第68話
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巡洋艦プラムの談話室。ソファーへひっくり返った太朗が「もう、何がなんだか」と頭を掻きむしりながら発する。それを横で見ていたマールが「まったくだわ」と呟き、はぁと溜息を付く。
「企業間の戦争は結局の所、話し合いの延長線上にある物でしかありませんからね。相手が憎いわけでも無ければ、文化の違いによる摩擦でもありません。それらはきっかけにはなりますが、原因とはならないでしょう」
太朗の横に直立したままの小梅が、二人へ向けてそう答える。太朗はそれに曖昧に頷くと、「わかっちゃいるんだけどな」と返す。
帝国が認めた範囲を超えない戦争であれば、それは企業と関係の無い人間にとってはどうでも良いイベントでしかない。文化の差異による摩擦は人類かそれ以外かといったものがあるが、今回の戦争については全く関係が無かった。
ディンゴは確かにウィングだったが、文化や生活が人類と異なるわけでは無い。少なくともアルジモフ博士によれば、彼らは同じ人類から派生したミュータントが固定化されただけという事らしい。
「でもよ、つい先日まで殺しあってた相手と手を組むってのは、なんつーか、こう。心情的に来るものがあるぜ?」
「私もさっと切り替えるのは難しいわ。きっとまだ子供だって事なんでしょうけど、なんだかね。アランは何て言ってたの?」
「EAPの出方次第だって言ってたな。ディンゴが言ってた通り、慣れ合う必要は無いし悪い話じゃねぇってさ」
「そう。まあ、正論よね」
恐らく予想通りの答えだったのだろう。マールは特に感慨も無い様子でそう呟くと、手にしていた鶏肉――正確に言うと、それに似た合成肉――をトレーに置き、お腹一杯だとばかりにソファへと倒れかかる。
「食ってすぐに横になると牛になるって言うぜ」
にやにやと、太朗。しかし彼女から返って来たのは「ウシってなに?」という身も蓋も無い答えだった。
アルファステーションを発った太朗達は、自らが開拓した航路をひた走る。
EAPの定期交易船がアルファ星系周辺の通信網に入るのはしばらく先の事であり、それまではリンとの連絡をつける事が難しかった。
それに通話という形でやり取りを行う事は出来ない為、時間差をつけたメールでのやり取りとなってしまう。重要な話をするには、それはいささか問題があった。
「さっそく指向性ビーコンが設置されてるのね。随分楽になるわ」
航路に設置されたビーコンからは定期的に強力な電波による座標の発信が行われており、プラムはその電波をしっかりと受け取っていた。
「えぇ、ミス・マール。ジャンプの計算精度が以前より122%程安定しています。EAPからの情報によると、近いうちにドライブ粒子の定期散布も計画されているようです」
「うへぇ、スケールのでけぇ話だな。いくらかかるんだ?」
「まだ試算段階ですが、数十億から数百億クレジットはかかるでしょうね、ミスター・テイロー。恐らくEAP主催の共同出資という形になるのでは無いでしょうか」
「将来的にはスターゲイトの建設も行われるかもしれないわね。そうなったら今の何十分の一の時間で行き来できるようになるわ」
開拓されて間もない新ルートだが、既にEAPを中心とした各企業達による積極的な開発が行われている。太朗達が通過した際は、生物はおろか人工物のかけらも存在しない空間だったが、今では時折作業船や輸送船とすれ違う事さえあった。
治安の悪いアウタースペースであり、なおかつ安定していない航路。そういった条件から参入してくる企業はどこもひと癖ありそうな会社や小さな企業ばかりだったが、彼らは積極的で、活気に溢れていた。
「さぁ、最後のジャンプに入りますよ、ミスター・テイロー。船がカツシカ星系第4スターゲイトのビーコンを捕えました」
太朗は小梅の言葉に頷くと、のんびりとドライブ酔いに対して構える。やがて訪れた浮遊感に目をつぶって耐えると、いくらもしないうちにカツシカ星系へと到着した。
「テイローさん、お久しぶりです。お元気そうで!!」
いつかと同じ応接室で待ち構えていたリンが、太朗の姿を見つけて笑顔を見せる。太朗は「おう」と短く返すと、にかっと笑顔を返した。マールと小梅も太朗の後ろで手を振り、久々の再会を笑顔で迎える。
「積もる話があるほど時間も経っちゃいねぇけど、そっちの様子はどうなん。ディンゴから色々話を聞いたぜ?」
