第八十四話 二つの道
2016/02/19 一部『姓』が『性』になっていた箇所を修正しました
2016/02/07 ルビ修正及び内容の一部を修正しました
2016/02/07 誤字及び内容の一部修正を行いました
2016/01/26 話数番号を変更しました
2015/06/25 内容を一部修正しました
また、今回の話で『運の悪い』話は基本終わりです。
今回は最新話だけの更新です。
バーレ王国軍の一員として、僕らは捕虜になった。
理由はどうあれ、僕らは軍の中にいたのだし、服装も魔法兵の軍服に準じた物だったので、僕らだけ関係ありませんとかなんて言えない。
もちろん僕らは両手を縄で縛られて、一応拘束された状態だけど、正直言って『余計な真似』なんて、するつもりなんか更々ない。そんな事をしても、単に状況が悪化するだけだし。それは、エリーもちゃんと分かっているみたい。
前世で言えば、僕ら二人は上級指揮官的な立場になる。事実上の名ばかりとは言え、バーレ王国軍の騎士団であることを示す階級章などがあるし、僕らが捕らえられる前に着替える余裕などないのは、相手も分かっているのだから。
当然そんな立場だからだろうけど、僕らはエストニアムア王国首都のエストニアムアに連行される際、他の一般兵とは別にされている。
移動は馬車で、一応両手首を荒縄で縛られてはいるけど、それ以外は特に何もされていないし、尋問も特に行われていない。まあ、名前とかは聞かれたけど。もちろん馬車は外側から鍵がかけられているけど、前世で見た家畜を移動するようなトラックに似ている荷台なので、外の風景も見ることが出来る。
一応見張りで三人の兵士が同乗しているし、三人とも剣で武装しているので、一切の武器になるような物を押収された僕らは、ただエストニアムアに到着するのを待つしかないわけだ。
道はかなりきちんと整備されているのか、馬車の揺れは少ないし、何より車輪の音がさほど煩くもない。
前世で言えば中世に近いような世界だろうから、実際もっと手荒なことをされるのかと思っていたけど、今のところ何もないのは幸運と言っていいのか分からない。
エリート時々たわいもないことを喋ったりもするけど、それだってこんな馬車の中では続かないので、当然道中はみんな静かだ。
結局、途中食事や車内キャンプなどをしながら、四日後にはエストニアムアに到着した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「二人ほど、極めて高い魔力を持った者がいますが、それ以外は想定の範囲内です。あの魔法を放ってきたのも、あの二人で間違いないでしょう。発掘品のおかげで助かりました」
ビンツス上級騎士は、捕虜の馬車よりも先に本国へと帰還して、関係各所の人間が集まる会議室にいた。
「それは、サルミネンから報告があったあの二人か?」
質問してきたのは、現場指揮官のヴィルタネン子爵のさらに上官で、今回の迎撃線での責任者でもある、エルフのヨウシア・ニコ・リーッカネン伯爵であり、軍務卿でもある。
原則としてこの国はエルフが頂点の王国だが、なにもエルフだけが高位の貴族ではない。実際にウルフ族やクラニス族の伯爵もいるし、子爵や男爵などになれば種族差は小さな物だ。
その昔クラニス族はイヌ族とも呼ばれていたらしいが、今ではクラニス族に統一されている。私にはその理由など不明だが、イヌというとどうしても愛玩動物を思い浮かべてしまうし、その意味では今の種族名の方が良い。
もちろん同じ爵位であれば、エルフの方に色々な優先権はあるが、それだって理不尽と言えるほどの物ではない。だからこそ私のようなクラニス族であっても、こういった会議に参加が許されるし、発言も許される。
「恐らくその通りかと。明後日にはこちらに到着の予定ですので、可能なら二人だけを別にすることも可能ですが」
というより、最初からあの二人を分離することは決まっているのであろう。
今までバーレ王国軍には存在が確認されていなかった、極めて魔力の高い二人だ。正直軍人とは思えないところが多少あったが、女はエルフであるらしく、男の方はハーフエルフだと聞いている。
「ああ、その様にしてくれ。必要があれば、私の方から人を貸すが」
「いえ、大丈夫かと。二人とも捕らえたときにおとなしく従いましたし、一日ほど様子を見ましたが、我々の指示には従っていました。むしろ他の者たちが危ないかと」
「分かった。君に任せよう。場所は追って連絡する」
「バーレ王国の王族や貴族の様子は?」
ハピキュリアのガヴリイル・イリイチ・カルタショフ子爵は、貴族院の上級管理官の一人だ。エルフのヤルノ・マイニオ・フッリ伯爵下で働いており、彼からも信頼されている一人らしい。今回はフッリ貴族卿が、他の用件で他国に出向いているため、彼が代理となっている。フッリ伯爵から今回の件に関しては、全権を与えられているそうなので、事実上貴族院の最高責任者として出席している。
エストニアムア王国は、バーレ王国を除いた主要六カ国の大本を取り仕切っていると言っていい。なので、貴族の問題となると我が国から顧問として出席することもある。
我が国にもきちんと外務卿はいる。エイノ・ハッリ・オクサラ伯爵で、例にも漏れず彼もエルフだ。さすがにこういった役職の責任者は、エルフ以外の者は今のところいない。まあ、それで問題と思う人間もいないが。
外務卿や彼の元で働く者たちは、主に事実上の連合国以外との外交交渉や、連合の中でも最重要課題となるようなことを行う。
今回はバーレ王国が事実上の滅亡に近い形なので、外務卿の出番はなく、当然外務卿もいない。
「国王とその側近数名が自害しましたが、その他は捕らえております。現在、我が国への移送準備を行っております」
