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第十二話 剣と魔法だけが戦いじゃ無かった!

2017/09/12 価格表記の間違いを修正しました

2016/01/30 誤字修正及び、内容を一部修正しました

2016/01/28 誤字修正しました

2015/04/27 内容を修正しました。

本文に『フタナリ』を連想する表記がありますが、主人公その他が『フタナリ化』する事はありません。

ご理解いただきますようお願いします。

 外で働き始めて四ヶ月。この仕事も大夫慣れてきたし、ここの家族ともう一人のナィニーの仕事をしているニーニャさんともだいぶ仲良くなれた。


 サキュリア族――前世で言う所のサキュバスだからちょっと不安だったけど、今のところ『間違い』はおかしていない。というより、彼女の方もちゃんと常識があるようだ。まあ、僕が前世の記憶を引き継いでいるからそう思うだけみたいだけど。


それとサキュリア族には、前世でいう所のインキュバスも含まれていて、どちらもサキュリア族の名前で統一。むしろこの世界には、サキュバスという言葉がないみたいだ。


『そんな同意もなくやらないわよ。確かに私達の居住区で、下手な裏道なんか通ったら分からないけど、それだって希よ? 好きでもない人となんて、誰だって嫌でしょ?』というのが彼女の言葉。


 そもそも『魅了』や『隷属』の魔法は一応あるらしいけど、使える人はかなり希らしい。かなり高位の魔法との事だ。ニーニャさんも使えないと言っている。


 ただこの家の女性陣四人に『羨ましいわ……』とよく言われる。こっちは嬉しくないのに! もちろん胸の事だけど、男の僕が胸が大きいと言われて嬉しいと思う事はないんじゃないかな? エルフやその眷族の間でも、男性の胸の事を言うのは事実上御法度。例え冗談だとしても言わないのが普通。時々お酒の席で話題になる事はあるらしいけど。


 ただ例外もあるらしくって、その人達に認められている場合はこの限りじゃないのだとか。つまり僕はこの商人一家の人たちに認められているって事らしい。


 そんな僕だけど、たまにその女性組四人に弄ばれる。別に一線を越えることまでは無いけど、突然背後から胸を揉まれるくらいはされたりする。彼女たちなりのスキンシップと、僕の胸に対する当て付けって前に言っていた。別に乱暴にされるわけじゃ無いし、理由が分かってからは特に抵抗はしないことにしている。男性からやられたらイヤだけど、僕だって男だしね? 女性に対して僕は弱いみたいだ。最初こそ抵抗はあったけど、この人達なりの愛情表現と思えば、むしろ男としては嬉しく思ったりもするし。


 実家の仕事に関しては、今はほとんど手伝っていない。ナィニーの仕事の方が報酬が高いからというわけではなく、お店のお手伝いも結構忙しかったりするし、家族からも『独り立ちするために頑張りなさい』と言われたのもある。確かに自立するために働かないといけないのは当然だし、お母さんもその事を分かっているんだと思う。


 勤め先であるランダーソン家には、新しい女の子も生まれて、名前はレイリアちゃん。コボルト族と鳥人族のハーフで、母親は第二の奥さんのチェウスさんだ。混血がちょうど上手い具合に進んだのか分からないけど、コボルトのちょっと筋肉質な肉体と、鳥人族の特徴である翼がある。


 コボルト族は生まれた段階で、一般的にはすでにそれなりの筋肉があるみたいだ。見た目に腕やお腹の筋肉が分かるくらい。翼があるけど飛べるかどうかは、まだはっきりと分からないらしい。ある程度の大きさの翼がないと飛べないし、大きい翼でも体重が軽くないと飛べない。実際翼を持った人でも飛べない人はかなりいるのだとか。まあ、筋肉質といってもまだ赤ん坊ではあるけど。ただ筋肉質であるがためか、飛ぶのは難しそうみたいだ。初期に誕生した飛行機の体重制限じゃないけど、確か筋肉ってかなり重いと前世で聞いたことがあった気がする。その辺の理由かな?


