第一一四話 巨大遺跡 六(案内)
2016/03/17 サブタイトルを一部修正しました
「という訳で、少なくとも遺跡の中に魔物はいません。遺跡を守る装置も、僕らが把握しているので、敵対はしないでしょう。ですが遺跡の中にある物を破壊はしないで下さい。それをすると、この遺跡を守っている装置が敵と認識してしまうので。せっかくのチャンスです。これを台無しにする訳にはいきません」
「ええ、そうね。それから最下層にいける最短の道が分かりました。私が案内するので、そこに行きたいと思います。この施設の上部……地下十五階までは、実際には飾りみたいな物ですね。昔は倉庫や居住区としても使っていたみたいですけど、今は完全に放棄されているのと、いくつかある物はここのオマケみたいな物です。なので魔力災害を止める為にも、私達は最下層である二十五階をまずどうにかすべきですね」
僕とエリーは指揮所に戻って、とりあえずこの施設の概略を伝えていた。
調査を出来る時間は決まっているし、そもそも持参している食料も限りがある。それに遺跡の中であれば、安全は確保されるので、それらをちゃんと伝えないといけない。
すでにここの施設を管理しているミランダには、地下二十五階への最短ルートを確保してもらっているし、彼女も反対しなかった。彼女からすれば、装置を壊されさえしなければ良いのだと思う。
「凄い情報ですね。それに記憶の転写ですか? 昔はそんな事まで出来たなんて……」
研究所上級職員で、今回の調査メンバーでもあるダニエラ・トルンクヴィストさんが茶髪の髪を少し弄りながら聞いていた。その他にも大勢いるけど、指揮所には入れる人数は限られている。主に指揮所の大きさの問題でだけど。元々こんな事を想定していないし、当然人が入りきれない。
「気分的には良くないですよ? 今でも時々気持ちが悪くなりますから。ただ僕とエリーが、過去の情報を色々と知る事が出来たので、少なくとも魔力災害を止める事は出来るはずです。他にもする事はあると思いますが、今は魔力災害を止める事が最優先だと思います」
何せ寿命にまで影響するのだから、これだけは早く止めないといけない。
「内容は分かりました。しかし、指揮所を移す訳にはまいりません」
「もちろんです。いくら安全が確認されたとはいえ、私もそこまでは言うつもりはありません。ですが調査の方に力を注いだ方が良いと思います」
こんな時の交渉? 軍だと意見具申って言うのかな? この手はやっぱり基本エリーが担当。まあ当主という立場があるのだから仕方がないのだけど、本当はエリーも嫌みたい。そりゃ僕だって嫌だしね。それでもやらないといけない事はあるけら、エリーはそれをするし、僕もそれに協力する。今はそれが僕の役割だと思うから。
「そういった事でしたら分かりました。それに、この周辺の警護だけに専念出来る方が、我々としても有り難いですからね。どうしても中まで護衛しながらですと、調査にも時間がかかってしまうし二度手間ですから」
相手はサムエル・ボトヴィッド・パーション子爵というエルフの男性で、今回の調査団団長を任されている人だ。軍畑の貴族らしくて、ほぼ毎回この手の調査の団長を歴任しているらしい。所謂軍系貴族? 前世の日本ではそんな物など歴史の授業で習うような類いだし、そもそも習ったかも疑問。それに僕は軍人として向いていると思わないし、こういう事は専門家に任せるべきだと思う。
一五五歳で、エルフの中では中年に相当する年齢らしいけど、エルフって早熟だから晩年に近づくまでは、容姿が若い頃とそんなに変わらない。だから見た目は二〇歳とか言われても信じちゃうかも。
ちなみに僕はエリーと別行動になる。
僕は護衛の人たちを決めてもらってから、ミランダが設置されている地下二十三階に行く。地下二十二階以下なら彼女と対話以外のキーボードのような物で、色々と指示できることが分かったから。
やっぱりミランダがどんな物なのかをちゃんと確認したい。一応知識としては得たけど、この目で確認したいから。なのでエリーはバスクホルド子爵家直属のペララさん達に任せて、僕は別行動だ。イロとベティがどうするかは、これから決めないといけないけど。
何よりこの施設の最も重要な場所は、地下二十五階じゃないと思ってる。多分ミランダを直接操作する事で、色々と解決出来るんじゃないかと思うから、あえてエリーとは別行動。
もう一つ重要な事がある。というより、それが魔力災害以外では一番重要かも? それはここの記録をちゃんと別の方法で持ち運べるようにする事。
