表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/331

第一〇八話 館

2016/02/15 誤字及び一部内容の修正を行いました

 神殿と思われる遺跡の前を出発して、館と思われる遺跡までは半日程で到着。距離的にはさほど離れていなかったみたいだけど、その途中にある様々な植物が邪魔をして到着に時間がかかった。ちなみに凶暴な動物や魔物には襲われなかった。運が良かったのかな?


 遠くから見たときもそうだったけど、館は半分程崩壊している感じ。特に上部の崩壊が激しい。記憶にある塔は原形を留めていないみたいだ。


 確か元々高台にあったと思ったけど、そのおかげか森に呑まれるような事にはなっていない。それでも壁にはツタとかが覆い茂っていて、かなりの長期間放置されていた事が分かる。


「大半は崩れているみたいですね」


 ベティが館跡を見て呟く。僕はそのまま歩いて、階段の名残へ腰を屈める。だいぶ風化しているけど、それでも入り口の階段であった事だけは分かる。


「クラディ、間違いないの?」


「うん、そう思う。どこか中に入れる所はないかな?」


 階段の先には扉があったはずだけど、建物が崩れたためか石で埋まっているみたいだ。それでも通用口くらいはどこかにあるはず。


「そうね。今まであまり探してもいないみたいだし、探してみましょう」


 エリーの意見にみんな賛成してくれて、僕らは入り口探しを始めた。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 二時間程経過して、半分程崩落している通用口らしき場所を見つける事が出来た。まあ、すぐに通る事は出来そうもないんだけど。


「でも、ここしか無かったのよね?」


 イロが入り口を見つめながら呟いて、思わず僕は唸ってしまう。何とか瓦礫を退かす事が出来れば、きっと入れそうなんだけど。


「手で退けるのは無理よね。私とクラディの魔法じゃ、瓦礫どころかこの館跡まで破壊しちゃいそうだし……」


「我々護衛が手伝うにしても、限度がありますから……」


 エリーと護衛のペララさんも悩ましげに続ける。何より護衛の人たちは僕らを守るのが一番の仕事だ。瓦礫の撤去が仕事じゃないし。


「私とイロの魔法で、撤去出来ないかな?」


 みんなで悩んでいると、急にベティがそんな事を提案してきた。風魔法で瓦礫を退かしたり削ったりすれば、僕やエリーがやるよりも安全だし、手作業でやるよりも早いって提案してくれる。


 僕は特に反対する事は無いし、エリーも同じみたい。イロはちょっと面倒な顔をしたけど、結局イロとベティの二人が魔法で瓦礫を退かす事になった。イロは風魔法が凄い苦手だったっけ。


 護衛の人も風魔法を使える人が時々手伝ってくれた。高台にあるので、魔物とかの見張りが楽だったからみたいだ。僕やエリーも手作業で手伝ったりして、キャンプをしている神殿へ帰る頃には、瓦礫の隙間から通路が見えてくる。この日はそれで終わりにして、また明日続きをすることにしてキャンプ地に帰った。


 そんな僕らをキャンプ地で待っていたのは、遺跡の新しい情報。前回見つける事が出来なかった、新しい通路が見つかったらしい。今のところは安全確認が最優先なのと、まだキャンプ地の設置や安全確保が完全でないので、調査は後回しみたいだけど。


 見つかった通路は、入り口となる扉が風化で破損していたらしく、今までは壁と見分けが付かなかったらしい。なので僕は壁をハンマーなどで叩いて、反対側が空洞になっていないかの方法を伝える。


「なぜそれで分かるのですか?」


 僕らはその説明をするために、キャンプ地の中央に設置されている所に来ている。一応『指揮所』と名前が付けられているそうだ。


 僕が提案した方法に一番興味を示したのは、研究者のプルム・レイヤ・カルナさんというエルフの女性。彼女は地質学を学んでいる最中みたいだ。


「絶対とは言いませんが、叩いた先に空洞があった場合、音が空洞で反響するみたいなんです。なのでその先が空洞なら、他の所と違う音がするはずです。ただその空洞がずっと奥にある場合は、音が反響する事は多分ないと思います。あったとしても聞き分けられないかも。あくまで参考程度に考えて下さい。でも、こんな所なので叩けばその先に空洞があるのかどうかは、比較的分かりやすいと思います」


 僕の解説に、その場にいた人たちはなる程と頷いている。こんな事でも多少役に立つ事が出来れば、僕だってやり甲斐があるしね。


「もちろん空洞があるからといって、その先が安全かは分かりません。ですので中を調べるときは、十分に注意して下さい」


 前世の検査の方法で、こんなやり方があったと思った。もっと確実な方法があればいいけど、今ある物で出来る事と出来ない事ははっきりさせないと。それに僕にはまだ館を調べる時間が欲しいし。


「当然その先が空洞だとしても、下手に破壊して入るのはお勧め出来ません。先ほども言いましたが、何があるか分かりませんから」


 こういった事は、しつこいくらい注意をしないと。危なくなってからじゃ遅すぎる。


「貴重な情報に感謝するよ。君らは明日もあの館の調査をするのかな?」


 調査責任者でもあるユッカ・ユルヨ・コラネンさんが聞いてきた。彼も子爵らしいけど、遺跡調査ではかなりの実績があるそうだ。


「その予定です。中に入れそうな入り口も見つけましたし。今まで埋まっていたみたいなので、魔物の心配も無いと思います」


「そうか。もし必要なら、あと何人か護衛を付けなさい。バスクホルド子爵家の護衛も大切だからね」


「有り難うございます。ですが、今のところは大丈夫だと思います」


 その後もいくつか僕が知っている調査の方法を伝えて、僕らは明日に備えてテントで就寝した。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌日朝早くから館に向け出発し、前回とは違い二時間程で到着。道を作った訳じゃないけど、邪魔になりそうな所は頭に入っているし、ちょっとした障害は取り除いた結果だ。