 レイリアちゃんには僕とニーニャさんとで交代交代の授乳をしている。僕は授乳時間以外はお店で売り子だ。当然その分の賃金も出るので、ナィニーの仕事に比べれば金額は少額だけど、それでも普通に仕事をするよりはお金になる。お金が全てではないとはいえ、やっぱりある程度のお金は必要だし、誰だってそれなりの暮らしはしたいと思うのが世の常。


 ニーニャさんは読み書きが絶望的らしく、しかも計算も苦手らしい。なのでお店のお手伝いは無理という話。


 元々この世界の識字率が高くないみたいで、ちょっとの読み書き出来る人でも全体の三割程度と前にも聞いた。簡単な単語は読めたとしても、文章となると駄目な人が多い。ニーニャさんもそんな一人。計算となるともっとハードルが上がる。


 時間があったら、ニーニャさんにも簡単な読み書きと計算を教えて欲しいと言われたけど、今のところ二つの仕事で手一杯。もう少し生まれた子供達が成長して、一緒に教えた方が良いだろうとの事で納得してもらう。住み込みなら出来るかもしれないけど、今のところ通いでの契約だし。


 お店では雑貨類を扱っているんだけども、かなり手広くやっている。比較的安価な魔道具から、スプーンなどの日用品まで。お店の名前もランダーソン雑貨店となっていて、手広くやっているためかお客さんも多い。お客さんが全くいない時間帯の方が珍しいくらいだ。


 特に魔道具関連に関しては専門店にはやっぱり劣るらしいけど、こういった雑貨屋の方が需要があるらしい。何より専門店の場合は高価な物が多いらしく、庶民には手が届かない場合もあるのだとか。魔道具にかかわらず、食器類なども専門店だと高級品ばかりなのだとか。


 そりゃ専門店に置かれた魔道具の一番安価な物でも金貨三枚とかじゃ、とてもじゃないけど買えない。金貨三枚もあれば、恐らく普通の人は一生暮らせるくらいの価値なんだから。食器類でも金や銀がふんだんに使われていたりして、魔道具ほどではないにしても専門店では高級品だ。


 このお店で売っている食器類は木製から金属製まで様々。自宅で使用した事は無かったけど、箸の文化もどうやらあるらしい。全体的にはあまり売れ筋では無いけども。ただ、調理用としての菜箸はそこそこ需要があるみたいだ。


 今はそんな店舗で品出しを終えた後にお客さんへ説明中。どうやら魔道具の調理コンロを購入しに来たようだ。


 調理用魔道コンロと言っても種類はかなりある。


 携帯用かつ使い捨ての、薄い板に魔方陣が描かれた物から、魔道コンロが四つもあってそれぞれ火力を調整出来る物まで。ちなみにそのタイプだと金貨一枚もする。使い捨ての物は銅貨五枚だ。


 一般的に売れている魔道コンロは、厚手の木製の板に魔道コンロの魔方陣が一つだけ描かれた物。


 魔道コンロの場合、水を湧かすのがかなり早く、鍋一杯の水でも魔力次第で瞬時に沸騰させる事が出来る。魔道コンロは使用者の魔力次第なので、低魔力者用の魔道コンロなどもあったりする。ただ、原則的には誰でも魔力さえあれば使えるし、魔力が全くない人など聞いた事がないので、特殊用途などではない限り魔道コンロが普及しているそうだ。


 一部に使用者の魔力を調整して、一定以上の火力が出ない物もあるそうだけど、そんな物はまだ一般的じゃないし、僕も見た事はない。


 特殊用途となると、代表的なのが大人数の食事を用意する場合など。さすがに火力が足りなくなるので、そういった用途では普通の薪を使った物が一般的らしい。大きな食堂や金持ち貴族が買うみたい。


