第八十三話 戦略的滅亡、戦術的大敗
2016/02/07 誤字修正を行いました
2016/01/26 話数番号を変更しました
第26部分 間話 六 それぞれの思惑 を修正しました。
第27部分 第二十話 崩壊する世界 の章を追加しました。
上記により、今回の話を、第八十一話の所、第八十二話としました。
ご了承ください。
僕らはさらに一週間の訓練期間を終えた後、陽動組とは別にハーハラの町近郊に来ていた。
ハーハラの町は鉱山都市でもありながら、同時に周囲は要塞のように守られている。貴重な資源を産出するだけあり、その防備は正直過剰とも思える。
「君らは町から出てきた援軍に対して、最初の広範囲魔法で一撃を行ってもらう。猶予があれば、さらに残存兵の掃討……とはいえ、必要かどうかは分からないが」
僕らは、僕らの事実上の監視を含めた四人だけ。監視役兼、相手の戦力確認については、ドレヴェス第一騎士団副団長と、ディンガー第一騎士団第二魔法部隊副隊長が控えている。
その他にも数名の兵士がいるが、彼らはあくまで僕らの護衛扱い。とはいえ、彼らの指揮権はドレヴェス第一騎士団副団長が一任されている形だ。
卑怯と言えばそれまでだが、町から出てきた敵兵を、僕らは広範囲魔法で殲滅する役割。全員がそれで壊滅出来るとは思っていないけど、ドレヴェス第一騎士団副団長はかなりの自信があるらしい。
僕らは町から少し離れた、少し背丈の高い草むらに潜んでいる。同じように、第一騎士団が前方に息を潜めている。騎士団の他にも、一般兵や一部の冒険者も加わり、その数だけで三千を超える。
ちなみにイトゥコネンの町へは、第二騎士団と第三騎士団、そして一般兵や冒険者を含めた、六千名が既に進軍を始めている。こちらはあからさまに侵略を目的とした部隊でもあるが、同時に全員が囮でもある。
囮部隊の数が多いのは、当然敵の目を囮に向けさせるため。その代わりに、ハーハラの町攻略部隊は精鋭を集めたそうだ。まあ、軍事的な知識がない僕らでも、そのくらいの用兵思想は十分に理解出来る。
僕とエリーは、後方から最初に魔法で町の前に攻撃を行い、防衛隊が出てきたところへ大規模魔法を放つという物。人殺しは嫌だけど、何もしないで食べていけるほど甘くはないし、直接顔を見ながら攻撃するのではないので、精神的にはまだ楽だと思う。
敵の兵力は、先に出陣した囮部隊の陽動にかかり、推定で千ほどらしい。実力の高い魔法使いなどもいないらしく、僕らの攻撃で町は一方的に占領出来るはずだと言われた。
ただ、そんなに甘くないのではないかと内心思っていたりする。
いくら僕が専門的な軍事知識に疎いとはいえ、相手も二カ所への同時攻撃は想定しているはず。仮に囮が見破られている場合、僕らが対峙しているのは敵の精鋭と考えるべき。
嫌な予感はしつつも、僕らは攻撃の合図を待つ事にする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「事前の予想通りですね。彼らは孤立している事がまだ分からない。何度も我々が助け船を出しても、拒否した結果がこれですか」
テオドリヒ・ビンツス上級騎士は、上官であるユホ・タルヴォ・ヴィルタネン子爵と共に、町の外に展開しているウルフ族の様子を窺っていた。
他にも監視役が何人かいるが、全員が土の背景に隠れるよう、土と同じような色の服を着ている。違いは階級章くらいだ。そして、全員が地面に伏せているか、少ない草むらから片膝をつき前方を見ている。
ビンツス上級騎士はクラニス族と呼ばれ、以前なら『犬族』と呼ばれた種族。何時からか、彼らはクラニス族と呼ばれ、ウルフ族よりも大きな集団になっていた。
「しかし、ビンツスも今日は貧乏くじだな」
双眼鏡を持っている手を下ろし、ビンツスはヴィルタネン子爵に振り返る。
「君は上級騎士だ。こんな、下級兵士が行うようなことを、しなくても良かっただろうに」
「それを仰るなら、子爵もでは? 私は、今回は満足していますが。何せ、やっとこの地域を安定させることが出来そうですし」
