解放というけれど
よくあるナーロッパです。頭は空っぽにして読んでください。
「ジュディ・ロウセル!またお前はエマに対して非道な扱いをしているな!!」
「まあ、パトリック様。エマは奴隷なのですから当然でしょう?」
「奴隷だからといって非道な扱いを許していいわけではない!即刻解放せよ!」
わあわあと喚く煌びやかな人をエマは大きな瞳を瞬かせてみる。確かこの人は、お嬢様の婚約者で今の王様の跡を継ぐ偉い人のはずだ。そうだっけ、なんだっけ?とエマが首を傾げているとお嬢様は仕方ないと言わんばかりの顔でエマに微笑んでくれる。
「お仕事なさい、エマ。それを疾く薬学研究室へ」
「はい、お嬢様」
「エマ!君がそんな仕事をしなくていいんだ!ジュディが頼まれたのだから彼女がすべきだ!!」
早く行きなさいという目配せをされ、一礼をしてから薬学研究室へと急ぐ。わあわあと騒ぐ声を背になるべく早く、されど優雅に廊下を進んでいく。
エマは奴隷だ。産んだ親の顔も知らないが、とにかく生まれた時から奴隷だ。首には奴隷の証明でもある焼印が付いていて、見る人は顔を顰めるか同情的になるかのどちらか。大きな瞳が綺麗だと、そういう理由で旦那様に買われてお嬢様についてるだけの奴隷だ。
お嬢様は素晴らしい人だし、旦那様も素晴らしい人だとエマは思う。毎日美味しいご飯をくれるし、着るものだって清潔で新品。たまに他の人には内緒だといってたくさんのクッキーをくれる。お給料というものは多くないので大事に貯めてるが、それでも他所の奴隷に比べたら多い方らしい。らしいというのは、エマがそれに興味を持たないので忘れているだけだ。
「こんにちはー、荷物運んできました」
「ん?エマか。ロウセル侯爵令嬢はどうした?」
「えーっと、ぱとーりく様?に捕まってます」
「ぱと……王太子殿下な。相変わらず人の名前を覚えられないな」
仕方ない、興味がないんだから。むっとした顔をすれば。薬学の先生はエマが持っていた荷物をヒョイと回収して机の上に置く。薬学の先生はお嬢様に優しいのでエマは好きだ。
「おーたいしでんか様嫌いです。お嬢様に優しくない」
「今度はそっちで覚えたか……。エマは本当にロウセル侯爵令嬢が好きだな、恨みとかないのか?」
「何でです?お嬢様が私を拾って今も好きにさせてくれてるのに?恨んで何になるんです?」
エマが首を傾げれば先生は肩をすくめてため息をついた。
「……アイツもちょっとはお前さんの気持ちを聞けばいいのにな」
そうやってエマの頭を撫でる手は優しかった。嬉しい。
ある日、お嬢様を待っていたはずなのに殿下とやらに腕を掴まれてなんだかキラキラとした部屋に連れてこられた。
「さあ、これでもう彼女の元には行かなくていい!自由に過ごしてくれ!」
それだけ言ってどこかに出かけてしまった殿下はご丁寧に鍵まで閉めて行ってしまった。もしかして閉じ込められたのだろうか。自由に過ごしていいと言っていたのに?困った。豪華な細工が施された家具も、ひらひらで動きづらくてお嬢様の方が似合いそうな服も、美味しそうなお菓子も全てがどうでもいい。エマはどうにかしてここから脱出しなければ行けない。
「窓……」
部屋に光を取り入れる大きな窓に目がいく。少し高い場所にあるが、踏み台があれば届きそうだ。エマは仕方なく、そう仕方がなく豪華な家具を頑張って動かし、靴と靴下を脱いで壁をよじ登り窓に足をかけた。部屋は随分と高いところにあるようだが問題ない。よいしょ、と呟いて――近くにあった大きな木に飛び移った。
「……あ、スカート引っ掛けちゃった。お嬢様に怒られる」
しまったな、と呟きながらスルスルと木から降りて裸足のまま走り出す。元々裸足で地面を歩くのは得意なので、そんじょそこらの人間より速いスピードで駆け抜けていく。途中でなんだかキラキラ光ってて眩しい人たちにギョッとした顔で見られたような気がしたがどうでもいい。