「中級魔法が使える方ですと、お勧めはこちらになります」


 僕が紹介したのは、金属の板に二つの魔道コンロが描かれた品。木製よりも効率が良く、焦げる心配もあまりない。木製だとやっぱり焦げる事が頻繁にあるのだ。それに金属に描かれた物の方は、少量ではあるらしいけどミスリル系などの魔法金属が使われているらしい。そのため効率も格段に違ってくる。


「そうよね……でも、銀貨四枚はちょっと手が出ないわ。銀貨二枚だとどんな物があるのかしら?」


 お客さんはコボルト族の女性。以前に使用していた木製コンロが焦げてしまい、使えなくなったという。それで金属製の物を探しに来たのだとか。ちなみにこのお店の常連さん。


 僕よりも背が頭一つ分くらい低いけど、体格はしっかりしている。多分体力じゃ勝てない。藍色の目で黒髪はきっちりと整えられている。服装はグレーのエプロンに茶色で統一された上下の服だ。


「そうですね……魔方陣の大きさがもう少し小さい物ならございます。その代わり、お湯が沸くまでの時間が若干かかりますが、よろしいですか?」


 魔方陣が小さいと当然火力も小さい。魔方陣に供給する魔力には制限があり、制限以上の魔力を流すと、いくら金属板に描かれた物とはいえ、魔方陣が壊れたり燃えてしまうのだ。ちなみに僕がこの手のを使用すると、確実に爆発する。


「銀貨二枚と刻印銅貨二十二枚ね……。やっぱりコンロは二つ口の方が料理もしやすいし……」


 大抵の人は、二つ口のコンロを購入する。希に三つ口の物を購入する人もいるけど、その場合は大家族だったりする。


「先ほどのお話ですと五人家族との事なので、三つ口は必要ないと思います。どうしても必要な場合は、安価な物を別に購入された方がよろしいかと。もちろん当店としては三つ口の物をお勧めしたい所ですが、ご予算からして三つ口は難しいと思います」


 相手に購入が難しい物を勧めるよりも、確実に購入出来る物を勧めて、さらに追加購入をお願いした方が売れやすい。購入してくれないよりも購入してくれた方が利益にはなるし。


 お店に来るお客さんは午後が多い。この世界では女性も普通に働いている事が多いみたいだけど、働いているのは午前中だけの場合が多いそうだ。午後からは家に必要な物を購入したりする。もちろん午後だけ働く人もいるから、午前中が暇という訳ではないけど。


 午後の日が沈むまでを『赤の刻』と呼び、その中で八分割される。例えば『赤の刻の二時』といった感じだ。それ以外に午前中が『白の刻』、夜が『黒の刻』とされている。日が沈むと季節に関係なく『夜の刻』となり、太陽が真上に来た時に『赤の刻』とされている。ただ、八分割が正確なのかは不明。


 実際今働いているここに来るまでは、時間の感覚があまりなかった。さすがに商売をしている人々は、それなりに時間に敏感だ。日没近くなるとさすがにお客さんが途絶えるし、無理にお店を開ける事は普通はしない。さすがに日が沈んでからだとお客さんもほとんど来ないし。


 まあ、農業をやっている人も多いためか、夏至や冬至、春分や秋分なんかは決まっているみたいだ。僕にはさほど関係ないので、正直覚えていないけど。


 そもそも外灯がほとんど無いので、夜に出かける人はよっぽどの事情がある人か、泥棒くらいだろう。どんな世界でも夜に泥棒が多くなるのは同じみたい。


 正確に計測する方法が皆無だけども、単純に一時が一時間とすると、八時間が三回なので二十四時間と思いたいが、感覚的に地球の二十四時間よりずっと長い。何か正確に時間を割り出す方法を見つけてみたいのだけども、今は色々忙しいのでその時間は無い。


 そもそもこの星の直径や周囲などの情報が全くない。当然自転周期も分からないし公転周期なども分からない。最低限そのくらい分からないと計算出来ないんだけど、一年が明らかに三百六十五日じゃない。


 ここの街で使われている暦では四百九十日が一年とされているのだけど、閏年がないし、夜空に浮かぶ月を元にした暦がない。月の満ち欠けも地球のとは違って新月がない。満月はあるんだけどね。地球と違って、月が自転しているのかな?


