第九十一話 補講と授業と結婚と
2016/02/13 誤字及び内容の一部修正を行いました
2016/01/26 話数番号を変更しました
翌日も変わらず冒険者学校へ。
週に二日休みだし、授業は座学と実技が半々くらい。週七日あるうちの二日がお休みなのは、なんだか前世のゆとり教育を思い出す。とはいっても、実際は前世で学校に行っても、保健室にいた事が多かったくらいだけど。
それにこの世界と前世ではまるで違う。何より時間が違いすぎる。一年は四九〇日もあり、一日は四八時間。地球の二四時間の倍かどうかは正確に分からなくても、確実に長い事は分かる。その一年も一四ヶ月あり、冬は一月から四月までの四ヶ月で、それ以外は三ヶ月ごとに季節が変わる。
一日が四八時間なので、そのまま二四時間を倍にした考え方は出来ない。一一時までが早朝帯となっているのもその為。学校が始まるのは一六時からだったりするので、確かに半分にすれば八時からの始まりなんだけど、一時間が六〇分なのは一応同じみたいで、起床から朝食までは三時間も猶予があったりする。まあ、おかげでゆっくりと用意する事も出来るんだけどね。
エリーと一緒に登校すると、すでに教室の四分の三の人は待っている。この人達は大抵が学校に併設された宿舎で暮らしていて、いわゆる寮生活だ。なので学校までは徒歩で数分。当然僕らのように外から来るよりもずっと早くなるし、聞いた話だと寮長は元冒険者で時間に厳しいのだとか。なので、特に病気でもない限り三〇分前には学校にいるそうだ。というか、一時間前に寮を追い出されるらしい。ちょっと厳しすぎない?
一四時から冒険者ギルドに併設された売店は開いているし、そもそも冒険者ギルドには酒場も併設されていて、こっちは一日中営業しているそうだ。なので、早い時間に寮を追い出されても問題は無いらしいけど、追い出すって何なのって思う。
昨日知り合ったというか友達になったというか、まだ本当に友達になったのか自信が無いんだけど、トルマネンさんとカペルさんもすでにいる。エリーは友達として認識しているみたいなんだけど、その辺は女性同士という事もあったりするのかな? どうもその辺が僕には分からない。エリーには『クラディって鈍感よね……』って言われたんだけど、どういう事?
昨日の帰りに聞いたら二人ともこの町の出身で、この町に家があるそうだ。だけど冒険者としての心構えって事で、強制的に寮住まいになっているらしい。お休みの日も夏と冬の長期休暇を除いて、帰ってくるなと言われているって聞いた。結構この世界もハードなんだなって思う。
ちなみに自宅から通っているのは、全体の五分の一くらいらしくて、基本的にお金持ちらしい。だからなんだろうけど、僕らが貴族の家の出身と思われている。否定はしていないけど、さすがに貴族の跡取りどころか、王家から二人とも爵位を貰っているなんてのは話せない。
「おはよう」
先にカペルさんの方から挨拶してきてくれた。手を振って、僕らを手招きしている。カペルさんは肩までの茶髪で、それが手を振るごとに時々揺れている。その髪の上からイヌみたいな耳がチョンと出ているのが、ちょっと可愛いと思ったりする。ちなみに耳の内側が白いので、耳が余計に目立つ形だ。でもそれも可愛いと思っちゃう。
その横でトルマネンさんが待っているのだけど、彼女はかなり長い金髪。僕もそうだけど、今の時代でもエルフは長髪が基本らしい。昨日僕が男だと言っても、髪の事で何か言われる事はなかったし。それとトルマネンさんは碧眼で、正直かなり透き通った色をしていると思う。ただ、目については僕の黄色い目も綺麗だと言われたりして、正直女の人から綺麗と言われると恥ずかしい。
午前中、午後共に授業は三回。で、午後一番に武術の訓練があった。とはいえ僕らは入学したばかり。とりあえず剣の腕を見せてくれという事で色々やったんだけど、僕はやっぱり剣に向かないみたいだ。その代わりにエリーは僕でも分かるぐらいの剣の腕をしている。
ただ、僕の場合はナイフに関してはかなり上手いらしく、少なくともナイフを使った近接戦闘や、投げナイフなどは高評価。それと、槍についてもおおむね評価が高かった。それでも、剣術については普通に使う分にはまあ問題ないらしいけど。意外なのは槍の適性が高かった事。まともに槍の訓練なんかした事は無いと思うのに、普通に魔物とも戦える技量はあるらしい。
エリーはやっぱり剣術はかなりの物らしく、すでに実戦で活躍できるレベルらしい。
それと剣術とかの訓練中、僕らは魔法を用いての身体強化はとりあえず禁止された。純粋に剣術とかの技量をみたかったみたいだ。ただ、これからの授業では普通に使って良いみたいだけど。
さすがにエルフは無理して弓を覚える必要も無いらしく、希望者のみがテストをするみたい。そして大半のエルフはテストを受けないそうだ。前世の物語とかと違って、この世界のエルフは胸が大きい場合がほとんどだし、普通の弓だと扱いに困るのは当たり前とされているって聞いた。
ただボウガンはあるらしくって、一応実物と練習もしてみたけど、僕らみたいに魔法で遠距離が普通に出来るのであれば、ボウガンは特に必要ないだろうとの事。むしろ弾数に制限があるし、僕らの場合は魔力も高いので、遠距離の攻撃方法としては使う必要すら無いみたいな事を言われる始末。まあ、中途半端な攻撃ではこっちが危険だろうしね?
