第十一話 仕事
2016/01/30 誤字など一部修正しました
2016/01/29 一部内容を修正しました
2015/04/14 内容修正しました。
本文に『フタナリ』を連想する表記がありますが、主人公その他が『フタナリ化』する事はありません。
ご理解いただきますようお願いします。
十五歳を迎えた。一応もう成人と周囲からは見られている。実際の成長はもっと前に止まったけどね。
今では身長一ケイス八十三ジュル、体重は六フランケ四フェンリ。キログラムで言うと多分六十四キログラムなんだと思う。体重計がフランケとフェンリ単位なので正確には分からないけど。
身長の割に体重が少ないのはエルフ族の特徴らしいけど、それでも僕は重い部類らしい。純粋なエルフ族だと身長が一ケイス九十ジュルでも体重六フランケに達しない人が多いのだとか。
以前に比べればだいぶ筋力も付いてきて、細身の剣であれば振ることも十分出来る。ただ剣の才能は僕に無いらしい。まあ僕としては争い事は嫌いだから構わないけどね。
前世で見た本に『異世界に飛ばされて無双』みたいなのも見た事があるけど、正直僕はそういった気になれないし、平和が一番だって思う。少なくとも進んで争う必要は無いはず。
魔物とかがいるので最低限の身の守り方はお父さんが教えてくれたけど、出来れば使わずに終わりたいなって思っている。
じゃあ弓の才能はというと、これもさっぱり。武器に関しては全然駄目ということもないけど、まともに相手と戦える程の力量も無い。
僕の髪で作った弓は大切に保管しているけど、多分一生使う事はないかなって思う。お母さんも同じように弓を持っているけど、実際使った事は無いって言っているし。
この弓って、前世の日本でいう所の筆みたいな物かなって思う。確か昔は最初に切った赤子の髪の毛で筆を作った事があるらしい。もちろん全部の人がそういった訳じゃないはずだけど、何かの風習みたいな物だと思う。エルフの髪で弓を作るのも同じじゃないのかな?
まあ一攫千金を狙ってハンターや探検家になるのでなければ問題ないと思うし、最近ではやっと初級魔法も使えるようになってきた。本来の順番は逆なんだけど。
この世界では成人とされる境界はかなり曖昧。いくつか理由はあるけど、一番は種族によって大人とされる年齢に幅があることだと思う。人族なら一応十二歳から十八歳、エルフ族なら八歳から十歳が大人とされている。六歳の事もあるらしい。個人差で大人とされる年齢が違うのも不思議だし、年齢に幅があるのも不思議だ。
もう一つは働く年齢の差も激しいこと。人族でも早い人は八歳から働くし、エルフ族などは四歳から働いたりもする。ちなみに自宅の手伝い程度では働くとは言わないらしく、家を離れて生活出来る実力が働くという事だそうだ。働き始めるとお酒も自然に解禁されて、九歳の人族が強いお酒を毎日飲んでいる事もあるらしい。前世では考えられなかったことだけど。なので大人の線引きはかなり難しいんだろう。
お酒はビール系統からウィスキー系統まで様々。まあ、一番飲まれているのはビール系統みたいだけどね。理由は値段が安いから。
ちなみにこの世界ではビールが大まかに三種類あって、どうもラガー系統とエール系統、そして自然発酵の三種類じゃないかと思う。特に多く好まれているのが自然発酵系でラルールと呼ばれるちょっと酸味のあるビール。次がエール系と思うコカール。コカールにも種類がいくつかあって、それぞれ独特の風味がある。ラガー系だと思うラールはあまり見かけない。そもそもこの世界ではお酒を冷やして飲む習慣があまり無いようだ。種類は三種類だけど、もちろんお酒によって名前が様々。風味なんかもかなり違う。前世でいう所のウィスキーなどに様々な産地などの名前があるのと同じなんだろうと思う。
そもそも魔法を使ってまで物を冷やすという事まではしないみたいだ。それなりに大きな氷を作るだけでも、本来は中級程度の魔法使いとして才能が必要みたいで、氷を作るには水魔法と風魔法の両方が中級である必要があるんだけど、両方中級なんてそんなに世の中上手くは出来ていないみたい。
その他にも白や赤の葡萄酒、芋を原料にした焼酎に似た物や芋を使ったワインすらある。ウィスキーやブランデーもある。米や麦を使った無色透明なお酒もあって、日本酒に近い気もする。ただしそのお酒によって名前が全く違うし、そもそも葡萄酒や焼酎のような物、ウィスキーやブランデーに統一した名前がない。そして売られているのも樽売りが基本だ。小売りでたまに陶器に詰め替えた物があるが、これは贈答用の高級酒らしい。前に見た物では一つの陶器で金貨十枚の物があった。一般の人には一生買えないような額だ。聞いた話だと、贈答用の高価な物は作り方にもどこか違うらしい。
樽売りのお酒は前世で言う所の灯油缶に相当する量が入っている。これはどのお酒も同じで、お酒によって金額が異なるだけ。樽は木の樽で焼き印を見ないと種類は分からない。なので安価なビール系統が売れる。ただ、前世でいう所の居酒屋みたいなところではコップ単位で飲めるので、ブランデーなどはそういった所で飲んだりする。
もちろんこの世界にもタバコがあり、喫煙率は種族によってかなり落差が激しい。何よりタバコと一口に言っても、その種類に幅があるので分からないこともある。そもそもこの世界だと、種族によっては成人前に喫煙が可能だったりする。お酒もそうらしいけど、お酒の方が年齢制限に厳しいらしい。
紙はまだ比較的高価な部類なので、紙巻きタバコはほとんど見かけないし、そもそもそれは高級品。一般的なのはパイプタバコの類いなんだけど、これもまた種類がある。
前世でもタバコの葉には種類がいくつかあるのは知っていたけれど、この世界はさらに多い。何せ喫煙用のタバコの葉だけでも百種類以上はあるのだから。それを数種類混ぜて吸う場合が多いので、何通りの組み合わせがあるのかなんて考えるのは見た時に止めた。ちなみにタバコは缶で売っていて、重さは統一されている。銘柄によって値段が違うだけで、そもそも容器は銀色のようなブリキ缶に近い物。名前の表記がないと確実に分からなくなる。
他にも葉巻が売られているんだけど、これは紙巻きほどではないけどちょっと高級品。だからなのかもしれないけど、パーティーで吸ったりする人が多いそうだ。
お酒とタバコはそれぞれ薬として売られている種類もあり、実際その効果がある。前世では直接治す薬がないと言われていた筈の風邪に効くお酒とタバコがあり、それを飲んだり吸ったりすることで半日もせずに本当に治ってしまうのだから。
ちなみに錬金術で作られた液状の風邪薬も一応あるんだけど、こちらは高価なのであまり売れていない。小指一本分ほどの分量で金貨一枚なんて事もある。ただし効果は覿面で、一口飲んだだけで文字通り治る。しかも副作用が無いらしい。さすが魔法の世界といったところなのかな?
