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第一二十話 帰りの湖にて

 当然なんだけど、帰りにも行きで立ち寄った湖に立ち寄る。王都エストニアムアまでの行程で必要となる水を確保するためだ。まあ王都に到着する前に、村なり町に到着する筈なんだけどね。そうでないと大変な事になるし、それは考えたくもない。それでも水は絶対必要だし、湖で一度休憩するという意味合いもある。


 行きほど帰りは荷物がないのだけど、それは食料品の大半を消費したため。それでも新しく見つけた魔道具など、それらがかなりの量を占めているのも確か。なので考えていたよりも荷物は増えたらしい。今までと違って、大量に色々と見つける事が出来たのは大きいよね。


 前回は特に気にしなかったんだけど、行きにも立ち寄った湖には名前がない。理由を聞いてみたけど、誰も知らなかった。近くに水源もないし、他の『湖』が近くにはないので、誰も困っていないみたいだ。誰も困っていないので、結局名前を考える人がいなかったんだと思うけど、前世の世界ならきっと誰かが名前を付けていると思う。こんな所が前世と色々違うなって思える。実際名前を付けてみたらと提案したけど、どうもみんな必要性を感じていない。


 そもそもこの湖は、過去に行われた実験で出来た人造湖だ。まあ失敗した実験だし、そのせいで魔力災害なんて事も発生する事になったんだけど、ミランダも実験の詳細は分からなかったので、この先誰も分からないだろうし、水源として利用できることはありがたいと思う。


 それとミランダとの接触のおかげで、遺跡では水に困らなかった。地下二十五階まである巨大な施設である以上、ちゃんと水を供給出来る場所は確保されていた。そもそも今でこそみんな死んでしまったけど、元々生きた人達を巨大な施設の中で保管していたくらいだ。当然水は必要になる。さすがに食料は全滅だったけど、水は地下水を汲み上げているらしい。新鮮な水をいつでも調達出来たので、長期間の滞在にも水だけは困らなかった。当然そのおかげで、調査はかなり順調に進んだらしい。僕とエリーはミランダの事や魔石化してしまった人達を調べる事で、正直それどころじゃなかったけどね。


 それでも帰りの水を確保するにはちょっと問題があり、基本的にそれなりの量の水を確保出来るのは地下二十階から下。前世の世界のような水道ではなく、常時水が流れている場所から汲まないといけなかったんだけど、十九階より上は小さな水汲み場しかなかった。じゃあ最下層付近で汲んでから持ち運べばとなるんだけど、水を入れた大きな樽を魔道昇降機に運ぼうとすると、一階の施設が微妙に邪魔な所がいくつもある。それで小さな樽で運んだけど、小さい物だと大きな樽を満たすには、小さな樽が二十個程度必要らしい。しかも台車になるようなものが階段で使えないというおまけ付き。そんな事もあって湖付近まで行ける量と、その予備しか結局運ばなかった。


 そんな訳で湖に立ち寄る事になったのだけど、そもそも遺跡で水の確保は想定外だった訳で、普通なら帰りに寄る所だったし、今はミランダのおかげで色々な知識もある。ならば行きで詳しく出来なかった湖の調査を楽しみにしていたのはちょっとだけ内緒。エリーにはお見通しみたいだけどね。


「それで今度はどんな調査をするの?」


 僕ら四人は到着すると、すぐに湖の縁へと足を運んだ。エリーほどではなかったけど、イロやベティも興味はあるみたい。二人は馬車を降りる時に『そんなに楽しみだったの……』みたいな感じで呆れられていたし、エリーは何だか意味ありげな微笑みをしていた。正直こんな時のエリーはちょっと苦手だったりする。


「魔法の使い方とか色々分かったし、この世界の事もだいぶ分かってきたからね。正直前回の調査方法は大ざっぱと言い切れるよ、今ならね。だから今回は、時間が許す限り精密な調査をしてみようと思う」


 イロに頼んでガラスの瓶二つに水を汲んでもらった。ガラスを選んだのは他の物質と反応性が低いから。それはミランダからの知識でも確認済み。


 多分この世界でも、前世の一般的な科学常識はある程度通用すると思う。そうでなければ建物を石材で造ったり木材で作る事はないはずだし、ガラスの容器が存在する理由も説明がし辛い。普通の水であればガラスと化学反応を起こすのは最小限で済むはずだ。そしてミランダから得た知識によると、この世界でもガラスは液体の保存に適している事が分かった。もちろん長期保存となると話は別になるけど、今は別に構わない。すぐに実験するんだしね。