まあ、これは私が直接見たことではないが、現場責任者であるヴィルタネン子爵は捕虜と共に帰国予定で、その間に各種報告書をまとめているそうだ。なので、その代理として私が急遽帰国となった。
今必要なのは『戦闘終結時の報告』であり、バーレ王国を事実上吸収した後のことではない。それはヴィルタネン子爵の報告などで実行されるはずであり、さすがにその席には私はいないだろう。
「彼方の国民の状況などは、ヴィルタネン卿が戻ってからだな」
まあ、そういう事だ。私は軍人であり、軍のことなら出来るが、それ以外となると別だ。それに上級騎士なので騎士爵は持っているが、騎士爵は原則として軍の指揮官などに与えられる役職。いわば名誉貴族のような物でしかない。
騎士爵以外の男爵などにも名誉貴族はいるが、それは国家に与えた功績が大きい場合のみであり、世襲も当然認められない。そのような名誉貴族まで貴族として数えれば、貴族だけでもかなりの数がいることになる。
もちろん名誉貴族であっても、その後の事案で転落することもあるのだ。名誉貴族になれたからとはいえ、その身分は絶対ではない。転落する者など、例え騎士であっても存在するのだから。
「それで、二人以外の様子はどうなのだ?」
「拘束はしておりますが、対策は取った方が良いかと」
リーッカネン軍務卿に、見た限りでの情報を伝える。
とはいえ、安全でないことだけはしっかりと伝える。
今は無力感から来る物なのか、とりあえずは暴れることはないが、ある程度落ち着いたら間違いなく暴れるだろう。あそこの国民性か、どうも乱暴な者が多いのが特徴なのだ。
元々、発展性のない土地柄だったからか、外へ勢力を伸ばそうという動きが強い。それで余計に気性が荒いのかもしれないが、我々からすれば迷惑でしかない。
「分かった。そちらの受け入れは、こちらで準備しておこう。それと、先ほどの二人だが、先に個別の聴取を行いたい。そちらの準備もこちらで進めておくので、君は二人の聴取をしてくれないだろうか? こちらから補佐を二人と、それぞれに三人の警備も割く」
サルミネン卿から、何か聞いているのだろうか? やけに準備が良すぎる気がするが。しかし、聴取を私に任せるというのは、軍務卿からも信頼されていると言えるだろう。ならば、その期待に応えるべきだ。
「了解いたしました。ここに到着次第、二人はすぐに別行動させるよう伝えます」
話は旧バーレ王国の扱いと変遷していき、私はただ黙って会議を聞くことに徹することにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エストニアムア王国の首都、エストニアムアは、今まで見てきた都市とはちょっと感じが違う気がする。
今までは害獣よけに石壁などを張り巡らせている場所が多かった気がするけど、エストニアムアはそういった物は特に見当たらない。
周囲がだいぶ開発されているんだろうけど、それでも城壁すらないのは、ちょっとした驚きだ。
僕とエリーは、エストニアムアの首都に入った後、僕らだけ別の馬車に乗り換えになった。
今度の馬車にも見張りが二人いるけど、馬車その物は普通の荷馬車を改造しただけの、乗合馬車に近いような物。その気になれば逃げることも可能だとは思うけど、見張りが本当に二人だけ何て思ってはいないし、逃げたところで、その先どうすれば良いのか考えると、実際逃亡なんて出来ない。
こんな時に何も考えず逃げ出すのは、僕としては最悪の選択だと思う。
場所が既知の所であり、尚且つ十分に潜伏できるような所をある程度知っていて、その上で最低でも一週間程度は自給できる状況でないと、そもそも逃亡などしても自分の首を絞めるだけ。
前世の映画などで、簡単に逃亡できてしまう主人公なんかがいるけど、そんな事はむしろあり得ないと思う。現実と空想は区別しないと。
それに、僕らは手首こそ縛られているけど、それ以外に何か暴行を受けたりしているわけでもない。
もちろん以前までの経緯から、これからどうなるのか不安はあるんだけど、潜伏先を確保できないのは分かっているし、当然そんな状態では逃げ出せないので、黙って従っておくことにする。
何より、今の僕らは魔法が普通に使える。その気になれば、魔法で逃げることも出来るのだから、慌てる必要は無いわけだ。
この町に移動する際に、エリーとはきちんと相談しておいたので、考慮していないような不測の事態――とはいえ、それがどんな状況かは分からないことも多いけど、しばらくは様子見ということにしている。
馬車は普通の乗合馬車とそんなに変わらないのか、僕らを見る人たちはいないみたい。てっきり護送されているのだから、どこか注目でもされるのかななんて思いもしたけど、むしろ誰も気に留めていないのが拍子抜け。まあ、これが罠なら、手が込んだ罠だって事になるんだけど。
もちろん以前とは違って、僕らもそれなりに警戒はしているつもりだけど、それでも僕らが捕虜だということには違いがないわけで。だから今は、様子見以上の事が出来ないのも、何だかもどかしいと思う。
何より、さすがにエリーとは向き合う形で座ることになった。当然会話が出来るような雰囲気もなくて、二人して黙ったまま。
まあ、護送されているのにお喋りで盛り上がっていたら、それはそれで変なのかもしれないけど。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私はクラディと向き合いながら、彼が何を考えているのか想像していた。
一緒に捕まって、今では私達二人だけが別の場所に移動させられている。エリーナ・バスクホルドと名乗ったときに、相手の兵士の一人がちょっとだけ怪訝な顔をしていた気もするけど、私に『姓』があるのが不思議だったのかしら?
