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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第4章 ユニオン
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第56話

 戦争。

 21世紀の平和な日本に生きていた太郎にとって、それは単にテレビの中のアナウンサーが発するだけの言葉に過ぎなかった。義務教育中に習う戦争は最も新しいものでも、曽祖父らの時代にあった遠い出来事だった。


「戦争て……えっと、どうすればいいんだ? 引き返す?」


 あたふたと、所在なげに手を動かす太朗。彼は実感を伴わないその言葉に戸惑うが、モニタに映った無数の残骸が現実を見せつけてくる。


「"いえ、むしろ先を急いで頂けるとありがたいです。アライアンスは僕なしでも動きますが、航路はテイローさん達の協力無しではどうにもなりません"」


 ディスプレイ上のリンは悲しげな表情でそう言うも、芯を感じるきりとした声で続ける。


「"アライアンス領は広く、戦いは間違いなく長期戦になります。現在の閉じた星系では補給もままなりませんから、一日も早い航路の開拓が必要となります。テイローさん、どうかこの通りです"」


 モニタの向こうで、深々と頭を下げるリン。彼に気付いた側近達が慌てて居並ぶと、次々と同じように頭を下げ始める。


「い、いや。ちょっと待って。その、気持ちはわかるけどよ。俺がこの場で即答していいような話じゃ無くなってるぜ……ちょっと、時間もらっていいかな?」


 太朗は返答を待たずに一度通信をオフにすると、格納庫控室との内部通信を繋げる。


「アラン、聞こえてたか? なんか偉い事になっちまった。これ、どうすりゃいい?」


「"おう、聞いてたぞ。どうするったって、お前はどうしたいんだ?"」


「う、そう来たか……そらディンゴはいけすかねぇし、なにより残りふたつの観測ポイントがEAPアライアンスの領土だからなぁ。ディンゴが素直に調査させてくれるとも思えないし」


 太朗は交易ライン構築の見返りとして様々な約束をリンと交わしていたが、観測データの引き渡しもその中に含まれていた。EAPアライアンス領がディンゴの手に渡るとなると、ディンゴの顔色を伺いながらの行動とならざるを得ない。


「"それに関しては交渉次第だとは思うがな。あの手の男は約束事には真摯だったりするもんだ。それよりどういった形にせよ企業間戦争に関わるのであれば、ユニオンの立ち位置を明確にしておく必要があるぞ"」


「うぐ、だよなぁ……補給ラインをEAP側に提供しておいて"我々は戦争には無関係です"とはいかねぇやな」


「"当り前だろう。今回の場合、勝敗に大きく関わって来る可能性が高い"」


 アランの返しに「むぅ」と唸り声を上げると、腕を組んで考える太朗。

 正直なところ、散々な目に合わされたディンゴに対しては確かに憎いと感じている。しかし殺したい程かと聞かれると、さすがにそこまででは無い。仲間の誰かが殺されたわけでも、脅かされているわけでも無いからだ。また、太朗は軍事知識こそ持っていたが、軍人では無く、国家の命令という錦の旗があるわけでも無い。


「うーん、駄目だ。やめとこう。戦争になれば無関係の人が大勢死ぬだろうし、その片棒を担ぐのも嫌だ。何より社員は巻き込めない」


 太朗は申し訳ない気持ちを堪えながらそう決断すると、インカムの通話ボタンへと手を伸ばそうとする。するとそこへ「"何故だ?"」というアランの短い声。


「何故って、いやいや。戦争だぜ? お互いの生存を賭けてドンパチやるんだぜ? 社員のみんなだって殺したくないし、なにより殺されたくねぇだろ」


「"ふむ。殺し殺されについてはその通りだが、自衛の為なら仕方が無いだろう。だがお前、アルファ星系の人間がどうなっても構わないのか? ディンゴが拡張すれば、いずれ間違いなくアルファにもやって来るぞ。そこの社員はどうする?"」