「さっさと瓦礫を退かして、中に入ってみましょう」


 エリーは入り口がはっきりしたためか、昨日よりも何だか乗り気。まあ、それはそれで僕としても有り難いけど。ただ、イロがちょっと迷惑そうな顔をしているのは仕方ないかも。


 イロを宥めつつ、僕らも瓦礫の撤去を手伝うと約束して、イロとベティに魔法を使ってもらう。ベティはむしろエリーと同じように興味があるのか、瓦礫の撤去は積極的。僕らも瓦礫の撤去を手伝い、三時間程で一通りの作業が終わった。お昼くらいまではかかるかなと思っていたけど、案外瓦礫の量は少なかったみたいだ。


「二人とも有り難う。休憩してから中に入ってみよう。所で、この周辺に危ない魔物とかって、何かご存じですか?」


 一緒に作業を手伝ってくれたペララさんたちに確認すると、外にいる危険な動物や魔物は、発見した通路が狭いので気にする程の事は無いみたいだ。この辺の魔物とかは大きいらしい。もちろん中は要注意って言われたけどね。


 軽く軽食を摂ってから、僕らはさっそく館跡に入る。用心のために六人いる護衛の人のうち、四人が先頭で残りの二人が最後尾。その中間に僕らとメイドさん二人が入る。


 一応中に入る前に、ソナー魔法で動く物がないか探ってみたけど、館の中に反応はない。ただ、相手が動いていないと分からない事もあるので、どちらにしても行動は慎重にしないと。


 魔法で明かりを点ける事も考えたけど、魔石で発光するランプを持ってきていたので、今回はそれを使う事にした。出来れば魔力は温存して欲しいそうだ。僕とエリーには関係ない話だけど、ここは大人しく従う事にする。何せ護衛の人たちは、前にも遺跡に訪れている。そういった人たちの言う事を無碍にするのも変だしね。


 通路は想像していた程、傷みは少ないみたいだ。絨毯がかつてあったと思われる所はかなり埃っぽくなっていて、布の跡がそこら中にある。だけども壁や天井はこれといって古い印象を除けば普通。


 そんな通路もすぐに終わり、上に繋がる階段がある。慎重にそれを上ると、ちょっとした広間に出た。記憶に何かあっても良い気がするけど、今のところ思い出せるような物は何もない。


「魔物などが侵入している形跡はなさそうですね」


 ペララさんとその部下達が周囲を見渡して、特に何もなさそうだと教えてくれる。確かに何かが動く物の気配すらない。


「覚えがないかな。まあ、僕が知っているのは僅かな期間だし、その後に部屋が増えたりするかもしれないから、当然だとは思うけど」


 ランプ越しにいくら部屋を見渡しても、僅かに残る記憶に該当する物はない。


「まあ、最初から全てが分かる事なんて、早々無理だと思うわよ?」


 イロはそれが当然だと言うけど、個人的にはそれなりの大きさがある部屋なので、何か心当たりがある物があるかもと思っていた。だからこそどうしても落胆しちゃう。


「扉は二つですね。別れて探しますか?」


「いえ、それは危険かと思います。こういった時は、出来るだけ一緒に行動した方が良いと、(わたくし)どもは聞いておりますので」


 ベティの意見にペララさんが異を唱えた。そういえば前世で見た映画なんかでも、少人数になった所を襲ってくるようなモンスター物とかがあったと思う。


「そうだね。無理をする必要は無いと思う。それに外を確認したときには、上の方は崩れていたから、捜索出来る場所は限られているんじゃないかな? だったら焦る必要も無いよ」


 そう言うと、ベティも納得してくれたみたいだ。


「まあでも、通路は直線だったし、入ってきたのは建物の中央よりも左側だったわよね? なら、右側を中心に行くのはどうかしら?」


 エリーの意見にみんなで賛成し、僕らから見て右側の扉に向かう。一応護衛の人たちが先頭に立って、扉を慎重に開けたけど、やっぱり何もいないみたいだ。また長い通路がある。


 よく見ると、昔に見たランプが残っていた。絨毯もかなり劣化しているけど、当時の模様がまだ何とか分かる部分がある。


「間違いないです。僕が生まれた家ですね。そこのランプはかなり劣化が激しいですけど、絨毯の模様にも見覚えがあります。それにだいぶ傷んでいますが、扉も当時の物がいくつか残っているみたいです」


 明らかに後から交換された物も多いけど、同時に古いままで使われていた扉も残っている。早くに外気から曝される事が少なかったのか、扉の方は比較的まともに残っていた。絨毯は布だろうから、劣化が激しいのは仕方がないと思うし、むしろ良く残っていたと思う。


「ここがどの辺りか分かりますか?」


 ペララさんがそう言うので、再度よく確認してみる。基本的には同じような形ばかりだから、流石に分からなかった。なので、僕らは扉を一つ一つ確認しながら前に進む事にする。


 結局途中にある扉を開けても、中にある部屋には家具以外の目立った物は見当たらなかった。その家具だってかなり劣化して崩れた物がほとんど。服などは劣化してしまったのか、端切れのような物がいくつかあったくらいで、服として分かるような物は一つもない。それから多分運が良いといって良いと思うんだけど、今のところ遺体は見つかっていない。見たくもないし。


 片側に扉を十三個数えた所で、正面に扉がある。後で付け直したのか、色合いが少し異なっていて、少し明るい色の茶色。木目もまだ確認出来るし、劣化はあまりしていないみたいだ。


 扉を開けると、今度は知っている場所に出た。確か大広間のような所で、前にも食事をした事があったはず。それを皆に説明すると同時に、何か残されていないか慎重に調べる事にする。


 広間にはテーブルが残っているけど、細かな装飾などは一部剥がれているみたいだ。もちろん床に敷き詰められていたはずの絨毯なども、劣化してしまったのかほとんど名護こりもない。壁際には戸棚などもいくつかあったけど、どれも中身はなくなっている感じ。一部の引き出しなどは、開いたままになっているくらい。