太朗はリンの部下と思われる人物に促されるようにソファへ座ると、テーブルへ置かれていたミネラルウォーターへ手を付ける。香り付けされたそれから、ほのかな柑橘系の香りが漂う。
「えぇ。その、はっきりとした事はまだ確定していないんですが、あまり芳しくない状況です」
リンはそう言うと、部下のひとりへ頷いて見せる。部下は「失礼」と断りを入れると、壁に備え付けられた大型スクリーンをあおぐ。するとすぐに星系マップが映し出され、青や赤で色分けされたエリアが確認出来た。
「この赤い表示のエリアが、エンツィオ同盟と接しているエリアです。ご覧の通り、かなり広い範囲がそれにあたります」
リンの指し示す地図には、EAP全体の4分の1程のエリアが赤く塗られている。太朗はそれを眺めると、確かに良くない状況のようだと判断をする。守る範囲があまりに広い。
「そのエンツィオ同盟ってのは、例の4つのアライアンスの事だよな。もう宣戦があったのか?」
「いいえ、まだです。ですが、アライアンス境界線付近に艦隊を集結しつつあります。あれだけ大きいと軍事行動を隠すのは不可能ですからね。まだ、というだけで、いずれ来るのは間違い無さそうです」
「そう。でもなんの為に? ベラの話じゃこれ以上の継戦は難しいんじゃないかって言ってたけど」
マールの問いに「うーん、それなんですが」と首を傾げるリン。彼は手元の端末を操作すると、大型スクリーンに何かのリストを表示させる。
「EAPの諜報部が集めた……というより、ほとんど公表されているデータではありますが。エンツィオ同盟に参加する4つのアライアンスの経済バランスです」
ずらりと並んだリストには、経済全体に対する各業種の割合が示されていた。太朗はそれをぼけっと眺めたが、考えるまでもなく問題点が発見出来た。
「異常だろこれ。ほとんどが軍需関連産業か?」
「えぇ、そうです。4つのアライアンスが戦争状態になってから、既に12年が経過しています。小康状態もありましたが、長い戦いの中で自然とそうなっていったのでしょう」
「なるほどね……簡単に言うと、戦争してないと経済が潰れちゃうって事ね」
マールの簡潔な言葉に、苦笑いを浮かべる太朗。
「まわりからすりゃあ、いい迷惑すぎるだろそれ。決着がつかなそうなんで、他を巻き込もうって腹だろ?」
「そうなりますね……それと問題はそれだけじゃありません。ハルトマン、例の資料を」
リンの声にハルトマンと呼ばれた男が頷き、端末を操作する。スクリーンの表示が切り替えられ、太朗達にも良く見慣れた戦術レーダースクリーンが表示される。やがてレーダースクリーン上の光点が複雑な動きを開始し、それが何を意味するかは太朗にも理解出来た。戦闘だ。
「この青いのはEAPだよな。赤はディンゴか?」
太朗の声に、首を振るリン。するとそこへ、太朗の傍へ控えていた小梅が口を挟む。
「否定です、ミスター・テイロー。相手は恐らく、ワインドでしょう」
小梅の言葉に、驚きの顔を向ける一同。太朗はリンまでもが驚いている事から、小梅の指摘が当たりなのだろうと理解する。
「ちょっと待って小梅。私には信じられないわ。だってこれ……」
不安そうな顔で、レーダースクリーンを見やるマール。太朗はマールと同様にスクリーンへ目を戻すと、確かに信じ難い事だと眉間にしわを寄せる。
「集団ごとにまとまって戦ってやがるな。まじでワインドなん?」
「えぇ、そうです。信じられないでしょう? 僕も報告を受けた時は嘘だと思いましたよ……それにしても、良くわかりましたね小梅さん。どうしてですか?」
リンの声に、どことなく誇らしげな顔の小梅が答える。
「動きですよ、ミスター・リン。彼らの動きには、恐れや迷いというものがありません。それらは、人間特有のものです」
小梅はスクリーンを指差すと、続ける。
「動きはどれも非常に単調ですが、明らかに統一された意図をもって行動しています。この場合は左翼に対する攻撃の集中でしょうか。損害を省みる様子は無く、非常に効率的です」
太朗は小梅の言葉を聞きながらスクリーンを眺め、ごくりと喉を鳴らす。小梅の言う「非常に効率的」という言葉が、何か空恐ろしい事のように聞こえた。
「まじいな……あんにゃろうども、戦術って奴を覚えたのか?」
ぼそりと呟く太朗に、沈黙が降りる。やがて勝負はEAPの勝利に終わったが、損害は決して小さいものでは無さそうだった。
「ねぇ、テイロー。私、怖いわ」
マールの声に、無言で頷く太朗。彼はマールの気持ちが痛いほど理解出来た。彼も彼女と同じ様に、恐ろしかったからだ。




