閑話 十七 伝えたかった事
「奥様、本当に大丈夫なのですか? 無理をなさらずとも、ベッドの上からの撮影も出来ますが?」
私の名はリーナス・ジョロワフ・ロン・ベッケアート。旦那様であったエンリコ・ジョロワフ・ロナ・ベッケアート様に保護され、側室の立場ではありましたが、私は『妾』であると常々心に言い聞かせておりました。それにその様な待遇だったとしても、私は匿われていた身。側室のような立場など、私には重く感じてしまったのです。
旦那様は既に亡くなり、今の屋敷の主人はベルント・クラウス・ロナ・ベッケアート様となっております。旦那様の正妻でもあったクーヴァイア・ジョロワフ・ロナ・ベッケアート様も、旦那様が亡くなった十年程先に後を追われました。
私の最初の息子であるクロードは、生後二年をして養子として引き取られました。私も頭の中では理解していましたが、なかなか感情はそれを理解出来ない物です。
旦那様はその私を何度も愛してくれましたし、おそらくそれが旦那様の出来る償いだったのでしょう。それを理解しつつも、息子を守れなかった私には、いつまでもクロードの事を忘れる事など出来ません。
私は本当に酷い女だと思います。ですが、それに負けた私にも責任はありますから。クロードが養子に出てから、すぐに二人の子も授かりました。二人には兄がいるなどとは言えませんでしたが。最後には六人の息子や娘達を育て上げました。
クロードは養子先で素直に育ったと、ある筋から聞き及んでいました。最初は私もそれで満足でした。あの子が幸せに育ってくれているなら、例え二度と顔を合わせる事が出来なかったとしても、あの子の為なのです。
元々私は各国から身を追われる身。その息子であるクロードが、私のように追われる立場になる事は容易に想像がつきましたから。だからこそ、密かに息子を養子に出す事で、追っ手から身を隠すようにせざるを得なかったのです。
それにクロードは、ハーフとはいえ異常な程の魔力を有していました。まさかそれが後々仇になるとは、この時想像もしていなかったのです。
クロードが私の元を離れて、十五、六年程経過した時だったでしょうか? 突然旦那様が私の部屋に訪れました。
勿論旦那様ですし、私の部屋に訪れる事は珍しくはありません。ですが、旦那様の顔色の悪さに私は思わず何かがあったと理解しました。そしてそれは、きっとクロードの事なのであろうと、直感的に理解したのです。
旦那様からクロードの話を聞かされた時は、数日程寝込んでしまいました。旦那様もそうですが、その本妻であるクーヴァイア様も、そんな私を気遣ってくれたのは純粋に嬉しく思ったものです。
クーヴァイア様は私の立場を知っておりますし、そんな私に対しても優しく接してくれるとは思っていませんでしたから。何せクロードがこのお屋敷を出てしばらくは、事実上旦那様を独占した私です。嫉妬があって当然だと考えるのが普通でしょう。しかしクーヴァイア様は、それすらご理解頂いていたのですから。
旦那様はクロードがどの様な目に遭っているのか、何かをご存じのご様子でした。ですが何も話しては頂けません。私はそんな旦那様であっても、致し方ない事であると分かっておりました。旦那様はこの街の領主であります。私に話す事が出来ない事など、そう珍しくはないはずです。
ただ旦那様は、そんな私がクロードを密かに探すよう、私付きの者たちに影で命じていても、それを咎める事はありませんでした。旦那様はご存じの筈ですが、黙認して下さったのです。きっと私程度の力では、クロードを探し出す事など出来ないと分かっていたのでしょう。ですが、そんな旦那様を私は責める事など出来ません。私の立場を考えれば、致し方の無い事です。
旦那様が亡くなる二年程前でしたでしょうか。旦那様の口から、息子は必ず生きているとだけ聞き及ぶ事が出来ました。その理由や場所など、一切お話し頂けませんでしたが、それが旦那様に出来る唯一の愛情だったのかもしれません。私もそれ以上は追求する事もなく、旦那様が亡くなられた時には涙したものです。
葬儀はご長男で跡取りでもあるベルント・クラウス・ロナ・ベッケアート様が取り仕切り、クーヴァイア様もご一緒だったと聞いております。無論私が葬儀に出る事はなりません。しかし、これで良いのです。旦那様に匿われた時から、私が大手を振って街を歩く事など出来るはずも無かったのですから。それに葬儀には参列出来ませんでしたが、最後のお顔を密かに拝見出来るよう、クーヴァイア様が取りはからって下さいましたし。
それからクーヴァイア様がお亡くなりになり、ベルント様が領主として確固たる地位を築き上げましたが、それはまた別のお話ですね。
今回私は、まだ生きているであろう息子、クロードに遺言を残す事にしました。本来ならそんな資格など無いのかもしれませんが、これが私に出来る、おそらく最後の償いでしょうから。
「準備出来ました。奥様、もうよろしいですよ」
こうして私の遺言が、記録結晶に記録されていきます。魔石を改良したこれは、音声と同時に私の姿も残す事が出来る優れ物です。
私の体は長年クロードの事を探し求めた結果、不治の病に冒されてしまいました。エルフとしてはとても短命と言えるかもしれませんが、後悔はありません。クロードに対する罰だと思えば、致し方ない事でしょう。
私の側では、いつでも薬の入ったお茶を用意した付き人が待機しています。それでも、私はこの記録が終わるまで体力が持つか疑問ですが。
「ああ、そうでしたか。最後にもしクロードがこれを聞いていたら、私はあなたを最後まで誇りに思っていますし、愛しています。こんな一方的な事しか言えず、本当にごめんなさい。さようなら、クロード」
最後の言葉を言い終えると、撮影していた方が何か言いたげに見ています。
「どうかなさいましたか?」
「奥様。残念ですが途中で終わってしまったようです」
そ、そんな……。
突然私の胸が苦しくなる。急に視界が狭まり、私は椅子から転げ落ちた。
「奥様! しっかり!」
遠くで声がします。きっと、これがあの子に対する罰なのでしょうね。でも後悔はありません。あの子が生きてさえいれば。そして……。
「亡くなられています。奥様は最後まで……」
「すぐに旦那様をお呼びしなさい」
部屋に響く使用人達の声は、どこか寂しそうにも聞こえた。
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