 ランプ片手に部屋を一周してみる。なんとなく記憶にある階段は、上の階が崩れたのか途中で行き止まり。その先は瓦礫になっていて、とてもじゃないけど通れるとは思えない。その階段にあったはずの絨毯は完全に無くなっているし、石材で造られていたらしい手すりは、損傷が激しくあちこちが欠けている。階段その物も強度が落ちている可能性があると思えるくらいに破損が酷い。


「階段の損傷が酷いですね」


 いつの間にか、横にフリーデゴードさんがいた。僕らの護衛の一人で、エルフの女性。綺麗な白髪の筈だけど、暗くて折角の綺麗な白が濁って見える。埃が髪に付いたのかもしれないけどね。


「確か、この上に僕が育った部屋があったはずなんですけど、行くのは無理みたいです」


 階段の先を見上げながら呟いた。


「それは残念です。ですが、かなり大きなお屋敷だったようですね。貴族であったらしいですが、他に何か覚えていらっしゃらないのですか?」


「確か……領主だったんじゃないかなと思います。本当の父がどんな事をしていたのかは、流石に分からないけど。むしろ二歳までしかいなかったはずですが、その記憶があるだけでも不思議な感じですね」


「確かに二歳で記憶があるのは、かなり珍しいです。生まれてからの成長が早いと言われるエルフですが、それでも周囲の事を覚えているのは、今までの記録上三歳からが限度といわれていますし」


 前世の人間とさほど変わりがないのか、早いと十歳で十分に見た目は成長してしまうエルフであっても、最も古い記憶は一般的に三歳半程度かららしい。それ以前となると、一般的にはあり得ないとされているそうだ。


「ですが、そのおかげでこの館跡を見る事が出来ましたから。(わたくし)としては、当時どんな暮らしが行われていたのかを想像すると、少し失礼である事は承知していますが、興奮が冷めません」


「そんな物ですか? 正直僕にはあまり分からないかも……」


「クラウディア様はまた別かと思います。我々とは、色々な意味でお立場が違いますので」


 なる程とは思う。もし普通に生活していたなら、僕は成人するまでここで育ったんだろう。その後どうなったかは流石に分からないけど。


「クラディ、どうしたの?」


 いつの間にかエリーも側に来ていた。イロとベティも一緒だ。


「この階段に見覚えがあってね。記憶が間違っていなきゃ、多分だけど上に僕がいた部屋があったと思う。まあ行く事は無理みたいだけどね」


「そうですね。でも、ちょっと残念です。少しでも見る事が出来たらと思っていたので」


「ベティ。僕に対してそんなに丁寧にならなくてもいいんだよ? 僕だってハーフなんだしね。それに、前にエリーやイロも気にしていないって言っていたじゃないか」


 この探索に来る途中だけど、ベティにもっと自然とした態度で接して欲しいとみんなで言っている。ただ、彼女は僕らの中で唯一エルフの血が流れていない。それを時々気にしているみたい。


「そうよ、ベティ。私達はそんな事気にしないわ」


 イロもそれに賛成してくれている。エリーは僕と同じような境遇だし、『今の時代』という事を考えると、この辺はイロの方が詳しい事が多い。なので僕とエリーは、今でも色々とイロやベティに聞く事が多い。


「分かってはいるのですが……」


「ほらまた。まあ、確かに私達の国では立場は弱いわよね」


 イロの指摘に、ベティは少し俯いてしまった。


 庶民だとまた少し違うみたいだけど、一般的に貴族の間では、別種族との婚姻はほとんど無いそうだ。なので余計にベティは遠慮しているんだと思う。


「ベッティーナ様、よろしいですか?」


 そこへフリーデゴードさんが声をかける。


「お気持ちは分からないでもありません。我々のような軍に所属する者ですと、種族よりも実力が優先される事もありますので。実際この場にはおりませんが、我々が所属している騎士団長は、クーシー族です」


 フリーデゴードさんは、そこで一旦言葉を止める。


「ですが、(わたくし)達は上官の種族が違うからといって命令に背くような事はいたしません。また、上官の指示が間違っていると感じた場合には、意見を申し立てる事も可能です。もちろんそれが採用されるかどうかは、上官の裁量によります。(わたくし)どもの部隊とはまた異なりますが、エルフが上官で、大半が他の種族で占めている部隊もございます。その場合では上官がエルフとはいえども、他の種族に無理を言ったり行わせる事は禁じられております。またその隊の者が、エルフの上官に意見を申し立てる事も許されています。確かに(わたくし)どもと、子爵家の方々とでは異なる事もありますが、(わたくし)は家族という枠組みで見た場合には、同じだと思っております。完全な対等という事は無理かもしれませんが、軍を家族と例えるならば、階級はともかく皆同じ立場です。それは家族と似たような物だと考えておりますし、軍でもその様に教わります」


 正直驚いた。もちろんエルフである事が優先される事も多いとは思うけど、同じ階級であれば、種族を気にするなと言っているように感じる。


 まあ過去に色々とあったとは思うんだけど、その中で今のような考えが生まれたんだろうとは想像が出来る。軍隊って、仲間同士お互いの信用がないと成り立たないって、前世で聞いた事がある気もするし、軍隊という場所だからという特殊性みたいな物もあるとは思うけど。


「もしベッティーナ様が望まぬ結婚をされたのであれば別であるかもしれませんが、(わたくし)どもはその様には聞いておりません。ですのでクラウデア様やイロ様、何よりエリーナ様が対等にと望んでおられるのでしたら、ベッティーナ様も遠慮される必要は無いかと(わたくし)は思います。これは個人的な意見に留めさせて頂きますが」