ビンツス上級騎士は口元に笑いを浮かべた後、再度双眼鏡を手にしてから前を見る。
「それに、こちらが確実に勝つという戦争を、こんな形で見ることが出来るなど、早々ないですし」
「まあ、そうだがな」
ヴィルタネン子爵もビンツス上級騎士と同じように、口元が笑っている。
「まあ、勝てる戦いをこんな所でゆっくり観戦できるのも、中々ないからな。私も満足しているよ」
二人もそうだが、この場にいる全員が、これから起きる『戦争』で、自らの陣営が負けるとは一分たりとも思っていない。それどころか、想像すら出来ない。
「まあ、それでも『手出しをしてきた』という大義は必要だからな」
ヴィルタネン子爵はそう言って、前方の光景をただ見つめた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「一度目の攻撃魔法で、町の入り口を狙う。防衛隊が出てきたことを確認してから、我々が進撃を開始する。連中が突撃を始めた頃に、我々はすぐに左右に分かれ、突撃してきた部隊に大規模魔法を放つ。着弾後、司会がある程度確保できた段階で、我々は魔に地突入する。各々、装備の再確認を怠らないように」
本隊を率いるシュナーベル侯爵の命の元、各々の部隊長などが各部隊へと戻っていく。
既に偵察隊によって、敵の兵力は千から一千五百前後だと分かっているし、高位の魔法部隊も存在していない模様だ。
ただ、懸念がないわけではない。これまでの進軍において、目立った敵の動きが見えないのが気になる。とは言え賽は投げられた。今さら作戦の中止など出来るはずがない。
既に囮の部隊はイトゥコネンの町の攻略を始めているであろうし、ここで我々が撤退など出来ないのだ。
「後は……あの二人次第か」
さらに後方で待機している、今回の切り札とも言える二人のことが頭をよぎる。
エルフとハーフエルフの二人だが、別に相手であるエストニアムア王国の事は特段知らせていない。そもそも、そんな必要など無いのだ。
敵へ下手に感情を持たれても困るし、危険だ。なので、最低限の情報しか与えていない。これから戦う相手……それも、殺す相手の情報など、必要など無いのだ。
本来なら、ハーハラの町には何人もの高位魔法使いがいるはずだが、我々のイトゥコネンの町攻略で移動している。高位の魔法使いさえいなければ、魔法攻撃で圧倒した後に攻め入ることで、我々の犠牲は最低限で済むだろう。
とにかく、今は待つだけだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「最初の攻撃開始だ。まずは、町の壁を狙え」
ドレヴェス第一騎士団副団長に言われ、まずは射程だけを意識した火球の魔法をいくつも発生させる。少人数の僕らを率いる隊長として、彼はこの部隊の指揮をしている。
僕らは直接相手を見ることは出来ない。
塹壕じゃあないけど、一応安全のために隠れるように遮蔽物として、土を少し前に盛っている。それに、立ち上がっても距離的に人を見るのは難しいと思う。
だいたい百個くらい揃ってから、それらを全て町の壁に向けて放った。僅かの時間を経て、前方の壁で爆発が起きるのが分かる。
少しして、爆発音がこちらまで届いた。空気中の音を伝わる概念は、少なくともちゃんと存在する。まあ、これが前世の速度と同じかは分からないけど。
ドレヴェス隊長が単眼鏡で前方を確認している。多分町の様子を窺っているんだろう。しばらくしてから、彼がにやついているのが分かった。多分、町の守備隊が出てきたのだと思う。
「よし、出てきたぞ。二人とも、今度は大きいのを見舞ってやれ。遠慮することはないぞ」
本当は、こんな事なんてやりたくない。でも、僕らの今の身分は、バーレ王国の一兵士だ。騎士団所属とか関係なく、バーレ王国の兵士であることは変わりがない。なので、命令は絶対。
一応僕の方がエリーよりも火魔法は不得意だけど、それでも魔法部隊の中では圧倒的な火力がある。エリーに至っては、その威力は戦略兵器みたいな物だ。
