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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第7章 タクティカルワインド
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第98話




「テイロー、あっちの艦隊のそばに、あの黒いのがいるわ」


 エッタの指し示す方へ顔を向け、レーダースクリーン上の艦船群を見やる太朗。彼女の指し示すあたりの座標を記録すると、艦隊の連絡船へとアクセスする。


「RS1からアレックス艦隊へ。そのあたりにステルス艦が潜んでるかもしれないんで、ちょっと注意して下さい」


「"……こちらアレックス4、情報は受け取った。報告に感謝する。しかしどうやって見つけてるんだ。帰ったらネタばらしを頼むぜ?"」


 太朗は通信機へ向けてにやりと笑うと、「そいつは企業秘密」とウィンクをして見せる。通信相手は「おえっ」とわざとらしく舌を出すと、笑顔を見せてから回線を終了した。


「リトルトーキョーの通信手、おもしろい人だな……なぁマール、本隊の方の動きはどう。予想通りの流れ?」


 太朗の声に、「ちょっと待ってね」とマール。彼女は古い型の携帯端末を取り出すと、それをタッチスクリーン方式で操作し始める。


 この作戦内容が記された端末は、BISHOPはもちろんの事、あらゆる回線から物理的に切り離されている。よって、少なくともネットワークを通して重要事案が漏れるような事は無い。さらに船から遠ざかると自動的に内容が削除される為、盗難の心配も無い。


「えーと、そうね。プランBで移動してるみたいよ。このままOR727星系を抜けて、BA33の裏に出る形かしら。今の所予想損害率と同等だから、変更は無いでしょうね」


 マールの報告に、満足気に頷く太朗。


「了解。そんじゃ順調って事だな……とりあえず何事も無けりゃいいけど」


 もう一度視線をレーダースクリーンへ移し、ライジングサン率いる艦隊の横を通る、ごちゃごちゃとした船の塊を見やる太朗。それはライジングサンを含め、実に50社以上による艦隊の哨戒監視を受けながら、彼らに囲まれるようにして移動するEAPの主力艦隊の姿だった。


「この細いのが旗艦か? となると、このあたりのが戦艦だな……うーん、微妙な配置。EAPは戦慣れしてねぇって言ってたけど、ホントなんだな」


 主力艦隊は200隻近い艦艇から成るEAP1と呼ばれる本隊で、その中には戦艦はもちろんの事、新設された軽空母やいくらかの電子戦機までもが含まれていた。大型艦や大艦隊は旋回や行動に時間がかかる為、待ち伏せや奇襲に思わぬ損害を受ける事がある。その為、こうやって哨戒組が先導して安全を確保する形が最も望ましい。


「EAPはリトルトーキョーを中心に、基本的には戦争を避ける事に重点を置いていたようですから。経済的余裕のせいかは不明ですが、通常であれば武力紛争に発展するような企業間の争いでも、EAPは譲歩を見せる事が多かったようですね」


 小梅の説明に、ふうんと鼻を鳴らす太朗。


「アウタースペースで、良くそんなんでやってこれたな。俺なんてこっち来て即宣戦布告されたぞ」


「ディンゴの件? あれは運が悪かったとしか言いようが無いじゃない」


「えぇ、確かにそうですね。しかしEAPがかなり特殊な事例である事も確かなようです。アウタースペースでありながら、帝国に最も近いアライアンスという地政学的な側面が強いかと思われます」


「なるほどなぁ。リン……つーよりも、リンの父ちゃんか。よっぽど外交での立ち回りがうまかったんだろうな。ディンゴみてぇな負債も生まれたけど、EAP自身の成長もすげぇからな」


 このアルファ方面と呼ばれる一帯において、EAPがエンツィオと並ぶ2大勢力であるのは誰もが認める所である。せいぜい100年からそこらの歴史しかないはずのEAPがここまで大きくなったのは、奇跡的とさえ言える。


