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魔女の眠り、竜の目覚め 11

『魔女の眠り、竜の目覚め 9』から三話連続で更新しています。





 それから戦神を放置し現状を把握することにした常闇の魔女は、地上にて自身が犯していた所業を知り、あまりの愉快さで死にそうなほど笑い転げてしまった。

 奪われたものは、深緑の魔術師を山から二日は出られないようにするだけのものだったというのに、いつの間に世界から太陽を奪うほどの大層な術に生まれ変わってしまったのか。それを使っての脅しですら卑怯だと思っていたが、まったくもって可愛いものだった。

 そう――自分を諦めれば術が解け、諦めないままならば深緑の国を破壊するなど、世界の滅亡に比べれば大したことはない。

 そんな嘘を、戦神はスケールを広げるだけに留まらず現実のものとした。


「まあ、今日明日で滅ばないだけマシということか。しかしこの術、一体どういう仕組みをしているのか」


 人々の前に出現した陣そのものは発動したことにより消えているが、常闇の魔女の魔力が大本なため、その瞳にはいつでも空を埋め尽くす陣を映すことができる。今まさに騎士が隊を組み民が奮起し、自分を追っているにも関わらず、本人は好奇心を満たすことの方が重要らしい。

 さすが神が手を加えただけのことはある。陣の一つをとってもあまりに綿密で精巧で、称賛の域を超えていた。

 だが、常闇の魔女が注目したのはそれを作る古代語ではなく、ひっそりと隣の陣へ伸びている糸だった。どれもこれも隠れるようにそれがあり、辿っていた視線はあまりの不毛さで中断される。戦神と対峙した高さまで昇れば全容が把握できるのだろうが、自力でのそれはいささか厳しいものがある。

 とはいえ、そこで諦めないのが魔女だ。彼女はしばらく悩んだ後に、ふと右手を前へと伸ばし集中した。


「大地の神よりは、まだ、素直そうな力、だな」


 呟きつつも額には大粒の汗が浮かび、この術がもう自分のものではないのだと突き付けられた。

 破壊するのは不可能だった。少しばかり呼び戻すだけでこの様。それどころかこれが精一杯で限界だ。

 それでもなんとかやり遂げれば、手のひらには上空のを縮小したものが今にも消えそうな弱々しさで浮かんでいた。

 成功に安堵し、把握できたことに歓喜し。常闇の魔女の行動は決まった。

 ただ、神が用いた術をせっかく知りながら、それを研究できないことだけが残念だ。せっかく次々とアイディアが湧いてきたというのに。


「もう十発ほど蹴ってやれば良かったな」


 そして、その数時間後、彼女は約半年ぶりに故郷の土を踏んだ。

 破れてしまったものを着替え、新たに選んだのは瞳と同色な短い丈のドレス。それを身に纏い、再び深緑の魔術師と相見えた。今度は隣にアルトも居る。


「そんなに驚くほどのものか? むしろこれだけの騒ぎでこそこそする方がおかしいと思うが」

「…………姫」

「久し振りだな、アルト。どうした? まるで化かされたような顔をしているぞ」


 四方を武装した集団で囲われ、膨大な殺気を一心に受けているというのに、常闇の魔女はその場で誰よりも威風堂々と佇む。導きの国(アデュイオン)と新たに名付けられた国の王より、彼女は気高く立っていた。