確かに女性では『姓』を元から持たない人もいるらしいことは、バーレ王国にいたときに知った。同じ家族でも、単独で行動しているようなときは姓を名乗らないらしいけど、生憎と私は『姓』を昔から持っているし、今さら捨てるのも気が引ける。
バーレ王国では、そんなに悪い扱いをされたとは思っていないし、それなりに恩もあるんじゃないかと、内心ちょっとだけ思ってはいるけど、だからといって私達が戦争に負けたことは事実。なので、どんな扱いをされるのかが不安になる。
戦争になったときに捕まると、女性は色々な意味で酷い扱いをされると昔聞いたけど、今のところは大丈夫。
それはそれで大事なんだけど、これから私達はどこに連れていかれるのかが心配。
さすがに今回はクラディも警戒しているみたいだけど、さすがに私だってどうすれば良いのか分からない。
前にも同じような事があったはずだけど、なんだかここ最近こんな事ばかりに巻き込まれているのは、私の気のせい?
それでもクラディと一緒にいるので、まだ私は何とかなっているんだと思う。一人はやっぱり寂しいし、今はクラディしか頼れないから。
もし、これが私一人だったら、一体どうなっていたんだろう?
気が狂っていたかもしれないし、何もしなかったかもしれない。とっくの昔に死んでいたかも。
もちろんクラディだって、一人だったらどうなっていたか分からないけど、私達は二人いるから何とかここまでやってこれた。
だから、もう絶対に分かれるような事だけはしたくない。
恋愛感情とはちょっと違うのは分かっているけど、私にとっては色々な意味で大切な人なんだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
出迎えには、私の他にエルフのカティ・ソフィア・イソタロ騎士、コボルトのアンセルム・ショヴォー騎士、オークのナルシソ・クベード騎士、ヒトのケイト・ヘンリソン騎士を選んだ。
イソタロ騎士は女性で、リーッカネン伯爵の縁戚だが、彼女の父親が持っている爵位は男爵でしかない。それに、彼女はあくまで騎士扱いであり、上級騎士である私の部下だ。
ヘンリソン騎士も女性だが、彼女は平民出。その実力から騎士になれた。平民から騎士になるのはたやすい事ではない。それだけに、一部では彼女の事を目標にしている一般兵も多いと聞く。しかも女性なので尚更だ。
女性でも騎士にはなれるが、実力社会の軍では、どうしても肉体的に有利な男性が多い。こればかりは仕方がない。
残り二人のショヴォー騎士とクベード騎士は、元々軍畑の家系で、平民ではあるが、軍畑の家系となると同じ平民出でも収入がまるで違う。どうしても格差は致し方ない。
イソタロ騎士については、そのコネを使えば、上級騎士はいきなり無理でも、いくつかある騎士団の副長程度ならなれる。しかし、彼女はこれといってコネを使わなかったらしい。
もちろんどこかで多少は優遇されていたであろうが、それでも一兵卒から騎士になったので、その腕は確かだ。
「ビンツス様、到着したようです」
真っ先に監視を名乗り出たイソタロ騎士が、護送されてきた捕虜の到着を知らせる。
さすがに普段の会話では、礼儀は弁えても私の事を『上級騎士』とは呼ばない。
これは彼女に限った事ではなく、騎士団全体としての風潮だ。一般兵の前であっても、名前の後に『騎士』と付けるくらいで、『騎士団長』と呼ばれるのは、それなりの状況になっている場合のみ。
一部の者に『規律が悪い』などと言っている者もいるが、そんな事を言っているのは軍以外の者たちだけ。別に訓練をサボっているわけでもなく、むしろ騎士団の方が一般兵よりも訓練は厳しい。
「事前に説明したように、男一人と、女一人との事だ。それ故、イソタロ君とヘンリソン君も呼んだわけだが、暴れる事がない限り、事前に説明したように行動してくれ」
四人から快く返事が来る。事前の打ち合わせ通り、四人は護送した馬車へ向かった。四人に任せれば大丈夫だろう。
そもそも、あの二人が暴れるとは考えていない。
長年軍にいたからか、どうもあの二人は普通の軍人とは違う気がする。
確かにあの二人が大魔法で攻撃してきたのは確かだし、それは私も直接目で確認しているが、その後捕縛してからは大人しかった。だからこそ印象に残っている。
別にあの二人がエルフやその眷属だからというわけではない。
確かにこの国はエルフの国王が治めてはいるが、エルフであっても犯罪を犯せば厳しく罰せられる。希に処刑される事もある。
多少ひいき目に見られる事がなくはないが、それも常識を逸脱した物ではない。精々刑期が僅かに下がるだけで、処刑相当の罪を犯した者には容赦しない。
あの二人については、一部の者たちから『虐殺未遂罪』を適用しろとの声もあった。
確かに『発掘兵器』がなければ、我々の軍や町は壊滅していたかもしれない。
今回使用した『発掘兵器』は、拠点防御用の大規模防御魔法を発動させる物。いくつか使い方はあるが、一番よく使われる方法が相手の全面に巨大な見えない壁を作り出す方法。今回はそれを少しだけ町側に斜めに設置した。
斜めに設置する事で、魔法で攻撃を受けても、それが遠目からは平面で爆発したように見える。本来なら垂直で使った方が一番効果的だが、事前の調査で斜めでも問題ないと判断された。
