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柔らかさと、重力

食卓に並べられた料理はまだ湯気を立てていた。香辛料をたっぷり詰めて燻製にした腸詰め。牛乳が一杯、パンがその中に浸されている。そのほかに新鮮な葡萄。蜂蜜を塗りつけ、腹の中に木の実をぎっしり詰めて焼き上げたヤマネが、黄金色に輝いている。実に豪勢だった。


席に着き、ナイフとフォークを手に取って焼きヤマネの肉をひと切れ小さく切り分けた。蜂蜜の甘さと、脂の乗った肉の旨味と、木の実の香ばしさが口の中で溶け合う。なかなか悪くない。


「どう? お姉ちゃんが自分で作ったのよ。おいしいでしょう」聖女はすぐ隣に座り、パンをちぎって小さな塊にしながら葡萄酒で流し込みつつ訊いた。


「神術じゃなかったんですか、お姉ちゃん。でも確かにおいしいです」


「神術だって自分で用意しなきゃいけないのよ。神術はあくまで補助。でなきゃ、この世に飢える人なんていなくなるでしょう?」聖女が笑顔で言った。


「じゃあ、具体的にはどういう役割なんですか」私は焼き腸詰めをフォークに刺して口に運んだ。香辛料と燻煙の味わいが広がる。


「転送と保存よ。お姉ちゃんが前もって作って保存しておくの。だからあなたが起きた後に、ちょうど出来たてだって思わせることができるの。——はい、お姉ちゃんが食べさせてあげる」聖女が指先を舐めて食べかすを拭い、葡萄を一粒手に取った。果肉を皮から押し出し、私の口元に差し出す。


「いりませ——」言い終わる前に、葡萄が自動的に口の中に押し込まれていた。甘い果汁が口の中で弾け飛ぶ。甘すぎて、少しくどいくらいだ。


「"いらない"なんて言っちゃだめ。高貴なる聖女が自ら食べさせてあげるのよ? これはあなただけへの恩寵なの」


「だからそれが——」また一粒、口に押し込まれた。


「素直に受け取ればいいの」聖女はそう言いながら、葡萄を次々と私の口に放り込み続けた。最後の一粒がなくなるまで。


「ふん」ようやく葡萄を食べ終えた頃、背後から小さな鼻息が聞こえた。振り返ると、エダがいつの間にか寝台から出て、扉の隙間からこちらを覗いていた。私が目を向けた瞬間、ばたんと扉が閉められた。


「あらあら、エダったら寝起きのご機嫌斜めみたいね」聖女は笑みを崩さず、葡萄を食べさせ終えた手でまた私の頭を撫で始めた。


「また慰めに行かなきゃいけないんですか」牛乳に浸したパンを飲み下す。乳の香りが口に広がった。——いや、もはや乳の香りと麦の風味しか残っていない。甘味はさっきの葡萄で完全に麻痺していた。


「"慰める"じゃないわ。"なだめる"の」


「なだめる?」その言葉を聞いた瞬間、なぜか三歳の妹ガヴェリアが機嫌を損ねた時の姿が脳裏をよぎった。


「そう。エダは昨日一日中泣いてたでしょう。今はきっとお腹も空いてるわ。なだめて、朝ごはんを食べさせてあげて」聖女が、昨日と同じように私の背を軽く押した。


「わかりました」聖女に促され、食卓を離れて扉を開けた。——エダは、また布団の中に潜り込んでいた。


「あの、エダ。起きて、ごはんだよ」寝台の傍に行き、布団の端をめくった。ちょうどエダと目が合う。


「……」返事はない。それどころか寝返りを打って反対側を向き、こちらに顔を見せようとしなかった。


「どうしたの?」わけがわからなかった。さっき扉を開けていたのだから、起きたかったはずだ。なのになぜ、急に扉を閉めて布団に逆戻りしたのか。


「……」やはり沈黙。背中をつんつんと突いてみたが、エダはさらに奥へと縮こまるだけだった。


昨日と同じ状態に逆戻りだ。いや——昨日よりひどい。昨日は少なくとも好奇心からこっそり窺ってくれた。今は意図的に避けている。目すら合わせてくれない。


この気まずい空気に、ぞくりと寒気が走った。——何をすればいいかわからない時は、前例に倣うのが有効だ。父がそう教えてくれた。それに、ちょうど身体も温まる。


私も寝台に上がり、布団を被り、潜り込んで、エダを後ろから抱きしめた。


「ひぇ」昨日と同じように抱擁した。ただし昨日は正面から、今日は背中から。そしてエダも昨日のように抱き返して泣くのではなく、私の腕の中でじたばたともがき、再び小さな悲鳴のような声を上げ——最後には振りほどいて走り去ってしまった。