いくら僕とエリーの記憶に移植? されたとはいえ、やっぱり忘れる可能性の方が遙かに高いはず。だから冒険者学校で使っているような記録を残せる物に、少しでも多く記録しないといけない。問題はミランダがそれをさせてくれるかという事と、どこまで調査隊が持ち込んだ記録結晶が役に立つか。
「では護衛は最低限の武装のみで付き添います。流石に武装なしという訳にはまいりませんので。ですが、その分調査に必要な物を多く持たせられます」
「有り難うございます、パーション子爵。私もここの装置を完全には信頼していませんし。ですが調査に必要な物が多ければ、その分今まで分からなかった事も増えるでしょう。私とクラウディアの知識しか今はありませんので、皆さんの協力は必要不可欠ですから」
どうやら話が纏まったらしい。
それに地下深くへ向かうにしても、前世で言うところのエレベーターが存在している。ここを作った人たちは『魔道昇降機』と呼んでいたらしいけど、実際にここへ帰る際にも使った。見た感じも動きも、エレベーターその物。普通なら何時間かかるかも分からないような移動も、これで一気に短縮出来るのは正直助かるよね。
打ち合わせも一通り終わって、僕らは自分たちのテントで次の朝を迎える事にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあエリー、二十五階の方は頼むね」
「ええ、分かったわ。クラディも気をつけてね」
一階の入り口を少し入り、僕とエリーはそれぞれ違う道を行く事になる。直通になる通路がここから異なるから。
僕らはそれぞれの行き先を階層だけで言う事にした。どっちにしても後で分かる事だけど、あの映像で見た光景を口で説明するのは難しいし、実際に見てもらった方が早い。それに今の段階であまりに不安を与えてもダメじゃないかってエリーの提案。僕も反対する理由はないし、一応護衛の人たちにだけ『一応何があるか分からないので、気をつけて下さい』とは言ってある。
エリーにはイロが、僕にはベティが付き添ってくれて、エリーの方にペララさん達の護衛をお願いしたので、僕は他の人たちを率いている。僕の方にも当然別の護衛が付いて来るのは当然だし、それは心配していない。
エリーの方に付く護衛はペララさん達を筆頭に二十四人で四小隊。僕の方はラハナストさんが率いる小隊を含めて、十八人の三小隊。さらにエリーの方に十五人の研究者の人たちも同行するし、それを護衛する為に追加の護衛もすぐに派遣するそうだ。僕の方には四人の研究者が付いてくる。この人達の護衛も後から来る事になっていて、今は調査団団長のパーション士爵がその選定を大急ぎで行っている。
元々こうなる事までは流石に予想出来なかったみたいだし、僕とエリーにそれぞれかなりの人数の護衛が付くから心配は最初からしていない。
「じゃあ、僕に付いてきて下さい。そんなに時間はかかりませんから」
「え、地下二十三階って言っていたような……? そんなにすぐに行けるの?」
ベティがそんな事を言うので『ちょっとね』と言ってとりあえず誤魔化す。みんなが驚く様子を見たいと思うから。それにしても、ベティは地下十七階から戻った方法を忘れたのかな?
通路を案内しながら先を進むけど、当然途中にある部屋は無視。多少の簡単な解説はするけど、実際の所ほとんどが当時神官などが使っていた部屋。
まあ一階から地下三階までは、普通の神殿として使われていたみたいだし。問題になる部屋は地下四階からだけど、それだって地下十階以下までは普通の部屋か倉庫として使われていた部屋だ。なので何か物が残っていたとしても、大して有用になるような物はまず無いはず。
通路を歩く事、十分程度。ようやく目的の場所に着く。広さは大体四畳程で、目の前には中央縦に切れ目がある壁があるけど、当然僕以外は何があるのかなんて分かっていない。
「何もありませんが……」
護衛の一人がそんな事を言ったけど『まあ、待ってて』と言って、切れ目がある壁の左側端を探す。それはすぐ見つかって、青いボタンが埃で白く汚れていた。サッと埃を払ってボタンを押すと、ボタンが青く光る。やっぱり一階はそれなりに埃とかが溜まっているみたい。
「それは何でしょう?」
「地下二十三階に向かう為の物です。もうすぐ目の前が開きますよ」
ラハナストさんの質問に素早く答え、少し待つと『チーン』という前世でも聞いた事がある音がして、前を塞いでいた壁が左右に動く。その奥に突然部屋が現れたのを見て、皆がビックリしていた。どの世界でも、エレベーターが到着した時の音は似た音なのかな?
