お嬢様になりたい
日本で執事を雇うことって可能なんだろうかと思った話。実際にできるらしいがもちろん実際にやったことはなく、想像で書いています。フィクションです。
お嬢様と呼ばれる存在になりたい。そういう願望が私にはある。
ロリィタ服が好きだ。かわいくて、かわいいだけじゃなくて、着ているとお嬢様に近づける気がした。
十九世紀イギリスに世間が持っているイメージは間違っているらしいみたいな話も聞くが、その辺りの文化に興味がある。アフタヌーンティーとか、紅茶とか……紅茶しかないな。紅茶とか、スコーンとか。いやそれしかないな。
いやそれ以外にもある、シャーロックホームズ、切り裂きジャック。切り裂きジャックが好き、なんて言うと人格を疑われるかもしれない。切り裂きジャックの事件は本当に痛ましく許されないものだとは思っている。でも、謎に包まれたその存在への興味をそそられる気持ちは、抑えられない。
シャーロックホームズ。原典の小説は小学生の頃に子供向けに翻訳されたものを読んだ。アニメやマンガなどでホームズ派生作品がけっこう溢れている世の中で、派生作品も目についたものは触れている。そのどれもがおもしろくて、惹かれている。
十九世紀イギリスの令嬢になりたい。そんな願望がある。現在のロリィタ服はそれとは違うかもしれないが、ロリィタ服を着ていればそれに近付けるような気がしている。
現代には、執事喫茶と呼ばれるものがある。お嬢様になるには、執事が必要だろう。でも、喫茶店で一時的に給仕されるのでは物足りなくて、調べた。現在の日本で「執事を雇う」ことができるのか。
どうやらできるらしい。執事を雇えるサービスが、現在の日本で存在する。三時間という短時間のサービスから、二十四時間常駐してもらえるサービスまで、幅広くやられているようだ。
お嬢様にはメイドも必要だろう。検索してみた限りでは、常駐メイドを雇うのは現実的に不可能に近そうだった。
執事を雇うことはできるのか。できるのか……。
私の中でのお嬢様のイメージは、毎日ロリィタ服を着て紅茶を飲んで、執事に世話をしてもらって、みたいな感じ。メイドもいればなお良しだが、それは現実的ではないらしい。
……現実的にお金があれば可能ということなら、お金を稼げばいいんじゃないか?
でも、単純に仕事をがんばってお金を稼ぐだけでは足りない気がした。じゃあどうするのか。社長になってしまえばいいのではないか。最近は若い人間が起業する話をよく聞く。それに、個人でアプリ開発で稼ぐなんて手段もあるのではないか。
そう思ったけど、企業してやりたいことなんてないし、成功するビジョンは見えない。アプリ開発はできなくはないかもしれないが、現実的に大きく稼ぐことはできないだろう。
現実的に叶えられそうなラインとしては、稼げる範囲でお金を稼いで、余裕のある時にデイサービスの執事を一日だけのご褒美として雇うくらいがいいかもしれない。
よし、そうと決まれば、やれるだけやってみよう。そう決めた。
「お嬢様、朝食のご用意ができました」
待ちに待った一日サービスの日。執事サービスでやれることは色々あるらしいが、私は、家で一日、のんびり何もしない一日を過ごさせてもらうことにした。必要なことはすべて執事がやってくれる一日。
朝食を食べたら、紅茶を淹れてもらって、読書をする。服装はもちろんロリィタ服で。ロリィタ服は外出着のイメージで、外に出ない日に着るのは少しためらう気もしたけど、これも一つの贅沢だと思った。
「紅茶のおかわりはいかがですか。お茶菓子もありますよ」
「いただくわ」
今日だけ、私はお嬢様。立ち居振る舞いからなりきる。そうは言っても、何をするのがお嬢様らしいのか少しよくわからない部分もあった。とりあえず静かに読書をし続けていたら、もうすぐお昼の時間だった。
「昼食のご用意はできておりますよ、お嬢様」
「仕事が早いわね」
「当然でございます」
