第4話
テイローは、発音の問題でございます。
「……よし!」
一条太朗はひとつ気合の入った声を上げると、だるさの残る体を装置から抜き出した。
「聞きたい事がありすぎてあれなんけど、ちょいと質問よろしいですかね」
地面でランプを明滅させている球体の横に腰を下ろし、膝を抱えて太朗。彼は横目で球体を覗き込むようにして続ける。
「君は、なんなんですかね。ガイドさん? 人間の代わりに何かやってくれたりするわけ?」
球体はその場でくるりと回転すると、正面にあたるのだろうか。ランプを太朗へ向けて声を発する。
「両方の質問に対して、否定ですミスター・テイロー。小梅はガイドではありませんし、人の代わりに何か特定の作業を行うようには設計されてはおりません。というか見た目でそれが不可能なのがわかるでしょう間抜け、です」
「オーケー、最後に不愉快な何かが聞こえたがそれは置いとくとしよう。君はいわゆる完全なAI(人工知能)ってやつなのか? マジモン? つか名前小梅になったのかよ」
太朗の記憶。少なくとも21世紀の時点において、まともなAIというのはその取っ掛かりすら掴めていないレベルのものだった。今ここで自然な反応を返してきている機械がAIによるものだとすると、それはまさに驚くべき事だ。
「何をもって完全なAIとするかは、現人類には定義できておりません。ですが、少なくとも小梅はプログラムで動作し、カーボンバッテリーを動力とした量子頭脳によって稼動しています。名前は所有者であるミスター・テイロー。あなたが付けた物だと記憶しておりますが」
球体はその場でふらふらと左右へ揺れながら、音声と共にランプの明滅を繰り返す。太朗は「ううん」とうなり声を上げると、さらに質問する。
「まあ、なんとなくだけどわかったからそれは置いとこう。君の所有者は俺って言ってたけど、なんなんでしょうかね。個人的には嬉しいけど代金とか後でがっぽり請求されたりしない? お店に払うお金と君に払うお金が別々だったりとか。ちょっとしたトラウマがあるんですが」
「肯定。ならびに否定です変た……ミスター・テイロー。現在記録されている所有者DNA情報は、100%貴方と合致しています。銀河帝国法第228条83項、緊急避難の規定により、この船のあらゆる所有権は貴方へと委譲されています。なお、古い性風俗についての情報はデータバンクには記載されておりません。ぽっきり価格に騙される貴方が悪いです変た……変態」
「いや、そこまで頑張ったんだから言い直せよ!!」
「了解ミスター・H・テイロー。他に質問はありますか?」
「そのHって間違いなく変態のHだよね? そうだよね? ……まあいいや。そうだなあ。この船さ。今止まってるんだよね? 事故?」
「肯定ですミスター・テイロー。動力部から機関部にかけてが切り離されております。原因は記録されておりません」
「うえっ、まじか……エンジンが無いとか、それもう船じゃねえじゃん。浮いてるだけじゃんこれ」
「肯定ですミスター・テイロー。ちょっと大きめの棺みたいなものですね。HAHAHA」
「まったくだ、HAHAHA!! じゃねえよおいい!!」
手首を返して球体を小突く太朗。ころころと転がっていく小梅。
「暴力は何も生み出しませんよミスター・テイロー。まあ、これを言っていた知り合いは浮気がばれて刺されてしまいましたが。HAHAHA」
「いや、そのネタさっき俺がやったから……にしても状況は好転せずか。動けねえのは致命的だなぁ……あぁ、そうだ。今って西暦何年とかわかる? 地球とどれくらい離れてるかとか」
「申し訳ありませんミスター・テイロー。西暦という単語がデータバンクで照合されません。地球という惑星については、古い伝承上の惑星として登録されております。が、実在が確認されたという話は残されておりません」
「伝承上!? おいおい、どんだけ未来だっつーんだここ……」
予想外の返答に、地面へ大の字になる太朗。彼はここがかなり進んだ未来だとは思っていたが、地球の存在自体が怪しいレベルになっているとはさすがに思っていなかった。
「途方に暮れるな……あぁ、あとさっき銀河帝国がうんたらって言ってたよな。この近くに人がいる星とかなんかないのかな。所有権うんぬんっていうのも良くわからんのだけど」
「はい、ミスターテイロー。テラフォーミングされた惑星がここから2万光年先に存在します。所有権の譲渡については、緊急避難の規定。つまり所有者の無くなった宇宙船に乗員が残された場合、その船を自由にして良いという物です。船籍が会社名義であった場合は寄港と共に所有権は元に戻されますが、この船は船籍の登録がされておりません。名実共に、貴方の所有物となります」
「なるほどねぇ」と腕を組んでうなる太朗。彼は細かい点までは良くわからなかったが、この巨大な粗大ゴミの所有権は自分にあるらしいという事は十分に理解が出来た。そして、それ以上の理解は不要でもあった。
「はぁ……にしても2万光年か。ワープとかあるのワープ。つか動力部ないんじゃ無理か……というかさ。今更になってなんで俺起こされたわけ? 死ぬ前に色々教えてやるよ的な、人によっては傍迷惑な優しさ?」
「肯定。そして否定ですミスターテイロー。空間圧縮によるオーバードライブは可能です。動力部については居住区の物が利用できると推測できます。現時点で冷凍睡眠装置が再起動したのは、おおよそ考えうる限りで貴方が助かる最後の可能性と考えられた為です。決して嫌がらせの為ではありません。多分」
