第一一三話 巨大遺跡 五(新たな知識)
2016/03/17 サブタイトルを一部修正しました
「――ディ、クラディ、起きて」
体が揺さぶられて目を開けると、エリーが僕を覗き込んでいた。
「やっと気が付いたのね。大丈夫?」
「え……あ、うん。大丈夫だと思う。うん、大丈夫」
そうだ。確か記憶を転送するとか何とか……。
「本当に大丈夫? 何だか目が虚ろって感じよ?」
「うん、大丈夫。ちょっと疲れたけど」
記憶がどうなったかなんてまだ分からないけど、少なくともエリーの事はちゃんと覚えているし、今までの事も大丈夫みたい。ただ、正直かなり疲れた感じがする。エリーは大丈夫なのかな?
「エリーは大丈夫なの? 正直かなり疲れた感じがするんだけど」
「そうね。私もちょっと疲れたけど、今は大丈夫よ。それよりもクラディの目が覚めるのが遅くって心配したのよ?」
「え、そんなに?」
『はい。クラウディア様はエリーナ様が目覚めてからも、さらに三四分眠っておられました』
一体何でだろう? エリーと僕は同じ事をされた訳だよね?
「でも良かったわ。あのまま眠り続けて起きないなんて事になったら、私……」
エリーが目尻に涙を浮かべて抱きついてくる。確かにそうだよね。僕だって同じ立場なら、きっと似たような事をしたはず。
『クラウディア様が起きるのに時間がかかったのは、元々持たれている知識のせいです。クラウディア様は既に百年分を超える知識をお持ちでした。その知識を避けての転送となった為、時間がかかったものと思われます』
「百年分の知識? どういう事?」
エリーが僕から離れて、彼女に聞く。
『この世界に無い知識をお持ちでした。それが原因です』
「あ、前世の知識ね?」
『その通りです、エリーナ様』
僕の記憶に新しいデータを転送する際に、僕の記憶も取得された訳だ。これって大丈夫なのかな? 正直かなり心配になってきた。
『ただ私では理解不能な事が多いのと、私の情報ではこの世界で使用出来ないと考えられる知識がほとんどでしたので、記録として私に保存されましたが使用は出来ません。私が命令可能な魔道人形も対応しておりません。この施設で使用出来る知識もほとんどありませんでした』
じゃあ大丈夫かな? もちろんミランダが嘘を言っていなければの話だけど。
「クラディはもう少し休む? 私は新しい知識にちょっと興奮しているんだけど、疲れているなら休んだ方が良いわよ」
「新しい知識ってのはちょっと気になるけど、正直まだ疲れているし、もうしばらくゆっくりしているよ」
眠る必要がある訳じゃ無いけど、何だか丸一日重労働でもしたような疲労感がある。こんな時はゆっくり休みたい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「やっと地下十四階か。それにしても、本当に何も無いな」
二時間はかかっていないが、それでも二つさらに下の階へ来た。しかし罠と思われる物も無いし、通路は一本道。さらに天井が真っ白にちょうど良い明るさで光っていて、見通しも良い。
「確かに変ですね。天井は届かないので分かりませんが、通路には罠の痕跡もありませんし、分かれ道すら無いのも理解しかねます」
隣で目の前に繋がる十四階の通路を見ながら、アルマル上級二等騎士が答える。彼女もそうだが、歩く事よりも罠を警戒する事の方で疲れが多い。それはバスクホルド子爵家の方々などにも言える事だが。
「この階層を抜けたら一旦休憩にするので、もう少し頑張って欲しい」
「了解です、隊長」
フリーデゴードの返事と共に、他の隊員も頷く。子爵家の方々も頷いていた。とりあえず士気だけはまだ大丈夫なようだ。
一応剣を構えながら先に進むが、約五十M先までは直線の道。その先が曲がり角になってはいるが、誰かがいる気配は無い。それどころか、生物の気配すら無いのは正直気味が悪い。
かといって普通に歩く訳にもいかない。罠もそうだが、何が起きるか分からないのだ。当然歩く速度はかなり落ちる。たった数M先に進むのに、一分近くもかかっているのだ。
しかし誰も今の速度を上げようとは言わない。流石に騎士や兵士であれば罠などの事は理解しているし、子爵家のメイド二人は武術にも優れていると聞いている。お二人だけ残った奥様も、冒険者学校に通っていると聞いているので、罠の事については理解しているのだろう。
だが今の状態がいつまで続くのか? 一度何かが起これば、今は緊張で何とかなっているこの状態が崩れるのは明らかだろう。その時どうなるのかが心配になる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一度意識を取り戻してから、結局もう一回寝てしまって、さらに二時間が経過していた。