薬に関してはこういった物がいくつもあるので、病気による死亡率はかなり低い。自然死以外で多いのは魔物や猛獣に襲われて死ぬ場合や、殺人などの場合。
他の地域では分からないけど、この地域で殺人、放火、誘拐は全て死刑だ。人数は関係ない。もちろん正当防衛だと死刑にはならないけど。それと正当防衛の概念は、例え相手を殺しても適用される。前世の日本だと過剰防衛になるはずだから、その点が違うかな?
殺人でもごく希に恩赦が出て、犯罪奴隷として売られることがある。多くの場合は主犯でない場合で、尚且つ直接殺していない場合。この手の犯罪奴隷には必ず焼き印が複数ある。しかも必ず隠す事が出来にくいところに焼き印が刻まれるため、犯罪奴隷と確認するのは簡単。何より服装も前世でいう所のTシャツのような物に、短パンのような物しか着用が許されていないから余計だ。
それ以外の犯罪もほとんどが犯罪奴隷となる。もちろん自由はなくなるし、隷属魔法が使用され、さらに隷属の腕輪が両腕に装着される。焼き印の有る無しが重犯罪者との差になる。
一言で言ってしまえば、一度犯罪奴隷になると人権なんて物はない。
隷属の腕輪には接合部が無く、魔法で装着される。成長などに伴って大きくなるので、腕を無闇に圧迫はしない。しかし専門の解除士が解除する必要がある。解除される事は無いらしいけど。
隷属魔法や隷属の腕輪が直接死を与えることはないけども、犯罪奴隷の雇い主が食事を禁止すれば当然死ぬ。その他当然のように色々な制限ばかりらしい。しかも絶食で死んだところで雇い主が罪に問われる事は無い。
奴隷はそれ以外にもあって、税金を払えなかったり破産した場合も奴隷になる。その他に家族が子供を奴隷として売る場合も少なからずある。大抵は食料が買えないといった理由だけども、何らかの障害を持つ子も奴隷になる場合が多い。その辺はかなりシビアだと思う。まあ、魔物が普通にいるのだから余計な負担をしたくないのが理由らしいし、そもそも前世のような福祉の概念は希薄。僕一人で出来る事なんてはっきり言えば無いに等しいし、領主が奴隷制を認めているのだから口出しして余計な事に巻き込まれる方が面倒だ。
一般的な奴隷の場合は、死を意味するような命令を拒否出来る。それが犯罪奴隷との大きな違いだ。また雇い主の意向で奴隷の身分からも解放される場合もある。大抵はメイドなどの使用人として働く場合が多い。そもそも奴隷になった時点で財産なんか無いらしいし。
犯罪奴隷も普通の奴隷も雇い主が求めれば性交渉は拒否出来ない。ただ一般的には普通の奴隷に性交渉を強制することは無いらしい。十分な信頼関係の上で双方同意の場合が多いそうだ。それに、そういった関係になると奴隷としての身分を解除される事が多いのだとか。聞いた話だと、多くは妾や愛人などの立場として、その家の一部を任されたりするそうで、さすがに正妻とか本妻みたいな権利はないみたいだけど、それでも家柄によってはかなりの地位を保証されたりする。
犯罪奴隷はそのまま性奴隷としても売られていることが多く、特に女性の犯罪奴隷は性奴隷として扱われることがほとんどだとか。希に比較的若い男性が性奴隷として売られる場合もあるらしいけど。犯罪奴隷には生存権すらないみたいで、買われた先や奴隷商の所で死んだとしても、元の親族が何をしようと保証は一切行われないのだとか。
一番安価な奴隷は当然重犯罪奴隷で、銅貨十枚から。高くてもせいぜい銀貨一枚。教育のあるなしは全く関係ない。普通の奴隷は銀貨五枚が最低ランクで、銀貨五枚の場合は足や腕を欠損している場合などが多いらしい。五体満足で若い奴隷の場合は、大抵金貨一枚程度。さらに教育をある程度受けていれば金貨五枚以上はする。
犯罪奴隷以外の奴隷は、奴隷同士や主人と奴隷の結婚が認められている。奴隷同士はともかく、主人と奴隷が結婚する場合に限って、無償で奴隷から解放される。ただし安易な奴隷逃れを防ぐために、隷属魔法は解除されるが隷属の腕輪は二十年間の装着が義務になる。たとえ妾みたいな立場になっても、そう簡単に制限が解除される訳じゃない。
一切の隷属を解除するには、最低銀貨一枚程度を支払う必要があるらしい。奴隷になった理由によりその金額も異なり、解除士によっても金額が異なるため、実際には銀貨五十枚程度が最低額という話だ。ちなみに軽度の犯罪奴隷の場合では、解除費用が金貨百枚が相場なんだとか。そもそも犯罪を犯したのだから、買った方も解除する気も無いみたいだけど。
軽度の犯罪奴隷というのは、大抵が窃盗の初犯とかだ。二回以上窃盗を繰り返していると、中度犯罪奴隷の扱いになる。この場合は自由がかなり制限されるらしいけど、どこまでかはさすがに知らない。
ある程度裕福な家庭には一般奴隷を使用人として雇う場合も多く、特に裕福な家庭では奴隷がその家の子供に勉強を教えている場合もあるそうだ。一般奴隷の場合は、その家の家主や家族と食事を普通にする事もあるそうで、前世の何かで見た床で残飯のような物を食べるといった事は無いという。
また普通の奴隷ならば外出は原則自由で、主人の代わりに買い物などをする場合も多い。ある種のメイドさん的な立場なんだと思う。
もちろん元日本人としての前世がある僕としては、奴隷制度を間近で見るのは初めてだったけど、結構すんなり受け入れることが出来た。いわゆる『郷に入っては郷に従う』の延長でしか無い。それにこんな世界で生まれたし、僕自身売られた身だ。偶然環境がよかっただけで、場合によっては奴隷になっていた可能性だってあるはず。
それに日本などの一部は別として、前世では世界中に奴隷制度が表に見え辛い所で残っているのは知っていたし、日本が先進国で無ければ同じだったと思うのもある。日本でも人目に付かないところで行われていた可能性だってあるのだし。
大体この世界で十五年も生きれば、大抵の事に慣れる。人間なんてそんな物だと思う。まあ、僕自身が奴隷になるのはゴメンだけどね!
