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常闇の魔女




 時は少し遡り、レックスが預かった鍵を握り締めて扉の前に立ってしばらく。彼は意を決し、鍵穴へと時の塊を差し込んだ。

 すると、かろうじて捉えられる光の粒を散らし、重い音をたてて扉がひとりでに開く。待ち受けていたのは、予想し得ない光景だった。


 目に飛び込んできたのは、それだけで部屋一つ分はありそうな世界地図だ。それが大規模なホールの中央に、天井から伸びる二本のひもに吊られて浮いている。さらにその周辺には、いくつもの小さな地図が同じように並んでいた。


「これ……は……」


 どれもがとても精細で目を見張るものがある。レックスの後ろで、ワカナも呼吸を忘れ食い入るように見つめていた。


 小さな地図は、おそらく額縁の色でエリア分けされており、より詳しい地名や地形が記されている。眺めているだけで、まるで旅をしている気分になれそうだ。

 あまりのインパクトの強さで、レックスたちがホール全体へと視線を動かすのにはしばらくかかった。

 そこは全体的にもおとぎ話の世界にあるような空間で、高い天井に円形のホールの壁は全て本で埋め尽くされていた。一階にある蔵書だけでもかなりの数だったというのに、ここは王都の図書館すら軽く凌駕している。適当な間隔で足場があり、それを梯子が繋げているらしい。

 天井では、これまで目撃した中でも特筆して大きく、細やかな陣が二人を静かに監視している。


 レックスは言葉なく扉をくぐり、巨大な地図の前まで赴く。

 あらゆる場所に古ぼけたテーブルが置かれており、その上には様々な物が乱雑に広げてあった。これまで感じられなかった人の気配が、ここには濃く存在している。

 ただし、竜の住処と呼ぶにはあまりにも違和感がありすぎる。どこかの研究施設と呼ぶほうがしっくりくるだろう。


「すごいね」


 心のままなワカナの感想に頷く。

 視線は地図に固定してある。少しずつ驚愕が落ち着き、思考する余裕が戻ってきていた。


「この地図…………」

「うん。たぶん最高峰」


 むしろ世界中の技術を集めても、遠く及ばないのではないだろうか。

 それだけ精確でありながら、色の褪せ具合を鑑みるにかなり昔に作られている。


 レックスは自然とアデュイオンが位置する大陸を探し、とある点に注目する。

 出自によってまっとうな場所で教育を受けることこそなかったが、前王の頼みを受けて世話をしてくれた貴族の好意により、彼は十分すぎる知識を身に着けている。それを他の使用人たちから不審に思われない、むしろ当然だと評価を受けるほどの知性があった。


 世界地図にはあまり文字が刻まれていない。だから余計に分かりやすかったのだろう。これが何を目的としてここにあるのか。それを確かなものにするためにも周囲の地図を見渡せば、やはり憶測は確実性を増した。

 これは魔術と関わりの強い遺跡を調べるのを目的としている。地名ではないにも関わらず記されている名前は、少なくともアデュイオンにあるものは全てそうだ。ずっと昔に発見されながら、中にはたいした価値はないと結論付けられたものもある。


 しかし、本当にそうなのだろうか。首をもたげた疑問の出所は、地図と壁の本とを繋げる共通点だ。

 額縁と一緒で足場の柵もまた、同じ階層であっても途中で色が変わっていたりする。もしそこにある本が、関係するだけではなくそのエリア内で得たものであるとしたら。

 近付いて確認してみると、やはりレックスでは理解し得ない魔術に纏わるものが所狭しと並んでいた。


「でも、何のために? それに試練って一体…………」


 たしかにこれは、言っていた通り魔術師ならば誰もが目を眩ませるだろう。ただでさえ魔術に関する書物はほとんど残存していない。

 けれど、いくら人間だった頃のディーバが魔術師だったとして、こうも熱心になるだろうか。

 いや――普通ならばむしろ、現状を憂いているはずだ。かつての栄華を失い、衰退する姿を見ていて何かを感じないはずがない。

 分からない。あの気まぐれで、それでいて誇り高き竜の真意が。


「リューク、あれ」


 試練と言われ気負っていた分、いつもより考えが乱立してしまい混乱に陥っていく。

 そんなレックスに黙って付き従っていたワカナは、何も尋ねないままで強張った肩を叩き自分が気付いたものを指差した。

 戦場で幾度となく引き金をひく指の先にあったのは扉だった。しかも一つではなく、本に隠れるようにして点在しており、それらもまた額縁と同じ色で分けられている。

 彼だって疑問はいくつも浮かんでいるだろうに。それでも静かでいてくれることをレックスは有難く思う。どれに対しても答えられはしない。この人選をしたディーバの目の良さには心底脱帽する。