バーレ王国で諜報活動をしていた、サルミネンの情報に基づく物だ。人数が多ければ垂直にしたが、二人だけとの話であったし、発掘兵器へ魔力を供給する魔法使いは余っていた。なので、本来よりも何割か強い防御を展開できたそうだ。
他の使い方として、砦や町を守るために、半球状の形態を取る事も出来る。しかし、この使い方は魔力が多量に必要であり、余り長時間稼働できない。効率よく運用できる方法を模索しているが、今のところは解決できていない。
尚、魔法を用いた防御魔法も存在するが、これはあまり一般的ではない。理由は、守りに転じた時点で、多くの場合『負け』だからだ。真っ当な実力のある者であれば、手持ちの防具で十分防げなければならない。
無論例外はある。遠距離からの攻撃や、至近距離からの不意打ちだが、遠距離に関しては『感覚』で回避できる者も少なくない。相手が発する殺気を読む。それは至近距離でも同じだが。
どちらにしても、守らねば死ぬような状況という事態に陥る自体、兵士や冒険者としては失格者の烙印を押される。それに、そんな者は早々と死んでしまう。
それでも防御魔法の開発は行われており、特に盾などに付与属性としての防御魔法の開発が急がれている。
金属製の大楯でも、必ず全てが防げるわけでもない。戦場なら尚更だ。また、防具の劣化もある。それをカバーするために、防御魔法がいくつか考案されてきている。その中で最もオーソドックスなのが、『硬化』魔法。対象物を本来の硬さよりもさらに硬くし、防御力を上げる魔法だ。難点はあるが、それを差し置いても有効だとは思う。ただ、材質の変化は出来ないので、多くの場合火の魔法には絶対的に弱い。金属であろうと何であろうと、大抵高威力の火魔法には耐えられないからだ。
「二人を連れて参りました」
イソタロ他三名が、例の二人を連れて戻ってきた。手錠はそのままで、服装も当時のままだ。武器になる物は持たせていない。
それよりも気になったのは、二人の表情だ。
普通、一般兵であればこれから行われるであろう『尋問』や一部の『拷問』を想像し、生気のない目をする。
しかし、指揮官であれば、この状況を受け入れられず、多くの場合は反抗的な目をするモノだ。
しかし、この二人はそのどれでもない表情を見せている。
確かに怯えている表情はあるが、それは一般兵が見せる物ではない。指揮官が見せるような反抗的な態度も皆無。
二人は純粋に、今置かれている状況に困惑しているというのが、私の正直な感想だ。この点からも、二人が軍人とは思えないと余計に考えさせる。
だからとはいえ、二人が攻撃魔法を放ったのも事実だ。
どの様な魔法なのかはまだ分からないが、それについては注意する必要があるだろう。
しかし、この二人に限って言えば、今の段階で無闇に逃げ出すとも思えなかった。
立場をどこまで理解しているのかは疑問だが、とても高威力の魔法を放った者とは、この二人を間近で見る限り、とてもそうは思えない。
無論、これが単なる演技である可能性もあるが、私の直感ではそれを否定している。だからこそ、この二人についてはどう接するべきなのかが問題になるだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
僕とエリーは、今までの馬車から移動させられ、四人の兵士に囲まれる形で別の馬車に乗っている。
全部で兵士は五人だったけど、一人は御者台にいるようだ。全員武装していたので、御者台にいる人は、今も武装したままだろう。
種族は文字通りバラバラ。エルフの国と聞いていたのに、そのエルフは一人だけ。しかも女性で、彼女が指揮官ではないようだ。
指揮官はウルフ族か犬族に見えるけど、今は特に何もしてこないし、何も言ってこない。なので、馬車の中は異様な静けさを保っている。
それにしても、エルフの国と聞いていた割には、案外他の種族が多いし、何より指揮官がエルフでないのも驚いた。聞いていた話と何か食い違う気がする。
因みに、僕とエリーの事を知っていたのか、兵士のうち二人は女性。もちろん僕らが剣で戦っても勝てるとは思えないし、狭い空間で魔法を使おうとも思わない。
そもそも、四人で見張られているので彼我兵力差は二対一。しかもこちらは非武装状態なのだから、勝ち目云々以前の問題だ。
さすがに警戒を解くつもりはないけど、今の状態では何をしたところでこちらが不利。こんな時は大人しくしておくのが最善だと思う。
ただ、見張りをしている彼らは、特に僕らへ何かをする事もないし、話しかけても来ない。
普通かどうかは知らないけど、他の人たちと僕らだけを分けたのは、当然理由があると思う。なのに、今のところ馬車の中では話しもない。
やっぱり不安になるな……。
そんなに前じゃないと思うんだけど、こんな事が前にあった気がする。だからだろうけど、どこか不安になっちゃう。
そんな不安を余所に、馬車は町中を抜けてゆく。外は一応見えるので、それなりの繁華街みたいな所だとは思うけど、誰も馬車に注目はしている様子がない。
馬車の外見を確認する事が出来なかったし、今乗っている馬車は、普通の馬車に近いのかも。もしくは、軍で使う馬車を町の人が見慣れているとか。
「そろそろいいだろう。これから君たちを、我々のホーム……我々は『ハレム』と呼んでいるが、そこに連れて行く」
確か、この中で一番偉いヒトのはずの人狼が、僕らに声をかけてきた。
それよりも、ハレムのほうが気になったのは、僕が前世の記憶を引き摺っているから?