 フリーデゴードさんの言葉に、僕は思わず拍手をしてしまった。そしたらベティは何だか恥ずかしそうだし、フリーデゴードさんは深々と急に礼をする。


「ご無礼とは思いましたが、ついつい言葉にしてしまいました。何とぞご容赦を頂ければ」


「そんな事はないですよ、フリーデゴードさん。少なくとも僕はフリーデゴードさんの言っている事が間違っているとは思いません。エリーはどう思う?」


「私も同じね。もちろん私達とフリーデゴードさん達は、色々と違う事もあるとは思うけど、考え方に間違いはないと思うわ」


「そうね。私はエリーとクラディが私達とはちょっと違う事はあるとは思うけど、それは二人のせいじゃ無いもの。それはベティも一緒よ。偶然エリーとクラディが昔の生き残りで、偶然私はエルフで、偶然ベティはクラニス(イヌ)族という立場。でも私達四人が結婚する事になったのは事実だし、私もそうだけど、エリーとクラディもベティの種族が違うからって、おかしな風には思っていないもの。そもそもそんな事を思っていたら、きっと結婚なんかしていないわよ」


 それに、友達にもなっていないかも……ってイロは付け足している。


「そうだね。イロの言うとおりだと思う。だからベティ、僕らに遠慮なんか要らないよ。エリーもそうでしょ?」


「ええ、そうね。最初は私達が結婚するなんて実感が無かったけど、私はクラディの事が好きだし、周囲が何と言っても私とクラディは同じだと思っているわ。それはイロもベティも同じ。もちろん周囲の人たちが色々と言う事はあると思うけど、ベティは何も気にしなくていいし、ベティの事は私達が守るもの。そうよね、クラディ、イロ?」


「もちろん」


「ええ、もちろんよ。当たり前じゃない」


 ベティをよく見ると、どうも泣いているみたい。声こそ出していないけど、目尻に涙が光って見えた気がする。


「あ、ありがとう、みんな。私、不安で、不安で……私だけエルフの血が流れていないし、本当に私が三人と同じでいいのか分からなかったの……私、私……」


 ベティはそのまま嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。思わず僕はベティに抱きつく。なんとなく、そうしなきゃいけないと思ったから。


 ただ、エリーが僕の事を好きだって言ってくれたのって、何だかとても恥ずかしい。僕自身は大した事なんて出来ないと思うのに。そう思ってエリーを見ると、エリーが微笑んでいた。


「私は、そういう優しさのあるクラディが好きになったのよ? もちろん私とクラディの境遇が同じって事もあるけど、クラディって困っている人を助ける事が好きみたいだしね?」


「エ、エリー……」


 何だか、今さらながらエリーの本音が聞けた気がした。優しさなんて、僕にはあまり実感出来ないけど、きっとエリーにはそう見えるのかな?


「ベティもそろそろ泣き止みなさいよ。それとエリーにクラディ。そういう甘い話はこんな所でする物じゃないわ。フリーデゴードさんも困っているわよ?」


 そう言われてフリーデゴードさんを見ると、ちょっと顔を背けて困った表情をしている。


「ご、ごめんなさい……そんなつもりじゃなかったのよ」


 イロが弁解するのが、ちょっと面白い。


「ベティもいいよね? 僕らは家族なんだからさ」


 とりあえず変になった空気を何とかするためにも、ベティに泣き止んでもらわないと。


「そろそろ宜しいでしょうか?」


 男性の声がして振り返ると、ペララさん達他の護衛の人たちが周囲にいた。


「フリーデゴードも任務は忘れないように。まあ、気持ちは分かるが。エリーナ様方もよろしいですね?」


「た、隊長! 申し訳ございません」


 フリーデゴードさんは、いきなり直立不動でペララさんに向き直った。


「まあ、今回は気にしませんが、一応注意を。ここは街中ではありません」


 そう言われてしまうと、僕としても反論出来ない。


「まあ、(わたくし)もすぐに止めなかった責任がありますから。しかし安心しました。ベッティーナ様だけ言葉使いが異なるのは、何かあるのではと気にしておりましたので。ですからフリーデゴードの言っている事も間違っておりません。また、個人的には安心しました。特にこれからの事を考えますと」


「これからですか?」


 ペララさんの言葉に、真っ先にエリーが反応する。


「一応この件については、この場にいる者以外には内密に願います。今回の調査が終わり次第、我々は子爵家の警護を任される事になる予定です。簡単に申し上げれば、子爵家専属の私的護衛隊となります。帰還後に数名の追加も行われますが、(わたくし)どもは今の軍役から離れ、陛下勅命で子爵様方の私的な兵となります。その上でクラウディア様のご対応を見るに、我々が仕えるに十分に値すると、この場ではありますが個人的に判断させて頂きました」


 噂は本当だったみたいだ。


「え、え? 隊長、どういう事ですか?」


「え!?」


 フリーデゴードさんとイロが同時に驚きの声を上げるし、僕も僕で何が起きているのか、正直理解が追いつかない。エリー達もそうみたい。噂とは何だか違う気がする。


「今の件について知らされているのは、この場では(わたくし)のみです。ですがこの場にいる上官として、部隊には信頼出来る者を今回に限り選抜して同行させております。また、今回のような場合があった際には、子爵家への情報開示の許可も得ております。ですが、今の内容については口外をされないよう注意をさせて頂きました」


 何だか部下の人たちの方が唖然としているのも奇妙な光景……。


「君らも、間違っても周囲に漏らすな。その代わりではないが、子爵家の私兵として雇って頂ける事が正式に決まり次第、通常の退職金の他に、それぞれ恩賞が出る事になっている。それとバスクホルド子爵家の方には申し訳ございませんが、我々の家族も屋敷にて同居させて頂く形になります。無論その事情については陛下及びバスクホルド伯爵家もご存じですし、その為の支援金の用意も準備されております。これからご迷惑をおかけする事もあるかと思いますが、何とぞご容赦頂ければと」


「あー、なる程。そういう事だったのね」


 突然エリーが納得しだした。一体どういう事?