「腕の具合はどうだ? これでしばらくは、馬鹿な考えにうつつを抜かさずに済みそうだろう?」

「てめえ…………!」

「心配には及ばない。常闇の魔女は元々無口だからな。多くは語らないさ」


 その姿は知人ですら同一人物とは思えず、特に深緑は困惑した。

 表情が豊かだったからではない。派手な服だからでもない。

 強い意志により、さらに磨きのかかった美しさに圧倒されたからだ。

 彼女は一振りの宝剣を手にしていた。魔術師にも彼女にも、大抵の場合は無縁の武器。それは深緑の魔術師が王となるにあたって、すでに血に濡れている。


「だが、語らないからこそ見ている。見続ける。誰にも殺されない」


 真っ先に動いたのはアルトであった。

 剣を奪い取ろうと手を伸ばし、ただの魔力に拒まれた。

 その間、常闇の魔女は、一瞬たりとも視線を向けない。彼への返答はそれで十分だ。


「貴様にも、国にも、神にもだ」

「そんなにも俺が気に入らないってのか! それとも親友のささやかな願いを叶えようとするのが悪いのか?!」

「魔術師だからだ」

「だからアルトが居るんだろうが! 他の連中もだ!」

「それでも王が貴様ならば、最後に全てを背負うのもまた貴様だ。だが、人として壊れているあたしたちの持てる量はたかが知れている」


 包囲網はじりじりと狭まり、逃げるとすればもう空しか残っていない。それも、隻腕になったとはいえ深緑の魔術師相手となれば一筋縄ではいかないだろう。

 けれど、常闇の魔女には考慮している様子がなかった。あるのは深緑ですらたじろがせる気迫と、王をも凌駕する威厳ばかり。

 アルトにのみ、その先で待っているものが分かっていたのだろう。だからこそ憚らずに駆け出し、全力で拒絶された。


「慈しみが欠けている貴様ならなおさらだ」


 常闇の魔女が深緑の魔術師へ剣を向け言い放つ。

 この独壇場で述べられるものは、どれも記録には残らない。残せなかった。

 深緑の魔術師が応戦に入ろうとし、多くの者に止められた。それは御身を慮ってか、それとも被害を考えてか。

 だが魔女には預かり知らぬところ。彼女はただ目的だけを果たす。

 