本当は僕を大人として認めるのを十二歳って話もあったんだけど、十五歳で大人の仲間入りと家族会議で決まった。
実際成長は十二歳くらいで大体止まった。エルフの民族衣装にも今では不満もない。髪の長さは結局太股の真ん中辺りまで伸ばしている。知らない人からは女性と間違われる事があるけど、一々気にする事はとっくの昔に止めたし。
ちなみにエルフやその眷族の髪は、一定の所まで伸びるとそこからは伸びない。その代わりに、髪を切ったりすると数日で手の平の長さくらいは伸びる。最初はかなり怖かったくらいだ。
実際エルフ族の女性と男性を見分ける違いはあまりない。男性でも顔が女性的な人もいるくらいで、何よりひげが生える事も無いから。さらに他の種族と違ってバストもそれなりにあるので、そもそも同じエルフ同士とかでない限りは見分けるのは困難とも言われた。男性は一応腰のくびれが無いけど、服を着たらあまり分からない事も多いし、そもそも服装が腰のくびれを隠してしまう事も多い。
特によく着るロングのチュニックの場合は、体型がほとんど隠れてしまうので、他の種族の人には判別が出来ないみたいだ。エルフとその眷族だけなんだけどね、男性でもチュニックを着るのは。まあ民族衣装みたいな物だから、誰も不思議には思っていないみたいだけど。この辺がやっぱり元の世界と違うなって思ったりする。
正装もエルフと眷族は男性もドレスだし、それも前世での中世風のヒラヒラドレス? ウエディングドレス? みたいな感じだから、男性か女性かを識別するのには、色を見るしかないし。これで色まで同じだったらちょっと怖い事になりそう。男性が黒で女性が白なのはよく分からないけど。
特に女性の場合は白が際立つほど良いそうだ。男性の場合は黒ければいいらしいので、それほど厳格には決められていないみたいだけど。ただ一つだけ男性に決められているのが、エルフの男性用ドレスは肩がないどころか肩紐さえない。さすがに前世で何というかまでは知らないけど、胸までは隠してその上には一切装飾がない事。女性の場合は肩紐があるタイプで、男女共にコルセットは必須な事かな。僕の場合だとコルセットで余計に胸が目立つから付けたくないけど。
それとドレスその物にアクセサリーを付けるのはエルフとしては失格だそうだ。あくまでドレスその物をきちんと着こなせるかが問われるって聞いた。
他にもドレスの場合はエルフの女性の場合、結婚式で使うようなレースのベールで顔を隠すのがマナーらしい。完全に隠す訳じゃないけど、公式の席では少なくとも女性が素顔をそのまま見せるのはマナー違反だとか。未婚の場合は装着しなくて良いそうだ。そこが未婚か婚姻しているかを見る合図にもなるらしい。
ちなみにドレス自体は年に何度か着ている。正装とは言っても貴族のような優雅な? ダンスパーティーがある訳じゃない。ただお祭りとか、知り合いに呼ばれたりする食事会、街の行事に参加するときは正装が求められる。最初はかなり戸惑ったし恥ずかしかったけど、慣れって怖いよね。
実際僕も持っているけど、普段着のロングのワンピースとか、どう見ても色が黒いだけのウエディングドレス、丈が足首まであるロングスカート、ブラウスっぽい物とか、僕の持っている服は前世なら男が着たら問題になりそうな物ばかり。
まあ前世の記憶があるのが間違いなのかもしれないけどね。
とにかくエルフの民族衣装は前世でいう所の女性の衣装がやたら多い。最初は戸惑ったけど、これが普通だと言われると受け入れるしかないよね? ここは前世の世界じゃないし、むしろ前世の常識を持ち出したら他の種族だっておかしな事になる。
サキュリア族なんて特にそうだ。彼らも男女の区別がつきづらいんだけど、その理由はほとんどが胸くらいまでしかない上着と短パンみたいな物。下手したら女性でも胸の下半分が見えるんじゃないかって衣装だったりする。まあ、サキュリア族は前世でいう所のサキュバスになるみたいだから、それが民族衣装として定着したのかな? バストの識別がなければ髪もほとんど同じ長さでせいぜい首まで。普通は耳が見えるかどうかしか伸ばしていない。
他にもオーク族だと性別に関係なくオーバーオールみたいだし、ハピキュリア族は丈の長いワンピース風の物しか着ていない。まあ彼らの場合は翼の問題もあるのだろうけど。
こういうのって気にしたら負けだと思うんだ。
成長もとりあえず終わって、身長や体重の他にエルフらしい特徴の成長も終わったみたい。男性でも母乳が出るエルフ族だから、ハーフエルフで尚且つエルフの血が濃い僕はバストが九十五ジュルもある。胸の大きさの基準はこの世界でも大体同じで、トップとアンダーの違いもちゃんとあったりするし、僕が使用しているタンクトップのキャミソールは胸がかなり大きくてはっきり言えば前世での女性用。女性用の下着でも僕の胸がおさまるサイズは少し難しい。俗に言う『大きいサイズ用』のお店でないと購入出来ないことが多いからだ。
それでもさすが異世界? そんなサイズでも普通のお店に売っている。大きな服屋だと、それこそ地下二階、地上四階なんて建物もあって、それぞれの種族にあった服をエリア事に並べてあったりするから便利ではある。
大体トップが九十五ジュルでアンダーが六十九ジュルだから、周囲からはかなりの巨乳扱い。ウエストは五十八ジュルで、体系的には細く見られる。というか、他の男性にプロポーズされたことがある……。そんな状態だから、外出は妹と一緒のことが多い。なぜか妹が男性に間違えられるというちょっと考えたくない事もあるんだけど。これもやっぱり気にしたら駄目だよね?