「ほら。私達って専属の護衛となる私兵がまだいなかったでしょ? 普通はすぐに用意するみたいなの。対外的な事は一応私が行う事が多かったので、まだみんなに話していなかったんだけど、護衛とかそういうのはどうなるのか聞いていたのよ。でも、返答が無くてちょっとおかしいとは思っていたのよね。ただ、私達も忙しかったでしょ? だから私も忘れていたの」


「仕方ありませんね。バスクホルド子爵家は出来て間がない貴族家。その為に用意すべき事は多いのですが、王家及びバスクホルド伯爵家が主にそれを取り仕切っており、準備がまだ追いついていない状態との事でしたので」


「よ、よし! やる気が出てきた!」


 突然ペララさんの後ろにいた女性騎士の人が、ガッツポーズをする。


「こら、ミッコネン。少しは遠慮したまえ。ただでさえその男勝りな所が評価に傷を付けているのだから」


「た、隊長……そりゃ言わないで下さい」


「えーと、どういう事ですか?」


 思わず質問してしまう。


「いえ、たいした事ではないのですが、彼女はその性格が少しばかり勝ち気になりすぎる所がありまして、それ以外は全く人間として問題ないのですが、それ故に出世が遅れていたのです」


 あー、なる程。いくら騎士とはいえ、女性なのだからそこに求められる事もあるんだろうな。


「彼女の場合は、下手な男よりも力があるため、それに対して良く思わない者も多かったのです。ですが戦闘能力は本物ですし、こんな性格ですが部隊の指揮を任せる事も出来る逸材なのです」


「性別って、場合によっては不利に働くのよね……」


 イロが何だか可哀想な顔をして、ミッコネンさんを見ている。


「それと折角ですので、今のうちに大切な情報を」


 ペララさんが急に真剣な顔で、僕らの事を見た。


「非常に申し上げ難いのですが、一部の下級貴族がバスクホルド子爵家の方々を目の敵にしております。我々が出発したときの情報ですので、現状ではまた異なっている可能性が大きいのも事実ですが、少なくとも王都にいらっしゃる事を快く思わない者がいるとの情報です。王家やバスクホルド伯爵家でも、何らかの対応は行われていると思うのですが、最悪地方への転封が行われる可能性を捨てきれません。無論出来るだけ王都に近い場所を、王家の方々が何らかの形で用意されるとは思うのですが、その場所は領地貴族となられる可能性があります。無論その場合も、我々は最大限のお手伝いをさせて頂く所存ですが、一応記憶に留めて頂ければと思います」


 これだから貴族ってイヤなんだよね。特に事情も分からずに非難する人は特にそう。


「分かったわ。とは言っても、今の段階では何も出来ないわね。その時はその時よ。出来れば皆さんで支えて下さると嬉しいわ」


 流石に多少は色々と事情を知っているのか、エリーは冷静に受け答えしている。まあ、僕らとしてはそのエリーを出来るだけ支える事が一番なのかな。


 それにしても他人の僻み? って、本当に面倒。こっちだって色々苦労しているのに。


「話は変わりますが、先ほどそこで隠し扉のような物がありました。そこを調べるのは如何でしょうか?」


「え、隠し扉? どこに?」


 注意して見ていた訳じゃないけど、隠し扉があるなんて思いもしなかった。


「テーブルの下です。絨毯があったと思われる破片の下に、偶然発見出来ました。恐らく地下への入り口です」


「そんな物があったんだ……」


「ただ、鍵が見当たりません。取っ手はあるのですが、何か仕掛けがあるのか、それとも単に長期間放置された状態で劣化したためか、開ける事が出来ません」


 確かにかなり長い間使われる事など無かっただろうし、扉が開かなくなっても不思議は無いかな。


「折角だから見せて下さい。テーブルは流石に動かせませんよね?」


 見た目だけでもかなり重そうな、天板が石で出来たデーブル。動くとは思えない。テーブルの脚もかなり太い石材だし。ただ、所々に使われている木材だった所なのか、そういった所がほとんど無くなっているのが時間を感じさせる。


「ええ、構いません。ただ、気をつけて下さい。何が起こるか分かりませんので」


 それに頷きつつ、僕はテーブルの下に潜った。念のためか、僕の周囲に護衛の人たちも待機する。


「結構大きな扉ですね」


 パッと見た目、僕の身長よりも長さがありそうだ。幅は人が二人は十分に入れる感じ。地下に通じているのは間違いないけど、一体どうやって開けるんだろう?


 そんな事を思いつつ、扉を手袋越しに触る。特に変化は無いし、魔法でちょっと調べたけど危険もなさそう。なので手袋を外して実際の感触を確かめる事にして触ると、突然扉が青白く光り出した。周囲も驚きの声を上げて、僕も思わず目をつぶっちゃう。少ししてから、何か鍵でも開くような音がした。


「一体何が起きて……」


 僕の側にいた女性エルフの騎士であり、護衛の一人のコスティアイネンさんが、疑問を口にしながら扉を触る。するとゆっくり扉が内側に開きだした。僕は慌てて少し下がり、他の人たちも警戒しながら少し下がる。扉が完全に開くと、そこには地下に通じているのか階段が現れた。同時に階段の左右に取り付けられていたのか、ランプが点灯する。多分魔石を用いた魔道具のランプなんだろう。


「クラウディア様が触ったら開きましたね。あの光からするに、扉その物が魔道具なり、そういった物なのでしょう」


 冷静にペララさんが解説しながら、階段の奥を見る。


「奥に続いているようです。中に入ってみますか?」


 それに頷くと、ペララさんが合図をして同じく護衛でエルフの女性であるアルマルさんが先に階段へと入る。


「ノケライネン、フリーデゴードは、この場で待機。再び扉が閉まらないように、我々全員が入ったら見張りを頼む。もちろん周囲の警戒も怠るな。それと申し訳ありませんが、使用人のお二人もお待ち頂ければ。安全が確認出来ませんので」


