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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第1章 ゴーストシップ
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第2話

主人公、ヤケクソ




「はいさーい、目が覚めたら絶体絶命の太郎ちゃんです。もう死んじゃおうかな、ハハ」


 両腕を上げて万歳の恰好をする太郎。突っ込みが無い事は理解していたつもりだったが、心の中でどこか期待していたのだろう。無言の空間に虚しさを感じて手を下ろす。


「いや、せめて童貞捨ててから逝きたいしなぁ……って、童貞ちゃうわ!! ……うーん、お腹空いたわね。何か無いかしら」


 ぺたぺたと冷たい金属の床を歩く太郎。とりあえずは探検だと意気込もうとするが、それも難しい。なにせ行ける場所が2ヵ所しか無いのだ。


「定時連絡が次は5年後って言ってたよな。それから何年経ってるかにもよるけど、最長で5年は待つ必要があるのか? 運が良ければ明日にも? いやいや、ねえな。でも連絡が途絶えたからって探しに来るとも限らないのかな? どうなんだろ。さっぱりわからん。つか何で宇宙に飛ばされてんだ俺」


 太郎はぶつぶつと呟きながら先程目覚めた部屋に入ると、なるべく林立した死体を見ないようにパソコンモニターと思われるディスプレイへと向かう。ちらりと視界に入ってしまった死体の姿に吐き気を覚えるが、努めて無視をする。


「……いや、スイッチどこだよこれ」


 いくらか洒落たバーにあるような、細い丸テーブルの上にあるディスプレイ。太郎はそれのまわりを忙しく動き回りながら電源スイッチを探すが、それらしき物は一切発見できなかった。


「……違うんだからね!! どうせ起動したって文字読めないんだから意味無いって思っただけなんだからね!!」


 太郎はひとりぶりぶりと腰を振ると、今度こそ虚しさから項垂れる。


「ちくしょう、これまじでやばいんじゃねえか?」


 まだ目を覚ましてからいくらも経っていないが、既に絶望感に囚われそうになっている太郎。彼は自らを包み込んでいたと思われる機械へ近づくと、おもむろにそれに手を伸ばす。


「タイプⅣは完全冷凍じゃない。定期的に栄養を送り込んでたはずだ。経口摂取でもいけるだろう……ロック……マニュアル制御にすれば……接点は……いや、違う。こっちか。くそっ! なんで俺はこんな事ができんだよ!」


 太郎は知らないはずなのに知っているという、例えようのない違和感に身を震わせる。手は自然と迷い無く次の動作を行い、頭は目に入る部品の知識を送り込んでくる。てきぱきとした動作はあっという間に装置を分解し、自動制御されていた栄養供給装置を手動へと切り替えていく。


「ハンドルは……これでいいや。見栄えが悪くたって気にしない。どうせ俺しかいないしな。さて、お味はどうかしら」


 ハンドルを捻ると、針の先から音も無く流れ始める赤い液体。太郎は嫌悪感に顔を歪ませながらも、それを指ですくって口へ運ぶ。


「うぉえっ、味は最悪だな。なんだこれ。例えると甘みのある鉄って感じか……はい、そうですね。正直に言うべきですね。ぶっちゃけ血の味です」


 太郎はうんざりとした様子でひとりごちると、鼻をつまみながらそれを飲み始める。丁度蛇口から直接水を飲もうと、口を上へ逆さまになるような形。


「ぅぉぉえっ!! ぺっぺっ、くそっ、飲めるかこんなもん!! 俺は吸血鬼じゃねえんだぞ!!」


 口の中身を盛大にぶちまけると、装置に向かって罵声を浴びせる太郎。


「はぁ……でも結局は飲む羽目になるんだろな。次は死ぬほどひもじくなってからにしよう。他に必要なのは……とりあえず酸素まわりと水とかなのかな。NASAに知り合いはいねえっての……水はこいつの冷蔵機能を使って結露を作れるか。あ、でも空気中に水分が無くなったら終わりだな……空調……」


 ぼそぼそと呟きながら首をぐるりと巡らせる太郎。彼は天井の一部にダクトらしき網目があるのを見つけると、冷凍睡眠装置をよじのぼる事でそれに顔を寄せる。


「はずれ……ないよね。そうだよね。落ちてきたら危ないもんねっと……固定してるネジはこれか。よし、これならレンチがあればいける、ってあるわけねえだろ!! つかなんだよ。7角形とかそんなネジ穴見た事ねえよ!!」


 太郎は装置から降りると手にしていた金属を放り出し、もうやめだとばかりにその場で横になる。実感の沸かない現状が、どうしてこんな事をしてるんだろうと行動に疑問を感じさせたからだ。


「どうせ明日にでもなりゃ助けが来るだろ……そうだ。そうに違いない」


 彼は全身を襲い続けている倦怠感に負け、寝転がったまま装置の方へ手を伸ばす。先ほど作成したハンドルを開き、次に人型の丁度首の部分にあたる箇所にある針で指先を軽く傷つける。


「ぅぉぉ、すげえな。やっぱガチの睡眠導入剤は……き……く……」


 これ以上理解の出来ない現状を考える事に疲れた彼は、言葉を最後まで言い終える間も無く、意識を失った。




 気持ち悪い。

 太郎は強い倦怠感と、それに伴うストレスで目を覚ます。


「体が……あぁ、ぐっ!!」


 その場で立ち上がろうとする太郎だったが、体の節々より感じる痛みからその場で芋虫の物真似をするに止まる。


「くぞっ、どんだけ寝てたんだ……」


 痛みに耐えながら冷凍装置へと手を伸ばす太郎。開いておいたハンドルからは栄養剤が今も流れ続けており、内部にある残量を示すアナログ計量器の目盛りから、自分が丸2日近くも寝ていたという事実を知る。