日本などではハーレムと一般に呼ばれたりして、多くの場合は『一人の男性が複数の女性を娶ったりしている場所』みたいな認識が多いのだけど、元々はトルコかどこかの言葉。
そもそも、ハレムの発音の方が元に近いはず。
そもそも一般に日本人などが妄想しているようなのは、本来の『ハレム像』じゃなかったと、確かネットで見た事がある。
元々は女性専用の部屋だったらしくて、つまり男子禁制。まあ、それが後に色々な形で変わったらしいのだけど、大本はだいぶ違うはずだ。
女性専用の部屋という意味も、元は『禁じた場所』だかなんだかで、『聖地』を表す単語だったらしい事は覚えている。
もちろん僕だって男だし、『ハーレム』という言葉に夢を描かないわけじゃないけど、僕の中では幻想の域を出ない。
そりゃ、魔法を使って色々とすれば、ハーレムくらい出来たのかもしれないけど、それは僕の望む事じゃないし、そもそも僕の魔法が強いからといって近づいてくる人がいたとしても、僕はそれを受け入れがたい。
恋愛感情はもちろんあるけど、それは可能な限り双方が『互いを認め合って』の方が良いと思っている。この世界ではどうか分からないけど、一方が一方に依存するのは良くないはずだ。それはどこか破綻する要因を含むだろうから。
「え、えっと、それはどういう所ですか?」
とりあえずはどんな場所かを確認しなくちゃ。
「我々騎士団の宿舎の一つだな。それぞれ宿舎には、代々受け継がれた名前が付けられている。その中の一つが、我々のハレムだ」
「ちなみに聞きますけど、そこは女性ばかりだとか?」
「何を勘違いしているか知らないが、騎士団は実力主義だ。性別が全く関係ないと言えば嘘だが、性別を元に差別したり扱いを低くするのは、厳格に禁止されている。ただ、我々のハレムでは、男女の割合が六対四と、他の騎士団に比べれば圧倒的に多い。普通は九対一で男性が多いからな」
想像しているのとはだいぶ違うみたいで、一応安心?
「今回は、そこで我々の取り調べを受けてもらう事になる。異例ではあるが、君ら二人があの大魔法を放ったのは確認済みだ。下手な考えをしなければ、我々も危害を加えないとこの剣に約束しよう」
騎士団の持つ剣は、それその物が自分の半身みたいなものだと、どこかで聞いた事がある気がした。それで全部信じるわけじゃないけど、今は従っていた方が良策に思える。
私達に、突然騎士団の団長らしい人が話しかけてきた。
私はとりあえず聞き役に徹する事にする。何か問題があれば、私がクラディと一緒に言えばいいと思うし。それに、今の状況では出来る事は限られていると思うから。
「そろそろいいだろう。これから君たちを、我々のホーム……我々は『ハレム』と呼んでいるが、そこに連れて行く」
いきなりそんな事を言われて、私は思考がぐるぐるとあらぬ方向に回り出した気がする。
ハレムと言っていたけど、それって『ハーレム』じゃないのかと疑っちゃう。古い単語で『ハレン』というのを聞いた事があるんだけど、男性が複数の女性を性的な意味で囲う所らしい。それが今では『ハーレム』となって名前を残しているって、昔お父さんから聞いた事がある。私には関係ないと思っていたのに。
どんなところでもそうらしいけど、力仕事が多いところは必然的に男が多い。
男が多いと、何故か欲求不満のはけ口が、女性の方向に向かうって、昔お母さんが言っていた。早い話が、名前を変えた売春施設みたいな物だって言っていた気がする。
特にこれから連れていかれる先は、騎士団の宿舎らしい事を言っている。当然女性はかなり少ないはず。いないかもしれない。
「何を勘違いしているか知らないが、騎士団は実力主義だ。性別が全く関係ないと言えば嘘だが、性別を元に差別したり扱いを低くするのは、厳格に禁止されている。ただ、我々のハレムでは、男女の割合が六対四と、他の騎士団に比べれば圧倒的に多い。普通は九対一で男性が多いからな」
その言葉を聞いて、とりあえずは胸をなで下ろす。私が想像した物と、違う可能性が高いと思うから。
ただ、他の所だと女性が一割って言っているから、そういった扱いもされる?