 ノケライネンさんが返事をするのを確認して、ペララさんが階段の奥へと足を進める。メイドさん達二人も、この場で待機する事に文句は無いみたいだ。


 ノケライネンさんは、僕らの護衛の中で二番目に地位が高い上級準一等騎士で、勲爵士の称号も持っているそうだ。ちなみにペララさんは上級一等騎士の勲功爵で、騎士爵の称号の中では最も高い称号らしい。その他にも騎士爵と士爵があるそうで、士爵が騎士爵位の中では一番低いのだとか。


 フリーデゴードさんは騎士爵で、残りの女性二人の騎士であるミッコネンさんと、コスティアイネンさんが士爵になる。騎士と一口に言っても色々あるんだなと思っちゃう。それと上級とかその辺の意味は、今も良く分からない。


「僕らも行こう」


 通路はランプがあるとはいえ、それほど明るくはない。幅も二人が並んで通れる程広くはないので、先頭のペララさんのすぐ後ろにアルマルさんが続く形。僕の後ろにエリー、ベティ、イロと続き、その後ろに護衛のミッコネンさんが続き、最後尾がコスティアイネンさんだ。


 通路は全て石材で出来ているみたいで、足音がかなり反響する。なので先に何かがいたとしても、多分音だけだと分かり辛いと思う。それで手持ちのランプをペララさんが高く掲げ、その後ろにいるアルマルさんが剣を片手にしている。ペララさんは小型の四角い盾を前にして、防御に徹するみたいだ。ちなみに盾には小型の剣を収納出来るようになっていて、当然そこに剣が挿してある。


 しばらく進んで階段が終わる。段数は数えていなかったけど、少なくとも地下三階分くらいの深さだと思う。階段の先には通路が延びていたけど、ランプの先に金属製の扉が見えた。


 扉の中央付近に赤い魔石がはめ込まれていて、その上には白い塗料か何かで紋章が描かれている。紋章は小さな塔が三つあって、その上に鳥のような物が大きく一つだけ描かれていた。


 その他に扉には取っ手がついていて、手前に引くのかそれとも押すのか、横にずらすのかはまだ分からない。


「クラウディア様、この紋章に見覚えは?」


「無いですね。まあ僕も長い間住んでいた訳じゃないし、紋章があった事も知らないので」


 ペララさんは頷いてから、紋章の下にある魔石を調べ出す。淡く赤く光る魔石は正面は六角形に整えられていて、正多面体みたいだ。こんな形って作れるのかな?


「僅かですが魔力を感じますね。先ほどの扉にも、同じような物があったのでしょうか? (わたくし)が触れても動作しないようですし、クラウディア様が触ると作動する可能性がありますが、どういたしますか?」


「そうだね。僕が触ってみるよ」


「お願いします。クラウディア様は我々の間から手だけを出して下さい。扉が開いた先に何があるか分かりませんので、何か反応があったらすぐに手を引いて頂ければ」


 僕はそれに頷き、狭い通路から右手を前に突き出して魔石に触った。するとすぐに魔石が赤く輝きだしたので、慌てて手を引っ込める。赤い輝きが周囲を照らす。


「どういう原理なのかしら?」


 エリーが後ろで首を傾げていたけど、今は扉がどうなるかだ。


 魔石の輝きがしばらくして淡くなり、触る前よりも赤い状態で輝きが止まると同時に、鍵が開いたような音がした。


「扉を開きます。注意して下さい」


 ペララさんがそう注意を促して、アルマルさんが剣を構える。ペララさんがまずは取っ手を持って扉を押してみると、扉がゆっくりと開いた。三分の一程開けると、一旦ペララさんがそのままランプで中を確認しているみたいだ。


「中に箱状の物がある以外は、特に異常は無いですね。そこそこ大きな部屋です。このまま開きます」


 そのままペララさんが扉を開くと、僕にも部屋の中が見えてくる。広さとしては多分八畳くらいの空間で、天井は僕の身長の二倍以上はあるみたいだ。奥には石で出来たらしい長方形の大きな箱が一つだけ、横向きにある。ここから見た感じでは特に装飾は無いみたい。


「アルマル、注意しろよ」


 ペララさんはそのままゆっくりと部屋の中に入り、続いてアルマルさんも入った。そこに僕らも続く。すると部屋の中に取り付けてあったのか、それぞれの壁に二つ設置してあるランプが点灯した。


「コスティアイネンは扉で待機。閉まらないように見張ってくれ」


 僕らが入って最後尾にいたコスティアイネンさんが、扉の所でランプを右手に、左手に盾をしっかりと装備して、盾で扉を押さえるようにしている。


「何かしら、ここは?」


 イロがランプ片手に部屋全体を見渡した。中央にある箱状の物とランプ以外は、これといって何もない。


「クラウディア様、これを」


 ペララさんが箱状の物の前で呼んだ。そのまま箱に近づく。ペララさんがランプ片手に箱状の物の一点を指していた。


「これは棺ではないでしょうか? 名前があります。リーナス・ジョロワフ・ロン・ベッケアート……ご存じですか?」


 その名前を聞いて、一瞬僕は固まった。知っているも何もその名前は……。


「名前に間違いがなければ、生みの親です。よく見せて下さい」


 そのまま僕は近づくと、石の上に銀色の金属板がはめ込まれている。そこには先ほどの名前の下に『二三九八~二五九五』と書かれていて、さらにその下には『クロードを最後まで想い続けた母親に、永遠の安らぎを』と書いてあった。多分数字はラクトーム歴だろう。


「この、クロードとは?」


「僕の、最初の名前です……」


 ペララさんはそれを聞いて、表情が固まっていた。


「クラディ、今のは本当なの?」


 すぐさまエリー達が僕の側に来た。イロとベティは棺のような物をじっと見ている。


「確かにこれは棺かもしれないわ。大きさも石材で造ったとしたら、棺としてはちょうど良いサイズみたいだし。でも、それじゃあ本当に……?」


 イロが周囲を観察しながら、他に何か特徴がないか調べているみたいだ。


「よく見ると上が蓋になっているみたいね。ただ、石材だとしたら持ち上げるのは無理だと思うわ。クラディ、どうするの?」


 そのままそっと金属板へ触れた。冷たい感触が肌に伝わるけど、それ以外の何だか不思議な感じがする。すると金属板が淡い青い光を上に放った。


「な、何が?」


 アルマルさんが驚きの声を上げる。僕もすぐに手を退けて、そこから数歩下がった。ペララさんはランプを床に置き、盾と剣を構える。


 光は強く発光して、次第に人のような形が現れてきた。時間にしては僅かだと思うんだけど、とても長く感じる。光で出来た形は、人である事は間違いなさそうだ。


 強い光が止み、薄い青白い光の中に椅子に座った女性が現れる。耳が髪の間から見えた。エルフだと思う。ある程度年齢を重ねているのは分かるし、何だか懐かしい気がするのは何でだろう?