そもそも冒険者学校とはなっているけど、実際は多種多様な事を教えてくれる学校だったりする。何せ魔物を討伐するのだけが冒険者の仕事では無く、普通の動物の捕獲から、薬草の採取、鉱物資源の調査や未踏地域の探索など、やれる事は色々あるみたいだし。
ちなみに捕まえた動物は、飼い慣らして家畜化する事もあれば、そのまま肉屋に卸される事もある。薬草も同様に、種があればそこから人工栽培だってするらしく、薬としての薬草も色々な材料があるし、手に入る場所もかなり違うらしいので、薬草とひとくくりにするには無理があるのかもしれない。
魔物も単に討伐すれば良いわけでもないらしく、増えすぎた場合の間引きといった場合もある。益獣指定されている魔物? は、増えすぎるのは問題だけど、減らしすぎても問題が多いからだとか。その益獣指定にドラゴンが加わっているのも驚いたけど。
今の時代では、ドラゴンは『ヒト』とのコミュニケーションを取れなくなっているらしい。その上で、生態系における事実上の頂点にはなっているらしいけど、基本的にドラゴンは人里には滅多に姿を現さない。それでも『はぐれドラゴン』と呼ばれるドラゴンが希にいるらしく、それらは田畑を荒らしたり、ごく希らしいけど人里を襲う事もあるそうだ。なのでそういったドラゴンは討伐対象になる。だけど、普段は生態系の頂点にあるだけあって、それなりの強い魔物を間引く益獣ともされているのが、正直なんだか変な感じ。なので、原則的に人里近くにいるドラゴン以外は、滅多な事では討伐対象にはならないそうだ。
まあ、こんな事が冒険者の仕事らしいけど、実際に魔物の討伐で生計を立てている人というのは、全体の四分の一らしく、半数は採取物の確保で、残りは未知の領域の探索が主だったりするのだとか。
そもそも魔物では無い野生の動物なら、普通の人でも狩りをするらしいので、その点では冒険者がわざわざ狩りをする必要も少なく、薬草類についても人里から離れたところにあるような、かなり希少な物が対象となるらしいので、普通の薬草では採算が合わないとも言われた。何せ畑で薬草を栽培している人もいるらしいしね。
主に冒険者から求められる採取物で薬草類は、俗に言うところの『万能薬』に分類されるような薬を作るための薬草らしい。まあ、万能薬といっても本当に万能な訳じゃ無いみたいだけど、少なくともお金さえ十分にあれば、風邪さえ一発で治してしまうような薬もあるのだとか。あれ? 風邪ってウイルス性と細菌性の二種類があったはずだけど、この世界じゃ違うのかな? それに聞いていると、抗生物質はまだ無いみたいだけど。
まあ、その辺はまだまだ次の機会があるかな? って事で、それよりも僕らは二人は二限目の授業で、大いなる試練を迎えていた。
「いや、だってね? 基本みんな出来る事だから、やっぱり君たちにもすぐに習得してもらいたいんだよ。それは分かってくれるよね?」
そういう実技の男性ウルフ族の講師に、僕とエリーはどうすべきか頭を抱えていた。それを見ている他の生徒達はというと……ちょっと可哀想な目で見ている感じがする。
「いや、だってね? 冒険者とかそれ以前に、魔力の最大値を計らないと、君らがどのタイプか分からないからね? だから魔力を身に纏って欲しいんだけど、やった事がないとは思えないけど?」
実際にやった事がないから困っているわけで、しかもやる前にトルマネンさんとカペルさんに聞いたら、『え? 出来て当然でしょ?』と言われたあと『やり方っていわれても、ねぇ?』ってトルマネンさんが言って、カペルさんが頷いていた。
そもそも魔力を身に纏うって、どうやるのさ!