 何より致命的なのは、世界地図に相当する物がどうもない。いくつか地図を見た事はあるけど、素人目にも地図として役に立たない事が分かるくらいだ。


 この街が所属している国の地図はあっても、首都とこの街や他の中小の町、村の距離がどこにも書かれていない。


 近距離なら馬車で何日といった表記はあるけど、そもそもその馬車の移動速度が分からないし、途中の地形もハッキリしないので、平均速度も割り出せない。


 この状態では、流石に僕でも三角測量などは到底無理。そもそもその為の道具って何を使ったっけ?


 少し前に知ったのは、今いる場所はファラト大陸のイルシェス王国という国で、ピリエストの街と呼ばれている。他にも人が住んでいる場所があるけど、首都の王都イルシェスとこの街以外は線引きがあるようで、イルシェス王国で唯一王都とこの街を結ぶ、魔道鉄道という物が走っている。


 魔道鉄道は蒸気機関とは違うらしく、魔石の魔力を動力としているそうだ。詳しい事は秘密にされているらしく、そもそも魔道鉄道に乗れるのはごく一部の貴族や金持ち。どのくらいの時間で王都にいけるのかも知られていないし、鉄道の駅はるか手前に検問がある。一般人はそこから先には入れない。金額など尚更分からない。


 ただ噂で、最近煙を吐く鉄道が出来たと聞いた。蒸気機関が発明されたのかも? 技術的には出来ておかしくはないと思うけど。魔道鉄道があるのだから、車輪を動かす技術はあるはずだし、地球とは違う方式かもしれないけど、無理って事はないと思う。


 そんな分からない事よりも、とりあえずは接客。


「値引きとかは出来ないのかしら? このコンロと、小さい一口のを購入しようと思うんだけど? 小さいのはこの際木製でも構わないわ」


 この世界にももちろん値引きの概念はある。ただ値引きと言っても前世の値引きとは必ずしも一致しない。なぜなら、お店で有用な物を引き取るといった形もあるからだ。そしてそれは普通に食品だったりする事も少なくない。


 一応僕にも値引きの権限は多少だけど任されていて、表記値段の一割までなら自由に行使出来る。そしてそれは月の給金に影響しない。そうでなきゃ、お店の主人であるオラリスさんなどを呼ぶしかないし、当然お客様を待たせることになる。


 残念なのは、たくさん売った所で給金が上がる事もあまり無いという事だ。ただこの世界ではこれが常識らしく、それでモチベーションが下がるといった話も聞かない。


「そうですね……二つ合わせて銀貨二枚と刻印銅貨十枚なら如何でしょうか?」


 実は銀貨一枚と刻印銅貨八十枚までなら、僕の権限だけで値引きは可能だ。かといって、無闇に値引くわけにもいかない。採算があっての商売であって、いくら一割までの値引きが許されていても、早々毎回値引くわけにもいかない。


「うーん……分かったわ。じゃあ、それでお願い。後で引き取りの者が来るので、その人に渡して」


「では、お会計ですね。あちらへどうぞ」


 今回は値引き交渉が楽だった。大変な時は、二時間とか粘られる。たとえ休憩時間や交代時間であっても、一度引き受けた人は同じ人がすることがこの店の決まりだ。なので休憩時間が大幅にずれ込んだり、希に休憩時間が取れない事だってある。異世界であっても仕事が大変なのは同じだ。