こればかりは現地に到着しないと分からない。
そもそも、クラディはあまり気がついていないみたいだけど、実際男性よりも見た目が女性に近い。しかも私から見ても内気だ。当然、不利な状況で命令されたら、多分拒否どころか反抗すら出来ない気もする。そんな状況になったとき、私は多分守る事が出来ない。きっと同じ目に遭っているだろうから。
ただ、何か確信でもあるのか、クラディは話が終わった後に安心しているみたい。何か知っているの?
不安になりつつも、とりあえず行き先だけは分かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて、君らには色々と話してもらいたいが……」
僕らはこの人達が駐屯している宿舎に案内された。
宿舎とは一口に言っても、演習場などの設備も整っているみたいで、前世でいう所のちょっとした学校並みの規模だ。
そんな中で、僕らは宿舎の一角にあるらしい部屋に案内される。
宿舎なのだからか、基本的には殺風景だけど、窓に鉄格子があるわけでもなく、テーブルや椅子などの調度品も普通に見える。少なくとも、捕虜を閉じ込めるような施設には思えない。
そもそも、この部屋に案内されるときも、僕たち二人が『捕虜』なのか、ちょっと疑わしいくらいの待遇。
戦時捕虜が本来どんな扱いをされるのかは、実際の所知らないのだけど、クッション付きの椅子のある、しかも普通に飲み物まで出てくるような部屋に案内されるとは、前世を含めて到底思えない。飲み物も水の他に、いくつか選択できたくらいだ。正直なんだか怖くて、僕らは水を頼んだんだけど。
ただ、相手もこちらを信頼していない事くらいは、嫌でも分かる。時々鋭い目線を感じるのは、絶対に気のせいなんかじゃない。
まあでも、今のところは大人しくしていて良かったのかなと思う事にしている。
「エリーナ・バスクホルド君は、両親共にエルフだそうだが、両親の名前は?」
そういえば、エリーの両親についてはあまり聞いた事がないかな? まあ、聞くようなきっかけもなかった気がする。
「その他に、生年月日や生まれた町など、今までの事を出来るだけ話して欲しいのだが? 君らが魔法を放つのを、我々は遠くから監視していた。正直、二人とはいえ、あそこまでの魔法を放つ者は少ない。なのに、今までの様子を見るに、君らが兵士だとはとても思えない。我々の中には、君ら二人を罰しろという者もいるが、それよりも興味が尽きないのだ。今のところ、君ら二人を罰しろと言っている者はまだ少数派。なので、きちんと事情を説明してくれれば、それなりの力になる事も出来るだろう。無論拒否しても構わないが、当然そうなれば、君らは我が国に攻め入った者として、兵士として罰せられる」
今のところ、僕らは絞首台に向かうか否かの選択を迫られているんだと思う。
この人は僕らの魔法を見たという事は、その威力だって分かっているはず。何故町が無事だったのかは分からないけど、それがなかったら沢山のヒトが死んだはずだ。もしかしたら、兵士以外のヒトだって死んだかもしれない。
こんな場合、普通は極刑が選択されるんだと思う。刑罰の内容は言っていないけど、この人の目からはそんな気がする。
誰だって死にたくはない……それは同じはず。
私はチラッとクラディを見て、彼が言葉の真意を見極めている事を悟った。
さすがに、私だって警戒をする。
それでも、これが最後であって欲しいと願っているのも事実。
確かに私達の状況は最悪だと、私だって感じる。それでも、どこかに『望み』を持つ事がいけないの?
ちゃんと話したって、この人達が約束を守るとは限らない。でも、話さないと悪い方向へ進むのも確か。
私って、何時からこんなに疑心暗鬼になったのかしら?