そんな心の叫びが伝わったのかどうかは分からないけど、とりあえず『魔力を纏う』というのは後日『要訓練』となり、結果として冒険者カードに記載された魔力の数値公開となったわけだけど、当然そこでも一悶着あったりするわけで……。
カードに記載されているのは『魔力:計測不能』の文字だったりする。
そもそも魔力とはどういった物なのか、そこからの話になっちゃうんだけど、昔の魔力の値ってのは魔石の大きさが一つの基準値で、更にそこから放出された血管を通っている血中魔力を測っていたらしい。その中でそれぞれの四元素を総和し、それを四分の一にしたのが魔力って定義だったらしいんだけど、詳しい事はサッパリ。
で、現在はと言うとその説が完全否定されて、そもそも魔力はどの属性に対しても親和性があって、人によって差があるのは脳が体の限界値を超えないように制御しているんだとか。
そしてその制御された力って、実はとある事で解放できるようになった。それが詠唱という方法なんだとか。
今は直接やっていないらしいんだけど、以前は使えるだけ使える文言を並べて詠唱をし、発動限界を調べたらしい。今の方法はというと、そんな面倒な事をしなくても判定する水晶があって、それに対して魔力を纏った状態で判定水晶を触るだけで、最大魔力が分かるのだとか。便利は便利なんだろうけど、方法を知らない僕らとしては、ね?
何人かにお手本を見せて貰ったけど、正直なにをしているのか分からないくらいだから、僕らが『魔力を纏う』事が出来るようになるのには、当面時間がかかりそう。
結局僕らはそもそも補習で教わったんだけど、通常の授業が終わった後に、更に一時限分の補習授業が毎日はいる事になっちゃう。確かに僕らは今の常識に疎いかもしれないけど、知らないのに常識と言われても、ちょっとそれは違うんじゃないって思っちゃうのは気のせいかな?
まあ魔法の事で知らない事が色々出てきたし、伯爵家の人たちはそれなりに忙しかったりもするしで、魔法の事までは頭に無かったんだと思う。それに、僕らの魔力については先に知っていたから、『魔力を纏う』って事を知らないとは思っていなかったとか?
そもそも補習で教わったんだけど、魔力にも色々あるらしい事が分かってきた。
普段使う魔力というのは活性魔力という物で、これは本人の意思で具現化できる魔法の事を指すそうだ。
それと対になるのが不活性魔力。これは普段は何もしないらしい。単に血管の中に流れているだけで、少なくとも害になる事も無いみたいだ。
その不活性魔力だけど、活性魔力が不足してきた場合に、活性魔力に魔力を供給するのだとか。それがあるから体内で血液が循環する前でも、魔法はいつでも使えるし、逆に不活性魔力まで使い切るという事は、命の危険に繋がるらしい。とはいえ不活性魔力が全体の四分の一ほどに減ると、体が勝手に緊急保護処置を行い、それがいわゆる魔力切れの状態。本当は魔力はあるけども、生命維持にも魔力は使われているらしいので、全部を使う事はすなわち死を意味するという事になると教わった。
ただ僕らの場合は関係が無いみたいだけどね。調べて貰った検査の項目で、活性魔力を使い切るには全力の魔法を数日維持した上で、周囲に魔力が全く存在しない土地にいない限りは、僕らが活性魔力不足になるのは考えられないそうだ。そしてこの大地……というか、海だろうが川だろうがどこでも良いみたいだけど、魔力がゼロの所は今のところ無いらしい。なので、魔力が無くなって死ぬというのは、本当に希な事のはずらしいんだけど、『魔力災害』の時は別だという話だ。
『魔力災害』が発生している最中は、特に魔力の低い土地からは魔力がほぼ失われてしまう。そういった場所というのは、大抵が人の住む所だそうだ。逆に魔力が何とか残るのが自然豊かなところ。完全に影響を逃れる事は出来なくても、シェルターに入れないときは森の中にいるのが一番らしい。ただし森の中の魔物は普通に襲ってくるので、それに対処しなきゃならないらしいけど。でもそれって魔物なのかな? 説明を聞いた限りだと、魔物も活動が制限されそうな気がする。どちらかというと凶暴な野生動物じゃないかと思うんだ。
それと『魔力災害』が発生している最中は、やっぱり魔物も弱くなっているそうだ。だからといって油断は出来ないらしいけどね。何せ魔物だろうが人だろうが、等しく魔力を奪われている状態。だから肉体的な強さがある魔物の方が、現実強いのは当然という事。間違っても大型動物と対決なんかしちゃいけないって事だし、魔物なんて論外だ。
そんな知識をみっちりと二日かけて教わりながら、『魔力の纏い方』を教わるようになった。
「で、三日経ってもまだ出来ないのですか?」
カペルさん、それは言わないで下さい。エリーだって落ち込んでます……。
「仕方ないわよ。特にクラディ君は孤児だったらしいし、エリーだって外国にいたらしいじゃない? 何があったかは聞かないけど、二人とも苦労しているのよ」
トルマネンさんの励ましが、余計に何だか悲しくなる気がするのは気のせい?