作戦では、ここで三回の魔法を放つ予定。なので、残りの魔力のうち三割程度の威力で三回攻撃することになる。間隔を少しだけ開けて放つことで、戦略、戦術級の火魔法を、僕とエリー合計で六回敵に浴びせることになるので、常識で考えれば生き残りなどいないだろう。
最初の一発目の準備が終わり、僕とエリーが魔法を放った。
飛び出した直後は小さな火球だけど、相手の頭上で大爆発を起こすはず。この発想は僕がエリーに教えた物だ。前世の弾頭などに使われる技術を参考にした魔法。
普通の爆弾と違い、爆発で起きる火炎と爆風を全て下方向へ円錐状に広げる魔法だ。なので、爆発の威力のほとんどが下に向かう。当然下にいれば、まず間違いなく壊滅的な被害を受けるだろう。
今回は威力が重点の魔法なので、飛行速度は最初の物よりも遅い。だけど、それでも馬なんかよりはよっぽど早いし、魔法が接近しているのを見えてから逃げても、かなりの広範囲を焼き尽くすはずなので逃げられないだろう。
そんな事を思いながら前方を見ていると、空が光った。少しして、先ほどよりも激しい爆風が僕らの上を通過する。熱気を伴った爆風で、相手から五K離れているのに、十分な熱さがあるのが怖い。
最初の爆風が去ってから、すぐに次の魔法を放つように言われている。僕らはその通りに再度魔法を放ち、三発目も同じく放った。
直接見ることは出来ないけど、今頃着弾点は地面に溶けた物しか残っていないんじゃないかって思う。
後は、町を制圧する部隊の人たちに任せれば終わりだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ニコラ騎士団長は、目の前の光景が信じられずにいた。
確かに陽動の魔法は敵を誘い出した。そして、合計六発の魔法が放たれて、町から出てきた敵を殲滅したはずだった。
しかし、爆風が収まって全軍進撃の合図をし、町への突入を開始すると矢の雨や魔法の雨が我々の頭上に降り注いできた。
「全軍、撤退! この場から離れろ! 退却だ!」
命令はしたが、その命令を上回る速度で攻撃が降ってくる。
馬の方向を変えたとき、私の体にいくつもの矢が――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「な、何が起きたんだ……」
ドレヴェス第一騎士団副団長はそんな事を言っているけど、僕には簡単に説明できる。
早い話が、僕らの放った魔法は相手にダメージを与えなかっただけだ。
確かに爆発は起きたけど、何かの方法でダメージを受けない方法なんて、実際魔法が存在する世界だから、有っても僕は不思議に思わない。
僕らの所に来た敵の部隊は、完全武装した状態で包囲してきたし、そもそも僕とエリーは、もうまともに魔法を放つ魔力が残っていない。
最初に何人かが抵抗していたけど、それはすぐに殺されて徒労に終わった。下手に抵抗して死にたくないし、僕とエリーは黙ってすぐに両手を挙げている。
しかも、敵の指揮官が言うにはバーレ王国首都、ボフスラフの町も既に陥落したらしい。
確かに守備隊も含めて、正規兵などがほとんどいなくなったボフスラフの町の防備など、簡単に突破できたんだと思う。
どうやったのかは僕には分からないけど、これが戦争。
相手の弱いところを攻め込んで、一気に攻め落とすなんて、前世の世界大戦のような戦い方じゃない限り、結構簡単なんじゃないかと思う。何せ偵察機も偵察衛星もないし、全部ヒトが目視しているんだから。
後で聞いたけど、ハーハラの町を攻めた本隊と、陽動部隊は壊滅したそうだ。生存者は僅かだったみたい。
死ななかっただけ、僕らは幸運だと思うしかないんだと思う。
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参考資料
K=ケイロ≓1キロメートル
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