「ワカナはこの場所にどんな印象を受けた?」


 だからこそ、寡黙な性格やこの城での過ごし易さだけが理由ではないと考える。

 レックスの質問で、ワカナは表情の乏しい顔をわずかに傾け、困ったように眉を下げてしばらく考えてから口を開いた。


「隠してる」

「隠してる……。何を?」

「全部。隠して守ってる。ここは本当にディーの城?」


 その言葉にハッとした。

 そしてレックスは、数あるテーブルから近くにあるものの傍へと走り寄り、そこに残されている欠片を拾っていった。


 走り書きされているらしいメモや、使われたであろう魔術とは関係のない歴史書など。使用者はどうやら心情を残さない性質らしく、思惑を悟らせてはくれなかったが、その代わりとして真剣さだけは十二分に伝わってきた。

 ここにあるものは凡人には無意味なものばかりでも、魔術師たちにとっては価値があってあまりある。それこそ全てに値段をつけたなら、軽く一国の財布を担えるだろう。

 にもかかわらず、それを手にした者からは欲を感じなかった。


 であれば、何を目的としているのか。それはワカナの言った通り、保管としか考えられない。保護でも良い。誰の目にも止まらぬよう秘匿している。

 しかし、その理由は――

 やはり結局はそこが見えてこなかった。ディーバがわざわざ己の住処だと言った目論見も。

 あの竜は嘘を吐かないからといって、真実のみを語ってくれるわけではない。


「ねぇ、リューク。ディーはどうして協力してくれる?」


 またしても思考の渦に囚われ始めていたレックスを、ワカナがゆっくりと呼び戻す。

 視線を向ければ、いつもの何を考えているのか分からない無表情の中に、さざ波に似た真剣さが感じられた。

 誘われるように声がでる。


「どうしてって……。それはたぶん、ファルサが気に入ってるからじゃない?」

「ルースなら、わざわざ協力しなくたって傍に置いてくれる」


 表向き神獣としているディーバとファルサの取引をワカナは知らない。だからこその質問だったのだろうが、それはレックスにしてみれば盲点であった。

 愕然としていれば、ワカナの茶色い瞳がぐるりとホールを見渡し、元の位置へと戻ってくる。


 今だけは、彼との会話が痛かった。無駄を一切省いた、最小限の言葉が重い。聞かなければならないと分かっているからよりいっそう。


「リュークにとって、きっとディーは優しい」


 そうだね、と苦笑して頷く。

 厳しい中にも存在する温かさを思い出した。


「ワカナにとっては違う?」

「……ディーが初めて戦った時、傷を治したのは知ってる?」

「もちろん。戦場の様子は出来るだけ詳しく聞くようにしているから」


 そのおかげもあり、ディーバは神獣として反乱軍に受け入れられ、多くの恩恵を与えてくれている。

 だからといって、それが理由ではない。この一年、ファルサを間に共に歩んだ結果そう感じた。

 するとワカナは痛がるように柳眉を寄せた。


「その時、ある一人が千切れた腕を元通りにしてもらっていたよ」

「さすが凄いね。それで?」


 これが前置きだと分かり先を促せば、ワカナが緩やかに語る。

 曰く、治癒を受けたその者は、一命をとりとめるどころか腕を失わずに済んだ事で、いたく神獣を崇拝したそうだ。


 けれど、その方向がよろしくなかった。それからしばらくして、ディーバが参加した二度目の戦いで、彼は治癒を盾にしたらしい。ワカナは丁度どちらの時も近くにおり、一部始終を全て見ていた。

 その者は無謀にも、傷付くことを前提に剣を振り、そして腹部を刺されたという。敵を討てはしたが致命傷だった。とはいえディーバであれば、死んでいない限りはどうにでもなることをレックスも知っている。


