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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
230/274

第230話



「2000で出たはずが、気付けば400。なんとも心細いものね」


 マーセナリーズのエッタが薄く笑って言った。しかし艦橋にいる人間で言葉通りに受け取っている者は誰もいないようで、おそらく自分達に対する皮肉だろうと考えているようだった。


「敵も数を減らしておりますし、まだソド提督の400隻が残っています。敵は多くて200程度でしょうし、問題ないのではないでしょうか」


 真新しい記章を付けた副官が言った。エッタは昨夜の情熱的なひと時を思い出すと、副官に艶やかな視線を送った。


「そうね、大丈夫だと思うわ。でも手を抜くわけにもいかないでしょう?」


 エッタがそれとわかる甘い声色でそう言うと、副官がにんまりとした表情で頷いた。


「えぇ、もちろんです。ところで、戦力分割の際に電子戦機を別働隊としたようですが…………」


 副官が伺うように発する。それにエッタは肩を竦めて見せた。


「あぁ、ごめんなさいね。こっちでそうするよう直接命令したのよ。気に障ったかしら?」


「い、いえ。そういうわけでは。しかし参謀として戦略を把握しておきたいので、理由をお伺いしても?」


「理由? 特にないわよ。単純に奇襲戦力としてだわ。通常艦と一緒に編成したんじゃ、電子戦能力を十分に発揮できないでしょう?」


「それはそうですが、しかし相手には非常に優秀なソナーマンがいるという情報があります。実際にミス・ヨッタも――」


「その名前を呼ぶんじゃない!」


 響く大声。しんと静まり返る艦橋。エッタはつり上がった目で副官を睨みつけると、次いでおどおどとした様子のテッタへと視線を移した。前の妹に比べればかなり見劣りはするが、彼女を見ていればなんとか怒りが収まりそうだった。


「…………向こうのソナーマンには致命的な弱点があるわ。そこを突くだけよ」


 絞り出すようにエッタが言った。副官は「はい」と小さな声で返事をしたが、まだ何か納得がいっていない様子だった。


「睡眠時に著しく能力が減退する。しかし、その睡眠が何時行われているかがわからない。電子戦機による奇襲はギャンブルでしかないのか。聞きたいのはそんな所?」


 エッタがつまらなそうに口にする。彼女は無言で頷く副官に鼻で笑ってみせると、楽しそうに、だが悪辣な笑みを浮かべた。


「方法はいくらでもあるわ。黙ってそこで見てなさい」



 ライジングサンの撤退戦が開始されてから、およそ20時間後。お互いの大口径砲による長距離狙撃と散発的な衝突が繰り返され、双方共に無視できない損害が広がりつつあった。

 互いに被害は戦力の1割前後。第三者から見れば数の差を考えればRS側が健闘していると言えそうだったが、敵の戦略目標となる施設までの距離を考えると、どちらが勝っているともつかない状態だった。双方の艦隊は、確実に目的地へ向けて進んでいた。


 そして目的地までの距離も3分の2を消化し、全てが順調だと太朗達が安心しかけた頃。それは起こった。



「みっふ? はっはみっふ?」


 食堂でゴマを練り込んだ餅を口一杯に頬張った太朗が、隣で物珍しそうに餅を指でつついているエッタに向かって言った。


「そう、みっつ。黒いのがみっつよ、テイロー。ふたつより多くて、よっつより少ない」


 真剣な眼差しを餅へ向け、そう呟くエッタ。太朗が向かいでゴマ9の米1といった様相の塊をおいしそうに食べているマールへちらりと視線を向けると、無言で肩を竦める動作を返された。


「社長、配置につきますか?」


 背後より聞こえる声。太朗はアランの代わりに第2艦橋の指揮を任されている警備部の課長に「いや」と首を振ってみせると、「とりあえず俺達だけでいいよ」と立ち上がった。


「聞こえてたと思うけど、そういう事で。片付けお願いね」


 食堂に詰める数十名へ向かってそう言うと、太朗はエッタとマールを伴って食堂を後にした。


「お腹一杯になったとこだけど、いくらか眠かったりする?」


 高速移動レーンの手すりにつかまりつつ、太朗が訪ねる。エッタは黙って首を振ると、いつものように太朗の腰にしがみついてきた。


「まだ、平気。子ども扱い、しないで」


 ふくれっ面のエッタ。レーンの加速が始まり、手すりに引かれるがまま体が地面と水平になっていく。


「たった3隻が何しにきてんだ。独断で逃げ出してきたとかか?」


 エッタが見つけ出した、敵のステルス艦とおもわしき反応。彼女はわからなければわからないとはっきり言う娘であり、彼女が3と断言したからには、3隻で間違いないと思われた。本来は100近くいるはずのそれに、太朗は何ともいえない不気味さを感じた。


「テイロー、小梅もすぐ来るそうよ。工作室からだから、ちょっと時間かかるでしょうけど」


 太朗の後ろに続くマールが言った。彼女は器用にもレーンに捕まりながら薄茶色の塊を食べており、太朗の視線がそれに向くと、自身の身体で隠すように手を後ろへと回した。


「いや、別に取って食ったりしねぇから…………うーん、マール専用のゴマ栽培ステーションが必要か?」


「そ、そんなには食べてないわよ……ただ、ちょっと、最近パーソナルシステムが脂肪燃焼剤を投入し始めたみたいだけど」


「明らかに食い過ぎじゃねぇか。逆に脂質を投入されてるエッタを見習えってんだ。俺なんかせいぜい亜鉛不足の表示が出るくらいだぞ…………ちなみに、あいつ工作室なんかで何やってんだ?」


