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恋愛・ヒューマンドラマ

婚約者の私に『その人に早く会ってほしい』ですって!?〜勘違いすれ違いの名はラブコメ〜

作者: 二角ゆう

 今日も平和なカフェテリアのお昼の一幕。


 小さな声で話していたはずの二人。


 いつしか声のボリュームの調整を忘れてしまったよう。


「オリヴィア、君にはふさわしくないと思うんだ」


 学園のカフェテリアにヘンリーの大声が響く。


 お昼の喧騒が一瞬で凍りついた。

 次の瞬間、四方八方から好奇心と悪意の混じった視線が突き刺さる。


 ああ、分かってますとも。

 その空気、どう考えてもコレですよね。


『婚約破棄』


 喉はカラカラ。

 震える手で胸元を押さえ、私は深呼吸。


「そんなこと、ありませんわ」


 声が裏返りそうになるのを必死で抑え、微笑む。これでどうにか大丈夫⋯⋯大丈夫じゃない。弱気と強気がおしくらまんじゅうをしている。


 私はあなたを愛しているのに⋯⋯。


「僕たちはいろんな話をしてきた。でも決定的に違う」


 この前のデートで、お肉の食べ方で意見が分かれた。そのことを言っているのだろうか?


「まさかこの前のステーキにケチャップか、デミグラスソースか、あの大論争のことですか?」


「違う」


 即答だった。

 わりと本気で傷つく。


 あんなに真剣に討論したのに⋯⋯!


「そんなことじゃない」


 そんなことでは片付けられない。私は反論を用意する。


「もっと根本的なことだよ」


 私は息を呑んだ。


 根本的なこと、人間性かしら。

 私よりもっと魅力的な誰かを見つけたのかしら。


「もしかして良い人を見つけたのですか?」


 そう口にしてしまうと、激しい虚無感に襲われる。


「そうだ、よく分かったね」


 目の奥に熱いものを感じる。


 私とヘンリーの出会いは平凡なものだった。両親がそろそろパートナーが必要よねと言うので、会ってみた。


 ヘンリーの顔は整っている方だった。不器用な彼に気がついたら目で追っていた。


 私の誕生日に見え見えのサプライズをしてきた。

 見え見えどころじゃない。

 準備の時点で私にバレていた。


 そのサプライズが目の前に来るまで、ずっとそれを見た時の反応をどうするべきか迷っていた。


 その結果、オーバーリアクション。

 名女優も青ざめる大根役者っぷりだけど、誰か私の努力を認めてほしい。


 その誰かは目の前にいた。


 達成感に満ちた顔に『やりきったぞ』と口から出ないことが驚きなくらい。


 そして彼は、私の大根芝居に全力で照れ笑いしてた。それほど純粋な人なのに。


 そんな彼が⋯⋯。


「その人に、早く会ってほしいんだ」


 え、私、刺しに行くべき? 

 婚約破棄一直線。


 胃痛と怒りと悲しみと、謎の殺意が胸に渦巻く。


「ひどいですわ⋯⋯その人に会えだなんて!」


 その時泣かなかった私を褒めて欲しい。


 うわずった声で涙目になったけど、ヘンリーを見てまっすぐそう伝えた。


「オリヴィアだって勝手に決められるのは嫌でしょ? だから会ってほしいんだ」


 周囲の生徒たちは今や、完全にかわいそうなオリヴィアを見守る会の会員たち。それと妹。いや、見間違いか?


「最低⋯⋯」

「鬼⋯⋯」

「外道⋯⋯」

 とか聞こえてくる。


 私の中に溢れていた悲しみは少しずつ怒りへと変わっていく。


「私がその人に会って、なんと言えというのですか?」

「いろいろと君の気持ちをアドバイスして欲しい」


 ライバルの手ほどきでもしろと言うのですか。


 身を焦がすような怒りに爆発しそうになる。震えた指先は怒りがおさまらない限りもとには戻らないようだ。


 プツン、何かが切れる音がした。


「分かりましたわ。その女にヘンリー様の好みを教えて差し上げます。好きな食べ物も教えて差し上げます。好きな動物も、好きな言葉も⋯⋯全部⋯⋯全部、教えて差し上げますわ!」


 肩までガクガク震えて、顔を両手で隠す。


 もう涙が止まらない。

 周囲の生徒たちからは「うわぁ」ってどよめきと「最低だわヘンリー」コール。それと妹。やっぱりいるな?


 そんな空気の中、ヘンリーは顔を歪めながら言葉を絞り出した。


「ドレスを作るのにそれは必要ないだろう?」

「誰のドレスよ。まさか新しい女の?」


 私は嗚咽が混じりそうになるのを必死で押さえながら答える。両手は顔の前で隠したまま。


「何言っているの。君のウエディングドレスだよ」

「⋯⋯は?」


 私、ゆっくりと顔を上げた。


 涙でぐちゃぐちゃの顔。

 鼻水も、まあ、言わないでおこう。


 ヘンリーはそれ見て青ざめて、めちゃくちゃオロオロしてる。


「もしかして僕と結婚する気なかった?」


「⋯⋯するけど、っていうか本当に私のドレス?」


 私は頭を掻きながら、なんとか心を落ち着かせようとする。しかし、口元は素直に緩み始めた。


「この前、寝る直前に話したでしょ?

 君のセンスには任せられないから、腕利きのドレスデザイナーを呼ぼうって。それで君の意見とすり合わせようって決めたよ?」


 寝る直前?

 いや、あれは寝始めた直後。

 寝言みたいな返事はノーカウントよ。


「私もう、完全に寝てましたわ!」


 怒りと嬉しさと恥ずかしさがごちゃまぜ。


 もしかして寝ている間にもっとすごいことが起きてたり?


 謎の期待と共に、私は彼の胸元をポコポコ叩いた。


 周囲の生徒たちが「あーあ、またか⋯⋯」って顔で首振りながら解散していく。

 拍手してる人までいるのは何。


 そして最後に遠くで妹の声がする。


「オリヴィア様に片思いして十年。ついに兄と結ばれる! 早くお父様たちに報告をしなきゃだわ!」


 妹よ、お前もか。

ドレスの打ち合わせの日、また見え見えのサプライズを用意するヘンリー。

準備の時点でティアラデザイナーとの会話を全部聞いていましたわ。

ドレスの話にふんふんと熱心に頷いているフリをして、ヘンリーはサプライズに用意した箱をちらちらと見ている。

私はなんてリアクションをしようかしらとドレスそっちのけで考えた。

またしてもオーバーリアクションで乗り切る私に、ホクホクと達成感に満ちている可愛いヘンリー。


だが、そんなの前菜に過ぎなかった。


その夜のベッドでヘンリーの爆弾発言。

「そろそろこっちも作ろうか?」

え? え、今なんて?

重要だから、あと100回くらい教えて欲しい。


私は顔を真っ赤にしていると、彼の手元から出てきた指輪の台座。

結婚指輪だと? いや、作るけどさ。

本当にそれだけ?

また謎の期待と共に、私は彼の胸元をポコポコ叩いた。


最後までお読みいただきありがとうございました!

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