時間はミランダが正確に教えてくれるので大丈夫だけど、椅子しかない部屋なので暇。まあミランダが与えてくれた知識は、ちょっと考えるだけで思い出せる。まるで元々あったような知識みたいでちょっと気持ち悪かったけど、しばらくすれば慣れると思う。理解が難しいところも、ミランダが追加で解説してくれるしね。いきなり記憶が増えたからって、やっぱりすぐに使える訳じゃ無いみたいだし。
「エリーはもう慣れたの? 僕はまだちょっと変な感じなんだけど」
「私もまだ変な感じよ。でも最初の頃よりは良くなったわ。それよりも凄い知識よね。正直ヒト族に偏った感じはするけど、元々ここの施設の役割を知ったら、仕方がないと思うしかないわ」
「そうだよね。慣れるしかないよね」
ちなみに僕は、この施設の事を今は考えていない。エリーが色々とこの施設の事を知ろうとしているみたいなので、僕は前に立ち寄った湖の事や、空気中の魔力が減っているって言われた事の原因を考えている。
ただそれも、どうやらこの星の組成が関係しているみたいだ。
ここを作った人たちは、ここの施設以外にもこの星の事や人の構造、魔力について色々調べていたのが分かった。そんな中でもちょっと驚いたのは、前世で言えば元素周期表。
地球のものと似ている部分はあるんだけど、根本的には違っている。それは例えば水素の標準状態が地球で言えば重水素に似ていて、陽子と電子一つずつの代わりに、基本的な水素は陽子と中性子に似た物、電子がそれぞれ一つずつある。中性子には似ているけど、それは中性子とどうも違うみたいで、知識の中では魔力子と呼ばれている物が同時にあるみたいだ。その他にも魔素子と名付けられている電子の代わりみたいな物がある。もちろん電子もあるんだけど、ここを作った人たちはそんな事まで知る事が出来たらしい。
ちなみに水は地球で表記すれば、細かい事を考えないと水素二つと酸素一つで水、水素は陽子一つに電子一つ、酸素は陽子八つと電子八個。
ところがこの世界の場合、水素もそうだけど酸素原子も地球の物とは異なっている。酸素の場合、陽子が二から六個。残りの六から二個は魔力子で出来ているみたい。さらに電子も通常の物が六個あって、魔素子が残りの二個や六個になっていたりする。
当然魔力子や魔素子が多い方が魔力を多く含む事になって、前の湖ではその大半が魔力子六個の物だったみたいだ。魔素子も同数程度なんだと思う。
元素周期表はちゃんと作られていたみたいだけど、前世の記憶と照らし合わせて作り直さないといけないかな? 今役に立つ事じゃ無いけど、そういった物があれば色々な物をもっと研究出来るようになるだろうし。
それに魔力子が多い同位体もあるみたいだけど、この場合は放射性物質とかと違うみたいで、通常の原子よりも魔力が数倍から数十倍、物によっては数百倍になるみたい。ただ地球と同じように、天然にはほとんど存在しないという点で似ているかも。確か地球では、同位体はほとんど物質には存在しないって聞いた事があった気がするんだけど、間違ってたかな? まあ、流石にそこまで細かい事は思い出せない。
生物はそんな空気や水などから魔力を補給していて、この遺跡周辺にある空気や水は、王都エストニアムア周辺までだと魔力子が三個程度。もっと遺跡から遠いと、魔力子は二個しか無い可能性が知識から導き出される。当然空気や水の魔力が低いので、それを元に生活している人の魔力が低くなるという結果となってしまう。
ただ、地球のように魔力子が存在しない水素や酸素は当時ほとんど無かったらしく、全体として空気中なら一割以下。多分今の大気成分は、この星全体の魔力子が減っているんだと思う。
救いなのは、一応魔力子が存在しない空気や水でも、この世界の生物がすぐに死ぬ事が無い事。
寿命などに影響はあるみたいだけど、今は突然の魔力子や魔素子の枯渇といった事でもない限りは大丈夫。例外なのは魔力災害のような現象が起こった場合で、魔力災害では文字通り空気などから大量の魔力子や魔素子が失われる。なのでその間に適切な場所にいない場合は、突然死のような事などにもなるみたい。
少なくともこれが分かったのだから、後は魔力災害をこれ以上起こさないよう、ミランダに上手く交渉する事になると思う。彼女は自分の自己破壊などは出来ないように造られているみたいだけど、それさえ満足させる事が出来れば魔力災害は起こらなく出来るはずだから。
それから魔石化した地下にいる人たちは、特に早く魔石化した人たち程、同位体の物質を含んでいるみたいだ。そもそも元々が人という生物なので、地球で言うところの炭素や水素、酸素などが多い魔石みたいなんだけど、それらが同位体になって保存されている魔力の量が跳ね上がっているという情報もあった。