「はい、確かに銀貨二枚と刻印銅貨十枚受け取りました。では、こちらの用紙にお引き取りになる方の名前と、大体のお時間をご記入願います」


 この街では、専門の運送組合がある。自分で持ち帰れないような時は、その組合に連絡して配達してもらうことが多い。それ以外でも結構使用されている。


 ただ欠点もあり、時間厳守ではないこと。そもそも一時間の下の単位がないので、大まかにしか分からない。さらに配達も同じ街なのに二日かかることも珍しくない。


 まあ、前世の日本における運送業が、ある意味特殊だったとも思うけどね。


 運送組合はあまり人気職ではないらしい。馬車の運用コストが高いこともある。確かに馬を維持するのは大変だとは思うけど。


 集中的に誰かが管理しているわけでもなく、組合に登録している個人が配達するので、一定量の荷物引き受け依頼が集まらないと配達どころか集荷にも来てくれないのだ。もちろん特別に別料金を払えば別らしいけど、普通はそこまでしない。


 そんな事情があり、指定時間を過ぎて翌日になった場合は、原則として依頼品を運送組合に持っていく必要がある。正直それが一番面倒。


 この世界の個人情報は、中途半端に非公開な物が多く、お店の人が積極的に客の住所を聞かない。知っているのは運送組合の人間だけなので、お店から直接配達も出来なかったりする。なのでちょっとした物なら、購入した人がそのまま持ち帰ることの方が多いんだけどね。


 まあこれには理由があるらしく、お忍びで貴族などの金持ちが依頼する場合もあるからだとか。


 本当は貴族であれば高価な物も買えそうだけど、案外貧乏貴族が多いらしい。なので無闇に客の名前を聞くのも駄目なのだ。


 案外この世界も制約が多い。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 働き始めて六ヶ月。家族からお店の方で本格的に働くように言われた。早い話が独立してちゃんと仕事をしなさいという事らしい。まあ、そこそこ以前から泊まり込みが多くはなっていたんだけどね。


 別にそれに不満があるわけじゃないし、自宅――実家といった方がもう良いのかな?


 一般的に六から八ヶ月、遅くとも一年勤め先で認められたら、基本的にはそこで仮住まいをしながら、さらに社会勉強をするらしい。


 それに働き先のお店の方からも、先月辺りから住み込みでの仕事の話が出てきていた。確かにその方が給金も良いし、そろそろ独り立ちしなければならないのかもしれない。


 結局六ヶ月目から住み込みでの仕事に変更することになった。それでも、仕事内容が大きく変わるわけじゃない。そもそも雇われている一番の理由は、幼い子供達への授乳。男の僕がそんな事をするのも変な感じだけど、エルフやその眷族であれば当たり前という認識。なによりランダーソン一家の人たちと、ニーニャさんとは今まで以上に親密になれた。


 さすがにお昼はお店のことがあったり忙しいので昼食は別々になってしまうが、朝食と夕食は一緒だ。


 主に出てくる食事はパンとメインの肉料理。この辺りではあまり魚を食べる習慣がないらしい。


 何より近くにあるのは、そこそこ大きい川だけど、泥臭い魚が多いらしくて食べる人は少ないのだとか。泥抜きの概念はないみたいだし、そもそも漁業で生計を立てている人はほぼいないらしいので、当然それに伴うような産業も無いらしい。


 そういえば実家でも肉料理が多かった。それも色々な種類があって、調理方法も多彩。主にハーブのような物や香辛料で味付けされた物が多いのだけども、スープの具材として使用されることもある。それにシチューに似たスープもあった。ちょっと水気が多いけど、味は十分に美味しい。


 それから新しいメイドさんも雇う事になった。


 お店の方もだいぶ売り上げが伸びているらしく、さらにハウスキーパーとしてのメイドを雇いたいらしい。僕らと仕事を共にするので、事前に僕らに知って欲しかったんだろう。


 もちろん単に家の中だけではなく、お店の清掃も兼任になるそうだ。人を雇うお金があるということは、それ相応に儲けているのだろうし、僕一人が手伝っても限界がある。お店の回転率に支障が出ているのだと思う。誰かの給金を上げるよりも、人を雇わなければならない事態なのだ。