『準備出来ました。奥様、もうよろしいですよ』


 女性の声がしたけど、光の中にいる人の声じゃない。多分撮影者が別にいるんだと思う。こんなのがあるのか分からないけど、ある種の記憶媒体から再生しているんだろう。


『これを見ているという事は、おそらくクロードが側にいるのでしょう。この記録は、あの子の魔力波長を読み取り、私リーナス・ジョロワフ・ロン・ベッケアートが記録した物です。もしクロード以外の方がこれを再生出来たのだとすれば、出来ればあの子に伝えてくれれば助かります』


 光の中の女性は一息つくと、椅子の前で両手を胸に当てる。


『私は一三四歳の時に初産でクロードを出産しました。しかし残念ながらクロードが二歳の時に、あの子を養子として手放す結果となってしまいました。こうなる事はどこかで分かっていたのですが、やはり悲しい物です。養子に出した家族はヒト族の男性と、ハーフエルフの女性です。確か女性の名前はカルロ・ベルナルだったでしょうか? クロードがこれを見ているなら、私の事を酷い母親と思っているかもしれません。もちろん私はあの子を手放すなど、何としても止めさせたかったのですが、結局私の力は及びませんでした。クロードを守れなかった私は、あの子に対してどんな謝罪をしても、それは許されない事だと分かっています。きっと私に対する罰なのでしょう』


 彼女は目に涙を浮かべているみたいだ。はっきりとは分からないにしても、それだけはなんとなく感じる。


『私はいくつかの国で、魔力の高さから追われている身でした。確かに魔力の高い私が協力すれば、それらの国に恩恵をもたらしたのかもしれません。ですが、私はそれらの国で道具として扱われる未来しか思いつく事が出来ませんでした。そしてこの街に逃げ込んだときに、あなたの父親と出会ったのです。ですが、結局あなたを守る事までは出来ませんでした』


 映像と分かっているのに、その顔はどこまでも悲しそう。まるで本人が直接いるみたいにすら感じる。


『クロード。母親として十分な事が出来たとは思っていませんが、せめてあの後の事を記録しておきます。それが私に出来る唯一の償いでしょうから』


 映像? の中の彼女は、いつの間にか用意されていたハンカチのような物を目に当てている。やっぱり泣いているみたい。


『あなたが何者かに捕らえられたという事は、主人……エンリコ・ジョロワフ・ロナ・ベッケアートより聞かされました。もう……百年以上前ですね。ああ、そうです。百五年前でしたか。ありがとうございます。あの人は何かを知っていたようですが、結局亡くなるまで何も語って下さる事はありませんでした。その代わりなのでしょう。あの人はクロードを忘れさせるくらいに愛してくれましたが。でも旦那様はウルフ族。もう今から四十年程前に亡くなりました。望まなかったとは言えません。クロード、あなたには六人の弟と妹がいます。詳しい事はこの再生が終わったら確認してくれると助かります』


 誰かが会話の内容を補佐しているみたい。映像には映っていないのが残念だ。


『奥様、こちらを……』


 映像の端からティーカップが差し出された。僕らはそれを黙ってみる。


『私も歳なのですね。お茶に混ぜてあるとはいえ、薬を飲まないと喋るのも大変です。エルフとしては短いのですが、それでも二五七歳。それにクロードを探すのに、あまりに精神をすり減らした結果かも知れません。もしクロードがこれを聞いていたとしたら、私を恨んでもらって構いません。あなたを結局救い出せなかった、そして結果はどうあれ、あなたの弟や妹がいるのは現実なのですから』


 少しだけ母親と名乗ったリーナスに、僕は複雑な感情を抱いてしまう。確かに本心では望まなかったのかもしれないけど、一時の感情を抑えきれなかったのも確かなのだろうから。


『もしあなたがこの街を訪れる事があるとすれば、きっとこの館に訪れると私は確信しています。ただ、その間にこの館が少しでも残っている事を期待して止みません。いくら旦那様が貴族とはいえ、それがいつまでも続くかは未知数ですから。幸いにして、旦那様のご長男が後を継いでおりますし、そのご子息も生まれております。すぐにお家断絶とはならない事はずです』


 彼女はすぐに、ティーカップに注がれている何かを口にした。何かの病気なのかもしれない。


『あなたがこの街を影で操っている者たちに捕まったのは、かなり早い段階で分かりました。ですが、私にはその場所を知る術は結局訪れず、何をされているのかも正確には分からず仕舞でした。ですがこの街を発展させるという名目で、どこからか大量の魔力が供給されている事は分かりましたし、同時に年に何人もの人々が行方不明になっている事が分かった事も、かなり早くに分かったのも事実です。それでも行方不明になった方々がどこに連れられたのかは分かりませんでした。きっとあなたもそこにいるとは確信しているのですが、彼らはあまりに巧妙でした。何より私は一応貴族家のお屋敷にいるとはいえ、その実情は匿われていたのも事実。その様な立場では、私に出来る事など大してありませんでした』


