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魔女の眠り、竜の目覚め 2




 力を持つ代償としてか、魔術師はなにかしらの感情が欠落している。大体が思いやりや慈しみといった情というもので、そのせいで好戦的な性格となりやすい。

 とはいっても、自ら争いを生み出すことはしない。魔術師としての性を目覚めさせない限りは、一応の共存が可能であった。

 だから多くの国は、こぞって彼らを切り札として抱え込んだ。本人達へは保護を名目にしていたが、民の目には監視に映ったことだろう。

 戦神の介入を受けた少女は、魔術師としてはかなり遅く力が顕現したことになる。

 王城での日々は、場所に対してとても地味なものであった。

 非常時には最前線へ赴くが、普段の魔術師はその力を研究する事を役目としており、その生活は孤児院以上に静かなもの。さらに同胞であっても馴れ合いを好まない集団は、大体が親に売られるか紆余曲折を経て辿り着くため、名が無い者も少なくない。

 もっとも、どんなことに関しても興味が無ければ覚えようともしないのだから、あったところで意味は成さなかったかもしれない。

 だからといって、呼称がないのも不便だ。故に彼らは、色によって相手を判断する。

 久方ぶりの新参者となった少女は、そうして常闇と呼ばれるようになった。

 この時はまだ魔女とは呼ばれず、ただの魔術師の一人だった。

 常闇の魔術師はしばらくの間、誰に師事されるでもなく力の使い方を学び、技術力を高めていった。それは当たり前な姿だったが、だからこそ周囲は彼女が自分たちとは異なった在り方をしていると気が付かなかったのだろう。

 攻撃ばかりに特化しているはずの力と全く真逆な方向へと進んでいることを。

 そんな彼女は、魔術師の中では埋もれていたが、周囲からはとても目を惹いていた。

 浮世離れした美貌を持つ集団の中であってもさらに特筆して美しい容姿に微塵も動きを見せない表情が、まるで神を模した彫刻のようだと囁かれる。

 後の人生と深く関わる出会いが訪れたのは、城内の書庫から戻るため廊下を歩いていた時のことだった。


「美しき魔術師殿」


 突然掛けられた声に足を止め振り返れば、背中で流す髪が羽衣のように揺れる。

 相手は服装から、文官と見受けられる若い男だった。


「…………?」


 常闇の魔術師は、登城してからまだ一度も言葉を発した事がなく、この時もそうせずに首だけを傾げて男を見つめた。

 すると、徐々に相手の顔が赤く染まり始めるのだが、それすら同じような状況を何度も経験しているので、目蓋だけが時折動くだけだ。


「お暇でしたらどうでしょう、お茶でも飲みませんか?」


 しかしこの男、相手が何者かを分かっている上で行動しているのだから、かなりの勇者か本気で惚れてしまったのか。でなければただの馬鹿である。

 国王ですら魔術師と接する際には下手な外交より気を使い、可能な限りそうならないよう務めているのだ。各人によって地雷が違うので、扱いにかなり神経をすり減らす。

 男は無言を了承と取ったようで、無謀にも常闇の魔術師の腕を掴んでいた。


「以前からあなたとはお近付きになりたく思っていたんですよ」


 そして、人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。

 どうやら愚か者であったらしい。

 よくよく観察してみれば、それなりな容姿をしている。態度や言葉も併用して口説けば、十分にもてるだろう。

 だがそれは一般的な目線であり、魔術師と比べれば霞んでしまう。

 もとより、魔術師に恋だの愛だのは無縁だ。求められて答えるのは肉体的なものに留まり、子が出来たとしても世話はほとんどしない。ただしその度合いは、それぞれの育った環境にも起因するので必ずしもそうとは限らないが、だとしても彼らの世界は自己で完結していて他者が入り込む余地は狭かった。