時々爆乳なんて言われたりするけど、男としては全然嬉しくない。しかも大きいのに垂れ下がっていないので、女性からも羨ましいとか言われたりする。男からはいやらしい視線をよく感じる。
それとバストが大きいと肩が凝りやすいって実感している。というか、エルフのブラジャーはどちらかというと肩こり防止らしい。その為の魔法がかけられているのだとか。なのでそこそこ大きな洋服屋とか下着専門店だと、エルフ用と書かれた売り場が設けられているくらいだ。
この世界ではいわゆる『巨乳』扱いの人はそれなりにいて、むしろ『大きいサイズは売っていません』といった店は少ない。さすがにきちんと種族別に分けられているのは少ないけど。
僕の場合はエルフ族やハーフエルフの中でもかなり大きい部類だとか。僕の大きな胸は重いって改めて思うし、しかも今の段階でちょっと触れば母乳が出るのも変な感じだ。エルフの場合は妊娠とか関係なく母乳が出るらしいから。
ちなみに妹のリアーナと下着をよく一緒に買いに行く。お店の人は別に何とも思わないみたいだけど、やっぱり男が女性用の下着を買うのは他の種族からすると変に思われる。
その意味ではサキュリア族なども同じみたいだけどね。彼らの場合は基本男物らしいから。女性でもブラジャーは別として、パンツは同じ物らしい。これは塾にいたサキュリア族の人が言っていた。サキュリア族がスカートを穿く事は無いって言っていたし。
服飾を取り扱っている店では、この手の話題は禁句らしい。確かに民族衣装? を否定しちゃいけないんだと思う。
僕は一応男だけど、エルフの特徴を見た洋服屋の店員さんは不思議な顔をすることはない。そもそも女性と間違われた事が多いくらいだ。エルフ族の男性が女性の下着を買うのはごく普通らしいし、兄弟姉妹や親子で購入する事が多いのだとか。余計なトラブルを避けるためらしい。
僕は顔は中性的だけど、声は男性だと思う。でもエルフ族や同じハーフエルフの人の男性もこの店に来ているので、誰もおかしいとは思っていない。それに他の人からすると声は女性と変わらないって言われる。エルフの基準とそれ以外では聞こえ方に差があるみたいだ。
妹が一歳下って事もあるし、前世での女性下着の知識がなかったから、特に最初はお母さんと最近は妹と一緒に下着を買いに行く。弟は普通に一般的な男性の体格なので、僕らの買い物――特に服装関係で一緒に行くことはない。弟も恥ずかしがるし。まあ慣れちゃった僕も何かおかしいとたまに思うけど、やっぱり気にしたら負けだ……と思いたい。
弟のポルアナは普通の人族にしか見えないので、服は男性用だ。人族に容姿が近いので、僕みたいにエルフの正装をしていなくても疑問に思われないし、むしろ僕が正装をすると弟にからかわれる。なのでサイズが合わなくなった古いドレスを、妹と一緒に無理矢理着せたりして仕返し。このくらいは許されると思いたいけど、なんだか前世の事を思うと悲しいかな?
この世界のバストサイズは基本十段階で、僕は上から四段目。前世で言う所のFカップに相当するんだと思う。なにせトップとアンダーの差が二十六ジュルだし、これの上だとトップとアンダーの差が三十ジュルの物にになって僕にはサイズが合わない。
そして成人したからさすがに職を探さないといけない。
この世界にも職業斡旋所はあるのだけど、前世の日本と違うのはそれぞれ別の組織というか、ギルドのような物が管理している事。商人関係なら商人組合、ハンターや冒険者ならハンター組合みたいに、それぞれ組合がある。そこに登録して仕事をする形だ。一つの斡旋所で色々な仕事を紹介してくれる所は無い。
僕も色々な組合を訪ねて、僕にあった仕事を探したんだけど、なんとなく興味だけで行ったハンター組合はちょっと仕事の内容を聞いただけで諦めた。
当然ではあるのだけど、ハンター系の仕事は自己責任が基本だし、死亡率もかなり高い。平均で年間二割の死亡率はさすがに怖い。
装備なども全部自己負担で、初期装備ですらもちろん自己負担だ。基本的な簡易鎧を揃えるだけでも銀貨十枚は最低必要で、まともな装備ともなると銀貨三十枚からとなる。
当然報酬は破格なんだけど、その為の最初の負担がとにかく高い。組合から借りる事は出来るけど、それで揃えられる装備は銀貨十五枚程度の防具と武器くらいで、魔物どころか猛獣にだってその装備だと死にに行くような物だとか。
商人組合は別の意味で入れない。商人は原則世襲制らしく、少なくともお店を開く人は確実に世襲している。ただ養子などを取る場合に限って商人組合に入る事が出来るらしいけど。
その代わりに商人組合経由でお店の手伝い斡旋はある。ただしちゃんと文字が読めて書く事も出来、尚且つ計算がある程度の技量が求められるのでそう簡単には商人組合経由で働くのは難しい。
僕の場合はちょっと計算が苦手なので、商人組合経由は諦めた。苦手とはいえ、一応この世界の普通の人たちよりは出来るんだけどね。商人だと微分積分くらいは暗算で出来ないと最低ラインを突破しないっていうのだけど、売り買い専門の商人だといつ使うんだろう?