「これは『昇降用魔道移動機』が正式名称らしく、一般的には当時『魔道昇降機』と呼ばれていたらしいです」
簡単にエレベーター……じゃなくて、魔道昇降機の事を説明する。ちなみに中に人が乗ると、天井にある発光天井が自動的に点灯。これも魔道具の一種みたいで、当然その魔力は地下二十五階から供給されている。この施設全体が地下二十五階の魔力炉を必要としているし、同時に今は地下二十三階にあるミランダがいないと、可動もきちんと出来ない仕組みらしい。
非常用の通路もあり、どうも僕らは昔そこから運び出されたみたいだ。非常用と言っても、地下深くまである施設だし、当時はかなりの人がいたらしいので、その幅は人が横に五人両手を広げて歩ける程に広い。多分当初はそこから色々な機器を運び入れたんだとも思う。その後魔道昇降機が設置されて、非常用通路になったんだろうな。
「そこの青いボタンがある所に、後で来る人の為に押すよう何か張り紙でもして下さい。それが終わったら二十三階に行きます。それと『ここを押す』という張り紙も作っておいて下さい。中に入って移動しましょう」
僕はそう言って、中にある操作パネルがある位置を探す。すぐに見つかったけど、前世のエレベーターは扉の真横に必ずあったのに、これは中から見て右側、つまり外から見ると魔道昇降機を呼ぶボタン側の壁にそれがあった。それぞれ数値が一と四から二十五まで順番に並んでいる。一だけ特別扱いなのか上側にあり、四から十で一つの列。さらにその下に十一から二十。そして一番下の列に二十一から二十五の数字が並んでいる。一の横には青と赤のボタンがそれぞれ右側にあった。青が開くボタン兼延長ボタンで、赤が閉じるのボタンだ。
それも簡単に説明して、全員が乗ったことを確認する。この魔道昇降機はかなり広くて、多分だけど百人は乗れると思う。元々荷物用も兼用していたみたいだし、地下に大型のものもあるからその為だと思うけど。
二十三を押してから赤いボタンを押すと、目の前が閉じる。周囲が驚いているけど、安全であることをちゃんと説明。下に動き出したので一瞬上に引っ張られる感覚に襲われる。それをみんながまた警戒したけど、それもまた説明。
「この黄色く光っている二十三のボタンの所に、もう一枚の張り紙をしておいて下さい。そうすれば後から来る人がすぐに分かるので」
一つのフロアずつちゃんと説明をしていたら時間がなさ過ぎる。なので今は最優先のことをやる。その為にもエリーと別行動にした訳だし。
みんな少し動揺しているけど、こればかりは仕方がないと思う。僕だって前世の知識とミランダからの知識がなければ、もっと動揺していたはずだし。
大体五分程して、また聞き慣れた『チーン』という音がして、前の扉が開いた。その先には通路がある。通路はまたもや白い壁と白く光る天井。この天井の技術を使うことが出来たら、色々と便利になりそう。
「じゃあ先に進みましょう。張り紙をしているので、後から来る人にも分かると思います」
実際の所、ミランダに指示すれば魔道昇降機は操作出来るんだけど、一応誰でも操作出来ることを伝える為にもこうしておいた。それにミランダの所で監視出来ることも分かっているので、どうしてもダメな時はこっちで操作も可能。なので心配はしていない。
「ここが本当に地下二十三階なのですか? 信じられませんが……」
横で一緒に歩いているラハナストさんが、何だか不安そうにしているし、他の人たちも似たような感じ。
「確かに信じられないかもしれませんね。僕もここの知識が全く無かったら、絶対に信じませんし」
そんな事を話しつつ、すぐに目的の場所へ通じる扉の前に到着。
「ここですね」
目の前には真っ赤なドアがある。ドアには取っ手となるような物は何もない。目の前に来ても開かないという事は、別の方法で開けるのかな?
