第72話
レーダースクリーンに映る、無数の船影。
潤沢になった会社の資金を用いて新調した、高価なレーダーホログラフスクリーン。中空に浮かび上がるミニチュアの敵船が、その脇に表示される様々な情報と共にゆっくりと移動する。識別番号、サイズ、脅威度。
「プラムより各艦へ。陣形をバックスラッシュへシフト。トップはプラム」
「"バードワン、了解"」
「"バードツー、了解"」
太朗の指示に従い、左翼を突出する形に編隊する一同。2隻の駆逐艦に率いられたそれぞれ3隻のフリゲート艦。計6隻が、プラムの右手を後退していく。
バードワンにはアランが乗り、バードツーには熟練した戦闘艦乗りの社員が艦長として搭乗している。ふたりとも実力には申し分無く、与えられた指示を素早く実行していた。
「出力60%。ビームタレット開放」
「了解、ビームジャミングを起動させるわね」
「よろしく、マール。小梅、向こうに増援の気配は?」
「ありません、ミスター・テイロー。ドライブ粒子の濃度的に、直接ジャンプも不可能と推測されます」
「おっけー。それじゃ、撃ち方はじめ」
太朗の合図により、プラムのタレットから8条のビームが発射される。それに続く形で僚艦からも攻撃が開始され、敵であるワインドへ向けて光の束が駆けて行く。
「初弾効果、与損害率15%。まずまずといった所でしょうか、ミスター・テイロー」
「んだね。訓練の成果ってトコかな」
攻撃の初弾というのは、命中させるのが難しい。2発目以降は最初の攻撃で得られた情報を元に各種調整を加える事が出来るが、最初はそれが出来ない。与えた損害が15%というのは非常に大きく、日々の訓練の賜物だと思われた。
「次射用意。レールガンタレットも開放」
「了解。でも、あんまり撃ちすぎないでよね。それ、戦闘経費の割合が凄く高いんだから」
ぶつぶつと言いながらも、指示通りにタレットを開くマール。太朗は「なはは」と笑いながら、次の標的へ向けてのロックオンを行う。
「ミスター・テイロー。敵が二手に分かれました。どうされますか?」
「えぇ? くそっ、またか。各艦、ジャミングを右手集団へ。砲撃は左へ集中」
太朗は「真っ直ぐ来てくれれば楽なのに」と舌打ちをしながらも、素早く次の指示を飛ばす。各艦艇からの砲撃が左に集中し、こちらの外へと回り込もうとしている集団を打ち落とす。
「グループ1、損害80%。グループ2が接敵判定。シールド制御を開始します」
小梅の冷静な声。彼女の言う通り敵からのビームが放たれ始め、レーダーホログラフに細い線が描写される。駆逐艦級とフリゲート級による混成部隊の砲撃は、一撃こそ重くはないがとにかく数が多い。レーダー上は、あっという間に古いテレビの砂嵐のような有様となる。
「うぉぉ、予想以上にひでぇなこれ。シールド持つ?」
太朗の質問に、ぐるりと首をまわす小梅。
「えぇ、大丈夫でしょう、ミスター・テイロー。少なくともこの船は、という前置きは付きますが。新型のシールドブースタは素晴らしい性能を発揮しています」
「高かったんだからそれ位働いてくれないと困るわ。それよりテイロー、一部の船のビームが湾曲してないわ。スタビライザーを積んでるのかも」
「えぇ? やりにきぃなぁ……」
太朗は素早くスキャン関数へアクセスすると、船体情報との照らし合わせを行う。戦場を飛び交う何百ものビームの中からマールの言う湾曲していない物を探し出し、その発生源を特定する。
「バードツー、2番艦が小破。3番艦が中破、戦線を離脱します」
「戦力の集中投射か。教科書に忠実やね……プラムより各艦へ。バードツー後退、バードワンは前進してバードツーの攻撃を受け持って」
「"こちらバードツー。了解、申し訳ないが後退する"」
「"こちらバードワン、了解した。防御に集中で問題無いか?"」
「こちらプラム、それでオッケー。こっちで大物は落とすから、余裕があれば小さいのを頼んだぜ」
太朗は意識を攻撃へと移し変えると、射出した弾頭の制御へと集中する。アランの話によると未来からの情報らしいBISHOP上の各種データを参照し、最適な動作を先読みしていく。
「……よし、当たりっと。マール、敵との距離は?」
「そろそろ第二接敵距離よ」
「了解。ゴンさん、出番です!!」
太朗は発射した弾頭が敵の駆逐艦を貫くのを見届けると、通信機へ向かって大きく声を上げる。すると通信機から「"任せとけ"」との声が返り、コクピットに収まった猫の姿が映し出される。
「……シュールだな」
ぼそりと呟く太朗。それにマールから「あら」との声が返り、「可愛くていいじゃない」と続く。
――"ドローンベイ 開放"――
――"カタパルト射出機構 問題無し"――
――"ドローン 射出"――
連続して表示される、BISHOP上の報告表示。それの素早い切り替わりに、戦闘機隊の熟練した腕前が感じ取れる。