 3人がブリッジで話を続けていると、オペレーターシートから抜け降りたエッタが太朗の元へ駆け寄り、「ねぇねぇ」と腕を掴んで揺すり始める。


「テイロー、テイロー。わたし、役に立ってる? みんな助かってる?」


 甘えるような仕草のエッタに、どうしたもんかと苦笑いの太朗。彼はもちろんさと親指を立てると、ぐいと突き出して見せる。


「そりゃあ、もちろん。みんな感謝してっと思うぜ。今の所ほとんど被害も無く移動出来てるからな。待ち伏せの数からすっと、ありえねえ位順調だと思うぜ?」


 リトルトーキョーの中核であるシンジュク星系から、出発する事3日間。既に6回程敵の待ち伏せに遭遇しているが、今の所被害らしい被害は受けていなかった。敵は電子戦機による奇襲で一撃離脱を試みていたようだったが、それらのほとんどは事前にエッタによって感知されていた。

 太朗は当初幼いエッタを戦場へ連れて行く事にかなり迷ったが、今では彼女に感謝すらしていた。前述の通り、非常に優秀な艦隊の目になってくれているからだ。それに解放した所で身寄りが無く、彼女自身も太朗達との同行を希望していた。


「うふふ、じゃあ帰ったらご褒美を頂戴。いい子にしてたらご褒美が貰えるって、ヨッタ姉さまが言ってたわ」


 太朗の腕に指をあて、"の"の字を書くように動かすエッタ。人によってはなかなかにグッと来るものがあるかもしれないそれだったが、太朗はさして興味が無かった。エッタ個人がどうこうという問題では無く、単純にエッタが幼すぎた。


「おおう、ご褒美ね。ほんじゃ帰ったら好きなだけアイス食っていいぜ。テイローちゃん特製の胡麻アイスを披露してやろう」


 手を伸ばし、エッタの頭をぽんぽんと叩く太朗。目を細めたエッタが、不満そうに口を尖らせる。


「んもうっ、そうじゃないでしょ。エッタは子供じゃないわ。ご褒美って言ったらめくるめく夜の……あ、でも胡麻アイス、おいしそうね」


「はいはい、そろそろドライブ地点に到着するわよ。さっさとシートへ戻らないと危ないわ」


 マールの声に「はぁい」とふくれっ面をしながらも、再びシートへ走り戻るエッタ。太朗はマールに「サンキュ」と小さく返すと、オーバードライブの準備へと取り掛かった。




「おおー、すげぇ。もうほとんど完成してんじゃん。これは期待出来そうやね」


 オーバードライブ終了後。大型スクリーンに映し出される、対エンツィオ防衛拠点として作成された巨大な浮遊要塞。遠目に見ると丸い鉄の塊に見えるそれは、多数のドックと工場の集まる軍事拠点で、多数の砲塔による防衛網が構築されている。その内の2割はライジングサン製の設置型レールガンで、太朗は少なくない人員をその管理に宛てていた。本来であればEAP側で用意するべきなのだろうが、今回は時間の問題から仕方が無かった。


「完成度としては75%という所のようですよ、ミスター・テイロー。移動型装甲施設が設置しきれていない点が大きいのでしょう」


「移動装甲って、あのエンジンつけた鉄の塊か。馬鹿馬鹿しいけど、壁としては結構有効だよな。うちもステーションまわりに配置するか?」


「やめなさいよ。通行の妨げになるもの。あと、間違いなく盗難に会うわ。高価な金属を使うし、持ち運ぶのも簡単だし」


 マールの指摘に、言われてみればそうだと頷く太朗。移動装甲はその名の通り移動可能な装甲板で、防衛部隊がその陰に隠れる為のいわば盾である。大きさは30メートル程の四角いブロックで、単純なシールド発生装置が組み込まれている。基本的には要塞側から制御する形だが、操作権を移せば艦船から直接動かす事も出来る。確かにマールの言う通り、貨物船あたりであればカーゴにすっぽり納める事も出来そうだ。