「とりあえず、早く帰って怒られよ」
裸足で、服はボロボロ。髪もボサボサでカサカサと葉っぱが擦れるような音がする。怒られるよな、絶対怒られるよなと思いながらも足は止まらない。そうして大きな門のところまで走っていくと、いつもの顔よりもずっと怖い顔をした旦那様と、不安げな表情を浮かべたお嬢様が見えた。あ、お嬢様と目が合った。
「おじょうさまーーー!!」
「どうしましたのその格好はッ!!」
やっぱり怒られた。
それからは、まあこってりお嬢様に怒られた。あのバカに連れ去られたことは随分と心配をかけてたらしく、正式な抗議文が出されバカの立場が一気に危うくなったとかなんとか。それよりもお嬢様に泣かれてしまったことが一番エマの心を苦しめた。改めて自分の状態を確認すれば、手は大きなものを頑張って引きずったせいで爪が割れてたし、顔には枝のせいで引っ掻き傷がついてた。足も足の裏もぼろぼろで、久しぶりにとても痛い消毒ポーションを出されて死ぬかと思った。ここまで治療しなくても放っておけばいいのに、と思ったのだがお嬢様直々に手当てされてはエマは拒めない。
「……昔もこうやって手当てしたわね」
「そうですね。今の健康体があるのはお嬢様のおかげです」
胸を張って見せればお嬢様は苦笑する。そしてややあってから不安げな表情でエマに話し始めてきた。
「……あなたを解放しろと、パトリック様に言われたの。奴隷とはいえ、一人の人間だから、自由に過ごす権利があると言われて……わたくし、何も言い返せなかったわ」
エマは目を瞬かせる。言い返さなくてもいいのにとも思ったが多分そうではないのだろう。ううんと頭を使ってエマは頑張って口を動かす。
「解放して、どーするんです?」
え、とお嬢様が小さく呟いて顔を上げる。エマは頑張って言葉を続けた。
「生まれた時から奴隷で、そこからお嬢様に拾ってもらえて。食事も毎日あって綺麗な服がもらえて、そんでお金ももらえて。ぜーんぜん不満じゃないです」
「でも、他にやりたいことや、この方がいいとか、あるでしょ……?」
「? エマはお嬢様についていけない方が嫌です」
朝起きれば綺麗な水が使えて、綺麗な服を毎日まとって、美味しい食事が出て、大好きな人のそばにいられる。
「それ以上に幸福なことってないでしょう?」
だって、あの人、自由に過ごしていいって言ったもん。
そうお嬢様に言えばため息をついたあと、仕方ない子と言って昔みたいにエマの頬を撫でた。
数年後、奴隷の扱いを改善させる法律ができた。なんと薬学の先生は今の王様の弟の一人で、エマとお嬢様の関係を見て扱いを改めなければと思ったらしい。とはいえエマの扱いが特に変わるわけではない。強いて言うなら、奴隷から信頼のおける侍女としてお嬢様の隣にいても恥じない身分になったぐらいだ。奴隷の焼印はあえて残しておいた。なんでも差別主義者とかの炙り出しに使うらしい。お役に立ってる。嬉しい!
お嬢様はあのバカと婚約解消して、なんと先生と新しく婚約を結んだ。バカといる時よりずっと笑顔が多くなって生き生きとしている。先生も楽しげで、好きな人たちが笑っていてエマも嬉しい。
「エマ、今日もとびきり美味しいお茶を淹れて頂戴」
「はい、お嬢様」
今日もお嬢様はしっかりとエマを使ってくれてる。
あー、お嬢様の奴隷でよかったーー!!
エマ→一人称がエマ。お嬢様大好き!わんわん!同情が大嫌い
お嬢様→エマのことを大事に思ってる。無茶するのでハラハラしてる。美人系
先生→婚約は半分打算。「お嬢様泣かしてみろ容赦しないぞ」とエマに脅されているがなんやかんやで大事にしてる。女の子と女の子が戯れてるのが好き
王太子→締められて継承権を落とした。エマのことは本気で同情してたので助けたかった
※誤字報告ありがとうございました。