「ふむふむ。何で最後に余計なこと言ったのか気になるけど、今はそれも置いとこう。とりあえずそこの、俺が助かるだろう最後の可能性ってのは何?」
「はい、現在の船の相対速度からすると、最も付近に存在するスターゲイト。及び宇宙ステーションまでの距離が、現状の居住区動力を用いたオーバードライブの移動距離とほぼ等価となっています」
「宇宙ステーション!! そうか、言われて見ればそうだな。人がいるのは何も惑星上だけじゃないか……って、ちょっと待ってくれ。つまるところ、あれか。ワープできるギリギリのとこにステーションがあるって事は、今を逃すと終わりって感じ?」
「肯定ですミスター・テイロー。次のチャンスはおよそ17万年後となります。冷凍睡眠装置の稼動限界が500年ですから、後は言わずもがなです」
「言わずもがなって、また随分な言い回し。しかしなるほどねえ……えっと、小梅ちゃん。俺をわざわざ起こしたって事は、君が船を動かすってのは出来ない相談なんだよね?」
「再び肯定ですミスター・テイロー。ド近眼でも見ればわかる通り、小梅には転がる事しか出来ません。貴方はただの球体に何を期待してるんですか」
「へぇへぇ。そりゃ悪かったですね。じゃぁどうしろってんだよコノヤロー」
「方法はひとつしか無いでしょうミスター・テイロー。貴方がやるのです」
「俺が?」
地面に転がる直径10センチ程の球体。太朗はそれの緑や赤といった鮮やかに明滅するランプを呆然と眺め、何を言ってるんだという表情で続ける。
「なあ、俺は21世紀生まれの骨董品だぜ? 宇宙船って言えばせいぜいが月へ行って帰って来るだけの代物があっただけの時代の人間だ。俺に何が出来るってんだ?」
「ミスター・テイロー。月、という物が何なのかわかりませんが、そうです。貴方が、です」
そう言うと、固い鉄板の上をころころと転がっていく小梅。彼女は先ほどまで太朗が納まっていた、改良された冷凍睡眠装置の前でぴたりと止まる。
「ところでミスター・テイロー。銀河標準語を随分と流暢に話されますね」
「銀河標準……そ、そうだ。これなんだよ。なんで俺はこんなわけのわからん言葉を喋れるんだ? 頭の中の謎知識と何か関係があるのか?」
「不明ですミスター・テイロー。貴方の頭の中がどうなっているのかは、貴方にしかわかりません。ですが、言語に関してはわかります」
小梅は緑の明滅を繰り返しながら、冷凍装置のまわりをくるりと一周する。
「オーバーライドです。ミスター・テイロー」
「オーバーライド?」
「そうです。オーバーライド。貴方の目の前にあるこの装置は、貴方の記憶をオーバーライド(上書き)します。誰が作ったのかも、いつ作られたのかも、なぜここにあるのかもわかりません。ですが、この装置の使い方はデータベースに収められています」
「記憶を……上書き?」
太朗は背筋に走る寒気に、身体をぶるりと振るわせる。
「ちょ、ちょっと待て。頭ん中いじくるってのか? そんな事……あ、あれ? 日本語……日本語が出てこないぞ? 待て、落ち着け。いやいやいや、喋れるはずだ。もう何十年も――」
「ミスター・テイロー。貴方の言語野はオーバーライドされています。どうか落ち着いて下さい。何も不自由は無いはずです」
「落ち着けるかこのヤロウ!!」
太朗は激昂して叫ぶと、右手に掴んだ小梅を頭の上まで振りかぶる。
「ミスター・テイロー。言語のオーバーライドを勝手に行った事は謝罪します。ですが他に方法が無いのも事実なのです。日本語の正確なデータベースは残されておりません」
小梅を持ち上げたまま、荒い息遣いで歯を食いしばる太朗。彼は一度大きく深呼吸をすると、震える手で小梅をゆっくりと地面へ下ろす。一時の憂さ晴らしに小梅を壁へ投げつけても何も問題が解決しない事くらいは、太朗にも十分に理解ができたからだ。
「まあ……そうだよな……悪い」
太朗は膝の間に顔を埋めると、もう一度大きく深呼吸をする。小梅はそんな太朗のそばでゆらゆら揺れていたが、何を思っているのだろうか。一言も発さずに、おとなしくしている。
そのままどれ位の時間が経ったろうか。太朗はやおら顔を上げると、ゆらゆらと揺れ続けている球状のAIへと視線を向ける。
「で、俺に何になれってんだ。パイロットか? それとも整備技師か?」
太朗はそれだけを言うとゆっくり立ち上がり、自ら冷凍装置へと体を収める。
「ミスター・テイロー。貴方の英断に感謝を。ですが、パイロットでも整備技師でもありません。それらももちろん効果的ではありますが、小梅が最低限の知識を持っています。それと、これは貴方自身の資質や性格を変貌させるものでもありません。パイロットや整備技師といった細分化された専門家は今のところ必要無いでしょうし、貴方がなれるかどうかは別問題です」
小梅はランプを明滅させながら、太朗の目の前へと位置取る。
「ミスター・テイロー。コンピュータが稼動する仕組みを御存知で?」
太朗はしばし目を瞑ると、「なるほど」と小さく発する。
「プログラミングか。確かにそれがなきゃ始まらんよな……けどさ、プログラミングする対象の知識は必要になるだろ? 会計の事を知らずに会計ソフトは作れないみたいにさ」
「肯定ですミスター・テイロー。物分りが良いのは素敵な事だと思います。ですが――」
まるで人間のように、一呼吸を置く小梅。
「貴方はそれらの知識を既に持っています。ミスター・テイロー、貴方はいったい何者なんでしょうね?」
小梅かわいいよ小梅。イメージ的にはハ○よりモンス○ーボール。グレーの。