「爆撃編隊、予定コースへ射出されました、ミスター・テイロー。投下までの予定時間、およそ5分30秒です」
「了解。彼らの指向性ビーコンを各船へ転送して。仲間を撃ち抜いちまったらシャレにならんから」
「大丈夫よ、テイロー。デ-タリンク係数は94%を超えてるわ」
太朗はマールの報告に満足の頷きを返すと、レーダー上を進んでいく8つの丸い機影を見送る。
爆撃機であるキャッツの4つと、その支援戦闘機の4つ。支援戦闘機は無人であり、基本的には敵のビームに対するジャミングだけしか行えない。HADと違い小型である戦闘機は、あまり多くの機器を積む事が出来ない。よって大抵の場合、その役割は専門化される。
「もう少し搭載数を増やしたいなぁ。シールド補助機とかその辺無いと不安だぜ」
「空母でもお作りになる気ですか、ミスター・テイロー。タレットベイを開放すればいくらかは増やせますが、戦力がどれだけ向上するかは疑問ですよ?」
「いや、わかってるんだけどさ。ぶっちゃけ凄い便利なのよ戦闘機。あ、ほら」
言いながら、レーダースクリーンを指差す太朗。そこではプラムから見て死角となる位置にいる敵艦に対し、キャッツによる爆撃が開始された旨の表示が浮かんでいた。
「敵のシールド艦とか全部無視して奥の敵攻撃できるんだよなぁ……あといくらジャミングされても関係ねぇし。そら空母が強ぇわけだわ」
帝国軍の擁する、何百もの戦闘ドローンを搭載する大型空母を思い浮かべる太朗。
「あんな物を保有出来る会社なんてそうそう無いわよ。値段も、運用費も、桁違い。EAPだって維持するのは難しいんじゃないの?」
「うーん、アライアンスの共通資源として保有を検討してるとは言ってたな。建造したら乗せてもらおうかな」
「ミスター・テイロー、攻撃隊が帰投しますよ。受け入れ準備を」
太朗は小梅の言葉に「あ、やべっ」と慌てて発すると、船の姿勢を少し回転させる。発進、着艦時は回避行動がとれなくなるため、入出口を敵から見て死角になる位置へ置く必要がある。
「"時間は金より貴重だぜ、社長さんよ。さっさとベイを開けてくれ"」
通信機より聞こえる、タイキの声。太朗は「面目無いっす……」と頭をかきながら、ドローンベイの扉を開いた。
カツシカ星系付近での戦闘終了後、ステーションへと帰港した太朗達。彼らは戦闘後の反省会とお疲れ様会とを行うため、繁華街の飲み屋へと集まった。そこはライジングサンの社員に人気の店で、仕事終わりに一杯引っ掛けていく社員も多い。
店には畳こそ無いものの、毛足は短いが分厚い絨毯が敷き詰められており、利用者はテーブルを囲んで床へ座る形式をとっていた。
「なぁ社長さんよ。今日のあれは、頂けなかったぜ。20秒のロスが発生した。5%の効率ダウンだ」
太朗の隣で、重ねたクッションの上に座るゴン。キャッツの面々はそれぞれBISHOPと連動する小さなアームを体に取り付けており、ナイフやフォークといった食器を器用に扱って食事をしている。
「いやはや、面目ないっす。やっぱ外から自由に出入り制御出来た方がいいんかな?」
太朗の提案に「やめとけ」とアラン。
「船体を外から制御するってのは、どんな形であれ弱点になる。今まで色々試されてきたが、どれもろくでも無い結果に終わってるぞ」
アランの言葉に「うーん」と腕を組む太朗。そこへカップを持ったマールが歩み寄り、太朗の隣に腰掛ける。
「でも、気持ちもわかるわ。ベイの開閉って以外と面倒なのよね。大量のセキュリティがあるし」
「そりゃそうだろ、副社長さんよ。簡単にあいちまったら、それこそ大事故に一直線じゃねえか」
アームでコップから酒を飲むタイキ。太朗は猫であるのに直接コップへ口をつけて飲むその姿に、なんとも言えない違和感を覚える。猫であれば皿から舌を使って飲む、というのが太朗の中での常識だ。
「いっそ空母用の設備を導入してみたらどうだい。金は余ってるんだろう?」
白い毛並のユキが、眠そうに発する。それに対しマールが「"余ってる"お金なんて一切無いわよ」とぴしゃりと言い放つ。
「いずれにせよ、空母用の設備など大きすぎてプラムには乗らんぞ。HAD用のドローンベイを利用するのがせいぜいだろうな……というよりだ。便利なのはわかるが、何故そこまで航空機にこだわるんだ?」
グラスの氷をカラカラと鳴らしながら、アラン。太朗は「ん~」と、考え込んで上を見上げる。
「なんでって、やっぱ空母が最強ってイメージが強いからかなぁ……あぁいや、地球での話だけどね。空母機動艦隊って響き、良くね?」
「響きってお前なぁ…………いや、待てよ。お前まさか」
何かに思い当たったかのように、はっとした表情で固まるアラン。太朗はにやりとした笑みを作ると、傍で各々くつろいでいるキャッツの方へ視線を向ける。
「俺って、何十ものタスクを同時に処理できるらしいぜ。いっせいに戦闘機を操作したら、それっておもしろい事になりそうじゃね?」