どっちにしても、選択肢なんてないわよね……。
エリーが話し出す。
いくら僕らが似たような境遇だったとはいえ、根掘り葉掘り聞くような事はお互いしなかった。
この世界に『個人情報』ってどこまで理解されているのか分からないけど、やっぱり聞いちゃいけない線っていうのはあると思う。
でも、エリーはそれを話しだした。僕だって聞きたかったけど、聞けなかった事を。
エリー――エリーナにはヘルフゴットという父親と、アリダという母親がいて、兄弟姉妹は全部で六人。エリーは長女で、三番目の子だったそうだ。
仕事は父親が鍛冶屋を営んでいたらしく、主に日用品で使うような金属の製作や加工をしていたのだとか。
そんな環境なので、火の取り扱いに長けていたのか、エリーを含めて兄妹は火の魔法が得意だったらしい。なんか前にも聞いたような気がする。
エリーが生まれたのはラクトーム歴で二五〇一年。魔力炉に入れられたのが二一歳の時で、僕が入れられた三二年前。つまり、実際の年齢は僕より五三歳上だ。
ただ、僕もそうだけど、魔力炉に入れられていたときの記憶はないし、成長も特にしていないと思う。なので、今は多分二三歳くらい。僕だって、魔力炉に囚われたのは一八歳なのだから、事実上の年齢差は三歳だ。
エルフやその眷族は、一般に成人するまでは短いが、その後は高齢になるまでほとんど容姿に変化が無い。なので僕とエリーはさほど年齢差がないようにも思える。
それにしても、エリーが鍛冶屋の娘だったのは、ちょっとした驚きだ。聞いてはいなかったけど、それなら高位の火の魔法に長けているのは頷ける。
それに比べて、僕はどうだろう? 確かに魔力で言えば、他の人よりも高いとは思っている。それに、どの魔法もそれなりに使える万能タイプに近いのかも。
万能タイプというと、応用が利くようにも見えるけど、実際の所はそう簡単じゃない。何より、威力の調整は今でも不得意。言うなれば、高威力特化型の万能タイプ。当然、そんな僕はどうしてもヒトを傷つけやすいと自覚している。
エリーは家族などの話が終わり、魔力炉の件の後、僕らの出会いやその後の事を一通り話している。それは僕にも共通する事なので、詳細については今さら確認するまでもないし、僕が後で話すとしても同じ。
なので、今僕はこれからの事を考える。
口約束だけど、それを信じるなら、悪いようには扱われないと思いたい。ただ、それにしたって今の世界でどう生きれば良いのかは別。
そもそも、ここはエルフの国と聞いていたけど、今目の前にいるヒトはウルフ族のヒトだし、その他の種族達もそれなりにいるみたい。そうなると、バーレ王国で教えられた知識とはだいぶ異なる。
こうなってくると、何を信じたら良いのか分からない。
前世で『真実は常に一つ』なんて言葉を聞いたけど、同時に『真実は、見る者によって異なる』なんて言葉も聞いた。
今、僕らが置かれている状況は、まさに後者だ。でも、そこから僕らが上手く『立ち回る』方向を見つけなければならない。
でも、『立ち回る』にしたって、情報が少なすぎる。もしかしたら、気がついていないだけなのかもしれないけど、それを教えてくれるヒトはいない。なので、全部僕らで見つけるしかない。
見る事と、聞く事では、情報量が違う。圧倒的に『見た』方が情報量が多い。でも、それは同時に『情報に弄ばれる』可能性も高い。
自分に危害が及ばないなら、それを遠くで見る事は『娯楽』の一種にもなるんだろうけど、その場にいるヒトにとっては、歯止めのないブランコで恐怖しているか、シーソーの上で恐怖しているみたいな物だと思う。
今のところ、僕らが知っているのは、この国は『エルフが治める国』である事と、バーレ王国で説明された事とは、どうも食い違いがあるという事の二点。
一点目は、エリーがエルフなので、もしかしたらという思いもある。ただ、それが僕に適用されるかは別。僕は純粋なエルフじゃないし、見た限りでは『混血』のヒトがいるか分からない。当然、僕のような混血がどう扱われるかが重要だ。
エリーは魔力炉から解放された後、最初の町で暴行を受けて、そこから助けられる経緯を話している。
あの時の記憶は今も鮮明。出来れば思い出したくないけど、エリーは包み隠さず話す事で、助かる道があるのかもと思っているのかも。もちろんそれは同時に、危険もはらんでいそうだけど、それを区別する手段が僕らにはない。
体の傷は癒えても、心の傷が癒えるのには、時間がかかる。トラオム――トラウマの語源となった言葉で、確かドイツ語か何かだったはず。元はそもそも古代ギリシャ語で、単に『傷』を表すだけの単語。それが、前世で僕が生きた時代には『PTSD』や『心的外傷後ストレス障害』などと呼ばれるようになった言葉だったはず。
思考が一定に定まらない。たぶん、心の焦りがそうさせるんだと思う。焦っても良い事なんてないはずなのに、そう簡単にはできない。
今すぐ何もかも捨てて逃げ出したい――そんな考えがよぎる。
でも、それは不可能だ。
エリーを捨ててなんて出来ないし、そもそもどうやって生きていけば良いのかも分からない。これば『分の悪い賭』じゃなく、『無謀』だと思う。
「――ナル君、ベルナル君。大丈夫かな?」
「え……?」
「ちょっと疲れているようだね。元々取り調べが一日で終わるなどとは思っていない。一応君らは兵士で、捕虜の扱いになる。なので、快適なベッドというわけにはいかないのだが、一応部屋は用意した。違反者を隔離するための営倉なんだが、食事、トイレは保証しよう。バスクホルド君もかなり疲れているようだ。営倉の中には、簡易ベッドがあるので、今日はそこで寝るといい」
僕らはそう言われると、営倉の中に連れていかれた。殺風景で、外の景色も見えないし、扉に付いた窓には鉄格子もあるけど、そこには一応ベッドになる物はあった。僕らはそれに座ると、すぐに眠気に襲われた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二人が眠りについた頃、テオドリヒ・ビンツス上級騎士は、今日の調書をまとめていた。
とはいえ、今日の所は収穫は無いに等しい。元々時間がかかる事は理解していたし、何か訳ありであろう事は予想していたが、今回ばかりはその予想すら当てに出来ない物だった。
エリーナ・バスクホルド――彼女の証言が確かなら、先時代の生き残りという事になる。無論一緒にいた彼もだが。
先時代――我々の間では『ラクトーム王朝時代』などとも言われているが、今から一千六百年ほど前に魔法で滅んだ時代。
前に防衛戦で使用した発掘兵器は、その時代に開発された物を使っている。今のところ、それなりの修理や運用は出来ても、一からの開発までは出来ていない。
ただ、あの二人が『発掘兵器』の製造や運用を出来るとは思えなかった。むしろ、その辺りについては何も知らないのではないか?