「まあ、そのうち覚えると思うわよ? さすがに知らなかったのは驚いたけどね。何というかさ、私達の国だと生まれてすぐからそんな環境にあるから、違う人もいるんだって始めて知ったしね?」
そんな事を言うトルマネンさんは、何だかちょっと笑っていた。
「ほう……帰りが遅くなっているのは、そういった事があったからか。確かに我々も失念していた」
屋敷に戻ってキヴィマキさんと話すと、本当に忘れていたらしい。周囲の人も『あっ』って顔をしているし。
「まあ、これは仕方がないですよ。短期間で全部は覚えられないですし」
そもそも屋敷の中では、この国の成り立ちとか貴族についての勉強をしている。当然魔法関連は後回しになる。というか、実際今まであまりしていない。初歩の初歩みたいな、この国における魔法の文献をいくつか見ただけ。しかも中途半端な気がするし。
「二人の場合は特別ね。それに、軽々と他の人には言えない事ですし」
アイラさんが助け船を出してくれた。
まあ今さら誰が悪いって訳でもないし、昔と今じゃ違うのは当たり前だとは思うから、それ自体は仕方がないとも思っているしね。
それに普通の授業でも、僕らが知らない事は結構多い。なので冒険者学校という選択は間違っていないと思う。
そもそも冒険者学校は、広く浅く満遍なく世の中の仕組みを教える傾向があるそうだ。その中には一般常識なんかもあって、実際地方の小さな村だとかなり勉強にはなるらしい。一部では学校の代わりにもなっているのだとか。
「それと、君らは本当にまだ結婚するつもりは無いのか? さすがに大々的にとは出来ないが、君らが望めばすぐにでも用意できるのだが?」
ここ何日かキヴィマキさんに言われている事が、結婚の話。
見た目の年齢とか身分証からは、はっきり言ってかなり早い結婚になるらしいのだけど、本来の僕らの年齢からすれば結婚しても何ら問題ない。
「分かってはいるんですけど、正直……」
「私も、さすがに結婚となると……」
いくら色々あって、僕らが友情以上の感情……恋愛感情を持っているのは分かっていても、さすがに結婚となると話は別だったりする。少なくとも僕はだけど。
「まあ、焦っても仕方がないのは分かるんだが、君らには本当に幸せになって貰いたいんだ。それに、今の段階で側室や妾といったのを紹介するつもりはないからな。それはエリーナ君もそうだろう?」
エリーは静かに頷く。
そもそも貴族家で正妻のみってのは異例らしい。それに立場としては僕よりもエリーの方がこの国では上になる。なのでエリーがどう思うかが最大の問題なわけだ。
「そもそも同じ屋敷に、別々の貴族が共に暮らしている形になるのは、やはり色々と問題も出てくるはずだ。焦らせて申し訳ないが、早めに結論を出してくれるとこちらも助かる」
キヴィマキさんがそう言うと、エリーは完全に俯いてしまった。
「それから伝えておかなくてはならないが、結婚といった場合にはエリーナ君が当主となる。クラウディア君が婿入りする形だな。これはこの国の制度なので、我々としてもどうしようも無い。本来なら強制は出来ないのだが、君らの屋敷の準備が終わり次第、早急に考えてくれると助かる」
エリーは顔を赤くしながら、僕の方を向いた。その顔はかなり顔が赤い気がする。エリーは実際どう思っているんだろう?
「まあ、やはり強制は出来ないからな。しかし、早めに考えていてくれると助かる」
キヴィマキさんの言葉に、僕らは何も言えなかった。
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