 常闇の魔女は、半ば無理やり引きずられながら掴まれた腕を眺めた。

 ただし無表情なままなので、それがさらに男を図に乗らせる。ここまで感情を表に出さないのは、さすがの魔術師でも早々居ない。

 彼女でなければ、おそらく今頃は消し炭になっていただろう。

 無言を貫く相手を余所に、男は軽い口をひっきりなしに動かしていた。


「待て」


 それが止まったのは、後少しで城門をくぐるというところだった。

 男の暴挙を制する声に二人共が視線をやれば、そちらにもまた二人の人物が立っていた。


「常闇の魔術師殿はこちらへ」


 片や威圧感溢れる鋭い雰囲気の身長が低めな青年、片や穏やかさに満ちた柔和な長身の青年。とてもアンバランスな二人組である。

 彼女を誘導したのは後者で、もう一人は憤然とした態度で愚か者を睨んでいた。


「お怪我はありませんか?」


 見上げなければ顔を合わせられず、いささか息苦しさを感じた常闇の魔術師であったが、それは相手の瞳の色の中へと吸い込まれていく。

 とても儚げな沈黙を表現したかのような暗い藍色をしていた。


「常闇の魔術師殿?」


 反応をみせないことを心配したその青年が、腰を屈めて覗きこんでくればさらに深みを増す。


「…………綺麗だ」


 気付けばそう口にし、常闇の魔女は相手の顔を両の手で包みこんでいた。


「お前、喋れたのか」


 予想外なこの行動には、常日頃冷静さを売りにしているはずの長身の青年も言葉を失い固まってしまう。

 はからずも時を止めた二人を呼び戻したのは、生い茂る樹木を身に移した深緑の色をもってしても本人の気質を隠せない、常闇の魔女へ手出しした男を請け負っていた青年であった。

 彼は貴族の装いでありながら、魔術師を示す水晶のピアスを右耳で揺らしていた。


「とりあえずアルトを離してやれ」

「アルト?」

「お前が今掴んでる奴の名だ」


 件の男はいつの間にか消えている。

 しかし、常闇の魔女はそれを疑問に思うどころか、ましてやほんの数分前まで不本意にも共に居たにも関わらず、綺麗さっぱりと忘れていた。

 とりあえず言われた通りに手を離すが、アルトというらしい青年の体勢はそのままの状態での維持が続いている。行動の次には声にやられたらしい。

 それも仕方がないのだろう。常闇の魔術師の声は、同胞であっても心地良く感じるのだ。普通の人であれば、神のそれにも匹敵するだろう。


「ちなみに俺の事は深緑で良い。どうせ覚えんだろうし、同胞は皆そう呼ぶ」


 彼は頷くのを確認してからアルトに正気を取り戻させるため、かなり強めに腰を叩いた。


「届かないのか」

「やかましい」


 そこは頭ではないのかと思い、すぐさま気付いた常闇の魔女が遠慮なしにそれを言葉にする。

 鋭い睨みと共に力を感じたところから、やはり小さい方は魔術師であったようだ。

 けれど、それにしてはかなり人らしさを残している。

 やっと我を取り戻したアルトともそうだが、常闇の魔術師ともまるで正反対だった。

 かといって、興味が湧いたかといえばそうでもない。

 珍しく心奪われたアルトの瞳も堪能し、良く分からないが問題も片付いた。

 そして彼女は、会話を交わす二人を前に礼を言うことなく背中を向ける。

 

「待ちやがれ」

「噂以上のお方ですね」


 二人がそれを引き止める。

 振り返った時の、まるで何者か問うようなガーネットは苦笑で終わらせるが、深緑の魔術師は自分とのあまりの欠落の差に内心で驚いていた。


「噂?」

「歩く彫刻、能面姫…………。とにかくだ、飯行くぞ」

「そうですね、丁度良い時間ですし。他人事のようにしていますが、あなたもですよ常闇の姫」

「俺も堂々とは人の事を言えんが、さすがにこいつよりはマシだな」

「平気で三日も食事を忘れる人の台詞とは思えませんね」

「うるせえよ」

「あ、ちなみに姫がちゃんとした食事を取ったのはいつが最後ですか?」


 だがそれも、常闇の魔術師と比べれば軽いだろう。

 繰り広げられる会話の応酬は目まぐるしく、噂の答えを把握するより早く質問が襲う。

 彼女は普段の倍首を傾げた。

 二人は急かさずに答えを待つ。

 しかし、首が反対へと移動し、腕が持ち上がって繊細な指が折れる数を眺めていれば、身体は自然と動き出す。


「一週間くらい前だ」

「…………行くか」

「…………ですね」

「水はしっかり取っていたし、たまにクッキーを食べていたぞ」


 なんとなく不穏な空気を感じて弁明する常闇の魔術師であったが、その両腕はしっかりと男達に捕らえられていた。

 そうして彼女はまるで連行されるかのように、食堂へと連れて行かれたのである。相手が変わっただけで、結局は誘いに乗る形となった。

 これが、二人の魔術師と一人の人間の関係の始まり。それはまるで、いつかは立派な樹木も枯れてしまうように、沈む光と共に人々が沈黙するように、将来において儚くも脆く崩れてしまうのだが、この時はまだ全てがその枠組みすら形成されていなかった。

 ただただささやかな幸福が芽吹いただけだった。


「で、お前はちゃんと俺らのことを記憶したんだろうな」

「…………?」

「私はともかく、同じ魔術師でありながらっていうのは、少しばかり不憫ですね」

「魔術師なのか?」

「それすらかよ!」


 深い眠りに就いた記憶の目覚めは、まだ続く――






 

 

 

 

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