 アランの指摘に、インカムへとのびていた手を降ろす太朗。助けを求めるようにマールへ視線を向けると、彼女が口を開く。


「私は、基本的にはあんたと同じく反対よ。でも向こうから襲ってくるって言うなら、迎え撃つ心構えはあるわ。無関係の人が大勢死ぬって言うのは良くわからないけど、少なくとも社員はそれを承知で入社して来てるわよ。あんたも知ってるでしょ?」


 マールが言っているのは、外宇宙へ向かうと決めた際に改めた、新入社員の募集要項。そこにはワインドとの戦いや、企業間の争い事に巻き込まれる可能性についてが書かれており、初期からいる社員を除けば全員がサインをしているだろう要項だった。


「そうだよなぁ……けど、どうすんだ。ディンゴのステーションを砲撃しろって言われて、マールできんのか?」


「出来るわけないじゃない。っていうか、なんでそんな事するのよ」


「即答かよ!! っつうか、なぜってお前――」


 太朗が続きを発しようとした所に「ミスター・テイロー」と小梅が割って入る。


「皆様の会話を聞かせて頂いておりましたが、何か大きな食い違いが発生しているように思われます。時にミスター・テイロー。戦争についてどう捉えているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 小梅の声に、お前は何を言ってるんだと片眉を上げる太郎。


「戦争つったら、さっき言った通りだろ。ふたつの国家が……えぇと、ここだと勢力って言えばいいのか? それがお互いの要求を飲ませる為に、戦いで決着をつけようって奴だろ。本当は軍同士だけが戦うんだろうけど、実際はんなこたねぇわな。都市部が戦場になる事もあるし、生産拠点なんて真っ先に狙われるだろうし」


 そう説明すると、相手の反応を待つ太朗。不可解そうに眉を寄せるマールが、首を傾げながら答える。


「何よそれ。そんな事したら一般人が大勢死ぬじゃない。あんたん所の戦争って、そんなに酷いもんなの?」


 マールの返しに、さすがに驚きの表情を作る太朗。そして、何かがおかしいと。彼は手をくるくると回す事で、マールに続きを促す。


「ニューラルネットに第一級登録されてる全ての宇宙ステーションとスターゲイト。そして全ての帝国臣民。これらは全て銀河帝国の資産よ。戦争に参加してるコープの社員は別だけど、それ以外を傷つけたら帝国軍が黙っちゃいないわ。前もどこかのアウトローコープがライバルコープの小型ステーションを爆破したって事件があったけど、三日後には帝国軍の本隊がやってきて、そのコープの全てを破壊してったわ。文字通り、全て」


 マールの説明を、ぽかんとした顔で聞く太朗。マールは本当に聞いているのかしらとでも言いたげな、訝しむ表情で続ける。


「戦争は……あんたの場合、"コープ同士の戦争は"とでも言った方がいいのかしら。基本的には、交戦する組織の構成員以外は参加しないわ。工場や裏方が襲われる事もあるけど、普通は壊したりはしない。奪おうとしてるものを壊してどうするのよ」


 太朗はマールに「そっか……」と短く返すと、彼女の言葉をしばし頭の中で反芻させる。今一つ実感の沸かない事実ではあるが、どうやら太朗の知っている常識と、銀河帝国の常識とに、大きなかい離があるらしい。彼は自分がアイスマンであるという事をはっきりと認識すると、考えを改める事にする。


 大きく息を吸い、そして吐く。


 太朗はのぼせそうになる頭をなんとかはっきりさせると、小さく覚悟を決める。


「銀河帝国があるから、戦争の形も違うのか……なぁリン、この壊されたスターゲイトってのは、第一級じゃないスターゲイトなん?」


「"えぇ、そうですね。これは我々EAPアライアンスの所有物ですから、第三等級となります"」


 期待の眼差しと共にリン。太朗はリンの返答に頷くと、今度は「ベラさん」と続ける。


「戦争になった場合、ディンゴがすぐにでもアルファへ攻め込んでくる可能性はありますかね?」


「"お、やる気になったのかい坊や。そうさねぇ。EAPアライアンスに比べれば、うちらのユニオンは小物も小物さ。戦力を前後に分ける程ディンゴも馬鹿じゃないだろうから、あるとすればアライアンスを食った後だろうね"」


