窒息感
「第一次帝国大危機で勃発した全面内戦のことですね。確かに、征服された民族の一部に独立の気運が高まった時期です」
「アンビティ弟、お姉ちゃんが言ってるのはそれじゃないの。あなたも知ってるでしょう、記録の中で女神は偽神に対していつも封印を施している。殺しているんじゃなくて」
「それが内戦と何の関係があるんですか。それに、彼らの偽りの偶像崇拝は、ほぼ全て破壊されたはずでは」
「でもお姉ちゃんさっき言ったでしょう? ああいうのは強力な地霊か物霊で、本質的には"霊"の一種なの。どんなに禁じても隔絶しても、霊は潮の満ち引きのように、自然の摂理そのもの。蓄積され続け、やがてある臨界点を超えれば、必ず溢れ出す」
「じゃあ……霊はどこから来るの? 聖女お姉ちゃん。私たちイミタート人の先祖の言い伝えだと……万物から生じるって。でも女神に改宗してからは、異端の学説ってことにされちゃったけど」
「実はその説も一部は正しいのよ。少量の霊は確かに万物の生長から生まれる。でもそれらには主観的な意識がない。つまり神性とは何の関係もない。これが異端崇拝との違い。ただ、大部分の霊は極北から来るの。ほとんどの場合は極北で漂い、集積し、ごく少量が南方まで伝わってくる」
「その記録はどこから得たんですか、ヴィエルヤお姉ちゃん? 書物には載っていないはずです。王権時代よりさらに前、聖タク人の祖先が中部の都市国家群の滅亡を逃れて西方に移ってきた時代にすら、そうした研究の記録はなかったはず」
「えへへ、女神様がお姉ちゃんに教えてくれたの」
「な、なるほど、そういうことですか」——出鱈目だな、と心の中で思った。
「お姉ちゃんの話を続けるわね。アンビティ弟が中部都市国家群の滅亡に触れたってことは、あの"暗黒時代の大崩壊"のことは知ってるわよね?」
「あれは文字記録がほとんど残っていなくて、口伝しかないですね。父から聞いたことがあります。キデンス人の祖先はかつて中部地域に無数の繁栄した都市国家を築いたが、ある日突然、大規模な天災が頻発し、常識では説明のつかない、姿形もばらばらな奇怪な生き物の群れが、彼らの王に率いられて北方から現れ、攻撃を仕掛けてきた。伝承によれば、彼らは互いを喰らい、融合し、変異することすらできたと。僕たちの祖先はそれらを"魔"と呼びました。人の形をしたものは"悪魔"、獣の形のものは"魔獣"、人とも獣ともつかないものは"魔物"と。最終的には女神の加護のもとに撃退され、北方へ追い返されたものの、すでに衰退した都市国家群は、草原の奥深くから移動してきた半人馬の襲撃によって滅亡しました」
「ちなみに、女神がお姉ちゃんに教えてくれたところによると、あれらは実は霊が高度に凝集した産物なの。互いを喰らい合ってある段階に達すると、北方のすべての霊を号令する存在が生まれる」
「それが帝国大分裂と何の関係があるんですか」
「原理は同じよ。魔は互いを喰らうことで霊を蓄積して閾値を突破する。地霊や物霊は霊を吸収することで突破する。最終的に混乱を引き起こすの」
「ヴィエルヤお姉ちゃんが言いたいのは、帝国大分裂は暗黒時代の大崩壊と同じで、邪悪な霊の仕業だったってことですか?」
「その通り。でもね、アンビティ弟の言い方にちょっと疑いの色を感じたわ。お仕置きしなきゃ」
——せいぜい隣の小さなエダを騙せる程度の作り話だな、と考えていた矢先、聖女の手がまた動いた。今度はお腹を擽り始める。
「やめ、くすぐった——僕は動物じゃないです」
聖女のくすぐりに耐えきれず、また笑い出してしまった。身体がばたばたと暴れる。前回とは違い、聖女が背中からお腹に手を移したせいで、背中の支えを失った私は、ぴったりと張り付いていたエダごと床に倒れ込んだ。