「……これは成功なのか」空っぽの布団を眺めながら、独りごちた。


再び布団に身を沈めたせいで、温かな天鵞絨に包まれてしまい、つい起き上がれずにしばらく寝台に留まってしまった。


——


「何するの!」天幕の組み立てが終わった途端、チェルシーが全身に力を込めて天幕の方向へ私を突き飛ばした。無防備だった身体はあっさり均衡を失い、チェルシーもろとも天幕の入口を突き抜けて、中へ倒れ込んだ。


「天幕ができたんだから入るのが当然でしょう。じゃなきゃ、あなたの部下が建てた意味がないじゃない」チェルシーはそう言いながら、私の上にのしかかったまま、起き上がる気配をまるで見せなかった。その重みで、私も天幕の中から身動きが取れない。


「問題はこの体勢が——」チェルシーは今、全身の重みで私の上に乗っている。顔と顔。胸と胸。彼女の胸の柔らかさと、恥骨の硬さまではっきりと感じ取れた。


「どうせ私に殺される人間なんだから、体勢なんかどうでもいいでしょう」チェルシーがまた噛みつき始めた。顔を横に向け、肩に歯を立てる。


「歯で噛み殺す気か」


「ごちゃごちゃ言わないで」言葉が多すぎると思ったのだろう。チェルシーは肩を離すと、今度は私の唇に向かって噛みついてきた。柔らかな唇に硬い歯が食い込む。すぐに皮膚が裂け、血が滲み、口の中に流れ込んだ。錆びた鉄の味が広がる。


「もう一言でも余計なこと言ったら、舌を噛み千切るわよ」チェルシーの唇にも私の血が染みていた。赤く濡れている。——そしてまるで痛みの味を堪能するかのように、舌を伸ばし、血を唇の上に均一に塗り広げた。紅を引いたように。


「頭はもう全部噛まれ尽くした気がするんだが」全身に散らばる咬痕を撫でながら言った。


「あなたの自業自得よ。私の戦利品を味わわせなさい」チェルシーは唇に付いた血だけでは足りなかったらしい。舌を伸ばし、私の唇の上を舐め始めた。傷口から血の筋が一本も見えなくなるまで、丹念に。


「君の今の行為は、外から見たら……野営地の中で接吻してるようにしか見えないぞ」


「誰があなたと接吻なんか! 戦利品を味わってるだけだって、さっきから言ってるでしょう」チェルシーの頬が怒りで真っ赤に染まった。額から滴り落ちた汗が、私の傷口に落ちる。塩気が沁みて、鋭い痛みが走った。


「見た目がそう見えるって言っただけだ」


「なら、接吻じゃないことを証明するために、もっと戦利品を味わってあげる」私の喩えを聞いたチェルシーは、意地になったように唇だけでは満足しなくなった。唇の左から——先ほど噛みつけた耳朶を口に含み、吸い上げる。それから耳朶を起点にゆっくりと下方へ滑り、首筋に辿り着いた。舌先が、首の傷口をなぞっていく。


「くすぐった……頼むから、やっぱり噛むのに戻してくれ。俺はくすぐったいのが本当にだめなんだ」生まれてこの方、身体の至る所が敏感だった。温かく柔らかな舌に熱を帯びたまま傷口を舐められると、もはや我慢の限界を超えている。


「もちろん知ってるわ。だからこそ、これがあなたへの報復になるの。くすぐったくて死になさい」チェルシーはさらに下へ。肩と首の境目まで舐め進んだ。


——衛兵に遮られるまで、それは続いた。

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