「なるほど……アラン、正直に聞かせて欲しいんだけど。EAPとディンゴ、どっちが優勢?」


「"おいおい、俺は元軍人だが軍学者じゃねぇぞ……うーん、そうだな。ニューラルネットで公開されてる経済力で言えば、7対3でEAPの勝ちだ。だが金があっても船を買えない現状じゃあ、まず負けるだろうな"」


「うへ、となるとこいつぁ……"責任重大"だな」


 にやりと発する太朗。太朗の言葉に、ぱぁと明るい表情を見せるリン。しかしすぐ後に続いた「ただし戦争には参加しない」という太朗の断言に、がっくりと肩を落とす。太朗はそんなリンを横目に見ながら、「俺らは」と続ける。


「あくまで地元のアルファ星系へ帰るだけだ。それ以上でも、以下でも無い。そこをたまたまEAPアライアンスの船がこっそり後を付けてきてたとしても、それは俺達の知ったこっちゃ無いね。その船にたまたまEAPのトップが居て、たまたま通り道が交易ルートに最適だったりするかもしれねえけど」


 ぶっきらぼうに言い放つ太朗。マールと小梅がにやりと笑い、リンの顔に再び希望が灯る。


「もし犬野郎が難癖付けて来ても、基本的には知らぬ存ぜぬで。ただし、俺達に襲い掛って来るような事があれば――」


 頬をぽりぽりと掻く太朗。目はぼんやりと空を見つめる。


「まあ、やるしかねえよな。宣戦布告でもなんでも、受けて立ってやろうじゃねぇか」




 破壊されたスターゲイトを離れ、約半日後。分厚い扉で厳重にロックされた部屋の中央で、じっと立ち尽くす影がひとつ。そこへもうひとつの影が歩み寄り、そっと傍で止まる。


「ミスター・テイロー。私が言わんとしている事は、わかりますね?」


 無表情のまま、ゆっくりと話す小梅。薄暗い照明が彼女の顔に影を作り、暗く、沈んで見える。


「ん、まぁな。次におまえは"なぜそこまでするのですか? ミスター・テイロー"と言う!!」


 太朗はあえて明るく振る舞うと、びしりと小梅へ指を差して見せる。小梅は無表情のままその指を見つめると、太朗の向こうに見えるオーバーライド装置へと視線を移す。


「貴方が使うオーバードライブはあれとは別物ですよ、ミスター・テイロー。ですが、聞きたい事は正解です。地球というのは、そこまでして見つけ出したい物なのですか?」


 小梅の質問に、ちっちっと指を振って見せる太郎。


「別に地球の為だけじゃねぇよ。こんなんでも社長だからな。皆の為に……っと、違うな。そう胸を張って言いたいけど、多分自分の為だな。怖いんよ」


 太朗はオーバーライド機能のついた不思議な冷凍睡眠装置へ近づくと、そっとそれに触れる。


「ぶっちゃけ全部投げ出したいっすね。自分の不備のせいで誰かが死んだりとか、誰かを殺さなくちゃいけなかったりとか。そういうの、耐えられねえっす。事前にやれる事があるなら、そいつはやっとくべきだろ?」


「……事前に相談しておかないと、またミス・マールがお怒りになりますよ?」


「いや、言っても絶対許可しねぇだろマールは……その、出来れば――」


 片手を上げ、太朗の続きを制する小梅。


「誰にも言うつもりはありませんよ、ミスター・テイロー。民間軍事についての知識全般、それのオーバーライドでよろしいですか?」


 表情の無い小梅の顔を見ながら「悪いな」と太朗。 彼は無言のまま冷凍睡眠装置へ腰を下ろすと、静かに目を閉じる。


 今回は、何の苦痛も感じなかった。




ナニモカモガ アマリニモ ハヤスギル

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