「まずはこれを使おうと思う」


 取り出したのは一本の純粋なオリハルコンの棒。長さは箸と同じくらい。予備として持ってきていたナイフから抽出した物で、元はミスリル・オリハルコンのナイフだった物。今はオリハルコン以外だった物はミスリルなどの塊にしてある。


 インゴットみたいにすることも考えたけど、馬車の中で抽出をしていたらそんな時間がなかった。何せ文字通りの純粋オリハルコンに魔法で精錬すると、ミスリル以外の物も案外出てくる。本当に微量な物ばかりだったけど、やっぱり普通に製造するナイフでは、微量金属とかまで全てを除くことは無理みたいだ。


「それって馬車の中で作っていたオリハルコンの棒……一体何に使うんです?」


 銀色に輝く棒を見て、ベティが不思議そうな顔をしている。


「そういえば、何のために作るのかは教えてくれなかったわね」


 エリーも用途までは分からなかったみたいだ。確かに予備知識が無ければ、何に使うかなんて想像出来ない。


「この世界では、ガラスはほとんど他の物質に対して耐性があるから、長期的には無理だとしても短期的に液体を入れるにはちょうど良いんだ。それでこの棒なんだけど、実は混じりっけなしのオリハルコン。他の金属とかは一切含まれていない。なんでこんな物を用意したかというと、オリハルコンも他の物質に対して耐性が高いんだ。唯一耐性を発揮出来ないのは高温に晒されている状態で、加工されている時だけ。それ以外だと、錆びる事もないし、事前に調べる物と同じ物で洗っておけば、調査する時に一番都合が良いんだよ。オリハルコンは魔力を通しやすい金属だからね。一番魔力を通しやすいのはオリハルコンを主体とした合金なんだけど、それだと実は耐性が少し落ちるんだ。もちろん武器として使う分にはそれで全く問題ないんだけど、物を調べる時には困るから」


「それでナイフを……クラディだから出来る事ね。あ、エリーにも出来るのかしら? 少なくとも私やベティには、ナイフからオリハルコンだけを魔法で分離するなんて無理だわ」


 この棒を作る欠点は、普通にオリハルコンの鉱石を溶かした炉だけでは無理なこと。どうしても純粋には出来ない。そうなると魔法で精錬するしかないんだけど、それにはとんでもない量の魔力が必要になる。僕やエリーなら出来るだろうけど、普通の人なら針先程ですら作ることは無理だと思う。


 さらに僕とエリーにとって幸運だったのは、ミランダのおかげで魔力の回復量が格段に上がった事。僕ほどではなかったらしいけど、エリーも細かい魔法が苦手だったのは僕と同じ病気が原因だったらしい。ただ、症状としては僕よりもずっと軽かったみたいだけどね。そして一日の魔力回復量は格段に上がった。今では例え使い切ったとしても三日で元通り。


「まあそんな事よりも、今は調査だよ。まずは一つ目の水でこの棒を良く洗って……」


 瓶の口から水が多少こぼれるけど、そんな事を気にせずに棒を水の中で回す。一番はちゃんと手袋とか色々装備してから、ちゃんとした施設でテストしたいんだけどね。さすがにそんなのはこの場では色々無理があるし、出来る範囲でテストをすることが今は大事だと思う。


「本当はもっときちんとした研究施設みたいな所でやりたいんだけど、水を樽に入れたら木と接触して、この水とは色々変わっちゃうかもしれないから。それにみんなが飲み水として使っているくらいだから、検査とは言ってもこれくらいで今回は十分だと思うんだ。あんまり目立つようなことをすると、変に思われそうだしね」


 僕の意見に三人とも納得してくれる。ただでさえ僕らしかこんな事はやっていないんだから、近くにいる人からは『何をやっているんだ?』みたいな顔を既にされているし。まあそれは、行きに立ち寄った時も同じだけど。


「そして洗ったオリハルコンの棒をもう一つの瓶に差し入れて、魔力を流しながら検査する系統の魔法を使うんだ」


 オリハルコンは魔法との相性が優れている金属で、一般で手に入る中では最も高い。これを超える物となるとミランダが教えてくれた知識にある『トクトマテリア』という金属らしくて、オリハルコンの十倍近い魔力の親和性があるらしいのだけど、産出した例はごく僅かだとか。多分現在は存在の認識が失われた金属だと思うので、そんな物を期待するほどのバカじゃない。


「何だか今のだけでも私にはさっぱり分かりません」


「ええ、私もよ。エリーは何か分かった?」


「全部じゃないけど、一応少しは。二人が分からないのは無理が無いと思うわ。私だって半信半疑なんだし」


 そんなやり取りはとりあえず無視して、早速オリハルコンの棒を二つ目の瓶の水の中に挿すと、検査魔法で新しく取得した――とはいえ、ミランダからの知識を少し改良した物なんだけど、それを利用することにする。無詠唱で使えるようにもなったし、周囲には変な誤解も受け辛いはず……だよね?