それにバスクホルドの話を聞く限り、先時代には『魔力炉』もあったらしい。それらしき物は確かに見つかっているが、それがはたして『魔力炉』なのかは、まだ判断が出来ていない。
「ビンツス様、ヴィルタネン卿がお戻りになられたそうです。後ほどこちらにお越しいただけるそうで」
二人を営倉に入れて、監視に引き継ぎを頼んだ後なのか、イソタロが戻ってきた。途中でヴィルタネン卿の事を耳にしたのだろう。
「分かった。ところで、あの二人の話を君はどの程度信じる?」
「私がですか?」
「ああ。同じエルフとして、何か感じた事でも構わない。私とは違った見方をしたかもしれないのでな。報告書には、君の名は出さないよ」
報告が間違っていた場合、下手に彼女の名前が出ると、当然問題になる。彼女はこれからも出世するだろう。そんな彼女に『傷』は付けたくない。
「個人的見解でしたら……嘘は今のところ言っていないと思います。もしアレが嘘なら、彼女は役者になれる」
「だろうな」
私もそれは思った。アレが嘘なら、大半の役者など素人と言ってもいいかもしれない。
「まあ、それは今後分かる事でしょうし、もう一つ気になる点があります」
「気になる点?」
「彼女の話の真否はともかく、あの二人の魔力の質が、どうも我々とは違うと思えます。もしアレが『先時代の魔力』ならば、一応説明はつくのかもしれませんが、さすがに私も調べようが……」
なるほど……。話もそうだが、魔力の質が異なっていたとは気がつかなかった。
ウルフ族は、エルフ族に比べれば魔力で劣ると言われる。彼女が感じた事は、あながち間違いではないのかもしれない。
「ただ、それが事実だとしても、まだ報告書には載せられないな」
「ええ……。ですので、早めに『魔力検査』を行った方がよろしいかと。事が事ですので、私の方から検査を割り込ませる事も可能ですが、如何しますか?」
確かに早い段階で検査は必要だろう。
「分かった。手配を任せる。ただ、強引には進めないでくれ。下手に外部に漏れるのも困る」
「分かっております。どのみち、今日はもう無理ですので、お手伝いをしようかと参りました」
「そうか……助かる。悪いな。君なんかに手伝わせてしまって」
「いえ、お構いなく。生まれを気にされているのであれば、ここでは無用です。確かに私の身内が色々としてはいるようですが、今はビンツス様の部下ですから。気にせず私を使ってください」
彼女はそう言うと、空いている席に腰を下ろした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
城のとある一角に、四人のエルフが集まっていた。
一つのテーブルに四人のエルフ。それぞれ二人が組になり、双方が向かい合う形だ。片側にはエルフとクラニス族の男性二人、向かい合うのは男女のエルフである。
特に男女二人組のエルフは、男は上質と誰でも分かる服を着ており、腰まである銀髪、スカイブルーの目が印象的。女性は白のドレスで、金髪が足下まで伸びている。そしてサファイアレッドのような目がとても印象的だ。
「それで、間違いないのかね?」
要点をまとめられた用紙を見ながら、男女組になったエルフの男が聞く。
「現状では、否定できる物はありません。今しばらく調査の継続は必要ですが、ほぼ確定かと」
淀みなくクラニス族の男が答えた。
「私としては、正直信じられませんわ。いくら調査結果とはいえ、年齢はほぼ当時のままでなど、考えられません」
「ご婦人が仰る事も分かりますが、今のところは事実かと。ご希望なら、立場を隠した形で面会も出来ますが、どういたしますか?」
エルフの女性に、向かい合うエルフの男性が答える。
「今はそちらに任せる。まだ決まった訳ではあるまい? 確定と決定は違うモノだ。無論、こちらから必要な物があれば、すぐに連絡を欲しい」
「承りました。奥様も、それでよろしいでしょうか?」
「勿論です。私達にも『立場』がありますので」
エルフの男女二人組は、資料をテーブルの上を滑らせて、相手に返却する。
「では、またご連絡いたします。バスクホルド内務卿および、奥様」
書類を回収した二人組の男は、そのまま部屋を後にした。
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