 お店の清掃は売り上げに案外直結する。やっぱり清潔感があるお店の方が、人は来てくれるのだから。それはどんな世界だって同じだと思う。


 ちなみに名前はパセット・オルビスさん。エルフ族の女性で、簡単な計算や一応読み書きも出来るらしいのだけど、難しいことは出来ないそうだ。その代わりに、料理はそこそこの腕前。一応店番も兼ねるらしい。そもそも普通に店番をするのに、難しい計算なんて必要ないし。


 以前は冒険者をしていたらしいけど、怪我で引退したらしい。とはいえ、普通の生活に困る程のことではない。冒険者と言っても、彼女の場合の冒険者とは、未知の遺跡などを調査する人のこと。早い話が遺跡の発掘や発見だ。


 この世界の冒険者とは、色々な意味を指す。最近知ったんだけどね。狩人はもちろんだけど、遺跡の調査や植物の生態調査、動物や魔物の生態調査など、全部が冒険者と名乗れる。大抵はその際に何らかの魔物や動物を狩る事が多いので、狩人を兼ねた色々な仕事をしているといった認識だ。


 一般にエルフ族は博識らしいけど、実家が貧乏だったらしく最低限の読み書きと計算程度らしい。まだお店の番をする程の知識は乏しいとも言える。それに誰もが高度な教育を受けられるはずもない。冒険者になるような人は、特にそれが顕著だって聞いた。


 そもそも思うんだけど、商人組合が求める技量が高すぎると思う。普通に接客やお金のやり取りをするだけなら、せいぜい四則計算が出来れば困らないし、商品の知識はその場で覚えれば問題ない。同じ物を大量に買うような人でなければ、かけ算だって使う必要ないと思うし。


 さすがに電卓はないので、大量の買い物の時はちょっと大変な事もあるけど、それ以外はほとんど困らない。


 それでも斡旋所からの紹介だけあり、それ以外に目をつぶれば需要はいくらでもあるのがこの世界。むしろ需要に追いついていないと思う。


 そもそも家庭教師が専属で出来る程の腕があれば、それだけでもかなりの額を稼げる。かといって、大商人や相応の貴族でもなければ家庭教師は雇えない。なので、多少の勉学が出来るだけでも優遇されるし、逆に言えば普通の人にはさほど学力がない。


 単なる四則計算が出来るだけでも、商人として成功出来る世の中なので、高等な数学が要求される建築などは発展していない。


 その代わりが魔法技術であって、本来は重量計算などを厳密に行うべき建築物が、魔法で簡単に建てられてしまう。基礎どころか、壁の補強も魔法で行えるので、かなり高さのある建物でも、前世でいう所の鉄筋や筋交いなどが全くない。何より地震もこの辺りでは起きないみたいだ。


 僕も使える土魔法で土を固める方法があるけど、それを幾度も行使しながら重量に耐えられる建物を作ったりしているからビックリだ。僕って建築家の才能あり? なんて、冗談で思ったりもする。


 もちろんそんな事を繰り返しているので、きちんと計算された建物で作れば魔力も魔法も最小限で済むはず。ただ建築の専門家でもないし、この地域には地震も無いようなので表面的な問題になることは無いのだろう。


 最低限の計算が出来る人間が増えれば、この世界ももっと発展するのだろうけど、恐らくそういった人間は王都に行ってしまうのではないかと思っている。


 物を見た事は無くても、一応『魔道機関車』があるのだし、レールがあるということは多分車輪としての円も作れる。そういった設計には数学が必要になるはずだ。


 さすがに前世での日本のような運行ダイヤは無理だろけど、計画は出来るのだからその様な発案者がいるはず。


 ただ残念なことに、僕はこの世界に慣れてきてしまったかもしれない。数学どころか算数の初歩レベルの事しかしていないし、使わない物は人間忘れてしまう。でもそれも仕方のないことだとは思っている。