「そいつはディーに言った。また頼むって」


 なんてことをと言わざるを得なかった。ディーバは類稀なる力を持ってはいるが、それを発揮することを良しとしない上、使う場合も反乱軍のためではない。必ずそこには自分の欲が優先されている。


 治癒をしたのは呻き声が煩いからで、レグルスの策により傷を受けた時も報復が目的だった。それらを人々が勝手に解釈し、勝手に褒め称え、勝手に期待しているだけだ。

 竜の怒りを買ったことは目に見えていた。


 しかし、レックスが思ったより遥かに、その神獣は非道すぎた。


「ディーはね、一瞥して見捨てるどころか身体を踏みつけて、彼が殺した相手の剣を器用に咥え右腕を切った」

「なっ――――!?」

「ルースは知らない。見てないから。凄かったよ、目が全然笑ってなかった」


 そのままその者は息絶えたそうだ。

 約束を破っていたのかと罵るのは簡単だ。けれどディーバは言うだろう。与えたものを返してもらっただけだと。


「ディーの優しさは危ない」


 ワカナは死んだその仲間に同情こそしていないが、ディーバと深く関わることでレックスに何かしらの危険が及ばないかを危惧していた。

 そして言う。


「まるで諸刃の剣。ルースと一緒」

「どういう…………」

「意味? そうだね、あの二人の心はいつも迷子だから」

「迷子って、そんな子供みたいな」

「でもそうだよ。違うのは、ルースは人間で、出来ないことが一杯。だから俺たちは信頼できる」

「ディーバは?」


 苦しいあまり顔を歪めながら、レックスはワカナの言葉を受け取る。何度も落としそうになるので必死に。

 つくづく自分は他人に恵まれていると実感した。足りない部分をいつだって誰かが補ってくれる。


「ディーは、間違えられないから怖い。それに……」

「それに?」

「きっとディーは、リュークであっても簡単に食べちゃう。俺なんてもっとだ。ルースだけが違う」


 だからあまり近付いて欲しくない。ワカナはそれだけを本当は伝えたかったのかもしれない。

 ただ、独特な感性を持つ彼の使う言葉は、忠告で留まるには不適切だ。痛い所を抉っていく。


「ディーの世界はきっと一色。そんな中でルースが違って見えたから、俺は協力してくれてるんだと思う」

「その景色を見てみたいからってことか」

「正直、ディーが神獣かどうかなんてどうでも良い。俺たちが護りたいのは、ルースじゃなくてリューク」


 まるで自分は眼中にないと言われているようだった。おもわず悔しさから拳を握る。

 それに気付いたワカナこそ悲しげに俯いた。そしてか細く「ごめん」と、垂れた髪の隙間から謝罪が届く。


「どうしてワカナが謝るのさ」

「だって……。俺の言葉はいつも人を傷付ける」

「もしかして、だからあまり喋らないの?」


 小さな頷きを前に、弟がいたらこんな気分になるのだろうかとレックスは思った。それぐらい今のワカナは弱々しい。実際は彼の方が二歳も年上なのだけれど。


 たしかに痛かったが聞けて良かった。いや、聞かなければならなかったことで、謝らなければならないのは言わせてしまった自分の方だろう。決戦を目前に誰もが覚悟を決める中、相手が竜だからといって試練だなんだとうつつを抜かすべきではなかった。事情を知らない者からすればきっとそうだ。

 それでも、受けてしまった以上は見極め合わなければならない。あの狡猾な竜とこれからも関わっていきたいと、この期に及んでも思ってしまうのだから。


 レックスは、強張った顔を緩めていつもの柔和な笑みを浮かべると、そっとワカナの頭に手を置いた。それはファルサがこれまで何度もしてくれた仕草と同じ。


「これからも俺の相談に乗ってくれる?」

「……でも、俺」

「ワカナの言葉、すごく助かった。この先俺が王になってからも、その鋭敏な目を今度は民のために役立ててほしい」


 気遣いではなく本心で言えた。

 するとワカナが満面の笑みを浮かべ頷く。初めて見たそれはどこか可愛らしいものだった。

 そして彼は、ゆっくりと膝をつき頭を垂れる。


「いつまでもお傍に、我が君」


 その態度はとても居心地が悪く、慣れるまでしばらくかかりそうだったが、レックスは立てとは言わなかった。

 ただただこうやって王になっていくのだと、仲間との間に築かれ行く垣根を甘受する。


 それからしばらくの間、レックスはホールを歩きまわって様々な物を手に取り、ディーバの意思を探ることに専念した。

 しかし、目ぼしいものは何一つないままで滞在一日目は終わりを迎える。

 ディーバは十分すぎるほどの食糧を用意してくれており、おかげでワカナの料理を思う存分満喫することができた。その腕は貴族の肥えた舌をも唸らせ、今まで発揮させてやらなかったことを後悔したほどだ。