 原理的には前世のネットで見たクロマトグラフィーを応用した物だ。固定相は完全に土魔法の応用で、通過する固定相を魔法で作成したいくつかの固定相に吸着させる。確か前世では一つか二つ程度の固定相を用いるような記述を見たんだけど、それぞれに反応しやすい固定相を魔法で作成した個別の固定相に吸着させる感じ。ただしその固定相は僕の頭の中に思い描いた固定相で、実際に物を用意はしていない。今回はとりあえずお試しだから。それと、一つ一つの固定相を用意しなくて済むし、周囲からは何をやっているのか分かり辛い利点もある。ほんと、魔法って便利だ。


 一分ほど経過してから、次第に湖の水に含まれる元素が頭の中に浮かび上がってきたので、すぐさまエリーに結果を次々と伝える事にした。それにしても魔法の精度が上がったためか、それとも前回知らなかった知識を得たためか、前回とは比べることが不可能なほどの情報量だ。


 湖の水に含まれる大半の成分は当然水と水の魔力を含んだ同位体。これは前回も分かっていたので驚くことはなかったけど、微量元素が豊富に含まれている。もちろん量としては本当に微々たる物だけど、鉄や銅などはもちろんこの世界独自の物質もかなりの数。


 当然地球の水だって色々な物を含んでいることは知っているし、それがミネラルとして微量なら体に良いとされているのも知っているけど、この世界では一体どうなんだろう? そもそも人体に影響するほどの量って、自ら摂取出来るのかな? うーん、無理っぽい?


 そもそもミネラルウォーターの定義って何だったっけ? 湧き水?


 前に調べた感じだと、この湖の湖底にある魔石から水が出ているみたいだったけど、その場合も湧き水に該当するのかな? まあ、それ以前にこの世界にはミネラルウォーターの定義どころか、名前すらないのだけどね。


 ざっと調べた結果を口頭で伝えてメモしてもらう。鉄や銅、亜鉛やマグネシウム、カリウム、カルシウムなどが検知出来るけど、前世でいう所の一リットル当たりの量ではナノグラムとかピコグラムに相当する量でしかないと思う。当然こんな量で人体に影響があるとは思えない。


「ねえ、クラディ。本当にこんなに色々あるの?」


 イロが不思議そうに書き終わった項目を眺めている。僕も確認したら、ざっと三十以上は含まれているみたいだ。僕の知っている元素で書いてもらったから後で書き直さないといけないけど、それにしてもこんなに多い物なのかな?


「それにピコグラムって何? そんな単位私は知らないわ。エリーやベティは知っている?」


 当然二人とも首を横に振る。もちろん知っているはずがないし、一応口頭で一グラムのマイナス十二乗……というか、グラムの単位がこの世界にはないので一グリスが一グラムだと仮定しての説明をそれなりにしたけど、全く理解してもらえなかった。まあ当然だよね。


「とにかく普通では計る事が出来ないとっても軽い重さとでも思っていて。ミリグラムってのが一グリスの千分の一なんだけど、それだって今の技術じゃ計測出来ないんだから」


 魔法だから出来たのであって、ちゃんとした機械を作るとなると、この今の世界では無理だと思う。そもそもそんな微量な単位を必要としていないと思うし。


「それで、身体に毒ではないのよね?」


「うん、それは大丈夫だと思うよ、エリー。どんな物でも大量に摂れば毒になるんだけど、大量どころかあまりに微量過ぎて、普通なら存在しているか分からない状態だから」


 でなければ今頃大問題になっているはず。


「それにしても凄いわね。やっぱり魔法のコントロールが上達したからなの?」


「そうみたい。僕もビックリだよ。エリーもやり方を覚えれば、多分出来ると思うよ? イロやベティだって、ここまでじゃないにしても練習すればかなり色々と出来ると思うな。やっぱりミランダに感謝だね」