 この世界、前世に比べれば刺激が無い。


 確かに魔法は刺激的だったけど、今の僕には『制御出来ない厄介物』でしか無い。つまり刺激にはならない。


 そんな冷めたことを思いながら、パセットさんと挨拶をする。


 さすが元冒険者だけあって、年齢は僕よりも上だ。とはいえ、エルフとしてはまだまだ若年の二十二歳。


 遺跡の発掘中に魔物の集団と交戦し、命からがら逃れたらしい。普通の行動には問題ないらしいが、怪我の影響で少し足を悪くしたのと、魔物が怖くなって廃業したそうだ。確かに魔物の集団に襲われたら、誰だって怖いと思う。PTSDの一種だろうとは思うけど、この世界どころか前世でだって確実な治療方法があるとは聞いた事がないと思う。


 この世界の医療技術は優れている所もあれば、全く駄目な所も多い。特に心の病に関しては致命的とも言える。そんな医療技術の中で魔物が怖くなったパセットさんを責めるのは酷だろう。


 元冒険者ということもあり、彼女もこの家に住み込みになるという。普通に引退すれば別だが、怪我などで引退しさらに年齢も若いとなれば持っているお金もさほど無いはず。そもそも以前は宿を必要なときだけ借りる生活だったそうで、家その物が無いそうだ。


「それじゃあ、クラウディア君にお店のことを教わっといて。大体で良いからね?」


 ユリアさんはそう言うと、僕らから離れて家の中に消えてゆく。そろそろお昼の時間だし、お昼の時間帯はさすがに客も来ない。その間に大まかに教えておいて欲しいということだ。


「クラウデア・ベルナルです。ハーフエルフで十五歳になります。僕もまだここで働き出して六ヶ月程ですが、よろしくお願いします。皆さんクラディと呼んでいるので、クラディで良いですよ?」


「私は紹介のあったとおりパセット・オルビス。純血のエルフよ。二十二歳だけど、元が冒険者だし分からないことが多いと思うから、色々よろしくね、クラディ君」


「はい。パセットさんとお呼びすれば良いですか?」


「そうね。でも年上だからってあまり敬語とかは使わないでね? あなたもハーフエルフなら分かると思うけど、私達は寿命が長いわ。七歳の差なんて無いような物だし、遠慮しなくて良いからね?」


「分かりました、パセットさん。じゃあ、お店で扱っている物を紹介しますね」


 純血のエルフ族は、大人になってからは初めて見る。この人もやっぱり胸が大きいけど、女性なのに僕よりも胸が小さいのは、正直複雑な気持ち。


「ところでクラディ君はナィニーの仕事もしているそうね? 私はそういった事が無縁だったんだけど、正直どうなの?」


「仕事ですからね。僕は男なので確かに思うことが無いといえば嘘になります。でも嫌いではありませんよ? 子供は好きですから」


 子供が好きだというのは本当だ。でなければこんな仕事はしないと思う。それに前世でも子供はそれなりに好きだったと思う。ただし年下に限るけど。


 小さい子だと心が純粋なのか、間違った事を注意すればちゃんと聞いてくれる。だけど年上……特に大人になるに従い、どうしても自分の意見が優先な人もいる。仕方がないと分かっていても、明らかに間違っている事を修正しないのも、何だか本人が可哀想にさえ思える。


「それを聞いて安心したわ。嫌々やっているなら、私の方から一言口添えしようかと思ったの」


「大丈夫ですよ。でも心配してくれて有り難うございます」


「まあ、心配というのは本当だけど、半分は嫉妬なのよね……」


 あ、やっぱりこの人もそうなんだ……。


「やっぱり羨ましく思いますか?」


 思わず自分の胸を見る。胸だけ見たら普通に女性と間違えられるだろう。


「女性で思わない人がいれば、正直私なら疑うわ。ほんと神様って何考えているのかしらね? エルフ族やハーフエルフなら母乳が出てしまうのは仕方がないにしても、男性まで大きな胸は正直いらないと思うのよ。私の知り合いでも胸が大きい男性がいたけど、その人も色々困ってたわ。何かにつけて『この胸が邪魔だ!』って口癖だったから。でもクラディ君はそう思っていないみたいだし、安心したわ」