「聖女お姉ちゃん……もういい」痒さの限界に達した時、エダが隙を突いて聖女の手を引き剥がしてくれた。そのまま小さな身体を私に密着させて、一切の隙間を残さない。——大きくなってもこんなふうに気を遣える子だったらいいのに。
「はい、もうふざけないわ。エダ妹ったら、妬いちゃって」
「"妬く"って何? 教わってない」私とエダが同時に声を揃えた。
「大事なことじゃないわ。大きくなればわかるから。さあエダ妹、起き上がって。もう擽らないから」
「やだ」エダがさらにきつく私を抱きしめた。体格がほとんど同じだけに、あまりの力に——息が、詰まった。
——
窒息感が全身を駆け巡った。空気の供給を断たれた血液が沸騰するように熱く疼き、血管が破裂しそうだった。
チェルシーにこのまま絞め殺されるのだと覚悟した、その瞬間——チェルシーの手が、唐突に離れた。
「はぁ——……ぁ、も……う、成功……したの、か? ふぅ……なんで、続けない」解放された喉が荒い呼吸を貪る。
「お腹が空いた。力が出ない。絞め殺せなかった」チェルシーは怒りが収まったのか、真っ赤だった頬が次第に平静を取り戻していった。冷淡に顔を背ける。
「じゃあ、起きてくれないか」
「やだ」
「わかった。じゃあ食事の準備ができたか訊いてみ——」
「旦那様、お食事をお持ちしてよろしいでしょうか? 何かお取り込み中ではございませんよね?」訊ねる前に、幕の外から侍女の声が届いた。
「持ってきてくれ。何もない」
私の言葉を受けて、一人の侍女がゆっくりと焼き上がった仔羊の肉と蜂蜜、牛乳、果物を盆に載せて入ってきた。——私たちの体勢を目にした瞬間、慌てて盆を置き、「きゃっ」と顔を覆って走り去った。
「俺の顔の傷がそんなに怖かったのか?」
チェルシーは答えなかった。ただ身を屈め、私の頬にまたひと噛みした。
「腹が減ってるんだろう。食べ物を食べろ、俺を食べるな」
「まずあなたをひと口。それから食べ物」噛み終えたチェルシーが仔羊の肉をひと切れ引きちぎり、蜂蜜を少しつけて口に入れた。静かに味わう。脂が指を伝い、私の頬に滴り落ちた。
「あなたもお腹空いてるでしょう。私に殺される前に餓死されたら困るもの」チェルシーがもうひと切れちぎり、私の口元に運んだ。完全に咀嚼し終えたのを確認すると、身を屈めて私の顔に残った食べかすを舌で舐め取った。
「余計に食べさせるわけにはいかないの。あなたの分量は決まってるから、残りかすは回収する」
「その理屈、七歳の時に俺の兎肉を奪った時の言い訳とまったく同じだな」
「前のことは覚えてないくせに、そっちは覚えてるのね」
「初めて自分一人で仕留めた獲物だったからな」
「一人ってなに。私がすぐ横で手伝ってたじゃない」
「あれは純粋に邪魔してただけだろう」
「ふん、違うもん。私はとても優秀な助手だったの。いなくなったことを後悔すべきよ」チェルシーがまた身を屈めて噛みついた。
「わかった俺が悪かった。起き上がって牛乳を一杯飲ませてくれないか。喉が渇いた」
「だめ。私が飲ませてあげる。あなたが余計な体力を使って死んだら困るから」
「この体勢でどうやって飲ませるんだ。盛大にこぼれるぞ」
「こぼしたら私の服まで濡れるでしょう。だから直接飲ませたりしないわ」チェルシーが「ふん」と鼻を鳴らし、杯を手に取って牛乳を口に含んだ。
「それじゃ自分で——」言い終わる前に、チェルシーの唇が重なってきた。先ほどまでの噛みつきとは違う。今度は唇と唇が、全面的に触れ合っていた。チェルシーの突然の密着にまだ反応が追いつかないうちに、大量の牛乳が垂直に流れ落ち、私の口の中に注ぎ込まれた。
一人でも収蔵してくれた方がいて、めちゃくちゃ嬉しいです!リアクションは少なくても、読んでくださっている皆さんに心から感謝しています~!(⸝⸝ᵕᴗᵕ⸝⸝)♡