この世界のエルフ族は男女に関係なく妊娠などをしなくても母乳が出るのを活かして、それを利用してナィニーというメイド職に就くエルフもいる。本来の母親に代わって母乳を与える役だ。当然女性が優遇されるけど、男性のエルフの場合は、女性のエルフよりも賃金が安いために、貧乏な貴族が雇ったり、中堅クラスの商人が雇うこともあるらしい。
もちろん他にも職業は色々ある。メイド職という括りだけでも掃除専門や調理専門とか。少ないけどペットの散歩もあるそうだ。一応動物の専門職があるらしいので普通はその人達が行うらしいけど、いくらお金持ちでもさすがに専門職ばかり何人も雇う事はしないのだとか。
それとメイドという言葉はこの世界男女共通で、男でもメイドという。世界が違えばやっぱり色々違うんだなって思ったりする。使用人といった言葉はないみたいだ。それと執事って言葉もないらしい。
動物の専門職であれば、飼っている馬の世話とかそういったのを全部任されたりするらしく、当然動物専門職の人が常にペットの散歩を出来るとは限らなかったりする訳で、散歩程度ならメイド職に任せるらしい。確かに馬の世話ってそれなりに大変そうだとは思う。やった事は無いけどね。
メイド職もベッドメイク専門なんて人はまずいないらしく、掃除や給仕、調理も行ったりする。むしろ掛け持ちしていない人の方が珍しい。
調理組合というのもあって、これは基本誰でもなれる。ただし最低でも一年間の住み込み修業が課せられていて、住み込み先と調理組合の許可が下りないと独り立ちは出来ない。下手な料理を出させないための処置らしい。当然修行中の賃金は安くなるけど、住み込みのためお金はほとんど使わずに済むという利点もある。
結局どんな仕事でもそれなりのリスクとはあるので、それを前提に仕事を探す必要がある。
ただメイド組合の中のナィニーという仕事に関してはちょっと事情が違うみたいで、基本的にナィニーの人が他の掛け持ちは、ほとんどしないのだとか。どうも母乳に影響が出てしまうためらしい。なのでナィニーに関してだけは色々と雇う側にも制限が設けられている。
ナィニーの仕事で例外項目は、エルフ族に関する事。エルフは男女共に母乳が出るので男性でも就職が出来るのと、エルフは掛け持ちが許可されている。エルフだけは母乳への影響がないそうだ。なのでエルフはナィニーの仕事で常に需要があるらしい。もちろんその眷族でも、同じように母乳が出れば通常のエルフと同じ扱いになる。なのでエルフ族などには結婚するまで人気の職業と組合の人に言われた。特にメイド組合では人が不足しているので、僕さえ良ければすぐにでも働いて欲しいと言われたくらいだ。
ついでにナィニーの男性エルフが比較的賃金が安いとはいえ、それでも一ヶ月の給金は銀貨一枚――一般の家庭の二ヶ月分程度の収入になる。女性で貴族に仕えて母乳を与える子が複数いたりする場合、月の給金が金貨一枚になることもあるのだとか。銀貨千枚で金貨一枚なので、男性エルフのナィニーと比べると破格の給金とはいえる。もちろん住み込みになるし、乳飲み子が複数いる間はほとんど他の事は出来なかったりするので、どうしても肉体労働的になりやすいらしいけど。
男性エルフのナィニーだと、他にも貴族に仕える場合だと、侍女に相当する近侍を行う人もいたりして、その場合はだいぶ給金が上がるらしい。エルフの場合はちょっと事情が違うみたいで大抵の男性エルフが行うナィニーの仕事は、複数の仕事を兼任することも多く、希に月の給金が銀貨百枚を超える人もいるそうだ。何より男性なので比較的力仕事も一応可能なので、他の種族よりも優遇される場合すらあるらしい。
他の人よりも制限が弱かったりするため、男性のエルフでもナィニーの需要はかなり多いのは確かみたいだ。というか、実際かなり多いらしくて即採用状態と組合で言われたほどだ。女性のエルフよりも安価に雇えるし、他の力仕事を合間にしてもらえるのはやっぱり魅力なんだと思う。その代わりに、男性エルフは女性エルフよりも発言力が小さいんだけどね。やっぱりお金の力は他の下手な力よりも強いと思う。
多分だけど種族的にエルフはストレスを受けづらいのかなって思う。聞いた話だとちょっとした環境の変化で母乳が出なくなる種族も多いらしいから。前世でもストレスは色々と良くないって聞いた事があるし、環境の変化は一番のストレスになるって聞いた事があるからそう思うんだけど。
この地方限定かは知らないけど、ナィニーの仕事をする人は特別に自分の部屋を持つことが許されるらしく、他のメイド職に比べると待遇が全般的に良かったりする。一般的にはメイドが個室を持つ事は無い。せいぜいメイド全体を取り仕切るような立場にあるメイド長などと言われる人くらいだ。
ナィニーに個室が与えられる一番の理由は、不要なストレスで母乳が出なくなることを避けるためらしく、これは男性エルフのナィニーにも適用されるらしい。そりゃ乳母の役割になるんだから、出来るだけストレスから無縁にしたいんだろうね。
最近聞いたんだけど、エルフでもハンターや探検家の服装はまた別らしい。一般的には軽鎧か重装備の鎧をみんな選択するらしいんだけど、エルフ族は伝統的に軽鎧のさらに部分軽量版なんだとか。
色は特に緑系統が好まれるらしく、比較的他の種族よりも俊敏なため、偵察や斥候を任務にする人が大半という話だ。特に森の中とかでは色が保護色となるので、奇襲とかには緑系統が好まれる傾向が強いと聞いた。
中には防御力を完全に無視して、せいぜい胸や腰、肘や膝などだけに最低限の防御しかしない人もいるという。とにかく一撃必殺で次々に攻撃する位置を変えるため、重い鎧は好まれないらしい。
あと多いのは後方支援としての魔法使いだけど、俊敏性を活かして先頭で動き回りながら相手を混乱させるような戦い方もあるという。この場合は魔物を倒すというより、仲間の所に誘導する事が目的らしい。
確かにハーフエルフの僕でも俊敏性は比較的高い。それを利用した戦い方は理にかなうと思う。でも僕にはやっぱり向かないかな。鎧とかの装備にかかるお金はともかく、前世が日本人だから戦うってのがイメージ出来ないのもある。
それとよく間違われるのが、エルフ族は弓が得意だという話。実際に弓を用いた戦闘をする人は少なく、ショートソードや投擲武器が主流で、たまに細身の長剣の人もいるとか。とにかくスピード重視なので、相手を確実に倒す事は二の次みたいだ。
投擲武器はいくつか種類があるそうだけど、多くは柄のない投げナイフか比較的安価なナイフ。もちろん予備としてショートソードは持つらしいんだけど、相手を混乱させるには多方向からの投擲武器が有効と言われると確かにそう思う。ところで柄のないナイフって、危なくて持てない気がするのは気のせい?
