命より大切なもの
テーマ:花
みなさんは命より大切なものはありますか?
ピッピッピッ
僕の心の花びらはもうすぐ散るだろう。
ああ、真っ白なベッドがもうすぐ死ぬよと訴えかけてきているように感じる。
虫食いのような穴が天井にある。
「まだ、死にたくないなぁ。」
「ねえ、あなた。まだ生きたい?」
サッと、急に目の前に現れた人、
いや、人...なのだろうか。
陶器のようにツヤツヤした黒い長髪、透き通るような白い肌に花柄でピンクのワンピース。
小4くらいの見た目だけど...
「私は吸血鬼のキャリ。吸血鬼の中だと若い方だけど200歳は超えているわ。」
ニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。
「...なぜ吸血鬼がここに?」
「あなた、驚かないのね。まあいいわ。あなたは私と"同じ匂い"がしたのよ。」
唇の両端をわずかに持ち上げ、彼女は微笑んでみせた。けれど、その双眸には、拭いきれない夜のような暗い色が滲んでいる。
「あなたの命が無くなるのは1ヶ月くらいかしら?でももうあまり動けない。そこで、約10分間動ける体にしてあげる。でも、その変わり...その後死ぬわ。どうする?」
ふわりと優しい表情で、首を傾げている。
僕はその返答に迷いはなかった。
「じゃあ、その条件飲もうか。」
「そう。やっぱあなたは私と似てるわね。でも、私のようにはならないようにね...」
全身の力を抜き、優しい表情で彼女は言った。
「それはどういう意味だ?」
「気にしないでちょうだい。それじゃあ、始めるわよ。」
キャリが目を瞑った。
......
「終わったわよ。あまり時間ないから気をつけてね。」
特に変化は感じない。
いや、少し体が軽くなった。
この体なら...!
「ああ、分かってる。もちろん急ぐさ。」
僕は部屋を出て、外に出る。
夜、か。
暗いな。
約10分...間に合うだろうか。
いや、間に合ってくれ!!!
息を吸うたび、胸の奥が焼けるように痛む。
喉が鳴り、空気がうまく入ってこない。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
走る。
ただ、走る。
住宅街の灯りが途切れ、闇が濃くなる。
気づけば足元は土に変わり、枝が靴裏で嫌な音を立てた。
ああ、転びそうになる。
視界が揺れる。
月明かりが滲んで、世界が遠のく。
心臓がうるさい。
壊れそうなくらいうるさい。
まだだ。
まだ、終われない。
——あと少し!!!!
そう思った瞬間、足の感覚が抜けた。
力が入らず、体が前に投げ出される。
――地面が、冷たかった。
私は空を飛んで、彼について行っていた。
森が泣いている。
彼の足が止まり、地面に倒れる。
......
彼が行っていた方向の先を見た。
「......やっぱり、私と似てるなー。」
自分でもわかるほどか細い声だった。
本当に、私と似てる。
はぁ、仕方ないわね。
あなたの気持ちを理解できるのは
きっと
私だけだ。
私の血を分けること。
これは、一時的に命が戻る方法のひとつ。
でも、これは私が不死でなくなってしまう。
しかも、私はまだ若いから、戻っても本当に
少し。
そこまでして、彼を助ける理由はあるのかしら。
大切なものというものは人によって違う。
でも、私と彼は同じもので、それを最後に見れない悲しさ。
私はその悲しさを知っている。
私は彼に近づき、首を少し噛みつき、血を与える。
私もまだまだ甘いわね...
——ああ、ここまでか。
そう思った瞬間、脳裏に浮かんだのは、
あの場所だった。
春になるたび、母が見上げていた一本の桜。
子供の頃から、死ぬまで
毎年、毎年、大事そうに眺めていた。
「来年も、きっと綺麗よー」
そう言って、笑っていた。
あの桜。
……あれを、もう一度見たい。
母が残してくれた、唯一のものを。
だから、ここでは終われない。
胸が痛い、肺がはち切れそう。
くっ...
はっ、と息を吸った瞬間、
無理やり繋ぎ止められた命が、体の中で軋むのを感じた。
足は動く。
けれど、感覚が薄い。
地面を踏んでいるのか、宙を歩いているのかすら分からない。
命が、削られている。
一秒ごとに、確実に。
転べば終わりだと、本能が告げていた。
視界の端で、夜が揺れる。
月明かりがにじみ、輪郭が曖昧になる。
それでも、前だけを見る。
あの場所に...行くんだ!!
気付いた時には、目の前に大きな桜が咲いていた。
月光が彼の為だと思うほどにその桜を照らす。
キラキラと淡いピンク色の花びらが
輝いていた。しかも、澄んで透明感がある。
間違いなく、銀河一の桜だろう。
「最後に、最後にこれが見たかったんだ。この美しく綺麗な桜。」
ああ、本当に、この桜は僕にとって命よりも大切なものだ。
この選択をして、本当に、本当に良かった。
テーマ:花