「おおう、やっぱああいうのは適当じゃまずいな。もうちょい多く薬が入ってたら、寝たまま餓死してたか……洒落にならんな」


 目やにで固まったまぶたをごしごしと擦ると、相変わらず流れ続ける栄養剤を口に含む太郎。あまりの生臭さに二度三度と吐き出すが、その頃には口の中が大分麻痺してきていた。なんとかそれを胃に流し込むと、しばらく横になって体を休める。


「はぁ……やっぱ来ないよねぇ。冷凍睡眠しながらじゃないと行けないような場所だものぉ。そりゃ時間かかるよねぇ」


 極僅かな期待ではあったものの、それが外れた事に口を尖らせる太郎。彼は手を伸ばすと、栄養剤を使って地面に文字を書き始める。


「童貞を、せめて捨てよと、神の声。一条太郎、辞世の句……あ、季語がねえな。あれ、いらないんだっけ? いや、童貞の季節というのもあるかもしれん。春だな」


 孤独を紛らわせようとぶつぶつと呟く太郎。


「まぁどーでもいーかぁ。俺が死んだあと誰かがこれを……読む……読む?」


 虚ろとした表情で栄養剤で書かれた文字を見る太郎だったが、そこで動きがぴたりと止まる。


「なにこれ。え、あれ? 日本語だよねこれ。あれ?」


 違和感無くすらすらと書いていたはずなのに、まさにその自分の字が全く読めない。字面が汚いからといった様な物理的な問題では無く、それが見えていて形も合っていると確信できるのにも関わらず、彼にはその文字の意味を理解する事が出来なかった。


「おおぅ、ジーザス……これは相当精神にキてるのか?」


 何か心理的なストレスで、特定の何かが記憶に残らないという症状が出ると聞いた事がある。太郎は実感しているよりも自分が弱っていると判断し、痛む体を抑えて立ち上がる事にした。何かをしていないと、より駄目になるのではと思ったからだ。


「ちょいと真面目に頑張るか。太平洋を漂流して助かった人だっているんだ。宇宙だって似たようなもんだろ。ちょっとばかしスケールがでかいけど。うん。そうだな」


 太郎は自分の言葉の中にわずかな希望を見出すと、自分が入っていたと思われる装置の隣。人骨が収まったままの装置の前に立つ。両手を合わせてしばらく拝んだ後、使えそうな部品をいくつか取り出していく。


「7角形だからなんだっつーんだ。要はがっちりとハマればいいわけだろ」


 装置を構成していた大きさの手ごろな部品をいくつか取り出すと、ダクトのネジ穴に合う大きさのものが無いかどうかを調べ始める。少し大き目のL字型の金具が使えそうだと判断した彼は、他の重そうな部品をハンマー代わりにして金具を整形しようとする。


「なっ、ちくしょう。なんちゅう硬さだ……なんだこれ。鉄じゃないのか? チタン? 何?」


 太郎がいくら金具を打ち付けようと、そこには傷ひとつ付いていない。部品を利用してネジを開けるのは無理そうだと早々に見切りを付けた彼は、今度は比較的長いパーツを取り出し始める。


「わざわざ道具が無くても分解組み立てできるように作るってさ。コスト的にどうなのよって思ってたけど……こりゃ訂正だな。命に関わるもんには必要だわ」


 手際良く装置を分解した太郎は、再びダクトへと取りつき、今度は網目状の穴へと部品を差し込み始める。何度か失敗しながらもL字型の金具の先を網に固定した彼は、今度はその反対側にワイヤーを結び付けていく。


「テレレテッテレー。あんみっと社製、すとれんぐすふぁいばぁー。炭素繊維の引っ張り強度は鉄の20倍以上だ。切れるもんなら切ってみやがれ」


 太郎は結びつけたワイヤーを、今度は自分の使っていた冷蔵装置へと結びつける。それがしっかりと固定されている事を確認した彼は、装置の奥にある赤いレバーを躊躇なく引き倒す。すぐさま部屋の中に微細な振動が訪れ、装置がゆっくりと下へ向かって下降し始める。


「頼むぞ。油圧だかなんだかわかんねえけどよ。ぐっと行け、ぐっと!!」


 祈るようにして両手を組む太郎。

 下降する装置はやがてワイヤーの余りを伸ばし切り――


「ざっはとるてっ!!?」


 目の前を高速で通り過ぎる何か。

 その何かは太郎の前髪をいくらか引きちぎると、鋭い音と共に地面を反射してどこかへ消えて行く。それに続き、凄まじい破壊音と共に落ちてくるダクトの網。


「……あ、あぶねぇ……次からはもっと気を付けなきゃダメだな。あれじゃ弾丸と変わらん。次が無いのが一番だろうけど」


 凶器と化したネジが勢いを失って地面を転がるのを見やると、太郎はほっと胸を撫でおろしながら息を吐く。彼は心臓の鼓動が落ち着くのを待った後、あらかじめ上昇レバーに引っ掛けておいた細いワイヤーを引き上げる。


「お、ちょっとしたエレベーターっぽいな……到着っと。はてさて、どこへ通じてるのかしら」


 上昇していく装置へ予め乗っておいた太郎。彼は迫り来る暗い穴へ向けて、不安と希望を抱きながら大きく溜息を付いた。




なんかまだ重い感じが続いてますが、陰鬱な小説にするつもりはありません。

気楽にどーんと構えて読んでいって下さいな。


孤独と混乱から躁状態の主人公ですが、

それもいずれ状況と共に変わっていくでしょう。

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ面白いから、続きが欲しい… もう読み返すのも何度目になるでしょうか、何度読み返しても面白いので、今回も続きを願いつつまた最新話まで読み始めます!
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