ちなみに戦闘が終わったあとに、使用した投擲武器を回収するらしいけど、見つからない場合も多いのでそれなりの数を用意するのが当たり前らしい。人によっては十個以上の投擲武器を用意しながら、尚且つ煙幕用の道具とか色々持って仲間を支援する。他の種族からするとやっぱり力は劣るのでこれは仕方ない。特に煙幕のような支援武器は魔道具なんかもあるらしくって、使い方によっては集団を一度に殲滅させる事も可能。もちろん仲間の支援があっての事だけど。
正直そういった戦い方って、前世の忍者を思わせる。味方に位置を知らせるための簡易信号弾魔法具もあるのだとか。煙幕や信号弾にはいくつか種類もあるそうだ。実際の忍者はまた違うかもしれないけど、イメージはそんな感じ。
そういった戦い方をする人は、少なからず暗殺のような仕事をしている人も多く、一部ではエルフ族を『闇の狩人』と言う人もいる。
そういった話があるため『ダークエルフ』と言う人も中に入るそうだけど、実際には前世でいう所のダークエルフはいない。暗殺を仕事にするエルフが自分でダークエルフと名乗ることはあるそうだけど。でもイメージはやっぱり悪いよね?
そんな僕は、今のところお母さんの魔法の授業を主に手伝っている。
ほとんどは教材を配ったりすることで、僕が魔法や魔術を披露することはない。何せ規格外にドンドン拍車がかかっているんだから。初級魔法でさえ小さく抑えるのにコントロールが滅茶苦茶大変だなんて、他の人には言えたもんじゃない。
ついでにアルバイトも始めた。お母さんの仕事の手伝いで一日銅貨五枚を貰っているけど、さすがに一応成人したのだからそろそろ自分で働くようにしないと。
で、結局やっているアルバイトは、近くの中堅クラスの商人の家でナィニーの仕事だ。そりゃメイド組合で散々勧められたし、これから生活するのにあまり危険な事などしたくない。当然僕に出来て安全性が高い仕事に付くのは当然だと思う。それに僕に出来そうな仕事で、掛け持ち可能な仕事は他になかったってのもある。
お母さんの仕事の手伝いは、基本午後の決まった時間で、他の時間はその商人さんの家に行っている。最初は抵抗があったけど、そんな簡単にお金になる仕事もない。楽って訳じゃないけど、仕事だしね。
前にハンターや探検家が依頼や登録を受けるハンター組合に行ったけど、僕では仕事を出来そうもなかった。やっぱり怖いしね。比較的初心者向きの魔物でも、その体長が二ケイスちかい蟻のような魔物って聞いたら、尻込みしたくなる。僕の身長より大きいんだから、尻込みしてもおかしくないはず。
そんな僕に組合の人が紹介してくれたのが、やっぱりメイド組合だった。実際看板には家政婦組合って書いてあったけど……。現実にはメイド組合って名前の方が浸透している。というか、看板の下に『メイド組合』って新しく付け足しで書かれていたりもするんだけど。昔は家政婦組合だったのかも。
まあ家政婦と書いてあっても、結構男性の登録者も多い。早い話がその家の中の仕事を手伝ったりする仕事の総称なので、庭仕事や厩舎の仕事など男手も結構需要があるのだとか。動物の管理は本来違う組合だけど、それなりの貴族でもない限り専門で雇うのはコストの問題が多いのだと思う。
ただすぐに受付の人が僕のことをハーフエルフと見抜いて、いきなり『母乳はもう出るの?』なんて聞いてきた。いきなりだったので思わずハイと返事をすると、何件かの求人票を見せてくれる。
まあ髪で多少は隠れていても耳は一応特徴があるし、髪の長さだってエルフの一般的な長さだ。なぜハーフエルフと分かったかまでは分からないけど。だけどいきなり『母乳は出るの?』ってのはさすがにちょっとと思う。
聞いてみたら、エルフの男性でメイド組合に来る人は、ほとんどがナィニーの仕事を選択するんだとか。力仕事なら他の種族でも良い訳だし、なにより多少賃金が安いとはいえ、ナィニーの仕事は比較的賃金がいい部類になるらしい。まあそれはメイド組合の中ではという形ではあるけど。それに他の仕事をしても問題ないエルフは歓迎されやすく、何より他の種族からしても見た目が良いという事で歓迎されるそうだ。まあ、男性だって中性的どころか女性的な顔立ちの人も多いから。
「一応ここの組合に登録をしてからになるんだけど、あなたみたいな人ならナィニーの仕事の方がお金になるわよ? 住み込みなら最低でも銀貨一枚は給金が出るし、通いでも刻印銅貨五十枚は堅いわね。強制はしないけど……」
ちなみに刻印銅貨とは銅貨の上位貨幣で、銅貨十枚が刻印銅貨一枚になる。刻印銅貨百枚で銀貨一枚だ。収入としては、他の仕事の三倍以上になる。ハンター組合に比べれば安いけど、命をかけているのだから仕方がないよね。
贅沢をするつもりはないとしても、比較的余裕がある暮らしは誰だってしたい。それはどんな世界でも同じだと思う。
確かに恥ずかしさはあるけど、他の男性エルフやその眷族も同じ仕事をしている事が多いのであれば、無理して安い仕事をする必要も無い訳だし、はっきり言えば乳母役なんだから雇う側だって丁寧に扱ってくれるそうだ。そりゃ、育ての親とはいわなくても、子供の面倒を見るために雇うのだから、下手な事をして子供が虐待とかされたくはないだろうしね。
「ナィニーの仕事と言っても、単にベビーシッターの場合もあるし、あまり深く考えなくても大丈夫よ? それにあなたは……胸も大きいし。ちょっと嫉妬しちゃうわ」
いやいや、それは言わないで欲しい。何よりこの人に最初会った時、女性と間違えられたし。まあ体型からして仕方ないんだけど。
「組合への登録料は刻印銅貨二枚。仕事で得た報酬の二割を組合に納めて貰うわ。ただここに来る依頼はすでに二割分を引いた額だから、書いてある額があなたの給金になるわね」
ハンター組合と違って、ここのような街中の仕事だと報酬の他にある組合への支払いは、雇い主が別に支払っている場合がほとんどだそうだ。その点は面倒がないので助かる。
ハンター組合の場合、獲物などを討伐したり、討伐した魔物や猛獣を売りさばいてから組合に支払うので、自腹で払うことが普通らしい。その代わり魔物の素材などは高額で取引されることも多く、二割を納めても二ヶ月や三ヶ月は遊んで暮らせる額を得ることも出来るみたいだけど。その分命をかけているから仕方がないのかもしれない。
ただハンターの場合は獲物を持ち帰らなければならず、死んだ獲物の血で他の魔物などがよってくる場合も多いので、大抵はパーティーを結成するそうだ。
ちなみにハンター組合だけでなく、他の組合と多重登録も問題ないのだとか。能力が有ればだけど。
最初の組合で作成される組合証はそのまま他の組合でも追記登録が出来て、中には十個以上の組合登録をしている人もいるそうだ。さすがに普通はそんな事しないらしいけど、やり手っているんだと思う。人によっては上手く仕事を回して月に金貨数枚を稼ぐ人もいるらしい。