用意してもらった昼食を食べながら、次は何をしようかと考える。一日中、家で何もしないでゆっくり過ごすという贅沢を味わってみたいと思っていた。でも、実際、家で過ごすとなると、やることがない。それに、私の部屋はとても十九世紀イギリスとは雰囲気が違いすぎて、部屋にいては没入感がないような気もしている。
でも、執事を連れた状態で普通の喫茶店やお店などに入っていいんだろうかという疑問はある。それは事前に確認しておくべきだった。
「少し、散歩でもしましょうか」
「本日は屋敷にご滞在の予定では?」
「気が変わったわ。外の空気を吸いたいの」
「かしこまりました」
散歩、とは言ったものの、豪華な庭なんてないし、外にあるのはごく普通の現代日本の景色だ。執事と一緒に歩いているとは言っても、雰囲気なんてない。やっぱりすぐ家に戻ることにした。
「もういいわ。家に戻りましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ、そういう気分なの」
「かしこまりました」
家に戻って、何をしようか考えた。
「紅茶と、お茶菓子を用意してちょうだい」
「かしこまりました、すぐにご用意いたします」
用意してもらった紅茶とお菓子を、ゆっくりと味わう。
「次は映画を見たいわね」
「では、準備いたしますね」
ホームシアターなんてものはないので、配信サイトの映像をテレビに繋げるだけ。
「映画を見ているあいだに、買い物に行ってきてくれる?」
「かしこまりました。行ってまいります」
「行ってらっしゃい」
私が一時間半ほどの映画を見ているあいだに、執事は買い物に行ってきてくれた。日用品も食料品も、けっこうな量だと思ったのだが、一人でこなしていた。
「夕食の準備をすぐに済ませますので、お嬢様はお寛ぎください」
そう言われても、何をしていればいいのかわからなかった。でも、今日は何もしない贅沢をすると決めたのだから、何もしなくてもいい。そうは思ったものの、何かしていないと落ち着かないので、読書をすることにした。
「お嬢様、夕食の準備ができました」
用意してもらった夕食を食べながら、もうすぐこの時間が終わってしまうのか、と思った。
「入浴は食後すぐにできるように準備してあります。入浴後のケア用品はすぐに取り出せるところに置いておきました」
「ありがとう……ございました」
「お嬢様が敬語を使う必要はありませんよ。そろそろお暇する時間ではありますが、他に何か、用意しておくものはありますか? 明日に食べていただくためのお茶菓子は焼いてありますよ」
「ありがとう、それだけで充分だわ。……また来ていただくよう、お願いしても?」
「もちろんでございます。ご依頼お待ちしておりますよ、お嬢様」
「では、またお願いするわ。連絡を待っていてちょうだい」
「かしこまりました。では、私はお暇いたします。今日は一日、お疲れ様でございました、お嬢様」
「ありがとう。またお願いするわ」
執事さんとお別れした後、私は入浴を済ませた。夢のような一日……だったかは、正直ちょっとわからない。でも、執事がいる生活を体験できたのは、よかったかもしれない。美術館や芸術鑑賞などの同行というのも執事サービスに書かれていた。次はそういう一日にしてもいいかもしれない。
家に呼ぶなら、家の中の雰囲気をもう少しどうにかしたい、というのもある。でも、それは少し不可能に近いかもしれないから、今度は、レンタルスペースを借りるという手もあるかもしれない。そういう雰囲気のレンタルスペースが果たして存在するのかわからないが、探してみようかな。
現代日本で、なんでもない家に生まれた人間が、お嬢様になるなんて不可能なんだろう。でも、お嬢様扱いを受けることはできる。そういうところで折り合いをつけていくしかないかもしれない。
現実的に可能な範囲で妥協するしかないかもしれないが、夢を想像することは自由だ。私は今日も、夢を膨らませながら生きていく。
〈了〉
一日くらいどんなサービスなのか実際に体験してみたいものですね……。執事がいる生活、実際どんな感じなんでしょう。