 安心されてもちょっと困るんだけどな……。まあこの世界には整形外科技術は無いみたいだし、前世でもそうだったけど怪我とか理由があるならともかく、自分の体を弄くろうとはあまり思わない。


「僕も一度ハンター組合に行った事はあるんですよ。でも僕の場合力があまり強くないので、こっちの方が合っているんじゃないかって言われて。最初はちょっと悔しかったですけど、今では慣れましたから」


 人間慣れって恐ろしいとつくづく思う。だからってもう後悔はしていないけど。ここの人たちが優しいのが一番の理由。


「それとクラディ君は、計算とか詳しいってホント? 出来れば私にも教えて欲しいわ。これからはそっちの方が役に立つと思うから」


「ええ、構わないですよ。覚えていて損はないですからね。それに計算が出来れば、他にも色々と応用が出来ると思いますから」


 実際はこの世界で応用できることは少ないだろう。でも希望を持たせてあげるのは罪じゃない。


 そんな会話をしながら、お店に置かれている商品を説明していった。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 パセットさんが入ってから三ヶ月。僕が雇われてから九ヶ月が過ぎた。


 仕事は特に問題もないし、パセットさんも元が良かったのか、覚えるのも早い。今ではこの商店の大事な人だ。


 元々僕らがやっているナィニーの仕事部屋は、今では僕の個室になっている。というのも、ナィニーの仕事は僕が専属になったからだ。


 もう一人のナィニーの仕事をしていたニーニャさんは、子供達のお世話をしながら住居のメイド仕事に移った。ただ給金は据え置きになったらしい。


 一番の理由は、掃除はもちろん家事なども一切任されたから。お店の方が忙しく、家族の人が食事を作る手間も惜しいそうだ。


 当然ニーニャさんの仕事はかなり多忙になった。あとはパセットさんの存在もある。今は二人が一つの部屋を使っている状態。この部屋よりは若干劣るけど、本来は四人まで寝泊まり出来る部屋らしくて広々としていた。


 僕がナィニーの仕事を優先することになったのはもう一つ理由があり、長男のオルビット君が乳離れしたこともある。種族的に成長が早いらしく、乳離れも早かったのだ。


 あと、男性と女性が同じ部屋にいるのも若干問題になった。まあ当然だろう。


 まあそのおかげで、長女のレイリアちゃん一人の面倒で済む。ただ早くもオラリスさんとユリアさんに第二子が授かった。出産までは時間があるけど、まだまだ僕の役目は重大だ。


 本妻の子という事もあり、出産後は給金の値上げも約束して貰っている。なのでこれといった不満もない。


 ただ家業の商店は少し前に拡張して、さらに扱う商品も増えた。なので僕のお店での手伝いも多い。激務とは言わないけど、少なくともやりがいはあると思える。


 ちょっと意外だったのは、お店が繁盛するせいで、僕も含めて皆大忙し。まるで戦場にすら思える。お店に来る人の目当てに、どうもパセットさんの影響があるそうだ。


 彼女は正直美人の部類に入る。なのでそれ目当ての客が増えたらしい。それに接客もかなり上手になったようで、今は一人での店番も任される事すらある。やはり冒険者としての経験が役に立ったのだろう。


 近々新しい人も雇う話が出ているけど、お店を拡張した際の資金が案外高価だったらしく、すぐには無理という話。おかげで時間帯によっては、お店は戦場になる。僕専門の仕事もあるし、みんな大忙しではあるけども繁盛しているというのは悪いことじゃない。


 パセットさんは主に遺跡の調査などが前の仕事だったけど、何度かそれなりの規模の戦闘も経験している。その彼女が『まるで戦場みたい……』なんて言っている。


 忙しいのは大変だけど、最終的には僕らにも臨時の給金として頂けたりするので、こんな戦場もアリかなと思う。

各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。


また感想などもお待ちしております!

ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


更新速度からおわかり頂けるとは思いますが、本小説では事前の下書き等は最小限ですので、更新速度については温かい目で見て頂ければ幸いです。


今後ともよろしくお願いします。

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