「ミランダ。聞こえていたら開けて欲しいな」
そう言うと、ドアが真上に移動する形で開いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エリーナ様。何だか凄い乗り物ですね」
一緒に同行しているペララ騎士が、魔道昇降機の中を見回しながら言う。確かにこの仕組みは凄いと私も思う。魔力で動いているという事は分かっていても、それがどうやって動かしているかとなると、まだ頭の整理が付いていない私には分からない。長いロープのような物と、それを上下に巻き上げる物があるのは分かっているんだけど。
こういった事を確実に残す為、クラディがミランダの所に行っている。順調にいけば良いのだけど。
そんな事を考えていたら、到着を知らせる音と目の前のドアが開いた。すでにクラディと同じように、ここへ来る為の張り紙は貼ってある。
「着きましたね。正直かなり驚くと思いますが、危険はないので着いてきて下さい」
そう言って魔道昇降機から降りる。目の前は通路だけど、それは五Mもない。そしてそこには灰色の扉がある。両側に開く扉で、扉をそれぞれ壁の中に収納する仕組み。ここ以外にも入り口はあるけど、そこからだと階段をいくつも使わないといけない。そんな時間は勿体ないので、私達は魔道昇降機を使用した。
「扉に付いている取っ手を持って、それぞれ左右に移動してみて下さい。それで開きます」
こういった事は全部護衛の人たちがやる事になっている。別に危険はないのだけど、私達の安全が第一と言われているから。
「こ、これは……!」
案の定、ペララさんが絶句しているし、かなり驚いているのも分かる。もちろん他のみんなも。まあ、私だって驚いてはいるんだけど、一度あの部屋で見てはいるし、覚悟は一応していたつもり。
真っ白な光を放つ天井は、私の遙か上。高さにしておおよそ十五Mはある。そして広大な空間に並ぶ容器。私とクラディが入れられていた場所。今はその中に生きた人はいない。色はいくつかあるけど、基本は赤と青。そして黒と白。色が違うのは魔力の貯蔵量の関係で、属性は関係ない。そしてどれも人の形をした魔石に変貌している。
「過去にあった大規模な爆発と、その後の魔力災害の結果です。私とクラディは、こうなる前に助かりました。もし今でもここで捕らえられていたら、私達も同じようになっていた可能性もあるみたいです」
世の中って残酷だと思う。私達が助かったせいで、僅かに残って生きていた人たちも、全員が魔石になってしまったのだから。
「ここに魔力災害で失われた魔力の大半が眠っています。クラディがここを管理している魔道脳を上手く説得出来れば、ここから再び魔力を世界中に戻す事が出来ると思います。私達はそれまでここを調べましょう」
私はそう言ってから、それぞれ色々な人たちに指示を出していく事にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「こ、これは何ですか!?」
混乱のさなか、最初に言葉を発したのはやっぱりラハナストさん。上級一等騎士だけあるのかな? こんな時でも、一応復活? が早いと思う。
「多分彼女……で良いと思うのですが、ミランダです。正確には『実験施設管理魔道脳 KN―二七一五』というみたいですが、通称として『ミランダ』という名前が付けられているみたいですね。この施設全体を管理しています」
目の前にあるのは、前世のどっかで見た事があるような、巨大な青っぽい液体が満たされた水槽の中にある、文字通り巨大な脳その物。一緒に来ている人たちは、ほとんどの人が気持ち悪そうにしている。気持ちは分かるけどね。
『私はミランダ。クラウディア様に紹介されたとおり、この施設の管理を行っています』
「しゃ、喋った!?」
誰かが驚いたように言う。
「この施設全体に、彼女の声だと思うんですけど、それを伝える魔道具があります。同時に、僕らの声も彼女に聞こえています」
流石にスピーカーと言っても通じないだろうし、とりあえずはこう言うしかない。この手の魔道具にも、ちゃんと名前を付けるようにしないとダメだろうな。
「ミランダ。僕がここに来た目的は、大体分かっていると思うけど、君としてはどうしたいのか知りたいな?」
こうして僕らとミランダとの交渉が始まった。
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