第32話
――"警告 この先ニューラルネットワーク範囲外"――
BISHOP上に表示される真っ赤な警告表示。太郎は「わざわざどうも」とその表示を消すと、オーバードライブ装置の最終チェックを行う。
「小梅、ジャンプ後の予想誤差は?」
「はい、最大で約34万キロメートルです、ミスター・テイロー」
「りょーかい。マール、オーバードライブの調子はどう。良さげに見えるけど」
「慣らしも済んだし、絶好調よ。迷子になるような事は無いと思うわ」
各自新調されたモニターを睨み、放射線の量や移動障害物の有無等。それらによる影響を考えてBISHOPでの微調整を加えて行く。スターゲイトによるジャンプのタイムリミットが迫ってきており、太郎の向かいの壁に設置された大型モニタには、計算が間に合わなかったのだろう脱落していく船の姿が確認出来る。
「結局計算が間に合ったのは半分って所かしら。1時間後のジャンプで再挑戦するんだろうけど、ちょっと可哀想ね」
マールが顔を上げ、大型モニターを見ながら呟く。
「二回分の料金払うわけだもんな……いや、事によると二回じゃ効かねえだろうけど」
目の前のスターゲイトによるジャンプの移動先。それは先の警告にもあった通り、ニューラルネットの通信範囲外となる。となると当然無線標識すらも届かない為、ジャンプ先の座標は各船が自力で行う必要があった。
「ミスった時の事を考えると、慎重であるに越した事は無いやな」
「えぇ、そうですよミスター・テイロー。でないと宇宙で迷子などという、実に間抜けな事になってしまいますからね」
「スターゲイトって、要はでかい加速装置だからなぁ……って、俺のアレは不可抗力だからね!?」
徐々に青く染まって行く視界に、目を細める太郎。小梅の言う通り、座標計算を間違えればスターゲイトにより数百倍から数千倍に加速されたオーバードライブで、全く見当違いの場所へジャンプしてしまう事になる。既に何回かを問題無くこなしてはいるが、いわゆる越境ジャンプには毎回胃の痛い思いをさせられていた。
――"ジャンプドライブ 確認"――
白く染まって行く視界。際限なく上昇していくオーバードライブ装置の稼働率。
――"ジャンプドライブ 実行"――
「とうちゃーく……あぁ、なんだろう。最近この吐き気に慣れてきた自分がいるな」
立ちくらみに似た感覚。太郎がシートに包まれるままぐったりしていると、マールが「飲みなさい」とパックの飲み物を投げ渡して来る。
「ありがとん。それより座標はどう? どれくらいずれた?」
「今回も大したこと無いわよ。旧ビーコン位置から3万2千キロの地点。ほんと、あんた達の計算能力には驚かされるわ」
「ふふ、あまり褒めないで下さい、ミス・マール。小梅が計算高い女として、銀河に名を馳せる時も近いですね」
「いや、それ褒め言葉じゃねぇからな!? あと見た目とのギャップがすげぇ残念なんですけど!!」
太郎の基準では、間違いなく儚げな表情を持つ美少女と言える小梅。そんな小梅をちらりと横目に「意外ね」とマール。
「あんた、見た目にこだわるタイプなの? そんなんだと、悪い女に騙されるわよ」
「うぐ……でもまぁ、あれだな。マールみたいな美人になら騙されてもいいかも」
「はぁ!? ちょっ……ば、ばっかじゃないの!!」
太郎は「いや、騙されるのはそっちじゃね?」と思いつつも、口には出さずにおく事にする。彼は短くは無い彼女との付き合いの中で、余計な事を言わないでおく事の大切さを学んでいた。
「というか、わたしは騙したりしないわよ……さ、ほら、早いとこジャンプするわよ。次のステーションはどこだったかしら」
マールは赤い顔をごまかすように口をすぼめると、ぼそぼそとオーバードライブの設定をし始めた。
太朗達の乗るプラムは、相変わらず後を付けてくるいくつかの輸送船数隻――どうやって見つけたのだろうか――と共に、中央との連絡の途絶えた危険エリアを進み続ける。途中で何度かワインドらしき船影がスキャンレーダーに捕えられたが、それらは無視して進むことにした。今は貨物を満載しており、ちょっとしたダメージが大きな損害に繋がる可能性がある。
「この辺はまだにぎわってんだな……ほとんど戦争状態みたいになってんのに、やっぱ商人ってのはタフだな」
遠距離ジャンプ用のスターゲイトを乗り継ぎながら立ち寄ったいくつかのステーション。それらは物々しい空気に包まれてはいるものの、人々は逞しくも経済活動を続けていた。太朗達は行く先々で中央の様子についての質問攻めに合いながらも、船に満載された交易品を売りさばき続けた。