「見た目で悪いけど、ハンターに向いているとは思えないし、商業や工業組合、錬金術組合も苦手なんじゃないかしら? 間違っていたらごめんなさいね? でもまだ十五歳でしょ? ハーフエルフなら寿命も長いし、焦ることはないと思うの。さっきの話だと実家の魔法塾の手伝いもしているみたいだし、一般的な計算や文字を書くのも大丈夫よね? なら相手先でもナィニーの仕事以外に家庭教師の仕事やお金の計算も任されるかもしれないわ。そしたら住み込みでなくても仕事の内容次第では、銀貨一枚くらい稼げるかもしれないし」
確かに銀貨一枚が毎月入るのはかなりお得だ。普通の男性お手伝いでは、月の収入が刻印銅貨二十五枚程度だって言っていたし。誰だってそれなりの収入には憧れると思うし、それが普通だと思う。
何より一般的にメイド組合の仕事は、一つ一つは単価が安いものばかりだ。なのでどうしても複数の仕事の掛け持ちになってしまう。
「分かりました。その仕事を受けてみたいと思います。ある程度時間の拘束が緩い仕事はありますか?」
さすがにお母さんの仕事の手伝いはするつもりだ。まだまだ僕も魔力や魔法、魔術のことは知りたいからね。何より独り立ちの目処くらいは一応考えないと。我が儘言っていて一文無しじゃそれこそ今後に関わる。なら我慢するところは我慢して、収入の良いところで働くのは普通だと思いたい。それに今のところ他にそこそこ収入がある仕事もないみたいだし。
ちなみに錬金術組合は前に試した錬金術の事があるので、錬金術関連は絶望的。工業組合は金属加工とか精錬の仕事はかなりの力仕事になるらしくって、エルフ系統はどうしても採用が難しいらしい。馬車組合とかもあるけど、その場合は他の町との移動が多いので、お母さんの仕事は出来ない。街の衛兵という枠もあるけど、これはこれで推薦枠というか、事実上のコネがないとちょっと厳しかったりする。実力だけで衛兵や兵士になれるほど簡単じゃないそうだ。職人系の組合では、木工や革があるんだけど、前世ではのこぎりで木を切断した事くらいだし、革なんて完成品以外触った事もない。
そもそも前世では『家にいるより病院にいる方が長いんじゃない?』なんてからかわれた事もあるし、実際かなりの間そうだったのも事実だから、僕にそういった職人系の技量はないし、一から覚えるのは簡単じゃない事くらい分かる。
そういった意味ではエルフの眷族である僕が出来る仕事はかなり限られてしまう事になる。仕事はちゃんと選びたいし、受付の人が言うとおりにある程度の妥協は仕方がない。そこに恥ずかしさでチャンスを逃がしたら、せっかくの第二の人生が勿体ないと思う。
「じゃあ、まずこの書類に目を通したあと、必要事項を記入して。その間に条件に合う仕事を探してみるわ」
そう言い残して受付の女性はカウンターの奥に消えていった。
この世界での正式な契約書は羊皮紙だ。前世のような万年筆などもなく、当然ボールペンもない。羽根の先にインク壺からインクを付けて、それで必要事項を記入する。
最近は鉛筆に似た物が出てきたらしいけど、どうも芯に使っているのは単なる黒鉛。柔らかいので折れやすいのもそうだし、一応持ち手は布を何重にも巻いて汚れないように工夫されているけど、前世の鉛筆よりははるかに劣る。
確か前世で使った鉛筆は、炭素の他に何かを混ぜて強度を高くしていたはず。残念ながらそっちの知識はないし、そもそも今の段階で必要ともまだ思っていない。
そんな原始的な鉛筆でもインクを使った筆記用具よりは安価で、天然ゴムらしい消しゴムもある。鉛筆の芯は黒鉛を無理矢理固めた物みたいで、かなり品質にばらつきがあるけど、インク壺と筆記具になる羽根を持ち歩くよりは携帯性が高い。なのでそこそこ一般に普及しているけど、組合の登録みたいに公的な文書には使用出来ない。何より羊皮紙にはまともに書けないし。
いくつか紹介された仕事の中で、比較的時間に余裕のある仕事を見つけてから依頼主の商人の家に向かう。自宅からも程よく近く、仕事を覚えるにはちょうど良い感じだと思ったからだ。
一応紹介された所へ行く前にお母さんに相談したら『あら、いいんじゃない? 仕事は色々覚えて損は無いし』って具合で、簡単に許可が下りた。エルフ族やハーフエルフの男性がナィニーの仕事をしている事は、僕の想像以上に結構ある事らしい。それがきっかけで、その一家の親戚や友人知人と結婚する事もあるのだとか。さすがに結婚なんかはまだ考えてもいないけどね。
向かった商人の家ではすでに僕を待っていたらしく、すぐに家の中を案内された。
この商人は夫一人と奥さんが二人。奥さんの一人は妊娠中で、もう一人には六ヶ月になる男の子がいる。
一応専属でナィニーの仕事をとしている人もいるけど、奥さんが二人であることや専属のナィニーの仕事をしている人が女性であること、その人はほとんど読み書きが出来ない人だったこともあり、僕のような家庭教師も出来る人が欲しかったらしい。
とはいえ相手の子供はまだ勉強を教える年齢じゃないし、僕がナィニーの仕事をしている時間以外は、お店も手伝って欲しいと言われた。ちなみにその仕事は売り子だ。
月額の報酬としては、通いであるにも関わらず銀貨一枚と刻印銅貨五十枚。家庭教師の仕事も認めてくれれば、銀貨二枚程度は月の報酬を用意してくれると言ってくれた。
前から雇われているナィニーの仕事をしている人は、専属ではあるけど子供の面倒も見ることになっているので刻印銀貨五枚。銀貨だと五十枚になる。
元々は農家の口減らしで売られた奴隷だったらしいけど、一年程で商人一家に認められて奴隷からは解放されたそうだ。
名前はイルエッタ・ブロウさん。年齢は十八歳らしい。種族はハピキュリア族だ。背中にちょっと大きめの、コウモリのような翼があるけど普段は畳んでいる。
ただ二十年の奴隷解放制度はそのままで、隷属の腕輪は付けたままになっている。なので最初に結婚された方とは、少し距離みたいな物があるみたいに感じた。実際費用の事を考えると、腕輪の解除までお金を払う人は少ないし、この家だってそこまで余裕がある訳じゃないんだと思う。
まあ、普通に行動するにはほとんど影響もなく、この商人の家族にも良くされているみたいで不満はないらしい。
あとは二人の奥さん公認で、夜の伽も時々行っているって聞いた。まあ双方の合意があるし、僕が口出しすることでもない。本人もまんざらでは無いらしい。いわゆるこの家の使用人兼愛人みたいな物だと思う。
一応簡単な面接はあったけど、実際即日採用された。まずはナィニーとしての仕事が優先らしい。
前にも聞いたけどナィニーとしての立場だと、個室を与えてもらえる。ただし今回は住み込みではないので、イルエッタさんと同部屋。
一応共同部屋で仕切りもないのだけど、急な数日の泊まり込みがあることも想定していて、ベッドは二つ用意してあった。
僕は生後六ヶ月になる男の子に母乳を与える事になって、さっそくこの日から仕事。名前をオルビット君といって、正妻にあたるコボルト族と父親ケットシー族のハーフ。まだ生後六ヶ月程度だと、父親と母親どちらの特徴を強く受けているのか僕には分からない。イルエッタさんは父親の影響が強そうみたいなことを言っていたけど、やっぱり最初から見ていると分かるのかな?