 それを彼女は食べずに気付いていたのだから、それにもまた未熟さを再認識した。


 他の仲間は今頃どうしているのだろう。宛がわれた寝台の上で、案じることしか出来ない自分を情けないと思った時、レックスの脳裏には美女の妖艶な笑みが浮かぶ。


(これが俺の選んだ道だと、ディーバはきっと言うんだろうな)


 だからあの竜を手に入れたのはファルサだったのだ。


「敵わないなあ…………」


 その想いの源は一生己の胸の中へ。

 この夜以降、レックスがそれについて憂いを浮かべることはなかった。




 ――そして城での滞在二日目。

 またしてもワカナを連れて二階へと赴いたレックスは、重厚な扉のさらに奥、数色ある中からアデュイオンが含まれたエリアの額縁と同色な扉を選び開いた。

 女の姿なディーバの髪を連想させる深い黒の扉。その先にあったのは、ホールよりは狭いがそれでも広い一室だった。


 そこには統一性の無い壁画や彫像、武具や装飾品などが所狭しと保管されており、前日のワカナの憶測を強くする。どれもが歴史的価値が高そうで、年代の幅も大きい。

 一つ一つを観察していけば、中には初代アデュイオン国王と見受けられるの肖像画まであった。しかし、なぜかそれだけ扱いが雑で痛みがひどい。他はどれも丁重に扱われているので余計に目立ち、二人して首を傾げたほどだ。

 残念ながら理由は分からず、とりあえずは放置しておく。


 そして、レックスは見つけた。部屋の最も奥、片隅に佇む小さな棚。これまでに比べればとてもみすぼらしかったが、並べられた本の全てが扉と同じ色をしていた。

 幸いにして、中身はレックスでも読める言語だった。

 誘われるように一冊を手に取り開けば、あまりの衝撃からよろめいてしまい、棚でしたたか肩をぶつけてしまう。


「リューク……?」


 ワカナが気遣いながら声をかけても、昨日とは違い意識を戻すことはできなかった。

 ひたすらページを捲り読み進める。たった一冊でもこうだというのに、レックスは途中で別の本へと手を移動させ、全てにおいて似たような反応を見せた。


 その本棚に納められていたのは、誰もが知る常闇の魔女にまつわる書籍だった。伝説だけが残り、あまりの資料の少なさで学者の中には絵空事と評する者もいる。

 どのような人物だったのか容姿すら曖昧で、それでも多くの子供が悪さをすれば、事あるごとに親から言い聞かせられる台詞を担う悪しき存在。


〝良い子にしないと、常闇の魔女に食われてしまうよ〟


 レックスも似たようなことを通っていた教会の司祭から言われ、何度も自分のために泥を被るファルサの身を案じてきた。

 今の歳ではもうそんな不安は抱かないが、それでも畏怖すべきなのは変わらない。


 新たに取った本の見出しには、こう書かれていた。


『その魔女は天に巨大な陣を出現させ、世界から光を吸い取り奪った。太陽を失った人々は恐怖に陥り、必死に神々へ祈りを捧げるも願いは届かない。

 その様を笑いながら、魔女は高らかに宣言する。光を取り戻したくば我を討て。さもなくば、この世は終焉を迎えるだろう。絶望を美酒に我は待ち受けん。と――』


 しかし、次のページではっきりと、常闇の魔女も一人の人間で魔術師であったと記されている。

 さらには、どんな高名な学者でさえ知らない容姿までが、まるで実物と会ったことがあるかのように詳しく残されていた。


「……艶やかな黒髪が彼女を常闇とした所以。その美貌は数多の男を虜にし、澄んだガーネットの至宝は獣さえ魅了した。かつて声を用いて術を駆使した名残か、魔術師は総じて美しい声を奏でるも、この魔女はそのどれもを凌ぐ響きで、まさしく神にも等しい姿を有する」