「腕、直してやろうか?」


 とはいっても、当然ながら脈絡すらない言葉に誰も信用を寄せはしない。

 申し出たのは他でもない、今まさに世界を滅亡へ導こうとしている者なのだから。

 しかし、分かってはいても深緑の魔術師にとっては魅力を感じざるを得ない。傷口を押さえ探る目付きを返している。

 そして、それは突然だった。

 常闇の魔女が剣を下げた途端、深緑の魔術師が獣のように唸りながら蹲る。

 その異変を合図に、剣や槍、矢が一点を目指し集中した。


「ふふ、やはり痛みで集中しきれていなかったようだな。あたしに隙をつかれるなど、余程のことだ」

「ぐ……っ……うぁ……」

「ん? 何をするだと? ちょっとした親切心じゃないか。直して欲しそうだったからな」


 だが、それらはわずかなかすり傷さえ刻めなかった。

 常闇の魔女と深緑の魔術師、アルトの足元で陣が光ると、三人をドーム状の結界が覆う。


「どういうつもりですか、姫!」


 深緑の魔術師を庇いながら、アルトが叫んだ。

 首が傾ぎ、大きく開いた胸元を髪が撫ぜる。ガーネットは、深緑の魔術師の不自然に盛り上がり始めた腕を失った肩を凝視している。


「結局、この術を褒めてくれる者は誰もいなかったな」


 ぽつりと零した先で、痛みに耐え切れなくなった深緑の魔術師が上着を脱ぎ、結んでいたシャツの袖を解いていた。

 絶えず結界を叩いていた音が止む。背後の息を呑む気配でアルトも振り返れば、風で揺れるだけになってしまった空間を何かが通り、袖口から覗いたのは五本の指――


「動かしてみろ」


 一人だけ満足そうに頷き、常闇の魔女は堪えきれずに笑う。

 それはけして響きが良いとはいえず、何かを隠しているとありありと伝えている。

 アルトが口を開きかけ、それを深緑の魔術師が止め立ち上がり、新たに生えてきた腕を持ち上げて拳を握った。

 ささいな違和感も痛みも無く動く。けれど表情は、まだ脂汗が引かず苦しげだ。


「大丈夫そうだな。さて、これで残すところ後一つ」

「姫…………!」

「うるさいぞ、アルト。深緑の腕が戻ったのだ、もっと素直に喜べ」

「それだけなはずがない! 彼に何かしたでしょう?!」


 アルトの問いに、悲しみが浮かんだのはどうしてだったのか。


「所詮、この程度か」


 それは誰に対しての呟きだったのだろう。

 ほんの一瞬、常闇の魔女は二人と出会った頃のような幼さを取り戻し、アルトを見つめた。


「なあ、分かっているか? さきほどからお前たちは、深緑への所業を問いあたしを責めるが……。誰一人として、光を奪ったことを口にしていない」

「それ、は……」

「たとえばあたしにそれが可能な力があったなら、そうするだけの理由を作っているのだと自覚しているからだろう?」


 けれど、罪悪感は無く、含めた物言いにさえ気付かない。

 これでよく導きの国など言えたものだと呆れてしまう。


「だがな、あたしは人としては誰よりも壊れているが、だからこそ誰よりも魔術師なんだよ。哀れで愚かで、生きることさえままならない魔術師だ」

「やめろ!」

「姫!」


 そして常闇の魔女の両手は剣を握り、深く奥まで刃を埋めた。――――自身の豊満な胸へ。


「馬鹿、が。全力で、壁を作れば、貴様の攻撃も、どうという、ことは、ないわ」


 大量の血を吐きつつ、それでも膝をつかない姿を誰が罵れよう。

 治癒と同時に施したのは、夜な夜な自分が手に掛けた者の現れる夢を見るだけの術。死に比べれば安いはずだ。

 もっとやりたいことが沢山あった。知りたいことが沢山あった。

 なぜ人は集まり、そこで様々な姿を見せるのか。笑うことはできるようになったけれど、結局最後まで泣くことはできないままだ。瞳からあふれる雫が一体何で出来ているのか、気になってたまらなかったというのに。


