誰にも言わないわよ」
「俺たちは一体何をやっていたんだって所ですかね……」
今いる所には、他に誰もいない。なので彼も地が出たのだろう。だからといって私もそれを咎めるつもりもない。同じ思いだというのが、私をそうさせるのだろう。
「そりゃ、クラウディア様の技術は凄いと思いますよ? ですが、何だか今までの事が全て否定されたような気になるのは、私だけですかね?」
「それは私だってそうよ。実物を見にしなければ、今でも私だって信じられないのだし。正直に言って、確かにクラウディア様を含めて、バスクホルド子爵家の方々には感謝しているわ。こんな僻地に送られて、このまま一生を終えると思っていたんですもの。でも、まさかこんな事に携わるだなんて思いもしなかったわ」
「同感です。その意味では、あの子爵家の方々には頭が上がりませんね」
「私もそうだけど、あなたももっと考え方を改めないといけないようね。今までの常識で考えていたら、少なくともクラウディア様のやっている事は全く理解出来ないわ」
「我々にそんな事が出来るのでしょうか?」
「出来るかどうかではなく、やるしかないわ。飛行船が量産されるというのは聞いているでしょう? あなたもそんなに遠くない時期に、きっと飛行船の機関長に選抜されるはず。未経験者よりも、私達の方が有利なのは事実なのだから、今のうちにしっかりと学習しましょう」
「了解です、機関長殿!」
「それは嫌味かしら?」
「いえ。単にふざけているだけですよ。多分こんな事が出来るのは、今回の航海だけでしょうから」
「そうね……でも、気を抜く事だけはしないで。安全策は何重にもされているとクラウディア様が仰っていたけど、それでも問題が起きる事は常にあると言っておられたわ」
「少なくとも我々は、この魔動エンジンについてはしっかりと学習しなければならないという事ですか……」
彼はそう言って、窓から見える魔動エンジンを見る。一見単なる筒にしか見えないそれは、私達のような研究者を刺激するには十分だ。
分厚いマニュアルをまだ読み切ってはいないが、早く覚えなければならないだろう。
船内のいたる所で、似たような会話が行われているが、それを知らぬのはクラウディア本人ばかり。
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