そしてアルファ星系までの道のりも半分を超えた頃、次のスターゲイトへ向けて船を走らせた太朗達の下へ、一本の通信がもたらされた。
――"通常回線 TS-3323"――
太朗のBISHOPへと表示される短い文字列。太朗はTSの文字からトランスポートシップ。すなわち輸送船である事を知り、発進元がどうやら長い間後ろをつけてきた船である事を悟る。
「トランスポートシップっつーか、トレインストーカーってとこだろ」
スキャン結果に毎回現れる彼らに、いい加減うざったらしく思っていた太朗。彼の呟きに小梅が応える。
「おぉ、お上手ですねミスター・テイロー。座布団は御所望ですか?」
「ほんっとどうでもいい事知ってるよね君は!!」
太朗は自身へ向けてドヤ顔を見せる小梅に突っ込みを入れると「いったいなんでしょね」とぼやきながら通信をオンにする。
「"どうも、初めまして。こちらTS-3323。スピードキャリアーコープの代表、ライザ・フランソワーズよ。ちょっと相談事があるのだけれど、お時間よろしいかしら"」
声と共にモニタへ映像信号が送られ、二十代中頃と見えるインカムを付けた女性が映し出される。金髪のサイドテールという、太朗からすると納得のいかない髪型――彼にとって若者のする髪型というイメージだ――をした女社長。「あいよー」と応える太朗の目をモニタ越しに青い目が捉え、真っ赤な口紅の引かれた口が続きを発する。
「"そちらのお噂はかねがね伺ってますわ。新星コープ、ライジングサン。暁のように成長著しく、頼まれればどこまででも物資を輸送する。それこそワインドがいようが、マフィアがいようが"」
ライザの目が、太朗を値踏みするかのように細まる。それに「おおう」と太朗。
「そいつはなんだかこそばゆい評判やね。本当は君みたいな美人には愛の言葉をお届けしたい所なんだけど、残念ながら追われるのは好きじゃなくてさ」
飄々とした体で返す太朗。傍で聞き耳を立てていたマールが呆れた様子で溜息をつき、太朗の頭を軽くはたく。それを見ていたライザは少し驚いたように目を見開くと、くすくすと上品な笑い声を漏らす。
「"おもしろい方ね、ディーンの言っていた通りだわ"」
ライザの声に、無言で小梅へと視線を向ける太朗。小梅はほんの一瞬視線を上に上げると「該当する名前はありません、ミスター・テイロー」と答える。
「"貴方、アルバ星系で知り合った帝国の軍人を憶えておいでかしら?"」
「アルバ星系……あぁ~、あんときの軍人さんね。ちなみにこの交信記録破棄していいかな。通信で喋っていいような内容じゃねえだろ」
「"えぇ、もちろん。これ以上アルバ星系でのお話をするつもりは無いわ。私も、兄も、貴方も、誰も得をしないもの。それよりお話はもっと大事な事よ"」
太朗は内心で「美人の妹がいる奴は敵だ」と思いつつも、ライザの言う大事な事についてを考える。そしてその答えはすぐに出た。
「商売人にとって、クレジット以上に大事な話は無いやね。んで、何でしょうかね。スピードキャリアーって言えば結構大きな会社みたいだけど、そこがウチに何の用で?」
小梅が無言のうちに調べ上げたライザの会社情報を見ながら、太朗。そこには従業員数220名との記載があり、規模で言えばライジングサンの4倍近かった。規模に比例して売り上げもそこそこあり、ありていに言えば太郎達のライバル会社という存在だった。
「"高く評価をしてくれるのは嬉しいけれど、従業員200名程度では大きいとは言えないわ。ゼロがもうひとつ付くなら別でしょうけど"」
ライザは一度言葉を切ると、見せ付けるように飲み物を口にする。太朗は嚥下に合わせて動く喉を見ながらも、鋭い目つきを送り続ける。
「"そう警戒しないで頂戴。つけて回った事については謝るわ。それに軍とも何の関係も無いわよ。ただ、噂が本当かどうかどうしても確かめたかったのよ"」
太朗は「何のために?」という言葉を飲み込むと、ライザの続きを待ち続ける。彼女はしばらく無言で太朗を見詰めた後「提案があるの」と続ける。
「私たちと、企業共同体を組みませんこと? 私たちには運ぶための船があり、貴方達には守るための船がある。きっと、お互いの為になるわ」
地味な展開が続いております。
戦闘を楽しみにしている方は、もうすこーしだけお待ちください。