「どう、せ……、お前たちは、この死を利用、するのだろう、な」


 けれどそれは望まぬ最悪な形であり、さらには、この先どれほど彼らが苦労しようとも、そこでの成果には必ずといって良いほど常闇の魔女の存在が付き纏うことになるだろう。

 この二人の王が手の施しようもないほどに愚かだったならば喜ぶだけなのだろうが、そうではないから目の前で驚愕を浮かべている。驚愕と、怒りを。


「せい、ぜい、英雄として、褒めそやされる、が良い」


 闇の中でも分かるほど、常闇の魔女の足元は赤く染まっていた。

 それでも彼女は笑い続け、そして言う。


「だが、未来を、作るのは、この国の柱は、壊れた魔術師でも、魔術師になりたかった、人間でも、ない。常世なる闇の、あたし、だ――――!」


 それが常闇の魔女の最後の言葉。もはやほとんど失われた視界で、彼女が死の間際に見たのは淡く温かな光であった。とても美しく眠りは訪れた。

 それは彼女から溢れ出ており、静かに空へと昇っていく。

 そして徐々に強さを増し、最終的には世界中、余すところなく眩い光で埋め尽くした。


 こうして世界に太陽が戻り、史上類を見ない脅威を退けた深緑の魔術師は、英雄として長く語られることになる。

 だが、光が薄れ視力を取り戻した時、本人を含めその場に立ち合った誰一人として、常闇の魔女の亡骸を発見することはできなかった。

 そしてその後、アデュイオンは初めの方こそ数度に渡り領土を広げようと戦争を起こしたが、王の変化と共にゆっくりと穏やかな歴史を歩むようになる。

 けれど、初代国王は英雄として世界へ名を轟かせたが、魔術師として類稀な力を持ちつつも、たったの一人にもその才能を子孫へ継がせることができなかった。

 副王については、国王の名声に隠れあまり文献が残っておらず、かろうじて伴侶を得なかったことだけが分かっている。

 彼らが一生をまっとうする間、他国ではガーネットの瞳を持った美女の姿が何度かあったのだが、ついぞその情報が伝わることは一度としてなかったという――







 □□□





 長い、長い夢を見ていた。虚しさだけが広がる、つまらない夢だ。

 ディーバは重い頭を振りながら目を開け、小さくため息を吐く。けれどもその頬は、ほのかに緩んでいた。


「今思えば、大変だったのはその後だったな」


 過去を思い出したのは久し振りだ。とっくに忘れたとすら思っていた。

 穏やかな日々がそうさせたのだろうか。そう訴えずとも、この時がどれほど儚くかけがえのないものなのかは分かっているというのに。

 空を仰ぐと、雲一つない爽やかな景色が広がっている。

 あれから、死んだはずだと思いつつも深い眠りから引きずり出されると、耳にはひどく下品な笑い声が響いており、体の奥では感じたことのない力が渦巻いていた。

 そして、長い時間をかけて落ち着いた戦神から知らされたのは、己が竜に返ったことだった。

 最悪だったのは、それから戦神とのお遊びに付き合わされたことだ。戦神と深緑の魔術師、両方を出し抜ける良い作戦だったはずなのだが、どうやら片方は予想外な結果をもたらしていたらしい。借りを綺麗さっぱり返せたことを良しとするしかなかった。

 魔術師であった時ですら力を望んだことは一度としてなかったが、竜になったおかげで魔術師がよっぽど人らしく生きれるようになったのだから文句は言えない。いつか必ず、彼らは人へと戻れるだろう。いや――もうとっくにそうなのかもしれない。

 語りつくせぬ苦労があった。けれど、今この瞬間に後悔も苦労も、苦痛も悲しみも、全てをまとめて良かったと思えるのならば、それは幸せなことだ。幸せだと、一言で表現して良いのだろう。

 ディーバはそう考え、膝の上の小さな塊を揺する。


「起きろチビ助。そろそろ帰らねば、皆が心配する」

「んー…………」

「菓子抜きになっても良いのか?」

「………………だめ!」


 脅しは効果的面なようだ。

 レックスの息子は飛び起きると、今まで眠っていたのが嘘のようにディーバの腕を掴んで立ち上がらせようとする。

 彼女の背中には、多くの者の名が刻まれた慰霊碑があった。

 神聖な場所を寝床に選ぶなど罰当たりも甚だしいが、ディーバがレックスの国で暮らすようになってからというもの、常に絶えることのない献花は正面にだけ捧げられなくなった。

 そして、そこを通り過ぎる人々は、時折見られる穏やかな場面に笑みを零すのだ。憧れと尊敬と感謝を抱く竜と時代を紡ぐ幼い王子が描く、未来溢れる様子に対して。


「ディー?」

「なんだ」

「こわいゆめみた? だいじょうぶ?」


 きっとこの国では、優しい風が吹き続けるのだろう。

 ディーバは心配そうに自分を見上げる視線に微笑むと、安心させるよう頭を撫でる。


「大丈夫だ、気にするな」

「こわいときとか、かなしいときとか、いつでもいってよ」

「どうしてだ?」


 けれど、父親とそっくりで見た目は弱そうなくせして、その眼差しはとても力強い。心、強かった。

 ディーバが歩き出せば少し小走りで隣に立ち、手を握ってくる。


「だって、ディーのこと大すきだから!」

「そうか、大好きか」

「うん! ぼくもとーさまもかーさまも、おしろのみんなも、まちのみんなだってディーのことすきだって!」

「それは嬉しいな」

「でもぼくがいちばんだけどね!」


 小さくて温かく、そして柔らかい。

 けれど不思議と、武骨で分厚く、大きな手と重なった。さらには、細くペンだこのある手とも。


「ねぇディー、ルースのおはなしして!」

「チビ助は本当にファルサのことが好きだなあ」

「だってとーさまとディーのかぞくは、ぼくのかぞくだもん」

「そうだな。ならば仕方がない。今日は久し振りに、あいつとの出会いの話をしてやろう」


 そして二人の後ろ姿は、白い建物へと続く色鮮やかな花畑の中に消えていった。


「ディーのこと、ぼくが守るんだ」

「なら、ディーバも守ってやらねばな」

「やくそく!」

「ああ、約束だ――――」





 以上でディーバの過去にまつわるお話はおしまいです。

 楽しんでいただけたでしょうか?

 次回は、ディーバがレグルスと対峙する場面を更新して、これといってアイディアがなければそのままもう一つのエピローグを追加し完結とさせていただきます。

 よければ最後までお付き合い下さい。


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