「ん、なんだろ。要塞がちょっと光ってるな」


 モニターへ顔を近づけ、まじまじとそれを眺める太朗。そんな彼に小梅が「予定では」とランプを明滅させる。


「今から80時間後に、現在の前線宙域に向けてオーバードライブを発動させる予定との事です。大質量なので、相応の時間がかかるのでしょう。我々の合流地点と合致している事から、ドライブ先の安全の確保が次の我々の作戦の目的と思われます」


「……え? 要塞ごとワープできんの?」


「そりゃ出来るわよ。限度はあるでしょうけど、小型ステーションくらいまでなら行けるんじゃない? 大質量が動くから、しばらく周辺宙域からドライブ粒子が消えるでしょうけどね」


 マールの説明に、「ほえぇ」と感嘆の声を上げる太朗。最近になっていくらか宇宙にも慣れてきたかと思っていた彼だったが、まだまだ驚く事もあるようだと感心する。


 彼はシートを降りてマールへと近づくと、彼女の携帯端末を覗き込むようにして今一度その作戦内容を確認する。


「該当宙域の制宙権確保と、後続部隊の受け入れ準備か。受け入れ準備ってのは、デブリの除去や何かも含まれんのかな?」


「含まれるんじゃない? あと機雷や何かの処理も必要なんじゃないかしら。あればだけど」


「うへ、面倒……だけど、うちには宝探しが得意な姫様がいるんだったか。掃海艇も連れてくりゃよかったな。ビームで破壊する方が楽か?」


「うーん、微妙なトコね。ちゃんと処理できれば、こっちの機雷として使えるかもね。もしくは売り払っちゃうとか」


「売るって、そんなもん買う奴いるのか?」


「そりゃあいるわよ。今だったらEAPが結構な額で買い取ってくれるんじゃない?」


 当然よといった体のマールに、なんてこった、と肩を竦める太朗。


「改めて思うけど、すげぇ世界だなぁ……今星系オークション確認してみたんだけど、既に機雷の出品一杯あんのな。つーか、大丈夫なんかよこれ。8歳児がビーム機雷購入してんぞ。何に使うんだよ。いじめの仕返しにしちゃあ大袈裟すぎじゃね?」


「いや、使うわけ無いでしょう……わからないけど、多分転売屋(リセラー)じゃないかしら。安く買って、高く売る。それをマーケット上だけでやってる人達ね」


 マールの答えに、「おいおい」と太朗。


「8歳児がデイトレーダーみてぇな事やってんのか? 末恐ろしいな……つーか転売って、規制とかしなくて大丈夫なん? 交易してる俺らが言えた事じゃないかもだけど」


「規制? とんでも無いわ、テイロー。彼らがいるおかげでマーケットが安定してるのよ? 特に私達みたいな中小企業が彼らの恩恵を受けてるはずだわ。彼らがいなかったら、大企業のダンピングに誰も抵抗出来ないじゃない」


 何を言ってるのよ、といった様子のマールに、肩を竦める太朗。地球では転売屋というとヤクザな商売だと言われがちなものだったが、どうやらここでは違うらしい。


「社長になってかなり経つけど、いまだにわからん事だらけやね……お、ベラさん達来たっぽいぞ。後ろのあれはライザの輸送船だな」


 レーダースクリーンを見ながら、新しくワープインして来た艦隊を指差す太朗。彼は「全員が揃うなんて久しぶりね」というマールに、「そやね」と笑顔で返す。


「段々と会社もデカくなってきて、みんな忙しくなってきちゃったからなぁ。こういう時でも無いとなかなか集まれないってのがな」


 最近の忙しさを思い出し、笑顔が苦笑いへと変わる太朗。彼は送られてきたビーコンプログラムを実行すると、これから始まる会議での議題についてを考え始めた。




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