 プラムのそれは、工作室とは言うものの、実態はほとんど工場に近い。マールが直接設計を担当した施設であり、量産以外の大抵の作業を行う事が出来た。


「なんか自分の身体の改良をしてるみたいよ。食物の分解とエネルギー運搬が機械的に可能かどうかって相談されたし、消化器官でも作りたいのかしら」


「いやいやいやいや、機械であるメリットのひとつを消してどうすんだよ。あいつはどこへ向かってんだ…………って、可能なの?」


「無理よ。少なくとも小型化の時点でね」


「そっか。ちょっと安心したわ」


 太朗達は艦橋へ到着すると、示し合わすでもなく各々が必要な作業を行い始めた。


「データリンクに情報流しといたわよ、テイロー。警戒レベルは3でいい?」


「や、2でいこう。3隻じゃ脅威になりようがないし」


「座標、送った。トレースラインと、予想進路も」


「ありがとエッタ。予想とずれたら教えてな」


 スキャン波では捉えられていないが、確かにそこにいるはずの存在。レーダースクリーン上に「仮」と表示されたそれに、3人の意識が集まる。


「ロックオン…………完了したみたいね。ベラが撃つかどうかを聞いてきてるわよ」


「そらまぁ、撃つだろ……あいや、ちょっと待って」


 何か嫌な予感を感じ、ベラへ報告を送ろうとしていたマールを制する太朗。


「…………なぁマール。ECMって、指向性持たせたら結構な距離まで届くんだよな?」


「まぁ、そうね。でも距離に応じて強度は下がるわよ?」


「だな…………でも、あれ? これまずくね?」


 太朗は記憶の片隅に引っかかった戦術のひとつを思い浮かべると、その出所たる帝国海軍士官学校の知識をさらった。それは彼の苦手な歴史のカテゴリに含まれており、あまり歓迎できない内容だった。


「ドアン大佐の偵察戦術…………を、人間でやろうってか。多分これ、ずっと続くぞ」


 表情を歪める太朗。それを心配そうに見ていたマールが「何それ?」と疑問を発する。太朗はマールの方には振り向かず、スクリーンを見つめたまま口を開いた。


「大昔の海軍大佐がやった戦術のひとつだな。暴露戦術つって、要はステルス化した小隊を見つけ出す為に、ひたすら相手がいるだろう方向にドローンを飛ばしまくるっていう力技があるんよ。ステルスつっても、ある程度近付かれたら普通にレーダーで捉えられるからな」


 太朗の答えに、マールがさらに首を傾げる。


「それと現状にどんな関係があるのよ。ステルス化してるのは向こうよ?」


「ん、ドアン大佐が凄かったのは、ドローンを使った色んな作戦の費用対効果なりなんなりをまとめあげて、戦術として確立した事なんよ。数を頼りにする価値があるのか判断がつかねぇと、作戦として採用しようがねぇだろ。でも大佐のおかげで、状況によっては採りうる選択肢のひとつになったと」


「だから、それと何の関係が――」


「今撃つと、エッタが起きてるのがバレる」


「そんなの当たり前じゃない…………えっと、ちょっと待ってね…………あれ?」


 太朗の答えを頭の中で反芻させてるのだろう、マールが考え込んだ様子を見せる。彼女はしばし渋い顔でうんうんと唸ると、「もし」と前置きをして続けた。


「遠くのうちに迎撃しちゃうと――」


「迎撃されなくなった時が、エッタが寝てる時間だってわかるな。見えない艦隊(ステルスフリート)による総攻撃だ。全力でワープジャマー使われたら、俺達全滅するんじゃねぇか?」


「じゃあ近くに来るまで待つと――」


「当然向こうの射程に入る。しかもたった3隻とはいえ、電子戦機だかんな。多分後先考えずにフルパワーでぶっ放してくるだろ。こっちの1隻か2隻は、手痛い一発をお見舞いされるだろな」


「……そうよね。でも、エッタの状況は秘密にできると」


「そゆこと。馬鹿正直に全部近付かれるまで待つ必要もねぇけどな。真偽混ぜて、遠くだったり近くだったりで迎撃しよう。なんとか誤魔化さねぇと。いずれにせよ、行軍速度を上げる事になりそだな」


 太朗はそう決断すると、素早く適当と思われる乱数表を作成し、マールへと送った。彼女は「わかったわ」とそれを受け取ると、各艦隊へ送信し始める。しばらくの後、マールは何か思い立ったように動きを止めた。


「ねぇテイロー。定期的に送り込んでくるんだろうステルス機って、まさか無人じゃないわよね」


 嫌悪感を含んだ声色。太朗はマールの方を見ないようにすると、ぶっきらぼうに「だろうな」と答えた。


「ドローンでの戦術って言ってたものね…………普通に考えると、こんな作戦成り立ちようがないわ。撃ち落とされるのが前提なんて、誰も引き受けるはずがないもの」


「…………まぁ、な。何をしでかしてんのかは、大体想像がつくけど」


 事の発端となった自爆船と、その乗組員についてを思い出す太朗。


「そりゃ戦術的に有効かもだし、現にこっちは困った事になりそうだけど…………何なの? 何でこんな事が出来るの?」


 怒りと悲しみだろうか、詰まったような声のマール。横を見るとエッタもむすっとした顔をしており、不機嫌そうに自分の髪をいじっていた。


「さぁな。富や権力がそうさせたのか、それとも元々そんななのか。俺にはわから…………おっ?」


 艦隊の通信網に紛れた、見慣れぬ通信要請。太朗はそれを驚愕と共に確認すると、吐きすてるように言った。


「相手側からの通信要請が来てる。何でそんな事が出来んのか。くそ野郎に直接聞いてみる事にしようぜ」




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