 レックスの声が呆然と文字を辿る。

 目を手のひらで覆いなんとか途中で制止するも、目蓋の裏には明確にぴったりと当てはまる姿が浮かんだ。


(ディーバ、君は――――)


 これだと直感した。試練はこれだったのだ。

 死から生まれる竜の、人間だった頃のディーバを知り、それでも尚これまでと変わらない目を向けられるかどうか。昨日あれだけ悩んだ多くの疑問も、ほどんどが解決してしまった。


 この城はたしかにディーバの所有で嘘は言っていない。ただし、それ以前に活用していた者がいた。

 ――常闇の魔女が住んでいた。


(それでも俺は……、俺たちは)


 レックスはワカナの存在を忘れ、零れ落ちそうな涙を堪える。

 知り得た情報を一心に刻んだ。


(君を手放したくない)


 なぜなら知っているから。真実を手にしても、ディーバという竜を知っている。

 言葉を交わし、時を共有し。けして長いとはいえないけれど、それでも判断するのに重要なのは現在(いま)であると思いたい。


 そんな時、レックスと同じく適当な本を眺めていたワカナが控えめに口を開いた。


「この瞳の色した人、不思議な力でもあるのかな」


 慌てて彼がいることを思い出し表情を引き締める横で、人の姿を知らないおかげで平静を保てている目は違う視点を捉える。

 黙って続きを待てば、さらなる秘密を紐解くものがもたらされた。


「癒しの歌い手も、神の声を持つ吟遊詩人もガーネット。あと、孤高の探検家も」

「孤高の探検家?」

「知らない? どんな過酷な場所にある遺跡も攻略できる腕がありながら、金銀財宝には目を向けないって」


 心当たりのないレックスだったが、無理もないだろう。ワカナは元々アデュイオンから西の亡国出身だ。

 しかし、今重要なのはそこではない。その伝説の者達が各地を転々として、名を広めたということ。


「いつ頃生まれた話なんだろう」

「下にならありそう」


 助言によってそれについては一先ず棚上げとし、今度は丁寧に常闇の魔女にまつわる本の全てを読んでいった。

 それは一日で終わらず三日ほどかかったが、容姿以外の特徴もまるっきりディーバと重なり、もはや否定することはできない。


 どうやら常闇の魔女は、当時の術者からしても異端だったようだ。攻撃魔術以外が発展しなかったのは、軽々と行使していた防御の魔術であっても、地形を変えた時と同じぐらいの技術と負担がかかるせいらしい。

 にも関わらず、彼女は補助の類を好んで使い、それでいてあまり人の前に現れなかった。

 だとすれば、力を純粋に力として使っていた深緑の魔術師が最強だったとして、術者の腕は常闇の魔女の方が上だったのかもしれない。

 二人は顔見知りだったと、深緑の魔術師の友人という著者は語っている。


 全てを読み終えても解せなかったのは、どの本も世界を滅ぼそうとした魔女を否定的に語っていなかったこと。文字の中には同業者としての敬意と、最後まで相容れなかったことへの名残惜しさだけが隠されていた。

 だから、ワカナがぽつりと零した疑問が余計に響く。


「常闇の魔女は、どうして世界を夜に染めたのかな」


 否が応でもこの先知っていかなければならない自分と、知らないままでも許されるワカナのような立場の者たち。知らせるべき者を見極め、もたらされる情報がどんな重さでも揺らいではならない重責。この五年、駆け抜けるだけでは自覚たりえなかったものがどんどんと浮き彫りになっていく。

 それは、常闇の魔女が秘した歴史の中にも多々あった。


 たった一週間が、とても長く感じられた。この試練を受けるべきでは無かったのは変わらなくも、受けてよかったとレックスは思う。こういった矛盾もまた、これから数え切れないほど抱えることだろう。


 そして時は来る。かつて世界を滅ぼしかけた者との対峙が。万にも及ぶ死がどうやっても避けられない戦場を作るその時が。

 ディーバはこれまでと何一つ変わらない威風堂々とした姿で現れ、真っ直ぐな視線で自分を見てくるレックスを笑う。


「首尾は?」

『上々だ』


 銀のたおやかな尾が、ゆっくりと大きく揺れた。






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