「金属板の側に、隠し扉というか収納スペースがありますね。とりあえずこのまま内容を聞いてから、それを取り出す事を考えましょう」


 ペララさんが金属板の側に何か見つけたらしい。でも今はこの内容を聞く事が優先だと思うし、誰もそれに反対しなかった。


 それにしても、多分石棺だとは思うのだけど、継ぎ目となるような物がほとんど目立たない。一体どうやったのか不思議だ。


『私は旦那様に匿われていた身。多少変装をした所で、私がエルフである事は早々隠せません。それにお屋敷から出るのを目撃されたならば大変な事になる事もあるでしょう。ですが、私の側に付き添って下さった侍女の方々は、私にとても好意的でしたし、私に数々の救いの手を差し伸べて下さいました。彼女らの多くは既にこの世から去っていますが、彼女たちの恩を忘れる事は無いでしょう』


 またしてもティーカップに注がれた何かを口に含む。もしかしたら相当な無理をしているのかもしれない。


『彼女たちがあなたを調べる事には、旦那様も黙認して下さりました。きっと彼女たちでは見つける事は出来ないと分かっていたのでしょう。ですが、この街の地下に何らかの施設がある事だけは何とか分かる事が出来ました。本来ならそこへ向かいたかったのですが、旦那様でも近づく事すら出来ないご様子。当然私達では何の情報すら得られなかったのです。もちろんクロード、あなたの事もです』


 映像越しだからはっきりとは分からないけど、何だかその表情は暗く見える。


「彼女なりには努力していたのね。気持ちはなんとなく分かるわ。私だって家族が同じ目に遭ったら、きっと同じ事をしたと思うし」


 イロが複雑な表情で映像を見ている。


『ですが、何の手がかりも得られなかった訳ではありませんでした。この街以外でも、似たような施設がある事は分かりました。もちろん場所の特定などは出来ませんでしたが。ですがクロードはこの街のどこかに捕らえられていると今でも私は確信しています。街から出るとなれば、それなりに検問があります。それを超えてまで移動するとは考えられませんでした。それに毎年どころか、毎月のように誰かが行方不明になっていたのですから。そのほとんどは身寄りの無い人々か、街の中に点在しているスラムからでした。その様な所では、人がいなくなったとしても気を留める人など僅かです。ただ、誰もが多少は魔力が高い人というのが共通事項。そしてその人々がいなくなるまでの手際の良さ。さらにヒト族以外の方々。きっと私達とは違う、何らかの違法な集団がいたのでしょう』


 そういえば僕もエリーもヒト族じゃない。それなら確かに辻褄が合う。


『残念ながら、私が調べた事で分かったのはこれだけです。もしこれを聞いているのがクロードではなく、他の方であったのならば、クロードを探して頂けないでしょうか? 勝手な言い分とは分かっております。ですが、あの子は今でも生きていると信じたいのです』


『奥様、そろそろ時間が……』


『ああ、そうでしたか。最後にもしクロードがこれを聞いていたら、私はあなたを最後まで……』


 それで映像が途切れ、部屋を満たしていた青白い光も消えた。


「あれが、クラディのお母さんだった人?」


 最初に沈黙を破ったのはエリー。僕は『多分』と答える。何せ僕がいたのはほんの二年で、いつも会っていた訳じゃない。それに普段はメイドさんというか侍女さん? がお世話をしてくれていたみたいだったし。何より若干老けて見えたし、面影のような物があったけど、今はまだ自信が無い。


「最後は、何を言おうとしていたのでしょうか……」


 ベティがいつの間にか隣に立っていた。


「今となっては分からないわよ。でも、悪い言い方ではないと思うわ」


 イロは自分の推測を言っただけだろうけど、僕も同じ気がする。でも、その内容は永遠に分からないんだろうけど。


「僕にも分からないけど『愛していた』とかだったら、いいかな……」


 そっと金属板をなぞると、金属板が石の上から外れた。僕はそのままそれを手にして、表と裏を見る。裏には魔方陣が描かれていたけど、見た事が無い物だ。エリー達は黙ってそれを見ている。


「クラウディア様。他にもいくつか金属板と、魔石のような物を数点発見しました。本来ならもう少し調べた方が良いのかもしれませんが、上にも待たせておりますし、一旦戻った方が良いかと思いますが、いかがしますか?」


 ペララさんが声をかけてきて、僕は現実に意識を戻される。手には五つの真四角な魔石のような物があった。どれも正立方体で、大きさは手のひらに載るサイズ。色は青い。それと数枚の金属板もあったみたいだ。これも大きさは揃っているみたいで、手のひら二つ分くらいの大きさ。銀色になっているし錆びてもいない。もしかしたらミスリル銀なのかも。確かミスリル系統の金属は錆や腐食に強いって聞いた事がある。もちろん絶対じゃないけど。


「他にめぼしい物はなさそうですね。どうされますか?」


「うん、上に戻ろう。みんなありがとう」


 一言だけお礼を言って、みんなを見る。みんなホッとした顔をしているし、どこか嬉しそう。


 そのまま僕らは隠し扉があった部屋に戻ると、しばらくしてから扉が勝手に閉まった。多分だけど、僕が中にいる間だけ開いているのかもしれない。


「その金属板や魔石みたいな物は後で調べよう。一旦、みんなの所に戻ろうと思うんだ。詳しくここを調べればまた何か分かるのかもしれないけど、今は時間もないんだし」


「ねえ、本当にいいの? もしかしたらもっと色々と分かるかもしれないのに」


 イロはもっと調べた方が良いと言うし、エリーやベティも賛成みたいだけど、僕はもう何もないと思っている。確証なんて無いんだけどね。改めて本来の目的の事を話して、もしまた時間があったら調べてみようっていう事で納得して貰った。


 それよりも発見した魔石みたいな物や、金属板の方が気になるから。そしてここは必ずしも安全とは思えないし、調べるならみんながいる所の方が安全なはず。


 こうして僕らはいくつかの発見と、僕の記憶に刻まれた『お母さん』の事を思いながら、その場を後にした。多分、二度と来る事がない予感がしながら……。

毎回ご覧頂き有り難うございます。

ブックマーク等感謝です!


各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。感想なども随時お待ちしております! ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