「地下二十五階に、ミランダの言う魔力炉が設置されているみたいね。かなり広い部屋みたいよ。まあ、さっきの映像からしたら、確かにかなり広くないと無理なのかもしれないけど」
ミランダからもらった知識で、僕らは過去にこの施設を作った人が使っていた専門用語みたいな言葉を簡単に理解できることが出来るようになった。ちなみに先ほどの映像は、前世で言うところの液晶画面に近いみたいだけど、微妙に違ってもいる。そもそも壁自体に魔力や魔術的な処置が施されていて、さらにその為の装置が内蔵されている。なのでミランダは、この施設の大半の場所であれば、好きな時に好きな場所へ映像を映す事が出来る。さらにタッチパネル的な機能まであるので、こちらが指示すれば色々と使えそう。
「あ、これで迎えに来ている人たちと連絡が取れるんじゃないのかしら? ミランダは場所を把握しているのよね?」
『はい、エリーナ様。現在地下十五階の中程に到達しています。罠を警戒しているようで、今の移動速度ではあと六時間はかかると予想されます』
「時間が勿体ないわ。みんなと連絡を取りましょう。みんなの近くに映像を出せる?」
「エリー。それは構わないんだけど、突然僕らの映像がみんなの前に現れたら、驚くんじゃない? むしろ罠と思われるかも……」
迎えに来てくれているみんなは、罠を警戒しているから遅くなっている。そんなところに僕らの姿が突然映し出されたら、むしろ罠を警戒しちゃう事も考えられる。
「確かにそうね……じゃあ、どうするの?」
「ミランダ、声だけを送る事は出来るよね?」
『はい。音声のみも可能です』
「じゃあ、声だけで罠が無い事だけ伝えよう。あと、僕らが地下十七階にいて、もう少しだって事も。どっちにしても驚くと思うけど、その方がまだマシだと思うんだ」
もちろん確証なんて無いけど、まだ声だけの方がマシだと思う。何せみんなはこの施設の事を知らないのだから。
「分かったわ。じゃあ、クラディに任せても良いかしら?」
「うん、分かった。じゃあミランダ。みんなのいる少し前で声が聞こえるようにして」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『クラウディア・バスクホルドです。皆さん聞こえますか?』
突然どこからともなく聞こえた声に、思わず皆で警戒してしまった。
確かに声はクラウディア様なのだが、一体どこから声が聞こえるのか分からない。
「ペララ騎士。前の方から聞こえますが、どういった事でしょうか?」
ミッコネンも警戒して剣を構えながら、周囲を伺っている。しかし声の方向には気が付いたらしい。
「しかし、前には何も無いぞ?」
人もいないどころか、通路だけなので文字通り何も無い。
『驚かせてすみません。でも僕らは無事です。その通路には罠はありません。それと僕らは地下十七階にいます。その先には何も無いので、普通に歩いてきてくれて問題ないです』
「本当にクラウディア様なのですか? 一体どこに? お姿が見えませんが」
『この遺跡にある物を使って、皆さんと連絡が取れるようになりました。エリーも何か話して』
『エリーナです。私も無事です。クラディの言っている事は私も保証します。それよりも、合流してからお話ししなければならない事があります。ですので急いで頂ければ。私達がそちらに行く事も出来るのですが、やっぱり皆さんと合流してからの方が良いと思うので』
確かにエリーナ様の声で間違いは無い。しかし不思議な仕掛けだ。
「信用してよろしいのですね?」
『もちろんです。僕らは部屋で待っているだけですし、部屋の鍵も開いています。道も一本道になっているので、迷う事はありません。時間が勿体ないので、急いで合流しましょう』
「分かりました。では、ご指示に従います」
『待っています。ではまた後で』
少し何か雑音のような物が聞こえたが、それも止む。
「あれは本当なのでしょうか?」
ラハナスト上級一等騎士が不安そうな声で聞く。気持ちは当然分かる。あの声が本当かどうかなど、我々には分からないのだから。
「警戒しつつも、とにかく早く向かうしか無いだろう。罠の可能性もあるが、確かにあの声はエリーナ様とクラウディア様に間違いなかったと思う。我々の目的はお二人を発見して救出する事だ。あまり遅くなってしまっても、お二人が持っている水などの物資も限られている。まずは進む速度を上げてみるしか無いな」
あの声が本当にお二人で、罠も無いのであれば安心なのだが。とにかく今は急ぐとしよう。
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