 ミランダがいなければ、僕の魔法はこんな風に使う事が出来なかったはず。その意味では感謝しきれない。


「後は湖の中の調査なんだけど、さすがにかなり冷たいから、どうしようかな……」


「手袋をしたらダメなんですか?」


「うーん、ベティの言いたい事は分かるんだけどね。手袋をしちゃうと直接触れられないから、やっぱりちゃんと計測出来ないと思うんだ」


 湖の側に移動しながらそんな会話をしているのは、当然僕らだけ。周囲の人はもう気にならなくなったみたいだけど、やっぱり変な事をしているとは思われているんだろうな。


「とりあえず温度だけでも一応計っておかないとね……」


 指先だけ入れて新しい計測魔法を使う。すぐに結果が出てきたんだけど、何故か水面から湖底までの水温が段階的に全て分かった。冷たかったのですぐに指を水面から離す。


 温度の単位はЧ(ティラ)だったけど、水の温度は前世の知識を元にすると五度くらい。イロに聞いたら多分二Чくらいだって言われた。


 そもそも不思議なのがЧ(ティラ)の概念。水の沸騰する温度が五十Чと教わったけど、沸点は八十Чっておかしい。もしかして水を湧かしている時に泡立ってくる温度と、実際の沸点を勘違いしている?


 そう思って聞いてみると、そもそも沸騰の概念が希薄みたいだ。魔法が主体の文明だったためか、こういった所で弊害があるのかも……。この辺は僕なりに助言したいと思う。


 とりあえず基準がはっきりしないЧ《ティラ》よりも、前世の記憶と一致する温度で水温の表を作る事にした。後でЧに修正する必要があると思うけど、そもそもЧの概念を修正する必要がありそうな気がする。それをこの国の人達が受け入れてくれるかだけど。この国というか、この世界の人達かな?


 ちなみに水面は五度で、湖底は大体一度だ。湖底まで平均四百(メントル)なのは分かっているから、一(メントル)あたり〇、〇一度程下がる計算になる。そして水温は深さに従って比例して下がっている。水温ってこんなふうに平均して下がるもの?


 ただ湖底には例の巨大魔石があるし、それが水を出している事は分かっている。もしかしたらいくつかの偶然が重なって、比例する形で上に行くに従い温度が上がってきているのかもしれない。それなら水温が比例しているのも一応説明がつくのかな?


 巨大魔石はもう少し詳細が分かって、大きさは十四(メントル)くらい。魔石の所だけ反響が少し異なるんだけど、どうもソナー魔法が内部まで到達した感じがする。正多面体だと思うけど、残念ながら瓦礫に埋もれているためか正確な形までは把握出来なかった。どちらにしてもかなり巨大なことに代わりはないし、水温が低いので引き上げることは無理だ。瓦礫にも埋もれているしね。


 魔石の周辺ほどガラス化しているみたいで、他の所とソナーの反応に差がある。むしろそこだけガラス化しているためか、ソナー魔法の反響が正直複雑になっていて把握し辛い。確か高温に物質が晒された場合に、ガラス化する事があるって前世で聞いた事がある。もちろんそれがこの場合当てはまるのかは別になるんだけど。


 それから勝手に僕が名付けたソナー魔法で湖底全体を調べてみたけど、前回よりも詳細に地形が分かった以外は特に変化はない。広い湖だし、さすがに湖底の地形を描くほどの技量もないから調べるのはここまで。もっと色々と魔法に慣れてから、チャンスがあればまた調べてはみたいけど。ただ、ここに来る事は早々無いとは思う。


 本当なら湖底の地形図を描けるようになりたいけど、今のところその方法が僕に思い浮かばない。この世界では、一応過去に魔法による測量のやり方が生まれていて、その知識は当然ある。でもそれを十分に活用出来るための道具が今はない。いくら魔法があっても、魔法だけでは出来ない事だって多いのだし。まあ記録結晶を改良すれば、ソナー魔法の結果をそのまま記録出来る筈なんだけどね。ミランダの知識で記録結晶の作り方も覚える事が出来た。さすがにすぐに出来るほど簡単じゃないけど、帰ったら試しに一つは作ってみたいと思う。既存の物より確実に高性能化は出来るはずだ。


 結果を纏めながら補給が終わるのを待って、結局二日後に湖を僕らは後にした。

毎回ご覧頂き有り難うございます。

ブックマーク等感謝です!


各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。感想なども随時お待ちしております! ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


今後ともよろしくお願いします。

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