イルエッタさんは妾(?)なのか、愛人と言うべきか、チェウスさん(鳥人族)のお世話係兼ナィニーの仕事を現在は主にしているけど、僕がいない間はナィニーとしての仕事に専属する。だから僕みたいな時間限定でも採用してくれたらしい。
そんな僕はオルビット君に授乳しながらあやしている最中。初めてだけど、案外ちゃんと出来た。イルエッタさんは現在休憩中で、僕と同じ部屋にいる。結構恥ずかしい。
「聞いてはいたけど、エルフ族やハーフエルフの人って本当に男性でも母乳が出るのね。それにそのバストは嫉妬しちゃうわ」
ちなみにイルエッタさんもかなりバストは大きい部類だけど、それでも僕より小さい。そりゃ羨ましく感じちゃうかも。男としてはかなり恥ずかしいんだけど。
あと、どうもイルエッタさんはここの一家と婚姻関係にはないみたいだけど、愛人みたいな関係であるためか、色々詳しそう。流石に詳しく聞くような事はしないけど。
まあこの世界の常識がこんな形なら、慣れる以外にはないのかなって思う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「新しい仕事はどう? 初めてのナィニーの仕事だからちょっと不安や恥ずかしい所があるとは思うけど、こればかりは慣れね。そっちのお仕事を優先して良いから、塾の方は大丈夫よ? リアーナも最近は手伝ってくれるから」
仕事が終わって自宅で夕食を摂りながら、お母さんが聞いてきた。
「元々専属でナィニーをしている人がいて、ちょっと恥ずかしいです。しかも僕の方が胸が大きいし……」
そう言いながらお母さんの胸を見る。そして自分のと比べると、僕の方が大きい。直接の血縁がある訳でもないし、こればかりは正直どうしようもない事実だ。
「私も嫉妬しちゃうわね」
お母さんはちょっと笑いながらそんな事を言ってくる。
「まあでも、無理はするな。お前は物覚えも良いし、普通の家庭教師だって出来ると思う」
お父さんがそういうのには訳がある。
この世界の識字率はどうも三割程度で、きちんとした文書を書ける人となると一割もいないらしい。そしてこの世界の教育レベルは、どうも小学校三年生か四年生程度だ。
足し算引き算、多少の読み書きが出来るだけでも重宝される。四則計算が出来るとなれば、前世で言う所の数学者扱い。
言葉の習得も僕は問題なかったので、実質的に一般的な本では読めない物は無いし、読めるのは同じように書く事も出来る。普通は読めても書けない人の方が多いそうだ。
まあ、それでも商人として生きるには、さらに高度な微分積分なども必要なのだから、僕が知らない商人としての何かがあるんだと思う。
そんな理由もあって、メイド組合の人は家庭教師の仕事も見せてくれた。金額的には男性でナィニーの仕事をするより少し劣る程度だけど、僕が四則計算と読み書きがほぼ完璧に出来る事を知ると、月の報酬が金貨一枚の仕事もあるなんて言ってくれた。
確かに金額はかなり魅力的だけど、個人的には人に教える事はあまり得意じゃ無い。他の仕事の延長線で多少教える事ならともかく、それ以上は無理な気がする。そもそも前世だってやった事は無いから。
「あとはあれね。水魔法のコントロールをもう少し出来るようになれば、ちょっと大変な事もあるけど、鉱山や石切場の仕事も大丈夫だと思うわ。実際そっちの方が男性向きだし。でも私はちょっとまだ反対かな。もう少しコントロールの方法を身につけた方が良いと思うの」
お母さんの話には反論出来ない。
魔法で鉱山や石切場からまとめて採掘する事は結構需要があるそうだ。だけど僕の場合はコントロールに難があるので、正直無理だと思う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「わたし、あの子に嫉妬しちゃいました……」
「クラウデア君の事?」
向かい側の席に座っている正妻の奥様であるユリア・アンダーソン様とお茶をしながらそんな話をしている。
斜め左側の妾にあたるチェウス・アンダーソン様はティーカップに残っているお茶を見ていた。
「私もそう思うわ。アレで男の子なんでしょ? ハーフエルフだからエルフの眷属になるはずだけど、アレは非常識よ。私の知っている女性のエルフでも、あそこまでの人は少ないわ」
紅茶を見ながらチェウス様が呟いた。
「確かにそうね……。別の意味であの子は女性の敵よ。でも彼の責任じゃ無いのよね……」
ユリア様は両手でカップを持って、ちょっと悔しそうな顔。
「胸が大きくなる魔法があれば……」
「そうよね……」
私の言葉に二人の奥様も頷いていた。




